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SAO-銀ノ月-

作者:蓮夜
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翔希

「おお、これは……よしよし、約束通り、ちょっと分けてやろう」

「……何杯目だ、コレ」

「そういうのは言っちゃダメってお約束よ」

 新生アインクラッド第二層《ウルバス》において、俺とリズは商人NPCへとただただ名産の木の実ジュースを分けていた。要するに簡単なお使いクエストで、行商人として忙しないNPCに名物の木の実で作られたジュースを持ってきてやることで、彼が取り扱っているものを多少なりとも分けてもらえるというものだ。ただしわざわざ取ってきた名物の木の実はともかく、それをジュースにしたのはただの素人である俺たちな訳だが。

「でもよ、そんな端材でいいんか?」

「これがいいのよ、これが!」

 とはいえ先程からジュースを分け与えまくっているため、もはや木の実ジュースの行商人といっても過言ではないが、代償として貰っているのが端材だからか特に商人NPCが気にする様子もない。そのまま大量の木の実ジュースと大量の端材を交換すると、いい取引が出来たとばかりに商人NPCと別れ、そのままクエストは終了する。これからこの浮遊城の終末に導かれる謎に迫る――などということはなく、これ単発で他に何があるわけでもない、ただの素材を入手するクエストにすぎない。

「こんだけあれば、看板ぐらいは何とかなるでしょ!」

「……なあ、リズ」

「はいストップ。あたしは楽しんでるから、感謝したいぐらいよ?」

 商人NPCから素材の端材を貰ってストレージに放り込んでいくリズが、俺が何を言おうとしたかなどお見通しとばかりに笑う。つくづく俺の心境はリズにとっては読みやすいものであるらしく、もはや何度目かも分からぬ光景ではあったものの――その光景は、以前とは決定的に違っていた。

「意外と新鮮だしね。……《SAO》の時とは違うアバターっていうのも」

 そうやって笑顔でいてくれるリズのアバターは、今までの『リズベット』のものではなかったからだ。


 ……リーべとデジタルドラッグの一件に決着をつけて数日。まずもって俺は、《SAO》の時のアバターの削除をする必要があった。彼女からの最期の嫌がらせたるデジタルドラッグに犯されたも同然だった俺のアバターは、他のデジタルドラッグを使ったプレイヤーと同じく運営からの削除対象であり、このままでは《ALO》から追放もあり得たからだ。もちろん今まで使ってきたアバターを削除することに抵抗感がないわけではなかったが、いまだに《SAO》由来のものを使っている時点でおかしいのだ、と言い聞かせて今までのデータと別れを告げた。

 とはいえ、今までのデータという尊い犠牲によって、また俺は新たなデータで《ALO》を始めることが可能だった。数年ぶりのアバター作成はどうにも不慣れなものだったが、何とかレプラコーンを選択すると、再び俺はこの妖精境へと足を踏み入れることを許されたのだ。レプラコーンの首都でまず見たものは鏡であり、今までのアバターとは似ても似つかないその外見に苦笑しながらも、ひとまずは気に入らないものでなかったことに安堵する。

 レプラコーン初期アバター特有の銀髪とはまるで不釣り合いな褐色肌に、鍛冶職人をイメージしたのか筋肉質な身体と、人を睨み付けているような切れ長な表情。そんな味気ない銀髪は、大体のレプラコーンにはレインのように、すぐに染められてしまうのが常で。筋肉質といっても初期アバターの筋力値などたかが知れていて、切れ長な表情など客商売では邪魔でしかない、と。なかなかに不遇な要素が詰まったアバターでもあったけれど。

「さて、と……」

 とはいえアバターを変えるためにデータの削除を繰り返すような気もなく、そんなアバターを二度見しながらも翼を展開する。浮遊城での経験がなくなったアバターは相応に重かったものの、少しすれば慣れるだろうと軽く受け止めながら、レプラコーンの首都から天空にそびえる浮遊城へと向かっていく。飛翔速度も以前とは悪い意味で比較にもならず、初期装備のために空中を飛翔するモンスターにも対応できず、モンスターから隠れながらゆっくりと浮遊城へ進んでいく。

