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ラブライブ!サンシャイン!! Diva of Aqua

作者:ゆいろう
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異変


 椎名夜絵がAqoursに新しく加わって、一週間が経った。ひとり新しいメンバーが増えたということもあって、放課後の屋上は今までより一段と賑やかだった。

 だが、練習が始まると真剣そのもの。初めは慣れない練習に手間取っていた夜絵も勝手が分かってきたようで、少しずつ要領が良くなっている。

 新たに夜絵を加えたAqoursのメンバーは、今日も練習の指揮を執る果南の軽快な声と手拍子に合わせてダンスの練習をしていた。


「はい、一旦休憩。終わったら次は歌の練習だよ」


 果南がそう指示すると、ダンスの練習をしていた夜絵はその場に腰を下ろしてしまう。夜絵が練習を始めて一週間が経ったが、やはり体力が無いのか、一曲通して踊るのは未だに厳しい様子だ。

 他のメンバー達は夜絵のように地べたに座り込むことはない。汗を拭ったり水を飲んだりしながら、それぞれ楽しそうに談笑している。


「はい夜絵、タオルと水」

「あ、果南さん。ありがとう」


 先ほどまで指揮を執っていた果南が夜絵のもとにやって来た。夜絵は差し出されたタオルと水を受け取ると、タオルで汗を拭き、ペットボトルの水を口に含んでいく。
 ゴクゴクと喉を鳴らして豪快に飲んでいく夜絵。よほど練習がキツかったのだろう。


「水分補給は大事だからね。水は生命の源、こまめに摂らないと。九月とは言ってもまだまだ暑いから」

「そうだよねぇ、ほんと暑すぎ! 水のありがたさを改めて感じるよ〜」


 大げさに言う夜絵だが、慣れない運動をしている分、他のメンバーと比べて掻いている汗の量が多い。九月とはいえ残暑が厳しく、きちんと水分補給をしておかなければ。


「どう? 練習は慣れてきた?」

「まだまだキツいかなー、もうちょっと優しい練習にしてほしいかなー……なんて」


 ここ一週間で、夜絵は三年生に対して敬語を使わないようになった。もともと敬語で話すのが苦手なのに加え、三年生達も敬語を使わなくていいと言うので、夜絵はその言葉に甘えて普段通りに喋ることにしたのだ。


「そう? これでもいつもよりかなり軽めの練習だよ?」

「え」


 夜絵の開いた口が塞がらない。かなり体力の限界まで動いたのに、いつもよりも優しい練習だと果南は言う。

 まずは体力の無い夜絵にスクールアイドルを楽しんでもらうために、軽い練習メニューから始めたのだ。これは果南だけではなく、夜絵以外のAqoursメンバーの総意。そこから少しずつ量を増やしていく算段だった。

 予想外だったのは、夜絵の体力が想像していたより遥かに無かったということ。かなり優しめの練習にもかかわらず、夜絵は限界ギリギリであった。


「じゃあ、次からはもう一段階軽めの練習にしよっか」

「いやいや、いいよ! さっきのは冗談なんで気にしないでってば! むしろ私なんかに合わせずにいつも通りの練習で大丈夫だから!」


 果南の提案を夜絵は両手を忙しなく動かして遠慮した。練習を軽くするという果南の提案は、今の練習でさえヘトヘトになっている夜絵を気遣ったものなのだが、夜絵はそのことに過剰に反応した。

 どうやら夜絵は、自分に合わせて練習量を下げることに抵抗があるようだ。

 果南が夜絵の立場であったら、夜絵と同じ反応を見せただろう。自分のせいでみんなに迷惑をかけるのは避けたいところだ。果南には夜絵の気持ちが理解できた。


「わかった……でも、本当に大丈夫?」

「大丈夫! これから体力もついてくるから楽勝だよ!

