魔法少女リリカルなのは『絶対零度の魔導師』
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アージェント 〜時の凍りし世界〜
第三章 《氷獄に彷徨う咎人》
舞うは雪、流れるは雲①
「…………ふう。」
深夜。明かりの落とされたその部屋には、複数の仰々しい機械のランプで照らされた暁人の姿がある。ホロモニターを睨みながら手元のキーボードを叩いたかと思えば、両手を工具に持ち替え、なにやら弄り回している。
「………よし、これで……」
〈Sir,Overwork is not good.〉
「分かってる。システムチェックだけだ。」
そういって何かの装置のスイッチを入れる暁人。同時に、モニターにグラフが現れ、複数の波形が映し出された。
最初はバラバラだった波形は、ゆっくりと同調していき、やがて全く同一の波長、同一の振幅、同一の周期に安定する。
「………成功だ。」
満足気にそれだけ呟くと、装置のスイッチを落とし、データを保存した上で稼働していた機械全ての電源を切った。
「これで……残り1ピースだ。」
「「「拠点が見つかった!?」」」
「うぉっ!?」
所変わってアースラの艦長室。そこでは、クロノに詰め寄るなのは、フェイト、はやての三人と、詰め寄られて後ろに仰け反ったクロノの姿があった。
「あ、ああ。奴がこれまで逃亡した方向と魔力の残滓、それらを元に計算した結果……」
そう言うとクロノは端末を取り出し、何かを入力した後三人に見せる。それはアージェント辺境部の地図であり、中心に赤い円が描かれている。
「奴はこの周辺に潜伏しているらしい事が分かった。」
決して狭くは無いが広くも無いその範囲には、一つの集落が含まれている。
「取り敢えずこの村を拠点に周辺を捜索する。奴も人である以上、人里からそう遠くには居れない筈だ。」
「ここに行けばあの人がいるんだね……!」
「うん、次こそ………」
「絶対に捕まえたるでぇ………!!」
クロノの言葉にやる気満々の三人だったが……
「……盛り上がってる所済まないが、はやて以外はアースラで待機だ。」
「「ええっ!?」」
その一言に再びクロノに詰め寄るなのはとフェイト。今度は動かなかったが、はやても同じ思いであった。
「落ち着け……!仕方ないだろう。入れ違いで奴が行動を起こさないとは限らない。」
暁人の行動に備える為には、どんな状況下でも柔軟に対応でき、尚且つ一流の実力を持つ魔導師が待機する必要はある。会敵時の状況次第では完封もありえるはやてはともかく、なのはとフェイトにはアースラにいてもらう必要があった。
「うん……そういう事なら。」
「でも、捜索はどうするの?いくらはやてでも一人じゃ………」
「せやね。悔しいけど、私一人であの人見つけても、捕まえるどころか返り討ちや。」
「そう結論を急ぐな。はやてには彼女達がいるだろう。そろそろ戻ってくる筈だが……」
クロノがそう呟くのと、艦長室の扉が開くのは殆んど同時だった。
「失礼する。」
「………ヴォルケンリッター、夜天の書の守護騎士達、か……」
『ごめんなさい。もう少し隠し通せれば良かったんだねど……』
「いや、ここまで見つからなかっただけでも十分だ。それよりも……」
『……それだけ暁人は警戒されてるのよ。』
画面越しに話す暁人とエヴァ。内容は暁人のいる隠れ家がほぼ特定された事、そして、追っ手として八神はやてとヴォルケンリッターが派遣されたという事だ。
「……俺も噂程度にしか知らないが、どんな連中だ?」
『メンバーは四人。全員が古代ベルカ式の魔導騎士で、強力なフロントアタッカーが二人、ガードが一人、バックに一人。それに八神はやての広域魔法が加わると手がつけられないわね。さっさと逃げる事をオススメするわ。』
「……全員分の詳細なデータ、頼めるか?」
『………話聞いてた?いくら暁人でも一人じゃ勝ち目無いわよ。』
「……それを見つけてこそ、だ。逃げながらでも戦力を削っておきたい。」
『……分かったわ。ま、言われると思って用意はしてあったんだけどね。』
「助かるよ。」
ハボクックがデータを受信し、暁人はざっとそれに目を通す。
「……成る程、厄介だ。……分断すれば、あるいは……。」
『……そろそろ失礼するわ。』
「ん?ああ、悪いな。」
『……あ!それと……』