 ……そんなことが少し、楽しかった。何でもないモンスターから全力で隠れて、見つかれば命がけで飛翔して、雲や浮き島で難を逃れればそこに巣くう別のモンスターに襲われて。そんなやってられない状況から逃げ出すために、またもや飛翔して風を身体に浴びるのが楽しかった。飛翔するのと同時に俺に絡み付いていたしがらみから解き放たれるようで、珍しくも笑みを隠しきれないまま空を駆ける。

 そうしてほうほうの体ながらも笑顔で浮遊城――正確には、浮遊城の一歩手前である《イグドラシル・シティ》へと降り立った。ある程度までは各妖精が所属する領で鍛えるため、周りには自分のような初期アバターはおらず、入り口にいたプレイヤーも多少ながら好機の目でこちらを見てきていた。そしてすぐにボロボロの身体に貧弱な装備を見て、無理やり飛翔して来た初心者かと判断したらしかったが、絡まれる前に素早く町の雑踏へと走っていく。何の話だろうと厄介事に巻き込まれてはたまったものではないと、勝手知ったる《イグドラシル・シティ》の目的地へ向かっていった。

 そうしてあの浮遊城で言うところの《圏内》に入ったことにより、ボロボロだったアバターはみるみるうちに回復していくが、それに反比例するように表情は笑みから仏頂面となっていく。先程まで感じていた解放感が嘘のように消えて、街頭を歩く速度も途端に遅くなっていて、新しいアバターの髪もガリガリと掻く癖の犠牲となる。とにかく気が重くなって意識が全て思考に支配されるが、目的地までは目をつぶっていようがいけるため問題はない。

 要するに目的地は、この《イグドラシル・シティ》に設えられた鍛治屋こと《リズベット武具店》。最後まで俺とリーベが決着をつけることを、何よりも俺のデータが消える羽目になることに反対していたリズに、どんな顔をして会えばよいのだ、ということだ。リーベとの決着をつけたことやデータの削除なども全て事後承諾でやってしまっていて、会わせる顔がないとここ数日はリズと話もしていないというのに。

「っ……」

 何を言われても文句は言えない。覚悟はしてきたつもりだったが、どうしても二の足を踏んでしまう自分を奮い起たせながら、ようやくリズベット武具店へとたどり着いた。入り口の前で深呼吸を二、三度ほど繰り返してから、遂に武具店のドアノブに手をかけた――瞬間、俺はある違和感に気づいて動きを止めた。もちろん、この期に及んで躊躇したわけでは断じてなく。

「な……?」

 ある違和感に気づいたからだ。先程までは緊張のあまり武具店の全体図をよく見ていなかったが、よくよく考えてみればその店には看板もなく、あの少女から託されたスリーピング・ナイツと名が刻まれた、屋根にたなびいている筈のギルドフラッグもなく。まるで空き家同然であり、そこにはリズベット武具店など存在していなかったのだ。

「何をしているんですか?」

「え、あ、いや……」

 道を間違えたなどはありえない。武具店だった筈の場所の前でキョロキョロする俺は、よほど不審者だったのか見知らぬプレイヤーに話しかけられ、動揺した言葉にならない言葉が勝手に口から出てきたのみで。それでも町中にもかかわらずコートに付いたフードを目深に被った相手は、何やら察しがついたように俺の隣に立ってくると、何でもないようにリズベット武具店だった筈の空き家を指差した。

「ここにあった店、何でかいきなり辞めちゃったんですよ。プレイヤーの都合ですかねー」

「辞めた……?」

 フードを被ったプレイヤーの言葉に対して俺は、呆然となってオウム返しをすることしか出来なかった。嘘だと言ってくれ、と言わんばかりに、すがるように隣にいるフードを被ったプレイヤーの方を向いてみれば。

