魔法少女リリカルなのは『絶対零度の魔導師』
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アージェント 〜時の凍りし世界〜
第三章 《氷獄に彷徨う咎人》
舞うは雪、流れるは雲②
前書き
今回は少し短めに……
「おっ、りゃあああ!!」
「ハァァァッ!!」
「………………シッ!!」
三者三様の気合いを迸らせつつ、剣と槍が、また鎚と槍が交わる。その度に轟音と、衝撃と、破壊が繰り返され、既に屋敷の内部に無事な部屋など無かった。
「私とヴィータを同時に相手取って互角か。自信家という訳では無いが、気に食わんな。」
「そう悲観するな。一対一でも展開は変わらん。俺は負けない戦いが得意なだけだ。」
三人共未だ目立ったダメージは無い。有効打が一撃も入らないのだ。二人同時に仕掛けているのだから隙はそれなりにあるのだが、絶妙のタイミングで形成される氷の刃が追撃を阻む。超至近距離での戦闘でありながら射撃を使いこなし、騎士と同等クラスの槍術を振るう。こんなタイプの魔導士は、シグナムやヴィータの長い戦歴にもいなかった。
否、はるか昔、一人だけいたような気もするが、あまりにも遠く遥かな記憶で、誰だったのか思い出せない。そもそもそんな暇は無い。
「ええぃ、しゃらくせぇ!!」
ヴィータの渾身の一撃を、暁人はハンマーの柄の部分に槍を打ち込んで止める。遠心力を利用するこの手の長柄武器は先端に威力が集中するため、下手に退くよりは前に出た方がダメージを抑えられる事が多い。
「くそっ!いい加減……吹っ飛べ!!」
しかしヴィータは受け止められたグラーフアイゼンを力任せに振り抜き、暁人を弾き飛ばす。これは想定外だったのか暁人がバランスを崩す。それは、逃すにはあまりにも惜しい隙であった。
「そこだッ!!」
シグナムの一閃。狙い澄ました一撃が暁人の胴部を正確に捉える。この戦闘が始まってから、両者間で最初のクリーンヒットだった。
避けられないと悟った暁人が瞬時に体を捻り、衝撃を逃がす。大したダメージにはならなかったが、均衡は確かに崩れた。
「っ……流石に無謀が過ぎたか。」
「随分チョーシこいてくれたからなぁ……覚悟しろ!!」
体勢を建て直す暁人に鉄槌を振りかざして宣言するヴィータ。シグナムの剣も油断なく向けられている。しかし、暁人に怯む様子は無い。氷の刃を構え、重心を落とす。
「次は……こっちから仕掛けるか。」
言うが早いが、鋭い刺突がヴィータを襲う。弾くのはそう難しく無かったが、直ぐ様引き戻された穂先が連続してヴィータに迫る。よくよく見れば、そのスピードは圧倒的なものではなく、一撃がそれほど重い訳でも無い。反撃に出ようと思えば出られる筈なのだが、何故か出来ない。
行動を起こそうとする度にその起点を正確に潰される。あるいはその瞬間に予測から外れた動きをされる。その為に、反撃の糸口を掴めず、防戦一方となるヴィータ。
「ッ……技量で負けてるってのか、アタシが!?」
暁人はあくまで冷徹に、事前に打ち合わせた結果をなぞるように、予定調和の応酬でヴィータを追い詰めていく。淡々と槍と化したハボクックを振るうその姿には、ある種作業的な趣さえある。
しかし、
「忘れてもらっては困るな。」
そう、この場は二対一。一方だけを抑えようとも意味は無いのだ。シグナムの一撃が暁人を捉えるーーーその寸前でシグナムの剣が引かれる。
「……気付いたか。」
大した驚きも無く、事実を確認するように呟く暁人。シグナムが踏み出したその一歩先に、床板を突き破って氷の槍が林立していた。
「罠、か。用意しているとは思っていたがな。」
「言った筈だ。接待の用意は済ませてある、と。」
追撃の手を緩め、暁人が答える。相手が攻撃を止めた事を不審に思いつつ、ヴィータも一度距離を置き、シグナムの隣に並び立つ。
