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ラインハルトを守ります!チート共には負けません!!

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第百三話 裏切りが勃発しました。

 
前書き
本年はこれが最後となります。皆さまよいお年をお迎えください。 

 
艦橋フレイヤに立つティアナは思わず足を踏み鳴らしていた。ベルンシュタイン中将が裏切ったという知らせは、包囲陣側にとっても衝撃だった。通信には乱れた敵があちこちで裏切り者が出たという叫びを交わし続けている。この状況に包囲側も戸惑ったが、ともかくも一つの動きを出した。フィオーナが砲撃中止の指令を下したのである。しかし、戦闘態勢解除はさせなかった。
「アイツ、なんて、最低な、奴なの!?」
ティアナは一語一語区切るように足摺りして憤った。だが、彼女にしてもそれ以上砲撃を続けることはできなかった。ブラウンシュヴァイク公爵側が早くも裏切り者を討つために包囲側を放置して動き出したからである。

フィオーナの処置はある意味で正しかった。ブラウンシュヴァイク公爵を始めとする貴族たちは裏切り者を、それも平民の裏切り者を許さなかった。

「おのれ・・・・!!ベルンシュタインめが・・・・!!」
ブラウンシュヴァイク公爵は足摺りして憤った。
「これだから平民風情は信用できんのだ!!儂がどれだけ恩義をかけてきたと思っておるか!?」
足を踏み鳴らして憤ったブラウンシュヴァイク公爵は周囲に裏切り者を討てと下知した。
「裏切り者を逃すな!!」
「それでも帝国軍の端くれか!?」
等の憎悪の視線は遠征軍よりもベルンシュタイン中将側に向けられたのである。
「突撃せよ!!!」
という狂奔命令は躊躇なくたちどころに実行された。ベルンシュタイン中将側にしても、にわかに起こった指令であり、さらに多数の貴族が加わっていることもあって一枚岩ではなかった。裏切れという指令を受けて当惑しているところを撃沈される艦が続出したし、憤った艦がブラウンシュヴァイク公爵側に加担して暴走を始め、それに巻き込まれて爆発四散する艦隊が後を絶たなかった。

 狂奔する殺し合いは瞬く間に波及し、包囲陣は巻き込まれないように後退して成り行きを見守るしかなかった。

 狂奔する裏切りとそれを討とうとする者の混沌の渦はしばらくは収まりそうになかった。包囲側が幾度も停戦するように勧告を下してもなしのつぶてだった。なすすべもなく見守るしかなかった包囲側に、一片の通信がもたらされる。

 ベルンシュタイン中将側がブラウンシュヴァイク公爵の旗艦ベルリンを撃沈したというものだった。

 ブラウンシュヴァイク公爵の旗艦ベルリンが撃沈されたという報告の詳細がほどなくしてフィオーナの元にもたらされた。
憤怒に駆られたブラウンシュヴァイク公爵は艦ごと体当たりするようにベルンシュタイン中将の旗艦に挑みかかったが、前後左右から砲撃を集中されて爆沈したのだという。
脱出したシャトルはわずか数隻。その中にシュトライト准将はいたが、ブラウンシュヴァイク公爵とアンスバッハ准将の姿は見当たらなかった。
 盟主を討たれた貴族連合艦隊はもはやなすところがなかった。停戦警告を無視して突っ込み、包囲側に撃沈される艦、ベルンシュタイン中将側に突入し、相打つ艦等が続出したが、結局1万隻近い艦が投降を決め、さらに、アレットとロワールと対峙・追尾していた別働部隊の残存艦隊5000隻余りも降伏を申し込んできた。

「ベルンシュタイン中将が降伏を求めております。」

 一瞬フィオーナはためらった。もしかするとこれも策略で、ブラウンシュヴァイク公爵とベルンシュタイン中将の間で打ち合わせが済んでいることなのではないか、と思ったからである。
 原作でのキルヒアイスの最後の事がふと、フィオーナの脳裏をよぎった。だが、あの状況と今自分たちがいる状況とは根本的に異なる。
 フィオーナは降伏を受諾するか否かを保留にし、ただちに帝都に指示を仰ぐことにした。

