アーチャー”が”憑依
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十七話
「ネギ先生!」
「刹那! 長はどうした!?」
「敵の足止めに……それと、長くはもたないと」
「やはり来たのはアイツか!」
あの夜対峙した最強クラスの少年。本山の結界を突破してきたのは、やはり彼だった。
「他の生徒の皆さんは?」
「石にされている。本山の巫女たちも同様だ。恐らく、西洋魔法の……」
「石の息吹だ!」
ネギの言葉に続いたのは何処からともなく現れたカモだった。明日菜を確保してしばらくして合流した彼には生徒たちが石化した原因を探ってもらっていたのだ。
「やはりそうか……と、なると私には治せんな」
ルールブレイカ―。この宝具をもってしてもこの石化は治せない。此方の魔法にも通用する事は実証済みだが、全てを破壊できるわけではないのだ。
「ちょ、ちょっと! いい加減何が起こってるのか説明してよ!」
「うちも、聞かせてほしい」
その言葉にどうしたものかとネギは首を眉をしかめる。明日菜には先ほどからこのかの無事が確認できれば教えると言っていただけにごまかすこともできない。かと言って全部説明するには時間が足りない。
「簡単に言えば、だ」
ならば、単純明快に……
「近衛をさらおうとしている輩がいる、だ」
事実を伝えればいい。
説明を求めた当人達には全く理解できないそれを口にし終わったと同時にネギは戦いの歌を使い飛び出していた。このか達の背後に突如現れた水たまりと、その水たまりが放つ魔力を察知していたからだ。
そして、転移が完了し敵が姿を現すと同時にネギは硬く握り締めた拳を撃ち放った。
「いきなりだね」
だが、その拳は異常なほどの厚さを持つ障壁によって遮られた。
「な、なんなのよアイツ!」
「あ、あの人」
「あうう」
フェイトの姿を見たのか見ていないのか。明日菜とこのか、のどか両名の差は如実に表れた。人がいきなり姿を現すと言う不可思議な現象についていけないながらもしっかりとフェイトに敵意を向ける明日菜。それとは対極に後者二人は身を縮めて震えている。
「お前がここに来たということは……」
「近衛詠春は無力化させてもらったよ」
無力化の言葉からどうやら殺されてはいないであろうことは察せるが、状況が好転したわけではない。むしろ、今のネギと近い実力の詠春をこの短時間で撃破されたことを知り、心情的には悪い方へ傾いている。
「それより、いいのかな? 僕ばかりに気を向けていて」
「! 刹那!」
新たに出現した三つの魔力。これは先ほどのものと同じ、転移によるもの。
「あは~、刹那センパイ♪」
「よくやったやないか新人」
「次は負けんでぇ!」
敵の戦力が、今ここに集結した。ここにいるのがネギと刹那、そしてこのかだけならばまだ逃げの一手で何とかなったかもしれない。だが、明日菜とのどかというお荷物が居る以上、それも不可能だ。
(くそ、どうする!?)
答えは既に出ている。以前までと一緒。9を救うために1を切り捨てる。この状況で言うならば、9のためにこのかを救い、1という明日菜とのどかを見捨てる。これが最も、被害が少なくすむ方法のはずだ。だが、それは正義の味方と言う名のふざけた掃除屋である”エミヤ”としての答えだ。
過去を捨てるつもりは無い。だが、嫌悪する自分と同じにならないためには”ネギ”としての答えを出さなければならない。
(考えるまでもない、か。全く、愚かだな)
ネギ・スプリングフィールドは教師。結局のところ、それだけなのだ。教師は生徒を守る。たった、それだけ。
「さて、戦力の差は明らか。だが、五体満足で済むとは思うなよ」
辺りに充満するのは濃密な殺気。その余りの強さにまだ若く経験の浅い小太郎と術者であり後衛が主で直に殺気に触れる事の少なかった千草は全身から一気に汗をふきだした。月詠はその殺気にまた新たな快感を見出し、フェイトはネギの実力の片りんは見ていたもののここまでの殺気を出せるのかと驚いていた。
「お嬢様、お下がりください」
刹那とて、最早勝ち目がないことぐらい理解している。それでも、最後までこのかを守らんと夕凪を抜き放ちネギの横に並び立つ。ネギの様な、とまではいけないが放たれる闘気には眼を見張るものがある。
戦場が静寂に包まれる。何かの合図さえあれば、戦いは始まるだろう。そして、何処からともなく舞い降りた木の葉が……地面に着地した。
「クソッ!」
ネギが苛立ちから拳を横に振る。未だ戦いの歌が切れていないネギの拳は容易く廊下の一角を破壊した。
「お嬢、様」
彼等は無事だった。ただ一人として傷つくことなく立っていた。だが、この場にいる誰にも笑顔は無い。なぜなら……
「どうやら、おそかったようだね」
