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松実姉妹と過ごす平凡な一日
前書き
原作:咲-Saki-
オリ主が登場します。
季節は冬。
ここ奈良県吉野では雪がちらほらと降り始め、寒さに身を震わせる日が増えてきた。
吉野にある有名旅館――松実館で俺が仲居として働き始めて早二年。
忙しい日々の連続ではあるが、旅館で働くことは昔からの夢だったので、仕事にはやりがいを感じている。
この日はもう上がっていいと言われ、もう少し働きたい気持ちがありながらも仕事を切り上げた。
松実館で働くにあたって、県外からやって来た俺には空き部屋を与えられ、住み込みで働かせてもらっている。
貸し与えられた部屋に戻り、ラフながらも暖かい格好に着替える。
そしてここの家族――松実家が生活している住宅、そのリビングへと向かう。
仕事で早上がりを告げられたという事はつまり、松実家の二人娘――松実宥と松実玄の相手をして欲しいという事だった。
今までも早上がりの日には、宥と玄の相手をしてきた。歳が近いということもあり、宥と玄とはあっという間に親しくなった。
姉の宥は極端な寒がりで、一年中マフラーを巻いたり厚着をしている不思議な子だ。
妹の玄は“おもち”が大好きで、よくおもちおもちと言っている。こちらも不思議な子だ。
扉を開け、リビングに入る。
こたつが用意されたそこで、宥と玄はこたつに入って幸せそうに顔をほころばせていた。
「あっ、お兄ちゃーん!」
みかんの皮を剥きながら、玄が俺に気付いて声を上げる。そしてみかんを一つ口にすると、おいしーと言って幸せそうな笑顔を見せた。
初めて宥と玄に対面した時、自己紹介した際に冗談のつもりで『気軽に“お兄ちゃん”とでもよんでくれ』と言ってしまった。
二人はそれを間に受けて、俺のことを“お兄ちゃん”と呼ぶようになった。
本当の兄妹でもないのにそう呼ばれることに最初はむず痒さみたいなものがあったが、今となってはすっかり慣れてしまった。
「お兄ちゃんも、一緒におこたに入ってあったかくなろ?」
宥はそう言って手招きをする。その言葉に甘えて、俺はこたつに入った。
「はぁ〜あったかいなぁ〜」
「そうだね〜あったかいね〜」
「あぁ〜幸せ〜」
俺と宥と玄、三人はだらしなく顔を緩ませる。
一度こたつに入ってしまうと、もうそこから出たくなくなる。こたつにはそういう魔法がかかっている。
「お兄ちゃん、みかん食べる?」
「食べる」
みかんを食べていた玄の言葉に、俺は即答する。
こたつと言えばみかんであり、みかんと言えばこたつなのだ。
玄はさっき皮を剥いたみかんを一つ手にとって、そのまま俺の口近くまで運んできた。
「はい、あーん」
「あーん」
ぱくっ。
玄の手で運ばれてきたみかんを、俺は顔を持っていってそのまま口に咥えた。
その際に、玄の指先まで一緒に口に入ってしまった。
「きゃっ。もぅお兄ちゃん、玄の指を食べるのはダメなのです!」
「悪い悪い。でも美味しかったぞ」
「うぅ〜、お兄ちゃんのばかっ」
顔を赤くして玄はそっぽ向いてしまう。
「玄ちゃーん、私もみかん食べたいな〜」
「お姉ちゃんっ! じゃあ私が食べさせてあげる!」
おっとりとした口調で宥がそう言うと、玄はパアッと元気を取り戻して、みかんを一つ手に持つ。
「お姉ちゃん、あーん」
「あーんっ」
妹から差し出されたみかんを咥える姉。
玄と宥は本当に仲の良い姉妹で、こういう光景は見ていて微笑ましい。
幸せそうにみかんを食べる宥を見ていると、俺の視線に気付いたのか、宥がきょとんと目を丸くして不思議そうに俺を見た。
「お兄ちゃん、まだみかん食べる?」
「食べる」
今度は宥がみかんを一つ手にとって、
「はい、あーん」
「あーん」
ぱくっ。
玄の時と同じように、差し出されたみかんと一緒に指も咥えてしまう。
「きゃっ。もぅ……めっ」
顔を赤くさせながら、宥はいたずらっ子を叱るようにそう言った。
その姿が可愛らしくて、自然と頬が緩んでしまう。
「あー! お兄ちゃん、お姉ちゃんにみかん食べさせてもらってえっちな顔してるー!」
「玄、これは違うんだ。みかんが美味しくてだな」
そう弁明するが玄はキャーキャーと騒ぎ立てる。そんな中、宥はずっと顔を真っ赤にして俯いていた。
こたつがちょっと暑いのかな?
