アーチャー”が”憑依
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十六話
「これから、どう動くので?」
「本山に向かう。既に西の長の了承は得ているからな」
「二人とも、何の話してるん?」
刹那、ネギ、共に敵に阻まれていた時はもしや伏兵がいるのではないかと戦々恐々としていたが、結果はこの通り無事だった。意外にも、彼らの窮地を救ったのは一般人……シネマ村の運営をしているスタッフの方々だった。彼等は自分たちの関与していない騒ぎに最初は目を瞑っていたものの、施設……小川に掛けられた橋が崩壊したとあっては黙っているわけにはいかなかった。
騒ぎの鎮圧に動き出したスタッフを見た月詠は不本意そうに、ほんっとうに不本意そうにその場を離脱。刹那も捕まるわけにはいかぬと木乃香と共に離脱し、衣装を着替えてネギと合流したのだ。ちなみに、フェイトと名乗った少年も、月詠の撤退と同時にひいていった。
「近衛、今から君の実家に行くぞ」
「うちの家?」
修学旅行中に何故? と可愛らしく首をかしげる木乃香に刹那が僅かに頬を染めた気がしたがネギはそれを無視し話を続ける。
「三者面談のようなものだ。こんな機会はめったにないからな」
「そういうことやったんか」
この時ばかりは麻帆良で暮らす彼女のおおらかさというか何というか、彼女の性格にネギは感謝した。
「それでは、行くとしよう。先方には連絡がいっているはずだから、きっと待っておられるだろう」
「そうやな。いこ! せっちゃん」
「は、はい」
三人は本山へと向かう。刹那の鞄に、とんでもない厄介のタネが潜んでいることに気付かずに。
「……勘弁してくれ」
「どーしたん?」
「ネギ先生?」
目的地である本山へと続く鳥居道。突如足を止め頭に手を当てたネギに二人は眉をしかめ、心配する。だが、ネギはそれどころではなかった。
(何故、辿りつけた? 尾行の気配はなかったはずだ。これではまるで、最初から此方の目的地が分かっていたかのような……待て。まさか、さすがにそんな)
「先生、どうしたんですか?」
いくら呼びかけても反応しないネギにさすがに不安になってきたのか、刹那がその肩を掴んで強めにゆする。それでようやく、ネギは思考の海より浮かび上がる。
「刹那、覚悟しておけ」
「覚悟?」
「今日の夜は、長くなるぞ」
ネギの目は、遠くより此方に向かってくる数人の生徒の姿をしっかりと捕えていた。
「申し訳ありません。まさか、荷物にGPS携帯を仕込んで追ってくるとは……」
「いえ、たしかにこの状況では歓迎できませんが、仕方ないでしょう」
ネギは追ってきた生徒達がまさか発信機に類するものでも仕込んだのではないかと一瞬疑っていた。昨日、旅館であれだけ状況を整えて騒ぎを起こしたのだ。発信器の一つや二つ、持ちだしてきても不思議ではない。だが、さすがにそんな常識はずれなことはしないだろうと、ネギは信じたかった。が、朝倉は刹那の鞄にGPS携帯を放りこんでいた。発信器より聞こえがいいが、位置を特定できる事には変わりない。
「夜になったら、彼女達には眠っていてもらいましょう」
「ええ、そうですね」
そんな裏の事情を知る筈もない生徒達、とりわけネギ等三人を追ってきたメンバーである明日菜、朝倉、ハルナ、のどか、夕映の五人は巫女さん達に早い夕食をふるまわれていた。まだ、時刻は五時を回った所。空腹感が出るのはもう少し後なのだがふるまわれる料理はどれも一級品。彼女達の箸は止まることなく動いている。
「いやー、先生に怒られた時はどうなることかと思ったけど。そんなものはふっとぶね!」
「確かに、どれも素晴らしい味です」
「アンタ等はいいわよね……」
ネギ達に追いついた後、GPS携帯のネタばらしをした所で彼女達はネギに盛大に怒られた。全員が頭頂部に容赦なく拳骨を貰い、当時は全員頭を抱えて屈みこんだものだ。その中でも主犯である朝倉に放たれた拳骨は強力で、そのあとが瘤となって残され、今も朝倉は巫女さんに用意してもらったビニール袋に入った氷水をタオル越しに頭にあてて冷やしている。
