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大洗女子 第64回全国大会に出場せず

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第13話 聖グロリアーナの選択

 
 
 
 
 アヒルさんチームに託したのは、大洗女子戦車道の今後を担うはずの期待の新戦力。
 44MTas重戦車……。
 搭乗するのは超旧式戦車「八九式中戦車」で全国大会を戦い抜いた「奇跡の」アヒル。
 それがなぜ格下の敵、足が速いだけのクロムウエルなどに撃破されたのか。

「なぜ、なぜこんなことに!」

 そう叫ぶ優花里のかたわらには、なぜか沈痛な面持ちの西住みほがいた。
 そしてたぶん、これだけでは終わらない。

『レオポンよりあんこう、後から敵です! 4両接近中』
「!!」

 無線に複数の打撃音が響き渡る。
 最後尾にいたレオポンが、さらに後から出現した敵に乱打されたのだ。
 砲塔のサイドドアを開けて、双眼鏡を持った優花里が砲塔天井によじ登り、部隊の後方に双眼鏡を向ける。最大倍率で。
 そこには優花里には理解できない光景が広がっていた。

『申しわけありません。やられました……』

 レオポンは加速装置まで使って超信地で後ろを向こうとしたが、間に合わなかった。
 側面に4発の砲弾を受け、沈黙している。

「な、何ですかあれ!」

 後から迫る聖グロリアーナの戦車隊。それは巡航戦車なのだろうが、クルセイダーやクロムウエルでもない。77mmHV砲装備の巡航戦車コメット2両と、そして……

「西住殿! 違反であります。
 あと2両はセンチュリオンMk.Ⅱですっ! 戦後戦車で……」

 みほはいきり立つ優花里を手で制すると、何事もなかったかのように指揮を再開する。
 頼みの強打者が2両とも討ち取られたのに、落ちつきはらって。

「全車、櫛形山に隠れながら全速で前方に進出。その後270度左旋回。
 側面を見せて出現するであろう敵を討ちます。前進!」



「……ふふっ。
 その場で向きを変えて、こちらの好餌になってくれないのはさすがね」
「ダージリン様、それはとても良くおわかりのはず」
「確かにね、ペコ。」
 でも彼女、大事なことをお忘れですわ。
 ──ルクリリ」
『はい』
「あなたは主のいない白石山に登って、チャンスがあれば自由に砲撃して」
『了解』
「コメット2両は今のルートを逆走。時計回りに内輪山をまわり、大洗女子と会敵。
 私たちはこのまま前進し、櫛形山を取ります」
「了解です」
『了解!』

 その場で転回は確かに悪手だが、みほならまだやりようがあるとダージリンは思う。
 それに今までの聖グロリアーナなら、たしかにここで兵力分散はやらないだろう。
 スピードが遅すぎて、各個撃破されかねない。

「浸透強襲の聖グロリアーナが金床戦法なんて、あなたも思わなかったでしょうね」



 大洗女子の残存7両が進行方向から120度向きを変えたとき、内輪山の陰から2両のコメットが姿を見せる。

「まさか、速すぎです! 西住殿!」
「聖グロリアーナが、分進合撃……」

 聖グロリアーナがスカウトとして採用したコメット巡航戦車は、センチュリオンが「中戦車」になったため、イギリスが最後にリリースした巡航戦車となったものだ。
 巡航戦車と言っても、主砲は17ポンドの砲身長を50口径にした上で薬莢を変更して発射薬を減らした77mmHV砲という名の76.2mm砲で、装甲も車体前面で75mmある。
 偵察部隊と言っても、一世代前の主力戦車を軽く凌駕し、重装甲のチャーチル相手でも決して撃ち負けると言うことはない。
 そして速力は、整地で約50km/hという高速戦車だ。

「西住さん、敵2両は正面1,200で停止したぞ」
「麻子さん、あんこうはここで一旦停止します。
 沙織さん、全車進撃中止と伝えてください」

 すでにみほが命じた行動計画では、そのまま2両のコメットに横腹をさらすことになる。
 しかしぐずぐずしているわけにはいかない。考えられるのはセンチュリオン2両が後方になった櫛形山を占領して、挟撃戦を仕掛けてくること。
 戦力からいえば圧倒されている上に、すでに先手を取られたしまった。さらに凶報が続く。

