国木田花丸と幼馴染
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紅玉少女との出会い
俺の幼馴染、国木田花丸には友達がいる。この言葉を聞いただけだと、何を当たり前のことを言っているんだと思うだろう。実際、俺もマルと幼馴染じゃなければそう思ったに違いない。
マルとは幼稚園の頃からの付き合いで、その時のマルにはひとり、よく一緒に遊んだ仲の良い友達がいた。だけど小学校に上がるとその子とは離れ離れになってしまい、それ以来マルは俺としか交友関係を持たなくなった。
中にはマルと仲良くなろうと近づいた女の子もいたのだが、マルはその子達とお近づきになろうとは思わなかったみたいで、俺と一緒にいることを選んだ。
一度、マルに他に友達を作らないのかと聞いたことがある。するとマルからは「ハルくんと一緒にいるときが一番楽しいずら」との答えが返ってきた。
男の幼馴染なんて実は嫌なんじゃないだろうかと心配していたので、幼馴染としてそう思ってくれていたことは素直に嬉しかった。俺もなんだかんだ言ってマルと過ごす時間は楽しい。
つまりマルは小学校入学から卒業まで、俺以外の友達を作らず俺とばかり過ごしてきた。俺はマル以外にも男女問わず沢山の友達を作ったけど、それに関してマルは何も言ってこなかった。休み時間に俺が他の友達と遊んでいるときは、マルは決まって図書室で本を読んでいた。
俺以外に友達がいない可哀想な女の子、それがマルなのである。もっと分かりやすく言うならばボッチだ。マルは一人の時間を好んでいるようだが、俺には到底理解できない。一人でいるより友達といる時間の方が楽しいと俺は思う。幼馴染なのに俺たちはまるで正反対の性格をしていた。
そんなボッチで可哀想なマルが中学生になってしばらくしたある日、友達ができたと嬉しそうに俺に報告してきた。聞くとマルからその子に声をかけて友達になったらしく、マルをよく知る俺からすれば天地がひっくり返るほど驚いた記憶がある。
マルによるとその友達は隣のクラスで、とても可愛い女の子だそうだ。人見知りで控えめな性格らしく、それを聞いた俺はマルと似たような女の子なんだなと思った。類は友を呼ぶとはよく言ったもので、やはり似た者同士どこか波長が合うところがあったのだろう。
当然幼馴染としては、小学校以来初めてできた俺以外の友達という存在がどのような人なのか気になるところではある。マルに紹介してほしいと頼んだところ、マルは頑なにそれを拒んだ。
理由を尋ねると「ハルくんを紹介したらきっと怖がっちゃうずら。ハルくん不良みたいな見た目してるし」だそうだ。不良みたいな見た目と幼馴染に言われた俺は深く傷ついた。
そんなことがあって俺はマルにできた友達という存在を、まだ一度もこの目で拝んだことが無かった。まあマルも俺に新しくできた友達を全部把握していないと思うので、それは仕方のないことだと思って諦めがついていた。
しかし俺の忘れかけていた好奇心は、思わぬ形で叶ってしまうのであった。
それは、新しい春がやって来た直後のこと。
満開の桜のもと、俺達はひとつ進級して中学三年生になった。気持ち新たに迎えた新学期の初日に、俺はずっと気になっていたマルの友達と邂逅を果たしたのであった。
そう、クラス替えである。
「またマルと同じクラスかよ……」
中学三年生になって迎えた新しい春。三年生の新しい教室で新しい顔ぶれとなったクラスメイトをちらほらと見かける。出席番号順に指定された新しい席に着いたはいいが、俺の右隣にいるその人物は古くからの付き合いである俺の幼馴染、マルであった。
「それはこっちのセリフずら。ハルくんとはこれで九年連続同じクラス、いい加減その顔も見飽きたずら」