数分かけて玄を落ち着かせると、再びまったりとした時間がやって来た。
「暇だな〜」
「そうだね〜」
「こたつあったかいね〜」
こたつに入りながら、テレビのお笑い番組をだらだらと見る。そんな風に時間を持て余すことに、平和を感じずにはいられない。
これから先もずっと、こんな時間が続けばいいのに。
「麻雀する〜?」
お笑い番組に飽きたのか、玄が唐突に尋ねた。
「えー、三人しかいないじゃん。別にこのままだらだら過ごすのも悪くないし」
「それもそうだね〜」
そう言って、玄は再びテレビに視線を向けた。
夕飯に呼ばれるまで、俺と松実姉妹はずっとこたつでまったり過ごしていた。
* * *
「はぁ〜、いい湯だな〜」
夕飯を済ませると、俺は松実館の大浴場にやって来た。
泊まり客の入浴時間はとっくのとうに終わっていて、住み込みで働いている俺はこうして浴場の営業時間外に入浴させてもらっている。
若干熱めの湯が疲れた体に染み渡る。
働いた後の風呂には、何度入っても癒される。
そろそろ体を洗おうと、浴槽から出る。
――ガラガラ。
浴場入口の戸が引かれた。
「お姉ちゃーん、早く早く!」
「ま、待ってよ玄ちゃーん」
聞こえるのは玄と宥の声。
なんだ、二人も風呂に入りに来たのか……
――玄と宥!?
「きゃぁぁっ!! な、なんでお兄ちゃんが女湯にいるのです!?」
「お、お兄ちゃん……女湯に入る趣味があったの?」
姿を隠す暇もなく、体を洗っているところを玄と宥にあえなく見つかった。
幸いなことに、二人とも体にタオルを巻いていて、大事なところは見えないようになっている。
「二人こそなんで入ってくるんだよ! ここ男湯だろ!?」
そう。ここは男湯のはずだ。
入る時にきちんと確認した。
「えぇっ!? 私達が入る時は女湯だったよ!」
なんだよ、この良くあるテンプレ展開は。
「すまん。すぐ出るわ」
タオルで大事なところを隠して、風呂から出るため立ち上がろうとする。
――ガシッ。
肩を押さえつけられて、立てなかった。
見ると、玄と宥がそれぞれ両手で俺の肩を押さえつけていた。
「……あの、そう押さえられると出れないんだけど……」
頼むから、手を離してほしい。
「せっかくだから、お兄ちゃんと一緒にお風呂入りたいなぁ……なんて」
「お兄ちゃん、一緒にあったかくなろ?」
縋るような視線を向けられる。
くっ……そんな目をされたら断れないじゃないか。
「……わかったよ。先に体洗うから、それまで待っててくれ」
はーいと言って玄と宥は湯槽に浸かりに行った。
二人の楽しげな会話を聞きながら、俺は入念に体を洗っていく。これから玄と宥の二人と入浴すると思うと、いつもより丁寧に洗わざるを得なかった。
体を洗い終えて腰にタオルを巻き、二人の待つ湯槽に向かう。
「お待たせ」
「お兄ちゃーん、早く入ろっ!」
玄が急かす。
「あったかいよ〜」
宥はそう言いながら、玄の隣から少し横にずれた。
玄と宥、二人の間にスペースが空く。ちょうど、人が一人すっぽり入りそうな空間。
まさかとは思うが――
「お兄ちゃん、ほら。玄ちゃんと私の間、空いてるよ?」
やっぱりかぁぁぁぁ!!
