ラブライブ!サンシャイン!! Diva of Aqua
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再会
「――椎名夜絵です、よろしくお願いします!」
夜絵がそう簡潔に自己紹介をすると、教室に拍手が沸き起こった。これから夜絵のクラスメイトとなる生徒達がつくる温かい歓迎ムードの中、千歌が勢いよくその場で立ち上がった。椅子がガタリと動く大きな音がして、全員の視線が千歌に集まる。
「夜絵ちゃん……」
千歌は驚いていた。昨夜出会った少女が、まさか浦の星に……それも自分のクラスに転校してくるだなんて、まるで奇跡みたいだ。
夢でも見ているのだろうか、頬を引っ張ってみると痛みがある。夢じゃなかった。
「あ……」
教壇に立つ夜絵が千歌に気がついたのか声を上げる。すると夜絵はそのまま窓側の千歌の席へと――向かわずに、反対側の廊下側の席に駆け寄って行った。
そして、とある人物が座る席の前で立ち止まると、その人物をまじまじと見つめて……。
「梨子ー! 会いたかったよー!」
その人物――桜内梨子に勢いよく抱きついた。梨子は今の状況について行けず、いきなり抱き付いてくる夜絵の存在にひどく困惑していた。
「夜絵!? あなたどうしてここに……ていうか抱きつかないで!」
「えーいいじゃんもう少しだけ! 私、梨子に会うために転校してきたんだよ」
「夜絵……」
抱きつく夜絵の背中に、梨子はそっと両手を回して抱きしめ返した。温かいその感触に、梨子はこれが夢でないことを実感する。
「あのー」
ふと声がして、梨子と夜絵が顔を上げる。見上げた先には、大勢のクラスメイトが自分たちを取り囲むようにして集まっていた。その中の一人が、恐る恐るといった様子で夜絵に声をかける。
「椎名さん、その髪の毛って染めてるの?」
「ああこれ? そうだよ。どうかな、変じゃない?」
「ううん、とっても似合ってると思う! あ、私はヨシミ、これから仲良くしようね!」
「えへへ、ありがとう。よろしくね!」
ヨシミの質問に笑顔で答える夜絵。その反応は他のクラスメイト達にも好印象を与え、それからクラスメイト達による夜絵への質問攻めが始まった。
「椎名さん、身長はいくつ?」
「この前測ったときは162だったよ!」
「体重は?」
「それは内緒かなー」
「好きな食べ物は?」
「んー……やっぱり甘いものかな!」
「スリーサイズ教えて!」
「それも内緒」
そんな怒涛の質問攻めを、夜絵は嫌な顔ひとつせず全てに笑顔で答える。
その様子を千歌と曜は、夜絵たちのいる廊下側の席とは反対側の、窓側にある自分達の席の近くで立って眺めていた。
「夜絵ちゃん、あっという間にクラスの人気者だね」
「梨子ちゃんと違ってトーキョーの子って雰囲気だもんね」
千歌と曜は立ち上がってボーっとクラスメイトに囲まれる夜絵を見ながら、そんな感想をそれぞれ口にした。
曜の言ったように夜絵は梨子とは対照的だった。明るいブロンドの髪という特徴が夜絵の存在感を際立たせ、興味を持ったクラスメイト達が次々に夜絵に話しかけていた。笑顔で友好的に会話をする夜絵にクラスメイト達は好印象を抱く。千歌と曜から見て、夜絵はあっという間にクラスの一員となっていた。
「でもビックリだよね。昨日見た梨子ちゃんの写真に写っていた人が、まさかその次の日に転校してくるなんて」
「え? 写真?」
「千歌ちゃん覚えてない? ほら、昨日練習の休憩時間に梨子ちゃんが見ていた写真だよ」
曜の指摘に、千歌は昨日屋上であった出来事を振り返る。スマホを眺める梨子を驚かそうと胸を触り、その拍子に梨子の手から落ちたスマホを拾った。その時、画面に表示されていた一枚の写真。
音ノ木坂の制服を着た二人の少女が仲睦まじい様子で写っていた。一人は梨子で、もう一人は端正な顔立ちの金髪の少女。
「あーっ! そうだよ、あの写真に梨子ちゃんと一緒に写ってたの、夜絵ちゃんだった!」
「でしょ?」
「そうだよ! 私どうして忘れてたんだろう!」
千歌の中でひとつの疑問が晴れた瞬間だった。それは、昨夜砂浜で出会った夜絵に感じた既視感。どこかで見たような覚えがあるのに、夜絵とは間違いなくその時が初対面。その既視感の正体は、梨子のスマホに映っていた少女だったのだ。
