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水の国の王は転生者

作者:Dellas
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第四十四話 白の国へ

 ヴァール川河口に建設された新都市ヴァールダムは、大規模な造船業の他にも製鉄業や製糖業でハルケギニアで指折りの都市だ。
 現在進行中の北部開発で使用する物資の集積や、そこで働く労働者のベッドタウンとしての側面もあった。
 ヴァールダムからトリステインの各主要都市への道路も整備され、その道路を行き来するヒトやモノ、そしてカネが途絶える事はない。

 潮の香りが漂うヴァールダムの船着場では、一隻のフネが煙突から黒煙を上げ出航準備に取り掛かっていた。
 このフネは、アルビオンへ新婚旅行する為に、王太子夫妻の御召し艦として利用する事になったベルギカ号だ。

「ようこそ御出でくださいました。ベルギカ号の艦長、ド・ローテルです」

「艦長、進水から今日まで無茶なスケジュールだったと聞いている。ご苦労様」

「そのお言葉で十分でございます。出航まで時間がございますので、艦内をご案内いたします」

「ありがとうございます。艦長」

 マクシミリアンの側に控えていたカトレアが礼を言った。

 マクシミリアンとカトレアは、全長50メイルほどのベルギカ号の艦内を案内され、二人が利用する部屋に入った。

 内装は豪華とは程遠く。床には敷き物は無く申し訳程度のベッドと小さなテーブルと椅子、その他家具が置いてあるだけだった。

「申し訳ございません。何分、急な通達でしたので、御召し艦として相応しい内装に出来ませんでした」

「気にする事はない。元はといえば、僕が無茶な命令を出したのが悪い。艦長はベストを尽くした。それを称える事はあっても責めたりはしない。そうだよな? カトレア」

「その通りですわ。あまりお気になされないよう」

「ありがとうございます。それでは私は出航の準備がありますので失礼させていただきます。ごゆっくりとお寛ぎ下さい」

「ありがとう艦長。少し寛いだら甲板に出てても良いかな?」

「護衛と身の回りの世話に水兵を一人付けますので、その者にお命じ下さい」

「セバスチャンやメイド数人も乗り込んでいるし、その必要は無いと思うが艦長の言う通りにするよ」

「御意」

 ド・ローテルは、一礼すると去っていった。

 ……

 マクシミリアン達が、宛がわれた船室で寛いでいると出航を知らせる鐘の音が聞こえてきた。

「マクシミリアンさま! 出航するみたいですよ。甲板まで出ましょう!」

 カトレアは、マクシミリアンの手を引いて甲板に出るように誘った。

「そうだな、行こうか」

「行きましょう、早く早く! うふふふっ」

 はしゃぐカトレアに引っ張られ、マクシミリアンたちは部屋を出た。

「セバスチャンたちも護衛よろしく」

「ウィ、殿下」

 執事のセバスチャンをはじめ、見目麗しいメイドが二人マクシミリアンたちの後に続いた。

 狭い艦内を駆け甲板に出ると潮の香りが二人の鼻をついた。
 ベルギカ号は、蒸気機関の力でスクリューを回転させゆっくりと船着場を離れた。

「すごいですわ! フネが自分で動いている!」

 カモメがニャアニャアと鳴きながらベルギカ号の周りを飛び交い、カトレアの側を飛びぬけた。

「きゃあ!」

「大丈夫か? カトレア」

「大丈夫ですわ、マクシミリアンさま。でもちょっとビックリしました」

 マクシミリアンはカトレアの腰に手を回し抱き寄せた。

「これが、マクシミリアンさまの作ったフネなんですか?」

「僕が作ったわけじゃないけど、まあ……理論を提供したのは僕かな」

 ベルギカ号は、見る見るうちに沖へと進んだ。

 カトレアは、抱き寄せられながらマクシミリアンの手を撫で、遠くなるヴァールダムを見た。

「カトレア、不安かい?」

「不安半分、好奇半分を言った所でしょうか。アルビオン王国は確か『白の国』と呼ばれていましたわよね?」

「そうそう、浮遊大陸から流れ落ちた水が、白い霧となって見える事からそう呼ばれるようになったと聞いている」

「早く見てみたいですわ」

 しばらくマクシミリアンとカトレアは甲板で行き交う海鳥を見ていた。だいぶ沖まで船は進み、連絡役の若い水夫がやって来た。

「お楽しみの中、申し訳ございません。本艦は間もなく離水いたしますので、一度部屋に戻られますようお願い申し上げます」

「分かった。行こうかカトレア」

「はい、マクシミリアンさま。水夫さんご苦労様です」

「ありがとうございます! 王太子妃殿下も大変お美しいです!」

 そう言って、平民出身の水夫はカトレアの笑みに顔を真っ赤にして去っていった。

「……」

「もしかしたら妬きました?」

「バーロー、違うわい」

「ウフフ、妬いてくれて嬉しいです。妬かれもしなかったら、とても悲しいですから」

 そう言って、カトレアはマクシミリアンの腕に手を回し、腕に当たる胸の感触がマクシミリアンの脳を直撃した。

「おいおい、人が見てる」

「うふふふ」

 人目をはばからない若い夫婦を冷やかす様に海鳥達は空を舞い続けた。





                      ☆        ☆        ☆ 





 ベルギカ号で一泊したマクシミリアンとカトレアは、朝食に最近開発され、軍隊食としてトリステイン陸空軍に支給されるようになったポークビーンズの缶詰を試してみた。

『王族が食べるには不釣合いです』

 と、ド・ローテルは最初断ったがマクシミリンたっての願いで朝食に出された。
 ポークビーンズは、普通の献立ではトマトを使うがハルケギニアではトマトは無い為、他の食材で作られる事になった。