「どういうことなんだ……リズ」

「あちゃー……早かったわね、バレるの」

「それを言ったら、どうして――」

 そのフードの下から覗くピンク色の髪を見て、何の悪戯かと彼女に問いただした。どうやら本人はフードで髪の毛まで隠しているつもりだったようで、困惑したような様子で被っていたフードを外すと同時に、どうしてこのアバターで俺だって分かったんだ――と言葉を発したような口が、驚愕で開いたままとなってしまっていた。目の前で起きたことが信じられずにいて……そもそもよく考えてみれば、リズの髪型ならフードを目深に被ればあの目立つピンク色の髪を隠せるはずなのに。

「リズ……だよな?」

「他の誰に見えるってんのよ?」

 そうして目の前に立つ彼女は、間違いなくリズだったが、俺がよく知る『リズベット』ではなかった。確かにフードを被っていた時から声は違っていたが、それは《拡声魔法》を始めとするリズが取得している声に関する魔法かとばかり思っていたが、そんな様子はまるでなくて。

「あー、髪が見えちゃってたのね……」

「お前、まさか……」

 フード付きのコートを脱いであらわになった彼女のアバターは、やはりリズベットのものとは似ても似つかない。髪の色こそ同じピンク色で揃えていたが、無造作に跳ねる髪を煩わしそうに弄って、額に巻いたバンダナで無理やり肩まで届くセミロングのように纏めていた。コートの下も見慣れたエプロンドレスではなく、まさに作業着といったツナギだったが、暑いのか上半身はツナギをはだけさせていて、Tシャツと胸当てがさらけ出されている。そんな姿にリズが何をしたか察すると、リズは正解だとばかりに微笑んだ。

「そ。あたしも《SAO》のデータ消して、新しく始めちゃった!」

「なんで――」

「あら、それ以上なにか言うつもりなら、鏡を見ながら言ってね?」

「う」

 ……リズの行動を問いただそうとした瞬間、彼女のただ一言に言葉が詰まってしまう。リーベとの決着をつけるという下らないプライドのために、リズの反対を押し退けて勝手にデータを削除したのは、元はといえば俺であって。全くもって彼女に何かを言う権利など欠片もなく、二の句をつけずに黙ってしまう結果に終わった。

「あんたが勝手にどっか行っちゃうんならね。あたしも勝手に着いていくんだから!」

「いや……でもな?」

「それに、別に考えなしってわけじゃないのよ?」

 そんな俺の態度がたまらなく面白いとばかりに笑うリズだったが、こちらに指を突きつけながら真剣な態度を見せて。

「あんたがデータを消すことになったのは、あのリーベの嫌がらせでしょ? だからあたしも同じような状態になりつつ楽しんで、あんたの嫌がらせなんて無意味だった、って悔しがらせてやろうってね! ……それに」

「……それに?」

「ま、まあそれはともかく! そういうわけだから!」

 リーベを悔しがらせてやるために、という目的を語った後には、少しだけ恥ずかしそうな表情でそっぽを向いてしまい、リズがそれから何かを語ることはなく。とにかく二人ともデータの削除によってスキルも初期化されてしまえば、店を維持しておくなど不可能であり、惜しいが売りに出してしまうのは仕方のないことだろう。

「じゃあ、売れ残ってた武器とか素材はどうしたんだ?」

「無理を言ってエギルの店に置いてもらってるわよ。旧リズベット武具店、最後の商品」

「なら良かっ……ん?」

 店とともに売りに出す訳にもいかない武具や素材などは、どうやらエギルの雑貨屋の商品となったらしく。俺も前のデータで使っていた武器などは、ひとまずはエギルやクラインに預かって貰っているため、考えることは同じか――とまで思ったところで。重大なことを思い出していた。