ひとつの疑問が晴れた。しかしそれと同時に、新たな疑問が千歌のなかで生まれる。昨夜自身と会話をした夜絵は、今のように活発で天真爛漫な様子だっただろうか。
未だにクラスメイトに囲まれ質問攻めにされる夜絵を横目でチラリと見ながら、千歌はふとそんな疑問を抱いた。
「そういえば千歌ちゃん、夜絵ちゃんのこと知ってたみたいだったけど、千歌ちゃんも知り合いだったりするの?」
「ううん。夜絵ちゃんとは昨日の夜に偶然会って、少しお話しただけ」
「へえー、そんなことがあったんだね」
曜の質問に答えながら、千歌は先ほど新たに生まれた疑問について考える。昨夜出会った夜絵と今まさにクラスメイトと話している夜絵とでは、雰囲気が全然違っていると千歌は感じた。
今の夜絵は明るくて活発な印象を受けるが、昨夜の夜絵は川のせせらぎのように穏やかで、どこか儚げな印象だった。だがそれも、月明かりに照らされて祈るように歌っていたという、そんな幻想的な雰囲気がもたらした錯覚なのかもしれない。
考えれば考えるほど抜け出せなくなりそうで、思考を断ち切ろうと千歌はブンブンとかぶりを振った。
「夜絵ちゃん……」
クラスメイト達に囲まれる夜絵に再度視線を向ける。笑顔でクラスメイトと楽しそうに話す夜絵を見て、千歌の口から思ったことがポツリと漏れた。
「なんだか、すごくキラキラしてる」
キラキラと輝く夜絵の姿を、千歌はただ離れた場所から眺めているだけだった。
クラスメイト達による、夜絵への怒涛の質問攻めは未だに続いていた。された質問にただ答えるだけではなく、そこから会話を広げながら、夜絵は今日から共に過ごすクラスメイト達と仲睦まじい雰囲気を作り出していた。
「夜絵ちゃんの趣味ってなに?」
「趣味かぁ……色々あるけど、一番好きなのは歌うことかな」
「歌うのっていいよねー」
「私、夜絵ちゃんの歌聴いてみたい!」
「私も私も!」
「そうだね、今度カラオケ行こっか!」
すっかりクラスの一員となった夜絵は、早くもクラスメイトと遊びに行く約束をする。それを真近で見ていた梨子は、思わず嘆息を漏らした。
椎名夜絵とは、梨子が音ノ木坂学院の一年生だった頃のクラスメイト。ピアノばかりしていつも一人だった梨子とは違って、夜絵は常にクラスの中心にいた。
それは今でも変わらない。梨子がとりわけ仲の良いと言える友人は千歌と曜の二人だけなのに対し、夜絵の周りには気が付けばいつも人がたくさんいる。
だけど去年のある日から、夜絵と梨子は仲良くなりだした。およそ半年の時間を共に過ごしていくうちに、二人は親友と呼べるまでの関係になった。
「ねえ夜絵ちゃん、梨子ちゃんとどんな関係なの?」
「梨子ちゃんに会いにきたって言ってたよね!」
「そういえばそうだ!」
「私も気になる!」
一人のクラスメイトの発言から、夜絵と梨子の関係を追求する雰囲気が作られる。皆がただの好奇心で尋ねていることをいち早く察知した夜絵は、椅子に座る梨子の背後へゆっくりと移動した。
「そうだねぇ……」
真後ろに立つ夜絵がどのような表情をしているのか、梨子は知らない。自分と夜絵は親友、きっと夜絵もそう答えるに違いないと梨子は踏んでいた。
しかし、夜絵は悪戯な笑みを浮かべていた。口角が釣り上がっていてまるで悪人のような顔をしている。
「私と梨子の関係……」
二人を取り囲むクラスメイト達が、夜絵から放たれようとしている言葉に耳を傾ける。期待に満ちた視線で、ゴクリと喉を鳴らす音も聞こえる。
そんな期待に応えようと、夜絵は――。
「こんな関係……かな」
むにゅ。
「ひゃあっ!」
周囲のクラスメイト達から黄色い歓声が上がる。しかし夜絵はそんな事を気にも留めなかった。表情を一切変えずに、セーラー服越しの梨子の胸を堪能する。
「あれ? 梨子、前より大きくなった?」
梨子は下を向きながらプルプルと肩を震わせていた。大勢のクラスメイトの前で夜絵に胸を揉まれている。梨子の羞恥心は天にも昇る勢いで急上昇していた。
そんな梨子の反応を楽しむように、夜絵は両手を動かし続け――。
「な、何するのよバカーー!!」
