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SAO─戦士達の物語

作者:鳩麦
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MR編
  百四十九話 別れの時が来るまでは

 
前書き
はい、どうもです。

少々長い期間が開いてしまいました。いつもながら申し訳ありません。

今回は少し心情と価値観に重点を置いたお話となります。

では、どうぞ
 

 
存分に食い飲みに興じる一同を、飲み物を飲みながらのんびりと眺めるケットシーの少女の姿があった。水色の耳を時折ピコピコと揺らして、木陰の切り株に腰を下ろしどこか遠くを見るように視線を向けるその少女に、黒ずくめの少年が脇から声を掛けた。

「みんなと一緒に食べないのか?」
「……ちょっと休憩よ。アンタは?」
「オレもそうしようと思ったんだけど、シノンが寂しそうにしてたからな」
「…………」
さらっというキリトに呆れたように微妙な表情を向けたシノンを見て、彼はなんともバツが悪そうに頬を掻いて白状する。

「ごめんちょっと話し相手が欲しかっただけです」
「最初からそう言いなさいよ、変な言い方するから調子外すんでしょ」
「はい……」
反省したように肩を落とすキリトに微笑んで食事を続けるシノンの脇で、大木に背を預けて串焼きを食べ始めたキリトの方を見ずに、シノンはふと呟くように言った。

「……一応、お礼言っておくわ」
「ん?いや、別に、俺はほんとに話し相手が欲しかっただけだし」
礼を言われるような事は何も、と言って手を否定するように振る彼に、シノンは肩をすくめる。

「それだけじゃないわよ……此処に連れてきてくれた事も、アスナ達を紹介してくれたことも……兎に角、最近の事、色々、全部」
「いや、それこそ別に俺は何も……」
続けて否定しようとしたがしかし、キリトはシノンの横顔を見ると、その言葉をひっこめた。こんなにも嬉しそうな顔をしている彼女に、これ以上無粋な言葉を差し込むのは憚られたからだ。

「……正直、こんな風に友達とバーベキューを囲んでおしゃべりするなんて、ほんの少し前には考えもしなかったのよ。だから、今が夢の中みたいな感じがする」
「……奇跡じゃないさ、此処は仮想だけど、この体験は間違いなく現実だ。前にそう言ったのはシノンだぜ?」
「くす……そうね」
あの日カフェで言ったことを思い出しながら、シノンは飲み物に手を付ける。
……もし、ほんの二カ月前に彼らと出会っていなかったら、きっと今日この日の自分は、ALO(ここ)で飲み物を飲むなどではなく、今頃は一人家で昼食を取るか、あるいはGGOの荒野を一人彷徨って居たはずだ。
この世のどこかに、こんな綺麗で楽しい光景が広がっているなどとは知りもしないまま、いや、仮に知ったとしても、それに自分が関わる事が出来たかもしれない世界だとはついぞ考えもせず。これからも自分は一人きりで生きて行くのだと信じ続けたままで。

シノンにとって、こういったイベントは正直過去の物だった。楽しいも、嬉しいも、全ては過去の物で、自分の未来にそんなものがあるとは思えなかった……というよりも、考える余裕が無かったのだろう。今を生きるほうに必死過ぎたから。

「でもそれなら、入っていかないのか?」
「なんていうか……慣れてないからなのかな、楽しいんだけど疲れるのが早くてね……だから、ちょっと休憩してる」
「あぁ、なるほど」
多分、少しだけ気持ちが付いていっていないのだろうなと思う。あまりにも思いもしなかった状況過ぎるから、付いていきたくても気持ちが付いていっていないのだ。

「何となく分かるよ。俺も昔は一人の時間が長かったから、ギルドに入った時はついていけない時もあって大変だった」
「へぇ、アンタが?」
今は集団の中心に居る彼に、そう言った時期があったことはシノンにしてみると意外だった。

「SAO時代に、サチの居たギルドに入ってたことがあってさ。そこにいた頃にな……」
キリト自身、今自分がこの話を出来ていることが少し不思議だった。昔の自分であればこんな風にこの話題を……黒猫団の話を持ち出すことなど出来はしなかっただろう。それが出来ているのは、自分にとっての出来事を一つの過去として消化できたからなのか、あるいは自分の罪過であるそれと自分の中ではっきりと向き合いながら生きられるだけの強さを、仲間達からもらう事が出来たからなのか……