『レームダック、西です。すいません、やられました!」

 ルクリリのクロムウエルが白石山に登り、Tas重戦車を影にして八九式を狙撃したのだ。

「まずい……」

 こうなったら悪手なのは承知で兵力を分散し、自分が指揮して櫛形山を先に押さえるしかない。
 みほは命じる。

「カバさんとカモさんは、盾になりながらコメットと交戦。ウサギさんとアリクイさんはその影から敵を狙い撃って!」
『アリクイ被弾! 撃破されました。すみません……」

 アリクイも日本戦車、75mm野砲を無理矢理積むために大型化した目立つ砲塔の前面装甲は50mmしかない。

(1,200から当ててくるとは、聖グロはさすがとしか言いようがない。いままでは武器が貧弱だっただけ……。だけど)
「カメさん、ついてきてください。櫛形山をダージリンさんより先に取ります」
『西住ちゃん、わかった。……でも、きびしいね」





 作戦は成功しつつある。怖いぐらい順調に。
 しかし相手はあの西住みほ、油断をすれば負けるのは自分たち。
 そうダージリンは自分に言い聞かせる。西住みほはそれほどの強敵なのだ。

「コメット隊は距離1,200で敵本隊と交戦開始しました。いまは櫛形山の影で見えませんが」

 元・ダージリンが率いるセンチュリオン隊も、いま櫛形山の反対側の麓にたどり着いたところだ。あとはこの山を占拠すれば勝負が決まる。

『ルクリリです。Ⅳ号とヘッツァーもどきが反対側から山を登りつつあり。
 角度が悪く、撃破できる可能性は五分五分です」

 ルクリリから見るとあんこうとカメは「飯時の角度」に入ってしまっている。
 しかし放置しておけば、山頂で鉢合わせしかねない。

「ルクリリ、牽制射撃をしてください。
 榴弾で彼女たちの前方1mを撃ち続けなさい」
『了解しました』





 ルクリリのクロムウエルが、射撃を再開した。
 あんこうとカメは前方視界を榴弾の巻き上げる火山灰でさえぎられ、身動きがとれない。

『カバよりあんこう。この距離では命中が期待できない。前進してよろしいか』
「だめです。敵の射撃精度が上がってそちらがもちません。
 むしろゆっくり櫛形山のふもとまで後退してください。山を取ればあるいは……」

 あるいは、……全滅までの時間を延ばし、戦果も出せるかもしれない。
 さすがにみほも「腕と戦術」でも負けたことを認めざるを得なかった。
 元・ダージリンはみほにとってやはり「天敵」だった。

 そして、みほは作戦を達成することができなかった。

「西住殿! クロムウエルの射撃が止まりました」

 みほはキューポラのペリスコープから前を見る。
 徐々に砂煙が消え、何かが見えたと思った瞬間、目に強い閃光を感じた……
 華は狙いも定まらない中、とっさに射撃。
 同時に、今までで最大の衝撃が、Ⅳ号を襲った。

 ……元・ダージリンたちが先に山頂にたどり着き、あんこうとカメは17ポンドをもろに食らったのだった。



 結局、みほの作戦は失敗した。
 敵の展開速度が速い上、これまでと射程がちがうので短距離の移動で戦闘態勢に入られてしまう。そしてパンターの70口径75mmと同等の高精度長距離砲で精密十字砲火をくらった大洗女子の二線級は、ろくに応戦することもできず壊滅した。
 あんこうだけはダージリンのA41Aに一発食らわせてやったが、撃破に至らなかった。
 華の撃った砲弾は、砲塔前面の120mm装甲にはじかれてしまった……。






「西住殿! 抗議しましょう。
 いくらセンチュリオンでもMk.Ⅱなんて……」

 いきりたつ優花里に、みほはタブレットを示した。

「島田愛里寿さんが大洗動乱でA41仕様のプロトタイプセンチュリオンを使ったことで、西住宗家が疑義を唱えたの。そこでその周辺時期に計画された戦車すべてが再精査された結果がこれなの」