「お父様と先生、どこいったんやろ?」
「あ、これ美味しい」
そんな中、木乃香だけ箸が進んでいなかった。確か、ここに来たのは三者面談のためではなかったのだろうか? だと言うのに教師と父親は早々に二人だけで奥へと消えていき、気がつけば幼馴染の姿もない。そのことが、木乃香は何故か妙に気になっていた。
「ああ、頼む」
クラスメイトが起こす喧騒の中から抜け出した刹那はとある人物に連絡を取っていた。現時点における戦力の増加。それを済ましておく必要があったのだ。白状してしまえば、後二人ほど戦力として見込める人物がいる。だが、その二人は一応一般人として扱われている以上安易に頼る事はできない。
「長、先生」
電話を切った後も、しばらくその場で佇んでいると奥からネギと詠春が現れた。この後どう動くのか、大体の方針が定まったのだろう。
「刹那、真名との連絡はどうだ」
「終えています。ただ、まだ明るく班員にも捕まっているため抜け出すのはしばらく先。とのことです。それで……」
「……このかに、全てを伝えることにしました」
「そう、ですか」
このまま無事に終わるとしても終わらないとしても、伝えておく必要がある。一度木乃香を目的とした襲撃が起きた以上、成功するかはともかく襲撃自体は可能だと考える勢力が出てくる可能性がある。もう、黙っておくわけにはいかないのだ。
「刹那君、君が悔やむ必要はありません。全ては私の中途半端が招いたことです。彼にも、怒られてしまいましたから」
「長……」
「これまで、君には苦労をかけました。しかし、出来る事ならばこれからもこのかを守ってくれませんか?」
西の長という立場では無く、一人の父親として発せられた言葉を刹那が断ることができようか。いや、そもそも最初から断る理由などないのだ。
「お嬢様……いえ、このちゃんは私がお守りします」
剣を胸に、刹那は改めてそう誓った。
「このか、後で奥の部屋に来なさい」
そうこのかが言われたのは、食事が終わりを迎えようとした頃だった。これまで見た事のない様な真剣な表情をした父親に、このかは何か重大なものがあると感じ取り静かに頷いた。
「もう少ししたらこのかがここに来ます」
現在、このかは友人たちと風呂に入っている。そこから上がればここにやって来るはずだ。それと同時に、クラスメイトの面々に明日の朝までゆっくりと眠っていてもらう予定である。
「やはり、襲撃はあるのでしょうか……」
三人の中でも刹那は一際強く不安を感じている。純粋に経験が足りないと言うのもあるが、何より自分ではこのかを守れないのではないかと不安なのだ。相手には若かりし頃の詠春、俗に言う最強の領域立つ者がいるとなればなおさらだろう。
「確率は高いだろうな」
大丈夫だなどと言う気休めは言わない。下手に安心させて隙を招くよりは不安と緊張を与えておいた方がいい。そこで、ネギは詠春の顔が先ほどより沈んでいることに気がついた。
「どうかしたのか?」
「……実は、もう一つ不安要素が」
「話してくれ」
この段階に来てようやく口にしたと言う事はその不安要素とやらは本来隠されているべきものなのだろう。だが、黙っていて何かあっては遅い。
「実は、このかのクラスメイトの……」
「きゃあああぁぁぁ!!」
「「「!?」」」
詠春の言葉を遮るようにして響き渡った悲鳴。この声の主を、ネギはすぐに察することが出来た。
「神楽坂か!」
障子を蹴り破り戦いの歌を使って駆けだす。一歩遅れて詠春と刹那も部屋を飛び出してきた。
「刹那と長は近衛を!」
二人は無言で頷きネギと別れる。一人明日菜を探すネギは先の悲鳴を頼りに屋敷を駆ける。
そして、見つけた。廊下に倒れ、身を微かに震わせる明日菜の姿を。
「神楽坂、無事か!」
すぐさま駆けより抱き起こす。簡単に体を精査するが目立った外傷はない。辺りを見渡してみると、すぐ傍の部屋、障子が開け放たれたその場所に……