放っておいたらいつまで経っても胸を触っていそうな夜絵に向かって、その場で立ち上がった梨子は勢いよく平手を放った。
パチンと乾いた音がして、次の瞬間にはドサッと重たい音が教室に響き渡った。梨子の殴打をまともに喰らった夜絵が、教室の床に倒れている。
「いい平手打ちだったよ……梨子……」
最後にポツリとそう呟いて、夜絵はその場に倒れたまま意識を手放した。
その頰にはひと月ほど早く、綺麗な紅葉が咲いていた。
***
「知らない天井だ……」
意識が戻った椎名夜絵は、少しずつ鮮明になっていく視界に映るものを見て、そうポツリと呟いた。
全身を包み込むような柔らかいベッドの感触。鼻をつくエタノールの匂い。カーテンで仕切られた空間のなか、眠りから覚めた夜絵だった。
ズキンと頰が痛む。意識を失う直前、梨子の平手を受けた箇所は未だ疼いている。
「……病院?」
そう見当をつけた夜絵。しかし、それを否定する言葉が直後に降りかかってくる。
「保健室よ」
声のした方向を見る。桜内梨子が簡易なパイプ椅子に腰掛けて、心配そうに夜絵を見つめていた。
「目が覚めたみたいね。……ごめん夜絵、私のせいで……」
「梨子、私どれぐらいここで寝てた?」
椅子から立って夜絵に近づき、自身の非を詫びる梨子。夜絵は梨子が悪いなどと微塵も思っていない。そもそもの原因は自分が梨子の胸を触ったからだ。
だから夜絵は梨子の言葉を無視して、自身が気になっていることを尋ねた。
「夜絵、六時間も寝てたのよ。本当に心配したんだから」
「授業は……?」
「今日の授業はもう全部終わったわ」
「嘘っ!? じゃあ私、転校初日から全部の授業をサボっちゃったわけ!?」
大袈裟に驚いてガックリと項垂れる夜絵。しかし梨子は、そんな夜絵を見ても険しい表情を一切変えなかった。
「夜絵、本当にごめんなさい。大丈夫?」
「うん、全然大丈夫だよ! 叩かれたところが少し痛むだけだから!」
気丈に振る舞って何も心配ないとアピールする。すると梨子は途端に泣きそうな顔になって、夜絵の肩を両手で掴んだ。
「そうじゃなくて……っ! 身体、本当に大丈夫なの?」
「大丈夫だよ」
それまでの明るい口調から一変、夜絵は冷めた口調でそう言い放つ。まるでそれ以上踏み込んではいけない気がして、梨子は夜絵の肩からそっと手を離した。
夜絵は梨子を見つめる。揺れる瞳で自分を捉える一番の親友。
「……梨子、おいで」
夜絵は起き上がってベッドの上で正座すると、自身の太ももをポンポンと叩いて梨子に促した。
梨子はコクリと小さく頷き、夜絵の寝ていたベッドに侵入する。そしてゴロンと寝転がり、夜絵の太ももに自身の頭を預けた。
膝枕。頰が朱に染まっている梨子は、夜絵の身体とは反対側に視線を向けている。
「……ばかっ」
「あははっ、ごめんね……梨子」
梨子の頭を撫でながら夜絵は詫びる。カーテンで仕切られた空間、二人だけの世界がそこには広がっていた。
「でも、本当に大丈夫だから。心配しないで」
「……うん」
「よしよし、いい子いい子」
「バカにしないで」
「してないって」
「してるもん」
「だからしてないって……あっ」
途端に夜絵が梨子を撫でる手を止めて、素っ頓狂な声をあげる。カーテンで仕切られた二人だけの空間。そのカーテンの隙間から、顔を覗かせている人物がいた。
「昨日の……確か……そう! 千歌ちゃんだ!」
「千歌ちゃん!?」
カーテンの隙間から千歌は中の様子を伺っていた。それに気づいた梨子が、慌てて夜絵の太ももから顔を上げて体勢を整える。
「えっと、そろそろ練習始まるから梨子ちゃん呼びにきたんだけど……ご、ごゆっくり!」
「待って千歌ちゃん! これは違うの!」
梨子の叫びも虚しく、ドアを開閉する音が千歌の足音と共に聞こえた。千歌の様子は明らかに勘違いをしていた。梨子は溜息をひとつついて肩を落とした。
「ごめん夜絵。千歌ちゃんも呼びに来たから、部活の練習しに行くね」
「練習って、ピアノの?」
「ううん、ピアノじゃないの……」
てっきりピアノの練習だと思っていたので、首を横に振って否定する梨子を見て、夜絵は驚きを隠せなかった。
