千雨の幻想
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3時間目
新学期、千雨達2-Aの生徒たちも今日から三年生、つまり3-Aとなる。
満開の桜並木の中を走る麻帆良学園の生徒たちの中で千雨は一人、器用に本を読みながら歩いている。
ブックカバーで覆われたそれは一見するとただの単行本サイズのそれは中身は一般の人間では理解できないような非科学的な内容をまとめた、見る人が見れば魔導書もしくは魔法書と呼ぶような代物だ。
ただしこれは正規の代物ではない。千雨がとある図書館の魔法使いから借り受けた魔導書をパソコンに取り込み、単行本サイズに印刷・製本しなおしたものである。
これならば本を返し忘れることもないし、元のかさばる魔導書よりも手軽に持ち運べ、どこでも読むことができる。
一応、こちら側で魔法などを力を使う気はない千雨ではあるが、ただただ時間を浪費していくのは彼女としてもしなくない。
こちらの魔法使いたちは何か異常状態が起こった時や問題を起こした時以外は干渉してことないのは長年ここに住んでいるので知っている。だからこうやって目の前で魔導書を読んでいても気づかれにくいということだ。
(……まあ文字自体に魔力が宿るような魔導書は、ここじゃ読む気にはなれないけどな)
流石にそんなものを持ち出せば、一発でばれてしまうだろう。それに気がつけないほどここの魔法使いたちは無能ではないと、彼女は思っている。
現に何度かこの学園に人ならざる者が侵入したことがあったが、それらはすべてこちらの魔法使いたちによって撃退されている。
そんなことを考えなら歩いていた千雨に声をかける人物がいた。
「あ、おはようございます、長谷川さん!」
「……おう」
後方から走ってくるのはこの度正式に3-Aに担任となった子供先生ことネギ・スプリングフィールド。
遅刻するわけでもないのに元気に走る彼も十分この学園に染まったといえるかもしれない。
(まさかそのまま継続するとは夢にも思わなかったが、まあ曲がりなりにもあのクラスをまとめられてるんだからありっちゃありなのがなあ……)
そう複雑な思いを胸に抱きながら、次のページに目を通す。
彼女が教室につく頃には、もうほとんどのページを読み終わっていた。
――――――――――――――――――――
「桜通りの吸血鬼って噂、知ってる?」
新学期初めの身体検査の最中、千雨はそんな話を耳に挟んだ。
話し手のクラスメイトによると、これはしばらく前から噂になっていて満月の晩になると寮の桜並木に真っ黒なぼろ布につつまれた血まみれの吸血鬼がでるというものだった。
検査の順番待ちをしていた千雨はふとクラスメイトであるエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルを見る。
この学園で彼女が知る吸血鬼といえば、彼女しかいない。単に知らなさすぎるだけかもしれないが、紅魔館の主と違い日光の下でも活動できる彼女ならば何かかかわりがあるのかもしれない。
(ま、事実だったらの話だがな)
この学園は魔法使いの庭、そんなことを続けていれば日光を克服した吸血鬼といえどもただでは済まないはずだ。
そう考え、千雨はその噂のことを頭の隅へおいやる。
所詮は噂、たわいもない作り話だとそう思っていた。
数分後、クラスメイトである佐々木まき絵が保健室へ運ばれたという知らせが届くまでは。
――――――――――――――――――――
「なーんだ、たいしたことないじゃん」
「甘酒でも飲んで寝ちゃったのかな?」
保健室。件の佐々木まき絵が眠るベッドのそばでそう話すクラスメイトたち。
ネギ先生が心配そうに彼女をのぞき込む中、千雨はその様子を後ろからひっそりと見守っていた。
やがて彼らがその場を去ると、千雨は音もたてずにまき絵に近づく。
そっと首筋に手を当てれば、そこにはわずかに二つの紅い点が刻まれているのが確認できた。
(この妖気と魔力、首筋の傷跡から察するにこれは十中八九吸血鬼の仕業、……子供先生も魔法使いならばこれの気配に気がついたはず、なら……)
少し考え、そういえば今日は満月だったなと思い出す。
(面倒だが少し調べてみるか)
そう思い、足早に保健室から去る。
途中しずな先生や何人かの生徒とすれ違うことになるが、だれも千雨に気が付くことはなかった。
――――――――――――――――――――
「お、覚えておけよ~」
と三下のようなセリフを言い残して去っていくエヴァンジェリンと同じクラスの絡繰茶々丸。
背中に設置されたブースターのようなものでエヴァンジェリンを乗せて飛んでいく彼女はどこからどう見てもロボット以外の何物でもない。
「うわ~ん! アスナさーん!!」
「わ、ちょっ、危ない!? ここ屋上だって!」
そして緊張が解けたのかクラスメイトの神楽坂明日菜に飛びつくネギ先生。
千雨の予感通り、桜並木の吸血鬼の正体はエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルであった。
彼女が新たな被害者に襲い掛かったところに事件を察知したネギ先生が乱入、そのまま交戦となる。
彼にしては善戦した方なのだが彼にパートナーとなる人間がいなかったのが勝負の明暗をわけた。
魔法使いたちは魔法を行使する際に完全に無防備になることが多く、そのために呪文詠唱中の魔法使いの盾となり剣となる従者が存在する。通称「魔法使いの従者(ミニステル・マギ)と呼ばれる者たちである。
ネギ先生が詠唱しようにも、その隙を茶々丸がついて攻撃する。
2・3度それが繰り返された後にネギ先生は拘束され、あわや死ぬまで吸血されるかという時に颯爽と助けに入ったのが神楽坂明日菜であった。
(サウザンドマスター、15年間続く呪いと封印、真祖の吸血鬼……大体わかったのはこのくらいか)
パタンとメモ帳を閉じ、懐にしまう。
(それにしてもこっちの魔法ってやつを初めてみたが、聞いた通りどんな魔法でも詠唱が不可欠なんだな)
不便だな、と千雨は思う。
牽制にも一々詠唱していたのでは隙が多いし相手の動きに対処するのが遅れてしまう。
幻想郷の魔法使いたちは詠唱をしないわけではないが、すくなくとも千雨は弾幕ごっこにおいて攻撃魔法の類で長々と詠唱しているのを見たことはない。
さらに千雨にはパートナーというものについてもあまり理解できずにいた。
(有名な魔法使いは幻想郷にも数えるほどしかいないが、みんなパートナーが必要とは思えないなあ)
白黒魔法使いは箒で空を飛び、魔法やその箒で攻撃してくる。
図書館の魔法使いは多数の魔法陣を展開し、高度な魔法を使用してくる。
命蓮寺の魔法使いにいたっては魔法で身体能力を強化して襲ってくる。
千雨の中の魔法使いというイメージを形作っているのは主にこの三人であるため、麻帆良学園の魔法使いたちとの差異がどうしても疑問に思えていた。
不思議なもんだ、とつぶやいて彼女はその場から飛び去る。
もし彼女を見た魔法使いがいたならば、杖も箒もなしに空を飛び魔法を行使する彼女を異常であると思ったに違いないことを、千雨は失念していた。
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