ガンダム00 SS
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ep4 軍人として……
前書き
2ndの中盤に登場したパング・ハーキュリー大佐が登場します。
彼は1stには出てきませんでしたが、今回は人革軍実動部隊の指令官という肩書きを背負わせ、あったかもしれない話を描きました。
西暦2307年 人革連領 パキスタン
「インドのタール砂漠の兵站基地に向かう。あそこならMSの修復ができる」
パング・ハーキュリーは大型輸送機のメインブリッジからオペレーターたちに指示を出した。それから、右手前の席に座る副官に声をかける。
「少佐、各MSの機体状況は上がってきているか?」
「はッ。第1小隊は3機中1機が戦闘不能、第2小隊は全機が小破しています。しかし、パイロットに異常はありません。以上です」
「了解した」
本当なら、この部隊は9機のMSを有していた。それが先の戦闘によって4機も落とされ、残機も損傷している。
現在飛んでいる地点はパキスタン東部で、これから向かうインドのタール兵站基地まではもう少し時間がかかる。それでも補給は必至だ。このままでは帰還できずに戦闘地帯でのたれ死ぬことになりかねない。
副官がハーキュリーの方に振り返った。
「何だね?」
「インドの国境を超えました。艦長、少しお休みされてはどうですか」
「そうだな……。では、お言葉に甘えても良いか?」
「もちろんです。ここは私にお任せ下さい」
「ありがとう。では頼む」
ハーキュリーは副官に敬礼し、ブリッジを辞した。彼はいつでも冷静で、確かな助言やフォローをハーキュリーにもたらしてくれる。
ふと、ハーキュリーの脳裏に戦友の顔が浮かんだ。顔に傷をつけた、大きな体躯の戦友ーー。
ーー奴の優秀さには敵わないがな。
先日、宇宙でセルゲイ・スミルノフ中佐が指揮を取ったガンダム鹵獲作戦が行われた。作戦は失敗に終わったとはいえ、彼がソレスタルビーイングを一時的に追い詰めたのは確かだ。
ハーキュリーは自室に入り、備えつけのベッドに身体を預けた。疲労と緊張緩和のせいで眠気がぐわっと身体を支配する。彼は慌てて時計のタイマーを1時間後にセットしておく。
ーー良識ある市民とそ生活を守り、社会の不安分子を取り除く。奴はその前線に立って、敵と戦っている。
ーー奴にはなれないが、俺も軍人としての責務を果たさねば……。
やがてハーキュリーの意識は睡眠欲の中で混濁を始め、そのまま沈んでいった。
ピピッという単調な音の連続がハーキュリーの聴覚を刺激する。彼はタイマーを止め、身体を起こした。
自室を出たときハーキュリーが気づいたのは、輸送機のエンジンが止まっていたことだった。基地に到着しているようだ。
ハーキュリーは足早にブリッジへ向かいながら、軍用携帯機器で副官を呼び出す。
副官はワンコールで繋がった。
「そちらへ向かっている。基地へは着いているんだな?」
『はい。こちらは異常なく基地へ進入し、補給を受けています。また……』
だが、副官の次の言葉は基地の緊急ブザーによってかき消された。
けたたましく鳴るその音に、ハーキュリーは思わず頭上を見てしまう。
副官の声が聞こえてくる。
『ただいま確認しました。10時の方向より所属不明の機影あり。MS6機と軍用ホバー車両が8台。艦長、彼らは恐らく……』
敵の戦力と出現した方向から、副官が何を言おうとしているのか、ハーキュリーは察した。
「敵はパキスタンから敗走してくる我々を見ていたのか。それに最近、この一帯では小・中規模の中継基地が襲われている話を聞いた……」
そのとき、輸送機の外から基地オペレーターのアナウンスがぼんやりと聞こえてきた。
『当基地に向けて進行する所属不明の部隊を確認。MS部隊は出撃し、これを撃破せよ。繰り返す……』
ハーキュリーはそれを聞いて顔をしかめる。
「無茶だ。この基地に大した戦力はないはず。相手は恐らく盗賊だぞ」
太陽光発電の恩恵を受けず、自国の化石燃料に頼ってきた中東各国は貧窮しており、軍や公安職の機能はまともに働いていない。そのため、自らが生き延びるために所属する軍を離脱し、徒党を組んで敵基地を襲撃する盗賊が少数ほど存在している。
ハーキュリーはブリッジに向かわず、外が見えるデッキへ駆けた。窓の外では、基地から出撃するアンフ4機が敵の方角に向けて進んでいる。
「少佐。確かこの基地の裏手は砂漠が終わり、市街地があったはずだな」
『はい。民間人が住む地方の街になっています』
「こちらの部隊でMSは出せるか?このままでは基地は愚か、市街地もやられかねない」
副官の言葉が一瞬途切れる。それからすぐにレスポンスがあった。
『第2小隊は破損個所を換装しました。第1小隊の2機も各部の予備パーツを取りつけています。しかし、全機ともメカニックの最終チェックがされておらず、安全性は確保できません』
「なるほど……」
『機体のメンテナンスをしていない以上、戦闘中に予期せぬ事態が発生する可能性があります。最悪の場合、行動不能になることも……』
ハーキュリーは副官の現実的な懸念に言葉を詰まらせる。彼の分析は正しく、味方を危険に晒すのは明白だ。
ーー昔も似たようなことがあった。太陽光発電紛争時の軌道エレベーター防衛戦……。
ーーあのときは相方がいたが。
味方の安全を確保するか、軌道エレベーターとそれを建設する技術者たちを守るか。ハーキュリーは、味方の撤退を支持した。だが、相方はあのとき、軍人としての任務を下した。
ーー完璧な正解はないと思う。ただ、私は軍人として、市民を守る義務が優先するべきだと考える。
ハーキュリーは自身の中で固まった指示を副官に発した。
「承知している。だがアンフ4機で対応するのもまた兵を悪戯に死なせるだけだ。ここは我々も市街地防衛のためにMSを発進させる」
『了解しました。……たった今、基地管制室より通達あり。出撃要請です』
「要請受領確認。出撃の旨を伝えた後、MSを発進させる」
『了解いたしました』
やがて、輸送機側からMS5機が出現する。また、基地管内に設置されたミサイル発射台が口を開け、迎撃態勢に入った。
そこで、ハーキュリーに1本の連絡がきた。それは兵站基地管制室の指揮官からだった。
『ハーキュリー中佐。部隊の出撃要請受領を感謝する』
「当然のことです。我々には、そうする義務があります。良識ある市民を守り、紛争の抑止力となる我々軍隊の……』
ハーキュリーは通信を切り、ブリッジへ走った。友軍の部隊がもう少しで敵に接触する頃合いだ。
守るための戦いはもう少しで始まろうとしている。
終
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