「まったく同感だな」
ツンと澄ました表情で言ったマルの言葉には俺も激しく同意する。登下校で毎日顔を合わせるだけならまだしも、九年間もずっと同じクラスだなんてどう考えてもおかしい。
このような関係を幼馴染以外に「腐れ縁」とはよく言ったもので、どう考えても俺とマルは縁が腐っているとしか思えない。おかげで俺達が連続で同じクラスになった記録をまたひとつ更新してしまった。
マルの言葉はもっともで、登下校のみならず教室でも毎日顔を合わせるとなってくると流石に見飽きてしまうものだ。
「でも今日からルビィちゃんと同じクラスになるから、それだけは嬉しいずら!」
「ルビィちゃんって、黒澤ルビィか? そいつが前に言ってた新しくできた友達?」
マルの口から初めて聞かされたその人物の名前を、マルは嬉しそうな表情で言った。以前にマルに友達ができたと聞いたことがあったので、そうではないかと尋ねてみた。
「ずら! ハルくん、ルビィちゃんのこと知ってるずら?」
「同じ学校で同じ学年だぞ。話したことはないけどどの子なのかは分かる」
「なるほどずら」
知り合いでなくとも、同じ学年にいる同学年の人の顔と名前をなんとなく思い浮かべることはそう難しくない。内浦のような田舎の中学校だと生徒数も少ないので、三年生ともなれば同期のことは嫌でも覚えてしまうというものだ。
俺から見た黒澤ルビィは、マルと似て真面目で大人しい人物という印象だ。普通だとそのような人のことを俺は覚えるのが苦手なのだけれど、黒澤ルビィに至っては別であった。
その要因のひとつとして、ルビィという独特の名前。最近は少し変わった名前――いわゆるキラキラネーム――が流行っているらしく、俺の友達にも何人かキラキラネームの奴がいる。だけどルビィという名前を中学一年で初めて見かけたときは、数あるキラキラネームの中でも更に個性的だったので、強く印象に残っていた。
その黒澤ルビィがどのような人物なのか中学一年の俺は気になり、黒澤ルビィのいる隣のクラスまで出向き、友達と会話しながら俺は顔も知らない黒澤ルビィを探したのだ。だけど自力で見つけられるはずもなく、仕方なくその友達に黒澤ルビィはどの人なのか教えてもらったのだ。
その友達にあとで気があるのかとからかわれることになったのだが、それは置いておくとして。
ルビィという名に恥じない、燃えるように鮮やかな紅色のツインテール。気の弱そうな童顔は同じ中学一年というより小学生のようだった。それがその時俺が初めて黒澤ルビィを見たときの印象だった。紅髪のツインテールなんて名前以上に強烈な特徴だったので、今もなお強く記憶に残っている。
「あっ、ルビィちゃーん! おはようずら!」
噂をすればなんとやら。教室におどおどしく入ってきた黒澤ルビィを見つけたマルは、彼女に声をかけた。その声に気がついた黒澤ルビィはパッと顔をあげると、足早にマルのもとへとやって来た。
「花丸ちゃんおはよう! 今日から同じクラスだね!」
「うんうん! ルビィちゃんと同じクラスになれてマルは嬉しいずら!」
「ルビィも、花丸ちゃんと同じクラスになれて嬉しい!」
マルが黒澤ルビィと親しげに会話しているのを見て、なんだか胸がジーンと熱くなる。今までマルは俺の他に友達と呼べる存在がいなかったので、こういった場面に出くわすのはこれが初めてだ。
「そうだ、ルビィちゃんに紹介するずら! この男の人がマルの幼馴染のハルくんずら! で、ハルくん。マルの友達の黒澤ルビィちゃんずら」
「どうも。マルの幼馴染の榎本陽輝です。マルがいつもお世話になってます」
「お、男の人……ぴ、ピギィ……」