 その連盟サイトの使用戦車関係トピックには、従前では違反と思われていたセンチュリオンMk.Ⅱが「設計完了、試作着手」に該当するとして、Mk.3化改修後のものも元の仕様に再改修されればよいこととされ、同じくMk.ⅠもA41仕様にダウングレードしたものを規則適合とする旨が書かれていた。つまり西住家の『物言い』は、やぶ蛇となったのだ。
 ドイツのアニマルシリーズの優位性を確立するのが、しほの狙いだったのだろうが……。
 他にも、動力系以外の仕様をM26同様にダウングレードしたM46も認められることになり、純正M26にもM46のクロスドライブおよび810馬力エンジンの搭載が認められた。
 これらはM26の支援型であるM45戦車にむけて開発されたものだったからだ。
 さらに旧ソ連戦車第一世代MBTのT-54に、規則適合の先行量産型が存在することまで発覚し、これで英、米、旧ソ陣営にも戦後第一世代レベルの戦車を使う道が開かれた。
 連盟理事長はこれを要請を受けた形にして、世界大会委員会にも上程し、裁可されている。
 要は、彼にとっても西住家だけが強くなることは望ましいことではないのだ。

「でも、それではウチのような貧乏校がいくら腕と戦術を磨いても、勝ちようがなくなってしまうではないですか!
 ──いや、まだあれが残っている!」

 そう叫ぶなり、優花里はTasに向かって走り出した。



「見てください、西住殿。
 砲塔と車体の合わせ目に競技弾が刺さっています。アンラッキーヒットです。
 こんなことは狙ってできることではありません。Tasを戦力化できれば、強豪とも戦えます。
 戦車道を私立巨大校だけのものにしてはなりません!
 戦いましょう、西住殿。腕と戦術で!」

 優花里は必死にみほをたきつけるものの、当のみほはしばらく無言のままだった。
 別に悔しがっているわけでもなく、当惑しているわけでもなく、疲れているようにも見えず、さりとて考え込んでいるようでもない。
 角谷は、急に5歳は年を取ったような顔をしており、華は華で、次に生ける花のことでも考えているみたいだ。

「西住殿!」
「……優花里さん。今度は私がその戦車と戦いましょう。
 そのあとに、いまこの国を舞台に何が起こっているか話します。
 予算のことも戦車道のことも、その後にしたい」

 目を見開いたみほは、優花里がいままでに見たことがないほど、真剣なまなざしをしていた。
 戦車道をやっていく過程で相当引っ込み思案を克服した優花里だったが、今日は全国大会以前に戻ったかのように、みほの目力の前に引き下がってしまった。



 翌日、大洗女子学園艦は水戸港大洗港区を目指し、東京湾沖を出帆した。
 聖グロリアーナ艦が取り舵を取って浦賀水道に向かわず、大洗艦のあとを付いてくる。
 こうなるとさすがに優花里にも、これらの事態が連動していることに気がついた。
 もしかしたら自分は、誰かに担がれているのではないかという疑念が湧いてきた。
 だが、補助金とTasを返してしまって、どうなるというのか。
 対外試合もできず、いずれ終焉する大洗女子戦車道。
 そんな結末が待っているだけだ。

「もう、どうすればいいのかわからない!」

 優花里は、誰もいない海に向かって大声で叫び、そしてすすり泣いた。

『奇跡にお金は出せない。奇跡はお金では買えない』

 連盟係員のセリフがまた蘇る。
 自分たちの勝利は「まぐれ」ですらなく「奇跡」だというのか。
 西住家元は「戦車道にまぐれなし。あるのは実力のみ」と断言した。
 ならば強大な敵には「奇跡」がなければ勝てないと言うのか。
 優花里は、そんなことは決して認めたくなかった……
 だからダージリンは、こんな時期にこんな非公開の交流戦などやったのではないか。
 聖グロリアーナの「変革」、強力なOG会を説き伏せての戦車入れ替え。
 それは別に大洗の優勝がもたらしたものではない。
 戦車のラインナップで黒森峰に大差をつけられたからだ。
 戦車道強豪校では、そんなこともまかり通るのだ。
 もちろん彼女たちばかりではないだろう。試合に出場できる台数が決まっている以上、戦車の質が「物量」だ。ならばサンダースもプラウダも戦車の更新をするだろう。
「四強皆弱」にしなければ「一強皆弱」という事態になって、のこり三校は戦車道を続ける意義を失う。幸いなことに「1945年8月15日」という天井はある。軍拡競争にはならないだろう。
 四強とそれ以外の差が超えられないものになるだけだ。
 まして、超弱小の大洗が認められるためには、やはりTasをものにするしかない。
 こうして、優花里はどんどん、思考の袋小路にはまっていく。
 だから少し離れたところから、安斎と西が彼女を見ていることさえ気がつかなかった。

