フルメタル・アクションヒーローズ
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第11話 悪の親玉、イン・マイホーム
ちょっと、待て待て待て……!
え? 何この状況? 何で悪の親玉とこんなタイミングで鉢合わせしなきゃなんないの!?
「あぁ、こっちは就活説明会の時に、落とした財布を拾ってくれた人でさ。お礼にちょっと飯でもご馳走しようってとこだったんだ」
古我知さんについての説明を入れて来てるのは、俺の兄貴・一煉寺龍亮。もうじき就職活動にのびのび取り組もうとしてる、大学三年生だ。
こやつは俺の血縁者である癖に、頭も顔も運動神経もよく、道を歩けばいつの間にか女に囲まれてる。まぁ、つまるところ「月の果てまで爆発するべきリア充野郎」というわけだ。
この憎たらしい兄貴のおかげで、俺がどれほど惨めな思いをしてきたのかを知るものはいまい……。二人で町を歩けば、兄は羨望の目で見られ、俺は哀れみの目で見られるッ! 同じ兄弟だというのに、なぜここまで違うッ!?
俺は必ず兄貴を引き立てるためのピエロにされ、「お兄さんを見習いなさい」と言われる毎日だ! なぜだ!? ……坊やだからか?
そんな俺だからか、いじめの対象にされることもあった。それを見兼ねて、兄貴は俺に護身術としての少林寺拳法を教えてくれた。……まぁ、そこは素直に感謝しとこう、かな。
――って、今はそれどころじゃねーッ!
くせっ毛のある茶髪を掻きむしり、兄貴は少し困った様子で俺と古我知さんを交互に見ている。客人に妙に警戒してる弟を、どう紹介すべきか考えあぐねている……という感じだ。
――そういえば、古我知さんはずいぶん優しげな笑みで俺を見てるけど、何で何食わぬ顔で突っ立ってられるんだ? 自分が狙う獲物なら、もっと睨んできても良さそうなもんだが……。
「元気の良さそうな弟さんですね。なんというか、昔を思い出します」
「あぁ、まぁちょっとバカなところはありますけど、根は悪い奴じゃないんで。気にしないでくださいね」
この人の正体を知らないであろう兄貴は、人の気も知らないで呑気なことを言っている。あのなぁ、自分の肉親を狙ってる敵にわざわざ紹介すんなっつーの! まぁ、知らないんだからしょうがないんだけどね……。
――古我知さんめ、余裕こいた顔しやがって……「お前なんかいつでも捕まえられる」って言いたいのか、こるぁー!
と、気づかぬ内に顔に出ていたらしい。その場で兄貴に「お客さんにガンつけてんじゃねーよ」と、ゲンコツを貰ってしまった。いてて……。
――だけど、落ち着け。こんな時こそ、冷静になるんだ!
ここで古我知さんの正体を訴えるのは簡単だけど……はぐらかされるかも知れないし、下手したらここで暴れられることも考えられる。そんなことになったら、兄貴も無事じゃ済まなくなるぞ……。
だが、ここで何事もなかったかのように素通りしたら、兄貴と古我知さんは二人っきりになる。そうなったら……アッー!
――じゃなくて、商店街の火事みたいに危険な目に合わされるかも!
……いや、ないな。それだったら隣の救芽井家が黙ってないし、兄貴に危害が及んだら俺が警察に通報して終わりだ。
「技術の解放を望む者達」だって警察沙汰が嫌なんだったら、余計に暴れるのは避けたいはずなんだから。
――つまり、彼が兄貴に手出しするメリットはナシってことか。ここは何も知らない振りをして、出て行った方が得策なんだな……。
「全く……いいから、お前はさっさと彼女とデートに行ってこいよ」
すると、いきなり兄貴が変なことを言い出した。こんな時に――彼女?
「彼女って、矢村が?」
「ん? 違うのか?」
あっけらかんとした俺の対応に、兄貴は目を丸くして矢村の方を見遣る。彼女は俺の後ろで顔を赤くしながらペコペコしていた。
「どう見てもただの友達には見えないんだがなぁ……」
「んー、そうかぁ?」
「ももも、もーえーやん! そんなことより、はよ行こうやっ!」
俺と兄貴が兄弟揃って首を傾げていると、矢村はいたたまれなくなったのか大声で叫び出した。
「ええ、それがいいですね。お二方、もうじきクリスマスですから……素敵な聖夜を楽しんで来ては?」
古我知さんも面白げに、彼女の背中を押すようなことを言う。なにが楽しいんだよ、あんたは!
あーもう、調子狂うな全く! とにかく古我知さん! うちの兄貴にアッー! ……じゃなくて、妙な真似したら即通報だからな! 「おまわりさんこいつです」って訴えてやるからな! 覚悟しとけよっ!