紹介されたので黒澤に挨拶をする。しておいて何だが、こういった形式張ったものは苦手なので背中がむず痒い。しかし黒澤とは初対面なことに加え、あまりフランクすぎるのが黒澤は苦手そうなので、堅い挨拶をせざるを得なかった。
「く、くくく黒澤……ピギィ……」
「ルビィちゃん、頑張るずら!」
黒澤が俺に向かって何かを言おうとしているが、その途中で言葉に詰まって項垂れてしまった。
「なぁマル、黒澤の奴どうしたんだ?」
「ルビィちゃん、極度の人見知りずら」
「あー……たしかにそんな感じだな」
俺はマルに近づいて耳元で小さく問いかけると、マルも黒澤に聞こえないよう俺の耳元で小さく答えてくれた。どうやら黒澤は人見知りらしい。改めて黒澤を見てみると、身体がカチコチに固まっていて視線も泳いでいる。これは重症だな。
黒澤ほどではないがマルも人見知りだったりする。黒澤と友達になるまでは、俺以外の友達は幼稚園の頃にひとりいただけ。マルの場合、初対面の人との会話に問題はないが、自分が興味のない相手への対応が素っ気ない。人見知りというより、相手を選んでいるという方が正しいのかもしれない。
「く、黒澤、ルビィです! よ、よろしくお願いしましゅ!」
しばらく待っていると、黒澤から挨拶が返ってきた。残念なことに最後の最後で噛んでしまって黒澤はガックリと肩を落としてしまう。だけど、一生懸命なところはきちんと伝わってきた。
「よろしくな、黒澤」
幼稚園以来マルに初めてできた友達、黒澤ルビィ。以前から俺が一方的に知ってはいたけど、今日初めて彼女と会話してもっと仲良くなりたいと思った。そんな意味を込めて、俺は黒澤の手をとって握手をした。
「ピ……」
「ずら」
黒澤の身体がピタリと硬直した。それを見てマルは、口癖だけをその場に残して耳を手で塞いだ。俺はマルが耳を塞いだ意図が理解できず、黒澤の手を握ったまま何もしなかった。
すると、黒澤の顔がみるみるうちに真っ赤に染まっていき――。
「ピギィーーーーーー!!」
大きな悲鳴をあげた。
教室中にその悲鳴は響き渡り、何事かと思ったクラス中の視線が一斉に俺に向けられる。好奇心から興味深く視線を送る人もいれば、中にはまるで俺を犯罪者のように軽蔑する視線を向けてくる人もいた。
「く、黒澤!?」
「だから、ルビィちゃんは極度の人見知りだって言ったずら……」
「握手しただけで叫ぶほどの!? ちょっ黒澤、頼むからあまり叫ばないでくれ! 俺があらぬ誤解を受けてしまうから!」
「もう遅いずら」
「知ってたなら止めてくれよーー!!」
黒澤の叫び声と共に、俺の悲痛な叫び声も教室中に響き渡る。中学三年生になってまだ初日だというのに、今日初めて顔を合わせたクラスメイトの俺に対するイメージは最悪となったことだろう。
だけど、黒澤と仲良くなりたいと思った俺の気持ちは本物だった。マルの友達だからという理由もあるが、それ以上に黒澤が魅力的な人だと思ったからだ。
仲良くなるには前途多難すぎる気がするが、俺にはなぜか黒澤と仲良くなれそうな予感があった。それは、黒澤の友達であり俺の幼馴染、マルの存在があったからだと思う。
初対面でいきなり友達になろうとしたのが間違いだった。慌てずに、少しずつ黒澤との距離を縮めていければいい。きっと黒澤はマルと一緒にいることが多いだろうから、そのときに会話に混ぜてもらおう。
中学三年生になったばかりのこの日。俺はマルの友達、黒澤ルビィという女の子に出会った。最初の一歩は失敗に終わってしまったけど、また新しい一歩を踏み出していけばいい。
これからの中学生活最後の一年間は、今までで一番楽しい一年になりそうな予感がしていた。
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