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フルメタル・アクションヒーローズ

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第38話 死亡フラグを建てた覚えはない

 ――んん? これは……どうしたことだ?

 何も起こらないばかりか、銃声も聞こえない。もっと言うなら、気絶どころか痛みすらない。
 予想されていた展開としては、次の瞬間に俺は蜂の巣にされていたはずであって。こんな落ち葉が漂いそうな静寂が来るはずはない……と思っていたのだが。

「おい、どうした!? なぜ撃たない!? なぜ命令に従わないッ!?」

 聞こえてきたのは、これ以上ないくらい取り乱している古我知さんの声。言っている内容からして、一瞬止めてからの時間差射撃……ってわけでもなさそうだな。
 なんにせよ、まだ撃たれないということなら状況が気になる。俺は恐る恐る瞼を開き、眼前に広がる戦場を確認した。

 そして、俺は奇妙な光景に眉をひそめた。
 「解放の先導者」は相変わらず俺に機銃を向けたままだが――固まっている。ちょっとでも動き出したら響いて来る、あのやかましい機械音が不気味なくらいに出てこないのだ。
 関節の一つでも動かしているなら、何かしらの音は必ず出るはず。それがない、ということは――完全に停止してる? こんなに向こうにとっては美味しい状況なのに?
 不審に感じた俺は、うろたえている古我知さんを放置して「解放の先導者」のうち一体に歩み寄る。そして、足の裏で胸の辺りをグイッと押し込んでみた。

 ――案の定、ガシャンと音を立てて倒れてしまった。受け身も取らず、脳天からガツンと。
 しかも、起き上がって来る気配が感じられない。周りの機械人形共も同胞がやられたっていうのに、ピクリとも反応を示さなかった。
 ……油断を誘ってるわけじゃ、ない? こいつら、本当に機能が停止してるのか?
 だとしたら、一体どうして――

「やったぁ! 止まった、止まったで救芽井ッ!」
「シ、シッ! 矢村さん声が大きいってばぁ!」

 ――まさか!?

 全ての動きが沈黙した戦場の中で、ただ二人だけ動ける権利を与えられているらしい……俺と古我知さん。その俺達がさっきの声を聞き逃すはずがなく、両者一斉にその声がした方角へ首を向けた。

 そこでは、ほんの数秒前までは全く予測できなかった事態が起きているようだった。
 あの「プラント」の傍に立ち、何かいじりまくっている様子の矢村。そして、縛られたまま彼女に付き添っている救芽井。

「も、もうっ! 今の私たちが捕まったらどうしようもないっていうのに、何叫んでるの!」
「ご、ごめん! だって、救芽井やってオトンやオカンが捕まっとるん見て、めっちゃ叫びそうやったし……」
「そそ、それとコレとは別よっ!」

 な、なんで彼女達までこんなところに……!? もしかして、「解放の先導者」が止まったのって……!

「龍太! アンタの苦手な機械人形は全部止めてやったで! 思いっ切り反撃しいやっ!」
「も、もぅ矢村さんったら! どうせバレるからって騒ぎすぎっ!」

 ぎゃあぎゃあ騒ぎながら出てきた二人の姿に、俺も古我知さんも目を丸くした。

「なっ、なんでお前らがここに……!?」
「ぐ……そ、そういうことだったのかッ!」

 「呪詛の伝導者」の黒い拳が、悔しげに震えている。え? なに? 状況が見えてないのって俺だけなの?

「話は矢村さんから聞いたわ。確かにあなたの拳法なら、『もしかして』ってこともあるかも知れない。だけど、『解放の先導者』には勝てないっていうウィークポイントは変わらないでしょう? だから私が案内して、矢村さんに『解放の先導者』を停止させて貰ったの!」

 すると、ただ一人理解が追いついていない俺を哀れんでか、救芽井が事情を説明してくれた。なるほど、確かに「解放の先導者」に敵わないのは事実だ。

「『プラント』は『解放の先導者』を生産する巣であると同時に、自律機能を安定させる補助装置でもあるの。そのシステムをこっちの操作で止めたから、『解放の先導者』達は『同士討ちを避けることを優先する』ような誤作動を起こして、自ら機能を停止させてしまったのよ」
「救芽井がそのやり方を教えてくれたんや。アタシ、どうしても龍太の役に立ちたかったけん……」
「……よくわからんが、要するに『解放の先導者』達の頭がおかしくなったってワケか? そんなことよくわかったなぁ」
「あなたと戦わせていた『解放の先導者』の鹵獲体があったでしょう? アレを解析していて、『解放の先導者』単体の人工知能だけで、あれ程の自律機能を維持するのは不可能だっていうことがわかったの。だとすると、考えられるのは補助装置の存在。そんなシステムを積んだ機械があるとするなら……」
「……逃亡中の古我知さんに、そんな大荷物を抱えていられる余裕はない。あるとするなら、それは『解放の先導者』を生産する『プラント』に機能として搭載するしかない――ってか?」

 思いつきで口にした俺の言葉に、救芽井は強く頷く。マジかよ、ほとんどあてずっぽうだったのに……。

 とにかく、これで後は問答無用で古我知さんをブッ潰せるわけだな。天敵だった「解放の先導者」はもう止まったことだし、これからガンガン反撃して――

 ――あ、俺縛られたままだっけ。

「くっ……まだだ! まだ『技術の解放を望む者達』には僕がいる! この『呪詛の伝導者』こと、古我知剣一がァァァッ!」

 黒い帯で緊縛プレイ中の俺に、古我知さんは容赦ゼロで切り掛かって来る! おいおい、ちょっとは子供に優しく――!

