チェロとお味噌汁と剣のための三重奏曲
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
4. あなたのもとに駆けつけたくて(前)
……予想外だった。名前を見た時から『ロドニーさんみたいに海外の人なのかな?』とは思っていたけれど……これは予想外だった……!!
「……どうした貴公」
「……ッ!」
「俺に隙を見つけたのなら、遠慮無く斬りかかるがいい」
すでに一回戦は始まっている。僕の相手は、『大淀パソコンスクール』代表、自称『太陽の騎士』ソラールさん。僕みたいな剣道具ではなく、赤い羽がついたバケツのような兜をかぶり、西洋のチェインメイルを身にまとう、西洋剣術の使い手。日本の剣道にはない盾を装備し、全身に太陽のイラストを散りばめた男。
「来ないのか?」
「……ッ!」
観客席の方から『先輩! ポーズ決めてないで本気でやって下さいッ!!』『まぁーソラール先生はいつものことじゃからー』『アッハッハッハ!!!』といった掛け合いが聞こえてくるけれど……対峙している僕にはわかる。この、ソラールさんが今やってる、キレイに上に伸びたYの字ポーズ……
「……」
「……クッ!?」
隙だらけ過ぎて、逆に隙がないッ!? いや、自分でも何を言っているのかさっぱり分からないけれど、どこからどう打ち込んでも、自分が一本を取れてしまうビジョンが思い浮かんでしまい、それが逆に恐ろしい……僕が打ち込んだその瞬間、そのイメージが潰され、あのお日様が描かれた丸い盾で弾かれ、逆に打ち込まれてしまうようで……ッ!!
ええいっ。雑念を捨てろッ! 気を静め、すべてを一撃に乗せるんだッ! 僕は竹刀を真正面に構え、心を落ち着かせ、意識のすべてを相手に絞る。
「……ほう。気迫が伝わってくる」
「……」
「貴公、よい気迫だ……ならば俺も、全力で相手をせねばなるまい」
ソラールさんがそういい、再びキレイなYの字ポーズを決める……僕の世界が一度ソラールさんに……いや、ソラールさんの身体に描かれた、お日様のマークに収束していく……雑音が消えた。『なにやってんすか先輩ッ!!!』という声援も消えた……僕の視界は、ソラールさんだけに……いや、あのシュールなお日様だけになった。
「来るがいいッ!!!」
「ッ!!!」
今だッ!! 僕は竹刀を振り上げ、ソラールさんとの距離を一気に詰めて、渾身の力を振り絞って竹刀を振り下ろした。
「めぇぇえええええああああああ!!!」
途端に僕の竹刀に、ぱこっという情けない衝撃が届く。
「面あり。一本。……普賢院さんの一本勝ちです」
赤城さんのキレイな声が、稽古場に響いた。僕の渾身の打ち込みが、ソラールさんの頭をキレイに捉えたようだ。『バカなッ!? 先輩ッ!!?』『せ、先生が!? 太陽が沈むッ!?』という茶色い嘆きの声が、大淀パソコンスクールの観客席から聞こえてきた。
「……え、あのー……」
「礼っ」
「は、はいっ」
あまりにあっけなさ過ぎて、ついポカンとしてしまった。でも呆気にとられていたのは僕だけだったようで、赤城さんは僕達に礼を促し、ソラールさんは相変わらずYの字ポーズで気持ちよさそうに伸びている。
「ちなみにこのポーズの名は太陽賛美だ」
「いや、聞いてないです……」
ぼくも、頭に大きなはてなマークを浮かべながら、頭を下げた。ともあれ、僕は一回戦は突破出来たか……よかった。これで命の危機は去ったはずだ……。
「……貴公」
「はい?」
さっきまで太陽賛美のポーズを取り続けていたソラールさんが、チャリチャリとチェインメイルの音を響かせ、僕に歩み寄ってくる。なぜか一度前転し、背中からどすんっと着地して立ち上がってから、僕の左肩にぽんっと手を置いてくれた。右手の感触がずっしりと重く、ソラールさんが相当な強者であることが、その右手から伝わってくる……。
「貴公、いい気迫だった」
「はぁ。ありがとうございます」
「そのまま精進を続けるんだ。そうすればいつの日かきっと、太陽の戦士になれるっ」
「はぁ……」
いや、すみません……正直、太陽の戦士ってよく分かんないんですけれど……もし、その太陽の戦士ってのになったら、ソラールさんみたいに、お日様イラストを全身に散りばめなきゃいけないんですかね……
なんて困惑していたら、ソラールさんの背後に、黒のスーツにボタンダウンという中々フォーマルな格好をした男の人が突然現れ、ソラールさんをガシッと羽交い締めしだした。『こらカシワギッ! 何をするッ!?』とソラールさんが抗議しているところを見ると、この男の人はソラールさんの職場の仲間なのかな? 当然だろうけど、あのお日様のイラストは身につけてないみたい。
「また太陽の戦士とか言って、手当たりしだいに勧誘するのはやめて下さいって……!!」
「バカなッ!? 貴公も新しい仲間が出来るのはうれしいだろう!? それが彼のように頼もしい男であるのなら、なおさら……ぐおおおッ!?」
「うちはパソコン教室でしょうがッ!」
そんな言い合いをしながら、ソラールさんは後輩の人に、背後から羽交い締めされたままズルズルと引きずられ、会場から離れていった。でも離れていくその最中。
「普賢院智久ッ!」
「は、はいっ!」
「決勝では貴公の健闘を期待する!! 貴公に、炎の導きのあらんことを!!!」