「真名……」
「とりあえず、経緯を説明してくれるかな?」
「待って!!」
地面に落ちた木の葉を合図に激闘が始まろうとした瞬間、戦場に一つの声が投げられた。この事件に渦中にいる、近衛木乃香の声だ。
「あんたらの目的はウチなんやろ? ついてく……ついてくから! 皆には何もせんで!」
「お嬢様! 一体何を!?」
刹那の焦りも当然だろう。何せ、たったいま命に変えてでも守ると決意した相手が自ら敵に手に落ちると言うのだ。とてもではないが、冷静ではいられない。
「せっちゃん。ウチは、ウチのために誰かに傷ついて欲しくないんや」
「この、ちゃん……」
眼から幾つもの涙をこぼすこのかに刹那は何も言えなくなってしまう。一体、どうすればいいのか。そんな想いだけが、刹那の中に渦巻いていた。
「ハハハハ! これはええやないか。仲間のために自らを差し出す! さすがお嬢様。何とも慈愛に満ちたお人や」
敵のリーダー、天ヶ崎千草の耳障りな声が辺りに響き渡る。明日菜や刹那はその声に対し怒りの表情をあらわにしているが、ネギはそれどころではなかった。早くこのかを説得せねばならない。何故か、そんな想いに突き動かされていた。
「近衛、君がその身を差し出した所で何も変わらない。いや、むしろ状況が悪くなる。だから、そんなことはやめたまえ」
「先生……明日菜とせっちゃん、それにのどか。皆を、よろしくお願いします」
「!?」
その言葉を聞き、ネギは体を硬直させた。今のこのかの眼は、顔は、声は……ネギは幾度も体験したはずだ。嫌、ネギではなく、エミヤが……
――辺りには最早死体しかない。いつもと同じように多数を救うために殺した少数だ。この頃のエミヤは既に達観していた。正義の味方として、多くを救うためには速やかに少数を切り捨てるしかないのだと。
――うぅ……
――一人死体の山の中茫然としていると、小さなうめき声が聞こえた。まさか、生きている者がいたのかと周囲を見渡すと、すぐに見つかった。自分が切り捨てたものの一人、背中を切り捨てた筈の若い女だ。
――誰、か……
――今は息があるようだが、出血の様子から見てもう長くない事が分かる。やっておいた本人が何を、と思うかもしれないが、エミヤはその女の最後を看取るべく近づいた。
――ああ、来てくれたのね。お願いが、あります
――女は弱く声をもらし、何かを差し出してきた。
――この子を、お願い。私はいいから、この子を
――女が差し出したのは、まだ幼い赤子だった。まさか、隠していたのか? とエミヤは戦慄した。エミヤはこの女を切った時を覚えている。その時、赤子がいることなど全く気付きはしなかった。この女は、己の命を賭してエミヤから赤子を隠し通し、守ったのだ。
――お願い、します
――ああ、任された
――エミヤが赤子を受け取ると、女は静かに逝った。
これだけではない。幾度も、幾度も、幾度も幾度もエミヤはこれに遭遇した。自らを犠牲に
してでも子を守る親、弟を守る兄、恋人を守る男。戦闘力など欠片もないはずなのに、エミヤは彼らに圧倒された。エミヤとて、このような方法をとっているが自分の身を犠牲にしてまで他人を救ってきた。だが、彼らと自分には何か決定的に違っているとエミヤは感じていた。思えば、この頃から既に察していたのかもしれない。自分の人を救いたいという思いが、本物では無い事に。
そして、エミヤはこのかを止められず。彼女は敵の手に渡った。
「なるほどね」
「私の落ち度だ」
「いえ、私も結局……このちゃんを止められませんでした」
「とにかく、今は反省会などを開いてる暇は無い。先生、これからどうするんだい?」
事態はまだ終わったわけではないのだ。どうするにしても、次の行動を起こすのは早い方がいい。その辺りは仕事人である真名はよく理解していた。
「無論、近衛を取り戻す」
「敵の居場所は? それが分からなきゃ始まらないが……」
「それについては、心当たりが」
敵がこのかを連れて立ち去る直前、”これでスクナを……”とこぼしていったのをネギも刹那も耳にしていたのだ。スクナ。ここ京都でスクナと言えば、刹那に思いつくものは一つしかなかった。
「恐らく、昔長とその盟友である千の呪文の男が封印したというリョウメンスクナノカミ。奴等の狙いは、その復活だ」
「ようはソイツの封印場所に迎え場いいわけだ。ぞれじゃあ、早く行動を開始するとしよう」
念のため各々装備を確認し、刹那先導の元スクナの封印場所へ向かおうとし……
「ちょっと待ちなさいよー!!」
「あの、えーっと。置いてかないで下さい~」
すっかり忘れられていた一般人に引きとめられた。
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