 折り返し連絡が入ったが、それはベルンシュタイン中将側の降伏を受諾せよ、というものだった。


* * * * *
ベルンシュタイン中将が降伏を求めていると伝え知ったラインハルトは一顧だにせずに吐き捨てるようにして言った。
「そのような降伏等、歯牙にもかける必要はない。主を裏切り、自分の保身を目的とする降伏など、想像しただけで反吐が出る。」
今にも唾を吐かんばかりの苦々しい表情だった。これには諸提督だけでなく転生者サイドも同様の考えだった。何しろベルンシュタインの策略によってジェニファーを殺されているのだ。その他にもミュッケンベルガー元帥らの政府の中枢要員を相次いで襲わせているし、バイエルン候エーバルトにしても卑劣同然の手段で陣営に引きずり込んでいる。
 そんな男が何の役に立つか、というのが将星の一致した考え方だった。

「お待ちください。」

万座が降伏を拒絶する方向に決定仕掛けた際、一人発言を求めた者がいる。
「フロイライン・マリーンドルフには何か異論があるのか。」
ラインハルトが目を向ける。
「高官会議の場で一介の秘書官にすぎない私が発言すること自体、出過ぎたことだという事は充分に承知しております。ですが、閣下、皆様方、降伏を受諾しないことはローエングラム体制にとって今後の禍根を残すこととなります。」
ラインハルトの傍らに座るイルーナ・フォン・ヴァンクラフト軍務尚書が目を細めたのを列席していたヴァリエやバーバラら転生者たちは見逃さなかった。
「理由は?」
「はい、仮にベルンシュタイン個人が降伏を求めてくるのであれば、閣下や皆様方の仰せのとおり、生命を助けることこそ彼の卑劣さを認めることとなり、容認できません。ですが、問題は彼の側には彼だけではなく多数の将兵がいるという事です。」
「・・・・・・・・。」
「エリーセル提督の報告では、ベルンシュタイン中将側は約1万隻100万人近い将兵がいるといいます。また、ブラウンシュヴァイク公側の残存戦力もまた1万余を数える兵力が残っているといいます。それだけの戦力を閣下は悉く沈めるおつもりですか?」
「・・・・・・・・。」
「今ローエングラム体制に必要なのは、苛烈な弾圧ではありません。むろん、寛容と慈悲にも限度ということはありますけれど、今この時においては彼らに与える最良のものはこれらの性質を持つ者ではないでしょうか?」
「異議あり!!」
いち早く叫んだのは、憲兵副総監のヴァリエだった。
「マリーンドルフ伯爵令嬢は何か勘違いをなさっておいでのようです。今ベルンシュタインを許せば、当然彼はローエングラム閣下に対して会見を申し込んでくるでしょう。彼に邪心があればその場でローエングラム閣下を暗殺しようという物騒な行為に及ばないとも限らない。そのような危険性をはらむ結果を助長するわけにはいきません。」
「奴に一片の理性があればそのような問題は論ずるに足らぬ。」
ヴァリエにこう言い放ったのはロイエンタールだった。
「会見の前には当然捕虜たる者、身体検査をされることとなっている。それに、ローエングラム公お一人が立ち会うわけではない。また、非礼を承知で申し上げるならば、たとえ暗殺が成功したとしても、奴はその場で処断されるだけだ。」
ロイエンタールが放った最後の言葉を隣にいたミッターマイヤーが一瞬顔色を変えて止めにかかろうとしたが、ラインハルトが制した。
「いいのだ、ミッターマイヤー。」
いささかも怒りの要素を含まない声でそう返すと、彼は視線をヴァリエに戻した。
「フロイレイン・ヴァリエ、ロイエンタールの言う通りだ。彼奴が私の命を奪ったとしても待っているのは死のみだ。常識ある人間ならばそのことを理解できぬはずはない。もっとも・・・・。」
一瞬ラインハルトのアイスブルーの瞳に不敵なきらめきが宿った。
「奴が果たして常識ある人間かどうかはわからぬがな。」
何もかも見透かしての事なのか、あるいは考えがあっての事なのか。ラインハルトのアイスブルーの瞳は無言の感情をこめて万座の視線を返し続けていた。
「フロイレイン・イルーナには何か意見はおありか?」
ラインハルトは傍らに座っている「姉」に尋ねたが、彼女は小さくかぶりをふっただけだった。それを見つめた後、ラインハルトは「他に異存はないか?」という問いかけを万座に発し、10秒ほどまった後、
「フロイライン・マリーンドルフの意見を採用し、彼奴を帝都に連行するようにフロイレイン・フィオーナに伝えよ。」
と、述べた。ラインハルトの決定によりベルンシュタインは帝都に連行されることとなったのだった。


