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恋色シャイニー
前書き
原作:ラブライブ!サンシャイン!!
オリ主が登場します。
僕たちの出会いは、夏休みが明けて、二学期が始まったときだった。
留学生がやって来るという噂が流れていて、その日の教室は賑やかだった。
可愛い女の子だとか。
ニッポンからの留学生だとか。
いや違うイギリスの女の子だとか。
そんな噂で浮き足立つクラスメイトの様子を、僕は頬杖をつきながら、ぼんやりひとりで眺めていた。
クラスで浮いている僕には、あまり関係のない出来事のように思えたからだ。
やがて教室に先生が入ってくる。
そして、このクラスに留学生が新たに加わる旨を伝えると、教室は歓声に包まれた。
騒ぐ生徒たちに静かにするよう先生が注意すると、教室がシンと静まり返った。
そうして先生は、廊下にいる留学生を教室に入ってくるよう呼びつけた。
ガラッと扉が音を立てて、噂の留学生が姿を見せる。
歩くたびにふわりと靡く綺麗な金髪。
モデルみたいに抜群のプロポーション。
少しトロンとしたタレ目が印象的な、可愛らしい女の子だった。
ずっと前からクラスにいるように馴染んだ容姿をしている彼女は、欧州系の顔立ちをしている。
留学生で日本人という噂も立っていたから、少し期待していたのだけれど、どうやら期待外れだったみたいだ。
日本人でないなら、僕は彼女と仲良くなれないだろう。
物静かな僕の性格は、アメリカ人とはあまりそりが合わないみたいだから。
黒板の前に留学生が立つ。
そして先生に促され、彼女は自己紹介を始めた。
「My name is Ohara Mari.
I'm from Japan. I'm Japanese.
nice to meet you!」
オハラマリ。
マリは自分のことを日本から来た日本人だと言った。
噂通り、留学生は日本人だった。
その見た目は、欧州系のそれだけれど……ハーフなのだろうか。
前言撤回、僕は彼女に興味を抱いた。
日本人なら、仲良くなれそうな気がする。
放課後にでも、話しかけてみよう。
このとき僕は密かにそう思ったのであった。
それが、僕と彼女の出会いだった。
『恋色シャイニー』
僕が高校生になってすぐのこと。
父がアメリカに仕事場を移すこととなり、僕と母もそれについていくことになった。
生まれ育った日本を離れるのは寂しかったけど、そのときの僕は仕方がないと割り切ったのだ。
そうしてアメリカでスタートした高校生活だったが、僕は早くも挫折を味わっていた。
拙い英語しか話せない僕は、クラスメイトたちとコミュニケーションをとることができなかったのだ。
ヒアリングはなんとか出来るから授業はかろうじて理解できるものの、話すほうが壊滅的にダメだった。
やがて僕はクラスメイトとの会話を放棄するようになり、僕はクラスで浮いた存在になっていた。
そんな状態にも慣れてきた、夏休みが終わってすぐの出来事だった。
マリが留学生としてやって来たのは。
「こんにちは」
放課後、クラスメイトに囲まれて質問を受けていたマリが解放され、一人になった。
僕は勇気を振り絞って、マリに話しかけてみたのだ。
「こんにちは。アナタ日本人?」
「うん。高校からこっちに住むことになって」
「それは大変ね! 英語は喋れるの?」
「もう全然ダメ。おかげでクラスではいつも一人。だから、オハラさんが来てくれて少し嬉しいんだ」
「私も、アナタみたいな日本人がいて少しホッとしたわ。あ、私のことはマリーって呼んで」
「わかった。じゃあ……マリー」
「Good!」
それが、僕とマリーの最初に交わした会話。
それから僕とマリーは友達になった。
昼食を一緒に食べるようになって。
放課後には一緒に遊ぶこともあって。
好きなアーティストのCDの貸し借りをして。
いつもクラスで一人だった僕にとって、マリーは学校で唯一の話し相手だった。
何もすることがなく、ただ来ているだけの学校が、マリーがいることで少しずつ楽しくなってきたのだ。
モノクロだった僕の日常が、鮮やかに色づき始めた。
「マリーって僕の他にも友達多いけど、どうして僕と一緒にいることが多いの? もしかして同情してる?」
中庭のベンチに座って一緒に弁当を食べているとき、僕は以前から気になっていたことをマリーに聞いてみた。
「同情なんてしてないわよ。確かに私は他の人とも仲良いわよ?」
「なら、どうして」
クラスで浮いている僕と一緒にいることは、マリーにとってメリットがひとつもない。
もし憐れみや同情の気持ちで僕と一緒にいるのなら、それはマリーに悪いことをしているような気がしたのだ。
だけどマリーは、同情なんてしていないと言う。
そう話すマリーの表情は、ごく自然なものだった。
「だって英語で話すのって疲れるんだもの。日本語で会話できるアナタといるときが、一番気楽で落ち着くのよ」
マリーは笑う。
まるで天使のような笑みだった。
僕と一緒にいると気楽で落ち着く。