「うひょおっ!?」

 俺は地面の上を転がることで間一髪身をかわし、銀色に閃く剣をやり過ごす。かすった感じはしたが、どこにも痛みはない。
 あ、危ねぇ……! 足が縛られてなくってホントに助かったわ。「回避」と称した「逃亡」ばっかりだった訓練の賜物だな、こりゃあ。
 なんとか膝を立てて起き上がると、俺は中段構えの体勢で「呪詛の伝導者」と対峙する。

「今度は外さない! 次の一太刀で終わりだよ龍太君……!」
「野郎……! こうなったら蹴りだけでもやってや――る?」

 そこで俺は、ふと違和感を覚えた。

 ……なんで「中段構え」が出来るの? 俺、縛られてたはずじゃ……。

 気になって視線を下に落とすと――あの黒い帯が、ズッパリと切り落とされているではないか。

「さっきのアレで、切れた……?」

 考えられることと言えば、それしかない。あの斬撃を避けたはずみで、俺を縛っていた黒い帯だけが斬られたんだ。
 どうやら古我知さんは、俺を斬るどころか素敵なサポートをしてくれたらしい。

「へえ……二度も敵さんに助けられちゃったよ」
「くッ、しまった……だが、銃に弱いのは変わらないだろうッ!」

 古我知さんは左手に持った剣を構えたまま、ピストルを出そうと右腰に手を伸ばす。

「――そう何度も撃たれるかよッ!」

 もちろん、ターン制よろしく黙って見ている俺じゃない。すり足からの踏み込みで一気に距離を詰め、ピストルを使う暇を与えない!

「く、くそぉぉおぉっ!」

 瞬く間に迫る俺を前に、銃を構えるのは間に合わない……と感じたらしい。彼は両手で剣を持ち直し、俺を迎え撃つ。
 力一杯振り上げられた剣は、俺の脳天に狙いを定め――持ち主の意志に引かれるように、刀身を降ろそうとする。
 そこが、狙い目だ。

「――うぁたァッ!」

 腰を落として姿勢を安定させ、剣を握っている両手首を左手で受ける。あくまで軌道を逸らす程度の力で押さえ、力任せに攻撃全体を受け止めはしない。
 同時に、安定した姿勢から腰を回転させ、繰り出された突きを彼の水月に叩き込む。「ガハァッ!」という短い悲鳴と共に、俺の左手で受け流していた両手から、剣がガランと落下した。

 もちろん、それだけで終わらせるつもりはない。
 よろけた彼の右肘を、こっちの右手で引っ掛けるようにして引き込み、同時に左手で彼の右手首を抑える。
 すると、古我知さんの体勢は右肩が下がるように崩れ、今にも倒れそうになった。

「――はああァッ!」

 そして俺は、その状態のまま左足を軸にして、体全体を回転させる。無論、体勢を崩された古我知さんもろとも。

「うわああああッ!」

 姿勢の安定性を失ったまま、思いっ切りブン回された古我知さんは派手に全身を回転させながら吹き飛び、地面に激しく転倒する。
 少林寺拳法の投げ技「上受投」――ではあるんだが、普通ならここまでド派手な技にはならない。これ超人的パワーの賜物って奴か……。

「やったぁぁー! 龍太の勝ちやぁー!」
「ちょっと矢村さんっ! まだ終わりじゃないのよ!」

 俺の上受投が決まると、二人の美少女から歓声が上がる。俺としても両手放しでヒャッハー! ……と喜びたいところだが、どうやらソレはまだ早いらしい。
 彼が未だに、諦めずにいるからだ。

「くっ……くそっ……まだ、だ……! まだ、負けるわけにはァッ!」
「まだやるつもりか、古我知さん。これ以上わがままを通そうってんなら、次はその鼻っ柱を『文字通り』へし折るぜ?」
「例えどこをへし折られようとも……僕は……負けられないんだァァァッ!」

 投げはともかくとして、水月への突きはかなり効いたはずだったのだが――どうやら、戦意は未だ健在らしい。
 古我知さんはフラフラと身を起こすと、俺を睨みつけ――突進してきた!?