* * * * *
ベルンシュタイン中将が捕虜となった時、フィオーナはまだ直接彼と面会していないにもかかわらず、彼の今後の事を考えずにはいられなかった。正確に言えば、彼だけではなく捕虜となった貴族たち、である。
兵士たちはまだいい。復帰を希望する人間はまた軍において勤務できるからだ。だが、将官となれば反乱を起こした主要人物としてリストに載り軍法会議等にかけられる公算が高かった。
 彼らの中には惜しむべき才能を持つ人間も多い。また、そのような才能の有無にかかわらず、一度はやり直す機会を与えたいというのがフィオーナの偽らざる気持ちだった。
「提督、あの、帝都オーディンから通信が入っています。」
サビーネが知らせに来た。物思いにふけっていたフィオーナは顔を上げた。
「誰から?」
「軍務尚書閣下です。」
教官が!?という言葉を危うく呑み込むと、フィオーナは立ち上がった。このタイミングで連絡が来たという事は捕虜たちの処遇についてだろう。
「通信室で受けるから、回してもらえる?」
サビーネに依頼したフィオーナは独り狭い通信室に足を向けた。

数分後――。

ベルンシュタイン連行の指令を聞いたとき、フィオーナはディスプレイ上のイルーナに尋ねずにはいられなかった。
「教官が反論なさらなかったのは意外でした。」
『私が一個人の感情に支配されて大局を見誤ると思った?』
微笑交じりの指摘にかつての教え子は赤面した。
『確かにジェニファーの仇は取ってやりたいけれど、それとこれとは別物よ。ラインハルト自身もよく私の気持ちを知っているわ。だからこそベルンシュタインとの会見を承諾したのだと思うけれど。』
「えっ?」
『ベルンシュタインがおとなしくこちらの宣告を受ければそれでよし、受けなければそれ相応の手段で精算してもらうのよ。』
「・・・・・・・・。」
フィオーナは言葉もなく教官の顔を見つめた。個人の感情に支配されていないといいつつ、ベルンシュタインを処断する方向には変わりない様だ。
『一方的な処刑では権力に物を言わせて殺したといわれるかもしれないけれど、そのような状況にもっていかなければよいだけの話。もっとも、憲兵局長でありながら各種のテロを起こし、政府要人に重傷を負わせ、帝都を混乱させた罪は充分に重いけれど。』
「・・・・たとえ、転生者であったとしても、ですか?」
『彼が転生者であろうとなかろうと、事はそれを考慮するところをとうに超えてしまっているのよ。』
「ですが、私たちも彼に便乗した事実はあると思います。」
いつの間にか微笑を消していた元指導教官はと息を吐いた。教え子の考えていることがおおよそ分かったという風である。
『では、どうすればいいというの?まさかとは思うけれど、バイエルン候エーバルトのように彼をラインハルトの旗下に集うよう誘うつもりではないでしょうね?』
「駄目でしょうか?」
『それで、彼がラインハルトを、キルヒアイスを、周囲の提督を巻き込んで殺すような暴挙に出たらどうするの?あなたは責任を取れるかしら?』
「そうなる前に止め立てします。私たちであればそれが出来るはずです。」