夜絵の知っている梨子は、ピアノにしか興味がないような印象だったので、何か他のことをしていると聞いて大きく目を見開いた。
「………ル」
「えっ?」
何やら恥ずかしそうに口にした梨子だったが、声が小さすぎて届かなかった。耳に手を添えて聞こえないと夜絵は表現する。
「スクールアイドル!」
「梨子が……アイドル……? ぷっ……あははっ、あはははははっ!」
梨子がスクールアイドルをしているということを聞いて、夜絵は腹を抱えて盛大に笑い出した。
何か他の楽器でも始めたのかと思いきや、まさかのスクールアイドル。夜絵のなかにあった梨子のイメージとはかけ離れている。梨子がステージで歌って踊っているところを想像すると、笑いが止まらない。
「な、なによ! そんなに笑わなくたっていいじゃない!」
「ぷくくっ……いやぁ、ごめんごめん。うん、梨子は可愛いからピッタリだと思うな!」
「か、かわっ……!?」
可愛いと夜絵に言われて狼狽える梨子。しかし夜絵にからかわれていると気づき、プクッと頰を膨らませた。
梨子にジト目で睨まれている夜絵だが、そのことを気にも留めずに、更に梨子にある提案をした。
「ねぇ梨子、練習見に行っていい!?」
浦の星女学院の屋上に立ち入る生徒は少ない。そもそも屋上が立ち入り可能な場所であることを知っている生徒が少ないので、誰も屋上へ近づこうとしない。
そんな屋上に十人の女生徒の姿があった。九人は浦の星女学院の誇るスクールアイドル――Aqoursのメンバー。一人は今日浦の星にやって来たばかりの転校生。
「椎名夜絵です、今日はスクールアイドル部の練習を見学に来ました!」
夜絵の軽い自己紹介にメンバー達からは拍手が沸き起こる。温かい歓迎ムードの中、梨子だけが夜絵を目を細めて恨めしそうに見つめていた。
保健室で練習を見に行きたいと夜絵に懇願されたが、梨子は嫌だと断った。自分がアイドルをしているところを夜絵に見られるのが恥ずかしかったからだ。
しかしどうしても見たいと夜絵はしつこく迫ってきた。当然梨子は断る。二人の主張は平行線まま交わることがないと思われたが、夜絵が頰を叩かれて気を失っていたことを持ち出すと、渋々といった形で梨子が折れた。
そして現在、夜絵はこうして屋上へとやって来てAqoursのメンバー達と対面している。
「この方、どこかで見た覚えがありますわね」
「昨日梨子の写真に写ってた子じゃない?」
「それだわ! 果南は記憶力がいいわね。それに比べてダイヤは物忘れが激しい。もしかして……お、ば、さ、ん?」
「やかましい! ……ですわ」
「はわわ〜、写真で見るよりずっと綺麗な人ずら〜」
「そ、そうだね……ぴ、ピギィ!?」
「あの美しさ……堕天使ヨハネのリトルデーモンに相応しき存在……」
「また善子ちゃんが意味の分からないこと言ってるずら」
「うっさいずら丸! あと善子じゃなくヨハネ!」
「そっか……みんな夜絵の写真見たんだった……」
「ご、ごめんね梨子ちゃん!」
「梨子ちゃん元気だして! ほらヨーソロー!」
「よ、よーそろー……」
目の前にいる夜絵を見てメンバー達は各々に反応を見せる。和気藹々とした雰囲気が微笑ましく柔和な表情を浮かべながらも、自身が置いてけぼりにされていることに夜絵は困惑した。
「あ、夜絵ちゃんごめんね! 昨日砂浜で会った高海千歌、よろしくね!」
「うん、よろしくね千歌ちゃん!」
置き去りにされている夜絵に気づいた千歌が、夜絵の前にやって来て改めて自己紹介をする。その千歌に倣って、他のメンバー達も夜絵の前に集まってきた。
「渡辺曜です! クラスメイトだから、仲良くしようね! ヨーソロー!」
「クラスメイト!? ご、ごめん覚えてなかった……。ヨーソロー!」
「松浦果南、三年生。千歌と曜と、そこの鞠莉とダイヤとは幼馴染なんだ。よろしくね、夜絵」
「幼馴染多っ!? よろしくです、果南さん!」
「小原鞠莉よ、気軽にマリーって呼んでね! あとこの学院の理事長をしているの。学院で困ったことがあったら、このマリーに相談してね!」
「ちょっと鞠莉さん、学院で困ったことは生徒会に頼るべきですわ。あ、失礼。わたくし、生徒会長をしております黒澤ダイヤと申します」
