提督はBarにいる。
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持ち込み食材で晩酌を・1
ウチの常連さん(の読者)なら知っての事だと思うが、ウチにはメニューがない。注文されりゃあ何でも作るってのが俺の営業方針……なんだが、仕入れやその日の注文の状況によっちゃあ受けられない時がある。だからどうしても食いたい物がある時には、食材を持ち込んで注文するというのもアリにしている。勿論、食材を持ち込んだ分値引きはするがね。
「提督、 これで何か温まる物をお願いできますか?」
そう言ってその日最初の客に出されたのは芽キャベツだった。
「芽キャベツか。そういやそろそろ時期だもんな……調理方法はお任せかい?」
「こういう場合、シェフにお任せした方が美味しい物が食べられると思います」
そう言って今宵の最初のお客であるコマンダン・テストは朗らかに笑ってワインを口にした。
彼女がウチの鎮守府に来たのは昨年の秋頃。初のフランス艦娘、それも種類の少ない水上機母艦という事でちょっと鎮守府内もざわついたが、本人の朗らかさと人懐っこさが幸いしてか、馴染むのにそれほど時間はかからなかった。というより飲み会・宴会大好きの中年オヤジの集まりのようなウチの連中の手にかかれば、余程他人を拒絶するような奴でない限りは3ヶ月と保たずに馴染んでしまう。
※なお、骨抜きにするのに提督の料理も一役買っているのだが、本人に自覚は全くない。
さて、芽キャベツを使った温まる物をって注文だが……シチューにでもするか。
《鶏肉と芽キャベツ、マッシュルームのトマトシチュー》※分量2人前
・芽キャベツ:8個
・鶏むね肉:1枚
・さやえんどう:8枚
・マッシュルーム:1パック
・玉ねぎ:1個
・バター:30g
・白ワイン:100cc
・ホールトマト缶詰:1/2缶(200g)
・醤油:小さじ1
・顆粒コンソメ:小さじ1
・水:100cc
・塩:少々
・胡椒:少々
さて、作ろうか。とは言ってもバターは使ってるが生クリームや小麦粉なんかを使ってない辺り、シチューと言われても日本人じゃあピンと来ないかも知れんがな。元々シチュー(stew)ってのは肉や野菜、魚介なんかを出汁やソースで煮込んだ料理の総称を表す英語だ。煮込む事を英語ではstewingって言う位だしな。日本人がイメージする白いシチュー……いわゆるクリームシチューってのは、戦後の日本で生まれた和製洋食だ。だから、白くなかろうがシチューはシチューだ。なんて雑学話は置いといて、だ。まずは具材の下拵えから。
鶏肉は一口大にカットし、塩、胡椒で下味を付けておく。芽キャベツは耐熱容器に入れてラップをし、500wの電子レンジで2分加熱するか、沸騰したお湯で2~3分下茹でしておく。芽キャベツは煮込む前に先に火を通しておかないと、えぐみが煮込んでいる内にスープに染み出してしまうからな。さやえんどうもラップをして1分加熱するか、沸騰したお湯でサッと湯がいておく。
マッシュルームは軸を落として半分にカットし、玉ねぎは1cm角の角切りに。
鍋でバターを溶かし、鶏肉を入れて両面に焼き色を付ける。焼き色を付けたら刻んだ玉ねぎを加えて炒める。
玉ねぎが透き通って来たら、白ワイン、水、顆粒コンソメ、粗く潰したホールトマトを加えて10分程煮込む。
白ワインのアルコールが飛んでいるのを確認したら、芽キャベツ、さやえんどう、マッシュルームを加えてひと煮して、仕上げに隠し味の醤油を加えて火を止め、盛り付ければ完成。
「はいお待ち、『鶏肉と芽キャベツ、マッシュルームのトマトシチュー』な」
「シチュー……あぁ、ラグーの事ですね?」
「あぁそっか、シチューは英語でフランス語だとラグーなんだっけか」