「ありゃもう、ソースが煮詰まりすぎて全部焦げてしまったねえ。パスタを入れる前に」
「おこげの塩おにぎりなら、美味しいんですけどね」



 ちょうど優花里が大洗艦のキャットウォーク公園で焦げていたころ、ひとり「74」にてアイスを食べていたでみほに電話がかかってきた。
 スマホの画面に表示されている相手は、姉のまほだった。

「お姉ちゃん?」
『みほ、あいつに頼んだ交流戦だが、援護射撃にはなったか?』
「ああ、そうだったのね……。
 ……うん、ダージリンさんはきちんとやってくれた。
 でも、優花里さんには何が問題なのか、まだわかってないみたい」
『別にベテラン選手でなくとも、マニアならいいかげん気がつきそうなものだが』
「うーん。史実ではレアケースに近いもんね。
 優花里さんも冷静なら、訳ありの上にひも付きだって気がつくんだろうけど」
『大洗戦車道を救いたいから、ワラであっても丸太と信じたいわけだな』
「そう、それ」

 そこまで話して、みほは姉の電話から車の走行音がするのに気がついた。
 道路の脇で話してるんだろうか?

「ねえ、お姉ちゃん。
 どこから電話かけてるの?」
『大洗から南にちょっとさがった筑波山のフルーツライン』

 フルーツラインはパープルラインとならんで、筑波山系の有名な峠道だ。
 でもなんでまほが、と思ったみほだったが、黒森峰の卒業式はとっくに終わっていることを思い出す。あとは4月の入学式までにドイツに戻っていればいいだけだ。

「じゃあⅡ号Fで名だたる峠を走りまわっているのね?」
『ああ、お察しだろ。タイヤは結局すべっているわけだし、履帯みたいに路面に貼りついているわけではないのが気持ち悪くてな』

 Ⅱ号F型はいわずと知れたドイツの間に合わせ軽戦車だが、この姉妹にとっては幼少時から三輪車やチャリの代わりに乗っていたという「愛車」である。
 黒森峰はⅢ号の代わりの偵察車としてL型ルクス(山猫)を導入したが、自家用F型はそれ以前にエンジンをルクスと同じものに換え、ステアリングをソミュアS35中戦車のコントロールドディファレンシャルに変更しているため、公道でも普通に交通の流れに乗って走るぶんには邪魔者扱いされない程度の機動性がある。
 その上、まほの趣味でピストン、コンロッド、クランクシャフト、バルブなどを不具合が出ない程度に削り、お決まりのポート研磨とキャブの交換もした。シリンダーとヘッドを平滑に削るついでにガスケットを薄くし、イグニッションコイルとプラグは現代物だ。 振動はひどくなったが立ち上がり加速がよいので、ときどき峠道や林道で遊んでいる。
 この非力な戦車が団体戦部門に出場することはなく、戦車のバイアスロンである「タンクパトロール」競技に出ることがあるくらいだが、この競技が強いのは継続と知波単だ。
 プラウダはBT戦車を廃棄したころにはやめている。

 そんなこんなでⅡ号Fは、今日までまほの足になっていた。
 もしかしたらドイツにも持って行くかも知れない。本国はあちらであるし。

「お姉ちゃん、競技弾は持ってきた?」
『弾倉3個、60発だな。榴弾はない』
「じゃあ、頼みがあるんだけど。いいかな」

 Ⅱ号F型の武装は20mm対空機関砲を切り詰めたkwk30機関砲とMG34機銃だ。
 戦える相手は、せいぜい自分と同じ紙装甲戦車どまりだ。
 
 
 
 
 
 
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