「…………こうしておけば邪魔は入らない。そういうことか」
恐らく魔法によって石にされたと思われる生徒たちの姿があった。
「まて、一人足りない……?」
よく見てみれば、本山についてきた生徒たちの数より石像の数が少ない。
「宮崎、か!」
「刹那君!」
「はい!」
ネギと離れた二人は早々に二つの人の気配を察知していた。感じられる気配には敵意や殺気と言ったものは全く見られず、一般人……ひいてはこのかである可能性が高かった。それを理解している二人は更に足を速めて気配の元へと向かう。
「ほら、ここやえ」
「あ、ありがとうございます」
「ええよ、広いから分かりにくいもんなぁ」
このかはお手洗いに行きたいと言ったのどかをトイレまで案内していた。この広い屋敷では、口で説明するより直接案内したほうが早いのだ。
「それじゃあ、うちは行くけど……」
「大丈夫です。道は覚えましたから」
こう言ったのが明日菜であれば本当に覚えられたのかと疑うこのかだがのどかが相手ならば問題なく信じられた。何せ、のどかは学年でもトップクラスの頭脳を持っているのだ。こういったことに関しての信用度は明日菜の比ではない。
「それじゃあ……のどか!」
「ふぇ?」
のどかの背後、何も無かった筈のそこにスゥーっと現れた一つの影。余りに異質な現象に、このかは思わず声を張り上げていた。対してそんな事が自分の背後で起こっていることなど全く知らないのどかはいきなり大きな声を出した友人に顔をかしげるだけだ。
「…………」
のどかの背後に現れた少年が手をかざす。すると、その手に灰色の光が集まり始めた。その光にどうしようもない悪寒を覚えたこのかはのどかを引き寄せようと手を伸ばす。しかし、時既に遅し。このかの手がのどかを引き寄せる前に、灰色の光が解き放たれる……はずだった。
「女性には優しくしなさいと教わりませんでしたか?」
「あいにくと、そんなことを教えてくれる人はいなかったね」
少年……フェイトの手首を、タッチの差で現場に間に会った詠春が掴み取っていた。
「そうですか。ですが、だからといって許しはしません、よ!」
開いた右手に持つ抜き身の刀を手加減なしにフェイトの腹部へと叩きこむ。だが、例え魔力で強化していようとも容易く人を両断出来ていたはずの一刀は、障壁によって完全に防がれていた。
「紅き翼の青山詠春、か。いや、今は近衛だったね」
「そういうお前は……まさか!?」
詠春の思った以上に事態は切迫していたようだ。目の前の少年に、詠春は見覚えがあった。詠春の記憶にあるより幾分幼い容姿をしているが、間違いない。
「やれやれ、貴方に姿を見せたのは失敗だったかな」
その言葉は、詠春の推測を確実にするものだった。
「刹那君、このかと、ご友人を連れて逃げなさい。出来れば、ネギ君と合流して」
「……長?」
「恐らく、今の私ではあの少年の足止めで精一杯でしょう。そして、長くは持ちません」
詠春の発言に、刹那は目を見開いた。紅き翼の詠春、サムライ・マスターと呼び親しまれた英雄の一角。一戦を退いて長くとも、その実力は極めて高く。彼を相手にして確実の勝てると言えるのは本家のあの姉妹ぐらいだと言うのは有名な話だ。そんな詠春が足止め、それも長くは持たないと自分で言ったのだ。改めて刹那は、己が敵対する者の強大さを知り身を振わせた。
「ねぇ、これどうなっとるん?」
「あ、あわわ」
このかとのどか、そのどちらもが今の状況を理解できていなかった。だが、だからこそ少しでも知ろうとこのかが一歩踏み出す。しかし、それに答えていられるほど、今は余裕がなかった。
「このか、刹那君とご友人と共にネギ君所へ行きなさい」
「……ネギ、先生?」
「刹那君」
「……はい」
刹那が静かに動き、このかとのどかを抱きよせる。
「行きなさい!」
詠春の声と同時に、刹那はこのかとのどかを抱きかかえて走り出した。
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