イルーナはかすかに首を振った。
『あなたの長所はその優しさだけれど、この場合はそれが短所にもなりうる例ね。』
なっ!とフィオーナは声を上げそうになった。自分の弱さや短所はよく自覚しているけれど、ここでそのような事を面と向かって言われるとは思わなかったのだ。
「私が彼を助けようとするのは、ローエングラム王朝のためです!これまで帝国は民衆に対して苛烈あるいは無関心すぎました。それを払しょくするためにも慈悲と寛容が必要だとは思いませんか?」
「それは限度という物をまるきり理解していない言い方よ。どのような極悪人であってもあなたの言う慈悲と寛容ですべて許そうというの?」
「違います!」
「違わないわ。あなたの理想を体現すれば、全てそうなるはずよ。・・・・どのような結果を生むか、わからないあなたではないでしょう?何故そこまでベルンシュタインに固執するの?」
「一度は機会を与えたいからです。今回の戦いは双方ともにかなりの犠牲を出しました。その犠牲を目の当たりにしてなおラインハルトを倒そうというのなら、更なる犠牲が増えるだけ。私も彼の処断には同意します。でも!!」
フィオーナは切なそうな顔で教官の顔を見上げた。
「一度の機会も与えられず、処刑される・・・・あまりにも無情だと思わないのですか?」
「・・・原作のファーレンハイトの例に倣おうというの?言っておきますけれど、ファーレンハイトは清廉な人柄だったからこそラインハルトも彼を受け入れたのよ。ベルンシュタインとはあまりにも違うわ。」
イルーナは端正な顔を心持改めて、フィオーナの顔をまじまじと見つめた。
「あなた、一体どうしたというの?」
「教官こそ!彼にジェニファー教官を殺されたことを根に持っていらっしゃるのではないですか?」
ぐっ、という音がディスプレイ越しに伝わってきた。
「・・・・あなたこそ、ジェニファーの死を昇華させようとしているのではないの?彼女の死は無駄ではなかった、ベルンシュタインすらも味方にしうる原動力となった、そういう結末に持っていきたいのではないの?」
今度はフィオーナが詰まる番だった。そのような事を思ったことはなかったが、そういう心情が心の中でなかったとは言い切れなかったからだ。
「・・・・お互い少し沸騰してしまったわね。」
しばらく無言の時間が続いたのち、元指導教官が口火を切った。
「・・・・ごめんなさい、教官。」
フィオーナは頭を下げた。イルーナはもう一度と息を吐いたが、そこには苦笑交じりの色が入っていた。
「あなたは昔からそうだったわね。・・・・いいでしょう。」
フィオーナは顔を上げた。
「あなたの言う通り、彼に一度だけ機会を与えることとします。ただし、彼を活かすも殺すもラインハルトが決めることよ。」
「教官!」
フィオーナが叫んだが、今度は驚きと喜びの色が含まれていた。
「その代り、少しでも不審な動きをすれば、容赦なく処断するわよ。」
ラインハルトを、キルヒアイスを、皆をこれ以上、失うわけにはいかないのだから、という言葉を軍務尚書は強く言った。