英語で話すのが疲れるというのは理解できるので、マリーの話した理由に僕は大いに納得してしまった。
「僕も、マリーといる時が一番落ち着く、かな」
「そりゃあアナタ、私以外に話し相手いないものね!」
「それは……そうだけど……」
いたずらが成功したようにマリーは笑った。
マリーのその笑う顔を見て、僕はようやくからかわれたことに気づいた。
「だから……これからもよろしくね!」
そして今度は、とびっきりキラキラした笑顔で、マリーは僕に向かってそう言ったのだ。
その笑顔に僕は見惚れてしまい、曖昧な返事をすることしかできなかった。
それからも僕とマリーは一緒にいた。
他愛のない話をして笑い合って。
マリーが僕にイタズラを仕掛けてきたりして。
互いの家で遊んだりもして。
メールのやり取りをして。
夜遅くまで長電話をして。
そんな時間を過ごしていくうちに、僕はマリーに惹かれていった。
いつしか彼女のことを好きになっていた。
マリーと一緒にいる時間は楽しくて。
彼女の笑顔を見ると、幸せな気分になる。
僕は完全にマリーに惚れていた。
だけど、僕はマリーにこの想いを伝えようとは思わなかった。
もし好きだと伝えて、マリーに嫌われてしまったら。
今続いている幸せな時間がなくなってしまったら。
そう思うと、怖くて想いを告げることなんて、とてもできなかった。
好きだと伝えてなくていい。
この時間が続くのなら、それだけで僕は幸せなのだから。
それからも僕は想いを伝えることなく、マリーとの何気ない日常を送った。
秋も冬も、二年生になった春も夏も、僕はマリーとの日々を大切に過ごしてきた。
そして二年生の夏休みが終わり、僕たちが出会って一年が経った。
そんなある日のこと。
マリーと一緒に昼食を食べようと思ったけど、教室にマリーの姿が見当たらなかった。
マリーを探して校内を練り歩いていると、中庭の一角でマリーの姿を見つけた。
「マ――」
名前を呼びかけて、僕はその言葉を途中で飲み込んだ。
その光景に、僕は見惚れてしまったのだ。
華麗にステップを踏み、鮮やかにマリーは踊っていた。
まるで日本のアイドルのように、マリーのその姿はただただ綺麗だった。
僕はマリーのダンスが終わるまで、その様子を黙って見守ることにした。
やがてダンスを終えたマリー。
僕は思わず手を叩いて拍手を送っていた。
拍手の音に気がついたマリーが振り返って、僕の姿を捉える。
「なんだアナタかぁ……いつから見てたの?」
「五分ぐらい前かな。一緒に弁当を食べようと探してたら、ここで踊ってるのを見つけて」
「もう、それなら声をかけてくれればよかったのに」
「邪魔したくなかったから。踊っているときのマリー、綺麗だったし」
「綺麗って、もう冗談言わないでってば!」
「本当だって! マリーは可愛いし、まるでアイドルみたいだったよ!」
「かわっ!? もう、からかわないでよ……バカっ!」
「ちょっ、マリー!? ごめん、悪かった。怒らないで!」
マリーはポカポカと、僕の胸を優しく叩きだした。
急にそんな行動をとりだしたマリーに、僕はどうすればいいのかわからなかった。
なにかマズいことを言ってしまったのかと思い、ただ謝るだけだった。
「もうっ! アナタなんて知らない!」
そう言い残して、マリーは校舎の方へと走り去っていった。
そのときのマリーはなんだか様子が変だったけど、僕にそのことを尋ねる勇気はなかった。
マリーに深く踏み込みすぎて、嫌われたくなかったから。
この一年間過ごしてきた日常を続けていれば、僕はそれでよかったのだ。
だけど僕はこのときにはもう、マリーとの日常を失ってしまっていたのだった。
その翌日から、マリーは僕が話しかけると、わざとらしく逃げるようにどこかに行くようになった。
まるでマリーが僕のことを避けているようだった。
マリーは女の子の友達といることが増え、僕がマリーに話しかけることも減った。
一人でいるときを狙って話しかけたりしてみたけど、マリーはあからさまに僕を避けるような態度をとっていた。
あのとき、中庭でマリーのダンスを見たとき、なにか悪いことでも言ってしまったのだろうか。
もしそうなら、マリーに謝りたい。
きちんと謝って、またマリーと話したい。
だけどマリーは僕を避けていて、会話をしようとしてくれない。
もう完全に嫌われてしまったのだろうか。
そう思った途端、マリーに話しかける回数も自然と減っていった。
やがて僕からもマリーに話しかけないようになり、僕のまたクラスで一人ぼっちになった。
マリーが留学してくる前までずっと一人だったはずなのに、僕はそれまで以上に寂しさを感じていた。
それだけ、マリーと一緒にいる時間が楽しかったのだ。
だけど、もうマリーには嫌われてしまった。
それからマリーとは一度も話すことがないまま秋が過ぎ去り、冬を越え――春になった。
僕たちは三年生になった。
マリーと話せないまま迎えた高校三年生。
僕はこの春に、マリーと仲直りをしたいと密かに思っていた。
半年間マリーのいない日々を過ごしたけれど、とても僕には耐えられなかった。
