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フルメタル・アクションヒーローズ

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第12話 転校生は方言少女

 二年前、夏休みになる少し前のこと。
 クーラーの効いた部屋から一歩出たが最後、脅威の灼熱地獄に身を焼き尽くされ――そうな季節のただ中に、俺達は初めて出くわした。

「もうすぐ一学期も終わりだが……その前に、今日は転校生を紹介しようと思う!」

 期末テストが終わってすぐ、若い担任の先生がそう切り出した途端。俺達はいきなりのニュースにざわめきまくっていた。
 ただでさえ生徒の雑談でやかましい教室が、いっそう騒然となってしまった。
 男か女か。可愛いかイケメンか。それぞれが思い思いの理想像を垂れ流し、話題に花を咲かせる。

「では、入りなさい」

 静かにしろ、というよりはそう言った方が、皆が静かになると判断したのだろう。先生は騒ぎ立てる俺達を放置して、廊下で待っている転校生を招いた。
 彼の思惑通り、「話題の張本人」である転校生がどんな奴なのかを一目見ようと、クラス一同はお喋りを忘れて静かになる。

 そして、ゆっくりと教室に入って来たのは――女の子。それも、黒くて長めの髪が綺麗な、相当の美少女だったのだ。

 もちろん、真っ先に歓声を上げるのは男子。女子もまた、余りの可愛さに羨望の眼差しを向けていた。
 転校生の女の子は、そんなクラスのテンションに怖じけづいたのか、カクカクと足が震えていた。教卓の前の席だったために、その様子がよく見えていた俺は、小声で「頑張れ」とエールを送っていた。
 別に、美少女の出現に歓喜してる他の男子程、彼女に関心があったわけじゃない。ただ、見ていて子供心に「かわいそう」だと思っただけだ。

 俺の言葉に、彼女は小さくコクンと頷く。そして、男子の喧騒に怯えながら黒板に自分の名前を書いていった。

「や、矢村賀織、です。よ、よろ、よろしくお願いします」

 緊張気味なのか、矢村という女の子は何度も噛みながら、懸命に自己紹介を試みていた。やがて、そんな彼女に救いの手を差し延べるように、先生が前に出る。

「彼女は四国から来た子だ。知らない町でやっていかなくちゃいけない分、苦労も多いと思う。みんなで、なんとか助けてやってくれ」

 実に真っ当な台詞で締めた先生に、同意の声が次々と上がっていく。これならきっと大丈夫だと、俺はホッとして矢村の綺麗な顔を眺めていた。
 その時、俺は彼女と目が合ったのだが、向こうは俺のことが気に食わなかったのか、フイッと顔を逸らしてしまっていた。

 一時はクラスでの質問責めに遭い、ビクビクしていた彼女ではあったが……次第にクラスに馴染んでいくうちに、本来の明朗快活な性格を見せるようになっていった。
 その上やたら体力があり、男子に混じってサッカーやテニスに参加し、互角以上に渡り合っていた。それどころか、腕っ節で勝ることすらある。
 転校してきた当初のイメージをぶち壊す、男よりも男らしい女の子だったわけだ。

 夏休み中も、二学期が始まってからも、彼女は男子以上に活発に動き回っていた。
 それは別にいいことだろうし、性格的にも悪い奴じゃないとは思う……のだが、困ったところが一つだけあった。

「一煉寺ィ〜! あんた男やろ、しゃんしゃんせんかい!」
「ちょ、や、矢村、タンマッ……!」

 ――やたら俺を連れ回す、という点である。大して運動が好きでも得意でもない、俺を、だ。
 なぜかはわからないが、彼女はサッカーやら野球やら柔道やら、俺が普段関わらないようなスポーツの世界に容赦なくぶち込んで来るのだ。
 当然、俺は耐え兼ねて音を上げた。そんな俺の尻を、彼女がひっぱたく。それはもはや「お約束」だった。
 まぁ、それはそれで運動不足の解消になったんだし、よしとしよう。