* * * * *
「ベルンシュタインに会う!?」
ティアナは親友の発言に目を丸くした。
「どうしちゃったの!?本気で言っているの?!」
ジェニファーを殺されたことをティアナも怒り心頭に発していた。フィオーナにとってもジェニファーの死は痛手でないはずがなかった。そのため、親友の発言が信じられなかったのだ。
「本気よ。一度話してみたかったの。」
「どうして!?」
「・・・ジェニファー教官を殺されたことは、私だって平気なはずないわ・・・・。でも、恨みだけを持っていたってどうしようもないもの。ベルンシュタインが私たちに協力してくれれば、今後の対同盟戦でも、対フェザーン戦でも有利に立てると思うの。少なくともゼロではないと思う。」
「やめた方がいいと思うわよ。どうせ私たちの話なんか聞くはずもないじゃない。ラインハルトを殺すことだけを目的で動いているようなイカれた奴よ、きっと。」
「それはさすがに言いすぎだと思いますけれど・・・・。」
レイン・フェリルが当惑気味に苦笑した。
「ですが、フィオーナさん、私もティアナさんの意見には賛成です。彼はあまりに危険であり、そのような危険分子をローエングラム陣営に置くわけにはいきません。たとえ本人がその気にならなくとも周囲の人間が彼を過剰に意識するでしょう。」
「二人の気持ちはわかるわ。でも、話し合わなくてはいけないと思うの。せめて・・・どうしてああいうことをしたのかを知りたい。敵を殺戮するだけが、私たちの目的じゃないでしょう?」
「・・・・それを自由惑星同盟かどこかに逃げ込んでいるカロリーネ皇女殿下やバウムガルデンの坊やに活用しようってわけ?」
「そういうわけじゃないわ。私は最後の最後まであきらめたくはない。どんなにラインハルトを憎んでいたとしても、あるいは別の目的があったとしても、話し合いの余地があればそこにかけてみたい。それだけなの。」
ティアナがやれやれと言うように肩をすくめた。
「別に反対はしないし、あんな奴にやられるようなフィオじゃないと思うけれど、でも、私も同席するわよ。」
「私もです。総司令官が個人的に面会するとなればあらぬ誤解を生みます。できればもう一人、誰か別の方を同席された方がよろしいかと思いますよ。」
本来であれば、このようなことは必要でない事だった。勝利者であるローエングラム陣営に、帝国に反逆したというそれだけの理由は彼を処罰するのに必要にして十分なものであったし、ローエングラム陣営もバイエルン候エーバルトを通じてであるが、彼から手ひどい損害を被っている。
 ただ、彼が私怨をもってこのような行為に及んだとはフィオーナには思えなかった。彼が何か大きな目的の為に、ラインハルトを排除してまで達しようとするほどの大きな目的があるのであれば、あるいは脅迫されてやむなくブラウンシュヴァイク公爵陣営に与していたというのであれば、一方的に処刑するのは不条理だという気がしていたのである。それに曲りなりにも彼は降伏を求めてきているのだ。少なくとも彼の言い分を聞かなくてはならない。ラインハルトもその事情を汲んで最終的にああいう決断を下したのだろう。
ベルンシュタイン中将という人間が一体どのような人物であるか、フィオーナはそれを知りたがっていた。もっとも直接に知っているのはかつてバーベッヒ侯爵討伐に赴いたアレーナくらいだろうが。
「・・・・ありがとう。二人とも。」
フィオーナはきちんと両手を前で合わせ、頭を下げた。