と、ソラールさんは力強い言葉で僕を激励してくれた。正直、言ってることの9割近くは理解出来ないヘンタイお日様戦士のソラールさんだけど、根はいい人みたいだ。
「こちらこそ! ありがとうございました!!」
僕も、剣を交えてくれたソラールさんへのお礼を忘れない。ソラールさんか……今回は敵同士だったけど、素敵な人と知り合えた……。なんて僕がソラールさんのエールに感激して胸を熱くしていたら、さっきのスーツの人がソラールさんを羽交い締めして引きずりながら、再びこっちに戻ってきた。
「いや、それは買いかぶりすぎだと思うよソラール先輩のこと」
「そうなんですか?」
「貴公……」
ちなみに後ほどソラールさんから聞いたところによると、このスーツ姿の後輩の人ってのは、カシワギさんという名前らしい。近々、大淀パソコンスクールに遊びに行ってもいいかもしれない。こんなに楽しそうな人たちのパソコンスクールなら。
一方……二回戦の方は、ロドニーさんが順当に勝ち上がる。集積地さんは、戦時中に一度ロドニーさんと戦ったことがある深海棲艦さんらしく、その時のリベンジをしたいと出場を決意したそうだが……壮絶な打ち合いの末、ロドニーさんの一本勝ちとなったそうだ。
「ところで赤城さん」
「はい?」
決勝戦が始まるまで、あとわずか……僕は、付き添いで一緒にいてくれる赤城さんに、ちょっとした疑問をなげかけることにした。
今回、剣術大会というから、僕はわざわざ防具を持ってきたわけだけど、ロドニーさんはもちろん、集積地さんも、防具を装備してない。ソラールさんにいたっては、妙ちくりんなお日様のイラストが入った、西洋の騎士のコスプレをしてた。
つまり、正規の防具をつけてるのは僕しかいない。いや、ある意味ソラールさんの格好は防具と言えなくもないけれど……そんなことでいいのだろうか……。
「特に防具の規定はないですね。普賢院さんもお好きな格好で構わないですよ?」
「え、でもこれ、剣道の大会ですよね?」
「いえ。剣術の大会ですし」
「そ、そんなもんなんですか……」
なんという気の抜けた答え……。初めて聞いた時から『剣術大会』となっていたのがずっと気になってはいたけれど、そんな理由だったのか……。
赤城さんからの力の抜ける返答を聞いた後、僕は観客席をキョロキョロと見回した。特に、食堂の応援団がひしめく一角を重点的に見回す。鳳翔さんの姿は……まだない。
「……」
「……鳳翔さんを探してるんですか?」
「ひ、ひゃいっ!?」
赤城さんに突然に図星を突かれ、変な声が出てしまった……そんな僕を見た赤城さんは、くすくすと笑いながら、僕のことを見つめてきた。この人の黒髪、つやつやしてるなー……
「先ほど、もうすぐお弁当ができると連絡がありました。試合が終わる頃には、持ってきてくれると思いますよ」
「そうですか」
「楽しみですね……じゅるり」
まぁ、これだけの参加人数分のお弁当となると、かなり大量になるだろうしね……ちょうど決勝戦が終わる頃は、お昼ご飯の時間になるだろう。
さて。今までのんびりと構えていたのだが……
「さて。そろそろ時間ですね」
「そうですね」
赤城さんの言葉に、ほんの少し、真剣味が込められた。
稽古場には、すでにロドニーさんが立っている。黒の上下のスーツに身を包んだその姿は、以前にどこかで目にしたことがある、海軍の制服そっくりだ。色だけは、白い海軍の制服とは正反対の真っ黒だけど。持っているのは、ソラールさんと違って竹刀一本。さすがに真剣ではなかった。
ロドニーさんから遠く離れているはずの、僕の周囲の空気が、ピリピリと痛くなってきた。心持ち、ロドニーさんの背がいつもより高く見える気がする。あの人、あんなに背が高かったっけ……?
「普賢院さん。結果はどうあれ、ご武運を」
「ありがとうございます」
赤城さんが稽古場に上がり、続いて僕も稽古場に上がる。すでに立ち位置についているロドニーさんは目を閉じ、静かに佇んでいた。
「……」
言葉を交わさなくてもわかるし、いかに僕が弱くても、この気迫は伝わってくる。ロドニーさんの気迫は、さっきのソラールさん以上のものだ。
「……貴公」
「はい」
僕が立ち位置に着いた途端、ロドニーさんは静かに、スッと目を開いた。その鋭い目は一切の曇りなく、まっすぐ、正確に僕の目に突き刺さってくる。これはいつもの、清掃員のロドニーさんではない。艦娘でネルソン級戦艦二番艦。世界で最強の7人の一人。ビッグセブンの一角、ロドニーだ。
「良き敵であることを期待する」
ロドニーさんが竹刀の切っ先を僕に向けた。竹刀のその向こう側にある、ロドニーさんの眼差し。それが僕に叩きつけるこの気迫は、きっと気迫ではなく、殺気というものだろう。それが、僕の全身にまとわりついてきていることを、僕は感じた。
「……精一杯、努力します」
僕も竹刀を構える。
――ありがとう智久さん! ありがとう!!
そう言って、笑顔で僕の手を握ってくれた鳳翔さんに報いるためにも……勝てないまでも、せめて一矢は報いてみせる。
「……構え」
赤城さんの、静かな言葉が響いた。僕とロドニーさんは互いに竹刀を相手に向ける。ロドニーさんの眼差しが、僕の目をジッと見据えた。
「はじめッ!!!」
覇気の篭った赤城さんの、ビリビリとした衝撃がこもる声がひびき、僕とロドニーさんの試合がはじまっ……
………………
…………
……
ページ上へ戻る