「刀は……刀はどうした!?」

「え? あー……」

「リズ!」

「ちょ、ちょっとストップ! 落ち着いて!」

 この新生《ALO》が始まってからしばし、ずっと集めてきた刀剣コレクション。全てが業物ばかりという訳でもなく、中にはキワモノも……いや、正直に言ってしまえば使い道のないものも存在していて。コレクションともなれば使われることはなく、少しは減らすか入手してくるなとは散々リズに言われていたことでいて。そんなリズの普段な様子から最悪な展開が浮かんでしまい、冗談ではないとばかりに詰め寄ってしまうと。

「ちゃんと貸倉庫に仕舞ったわよ、安心しなさい」

「そ、そうか……」

「……なんか、あたしのデータを消したって聞いた時より反応がよくない?」

「そんなこと、ないぞ? それより、貸倉庫ってことは……」

 なんで疑問系なのよ――と、こちらをジト目で批難してくるリズから目をそらしながら、そんなことより刀剣コレクションが仕舞われているという貸倉庫の話に戻る。今までのように、自分たちで買った武具店の倉庫に収納されているのではなく、あくまで貸倉庫な以上は先立つ物が必要となるのは当然で。要するに金だが、初期金額こと雀の涙ほどしか今はなく。

「ええ! だから、しっかりと稼いで貰わないとね!」


 ……そうして、俺たちが始めたことが商人NPCに手作りの木の実ジュースを何本も何本も何本もあげて、素材の端材を根こそぎいただくクエストだった。ジュースの原料たる木の実の収穫や、作成などでかなりの時間は経っていたものの、幸いなことにリアルは夏休みのために時間はある。その上、初期化されてしまった料理スキルを上げることにも繋がって、別に悪い時間ではなかった。

「っし! 作るわよ!」

 そうして持ちきれないほどの端材を持ってやって来たのは、《はじまりの町》にある共有のレンタル鍛冶スペース。共有とはいえ自分たち以外の姿はなく、たまに自分の武器は自分で研ぐぐらいのことはするプレイヤーが、適当に仕事をこなしていくだけだ。そんな使い放題とも言える場所で、大量の端材を使って鍛冶スキルのレベリングをしよう、というリズの案であった。

「本当はレプラコーン領に、もっと効率がいいクエストがあるんだけど……」

「……ま、仕方ないさ」

 端材とレンタルのハンマーを握り締めながら、はだけていたツナギを着込みながら隣でぼやくリズに多少は同調する。これは《SAO》時代に鍛治屋を始めた当初のリズが行っていたレベリング方法らしいが、今は浮遊城の劣悪なレンタル鍛冶スペースなど使わずとも、本場であるレプラコーン領ならばもっといい場所はある……が、勝手に有名な店を畳んでおいて領の物は使えない。もうレプラコーン領を取り仕切る商人ギルドから、俺たちの名はレプラコーンの鍛冶師の名を汚したプレイヤーとして、ブラックリスト入りを果たしていることだろう。

「ったく、ねちっこいんだから……」

「でも、このレベリングって《SAO》でリズがやってた方法なんだろ? それを一緒にやってるって……なんだか嬉しいな」

「あら、今日はやたら素直じゃない?」

 コン、コンと小気味よいハンマーの音が響いていく。仕事中に喋りながらハンマーを打つなど、本来はやってはいけないことだが、鍛冶スキルのサポートがなくとも失敗するほど経験不足ではないし、作っているものは売り物でも他人の武器でもない。そんなこんなで偽らざる本音を語れば、リズが意外そうな視線をこちらに向けてきた。

「せっかく新しいアバターになったんだからな、心機一転。脱・根暗が目標だ」

「長い旅が始まりそうね……」

「……そ、それより。俺もアバターが変わってたのに、なんで俺だって分かったんだ?」

 作業机では端材が思った通りに完成されていくが、元々の素材が所詮は端材でしかない。普通の素材を使ったものより明らかに歪つで小さいものだったが、とりあえず出来たものから順々に端の方に置いていく。その分、一つ一つは簡単に作れるのが長所だったものの、とにかく数が多い……原因は俺たちだが。