「うん、いける。カトレアはどう? 口に合うかい?」

「美味しいですけど、ちょっと味が濃いですね」

 カトレアの口にも、そこそこ合った様だった。

「セバスチャン。ロサイス港にはいつ頃着くだろうか?」

「予定では昼前には到着するとの事でございます」

「そうか、朝食が終わったら、また甲板に出ていようかと思っている」

「では、艦長殿にはそのように報告をさせておきます」

「うん、任せた」

 マクシミリアンは、早々にポークビーンズを平らげ、ナプキンで口元を拭いた。

「マクシミリアンさま、早いですわ」

「僕は、紅茶を飲んでいるからゆっくりと食べててよ」

「そうさせていただきますわ」

 カトレアは食事を続けた。

 ……

 カトレアも食べ終わり、二人で食後の紅茶を楽しんでいると、何やら艦内全体が騒がしくなり、ついには異常を知らせる鐘の音が鳴り響いた。

「マクシミリアンさま。これは……」

「何かあったようだ」

「王太子殿下、様子を見てきますので部屋でお待ちください」

「分かったセバスチャン。頼んだよ」

 セバスチャンは一礼すると部屋を出て行った。
 室内にはマクシミリアンとカトレア、そしてカトレアのメイドの二人が残された。

「何があったのでしょう……」

「分からないが、ただ事ではなさそうだ」

 10分ほど待っていると、セバスチャンが戻ってきた。

「どうだった?」

「大艦隊が我々の行く手を塞いでいる様でございます」

「大艦隊? アルビオン艦隊か?」

「おそらくは……」

「よし、甲板まで上がる」

「マクシミリアンさま。わたしも着いて行きます」

「分かった。行こうカトレア」

 二人は部屋を出て行くと、セバスチャンとメイド二人も後に続いた。

 甲板に出た二人は、ド・ローテルの姿を探すと彼は下士官達に指示を出していた。

「艦長! 先ほどの鐘は何事か!?」

「これは殿下。艦首前方をご覧下さい」

「あれは……」

 ベルギカ号の行く手には、大小合わせて100隻を越すアルビオン王国自慢の大艦隊が浮遊していた。

「すごい数ですね……」

「艦長、あの大艦隊の中、一際目を惹く巨艦。たしか『ロイヤル・ソヴリン号』だったな?」

「その通りにございます。ハルケギニア広しといえども、200メイルを越すあれほどの巨艦。まさしくロイヤル・ソヴリンに相違ないかと」

「雰囲気からして表面上は歓迎の形を取っているが、その本音は……」

「王太子殿下に対し、アルビオンの武威を示そうとしているのでしょう」

「やはりな……」

 マクシミリアンはニヤリと笑った。
 最近のトリステインとアルビオンの関係からして、

『血の気の多い貴族連中ならやりかねない』

 とある程度読んでいた。

 もっともアルビオン王国全体の姿勢とまでは思っていなかったが。

「艦長。『もし』……そう、もしロイヤル・ソヴリン号と一戦交えるとしたらどう戦う?」

「それは……」

 ド・ローレルは、あごに指を当て少し考え、そして……

「あの巨艦といえども所詮は木造です。火の魔法か、もしくは……」

 ド・ローレルは甲板に設置してある、とある装置に目を向けた。

「ロイヤル・ソヴリン号は見た目は大きくとても恐ろしく感じますが所詮は鈍足な帆走戦列艦。大砲の射程も短く既存の戦列艦では数を用意しないと攻略は難しいでしょう。しかし我がベルギカ号ならば、水蒸気機関の快速を生かして射程内に入らないよう翻弄し、本艦最大の牙である多弾装ロケット砲で敵の射程外から攻撃し続ければ、あの木造艦は良く燃えることでしょう」

「では竜巣艦からの竜騎兵が、ガッチリとロイヤル・ソヴリン号を守っていた場合はどうする?」

「その場合はお手上げです尻尾巻いて逃げます。あくまで艦と艦の一騎打ちという戦場では滅多にない状況での事ですので」

「そうか……」

 マクシミリアンとド・ローテルは、向かい合って苦笑いを浮かべた。

「あの、この状況、どうするつもりなんですか?」

 蚊帳の外だったカトレアが心配そうに言った。

「どうもしないよ、カトレア。敵はあくまで威圧のみだ。攻撃なんてしてこないよ。一発でも大砲を撃とう物ならそれこそ戦争だ。『一発だけなら誤射かもしれない』なんて寝言通じないよ」