「時間をかけて慣れて行ったんだ……それからアスナに出会って、リズやシリカに出会って……」
「で、最終的に女の子をはべらせるようになったわけ?」
「その言い方だとなんか、人聞き悪くないか……?」
「あら、そう?」
別に特に間違いを言ってる訳じゃないと思うけど。と言いながら、すました表情でふりゅんと尻尾を振る。その様子に憮然とした顔になりつつ、キリトは騒ぐ皆を見ながら言った。

「だからまぁ、もし俺がそう言うのを意外に見えたなら、みんなのおかげだよ。シノンから感謝を貰うなら、俺はみんなに感謝しないとだな」
「アスナとか?」
「兄貴とサチもだ」
言いながら、二人は目線を合わせて、集団から少し離れた場所に居るリョウ、サチの元へ歩いていくアスナを見る。互いに何を言うでもなく、お互いの心配事を二人は察していた。

「お互い、結構気をもんでるみたいだな?」
「何が出来る訳じゃないけどね……でも、あの二人の空気が悪いと、みんな少し気にするみたいだし……」
「何時も中心に居る二人だしなぁ、兄貴があんな風に仲間内で揉めるの、珍しいんだよな……」
「昔はよく喧嘩したりもしてたけどね……」
「そうなのか?」
ふと思い出すように、シノンは中空を仰ぐ。少し考えて、彼女は小さくうなづいた。

「よく近所の子と喧嘩したりしてた。まぁ、大抵はお姉ちゃん絡みが多かったけど」
「サチ絡みって……」
「昔から気が弱くて可愛かったから、よく近所の男の子に絡まれてたのよ。それでリョウ兄ちゃんが殴るのがお決まり」
「あぁ……」
何となく想像出来てしまって、キリトは苦笑する。

「で、俺が勝手にやったとか言い出す?」
「最初の頃はお姉ちゃんが自分の所為だって言ってたんだけどね、その内お兄ちゃんの方から否定するようになって……ほら、小学生って、そう言うのからかうじゃない?」
「あぁ、分かるよ」
そう言えば自分が小学校の頃にもそう言うことはままあった。今にして思えば「だったらどうした」と言ってしまえば済むような話だが、昔はそう言うのが妙に気恥ずかしい時期もあったのだ。しかし、ということは……

「しかし、兄貴にもそんな可愛らしい時期があったのか……」
「今にして思うと、私でも信じられないけどね……」
お互いに今のリョウが見せる普段の様子を思い出して、笑いをこらえる。現在の飄々とした彼の事を思うと、そんな可愛げがあったのだと言われてもなんとも信じがたい。

「もしかしたら……」
「ん?」
「……ううん、何でもないわアスナとリョウ兄ちゃんが上手く仲直りできるように、今は祈りましょ」
「……そうだな」
リョウへと歩み寄っていくサチの姿を眺めながら、二人はもう一口コップに口を付けた。

────

「みんなと食べないの?」
「ん?あぁ、食休みだよ食休み」
森の家の中、キリト達が見るその視線の先に、くしくも彼らと同じような会話をしながらサチを迎えるリョウの姿があった。モスミントの煙を燻らせる彼にサチが皿を持って近づいて行くと、リョウは即座に煙を吐き出すその棒を引っ込める。

「ふふ、私、気にしないよ?」
「だろうな」
肩をすくめるリョウを見て、サチは笑いながらピーマンと肉を同時にフォークで口に運ぶ。数回咀嚼して、コクリと頷きながら飲み込んだ。

「お前、相変わらず肉と野菜一緒に食うの好きだな……」
「くす……リョウも食べる?」
言いながら、サチは焼いた人参と肉を刺したフォークをリョウに向かって差し出す。しかし……

「あ……」
出してからその体制がどう言う意味を持つか気がついたのか、少し頰を染めながらフォークを引っ込めようとした。

「んじゃいただき」
「えっ」
まあ引き戻したフォークからは野菜も肉も消えていたわけだが……

「……!?」
「ん、んー、ん。まあ確かに悪くはねえか……」
「〜〜〜〜ッ!!?」
悲鳴をあげなかった自分の自制心を褒めてやりたくなるほど、顔の温度が急上昇していく。全く自覚無さげに肉を食む目の前の幼馴染にも何かしら言ってやりたかったが、結局数回口をパクパクとするだけで何も言えなくなった。今更だが、最早彼の中に自分に対して羞恥心というものは存在しないのかと疑いたくなる。

