フルメタル・アクションヒーローズ
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
エピローグ
第46話 一年半の月日
冬が終わり、受験が終わり、春が来て。
そしてまた一年が過ぎ、今は夏。
高校二年生の夏休みを目前に控えた、一煉寺龍太の一日は――
「龍太ぁ、もぉいつまで寝とるん? はよ起きんと遅刻するやろー!」
――矢村賀織のモーニングコールに始まっていた。
まばゆい日差しが差し掛かる朝。
少年の住まいである一軒家の前で、白い半袖のTシャツと、青色のチェック柄ミニスカートで身を包んでいる彼女が、堂々と仁王立ちしている。その胸元で揺れる愛らしいリボンが、彼女の笑顔を更に眩しいものに彩っていた。
その一方で、小さく愛らしい八重歯が僅かに覗いており、その頬は微かに紅い。
「……あのなぁ、俺の活動時間は昼からなんだよ? 今はまだバッテリーが――」
「ほんっと、二年に上がっても変わらんなぁ! あんたの充電とか待ちよったら、終業式終わってまうやろ!」
「んじゃ先に行きなさいな。俺はもうしばらく精神統一を――」
「また寝る気かいっ! はよ起きんと、い、家に、家に上がり込むよ!?」
頬を染めながら、上目遣いで二階にいる自分を見つめている友人の顔を眺め、未だに顔が寝ぼけている少年は、あからさまにため息をつく。
「……へいへい、わかりましたわかりました、起きますよっと」
「も、もぉ! せっかく家に上がれそうだったのに――やなくて! ちょっとは毎朝起こしに来るアタシの気持ちも察してやっ!」
少年は、自室に保管してあるパソコン内のとある画像が出っ放しになっていることに気が付くと、それを見られる事態を懸念して、敢え無く降参した。どうやら、夕べはパソコンを起動させたまま眠ってしまっていたらしい。
こうして高校入学から現在にかけて、長期休暇のない平日は、彼女に起こされるのが龍太の日課になっているのだ。耳に突き刺さる世話焼きな女の子の声に、彼は文字通り頭を抱え込む。
「……お前がそんな調子なおかげで、俺はろくでもない青春を謳歌してるんだがな」
「なんか言ったー?」
「なーにーもっ!」
ぶっきらぼうに返事をすると、彼は気だるげに身を起こし、渋々と夏服に着替えていく。
一年半余りを遡る頃、龍太と賀織は、第一志望だった「私立松霧高校」に合格した。
中学時代、常に学年で上位をキープしていた賀織の成績を考えれば、彼女の方は順当な結果と言えるだろう。しかし、龍太が合格した事態は異常そのものと言われており、当時は職員室が「騒然」を通り越して「狂乱」に包まれていた。
彼がそうした結果を得られたのは、実は救芽井樋稟の助力があったからなのだが、その事実は、彼女に関わりを持った本人を含む三人のみである。
彼女が龍太と賀織を連れて、二股デートに繰り出す直前に残して行った、一冊の本。それは、彼のために彼女が一晩かけて書き上げた、受験対策の即席参考書だったのだ。
賀織を「解放の先導者」から救い、龍太を送り届けた後、樋稟は龍太が受験生であることを気にかけていた。このままでは、彼らの日常を壊してしまう。そんな葛藤が、少なからず彼女の胸中に存在していた。
それゆえに、彼女はせめてものフォローとして、彼らが受験するであろう唯一の地元高・松霧高校の過去問や出題形式を調べ上げ、そのデータをノートへと書き起こし、本にしていたのだ。少しでも助けになればと、「彼らへの協力」と「自分への慰め」を込めて。
彼女達一家が去った後に、そのノートを発見した龍太は兄と顔を見合わせ、それが何なのかを悟った。そして、その誠意に精一杯報いることに決めたのだ。
知り合った人間にここまでされて、勉強する気が起きなくなる程、彼は甲斐性のない男ではない。残されたデータを自分なりに理解していき、やがて「合格」という形で応えることに成功したのだった。
そうして樋稟の助けのおかげで合格できたことを、龍太は手放しで大喜びしていた。しかし一方で、その隣に立っていた賀織が悔しげに唇を噛んでいたことには、気づくことはなかった。
彼女としても、想い人と再び青春を共にできることは至上の喜びであった。龍太と同じ学校に通える、それはあの冬休みに彼女が思い描いていた、理想の世界そのものであったのだから。
しかし、そんな理想を実現させたのは自分ではなく、樋稟。ライバルだったはずの彼女の功績が、自分の夢を叶えてしまったのだ。
龍太はノートを手に入れるまで、勉強を見てくれていた賀織にも、感謝の気持ちを伝えてはいたが、それでも彼女自身の内心には、敗北感が漂っていた。
後から急に出てきて、自分の役目を奪われてしまった。賀織が感じたことは、まさにそれだったのだ。