迂闊にアクションを起こして暴れられたら敵わないしな……向こうも警察呼ばれると困るんなら、大人しくしてるしかないだろうし。後ろ髪を引かれる気分ではあるけど、今はどうすることもできない。
「しょうがねぇ……行こうぜ、矢村」
「う、うん」
俺は何事もなく「古我知さん」という名の嵐が通り過ぎることを祈り、矢村を連れて家を出ることにした。
……その時。俺は「破邪の拳」と書かれた玄関の紙を、再び訳もなく意識していた。兄貴が俺の視線から紙を隠すように立っているような気がしたが……俺の思い過ごし……なのだろうか。
◇
クリスマスが近いというだけあって、外はなかなかイルミネーションが盛んだ。住宅街だけでも、そこかしこにクリスマスツリーの飾り付けがあったりする。
ちょっとリッチな家庭では、サンタやトナカイのオブジェまで飾られていて、なかなか見栄えがいい。いいなー、俺ん家なんか、家にちっちゃいツリー型ろうそくがあるくらいだぞ。
「商店街の方とかだったら、もっと派手なのがあるかもな。朝行った時も、結構人通りが凄かったし」
何気なくそう言ってみた。……言ってみただけだったのだが、何かがいけなかったらしい。
それまでホクホク顔だった矢村が、急にムスッとした表情になってしまったのだ。解せぬ。
「……むぅ」
「あれ? なんか変なこと言ったか、俺?」
「それって、あの救芽井って女の子と行った時やろ……」
「そうですが、何か?」
「やっぱりや! もぉぉッ!」
すると、矢村は何が不満なのか「ムキーッ!」と怒り出してしまった。くぅ、救芽井の態度といい、どうやら俺は「無意識のうちに女の子の機嫌を損ねてしまう」スキルの持ち主らしい。
こないだ、兄貴がモテない俺のために恋愛ゲーム「ときめきダイアリー」とか「ラブプッシュ」とか買ってきてくれたけど、正直まともにクリアできる自信がないぞコレは……。
「だいたい、救芽井って言ったら最近引っ越してきた迷惑行為常習犯やんッ! 龍太やって被害者やのに、なんでそんなとこの娘と一緒におるん!?」
あー……まずいぞ。またしても救芽井家の事情に関わりかねん質問が飛んで来やがった。
「アタシの方が付き合いも長いのに……あんたの面倒も見れるのに……なんで『救芽井』なん?」
おや? 今度はなんだか急にトーンダウンしてしまったみたいだ。なんだか縋るような上目遣いで、俺の顔をジッと見つめている。
……「クリスマス」っていう「ムード補正」のおかげかも知れないが、めっちゃ可愛く見えてきた。大丈夫か? 俺……。
桃色の唇に、雪みたいに白い肌。普段あんまり意識してない分、矢村のそういうところが目についちゃうと、なんかドギマギしちまって気まずいんだよなぁ。
――そういや、兄貴も古我知さんも、矢村を俺の彼女みたいに言ってたっけ。いかん、意識したらいかんぞ! 向こうからしたら、ただの男友達なんだから!
……と、俺が一人で勝手に脳内暴走しているうちに、いつしか俺達は昨夜の公園にたどり着いていた。
「――あちゃー」
もちろん、あれだけ大暴れした後の損害が元通りになってるはずもなく、公園全体に警察が調査した跡があった。そこら中にビニールシートやら立入禁止の注意書きやらがいっぱい……あーあー、警察の介入は困るって話はどこに行っちまったんだ?
こんな調子じゃあ、遅かれ早かれ救芽井家か「技術の解放を望む者達」が嗅ぎ付けられちゃうだろうに。近所迷惑、ここに極まれり。
「なんやコレ!? めちゃくちゃやん!」
当然、何も知らない矢村はあわてふためくばかり。うわぁ……別に俺がやったわけじゃないんだけど、関わった者として凄く申し訳なくなってくる……。
「と、とにかく、早く行こう。家はこっちであってたかな?」
これ以上ここにいたら、今度はこっちがいたたまれない! 俺は矢村の手を引いて、その場を離れることにした。
◇
それからしばらく住宅街を歩いていたのだが……会話がない。まるで、商店街から帰る時の救芽井みたいだ。
――手を繋いでるせいだろうか? 俺は恐る恐る、手を放して彼女の表情を伺う。俺、最近人の顔色ばっかり気にしてるなぁ……。
「――ねぇ、龍太」
「な、なんだ?」
俺が握っていた自分の手を見つめて、か弱い声で呟いている。あ、まさか手を握ったことを怒ってらっしゃる?
いくら「変態」呼ばわりされてることで心配してくれてるって言っても、これはちとやり過ぎだったんだろうか……。あぁ、なんてこったい! せっかくの慈悲を、俺はぁぁッ!
「こうして、手を繋いでくれた時のこと……覚えとる?」
――と後悔していたら、彼女はそんなことを口にしていた。顔を、トマトみたいに赤くして。
手を繋いだ時……ねぇ。それだったら、ずいぶん前になるなぁ。
あれは――そう、中学一年の夏。
俺と矢村が、初めて会った頃だっけ。
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