「え……エギルさん、お肉焼くの上手だよね……」
「ん?一応リアルじゃ本職だからなぁ、其処は面子ってのがあるだろうよ。タレはお前らが作ったんだろ?」
「う、うん。明日奈と、ユウキも一緒。焼き肉のタレみたいなのと、わさび醤油とか、あ、チャツネみたいなのも作ったよ?」
「ははぁ、お前らも凝り性だな相変わらず」
関心と呆れを半々に含んだ顔でリョウが苦笑する。実際、彼女たちの料理はどんどん凝ったものになってきている気がする。SAOからその情熱を見てきては居るが、ここ一年でさらに進化したようだ。

「料理始めたのは同じころだったと思うんだがなぁ」
「あぁ、そうだね。プラスチックの包丁使ってたっけ……」
「あれもよく出来てたよなぁ、今じゃ天地ほど差が付いたもんだ」
「リョウだって上手だよ?それに、私はリョウの料理の方が好きかな……」
「あぁ?なんで」
「勿論、美味しいからだよ?」
特に何か濁すでもなく、とても素直にそう言った彼女の言葉をリョウは奇妙な物を見るように見た。しかし特に彼女が笑顔を崩す様子もなく、どうやら本気で言っているらしいと聞いて益々首を傾げる。

「あのなぁ、お前が作る方が美味いだろうがどう考えても」
「くす、ありがとう」
何言ってんだと言わんばかりに苦笑して言うリョウに、サチも変わらず微笑みを返す。けれど、サチはあくまでも本気でリョウの料理の方がおいしいと思っているのだ。理由は……おそらく自分以外には分かってはもらえないけれど。

「さて……んでー?いい加減茶待つのもあれなんだが、お前いつまでそこに居る気だアスナ」
「う……気が付いてたの……?」
突然、リョウが森の家の陰に向かって声を掛ける。すると角から、おずおずとしたアスナが顔を出した。その顔に、リョウは憮然とした様子で返す。

「舐めんな。俺の聞き耳と索敵が幾つか今更いうか?」
「なんでこんな時にそんなスキル使ってるの……」
「癖だ癖」
どこか気まずそうに目を逸らすアスナを見て、サチが苦笑しているのを見て、リョウが腕を組んだ。

「ったく……気ぃ使ったのかタイミング測ってたんか知らねぇがな……隠れんな。気になるわ」
「はい……」
「あははは……」
うなだれる少女と呆れた様子の青年の間に座って、サチが苦笑する、しかしリョウは一つため息をつくと、改めてアスナを見て聞きなおした。

「で?俺に用か?それともサチか」
「……リョウに、話があってきたの」
「…………」
腕を組んだまま、リョウはアスナを見返す。自分を見るその瞳がいつにもまして真剣さを帯びていて、彼女が今度の事に結論を出したのだと彼は理解する。

「……裏いくか」
「うん」
言いながら立ち上がったリョウに、アスナが頷く。先を歩いていくリョウの後ろで振り向いたアスナとサチの視線が交差して、アスナが小さくうなづく。返すように、サチが小さく微笑んだ。

「……頑張って」
「っ……うんっ」

────

「さ、て……んで?まぁこないだの車ん中の話の続き……だと思って、相違ねぇよな?」
「……うん」
「そか……んじゃ、とりあえず先に……謝っとくことがある」
「え……?」
意外な言葉に、アスナの口から少し間抜けな言葉が漏れる。

「正直色々考えたが、あの時、俺お前の気持ちに無頓着に言い過ぎたかもしれん……から、それはまぁ……謝る。悪かった」
「う、うん……」
神妙に頭を下げられて、アスナの方がしどろもどろしてしまう。と言うよりも……

「こんなに神妙に謝るリョウ、初めて見たよ……」
「……出し抜けに失礼な奴だなお前は……」
「あ、えっと……ごめんなさい」
真面目に謝っている相手に流石に失礼だったと気が付いたのか、アスナが慌てて口を押える。ため息がちに顔を上げたリョウが、アスナの顔を真っ直ぐに見た。