この時、エヴァはドウェルについて話そうとしたのだが、暁人の集中している様子に、先送りを決めた。
「………どうした?」
『……何でもないわ。落ち着いたら連絡頂戴。』
「分かった、またな。』
「………さて、私もそろそろ怪しまれる頃よね。」
通信も終わり、アースラの通信室にはエヴァ一人だけが存在している。
「逃げる準備はいつでも出来てるけど……その前にあの男、ドウェル・ローランについて調べなきゃね。」
エヴァが知っているのは、ドウェルがアージェントの歴史学者であり、暁人の父、白峰日暮と親交があったらしい事だけだ。
管理局のデータベースにも彼の情報はあったが、分かったのは歴史以外にも広範な知識をもっている事と、低ランクではあるが彼も魔導師である事だけだった。
「あと……これね。」
エヴァは自身の魔導書型デバイス、《四季の書》を開くと、そこに表示された一枚の文書を睨む。表題は『プロジェクト“白雪姫”』。無限書庫の片隅に眠っていたものだ。
何十枚もある資料の一枚目だったのか、表題と極秘の赤い判、それと責任者の氏名が載っているだけだ。
「主任研究員ドウェル・ローラン……日付は6年前ね。」
そこそこ名の知れた研究者なら、自身主導のプロジェクトの一つや二つあっても不思議では無い。だがエヴァは、どうにもキナ臭い何かを感じずにはいられなかった。
「これ以上は私の権限じゃ分からないのよね……こうなったらシステムにクラックかけて……」
「そんな事せずとも、直接聞いて下されば宜しいのに。」
「っ!?」
いる筈の無い人間の声に、咄嗟に振り向くエヴァ。そこにいたのは、やはりというかドウェル・ローランだ。しかしその顔に浮かぶのは、普段の穏やかな笑みでは無く、冷笑に近いものだ。
「……いつから?」
「そうですね……あなたが通信を始めた辺りからですな。」
「………そう。」
僅かな沈黙の後、エヴァは無言のままに魔力弾を展開する。一見無防備なドウェルだが彼女は油断しない。なにせ、それなりの使い手だと自負する彼女の背後を、ドウェルはずっと取り続けていた事になるからだ。
「動かないで。1mmでも動いた……と、私が判断したら撃つ。」
一分の逃げ場も無い状況でそう告げるエヴァ。既に回避は物理的に不可能で、魔力による防御も、この距離なら展開される前に攻撃できる。しかし、そんな状況下でもドウェルの冷笑は消えない。
「容赦が無いね。言われずとも動かないさ。……むしろ、君こそ動けるのかい?」
「?………何を言ってッ………!?」
そこまでだった。唐突に意識が揺らぎ、体から力が抜けていくエヴァ。思わずその場にへたり込んでしまい、魔力弾の維持も出来ない。
「ただ傍観していた訳ではないさ。空中散布型の麻酔剤だ。自然分解が早いから使った後の片付けも要らない。便利だろう?」
「…あなたは……何…も……の………?」
自由にならない体で、どうにかそれだけ絞り出すとエヴァは意識を手放した。それに対してドウェルは、ちょっと困った様にこう述べるのだった。
「何者……か。さて、私は何者なのだろうね?」
二日後、アージェント辺境の村、白郷にある暁人のアジトに、招かれざる客が訪ねに来ていた。
「間違いあらへん、ここや。」
自信満々に断言するはやては、既に騎士甲冑を展開している。彼女に付き従う、四人の騎士達もそれは同様だった。
「主はやて、周辺の封鎖が終わりました。」
「ありがとう、シグナム。で、ここからが本番なんやけど……」
長いピンク色の髪をポニーテールに結び、和服をアレンジした様な甲冑を纏った侍風の女性、ヴォルケンリッターの将シグナムとはやてが作戦を確認する。それに割り込む様に、他の三人も会話に混じっていった。
「はやてちゃん、本当にここにいるのかしら?少し安直過ぎる気もするけど……」
「うーん……確かにシャマルの言うとおり、ちょっと素直過ぎると思う。けど、他に手掛かりが無いのも事実や。」
今、彼女らがいるのは白郷の外れにある『旧白峰邸』、まだ彼らが普通に暮らしていた頃の家だ。
「でも、村の人が嘘ついてる風にも見えんかったしなぁ。」
この場所を突き止めるのは意外な程に簡単だった。白郷の人々に彼女達は話を聞いて回ったのだが、最近変わった事が無かったか聞くと口を揃えて「村の外れに住んでた白峰さんの長男が帰って来た。」と答えたのだ。
