ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──
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コラボ
~Cross over~
Escalation;激化
世界が引き伸ばされたような、そんな感覚が全身を包む。
空気は薄く張った水のような抵抗感の塊となり、相手以外の一切が放射線状に背後に流れる。それは時間にまで及び、全力で振り下ろす己の一刀がいやに遅く感じられた。
これはレベルに関係なく、一定層のバーストリンカーが経験する現象だ。極端な集中力が生体脳に過負荷をかけ、コンピューターで言うところの処理落ちのように、一時的にニューロリンカーと脳のクロック制御部の繋がりが深まるというのが定説であるが、実際の所はいまだに解明されていない。
「シッ――――ッ!!」
小さく鋭い気勢を吐き出しながら、触れるだけで両断するファーストアタックを、青い夜空の下に漆黒の円弧を描くように振り下ろす。
射程は必殺。
秘める攻撃力は決殺。
吸い込まれるように剣閃は、紅衣の少年の肩口から侵入――――
ちっ、と。
剣呑な威力を含んだ切っ先は、翻ったマフラーの端を掠めただけで空振った。
「な……ッ!?」
体勢を崩しながら、黒雪姫は絶句した。
四肢剣の一撃に対し、対戦相手が取った行動はバックダッシュではない。その程度ならば剣のリーチで真っ二つに視界を割く結果となっていただろう。
そうと分かっていたからこそ、黒雪姫は大上段からの一撃という素直な一手を切ったのだ。だが、それに対しての反応は常軌を逸していた。
大気すら切断する凄まじい一撃に対し、引き延ばされた時間の中で少年がむしろのんびりとしたような、そんな安穏とした動作で黒雪姫に対し半身の体勢を取ったのは分かった。そしてそこから、迫りくる刃をものともせず、エッジ部ではなく先ほど触っていた鎬の部分に手を添え、強引に向きをずらされた。
結果、軌道を狂わされた剣戟は半身になった矮躯の胸板ぎりぎりを掠め、本来破壊不能なはずの地面に深い深い轍を刻んだのだ。
それはあまりにも鮮やかで、渾身のファーストアタックを外したという衝撃よりその手並みに心が揺れた。
ありえなかった。この間合いでこうも鮮やかに自身の一撃を避けきったのは、旧ネガ・ネビュラス《四元素》が一角《矛盾存在》グラファイト・エッジくらいのものだろう。
「やって……くれるッ!」
だが、そこで素直に拍手するくらいなら《王》とは呼ばれていない。
振り下ろしの遠心力を利用し、その旋回の力を脚に。まるでアイススケートのような恰好で、右足の先端を軸に身体を左に回す。上体を地面と水平となるまで倒し、左足の剣を対戦相手の胴体に向けた。
自身を一本の破城槌のようなイメージを想起しながら、技名発声――――
「《デス・バイ・バラージング》……!」
スピードもパワーもない。ただ置いただけのような単発の突き蹴り、と相手には見えたことだろう。
実際、眼前の少年は鼻白んだような表情をかすかに浮かべ――――次の瞬間、必殺技の技名発声を感知したシステムが発生させた、凛冽なヴァイオレットブルーの輝きに顔色を変えた。
今度こそ本気のバックダッシュ。
歩くや走る、というよりその動作は滑る、に近い。移動系の常時発動アビリティを持っているのか、それとも靴が特殊な能力を持っているのかは不明だ。しかし、その滑らかさは半端ではなく、空気抵抗も摩擦力も一切合切無視した勢いで強引に両者間の距離を見る間に開けていく。
―――私と同じ、ホバー移動の類か?だが……甘いッ!