「とはいえ、だ。別に、俺の意見が変わった訳じゃねぇ。お前には、納得と、覚悟がいる」
「……うん」
頷いて、アスナはリョウの視線と真正面から向き合う。いざ意見をぶつけようと思うと、普段見ているリョウの瞳がとても怖くなる瞬間がある。彼の瞳の中には、何時も鋼のような意志が宿っているのが読み取れる。彼自身がそれを実践してきた姿を見ている所為もあってか、その意志を自分の意見で納得させることなど不可能なのではないかとすら思えてくるからだ。

とはいえ、本来別にリョウに許しや納得を求める必要などは存在しない。何故ならユウキとの関わりは、アスナと彼女との個人的なそれであり、元々は他人がどうこうと口を出すことではないからだ。リョウも別に、アスナの意見をねじ伏せようとしているわけではない。彼はそんなことをする道理が自分にはない事を、ちゃんと理解しているのだ。
ならば何故今こうしてアスナはリョウと向き合っているのか、理由は二つある。

一つは、アスナの我儘の背中を、サチやみんなが押してくれたからだ。
ユウキと共に学校に行きたい。出来るなら、今の仲間達とナイツのメンバーと共に、沢山の思い出を作っていきたい。其れはアスナの至極個人的な我儘だ。もしかしたら、それによって仲間たちに嫌な思いをさせてしまうこともあるのかもしれないと、ユウキと同じように悩んだこともあった。しかし……

『それがどんな剛速球だろうが大玉だろうが、きっちりキャッチして、その上でアンタと友達になるわ』
『そうですよ!なんといっても私達今日は絶対、ユウキさん達とお友達になる!ってつもりでここにきてるんですから!!』
『一緒に考える事位なら、出来るから』

リズも、シリカもシノンも、そう言ってくれた。自分の自分勝手から生まれた悩みや問題の解決に至る道のりを、一緒に考えて、探って、一人で抱えていたものを一緒に持ってくれると言ってくれた。

『……頑張って』

サチも、ずっと一緒に悩んでくれた。彼女自身の傷を自分に話してまで、自分とリョウの間にあるわだかまりをなくそうと努めてくれた。その想いに、報いたいと思う。自分とリョウを心配してくれた人たちに、もう心配しなくていいと、そう伝えることでのみ、それは為されるはずだ。

そして二つ目は……アスナ自身のけじめだ。

サチの話を聞いた今となっては、あの日彼がどうして自分にあんな風に警告したのかもよく分かる。結局の所、初めからアスナとリョウは見ているものが違ったのだ。
アスナは「こうあってほしい」と言う「理想的な未来」ばかりを見ていて、本当は分かっているはずの「現実」には一切目を向けようとしなかった。その「現実」を、リョウは見ていた。リョウはそれを見ないことが如何に危険なことであるかを知っていて、足元を見ずに走ろうとする自分に警告を送り、そして自分にとってそれはまさしく致命的な弱点その物だったのだ。
結局、リョウは初めからそのアスナの弱点も見抜いていた。彼の警告は、本当にそれが致命傷になるよりも前に、事前に受け止められる覚悟を決めておかせるためのいわばクッションのつもりだったのだろう。

それすら受け止められなかった結果が、あの言葉だ。

『リョウみたいに、私は人の死を見ても何も感じないほど、強くない!!!!』

「(ッ……)」
胸が、ズキリと傷む。
知っていたはずだ。彼にそれを言ってはいけないと、彼が……刃と呼ばれた自分のそういう部分を嫌っていると、それだけは、彼に対して言ってはいけないと、知っていたはずだ。知っていたはずなのに……あの時、そう言ってしまった。

本当は……本当なら、もうリョウとの関係は破綻していてもおかしくない。何故なら全て分かった上で言ったのだ。リョウにとってそれがどういう意味を持つ言葉なのかも、リョウがそう言う自分をどう思っているのかも、それらを全て分かった上でアスナはああ言ってしまった。あの日、自分の甘さによって十人以上の人間の命を奪う羽目になった彼に、寄りにもよってアスナ自身が。
だから、アスナにはけじめをつける義務がある。あの時の言葉を謝罪し、その上で、そう言ってしまうほどに弱かった自分が、どういう結論を出したのか、彼に伝えなければ……