正確に言うなら、シチューに近い煮込み料理の総称をフランス語だとラグーと呼ぶというのが正解なんだが。コマンダン・テストは俺からシチューの盛られた皿を受け取ると、一匙掬って頬張る。コンソメの旨味とトマトの酸味、そこにマッシュルームと鶏肉から出たエキスが加わった味わいが口一杯に拡がり、味の染みた芽キャベツを噛み締めれば独特の仄かな苦味が染みたスープと共に溢れ出す。芽キャベツの青臭さとその苦味が嫌いだと言う奴がいるが、その苦味がいいんじゃねぇか。煮込んだキャベツらしい甘味もありつつ、仄かに苦味が走るその味は正に人生の味だ……なんて、もっともらしい事を語っていたツレもいたっけな。美味そうにシチューを頬張るコマンダン・テストを眺めていると、ドアベルが次の来客を告げる。
「う~……さぶっ。なんや、コマ子も来とったんかいな」
身体を震わせながら入ってきたのは龍驤だった。手にはビニール袋を下げており、中からガラガラと金属がぶつかり合う音が聞こえる。
「いらっしゃい……ってかコマ子ってなぁ」
「えぇやん、呼びやすぅて。なぁコマ子?」
「はい!コマ子、可愛いです!」
「まぁ、本人が気に入ってるんならいいんだがよぉ」
なんだかなぁ。
「……で、ご注文は?」
「これで何か作ってんか。メニューはおまかせや」
龍驤が持ってきたビニール袋の中から出てきたのはサバの水煮の缶詰だった。
「構わねぇが、温かいのか冷たいのか位は選んでくれ」
「そやなぁ……今日は何か冷えとるし、温かいモン頼むわ。あ、それと熱燗な」
「あいよ」
《野菜もたっぷり!サバの水煮缶味噌汁》※分量2人前
・水:400cc
・サバの水煮缶:お好みで(オススメは1人1缶)
・玉ねぎ:1/2個
・大根:50g
・ニンジン:50g
・おろし生姜:小さじ1
・長ネギ:適量
・味噌:大さじ2位
・ほんだし:小さじ1.5
・豆腐:1/2丁
・七味、ゆず胡椒等の薬味:お好みで
さて、作っていこう。まずは野菜の下拵えから。玉ねぎは皮を剥いて頭と根っこを落としたら、繊維を断ち切るように5mm幅で薄切りにしていく。大根とニンジンは皮を剥いて薄い銀杏切りに。長ネギは2cm幅のぶつ切りと白髪ネギを準備しておこう。
鍋に水とほんだしを入れ、沸騰させる。沸騰したらニンジン、大根の順番に加え、そこに生姜とサバ缶を煮汁ごと入れたらアクを取りつつ弱めの中火で8分程煮る。
鍋で具材を煮込んでいる間に焼きネギを作るぞ。フライパンを油を引かずに熱し、ぶつ切りにしたネギをコロコロ転がしながら焼いて焦げ目を付ける。
鍋の具材に火が通ったら、適当な大きさにカットした豆腐と焼きネギを加え、一煮立ちさせる。豆腐が温まった頃合いで火を止め、味噌を溶く。再び点火し、軽くグツグツ沸いてきたら火を止める。
盛り付けて、仕上げに白髪ネギを飾れば完成。
「『サバ缶の具沢山味噌汁』、お待ち。七味とかの薬味はお好みでな」
無言で受け取った龍驤は、丼に盛られた味噌汁に直接口を付けてズルズルと啜る。外の寒さで冷えきった身体に、味噌と生姜はとびきり効くだろうぜ。そこにサバと鰹のWの出汁と来たもんだ。もう不味い訳がねぇやな。龍驤もがっついて、ハフハフ言いながら豆腐や大根等の味の染みた野菜を咀嚼し、そこに程よく燗の付いた酒を流し込む。
「くぁ~っ、こりゃたまらんでぇ」
「具を食べて物足りなけりゃ、茹でたうどんとか冷や飯ぶっこむと腹の足しにもなるぞ?」
「かぁ~、そんな連撃喰らったら撃沈してまうやんかぁ」
そんな調子のいいやり取りを眺めているのは、シチューを食べ終えたコマ子。足りなかったのか、スプーンをくわえて龍驤を眺めている。……正確には、龍驤の食べている味噌汁の丼をだが。
「……あ~、大将。味噌汁てまだある?」
「……あるよ」
「食うか?コマ子」
龍驤がそう言うと、コマ子はぱぁっと満面の笑みを浮かべ、ブンブンと物凄い勢いで頷いている。もし犬の尻尾とか付いてたら、今凄い勢いで振り回されてそうだ。
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