元々白郷の人々は白峰家に起こった事件を知らず、彼らがゼスタに行った切り帰って来ないのも、氷雪の病気のせいだろうと思っていた。そして、家の保守点検だけを続けて帰りを待ち続けていたのだ。
村人達の話によると、暁人は半年程前に突然帰ってきて、両親が死んだこと、帰って来たのは自分の妹と使い魔の三人だけである事を言葉少なに語ったという。両親の詳しい死因については無理に聞かなかった。それから、元の家に戻り、今でも週に一度は買い出しで村に顔を出すとの事だった。
元々、この白郷はトンでもない僻地だ。地球でいえば、アマゾンのど真ん中と等しい程である。当然、今この世界で起きている一連の事件についても殆ど知らない。故に、暁人達も隠れる必要が無い。
正体を隠さなくていいというのは、暁人はともかく氷雪にとっては非常に大きかったのだ。
だが、そんな事情を彼女達が知る由も無い。
「でもよー、はやて。罠ってこともあんじゃねぇのか?」
「うーん……考えへんでも無かったけど……ちょっとあからさま過ぎやないか?」
「確かに……結局、調べてみる他無いでしょう。」
「せやな。リィン!」
はやてはヴォルケンリッターの五番目の騎士であり、自身の融合騎である少女を呼ぶ。
「はいです!」
「そろそろ始めるで。準備ええか?」
「バッチリです!」
はやての問いに満面の笑顔で答えるリィンフォース・ツヴァイ。
「じゃあ作戦通りに。頼むで、シグナム、ヴィータ。」
「はっ、主はやて。」
「おっしゃぁ!任せとけ!」
「ザフィーラとシャマルは追跡や。逃げるとしたらすぐやで。」
「……承知。」
「分かったわ。」
「そして、リィンは私と一緒にここから援護や。ええな?」
「はい!頑張るです!」
作戦はシンプル、正面から行く。まずシグナムとヴィータが管理局員として正規に聞き込みとして屋敷に入る。その後は相手の出方次第で応戦、追跡、調査のどれにでも移れる布陣だ。
夜天の主と、その守護騎士たるヴォルケンリッターが散開、位置につく。
「いつでもええで、シグナム。」
『はい、では……』
そしてシグナムが屋敷の扉を叩くその寸前で………
扉の向こうから、幾重もの氷の刃が飛び出した。
暁人はこの二日間、ただ待っていただけでは無かった。もう一つのアジトを確保し、氷雪を逃がし、設備とデータを移転した。
その上でこの屋敷一帯に入念に罠を施し、簡易の要塞と貸し、バレても困らない程度のデータを敢えて残し、ここが本命だと思わせる工作も終えた。
さらには付近一帯の雪中に、サーチャーを埋め込み、はやて達の行動を逐一把握していた。この辺りは普段でも3m以上積雪があるため、まず気付かれない。
そして、はやて達が仕掛けてくるのを察すると、ミミを裏口に回し、自身は正面玄関の真ん中に陣取った。
裏口に回したミミも偽装だ。彼女は戦闘が始まると同時に、氷雪の幻影と共に逃亡を開始する。あたかも今慌てて逃げ出したかの様に偽装するのと、敵戦力の分散が狙いだった。
〈Moving body reaction approach.Number, two.〉
ハボクックがサーチャーの探査情報を伝える。
「……セットアップ。」
何の気負いも無くそう指示を出す。暁人の体を銀色の光が包み、次の瞬間には軍服に似た意匠のバリアジャケットを纏っていた。
「……アイシス・メーカー、シルエット・ソード、並列展開。」
暁人から滲み出る冷気が、氷の剣となって顕現する。一本一本がそら恐ろしい程洗練されたそれが計二十本強、静かに目標を見定める。
〈Target, capturing. Aiming, confirmation.〉
「直線投射……フルバースト!」
展開された氷の刃が、一切の抵抗なくドアを突き破り、その向こうへ殺到した。が、
「……もぬけの殻か、或いは待ち受けているか。どちらかとは思っていたがな。玄関で出迎えとは気遣い痛み入る。」
「……安心しろ、接待の用意は済ませてある。」
平然とやり過ごしたらしいシグナムの皮肉に答えると同時に、一度屋敷の奥へと引き下がる。
「待ちやがれ!!」
そこに直ぐ様追撃に入るヴィータ。屋内での接近戦は騎士としての本領だ。迷う理由は無かった。
「ヴィータ、罠に気を付けろ。」
「分かってる、誰が食らうか!」
シグナムの注意も半分聞いてない様に、暁人を追って奥に進むヴィータ。シグナムはやれやれという思いでそれを見送りつつ、念話ではやてに状況を伝える。