* * * * *
 ベルンシュタイン中将はかつて自分が座乗していた旗艦の一室に軟禁されていた。既にローエングラム側がこの戦艦を拿捕して捕虜を移しているので、ここにいる敵側の人間は彼一人だったのである。
フィオーナが部屋を開けて入ると、何やら書き物をしていた彼は顔を上げた。この時初めてフィオーナはベルンシュタイン中将の顔を見た。漆黒の黒髪に艶やかと言ってもいいほどの肌は若々しかったが、青く沈んだ瞳はそれまでに経験した辛酸をたたえているような暗い色をしていた。
「何の御用ですか?」
感情を表に出さない平板な声だった。
「一度話がしたいと思ってやってきました。・・・・それが済むまで待っていますから、続けてください。」
あぁ、と彼は紙片を見た。形のいい手を紙片の上に載せながら、
「これは妹に宛てた手紙です。丁度いい。送付前に見ていただいて差し支えありませんから、どうかこれを届けていただけませんか?」
ご自分でなさっては、と言う言葉をフィオーナは飲み込んだ。彼に待ち受ける運命を思うと、そのような言葉を掛けていいものか、判断がつかなかったからだ。
「わかりました。後ほどお渡し下されば、そのようにします。」
「ありがとうございます。」
中将は頭を下げた。3人は意外だった。これまでの彼の所業を考えてみると、もっとどこか平常ではない人間を想像していたからだ。彼は、少なくとも今は表向きは礼を失さない態度でいる。もっとも3人も長年の経験で人の表層的な性格と深層心理はかい離していることを知っているから、今の彼の印象にとらわれることはなかった。
「そこに立っていられると話もできません。座ってもらえますか?」
フィオーナはテーブルをはさんだ向かい側に腰を下ろした。ティアナとレイン・フェリル、そしてもう一人、後から入ってきたキルヒアイスもそれに倣った。ベルンシュタイン中将と話をする以上、自分たちの正体も明かすことになると思ったフィオーナが同行を頼んだのだ。
「それで、私に話とは?」
「あなたは転生者ですね?」
いきなり差し込まれた問いかけにベルンシュタイン中将は眼を見開いたが、やがて失笑ともいえる笑いを漏らした。
「なるほど・・・それで色々とわかりました。私も今まで銀河英雄伝説の二次作品を多く読んできましたが、たいていの場合転生者は一人だと決まっているものでした。この世界ではそれが通用しないというわけですね。あなたたちもそうだったとは思いもよりませんでした。ですが・・・・。」
ベルンシュタイン中将の眼が、キルヒアイスに向けられる。
「すでに話を聞かされて知っています。信じられない話だろうと言われるかもしれませんが、私、そしてラインハルト様はその事実を受け入れています。」
と、無言の問いかけにすぐに答えたのだった。
「正確に言えば、対転生者用転生者として、私たちが送り込まれたわけだけれどね。アンタみたいなラインハルトをぶち殺そうという不埒な人間を殺すためによ。」
ティアナ!という親友の小声の叱責を聞いてもベルンシュタイン中将は今度は顔色を変えなかった。
「なるほど・・・・。」
彼は一息呼吸した。自分の中にある気持ちを整理しようとしたのかもしれない。
「あなたたちは何故ラインハルトに味方するのですか?別に自由惑星同盟に転生し、ヤン・ウェンリーに味方してもよかったはずでしょう?」
「ヤン・ウェンリーの事は偉大な智将として私たちは尊敬しています。ですが、彼にラインハルトの役割をさせようとしても無理です。あなたも彼の性格はご存じでしょう?ラインハルトが帝国を統一し、自由惑星同盟を統一若しくは和平的な手段で共存する結末に持っていければ、少なくとも数十年は平和が訪れるからです。」
「・・・・・・。」
「逆にあなたに聞きます。どうしてラインハルトを殺すような真似をなさろうとしたのですか?」
「何故、ラインハルトなどを庇い立てするんだ?」
突如口ぶりが一転した。それまで丁寧だった口ぶりが一転して冷酷なものに代わり、絶対零度の温度を纏い始めたのだ。
「あれは数百万の同盟軍を殺し、無用な遠征で数百万の将兵を殺した。バーラトの和約をもっと早く締結していれば、ファーレンハイト、シュタインメッツと言った将帥が死ぬこともなかったのだ。それだけじゃない。ヴェスターラントの核攻撃を黙認して200万の民衆を見殺しにした奴だぞ。」
「言ってくれるわね。彼がおこした様々な改革を認めないってわけ?」
ティアナが尋ねた。
「あんなもの、一時の気紛れに過ぎない。『民に必要なのは公平な裁判と公平な税制度、ただそれだけだ。』などと言ってくれているが、俺に言わせれば噴飯ものでしかない。自らの理想を実現するために民を利用するだけ利用しているに過ぎない。奴が気にかけているのはキルヒアイス、アンネローゼ、それだけなんだ。他はどうでもいいと思っているだろう。」
「じゃああなたの親分はどうなのよ?ブラウンシュヴァイクが民衆の為に改革に励むとでも思っているの?」