 そうして、矢村は男子よりも強い女子として、その地位を高めていた。このままそれが続いていたなら、彼女の中学時代は実に充実したものになっていたに違いない。

 しかしある日、俺は彼女をやっかいなトラブルに巻き込んでしまったのだ。

 運動も勉強も中途半端でありながら、成績優秀・スポーツ万能な矢村と一緒にいる俺は、異端だったんだろう。なんの脈絡もなく、俺は出来のいい兄と比較される形で、一部の連中からいじめに遭った。
 兄貴がその優秀さで有名なのは知っていたし、弟の俺がふがいないのも事実だった。だから、俺は抵抗することなく、いじめを「一般的な世間の評価」として受け入れることにしていた。

 ――だが、矢村はそれに反対した。

 彼女は俺をいじめていた連中に突っ掛かると、全員にビンタをお見舞いしたのだ。「一煉寺は一煉寺、兄貴とはなんの関係もないやろが!」と。
 まぁ、向こうはただ俺をいじめるための話題が欲しくて、兄貴を引き合いに出しただけらしいんだけどな。
 だが、そこで連中は逆上してしまった。元々、彼らは俺のように勉強や運動で矢村に劣る「落ちこぼれ」であり、男勝りで勝ち気な彼女を快く思わない存在だったのだ。
 俺をいじめようと思ったのも、彼女を狙うと支持層が黙ってないから。だから、代わりに「八つ当たり」をしようとしていたんだ。

 連中は持っていたモップや椅子を振り上げ、矢村に殴り掛かろうとした。いくら男より強い彼女でも、数人に凶器を持ち出されたらどうしようもない。
 俺は自分の撒いた種だからということで、彼らに飛び掛かって彼女を逃がすことに決めた。
 別に、俺が殴られるのは構わなかった。どうせケンカは弱いんだし。
 それに、俺の代わりに彼女が殴られたりなんかしたら、そっちの方がよっぽど「痛い」しな。
 だけど、俺が殴られて血まみれになった時の彼女は、まるで自分が殴られたかのように悲痛な顔をしていた。

 結局、その件は矢村が呼んだ先生によって解決された。俺をいじめていた連中は全員、停学もしくは転校を余儀なくされ、俺は一週間の病院送り。ケガは正直めちゃくちゃ痛かったけど、矢村が無事だったのでよしとした。

 ――その時にわかったのは、矢村が羨望や尊敬と同じくらい、妬みを買っていたということだった。文武両道で美人だけど、そんな彼女を嫌う奴もいる、ということだ。
 他にも、彼女を否定する人はいた。方言を陰でからかう女子や、盗撮を働こうとする男子。クラスのみならず、学年全体で見ても人気者だった彼女は、同時に敵も作ってしまっていたのだ。
 俺はそんな裏側を知ってから、矢村との付き合い方を変えた。連れ回されるんじゃなく、自分から彼女と一緒にいるようにしたんだ。
 どんな時でも、彼女を一人にしないように。陰で彼女をバカにしてる連中の、盾になるように。

 そうしていくうちに、いつしか「彼女の方が」俺について来るようになっていた。彼女を守ろうと、手を繋ぐようにもなったからだろうか。
 聞いた話によると、この頃から彼女の持ち物は「男らしいもの」から「可愛らしいもの」へと激変したらしい。やはり解せぬ……。

「もしかして、俺のことを好きになったんじゃ?」

 ――なんて、バカな妄想もしたことがあるが……我ながら、勘違いも甚だしい。いじめられっ子に惚れる女がいるか? しかも相手は男勝りと評判の矢村だぞ……ありえねぇ。
 ま、そんな恥ずかしい黒歴史はどうでもいいか。


 矢村は、自己紹介の時に励ましてやったことを今でも感謝してるらしく、それが俺をスポーツに誘っていた理由だと言っているのだが……はて、だからといって勉強まで見てくれる程の恩義を感じるもんなんだろうか?
 じゃあ、暴行されそうになったところを助けたからか――って、アレはそもそも俺がいじめられてたせいだもんなぁ。

 うーん、矢村っていつも俺の世話焼いてくれるけど……イマイチ動機が見えないところがあるんだよな。


 いつか、彼女の気持ちがちゃんとわかる時は――来るんだろうか? 来たら、いいなぁ。


 ――その方が、きっとスッキリ出来ると思うから。
 
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