だが、樋稟のおかげで今の高校生活があるのも事実。そのことには深く感謝しているし、賀織自身も彼女の生き様を深く尊敬していたのも、確かなことであった。
故に渦巻く、複雑な気持ち。スーパーヒロインとして、または女性として尊敬し、その一方で想い人を取り合う、ライバル関係。
樋稟の態度から、彼女も龍太を好いているとすぐさま見抜いていた賀織は、彼女に感謝の気持ちを持っている龍太を見て、複雑な想いを抱かずにはいられなかった。
そして、そんな心のもやもやを打ち破ろうと彼女が起こした行動が、「今まで以上のアプローチ」であった。
もし樋稟が、いつか龍太を奪いに来たとしても、その前に既成事実を作っていれば手出しはできない。日本では、重婚が認められていないからだ。
思い立ったら即行動、というのが基本パターンである彼女は、そうして高校に入学すると同時に「今の日課」を始めたのだ。
朝は毎朝起こし、昼には弁当を渡し、学校が終われば必ず二人で帰る。世間一般の価値観で見て、高校生のカップルがやりそうなことを片っ端から実行しだした。
恋愛に関しての不器用さは、樋稟に勝るとも劣らない彼女。恥じらいと断られる恐怖から、告白だけはしないままだが、それ以上に男心を掴めるようなアプローチをしようと、日々奮闘を重ねているのだ。
自分の容姿に劣等感を抱く龍太には、それが恋心から来る行動であると気づく気配がないのだが、それでも彼女には一向にめげる気配がない。
あのクリスマスイブの夜に見た勇姿は、矢村賀織という少女の心を、いたく釘付けにしていたのだ。
だが、そんな彼女の「女子力」は、龍太の高校生活を窮地に追い込む結果を招いた。
元々、地元の中学で頻繁に話題に上がっていた、アイドル的美少女である彼女は、高校でも大勢の男子達から人気をさらっていた。
靴箱にラブレターやプレゼントは日常茶飯事。彼女の顔を一目見ようと、学年の違う生徒までが教室前の廊下に集まることすらあった。
それほどの求愛を集めている彼女が、一人の男子にベタベタなアプローチをしている。しかも、その本人は恋愛的な好意であることに気付いていない。
その上、その男子は美男子でもなく、勉強や運動が素晴らしく秀でているわけでもない。能力や容姿で言えば、端から見て賀織と釣り合う男には到底見えないのだ。
にもかかわらず、当の彼女はその男子に一途な寵愛を注ぎ、甘く熱い視線を送り続けている。そんな光景を日常的に見せ付けられていた男子一同は、ある一点の感情に団結する。
つまるところ、龍太への嫉妬である。
賀織の靴箱に入れられたラブレターの数だけ、彼のそれには画鋲が仕込まれ、昼食後には必ず体育館裏に連行され袋だたき、という毎日なのだ。男子からは嫉妬され、女子からは仕打ちに同情され。いろいろと思春期には辛い青春であると言えよう。
龍太からすれば、恋人でもない女の子からちょっと良くしてもらってるというくらいで、日常的に暴行を受けているとしか思えない状況であり、真っ当な青春を送れているという感覚は持てずにいた。
そんな日々が続けば、当然ながら友人を作る機会など失われてしまう。中学時代には、それなりに気の合う友人もいたのだが、今となっては周りの男は嫉妬の鬼だらけ。
地元の高校ゆえに知り合いもいたのだが、彼らも結局は賀織を優先し、龍太にやっかみを飛ばすようになっていた。
中学時代の時点でも、賀織との絡みが多かったせいで男子から顰蹙を買うことはままあった。
それが高校に入っても続き、それどころか明らかに激化しているのは、ひとえに賀織のアプローチがパワーアップした証と言えるだろう。
結局、龍太は高校に入ってからの一年間、男友達すら作れない、ろくでもない灰色の青春(本人談)を送る羽目になっていたのだ。
しかし、だからといって彼は賀織を責め立てるようなことはしなかった。
例え友人作りが犠牲になるとしても、大して魅力もないのに自分にやたらと構う、彼女の好意を無下にはできない、という男のプライドが働いていたためだ。
だが、そうして彼女を甘やかしているせいで、嫉妬の炎が消えずにいるのも事実であり、時々ため息をついたり愚痴をこぼしたりもする。彼が全てを背負えるスーパーヒーローになるには、精神面が今ひとつなようだった。
「さて、んじゃ行くか!」
「うん!」
白シャツと黒ズボンという夏服の格好で、薄いカバンを持って玄関から出て来た龍太を、賀織は満面の笑みで出迎える。既に気分は恋人同士であるかのようだ。
彼女は龍太の傍に身を寄せると、露出している彼の腕に視線を落とす。そして本人を意識させないようにゆっくりと、そこに自分の腕を絡めた。
ページ上へ戻る