「……私からも謝らなきゃいけない事があります」
「ふむ」
「あの日、車の中で言った事……本当にごめんなさい」
「……まぁ、身から出た錆だ、ありゃ。お前が気にすることじゃねぇ」
「だめ、許さないで」
「ん?」
気まずそうに目を逸らそうとしたリョウに頭を下げたままで、アスナは言った。首を傾げる彼に頭を上げると、彼女は胸に手を当てる。

「お願い、あの時ああ言った私を、許さないでほしい。私が、貴方にああ言った事だけは……私が、私だけは、あんな事言っちゃいけなかったの。絶対に……」
「……お前、まさかまだラフコフん時の事気にしてたのか?」
驚いたようにリョウが言う、確かに、彼にとっては「未だに」なのかもしれない。しかし……

「……忘れるなんて、出来る訳無いよ」
口元を硬く引き結んで、アスナは首を横に振る。当然だ、忘れたことなど無い。自分は彼に、人を殺させたのだ。いかなる理由があろうと、彼ら自身が否定しようと、それは紛れもない事実だ、あの日彼が、彼らが奪った命は全て、アスナ次第で奪わなくても済んだはずの命だったのだから。

「なのに……忘れて無かったはずなのに……私、あんな事言ってた……ホントは、一生リョウには返さなきゃいけないものがある筈なのに……ゴメン……ごめんなさい……ッ」
「…………はぁ、ったく、ばか真面目っつーか何つーか……そこは許させろよ……」
前髪をガリガリと掻いて、困ったようにリョウが視線を彷徨わせる。しかし、すぐにそれはアスナへと固定された。

「一生返すってな……もう散々お前から貸しは返してもらってんだろ」
「……えっ?」
「……ったく、旦那も旦那ならお前も大概無自覚化かよ」
呆れたようにため息をついて、リョウは苦笑してアスナを見る。

「……お前がカズに……キリトに……自分は守るほうだって、言った時の事、覚えてるか……?」
「それは、うん……」
勿論、忘れるはずもない。キリトがどうして頑なに孤独で居続けようとしたのか、初めてその心の奥底に触れることが出来た日だ。そして……守れないことを恐れ、故にこそ他者と関わる事を恐れていたあの優しい少年に改めて心惹かれ、ならば彼に守られるのではなく、彼を守ることで隣に居続けようと決めた日でもある。

「正直に言うとな……あん時俺、かなり嬉しかったんだわ」
「…………」
笑った彼の表情が本当に嬉しそうで、そんな顔を、またアスナは初めて見たような気がした。

「オレも彼奴も、SAO(あのせかい)じゃ生きるのに必死で、俺は兄貴分気取っても、碌にあいつを守ってやれたこともねぇ。ずっと自分で自分を守ってきた彼奴を、お前は傍に居て、しかも逆に守るっつってくれた。彼奴に取って、どれだけそれが救いだったか、俺にも分からん」
「あれは、でも……」
自分がそうしたかったのだ。そのことで、リョウが自分にたいしてそんな風におもっているなどとは思いもしなかった。しかし、リョウはさらに言葉を続ける。

「それに、お前がダチになってくれてからな、サチが、その前よりずっと楽しそうにしてたからな……」
「サチが……?」
「彼奴の話は聞いたんだろ?」
「……」
頷くアスナにリョウは再び遠くを見るように目を細める。

「中学、高校、両方のダチを亡くして、その後も色々あってな……一時期、ダチを作るつーのが、彼奴にはキツくなってた時期があった。偶に呼んでたシリカなんかも、俺の客で、サチも仲は良かったが、フィールドに出てたからな……必要以上に踏み込もうとしねぇんだ」
「…………」
「けどな、お前は違った。彼奴と同じような歳で、趣味も合ってて、しかもつえぇ。いつの間にか打ち解けて、ダチになって……お前と話してから、彼奴、地味に割と明るくなったんだぜ?」
「……そう、なんだ」
その声が、今までに聞いたどんな声より優しく、だからアスナには分かってしまう。キリトもサチも彼にとっては本当に大切で、だから彼から今向けられている感情は、本当のそれなのだと。