左足の膝から先が必殺技の燐光に包まれる。
次の瞬間、強烈な光を宿していた脚部が消えた。いや、正確に言えば消えたのではない。霞みながら無数に分裂したのだ朧な剣の先端だけが円錐状に撃ち出す様は、言うなれば刃を打ち出すショットガンか。
ブラック・ロータスのレベル4必殺技《宣告・連撃による死》は、左右いずれかの脚剣による横蹴りを秒間百発×三秒間繰り出す技である。この手数はロータスの持つ必殺技の中でも群を抜いており、レベル5必殺技《宣告・貫通による死》やレベル8必殺技《宣告・抱擁による死》のような一撃必殺を旨とした技より、その広い効果範囲と弾幕で相手を追い詰めることを目的とする。
だが、斬撃ではなく部類上は刺突にあたるので、部位欠損のような派手なダメージは期待できない。しかし、先のファーストアタックを超えるダメージは必ず叩き出すはずだ。
そのはずだった。
今回も黒雪姫の予想は大きく覆されることとなる。
円錐状の弾幕の底部――――つまりは第一の弾幕が後退する紅衣の少年の細い胴に突き刺さろうという時。
パァン!!と大き目の爆竹のような音とともに、対戦相手の姿が綺麗に掻き消えたのだ。
「な…………」
目標を失った必殺技は、宙空に虚しい残光を引き、やがて減衰していく。既定の必殺技ゲージを消費し切り、技を終了させたのだ。だが、鮮烈な青紫の残滓を視野に引きずりながら、黒雪姫は鋭く目線を翻す。
―――瞬間移動、だと!?とくに技名発声をしている様子はなかったが……。
対戦中に相手の現在位置が分からないというのは中々に怖い。焦りも後押しし、V字のバイザーを振り回す黒雪姫の頭上から、
「鏣膓ꃣ芈」
意味不明ながらも、腹が立つほどの平静さを孕んでいる程度は分かる声が降ってきた。
素早く見上げると、梅郷中の校舎。《月光》ステージの影響で白亜の神殿じみた姿に変じているその壁面に据えられた、悪魔の彫像。その大きく迫り出したツノの部分に片手一本で猿のようにぶら下がる、小さな影がはっきりと見て取れた。
「一瞬であんなところまで……」
黒雪姫の《子》にして、重力まで振り切る加速世界唯一の《飛行》アビリティを持つシルバー・クロウや、圧倒的な三次元機動力を誇った旧ネガ・ネビュラス幹部陣の一角《ICBM》スカイ・レイカーなどを別にすると、まず間違いなく踏破能力や敏捷性といった点では最高クラスだ。過去に対戦した数々の猛者達を思い出しても、ここまでの圧倒的な差を感じさせられるようなことはなかった。
警戒度のレベルが数段階飛ばして引き上げられる。
鉄棒の逆上がりの要領でくるりと回り、彫像の頭の上で体勢を立て直す少年に向かって、改めて再燃させた闘志をぶつける。
するとその声なき意思を感じ取ったように、マフラーをたなびかせる少年の口元が微かに歪んだような気がした。片手を軽く上げ、人差し指を伸ばしてゆっくりと左右に振る。
今度はこちらから。
そう言わんとしているような少年の動作に、身体を硬くする。
だが緊張したり、構えていても、全てにおいて周回遅れだった。そもそも同じ次元に、対戦相手は立っていてはくれなかった。
直後。
視界一面が埋めつくされたように、少年に染め上げられた。
「――――ッ!?」
ひぅ、とノドから息が漏れる――――暇も与えられなかった。ゴウッ!!という、大気がかき乱される音が遅れて聴覚を震わせる。
真正面からの、突貫。
フェイント一つないそれは、しかしこの速度をもってすればどこまでも凶悪だ。下手すれば爪先が掠っただけで、慣性の力でその部位が綺麗に飛んでいく可能性すらある。
―――クソッ!あっちは生身でこっちは仮にも硬質な物質なんだぞ!普通は躊躇するだろうが!!
回避は不可能と判断し、黒雪姫は両腕の剣をもってクロスガード。無論エッジを相手に向けた、防御というには凶暴なものだったが、今度も紅衣の少年は空中で体操選手のように体勢を変化させて無力な鎬部分に手をついて頭上を飛び越えていく。
「ッ……せ、アッ!」
くるりと身体を前に回転させながら着地した相手に、振り向きざまに鋭い一閃を放つ。
しかし、その数舜前に刈り取るようなローキックが、軸にした右脚の膝にクリーンヒットした。上体がガクン、と大きく揺すられ、放った一刀は少年の眼前数ミリの空間を薙ぐ。
そこまで来て、ようやく音が状況に追い付いてくる。鉄板を思いっきり蹴ったような鈍い音が反射して響き、視界左上に据えられている体力バーが5パーセントほど減じた。膝関節の辺りから、ダメージエフェクトの光芒が迸る。
少年の体躯、そしてノーモーションの蹴撃から求められるダメージとしては割と多い。ブレイン・バーストでのレベルアップは、アビリティ強化や新たな強化外装取得のチャンスでもあるが、それ以外にも一般的なレベル性RPGとかと同じように防御力と体力も比例してちゃんと増加する。実質的上限であるレベル9のブラック・ロータスの半透過アーマーを貫通したということは――――
―――体術主体か?いずれにせよ、かなり完成度が高い!