「さて……調子の確認も済んだからな。そろそろお引き取り願おうか。」
「はっ!そう言われて素直に帰れるか!」
「……だと思うから、玄関まで送ろう。」
暁人はそう言うが否や指を鳴らす。シグナム達に四方八方から氷の刃が降り注ぐまで、そこから一秒も掛からなかった。
「ハァッ!!」
「フンッ!!」
木々の隙間を縫って仕掛けたミミの踵落とし。それを両腕をクロスさせて受け止めるザフィーラ。衝突は衝撃を生み、周囲の雪を舞い上げる。
「ぐっ!?」
均衡が崩れたのはザフィーラの方であった。パワー負けしている訳では無いが、足元が雪原ではいつもの様な踏ん張りが利かない。彼とて雪中での戦闘経験が無い訳では無いが、むしろ雪中が本領とも言えるミミ相手には、流石に一歩劣る。
シャマルが適宜魔力弾で支援しているが、木々の遮蔽と、何より舞い上げられる雪が目隠しとなり、標的を捉える事が出来ない。一方のミミはその優れた聴覚によって二人を常に捕捉し続けており、殆ど一方的な攻撃を繰り返していた。
「……これ程とはな。」
ザフィーラが低い声で漏らす。暁人の戦闘能力については、事前に映像も見ており十分に警戒していた。しかし、ミミについては戦闘の情報は全く無く、唯一ウサギベースの使い魔である事が判明しているだけであった。
「御存知無かったでしょうが、御主人様の鍛練の相手は私が務めているんです。そのつもりで掛からないとーーー」
そこまで言いかけたミミの姿が掻き消える。爆煙の様に広がった雪を残して。
ザフィーラが間に合ったのは、守護獣として積み重ねてきた膨大な戦闘経験が警鐘を鳴らした為だ。殆ど反射的に振り返ると、既に眼前にまでミミの蹴りが迫っていた。
「ーーー怪我では済みませんよ?」
辛うじて防御魔法を展開し、受け止める。瞬間的にではあるが、フェイトにも匹敵する加速を見せたミミは、再びの激突に飛散する雪に紛れ距離をとる。
「っ!?逃がさない!!」
シャマルが探知魔法を使い、ミミの位置を探る。が、分かったところで機動力の差は歴然であり、ザフィーラの採れる戦術もカウンター頼みだけとなる。
しかし、ザフィーラは決して不利とは考えなかった。そもそも彼は盾の守護獣。後手を制する事こそ彼の本領。そういった意味では、今の状況もそう代わり映えはしない。まして、相手の攻撃は防げる。ならば、相手が根負けするまで防ぎきる。それでこその守護獣である。
他方、ミミには焦りがあった。元々、ミミの魔力量はそこまで多くない。無論、主である暁人から供給してもらう事も出来るが、その暁人も強敵と対峙しているであろう現在、その手はとれない。
で、ある以上は、遠からず限界が来る事をミミは分かっている。と、なれば、それ以前にあの二人を降さねばならない。しかし、ザフィーラの予想以上の防御力に対し、決して楽観は出来なかった。
「………それなら、」
ミミが方針を固める。いつまでも有利が続かないのなら、有利な内に最大火力で沈める。ザフィーラさえ仕留めれば、シャマル単独ではミミに太刀打ちは出来ない。
「ム………!」
足を止め、その場に蹲るミミ。仕掛けてくる、そう直感したザフィーラは魔法陣を展開し、防御姿勢にはいる。
爆音。
降り積もった深雪を蹴散らし、一発の砲弾と化したミミがザフィーラに突貫する。目にも留まらぬその速度に、しかしザフィーラはピンポイントでタイミングを合わせてガードしている。
そして、何度目とも知れない激突の衝撃がーーーーー訪れなかった。
直前で真上に跳躍したミミ。再び爆発めいた風圧で雪が舞い、彼女の行方を覆い隠す。空中で一回転したミミは鉛直にザフィーラを見下ろす。そして、上方向の勢いの消えない内に虚空に壁を作り、思い切り蹴飛ばした。