「まぁ、だからなんだ……俺からすりゃ、借りがあんのはむしろ俺の方なんだよ。お前は俺の家族に、彼奴に色んなもんをくれた……恩人って奴だ」
「そ、そんな事……」
「だーかーらー!」
尚も食い下がろうとしたアスナの言葉を遮って、リョウは続けた。

「いい加減、そう言う引け目とか遠慮とかやめれ。お互い貸しがあるなら貸し借りはねぇってことで、手打ちでいいじゃねぇか……面倒くせぇんだよ、そういうの」
「……いいの?」
「いい!つーか柄にもねぇ話したな……だから、なんだっけ……あぁそう。俺にお前を“許させろ”ッつー話だ。……じゃなきゃ、対等な立場で話せん」
「……そう、だね」
気が付くと、アスナは少し自分でも意外なほどストンと頷いていた。実際、℃あっても結局今からリョウには自分の意志を伝えなければならないのだ。そこに負い目や引け目を持ち込んだままでは、リョウと真に対等な立場で意見を交わしたとは言えないだろう。
本当は……許されないことでリョウへのせめてもの償いを立て、その上で話をしようと思っていた。しかし、それをリョウは望んでいない。あくまでもどちらが優劣という話ではない、対等な立場に立つことを、彼は望んでいたのだ。

「……ごめんなさい、ありがとう」
「礼も詫びも要らん。ったく、つか俺ら、こんなわだかまり残したままよくまぁ一年同じ学校通ってたな……」
「そうだね……ほんと……」
きっと、価値観の相違や罪悪感への認識の差などの面で、わだかまり自体はずっと前からあったのだ。其れこそSAO時代、あの宿屋で彼にラフコフ討伐戦への参加を依頼したときから、ずっと。
ただそれは互いに互いの事を知らなかったから表層化しなかっただけで、仕方ないことでもある。アスナとリョウでは生まれも育ちも経験も価値観も、あるいは一部では倫理観すらも、何もかもが違うのは分かっていたことなのだ。
結局の所、互いの考えを知った後でそれを認め合い、その上でどうするかを考えていくことでしか、その溝を埋めることは出来ない。ならば、もうするべきことはあと一つだけだ。

「さて、ようやく根本的な話に戻れるな?」
「うん」
舞台は、結局リョウに整えてもらう事になってしまった。けれど今はその気持ちに甘えよう、自分の意見を聞きたいと、彼は言ってくれているのだから。後は、自分の意見を彼にぶつけるだけだ。

「んじゃ、聞かせてもらおうか、答えは?」
「…………」
一度大きく息を吐いてから、アスナははっきりと告げた。

「──ゴメン、その覚悟は、出来ない」
「…………」
リョウが無言で続きを促す。その瞳を見返しながら、アスナは言った。

「リョウの心配は……正直に言えば嬉しいよ。それに、リョウが正しいのも分かるの、でも……それでも私は、最後の瞬間まで、ユウキとずっと一緒にいることを諦めない。ユウキがきっと自分の運命に打ち勝って、何時までも一緒に居られるって、信じてる」
「……お前、その意味分かって言ってんのか?」
其れは賭けにすらならない、単なる願望だ、信じるというよりは「そうあってほしい」事を諦められないだけの子供の、ただの我儘、よく分かっている。気が付かなかっただけで、あの雨の日にもそう言われていたのだし、今はその意味がはっきりと分かる。それを諦めることで、得られる覚悟はきっと、自分が負う傷を浅くしてくれるのだろうということも。けれど……

「うん。ごめん、でも……それが、私の答え」
その傷から、痛みから逃げたくないと、アスナはそう思った。ユウキは、自分が彼女に体当たりでぶつかって行ったから、これだけ短期間で強い絆を掴めたのだと言ってくれた。なら、彼女との触れ合い方はそれ以外ではダメなのだ、たとえ時間がないとしても、いや、無いならばこそ、自分を庇って守りに入るのではなく、何のためらいもない、ノーガードの体当たりでなければ。

