ママライブ!
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第九話 行路
文化祭が終わって一月ほど経ったある日のこと。
音ノ木坂学院の2年生の教室は来たるイベントに向けて一段とにぎわっていた。
それはLyraの3人、織部輝穂、琴宮飛鳥、鷲見瑞姫が所属するクラスでも例外ではない。というのも、
「えーそれでは、修学旅行の班決めをします」
担任の先生がそう言うと、教室の喧騒はさらに大きくなった。
修学旅行。
学校生活で最大の行事と言っても過言ではない。修学とは名ばかりの旅行。
「ではみなさん、4人グループをつくってください」
担任の先生が言うやいなや、生徒たちは席を立ってそれぞれの友人のもとへ集まっていく。
「飛鳥、一緒の班になろー!」
「うん、もちろんだよ、テル!」
席が隣同士の輝穂と飛鳥は、その場でお互いのほうに身体を向けて言った。
「あとは瑞姫だね!」
「私がどうかした?」
瑞姫も班に誘おうと輝穂が言うと、そこに瑞姫本人がやって来た。
「あ、瑞姫! 一緒の班になろー!」
「いいわよ。一緒の班になってあげるわ」
髪をクルクルと弄りながら照れたように答える瑞姫。その頬は若干朱に染まっている。
「あと1人は……」
そう言いながら輝穂は辺りをキョロキョロと見渡す。視界に入ったのは、クラスメイトに囲まれている七夕えみの姿。
同じ班にならないかとしつこく迫られているえみは、よく見ると困ったような表情をしている。
行き場を求めたえみの視線が、輝穂たちを捉える。するとえみは立ち上がって輝穂たちのもとへ歩み寄ってきた。
「ごめんなさい。彼女たちと一緒の班になるって約束していたの」
さっきまで自分を取り囲んでいたクラスメイトにえみはそう告げる。
「えっ?」
「ちょっ、話を合わせなさい」
そんな約束などしている筈もなく驚く輝穂だが、えみは有無を言わせず小さくそう促す。
「そ、そうだったねー。えみちゃんと一緒の班になる約束してたねー」
「そういう訳なの。残念だけどあなたたちと同じ班にはなれそうにないわ」
ひどい棒読みで言う輝穂に、えみはすかさず言葉を付け足す。
「なんだー、そうだったのね」
「なら仕方ないわね」
「えみちゃんと修学旅行周りたかったなぁ」
それぞれ口にしながら、えみを勧誘していたクラスメイトは肩を落として散っていく。
「ふぅ。なんとかなったわね」
えみは空いている椅子に腰掛けると、一仕事終えたように額を拭う仕草を見せる。教室内にも関わらずいつもの仮面を外している事からして、相当疲れたのだろう。
「ちょっと、さっきのはどういうこと?」
納得いかない、といった剣幕で瑞姫はえみに尋ねる。
「どういうことって?」
「どうして私たちとえみちゃんが同じ班なのかってことよ」
「ああ、それね。もしかして先約あった?」
「いや、ないけど」
「ならいいじゃない。あんたたちはあと1人のメンバーに困っていて、私はしつこい勧誘に困っていた。利害一致よ」
多少強引ではあるが、えみの言うことに間違いはなかった。瑞姫は何やら悔しそうに、腕を組んでそっぽ向いている。
「よろしくね、えみちゃん!」
「楽しい修学旅行にしようね」
「ええ、そうね」
輝穂と飛鳥がえみに近づいて言うと、えみはにっこり微笑んで答える。
「ほらほら、瑞姫も!」
依然そっぽ向いていた瑞姫を、輝穂が無理やり引っ張ってえみの前まで連れてきた。
「よ、よろしく」
「うん、よろしく!」
とびきりの笑顔で答えるえみ。それを受けて瑞姫の顔が、ほんのり紅潮した。
こうして修学旅行の班が決まった。
*
そして迎えた修学旅行初日。
「沖縄ーーっ!!」
織部輝穂は目一杯叫んでいた。
「ちょっとテル、大声出すのやめてよ。恥ずかしい」
「えー、いいじゃん」
慌てふためきながら輝穂を咎める飛鳥だが、注意されたことに輝穂は不満そうに頬を膨らませた。
音ノ木坂学院一行は飛行機に乗ってここ沖縄の地に降り立ち、今現在は空港のロビーに生徒が集合している図式となっている。
つまり彼女たちは未だ空港の中であり、沖縄らしさといった要素に遭遇していない。
にも関わらず大声で叫んだ輝穂に、飛鳥を始め周りの生徒は恥ずかしさを覚えていた。
しかし同時に「また輝穂か……」と諦めの目で見る生徒もいる。
生徒全員の点呼がとれたようで、彼女たちはようやく空港の外へと歩いていく。