黒蓮のスカートを翻しながら、黒雪姫は懸命に崩れた姿勢を立て直しにかかる。だが、その間隙を見逃すほど敵も甘くない。
キュガッ!という音すら置き去りに、一本の槍のごとくピンと伸ばされた腕が、手刀が、一切の遠慮容赦なく抉り取るように顔面の鏡面マスクに向かってくる。これを全力のホバー移動で辛くも回避したところを、すかさず待っていたミドルキックがヒット。
装甲の薄い脇腹を狙われたせいか、ゲージが先刻より多い一割ほど削れられた。
だが、同時に必殺技ゲージも溜まっている。黒雪姫が右腕を大きく引き、既定のモーションを取ろうとすると、それをいち早く勘づいた少年は大きく左後方に跳ぶ。先の必殺技使用で、素直な逃走はタメにならないと学んだのだろう。
―――大勢が自分に有利でも、近接特化の私に対して無理な追撃は取らない、か。なるほど、戦闘の趨勢も見えている。
途上にあったモーションを解除し、必殺技を強制終了させる。右手剣に宿りつつあったヴァイオレットブルーの光が徐々に減衰して消えていく様を視界の端に捉えつつ、黒雪姫のほうもゆっくりと後ろに下がった。
―――のらりくらりとした戦闘センス。私の剣戟を容易く見極める動体視力。平面的な動きに縛られていない、三次元的な身体の使い方。まったく、どちらが《王》だ……。
淡い苦笑を挟みつつ、頭に残った余熱を吐き出して冷静に分析を進めていく。
相手の正体にはもう興味はない。ここまで熱く、滾る対戦をともに奏でるのだ。探るような真似は逆に無礼だろう。ことここに至っては、もはや対戦あるのみ。
だが、一合打ち合ったからこそ分かる。
相対しているだけでノドがからからに乾くような重圧感。このプレッシャーを裏付ける実力は、紛れもなく本物だ。どころか、いまだ力の奥底が見えないまでもある。
遊ばれている。
これがただのハイランカー達であったならば分かりやすい怒りも覚えたのだろうが、これほどまざまざと彼我の差を見せつけられた後だとそれも浮かばない。まるで老人にあやされているような気分だった。
まだレベルが低かった頃に、格上に無謀にも乱入したのを思い出す。経験も、潜ってきた修羅場の数も違う感覚。見たこともない手、聞いたこともない展開。
ぶるり、と武者震いに似て非なる反応が二の腕から全身を伝わり落ちるのを感じて、黒雪姫は思わず口元を亀裂のように割いた。
「面白い……面白いぞ、バケモノめ」
ギシリ、と大気が軋んだような音を立てる。
撤退など毛ほども思い浮かびはしない。炎のように猛る闘志がアドレナリンでも呼び出したのか、バイザーの下から見える景色が若干赤い。
高まる圧力。
静謐な月光の輝きが降り注ぐ中、その一筋の光が黒曜石のようなアーマーにちかっ、と反射し――――
しかし。
突撃しようとしていた黒雪姫の脚を寸前で止めたのは、再度伸ばされた手だった。
つい先刻と同じように、少年は人差し指を伸ばし、ゆっくりと左右に振るう。あどけない顔に浮かぶのは不敵な笑み。
それは、攻撃の合図かと思っていた。強者に相応しい傲岸な意味だと。
だが違っていた。紅衣の少年のその仕草は、停戦と同時にある言葉を言外に放っていたのだ。
『まだ役者が足りない』
瞬間。
莫大な光の放射が、青白い月の輝きに慣れた視界を覆い尽くした。
目くらまし系統の必殺技かと思ったが、何かがおかしい。必殺技を発動する時は、最低限システムが認知できる程度の音量で技名発声を行う必要があるし、何より視界右上の敵の必殺技ゲージは微動だにしていない。
この現象を、黒雪姫は知っている。
「…………まさか……」
理不尽な意思の力。