またマリーと友達に戻りたい。
一緒に話して、昼食をとって、遊んで、笑いあって。
そんな日常を取り戻したい。
僕はそんな思いを胸に抱いて、三年生の春を迎えていた。
だけど、僕のそんな願いをあざ笑うかのように、事態は思わぬ方向へと向かっていく。
先生からマリーが明日、日本に帰国するという話を聞いたのは、まだ高校三年生になって一月も経たない日のことだった。
そのことを知らせれてた翌日。
マリーが日本に帰国する日。
僕はいつものように学校に来ていた。
当然そこに、マリーの姿はない。
今頃マリーは空港にいるのだろう。
もしかしたら、もう飛行機に乗ってアメリカを発っているのかもしれない。
結局、マリーと仲直りできないまま、別れることになってきまった。
マリーに想いを告げられぬまま。
授業を受けている間、僕はずっとうわの空だった。
ただボーッと窓の外を眺めながら、時間が過ぎ去っていく。
そんなとき、ケータイが震えた。
今は授業中。
バレないようにこっそりケータイを開くと、一通のメールが届いていた。
差出人はマリー。
内容は。
『ごめんね、さよなら』
それを見た瞬間、僕は立ち上がって教室を飛び出した。
授業を抜け出して、学校を出た僕は全力で走った。
目指すのは、ここから一番近い空港。
このままマリーとお別れなんて……そんなの嫌だ。
まだマリーと仲直りできていない。
マリーに僕の気持ちを、伝えてられていない。
せめて……せめて最後に仲直りをして、僕の想いを彼女に伝えたい。
駅に着いて電車に乗り、三十分ほどで空港にたどり着く。
「どこだ……どこにいるんだマリー!」
日本行きの便を掲示板で探す。
三十分後に出発する便を見つけ、僕はその搭乗口に向かって走り出した。
走る。
ただ走る。
全力で走る。
間に合うかどうか分からない。
前の便でとっくに出発しているかもしれない。
そもそもこの空港じゃないかもしれない。
そんな思いが駆け巡るが、僕はただ全力で走る。
そこにマリーがいる可能性に賭けて。
「はぁ……はぁ……」
たどり着いた日本行きの搭乗口。
慌ててゲートの方を見ると、そこに見慣れた後ろ姿を見つけた。
マリーだ、見間違えるはずがない。
マリーは今まさに、搭乗ゲートをくぐろうとしている。
「――マリー!!」
呼ぶと、マリーが振り返る。
「アナタ……」
マリーに駆け寄る。
「マリー、ごめん! 去年キミのダンスを見たとき、僕が変なことを言ってキミを傷つけてしまった……ごめん!」
「違うの、私が悪いの! あのときアナタにヒドい態度をとってしまった……それ以来、顔を合わせるのが怖かったの。話しかけられても、なにを話せばいいのか分からなくて……だから私が悪いの! アナタはなにも悪くない!」
「違う! 悪いのは僕だ!」
「いいえ! 悪いのは私よ!」
「僕だ!」
「私よ!」
「僕!」
「私!」
終わらない議論。
互いにムキになっていて、思わず笑みが溢れ出てしまう。
それはマリーも同じなようで。
「「ぷっ……くくっ……あははははっ!!」」
僕たちは盛大に笑い合った。
こうして笑い合うのも久しぶりだ。
マリーの笑顔を見るのも久しぶりだ。
やっぱり僕は、この時間が大好きだ。
マリーの笑顔が大好きだ。
――マリーが大好きだ。
「マリー、僕はキミが好きだ」
想いを告げる。
嫌われてしまうのが嫌で、ずっと逃げていた。
だけど、伝えないまま別れるのはもっと嫌だ。
マリーの顔が赤くなる。
恥ずかしそうに下を向いて、マリーは言う。
「私も、アナタのことが好きよ」
「僕たち、両想いだったんだね」
「そうだったみたいね。だけど……もうお別れみたい」
「もっと早く、好きだって伝えておけばよかった」
「もっと早く、アナタに好きだと言えばよかった」
「さようなら、マリー。元気でね」
「さようなら、アナタ。元気で」
僕たちは互いに近づいていく。
そうして距離がゼロになり。
――僕たちは、別れのキスをした。
***
それからマリーのいない半年の高校生活を終え、僕は大学生になった。
マリーのいない半年間、僕は必死に勉強をして、大学に合格することができた。
それも、日本の大学に。
親に頭を下げ、日本の大学に一人暮らしをしながら通うことが許されたのだ。
迎えた春。
大学の入学式。
しばらく前から始めている一人暮らしにはまだ慣れないが、これから新しい生活が始まる。
大学の構内。
僕はそこである人を待っていた。
去年の春に別れてから、メールや電話でやり取りは続けている僕の彼女。
だけど、実際に会うのは一年ぶりだ。
ふわりと、春風が舞う。
桜の花びらがひらひらと落ちていくなか、その向こうに人影が見えた。
「久しぶりね、アナタ」
「久しぶり、マリー」
僕たちは再会する。
嬉しそうに笑う彼女が愛おしい。
その笑顔が近づいてくる。
僕も彼女に顔を近づけ。
――僕たちは、再会のキスをする。
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