再度加速するミミ。重力の恩恵を受けた彼女は流星もかくやという速度でザフィーラに迫る。それは、無音なのでは無く、相手が音を聞くより疾く、沈黙へと誘うことから名付けられた一撃。
ーーーーー《サイレント・アヴァランチ》
そして、世界から音が消えた。
屋敷は既にその原型を留めてはいなかった。無数の氷の刃に貫かれ、引き裂かれ、見る影も無い程に破壊し尽くされている。その瓦礫の上で暁人は、十数メートル先に立つ二人の守護騎士に内心称賛を送っていた。
暁人が家に仕込んでおいた罠はシンプル。家中の至る所に仕掛けた魔法陣から、任意のタイミングで氷の槍を射出する罠。その全てを一点に集中させて斉射したのだ。
これで倒せるとも思っていなかったが、生まれるであろう隙をついて片方は墜とそうと考えていた暁人だが、その目論みは早々に潰えた。
ヴィータが咄嗟の判断で床にハンマーを叩き付け、瓦礫を巻き上げて盾としたのだ。無論、全て防がれた訳では無いが、迂闊に近付く事も出来ず、費用対効果が釣り合わない結果になったのは確かだった。
「……甘く見過ぎていたか。」
内心に生じていた僅かな慢心を戒める暁人。そして、
「くそっ!メンドクセーこと………うわっ!?」
「ぐっ!?これでは……」
そして、一切の容赦も、手加減もせず、一気に決着をつける事に決めた。
暁人の攻撃は単純。氷の剣をひたすらに展開しては投射し続けているだけだ。魔力消費を抑える為に強度は最小限。しかし、その剣の鋭さと命中率が依存するのは、魔力量ではなく操作精度だ。
精密な魔力制御により、極限まで薄く、鋭く鍛えられた氷の刃が、数えるのも馬鹿らしい程の束になって襲いかかる。その一振り一振りがまるで別の生き物であるかの如く全く異なる軌道を描く。
最早暁人には、相手に何もさせる気は無かった。行動する隙を、選択の余地を、ただ淡々と奪い、潰し、封殺する。それが白峰暁人という魔導士の本来のスタイルだ。
相手を強制的に自身のフィールドに引きずり込み、戦術的に優位に立ち、リスクを極力減らし、時に強引に、時に柔軟に、あらゆる戦法をフレキシブルに組み上げる。神算鬼謀の白銀の皇帝。それこそが、アージェント式魔導士の在るべき姿であった。
だがしかし、相手は百戦錬磨の守護騎士達。この程度の苦境など、数えきれぬ程に越えてきた猛者達である。当然、このままでは終わる筈も無い。
「くっ……《シュランゲバイゼン》!」
連結剣へと姿を変えたレヴァンティンが、縦横から襲い来る刃を弾き飛ばす。暁人が短い舌打ちを漏らすのと、ヴィータがその間隙を縫って飛び出すのはほぼ同時。
「アイゼン!!」
グラーフアイゼンがカートリッジを吐き出し、その形状が変化する。柄のついたドリルの後部にブースターという見るからに物騒なそれを点火し、一瞬で間合いを詰めるヴィータ。
「これでも……喰らいやがれぇぇぇ!!」
「っ、ぐぉぉお!?」
凄まじいインパクトに弾き飛ばされつつも、どうにか中空へと威力を逸らした暁人。しかし、体勢を崩した暁人に、次なる一手を防ぐ手立ては無かった。
「ーー《飛竜一閃》!!」
焔を纏ったその一撃は、竜の尾の如く周囲を薙ぎ払い、暁人もモロに直撃を浴びた。
「ーーガッ!?」
ガードは出来ていない。並みの魔導士なら意識すら保てない一閃に弾き飛ばされ、暁人は雪原に叩き付けられる。
「っ……効いたぁ……あ?」
そこでは終わらない。既にヴィータが暁人の上空に移動し、巨大化したグラーフアイゼンを振りかぶっている。
「轟天爆砕!!」
カートリッジが排出され、さらに巨大化。一帯ごと押し潰せる様なそれに、さしもの暁人も顔を蒼くする。
「しまっ……!?」
「《ギガントシュラーク》ッ!!!」
回避……不可能。防御……不可能。ならば、
反撃……………可能。
「オ、オオオオオオッ!!」
