ナニイロセカイ
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*不思議な夢世界
不法侵入者さんは背の小さな男の子でした。女子のわたしよりも小さな背の男の子。同級生なのか先輩なのか、見た目だけじゃよく分からないです。
オレンジジュースを水で薄めたような薄い茶色髪にまだ幼さが残る童顔の顔に不釣り合いの猫さんみたいなつり上がった目。
彼に猫耳と猫尻尾を生やしたら、擬人化猫さんの完成かも。
変な想像をしてしまってくすりと笑いが零こぼれてしまいました。
「何がおかしいんですか~?」
別に。何も。と、お答えしておきます。
それよりもどうして平然と、さも当然の事のように、わたしの前に椅子を持ってきて座わろうとしているんですか?
椅子の背は背もたれをするためにあるもので? 肘を置くものじゃないですよ。座り方が逆です。いえ。別に貴方と見つめ合いたいわけじゃないです。勘違いしないでください。
視線だけでこんな会話をしたような気がする二秒間の出来事でした。
「で、こんな何にも無いところで何を~?
女の子が一人で寂しく過ごすところと言ったらトイレじゃないんですか~?」
わたしはトイレの花子さんじゃありません。
「そっちじゃないですよ~。やだな~、便所飯の方ですよ~」
あはは。楽しそうに笑う、彼に苛立ちを感じます。初めて人を殴ってやりたいと言う気持ちになりました。
でも本当に殴る勇気なんてわたしにはないので、ぐっと拳を握りしめて我慢するだけです。そう、いつだってわたしは耐えて我慢する側なんです。
「そう言えば自己紹介がまだでしたね~」
こっちの気なんて知りもしなくて、ううん、たぶん気にもしてないんでしょうね。男の子は自分のペースで話を進めていきます。
「僕の事は……まあ、チェシャ猫とでも呼んでくださいな~」
チェシャ猫? あのルイス・キャロルが書いた『不思議の国のアリス』に出て来た嫌味な猫?
「ルイス・キャロルはペンネームで、本名はチャールズ・ラトウィッジ・ドジソンですけどね~。
そのチェシャ猫であってますよ~。一般生徒達が暮らす世界とは別の、不思議な世界で出会った不思議な存在ですからね」
それを自分で言うの? と、思いましたけど、でも。こんなみんなから忘れ去られた旧校舎で出会った変な子。迷い込んだアリスを惑わす変な猫に似ているかもしれないですね。見た目も猫そっくりですし。
「よく言われます~」
それからわたしたちは沢山話しました。いえ違いますね。チェシャ猫が一方的に話続けていました。わたしはいつものように相槌を打つだけ。
なのにどうしてでしょう。いつもと変わらない、一方的に話を聞いて、定期的に相槌を打つだけだけの簡単作業なのに、いつもと同じの筈なのに、嫌な気持ちに一切なりませんでした。
それどころか饒舌なチェシャ猫が語る話はどれもこれもおもしろくって先の展開が気になって彼から視線が離せません。
時間なんて止まってしまって、このまま永遠に彼の話を聞いていたいと思うようになっていって。
おかしいですよね。わたしはみんなと群れるのが嫌で、独りになりたくてここまで逃げてきたはずなのに……。
チェシャ猫の話を聞いていると、嫌なこと全部忘れられるような気がして……。
まるで夢の世界にいるような気持ちなって……。
キーンコーンカーンコーン。
ですがわたしは知っています。現実はそう甘くないってことを。
「もう~終わりですか~。ここから面白くなるところでしたのに~残念ですね~」
そうですね。本当に残念です。またあの獣だらけの教室に戻らないといけないなんて……。
チェシャ猫は「このままサボってしまいましょうか」なんて冗談を言っていたけど、生真面目しか取り柄のないわたしが授業をサボるなんて……そんなことしてしまったら、わたしがこの世界に存在するための価値がなくなってしまいます……。
誘いは嬉しかったけど、丁重にお断りさせてもらいました。
「それでは~。また明日」
明日なんてこなければいいのに……ぼそりと呟いた独り言。
笑顔で手を振るチェシャ猫と別れ、わたしは自分の教室へと重たい足を向けて歩き出します。
愉しかった夢の時間は終わりました。夢から覚めた勇者はまた魔王たちと地獄クラスで戦わないといけません。
嫌だと言ってもそれは変えられません。もう決定事項ですから。
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