「ですが、先ほど尻尾を巻いて逃げると艦長が……」

「王太子妃殿下。この状況でその様な戦闘状態に陥れば、アルビオン王国は全世界に恥をさらすことになります。国賓である王族を寄って集って攻撃するような国など、どの国も国交を結ぼうとは思わないでしょう? それどころか世界を敵に回しかねません」

「そういう事だカトレア。安心したかい?」

「はい、でもやっぱり怖いです」

「僕なんかワクワクするけどね」

「でしたら王太子妃殿下は部屋にお戻りになられたほうが……」

「そうだな、セバスチャン。カトレアを頼む」

「ウィ、殿下」

 カトレアはセバスチャンとメイドらに伴われ自室へ戻っていった。

「せっかく、アルビオン大陸に掛かる霧を、一緒に見られると思ったのに」

「心中、お察しいたします」

「ありがとう。でも、このままやられっぱなしなのは性にあわない」

「王太子殿下には、何やら秘策が御有りのようですが」

「艦長、知ってのとおり僕がアルビオンに来た理由は、表向きは新婚旅行だが、本当の理由はアルビオンに対し釘を刺すことだ。この様な真似を二度としないように、ね」

 そう言ってマクシミリアンはマストの天辺に付いている旗を見た。

「風が変わったようだ。ベルギカ号からは向かい風だな」

 呟くように言い、そして……

「艦長! ここは一つ、アルビオン艦隊の度肝を抜いてやるとしよう。風に逆らい全速力でアルビオン艦隊のど真ん中を突っ切る。出来るな?」

「もちろんにございます。あの連中の驚く顔が目に浮かびます。機関室に連絡、最大戦速だ!」

 ド・ローテルは不敵に笑い、下士官に命令を出した。







                      ☆        ☆        ☆






 アルビオン王立空軍に所属する64門戦列艦アガメムノン号の副長ヘンリ・ボーウッドは不審な報告を受けた。トリステインのフネから大量の黒煙が出たと報告が上がったのだ。

「火事を起こしたのか?」

「現在調査中ですが、そうとしか見えませんでした」

「分かった。下がってよい」

 報告を持ってきた水夫は、敬礼をして去っていった。

「艦長に報告しないと」

 ボーウッドは、最近トリステインから輸入されるようになった紙に報告内容を書き写し艦長室へと向かうべく甲板に上がった。

「これは艦長。甲板に出ておりましたか」

 艦長室へ向かう途中、アガメムノン艦長のネルトンは甲板から身を乗り出し黒煙を上げて進むベルギカ号を見ていた。

「ボーウッド、あれを見ろ」

 ボーウッドの方を見ずにベルギカ号を指差した。

「トリステインのフネですね。黒煙が上がっていると報告に上がろうと艦長室に向かう途中でした」

「手間が省けたな。それよりも……」

 ネルトン艦長は、ようやくボーウッドの方を顔を向けた。

「あのフネ、風に逆らって進んでいる」

「えっ!?」

 ボーウッドは思わず声を上げた。
 ネルトンの言うとおり、ベルギカ号は向かい風の中、アルビオン艦隊に向け進み続けていた。しかもかなり速い。

「本当だ、一体どうやって……」

「風魔法で進んでいる訳でもなさそうだ」

 風に逆らって進むベルギカ号に、アガメムノン号を始めアルビオン艦隊の各艦艇からも驚きの声が上がっていた。

『何がどうなっているのだ!?』

『魔法だろうよ。そうでないと説明がつかない』

『マストを見てみろ帆が張ってないぞ』

『それじゃ、どうやって進んでいるんだ?』

 アルビオン艦隊のど真ん中を、黒煙を上げて進むベルギカ号をアルビオン艦隊の全将兵は固唾を呑んで見守っていた。マクシミリアンの狙い通りアルビオン艦隊の度肝を抜く事に成功した。

「マクシミリアン賢王子、そしてトリステイン王国、侮ってはいかんと言う訳でしょうか」

「ボーウッド。後であのフネの秘密を聞きに言ったら教えてくれるだろうか?」

「艦長、それは無理でしょう」

「う~ん、俺も乗ってみたいな、あのフネ」

 ネルトンは、既存のフネとは違う全く新しいフネに興味心身だ。

「トリステイン王国に、我がアルビオン空軍の武威を示すつもりが。トリステインの最新鋭のフネにいい所を持って行かれてしまいました」

「そもそも、俺はこんな計画など大反対だったのだ。第一、やる事がせせこましいではないか」

「空軍卿(空軍大臣)自ら、計画を立てたそうですね」

「あの老人は、羊毛の商いで大損をしたからな。トリステインへの恨みも大きい」

「それは、逆恨みでしょう」

「まったくだ」

 ベルギカ号はアルビオン艦隊を突っ切ると無事ロサイス港に寄港し、マクシミリアンとカトレアの新婚旅行はこうして幕を開けた。

 
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