「じゃあ様子を見ながら、少しずつ練習増やしていくね」

「うん、お願いね!」


 今度の提案には大きく頷いた夜絵であった。そこにはスクールアイドルを楽しもうという気概が見えて、果南は静かに微笑んだ。


「それじゃあ、そろそろ練習再開するよー! 次は歌の練習だからね!」


 果南が休憩の終わりを告げる。それを聞いて、楽しげに雑談をしていたメンバー達がぞろぞろと集まってくる。

 歌の練習は発生練習から始めて喉を温めていき、それから歌詞をなぞって歌っていく。

 自分のパートを確認しながら、十人の歌声がハーモニーとなって屋上を支配する。

 一曲通して歌い切ると、メンバー達はそれぞれ気づいたことを言っていく。そのなかで最初に声をあげたのは、比較的大人しい国木田花丸であった。


「やっぱり夜絵さん、とっても歌が上手ずら」

「そうだよね! ルビィ、夜絵さんの歌声好き!」

「えへへ、ありがとうね!」


 夜絵の歌声を絶賛する花丸とルビィ。夜絵は照れながらも二人にお礼を言った。すると花丸の隣にいた善子が、肩を震わせながら怪しげなポーズを取り始めた。


「透き通るような歌声……まさに堕天使の鎮魂歌(レクイエム)

「善子ちゃん、絶対レクイエムの意味わかってないずら」

「うっさいずら丸! あと善子言うな!」

「二人は仲良いんだね。ヨハネちゃんもありがとう!」

「ヨハネのことをヨハネって呼んでくれる……本物の天使だわ……」


 相変わらず中二病全開の善子に、花丸がツッコミを入れる。それを見ていたメンバー達に笑顔が生まれる。今までと変わらない日常がそこにはあった。

 それは、夜絵が新たに加わっても変わらないものであった。



***



 それから更に一週間、月日が経過した。少しずつ体力が付いてきたのか、夜絵は日に日に疲れた素振りを見せないようになってきた。

 夜絵が練習に慣れてきたのに合わせて、Aqoursの練習メニューも少しずつ厳しいものになっていった。と言っても、夜絵が加入する以前と比べればまだまだ優しいメニューである。

 それでも夜絵が加入した当初よりかは、だいぶ厳しい練習となっている。メンバー達は夜絵の様子を気にかけながらも、一生懸命練習に励む彼女に対してますます好感を持つのであった。


「はーい、少し休憩しよっか」


 今日もダンスの練習をしていたAqoursの面々。果南の合図で一旦休憩へと移り、メンバー達はそれぞれ体を休め始めた。

 夜絵は一週間前のようにその場に腰を下ろすことなく、立った状態で自ら水分補給を始めた。多少体力が付いているような夜絵であるが、やはり練習は疲れるもので、肩で呼吸をしている。

 手に取ったペットボトルのキャップを開けると、中の水をゴクゴクと勢いよく流し込んでいく。この瞬間は、まるで生き返ってような気分になる夜絵であった。

 そんな夜絵のもとに、梨子がひとりでやって来た。


「お疲れ夜絵。どう、練習には慣れてきた?」

「うん、だいぶ慣れてきたかなー」

「それは良かった。こんなに体を動かしても根を上げないなんて、一年前だと想像もつかないわね」

「ほんとだよねー。体力が付いてきたのか、根性が鍛えられたのか、どっちだろう?」

「両方じゃない?」

「あはは、そうだね」


 他愛のない会話のなかで、笑い合う二人。そのやり取りには互いに遠慮がなく、他のメンバー達は二人の仲の深さを肌で感じる。例えるなら、善子と花丸のやり取りを見ているような感じだった。