「理事長に生徒会長!? スペック高すぎない!? よ、よろしくです鞠莉さん、ダイヤさん」
「オラ……じゃなくてマルは、一年生の国木田花丸です。夜絵さんよろしくずら」
「ずら?」
「ご、ごめんなさい。マルの口癖で……」
「ううん、すごく可愛いよ! よろしくね花丸ちゃん!」
「くくく黒澤、ル……ピギィ……」
「緊張してるのかな? 大丈夫、変に思ったりしないから、自分のペースでいいよ」
「あ……私、黒澤ルビィです! スクールアイドルが大好きです!」
「うんうん、よく言えたね。よろしくね、ルビィちゃん!」
「は、はいっ!」
「堕天使ヨハネと契約して、貴方もリトルデーモンになってみない?」
「なにこの子ヨハネちゃんって言うの!? 可愛いー! なるなる、私リトルデーモンになりまーす!」
「え……あの、その……津島、善子です……」
「それがヨハネちゃんの真名なんだね! よろしくヨハネちゃん!」
「て、天使だわ……」
「私は……今更する必要ないわね」
「うん、そうだね」
こうして各々が夜絵に自己紹介をした。そこで夜絵が感じたのは、皆少なからず梨子と似た部分を持っているということだった。
どこにでもいるような普通の少女達。だけど皆、自分を隠すことなく本音で接している。それは夜絵にとって、キラキラと輝いて見えた。
この人達と仲良くなれそうな気がする。仲良くなりたいと思った。自分が音ノ木坂で梨子と仲良くなれたように。そんな予感が夜絵にはあった。
「そうだ! ねぇ夜絵ちゃん、一緒にスクールアイドルやってみない?」
「ちょっ、千歌ちゃん!?」
夜絵をスクールアイドルに誘う千歌。どここらそんな突飛な発想が出てきたのか、理解が及ばず夜絵は驚きの声をあげた。
「一緒にやろうよ! 昨日聴いた夜絵ちゃんの歌、とっても素敵でキラキラしてた! それに夜絵ちゃんと一緒なら、もっと楽しくなると思うんだ!」
「いやいや! 私なんか――」
ブンブンと遠慮がちに手を振ったりしながら、夜絵は自分を見つめる九人の顔を見た。皆が一様に夜絵を歓迎するような表情をしている。
喜び、期待、慈愛。それらが入り混じった視線を向けられ、夜絵は下を向いて目を逸らした。
「ごめん千歌ちゃん。私には、どうしてもアイドルだけは出来ない深い理由があるの……」
「えっ」
「私ね、実は……」
夜絵の言葉を待つAqours。その雰囲気から断られるのは誰もが承知だった。だけど夜絵の言葉を待つ。アイドルができない理由というものが何なのか。
そして、夜絵が顔をあげた。
「――運動音痴なんだ」
ズサーッと、梨子以外のメンバーがお笑い芸人の如く盛大にずっこけた。深刻そうな表情で何を言い出すのかと思えば、運動音痴だと夜絵は言う。
夜絵はケラケラと声をあげて笑っていた。まるでイタズラに成功した子供のように、無邪気な表情をしている。
「夜絵、運動はからっきしダメなのよね。あれは本当に酷かった、アイドルなんてとてもじゃないけど出来ないわ」
「梨子は知ってるもんね、私がどれだけ運動音痴なのか」
「もちろん。アイドルとして歌う方は何の問題もないけど、ダンスの方が絶望的だと思うわ」
「だよねぇ」
夜絵と梨子が懐かしむように会話をする。そこに他のメンバーが入り込む余地はなく、メンバー達は黙ってその様子を見守るしかなかった。
「そういう訳で、私が入っても足引っ張っちゃうと思うから、遠慮しておくね」
「夜絵ちゃん……」
残念そうに千歌は肩を落としてポツリと呟く。そんな表情をされると、何だか悪いことをしたように夜絵は感じてしまう。しかし出来ないものは仕方がない。
「それよりさ、みんなの練習しているところが見たいなぁ! あの梨子がアイドルとして歌って踊るなんて……ぷくくっ」
「ちょっと夜絵笑わないでって言ってるでしょ! ほらみんな、早く位置について! 夜絵にAqoursを知ってもらうために、練習だけど一曲通して歌いましょう!」
そうして屋上では、Aqoursの練習もといライブが行われた。楽しそうに舞い踊り、曲を歌いあげる九人の少女達は、夜絵の目にキラキラと輝いて映っていた。
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