「お兄ちゃん、早くするのです!」
声を大きくする玄。
いや、さすがに二人の間に入るのは無理があるんじゃないか。
迷っている間にも、宥と玄はジーッと俺を見つめてくる。
だから、その目は反則だって……。
もう、覚悟を決めるしかなかった。
「それじゃあ……お邪魔します」
――ちゃぷん。
湯槽に浸かる。
「はぁ~」
「お兄ちゃん、あったかい?」
「うんうん、あったかいなぁ~」
「ふふっ、私もあったかいよ~」
本当、あったかい。あったかいぐらいしか考えられない位、あったかい。
緊張して、もはや思考が停止していた。
「いい湯だね~」
「そうだな〜」
「あったか〜い」
意味をなさない会話の応酬。
湯槽に浸かりながら、幸せそうに顔を綻ばせる宥と玄を見ると、こっちまで幸せな気分になっていく。
ああ、いい湯だなぁ。
* * *
風呂から上がって時間も経つと、いよいよ就寝時間がやってきた。
旅館の朝は早い。
次の日に仕事があると昼までぐうたらと寝ているなんて出来ないので、前日はこうして早く寝なければならない。
ベッドに入ってそろそろ寝ようとしたその時。
――コン、コン。
扉を叩く音がした。
一体誰だ、こんな夜中に……。
「……はい」
扉を開ける。
そこにいたのは――
「……どうしたんだ、宥」
松実宥。
寝巻き姿の彼女は、ギュッと大切そうに枕を腕に抱え、その身を震わせていた。
「お兄ちゃん、あのね。寒くて眠れないから、その……一緒に寝てもいい?」
震えた声で、宥は上目遣いで見つめてくる。
暗くて表情がよく読み取れないが、その口調から本当に寒くて眠れないという事は十分に伝わった。
「あ、ああ。いいぞ」
「お兄ちゃん……ありがと」
部屋に宥を招き入れる。
宥は俺の服の裾をキュッと掴んで、俺のすぐ後ろをピッタリと歩いてくる。
あれ? これってよく考えたら、夜中に女の子を部屋に連れ込んでる状況だよな。
やばい、そう考えると途端に緊張してきた。心臓の鼓動が早くなる。
でも、寒がっている宥をこのまま返すわけにはいかない。一緒に寝てもいいと言ったからには、一緒に寝るしかないのだ。
「……じゃあ、寝ようか」
なるべく平静を装うように、声を抑えて言う。
「う、うん」
宥も少し緊張しているのか、それともやっぱり寒いのか、声が震えていた。
ベッドに視線を向ける。
すると、明らかな違和感があった。
布団がこんもりと盛り上がっていて、もぞもぞと動いている。
「お、お兄ちゃん。布団が動いてる……」
宥の口調は緊張や寒さとは違う、明らかな恐怖で震えていた。
「ま、任せろ。宥は離れていてくれ」
「う、うん」
宥がベッドから離れたのを確認して、俺は慎重な足取りでベッドに近づいていく。
そして、布団に手をかけて――
一気に捲った。
「ひゃっ」
宥の声じゃない。
聞こえたのは目の前、ベッドの上から。
布団を捲り上げ、そこにいたのは――
「お、お兄ちゃん……お姉ちゃん」
――玄だった。
「……何してるんだ、玄」
「く、玄ちゃん……?」
俺と宥に問いただされ、ベッドの上の玄は慌てたように弁明を始める。
「お、お兄ちゃんを驚かせようと思って、ベッドに忍び込んでいたのです!」
「いや、確かに驚いたけど……」
俺の驚いたという言葉を聞いて、玄はしたり顔を浮かべた。ドヤァ。
「それで、お姉ちゃんはどうしてお兄ちゃんの部屋にいるのです? それも枕を持って」
「えっとね。寒くて眠れないから、お兄ちゃんと一緒に寝ようと思ったの」
なんで正直に答える!?
そんな事言ったら玄は――
「そうなんだ! じゃあ私も一緒に寝てあげるよ、お姉ちゃん!」
ああ、やっぱり。こうなると思った。
「玄ちゃんも一緒だと、もっとあったかくなるねー」
布団の中にいたのが玄で、宥はホッと安堵の息を吐いてベッドに入っていく。
「お兄ちゃん……寝よ?」
「お、おう」
宥に言われるがまま、俺はベッドに入っていく。まさか自分のベッドに入るのに、こんなに緊張する事になるとは思ってもみなかった。
玄が奥、宥が手前のスペースに寝転がっていて、真ん中にポッカリと一人分のスペースが空いている。
なんか、さっき風呂場で見た光景だ。
いつまでも立ったままでいるわけにもいかないので、覚悟を決めてベッドに入り、仰向けになって寝転がる。
「えへへ、お兄ちゃーん」
左にいる玄が、嬉しそうに俺の左腕に自身の両腕を絡めてくる。
「お兄ちゃん……あったかい」
反対側にいる宥も、玄と同じように両腕を俺の右腕に絡める。
「お、おい二人とも……」
「おやすみです、お兄ちゃん」
「あったかい……おやすみ、お兄ちゃん」
玄と宥はそう言って目を閉じた。すると次の瞬間には左右から小さな寝息が聞こえた。
……寝るの早すぎるだろ。
両腕を二人にがっちりと掴まれ、動こうにも動けない。下手に動かしてしまうと二人を起こしてしまう。
それにさっきから、やたらと良い匂いが左右から漂っている。
少し柑橘系の香りのする、柔らかい匂い。
……って、これじゃあまるで変態みたいじゃないか。違うからな、玄と宥が可愛いのがいけないんだ。
そんな可愛い姉妹にサンドイッチされて、さっきから心臓がバクバク言っている。
最初は宥が寒くて眠れないと言うから一緒に寝てあげようとしたんだ。するとベッドに何故か玄が侵入していて。
本当……どうしてこうなった。
玄と宥にサンドイッチされて嬉しい気持ちと、何故こんな状況になったのかという戸惑いが入り混じる。
「……今夜は眠れそうにないな」
何にせよ、こんな状況では眠れそうにない。
玄と宥――松実姉妹が目を覚ますまで、おもちの数でも数えていよう。
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