「そろそろ練習再開するよー!」


 果南の声。メンバー達がぞろぞろと元の位置へと戻っていく。梨子も皆のもとへと向かおうとしたが、数歩進んだところで足を止めてくるりと振り返った。

 見ると、夜絵がその場から動かずに皆のもとへと向かおうとしていない。下を向いていて、足元をジッと見つめている。


「夜絵、どうしたの?」


 梨子は気になって声をかける。もしかして練習がキツかったのだろうか、体のどこかを痛めたのだろうか。そんな不安に掻き立てられる。

 梨子の声に夜絵はハッと顔を上げる。ふいに呼ばれたことに驚いているような、そんな表情をしていた。


「ううん、ちょっと考え事してただけ」

「……本当に? 大丈夫なの?」

「大丈夫だって! ほら練習始まるよ。行こ、梨子!」

「ちょっと夜絵! ……まったくもう」


 心配する梨子に笑顔で返す夜絵。彼女は練習へと向かうため、梨子の手を取って皆のもとへと向かった。



***



 その翌日だった。

 今日も今日とて放課後になると屋上で練習をしていたAqoursの面々。九月も半ばに差し掛かってきたところであったが、この日はここ一週間で一段と暑かった。

 まるで真夏のような熱気に包まれながら、彼女達はダンスの練習を行なっている。いつも以上の暑さが、メンバー達の体力を奪っていく。大量の汗が噴き出るせいで、練習着や髪の毛がペタリと張り付いて気持ち悪い。


「はーい休憩。今日は暑いね、みんな水分補給は忘れずにね。それと、体調が悪くなったりしたらすぐに言うこと。いい?」


 果南の指示でメンバー達は休憩をとる。やっと巡ってきた束の間の休息に、彼女達はホッと安堵の息をつく。


「まったく、暑すぎますわ!」

「そうだよね、いくらなんでも暑すぎるよ」


 立ち位置が隣だったダイヤが、その場にへたり込んで夜絵に話しかける。答えながら夜絵は腕で額の汗を拭うと、ダイヤと同じようにその場に腰を下ろした。

 今日は夜絵がAqoursに加入して最も暑い日になった。これまでの練習に慣れてきた様子の夜絵も、今日ばかりは険しい表情を浮かべている。


「ハーイ夜絵。相当キツそうね、具合はどう?」


 そこに鞠莉もやって来て、尋ねながら水の入ったペットボトルを夜絵とダイヤに差し出した。鞠莉とダイヤ、果南は最上級生。今日はまた一段と疲れているのだが、彼女達には後輩達を気遣う余裕が見える。


「ちょっとキツいけど、大丈夫だよー」

「そう? でも無理は禁物。具合が悪くなったらすぐに言うのよ」

「うん、ありがとうマリー」


 夜絵が気遣ってもらった礼を言うと、鞠莉は満足げに微笑んでみせた。


「貴方は随分と余裕そうですわね、鞠莉さん。疲れてませんの?」

「ノープロブレム! そう言うダイヤはかなり辛そうね。身体はまだまだキッズということね」

「ど、どこ見て言ってますの! 破廉恥ですわ!」

「ハレンチ? 何のことかしら?」

「なっ!? 卑怯ですわよ!」

「ワタシ、ニホンゴ、ワカリマセーン」

「嘘おっしゃい!」


 流れるように進んでいくダイヤと鞠莉のやり取りを、夜絵は鞠莉から受け取った水を飲みながらボーッと眺めていた。辛そうな様子だったダイヤだが、まだまだ余裕がありそうな感じだ。


「はーい休憩終わり! 練習再開しようか!」


 果南の声が屋上に響きわたり、ぞろぞろとメンバー達が集まってくる。ダイヤが立ち上がって身体を伸ばしたりしているのを見て、夜絵も起き上がろうとした。



 その時だった。



 ガンっと、鈍い音が屋上に響いた。


 メンバー達が音の方向を見る。そこには、倒れてピクリとも動かない夜絵の姿。



「夜絵っ!?」



 梨子が真っ先に駆け寄って、呼びかける。しかし、それに応える声は聞こえてこない。



 先ほど夜絵が起き上がろうとしたとき、夜絵は全身に力が入らず、上手く起き上がれなかった。それでも練習があるので何とか起き上がろうとしたら、バランスを崩してしまった。

 屋上の固いコンクリートに、頭を強く打って倒れてしまったのだ。



「夜絵っ! 返事をして、夜絵っ!」



 真っ先に夜絵の身を案じた梨子。涙ながら必死に呼びかけるが、いつまでたっても夜絵は意識を取り戻さない。



「千歌ちゃん救急車!」

「え、う、うん」

「早く!」


 尋常じゃないほど切羽詰まった梨子の様子に、千歌も事の重大さを感じ取って慌てて救急車を要請する。



 程なくしてやって来た救急車に乗せられ、夜絵は病院へと運ばれていった。

 
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