理に抗う人の力。
「過剰光……《心意》かッ!?」
喘ぐ声に続き、
「铥ꖳꧣ芊、峻厳」
静かな声が、大気を震わせた。
次の瞬間、ギイィィンン!!!という金属質な高周波が高らかに聴覚を塗り潰すと同時、ぞるり、と少年の矮躯がタイル張りの校庭に深く落とす影が漆黒に染まる。まるでそれは、ダム穴のようにぽっかりと開いた人型の穴のようにも見える、深い深い闇の色。
それは一瞬身震いしたように縮こまると、次には爆発的に膨張した。意志を持つように蠢くそれに黒雪姫は咄嗟に身を固くするが、自身のブラックよりもなお黒い濁流は器用に避け、背後の校舎に雪崩れ込む。
だが、別段何も起こらない。
質量も持たない黒いさざ波は、白亜の宮殿の地面だけを綺麗に覆っている。端から見れば、真っ黒な水面の上に校舎が建っているように見えたはずだ。
だが、そんなアーティスティックな感傷は次の瞬間消し飛ぶ。
ずずず、と。
音もなくゴシック建築風の神殿と化した梅郷中の校舎が、音もなく沈んでいくのだ。しかも、液状化だとか地盤沈下とか、そういう要因で沈むのではない。
手。
枯れ枝のように細く、炭化したように真っ黒な手が黒い影から幾多も伸び、校舎の基部にとりついていたのだ。それはまるで、生者を地獄に引きずり込む亡者の腕のように見え、背筋をぞっとしたものが流れた。
校舎が丸ごと消失するには、それほど時間はかからなかった。
まるで最初からそこには何もなかったかのように、黒い影に波紋のようなものを残して吸い込まれる。その後、影は滲むように消えた。校庭と同じくタイル張りの地面のみが残る。
言葉もなかった。
―――第四象限……空間浸食、だと?それも、見た目からでは窺い知れないほど大規模で精緻に制御されている。こんな代物、王クラスでも途轍もない長時間の精神集中が必要になるはず……。
それを、そんな現象を。
「――――ッ」
思わず対戦相手を見る目に力が入るが、とうの少年はそれに気づいて苦笑するように口元を歪ませながら肩をすくめた。
堪え性のない子供を見ているような、そんな表情。
その顔に思わず何かを言い返したくなったが、それより一瞬早く甲高い声が校庭に響き渡った。
「おい!おいおいオイ!何がどーなってやがんだ!?」
少年のコートより若干鮮明な赤で、小柄な全身を覆う半透過アーマーを彩るデュエルアバター。
赤の王。
《不動要塞》スカーレット・レイン。
戦闘が開始されたとBBシステムが判断したことにより、観戦者であった彼女は最低三十メートル以上離れたランダム地点へ転移されたはずだ。
おそらくは校舎を挟んだ裏側に強制転移されたのであろうニコは、突如として消えた校舎に眼を白黒させていた。
その時、黒雪姫ははっきりと目撃した。
紅衣の少年の口元に浮かぶ、三日月のような笑みを。
その意味を。
役者は揃った。
では始めよう――――対戦ではない、本番を。
ず……、と矮躯が不気味に膨らんだように感じた。
にじり寄る暴威に、肌がチリチリと粟立つ。
怪物が、楽しげにその本分を発揮しようとしていた。
後書き
書いていて思いましたが、もっさk……ゲフンゲフン、黒雪姫先輩のアバターって結構バトルで扱いやすいですね。一見無敵に近いように見えるけど、よくよく分析してみると付け入るトコが結構あるよ、みたいなw
この点はシルバー・クロウも似ていますね。彼の飛行アビリティの場合は、能美くんが実演してくれましたけど、遠距離火力を持つと無敵すぎるので(笑)
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