滅多に見せない暁人の雄叫び。ハボクックに流し込まれた膨大な魔力が先端の一点に圧縮され、次の瞬間、より長大で密な氷の刃が形成される。フェイトのザンバーにも匹敵するサイズのそれに、暁人はカートリッジも併用して、さらなる魔力を注ぎ込む。
「あまり、力押しは好きじゃないが……形振り構ってもいられないからな………!!」
解放された魔力は、百メートルに達しようかという馬鹿馬鹿しいサイズの刃を為し、その全体に濃密な魔力を纏わせている。
「………《アンサラー》!!」
回答者の意を持つ聖剣の名を冠した一撃は、正しく暁人の答え、覚悟を示した魔法だ。決して阻む事の叶わぬこの刃は、純粋な質量だけでも次元航行艦を一撃で破壊するだけの威力を秘める。
敵対するものは容赦なく打ち砕く。暁人のそんな思いから産み出された切り札の一つであった。
カートリッジ五発、残留魔力の七割という莫大な消費と引き換えに手に入れるのは、絶対的な攻撃力。
横薙ぎに振るわれたそれは、ヴィータのギガントシュラークをいとも容易く弾き返した。
「嘘だろ!?」
「っ!ヴィータ!!」
信じられない様に呆然と立ち竦むヴィータ。シグナムがその腕を掴み、自分の方に引き寄せる。
「ハァァァッ!!」
そこに振り下ろされる氷刃。雪煙を巻き上げ、轟音が大気を揺らす。常識的に考えれば取り回しの悪いその刃の隙を狙えば良いのだが、暁人から放たれる言い知れない“圧”が、二人にその選択肢を選ばせなかった。
そして数秒後、二人はその選択が正しかった事を知る。振り下ろされた刃が、そのサイズからはあり得ない速度で引き戻され、再び薙ぎ払われたからだ。明らかに異常な剣速は、しかし実にシンプルかつ原始的な方法によって産み出されていた。
暁人は斬撃に合わせ、刀身からジェット噴射の様に魔力を放出しているのだ。非常識な速度で振るわれる、非常識な攻撃力。正面からぶつかって勝てるモノでは無い。
ある時は緻密に、またある時は豪快に。常にその場の“最善”を実行する。それが白峰暁人という魔導士であった。
「ヴィータ!シグナム!」
離れた場所から戦場を見守っていたはやては、暁人の猛攻に晒される二人を見て思わず声を上げる。だが、
『問題ありません。主は術式の完成を。』
『そーだぞはやて。これくらい、アタシらだけでどーにでも出来る。』
「っ………」
広域魔法を準備しているはやては動けない。よしんば動けたとしても、暁人に気取られないようかなり離れていたはやてでは、すぐに駆け付ける事は出来ない。そんな主の心情を察したのか、シグナムとヴィータが次々に念話を入れた。
「……分かった。みんなを信じる。でも、無理したらアカンで。」
短い沈黙の後にそう答えると、はやては再び魔力の制御に集中する。既に魔法は八割方完成しており、後は狙いを定めて放つだけだ。
「リィン、サポート頼むで。」
「お任せです!」
「「ユニゾン・イン!!」」
隣を飛んでいたリィンフォース・ツヴァイとユニゾンし、その補助を受けて照準を合わせる。
「後は撃つだけ……頼むで、皆。」
はやての背後には巨大な魔法陣が展開され、膨大な魔力が解放の時を待っていた。
後書き
アンサラーはフラガラッハの英名です。まあ元ネタはそれだけじゃ無いんですが。サイレント・アヴァランチと言えば……ねぇ?
次回でVSヴォルケンリッターは一段落つけようかと思います。
次回予告
暁人の“切り札”に、徐々に劣勢に追い込まれていくシグナムらヴォルケンリッター。しかし、彼らもまた、主であるはやての魔法を徹すべく、決死の反撃を試みていた。
解放される魔力。両者の激突がもたらすものとは果たして………
一方アースラでは、判明した思わぬ情報を元に、クロノがある人物の元へと赴こうとしていた。
次回《舞うは雪、流れるは雲③》
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