「ブラウンシュヴァイク等は傀儡にすぎん。時機を見て始末し、俺が実権を握るはずだった。・・・そう、思っていた。」
ベルンシュタイン中将は視線を床に落とした。
「だが、そのような事はどうでもいい。一つ言っておく。俺はラインハルトに与するつもりはない。大は奴の進めようとする理想は民衆にとって幸福なものではない。小は・・・・奴は俺の父親を見殺しにしたからだ。」
4人ともはっと彼の顔を見つめた。
「・・・・・ハーメルン・ツヴァイ、奴が初めて一介の指揮官として指揮をした駆逐艦だ。その駆逐隊は奴が乗っていた一艦を残して全滅した。・・・俺の父が乗っていた艦もろともな。」
「・・・・・・・。」
「奴が英雄ならば、皆の敬愛に値する人物ならば、何故駆逐隊もろとも救えなかった!?警告を発することはできたはずだ!!だが、奴はそれをしなかっただろうが!!父は虫けらのように死んでいった。それは、奴がそれに値しない人間だったからこそ起こった結果なんだ!!」
「・・・それがあんたのラインハルトへの憎悪の理由か。」
ティアナがベルンシュタインをにらみながら言った。
「結局そういう事なのね。大義だのなんだのと言ったところで、結局は家族を同盟軍に殺されたその恨みをラインハルトにぶっつけるのが目的なだけ。逆恨みもいいところだわ。」
「黙れ!!貴様などに何がわかるか!!父は、俺の父は――。」
「だったら一つ教えてあげるわ。あの時、あの駆逐艦に乗っていたのはラインハルト、キルヒアイスだけじゃない。私、そしてフィオも乗っていたのよ。」
ティアナ!とフィオーナが制したが、もう手遅れだった。
「なに!?」
ベルンシュタインの眼が殺気を帯びて4人を見据えた。
「あの時の光景をあなたに見せてやりたかった。皆必死だったのよ。ラインハルトも含めて他人の艦に口出しをする余裕も時間もあの時にはなかった。ついでに言えばあの時ベルトラムが足を引っ張ることがなかったらもしかしたら警告もできたかもしれないけれど、でも、そんなことは夢物語だわ。もしあんたがあの時あの立場になっていたら、私たちと同じことができたかしら?」
間髪入れずに伸びてきた手をティアナはひねりあげた。ベルンシュタインは苦痛を感じたはずだが、それよりも憎悪の光の方が強かった。ギシギシという骨がきしむ音が今にも伝わってきそうなほどだった。
「やめて!折れてしまうわ!」
フィオーナが止めさせた。ティアナはベルンシュタインを突き放すようにして離した。
「俺の前世をお前たちは知っているか?・・・・アル中の父の暴力を受け、ほとんど母子家庭同然で育ち、死に物狂いで働いて、家庭を持てたと思ったら俺の経営している会社は倒産・・・・。保険金目当てでの覚悟の自殺を決行してここにやってきたんだ。ここにやってきてからの俺は幼少期は平凡な家庭で育った。軍人だった父は軍人らしからぬ父でな。よく暇を見つけては俺と妹と母と共に過ごしてくれたものだ。」
ベルンシュタインは遠い目をしながら過去を回想している。その思い出に浸っている時の彼は一瞬幸福そうだった。
「だが、それもあの戦いのせいで台無しだ!!せっかく手に入れかけた幸福を、粉微塵にしてくれたのは奴なんだ!!奴がいなければ・・・・!!こんなことには・・・・!!」
「どうして戦争のせいだって思わないの?たとえあの戦いで生き残ったとしても次の戦いで撃沈されるかもしれないのよ。」
「父は一流の艦長だった!!!そんなことはない!!!」
4人は愕然となった。ベルンシュタインの眼は血走ってどこか狂乱の体を見せていたからだ。
(復讐者は精神を蝕まれる、か・・・・。)
レイン・フェリルはふとそんなことを考えていた。彼の所業がどこか一線を画していたのも、結局は復讐にとらわれて何もかもを捨ててしまったからに違いない。そんな人間をキルヒアイス以外の3人は嫌と言うほど見てきていたし、実際遥か彼方にいるもう一人の人間もまた、ベルンシュタインと同じような、いや、それ以上の人間だった。
「フィオ、これでわかったでしょう?コイツ、自分の事しか考えていない最低な奴だわ。」
ティアナはそう言ったが、どこか悲哀の色を帯びていた。敢えて突き放すような言い方をしなければ、この場を去れなかったのだと思ったに違いないと、レインは思った。ティアナはフィオーナとレイン・フェリル、キルヒアイスを促して立ち上がらせた。話の間中キルヒアイスは口をきかなかったが、時折自制心を抑えるため、こぶしを握り締め、あるいは時折悲哀の色を帯びた色を瞳に浮かべていた。
「・・・・一つ言い忘れていたわ。」
ティアナはベルンシュタインを振り返った。
「もし会見中にラインハルトを襲うような真似を少しでもしでかしたら、今度は腕を折るだけじゃすまないわよ。即座にアンタを殺すことになるわ。」
ベルンシュタインは腕をさすりながら、なお、憎悪の眼で3人を見据えていた。


 
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