『いました、奴です。』
『こっちからも見えた。後、裏口から二人逃げた。多分妹と使い魔や。そっちはシャマル達に追わせるから二人は暁人さんの確保に集中してな?』
『……それほどの相手だと?』
『なのはちゃんとフェイトちゃんを同時に負かしたんや、油断なんかできへん。それに、シグナムは放っとくと「手出し無用!」とか言いそうや。』
『………分かりました、ヴィータにも伝えます。』
それ程なら是非一騎討ち、とか考えていた矢先に釘を刺されたシグナム。残念とは思うが主の命なら仕方ない。そう頭を切り替えて、今度はヴィータに念話を繋ぐ。
『ヴィータ、その男はかなりの手練れらしい。二人掛かりで確実にーーー』
しかし、最後まで言い切るその前に、壁をぶち抜いてヴィータが吹き飛んで来る。慌てて受け止めるシグナム。ガードそのものには成功していたのか、外傷は見えない。
「お前が飛ばされるか。やはり何らかの罠を……」
「違う。」
「……何?」
「あいつ、真っ向からアタシとぶつかって押し切りやがった。」
「何だと!お前が押し負けたのか!?」
ヴィータとグラーフアイゼンの一撃の重さはシグナムを凌ぎ、並みの魔導師なら防御の上から弾き飛ばす程の威力を持つ。それを真っ向から打ち破るとは、尋常では無かった。
と、弾き飛ばした当の本人が壁の穴から姿を見せる。先端に氷を纏わせたハボクックを槍にし、油断なく二人を見据える。その様子に、特にダメージがあるようには見えない。
「罠も用意はしてあるけどな。」
不敵な表情で彼は言う。
「折角だ、リハビリに付き合ってもらう。」
態度には余裕を見せているが、その瞳は氷の様に冷静で、冷徹で、冷厳に、彼我の状況を分析していた。
「………来ないのか?」
暁人のその挑発に最初に動いたのはシグナムだ。無論、暁人の態度が誘っているのは知っている。が、ぶつかってみなければ見えない事もある。
腰のレヴァンティンが音高くカートリッジを排莢、電光石火で抜き放たれる。
「《紫電一閃》!!」
シグナムの十八番、紅蓮の焔を纏った斬撃が暁人に迫る。だが、暁人の対応はシグナムが動いたその瞬間から行われていた。
ハボクックがカートリッジを排出すると共に、それを持つ右腕を大きく後ろに引き戻す。白銀の閃光が穂先を包み、やがてそれは、一条の光として撃ち出された。
「《白夜一閃》!!」
赤と白、焔と氷、相反する二つの属性が激突し、凄まじい衝撃波が周囲をまるごと吹き飛ばす。本来武器同士の衝突で得られる金属音は、砲撃でも叩き込まれたかの様な轟音に掻き消され、だれもまともに聞くことは叶わなかった。
「……なるほど、強いな。」
相手の強さを認めたシグナムが、ぽつりとそう、呟いた。
「そこまでよ!止まりなさい!」
一方その頃、白峰邸の裏から直ぐの所にある山中。転移魔法で先回りしたシャマルとザフィーラが、ミミを捕捉していた。
「……投降しろ。」
ザフィーラが狼から人型へと変わり、威嚇しながら告げる。それに対し、ミミの応対は主さながらに冷ややかだった。
「……あなた方は、闇の書の守護騎士だったんですよね?」
「ええ、そうよ。」
「つまり……大切な一の為に、他の全てを敵に回した事があるのでしょう?」
「……何が言いたい。」
「………あなた方に、御主人様を止める権利はありません。何故ならあの人もまた、大切な一の為に、他の全てを犠牲にしているのだから。」
ミミが幻影の氷雪を消す。その事に驚く二人だったが、直ぐにそれどころでは無い事に気付く。目の前の使い魔が纏う空気が、想像より遥かに剣呑で、冷たいものだったからだ。
「御主人様の邪魔はさせない。御主人様と、御嬢様の二人が幸せになるには、この道しかないのだから。」
今、白いウサギが、その隠された刃を振るおうとしていた。
後書き
切りどころを見失った挙げ句、ひじょーに中途半端な所に落ち着きました。すみません。
次回予告
激突する暁人とヴォルケンリッター。暁人とミミは、地の利と十全に用意した策を駆使して彼らを追い詰める。
しかし、彼らとてそう易々とやられはしない。彼らもまた、暁人達の攻撃を凌ぎつつも策の用意をしていた。
両者が仕掛けるのは同時。その結末は……
次回《舞うは雪、流れるは雲②》
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