そうだ、つまらない話をしてあげよう
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お姫様はどんな気持ちだったのだろうね
まるで愛しい恋人を撫でるようにお爺さんは持っている分厚い本の表紙を愛おしそうな瞳で眺め撫でているわ。……正直言っていいかしら?
凄く気持ちが悪いわ。吐いてもいいと言われれば、簡単に吐けるレベルね。これは。
「おや失礼な視線を感じるよ?」
顔を上げてお爺さんはニヤリと私を見たわ。
「何が可笑しいのかしら? 顔がニヤけているわよ」
「別に可笑しいわけではないのだけど……そうだなあ」
今度は自慢のお髭をさすっているわ。とことんナデナデするのが好きなお爺さんなのね。
女好きのナデナデ好き。ただの変態にしか見えてこないから不思議だわ。……いえこれは必然と言った方が良かったかしら?
「君はこのお話を聞いてどう思った?」
最初に聞いてきた質問はもういいのかしら。とゆうより解決しているのかしら、貴方の質問は。
まあ、そんなこと興味ないから。どうでもいいことだから、答えられる内容で答えられる範囲で答えてあげる。私は心の広い女だから。ちょっとやそっとの事では怒って帰ったりしないの。
ちらりと見た時計台の針にはまだ余裕があるみたいだから。
「そうね……。貴方の娘が書いたという前半部分は言わずもがな、評価するにも値しないわ」
「それは酷いね。彼女も頑張って書いていたのに」
「頑張れば良いというものではないわ。面白い面白くない関係なく、最後まで書ききらず、途中で投げると言うのが気に食わないのよ。
なにかしらその軟弱精神は。そんな精神力で物語なんて書かないで欲しいわ」
そうきっぱりとはっきりと切り捨ててあげると、お爺さんはあはは……と苦笑い。
まあ、そうでしょうね。自慢の娘が書いた作品を此処までけちょんけちょんにされたら流石に鉄の精神を持つお爺さんでも凹むわよね? ええそうよね、凹んで立ち直れないはずよね?
これは私の勝利という事でいいのかしら。いえ、そもそもなんの勝負をしていたのかしら。私とお爺さんは。
「君は独りで悶々と考え込む悪い癖があるようだね」
見透かしたように言うお爺さんに苛立ちを覚えたわ。なんで会って数十分のホームレスのお爺さんなんかに私の事を見透かれなくてはいけないのかしら。
「次は貴方の考えた話だったわね。これも問題外よ」
「どうしてだい? 興味津々といった感じで目を輝かせて聞いていたようにわたしは記憶しているのだけどなあ」
貴方の目は節穴なのだから、脳みそだって腐ってスカスカに決まっているでしょ。
そんなあやふや記憶力を頼りにしているなんて馬鹿げてる。阿呆らしい……。
「私があんなつまらない話なんかに興味が惹かれた訳がないわ。
まず一つ目、なんでお姫様なのに強いのよ」
「女性はみんな強いじゃないか」
カッカッと笑い飛ばすお爺さん。……もしかして過去に浮気とかで奥さんに殴られた経験があるのかしら?
「強かったら嫁ぎに来た婿をぶっ飛ばしてもいいのかしら?」
「…………」
大きなお口がやっと閉じてくれたわ。ああ、うるさかった。
「お姫様は生涯独身で性を全うするとこなんかは君好みだと思ったんだけどなあ……」
髭をさすりながら独り言のように呟くお爺さん。
ウケを狙いにいった時点でその話はもう終わりだわ。確かに私は笑って泣ける喜劇より、誰も救われない後味の悪い悲劇の方が好きよ?
でもだからと言って、それを狙った話の何が面白いと言うのかしら。物語と言うのは自分が書きたいもの話として紡ぎ書いていけばいいのよ。読者なんて後からついてくるものなんだから。好みなんて人それぞれ。それに合わせ作られたお話なんて糞喰らえって奴よ。
「そうね……」
「んや? どうしたんだい? 急に黙り込んだりして、お腹でも痛いのかい?」
「貴方の顔を見ていたら頭痛や腹痛に一つや二つ起こりそうだけど今のところは大丈夫よ」
それは良かった、と笑うお爺さん。今のところはって言っているじゃない。これから起きないとは言っていないわ。
「じゃあどうして難しい顔して黙り込んだりしていたんだい?」
ああ……なんだ、そのことね。と、呟き大きく深呼吸をした後
「貴方のつまらない話にはもう飽きたわ。
……しょうがないから、お手本に一つ私が考えた御伽噺をしてあげる」
「本当かいっ!? いやあ。まさか君からそんな話を持ち掛けられるなんて思ってもみなかった。嬉しいなあ」
とろんと、頬っぺたを落っことしたお爺さん。……実際にはまだ落としていないけど、これから聞かせてあげる私の話でその頬っぺ落っことしてあげる。
「それで? 君の考えた話とはどんな話なんだい?」
「さっきの話よ」
「ん、さっきの話? お姫様の話かい?」
「ええ、そうよ。貴方達親子二代に渡って駄作としてしまったお姫様が可哀想だから、私が最高の話に生まれ変わらせてあげるのよ」
容姿の特徴が私と似ている部分も何だか他人事のように思えないもの。
「……あの子もきっと喜ぶよ」
「ハイ?」
急にお爺さんの声のトーンが可笑しかった。あんなに馬鹿みたいに笑っていたのに、急に物静かなまるで幽霊みたいな声なんて出すから素っ頓狂な声が出てしまったじゃない。
と、睨み付けたらいつもの満開の花が咲いた笑顔のつまらないお爺さんが目の前に居たわ。……なんだったのかしら、あれは。
語ってあげる。私の物語――鳥籠のお姫様のお話をね。
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