「そんなの、分かるに決まってるじゃない」

「そんなもんか?」

「そんなもん、よ。あとショウキはさ、これから武器とかどうするつもり?」

「武器?」

 聞き過ごせない話題にピタリと作業の腕が止まってしまうが、リズからニッコリと笑いかけられて作業を再開する。武器というともちろん日本刀……ゲーム的にはカタナが脳内に浮かぶが、どういう意味の質問かとリズに視線で問いかけると。

「ほら、あんたには半分ぐらい馴染みがないかもしれないけど、全部リセットされた訳じゃない? 今なら、前から使ってた武器から卒業出来る訳よ」

「あー……」

「あたしはちょっと、メイス以外も使ってみよっかなって。あんたは……」

 そこまで説明されて、ようやくリズの言わんとしていることが繋がった。リズで言うならば、旧アインクラッド時代から使ってきたメイスのスキルレベルが高かったため、他の武器をわざわざ使うようなこともなかったが。全てがリセットされた今ならば、違う武器にも手が出せるということだろうが……リズの問いかけへの返答は決まっていた。何ならリズも分かっているだろう。

「やっぱり俺は……刀かな」

「……聞くまでもないわよね、あんたは。でもメインはカタナでいくとしても、他に何か手をだしてみてもいいんじゃないかしら?」

 このクエストが始まる前にエギルの店に寄ってきたため、預けていた今までのアバターの装備など、再スタートのための最低限は戻ってきていたが、今の俺はもう日本刀《銀ノ月》を握れない。装備に必要な筋力値も足りなければ、複雑な整備に必要な鍛冶スキルも足りないため、まったく使えない状態だった。

「……考えとくよ」

 それはリズにも分かっているのだろう故の申し出を、ありがたく受け取っておく。ソードスキルを使えないというバグからも解放されたために、先のアバターの時より選択肢が広がっていることを改めて自覚していると、隣から改心の叫びが聞こえてきた。

「っと……うん、いい感じ! ショウキは?」

「ちょっと待ってくれ」

 何でもないような会話の終わりを告げるかのように、あちらが担当していた作業を終わらせたらしく、ツナギをまたもやはだけて腰の部分にまとめていた。同じ作業を同じように同条件でしているはずなのに、この違いは流石の経験の差といったところか。とはいえこちらも終わりそうなこともあって、特に慌てるようなこともなく作業を続行すると。

「……よし。こっちも終わった」

「なら合わせてみましょ!」

 鍛冶スキルの幾分かの成長とともに、ようやく貰った端材を使った全ての作業が完了する。一つ一つは小さい物でしかないが、俺とリズが作った物がパズルのピースのように合わさっていき、新たな一つの物と生まれ変わっていく。最初からそれを目的にして作ってはいたが、こうも上手くいくと少しは面白い気分にもなっていく。

「……完成、ね」

「……ああ」

 そうして出来上がったものは、新しいリズベット武具店の開店の第一歩となる、新生武具店の看板。端材をかき集めてパズルのように作っただけあって、少しでも雑に扱えば壊れてしまうほど拙いものだったが、それがむしろ新しい門出を意味していた。それに今の自分たちにこれ以上の看板を作製するスキルがないのも確かであり、満足いく出来映えだと自負している。

「うん、なかなかじゃないかしら!」

 そんな二人の総力を結集して作った拙い看板であり、リズも色々な考えはあっただろうが、ひとまずは満足げにはにかんだ。そうして宣伝がてら看板を持ちながら転移門に向かっていくと、やはり《イグドラシル・シティ》のある場所へ向かっていく。以前までリズベット武具店があった一等地とは大違いの、雑多で人込みの多い商店街の一角――そこにある、小さな掘っ立て小屋だ。

「リズ、どうだ?」

「んー、もうちょっと右!」

「はいよっと」

「オッケー! ……うん」

 そんな掘っ立て小屋に拙い看板を設置して、隣に彼女から託されたギルドフラッグをはためかせることで、ようやく新生リズベット武具店は産声をあげる。文字通り町の片隅からの再スタートに、リズはどこか懐かしげに目を細めていた。看板を作るために使った脚立を、隣の商人プレイヤーにお礼を言いながら返しておくと、改めて看板から小屋から何もかもボロボロな店を見渡した。