「……!? 何を考えてる!?」

 剣はさっき落としてしまったが、まだピストルが残っているはず。なのに、よりによって明らかに分が悪いはずの「接近戦」に持ち込む気なのか……!?
 「ゼロ距離射撃」を仕掛けて本気で殺すつもりなのか、それともただヤキが回っただけなのか……いずれにせよ、何をしでかすかわからない。なら、「何かをする前」に叩き潰す!
 俺は右膝を上げ、待ち蹴の体勢を作る。もう一度水月に蹴りの一発でもブチ込まれりゃあ、今度こそダウンするだろう。これで終わりだ!

 みるみるうちに迫って来る「呪詛の伝導者」。俺は彼の急所の一点に、一撃必殺の狙いを付けた。

「おおおおッ!」
「古我知さん……終わりだァッ!」

 そして、互いの距離が約二メートルを切った瞬間、俺は膝を曲げて蹴り足を振り上げ――

 ――空を切った。

「……なにッ!?」

 完全に、誤算だった。
 古我知さんは俺の蹴り足が上がる瞬間、進路方向を逸らして素通りしてしまったのだ。俺を抜き去った「呪詛の伝導者」は、なおも止まらず突進を続ける。

 なんだ……? ――まさか、狙いは俺じゃない!?

 後ろを振り返る前に聞こえる、矢村の悲鳴。それこそが、古我知さんの思考を象徴しているものだった。

「――救芽井と矢村が狙いかッ!」

 俺は素早く体を反転させ、「呪詛の伝導者」を追う。
 後付けされた武装がない分、身体能力はこっちの方が上。この「救済の先駆者」なら、追い付けるはずだ! 足がチギれても、絶対に捕まえてやる!

 俺が必死に追い掛けている間にも、徐々に「呪詛の伝導者」は救芽井と矢村に迫ろうとしていた。救芽井は生身のままでも毅然とした態度を維持しており、怯えている矢村を抱きしめて険しい表情を浮かべている。

 ――くそッ! 「解放の先導者」の脅威が取り除かれた時点で、強引にでも逃がしておけばこんなことにはッ!

 焦る気持ちが反映されるかのように、「呪詛の伝導者」との距離も縮まってきた。
 だが、そんな進捗状況に喜ぶ暇もなく、彼が救芽井達の眼前にたどり着いてしまった!

「――やめろぉぉぉーッ!」

 反射的に身体の芯から、言葉が噴き出して来る。強盗の一件で、救芽井が唇を奪われそうになった時に近い感覚だ。
 怯ませる結果にでもなったのか――その叫びが「呪詛の伝導者」の動きを一瞬だけ止めた。その僅かな時間で発生した硬直に乗じて、俺は完全に彼に追い付く。そしてピッタリと彼の身体にしがみつき、拘束を試みた。

 ――それが、罠だとも知らずに。

「……ッ!?」
「言ったはずだよ。僕は――負けられないんだってね!」

 脇腹に押し当てられた、冷たく硬い感触。それがピストルの銃口だと気づいた頃には――乾いた銃声がパン、と響いていた。

 ここまで密着した状態から撃たれたら、着鎧甲冑の防御効果なんてヘノカッパなんだろう。現に、弾丸に貫かれた部分はスーツが裂け、鮮血が噴き出している。

 ……あぁちくしょう。こりゃあ、やられたな。初めから、俺に大急ぎで追い掛けさせることが目的だったらしい。
 そうなったら、少林寺拳法を使う余裕なんてなくなる。そうして自分を救芽井達から引き離そうと、無我夢中になってるところへ、ゼロ距離射撃をパン――ってわけか。

 撃たれたせいで、頭に上ってた血が抜けたのか……命のやり取りしてるってのに、自分でもビックリするくらい冷静になってる。――俺、まんまと嵌められちまったらしい。

 視界がぐらり、と歪んだかと思えば……天井が見えてきた。あぁ、倒れたんだな、俺。
 震える手で脇腹を触り、それを眼前に出してみると――真っ赤な手形が、出来上がっている。その手が生身の手だったことから、着鎧が解けちまってるのがわかった。
 ……どうやら、俺の負け、みたいだなぁ。

 ――だが、勝利者であるはずの古我知さんは、なんだか浮かない顔をしている。それどころか、「や、やってもたー!」って感じの顔だ。

 ……あぁ、そっか。あんたも、ホントはこんなこと、したくなかったんだっけか。全く、お互い苦労するよなぁ、へへへ……。

「……あ、あぁあ……!」
「い、いやあああぁぁああーッ!」

 ――矢村は「どうしたらいいかわかんない」って顔して呻いてるし、救芽井はもうどうしようもないくらい、すんごい悲鳴上げてるし……なんでこんなことになっちまったかなぁ。
 俺はただ、変態呼ばわりを止めて欲しかったって、それだけだったはずなんだけど……なぁ。

 ……あら、なんか眠くなってきた。
 それに、身体全体の感覚もなんだか冷たい。これ、冬のせいだけじゃないよな……?
 おかしい、な……まだ、死にたくないんだけど……俺……。
 
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