空港を出ると大型バスが用意されていて、それぞれクラスごとに乗り込むと、バスは次の目的地へと移動を始めた。
*
輝穂たちのクラスがやって来たのは有名な水族館。ジンベエザメが飼育されている事で広く知られている。
建物の前でクラスごとに集合写真を撮った後、それぞれの班に別れて館内に入っていく。
輝穂たちの班は館内を進んで行く。その度に展示されている生物に心躍らせながら。
しばらく歩いていくと、一際大きな水槽がある所にやって来た。
「あ、ジンベエザメ!」
輝穂が大きな声をあげて水槽を見上げ指をさす。
「わぁ〜」
「大きい……」
「……すごいわね」
飛鳥、瑞姫、えみも水槽を見上げる。そこには様々な魚が自由に泳ぎまわっているが、その中で一際目を引くのが巨大なジンベエザメだ。
「ねえ、みんなで写真撮ろうよ!」
輝穂がそう提案する。
近くにいた音ノ木坂の生徒に使い捨てカメラを渡し、水槽をバックに輝穂たちは横一列に並んだ。
笑顔を浮かべ、手でピースを作る。
「はいチーズ」
写真が撮られる。
撮ってくれた生徒にお礼を言って、輝穂たちは水族館を進んでいった。
*
水族館を楽しんだ一行は、その後ホテルへと到着した。
夕食と入浴を済ませ、音ノ木坂の生徒たちは就寝時間を待つだけとなった。
学校側から決められた就寝時間。それを華の女子高生が守るはずもない。旅行において深夜という時間は“ガールズトーク”の時間と相場は決まっている。
輝穂、飛鳥、瑞姫、えみの4人においても、それは例外ではない。
寝巻きを着て、輪になって座っている。電気は点いたまま。輝穂たちは話に華を咲かせていた。
「ねえねえ、えみちゃんって恋人いるの?」
「はぁ!? いる訳ないでしょ!」
「でも芸能界って素敵な人が沢山いるでしょ。誰かに口説かれたりした?」
「それは……っていうか、あんたたちこそどうなのよ!?」
輝穂がえみの事を聞き出そうとしていると、えみは輝穂たちに話を振ってきた。
「私はいないなー」
「私も」
「私もいないわ」
えみの問いに否定する輝穂、飛鳥、瑞姫。
「女子校だから、そういう出会いがないのよね」
瑞姫がそう言う。その言葉に他の3人は「あぁー」と納得の声を上げた。
「じゃあ恋バナはおしまいだね。他に話題ある人ー?」
話題を変えようと輝穂は言う。それぞれ視線を宙に泳がせて考えていると、ふと瑞姫が言った。
「将来の夢とかは?」
「いいね! じゃあ言い出しっぺの瑞姫から!」
「ヴぇえ!?」
輝穂に言われて困惑する瑞姫。3人から期待のこもった視線を向けられて、恥ずかしがりながら答える。
「お、お医者さん……」
「「「おぉー」」」
輝穂、飛鳥、えみの驚きと感心の混じったような声に、瑞姫の顔は真っ赤になる。
「次、輝穂ね!」
半ば投げやりに輝穂に聞く。すると輝穂は「うーん」と首を捻りながら思案する。
「これっていう明確な夢はないかな」
そう呟く輝穂。でも、と一拍置いて彼女は続けた。
「今みたいに毎日楽しく過ごせたらいいなぁ」
そんな、願望を語る。
「私も、この4人でいつまでも楽しく過ごしたいなぁ」
飛鳥が、輝穂の言葉に同意する。
「4人って、私も?」
「うん。えみちゃんも一緒だよ」
まさか自分も入っていると思わなかったえみ。飛鳥はえみの疑問を肯定する。
「あ、ありがとう……」
まっすぐな飛鳥の言葉に、えみは顔を紅潮させ照れる。
そんなえみを、輝穂と飛鳥は何も言わず、ただ微笑んで見つめていた。
ただ、瑞姫は。
「わ、私だけ真面目に答えてバカみたいじゃない。もう!」
自分の枕を手にとって、それを輝穂に投げつける。瑞姫の手から放たれた枕は、見事輝穂の顔面にヒットする。
「ごふっ」
顔に枕が当たった輝穂から変な声が出る。
輝穂はすぐさま枕を手にとり、瑞姫に向かって投げ返す。これが瑞姫の顔に当たった。
「ふふっ、えい!」
その様子を見ていた飛鳥が、突然えみに向かって枕を投げた。それがえみの顔に当たる。
「ごふっ。……あ〜す〜か〜」
やられたらやり返す。えみは飛鳥に枕を投げようと振りかぶった。すると、別方向から投げられた枕がえみに当たる。
見ると、輝穂がえみに向かって枕を投げ終えた後だった。
「あんたたち、覚悟しなさい!」
闇雲に枕を投げつけるえみ。
修学旅行の夜、枕投げが行われた。
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