「こんなんでいいのか?」

「しばらくは我慢ね」

 鏡すらも設置されていないが、今の俺は苦笑いする彼女と似たような表情に違いない。浮遊城と地上を行き来するためには必ず通る、この交通の要衝たる《イグドラシル・シティ》に店を構えたことは幸運だったが、果たしてこれからどうなることやら。雨風をしのげればいいとばかりの小屋に入ってみれば、屋台のように商店街側に吹きさらしがあり、この穴を使っての商売になるだろう。

「どうにかしてふいごを入れたいわね……」

「小屋が燃えそうだ」

「確かに……ね、ショウキ」

 小屋の中身はまだ何も入れてないため広く感じるが、鍛冶のために必要な作業スペースに売り物を置くスペースなど、無駄遣いしてしまってはあっという間に店員である俺たちが追い出される結果となる。これから二人で考えなきゃいけないな――などと、少し嬉しそうにしながら困ったように髪を掻いていると、背後にいるリズから小さな声で呼びかけられた。

「こんなことした理由、リーベへの嫌がらせ返しっていうのもあるけど……」

「ああ」

「……不謹慎な話だけどね。あたし、《SAO》を一層から二人でクリアしていったキリトにアスナが、羨ましかったのかもしれない」

 先に話そうとした時は、恥ずかしがって言わなかった、リズが俺と同様にデータを削除して一から始めた理由。最後までふてぶてしく去っていったあの踊り子への当てつけだけではないらしく、リズに背後を見せたまま黙って話を聞いていく。

「あたしも、ショウキと一緒にこのゲームをクリアしたいって、そう思っちゃったの」

「それで……」

「そ。だからこうして、二人でボロい店をこしらえてるってわけ!」

 途中はいざこざがあって別れていた期間があったにせよ、キリトとアスナのように共に成長していったことが羨ましいと。そう語った彼女は朗らかにこちらの背中を叩くと、俺が突如として響き渡った背中の痛みに驚いている隙に、すぐさま俺の目の前に回り込んだ。アバターが変わろうとも変わらない、俺の目線の少し下という彼女の定位置にだ。

「そういうわけだから、クリア……ってのは分かんないから、そうね。リンダースに戻るまで、一緒に付き合ってもらうわよ!」

「……ひとまずは、な」

「ええ、リンダース行ったらまた考えましょ。前のデータをちょっとは引き継いでるから、完全にって訳じゃないけど、これがあたしたちの再スタート、よ!」

 とはいえ明確なクリア条件が定まっていないこの《ALO》では、クリアまで共に――という条件は不適切だ。ひとまずはアバターが変わる前から目標だった、旧アインクラッドにおいて初代リズベット武具店がある場所で、また同じように店が開けるように。

 ……須郷や《死銃》、リーベなど、《SAO》に未だ囚われていた者たちと、今まで剣を交えてきたものの。ようやく今この瞬間に、俺も《SAO》から真に解放されたと言えるのかもしれない。あんなデスゲームとは一切の関係を断ち切って、リズと二人で支えあって高めあって生きていき、いつかはリンダースや銀ノ月まで至る。

 ……ああ、なんてそれは――

「改めてよろしく、リズ」

「何よかしこまって。でも……うん、改めて。末永くよろしくね、ショウキ!」

 ――ナイスな展開じゃないか、と。

 
 

 
後書き
 にじファン時代から細々と連載してきましたが、これで拙作こと銀ノ月は完結となります。とはいえ個人的にはホロリア編だとか、AWSAO編だとか、意外と興味がある話がなきにしもあらずで。気分は第一部完! と言ったところでしょうか、もちろん第一部(第二部があるとは言ってない)ですが。

 とにかくキリよくショウキくんが色々と決着をつけたため、一旦この作品は完結となりまして。またどこかで会えましたら幸いであります。では。 
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