「それを受け入れたふりをしても、きっと本当の私はそれを受け入れられない。だからきっと、そうしてユウキと向き合う私の中には嘘が残る……私は、ユウキとの向き合い方に、嘘も演技も持ち込みたくない、有りのままの私で、ユウキと向き合い続けたいの」
「…………」
「だから私は、私がしたいようにユウキと向き合いたい。それが見たくない物を見てないだけだって言われることでも……それが、私を傷付けるとしても構わない!私は、私も!ユウキの運命と戦う!!」
「…………!」
そうだ、自分は、ユウキの運命と戦いたいのだ、最後の最後まで、死にゆくだけの運命だなんて絶対に認めない、たとえその先に待つ結末が何であっても、それが己を引き裂く未来だったとしても「ユウキと共に生きる未来のために」あり続けたい、それが、自分の、結城明日奈の意志だ。胸を張って、今はそう言うことが出来た。
数瞬、驚いたようにリョウが目を見開いて彼女を見る、しかし彼はフッと苦笑すると、呆れたように後ろ手に頭を掻いて、ため息をついた。

「あぁ、そうか……ったく、かなわねぇよお前にゃ……っとに、俺の義妹様はおつえぇ騎士姫さんだ」
「!」
「……わぁったよ、それがお前の……お前らの意志なら、俺が口を出すのはもう、完全に筋違いだな。何も言わねえよ」
「リョウ……!」
「まぁ、なんだ……今更だが、俺につき合わせて―ことがあんなら、遠慮しねーで言えや。普段お前らに付き合ってる程度にゃ、付き合ってやるよ」
「うん!ありが……って」
うん?いや待て、何時も自分が付き合わせている?「自分」が?「リョウ」を?

「それ、どっちかっていうと逆の方が多いじゃない!」
「あー?そーだったか?」
肩をすくめて笑うリョウに向かって口を尖らせながらも、久々にアスナは心からリョウに笑いかける、宴の声が、今もにぎやかに響いていた。

────

「……リョウ」
「おう」
宴の中に戻って、皆に向けてデザートのタルトを振るまい始めたアスナと、その隣で笑うユウキを見ながらグラスを傾けていたリョウに、サチが声を掛ける。話し合いの結果を、二人の様子から察したのだろう、彼女はリョウに微笑みかけながら言った。

「ありがとう……それに、心配させてごめんね?」
「……ったく、お前といいアスナといい……だから、詫びも礼も要らねぇっつーの。俺が勝手に要らん節介焼いて失敗しただけだろ」
「要らないなんて事ないし、失敗だってしてないよ……?」
自嘲気味に言うリョウを諫めるように、サチは首を横に振った。

「リョウが心配してくれて、私もアスナも、凄く嬉しかったのは本当だもん。だから……ありがとう」
「……へいへい。ま、結局んとこ、俺が想うほどあの騎士姫さんは小娘じゃなかったみてーだがな……死ぬの覚悟するより、キツい方選びやがったからな彼奴」
「…………」
覚悟はしないと、彼女は言った。違う。本人に自覚があるにせよ無いにせよ、間違いなく彼女は一つの決意をした。ユウキと共に彼女の最後の瞬間まで、「共に生き抜く覚悟」だ。其れはある意味で、ユウキの運命に納得し諦める、それを受け止める覚悟よりも彼女の心にとっては負担になる。何故なら、退路がないからだ。
彼女の後ろにもう道はない。「共に戦う」ということは、ユウキがこの先歩むであろう彼女の死への一本道を共に歩くという事に他ならない。リョウが提示した「諦め」と「納得」というクッションをユウキとの間に置くことを拒否した以上、ユウキの死と言う現実にやがて彼女がぶつかった時は、その衝撃を全て、しかも一人で受け止めなくてはならない。

「一人でやって、折れなきゃいいがな」
「……一人じゃないよ」
「…………」
半ば予想していた通りの言葉を、サチが言った。変わらずアスナ達の姿を眺めながら、リョウが問い返す。

「……良いのか?」
「うん……ホントは、少し怖い……でも、きっと今ユウキからも逃げたら、後でもっと後悔すると思うから……だから私は……アスナとユウキの傍に居ようと思います……ごめんね?」
リョウの表情を窺うように彼の宝を見るサチに、彼は肩をすくめて鼻を鳴らす。

「だから謝んなッつーの。……お前が決めたならそうしろ、ただまぁ、無理すんなよ、しんどくなったら言え」
「うん……ありがとうリョウ……いつも、傍に居てくれて」
「……あぁ」
肩だけが触れ合う、互いの感触を感じながら、談笑するアスナとユウキを見て、サチはどこか悲しげに微笑んだ。


Second story 《No one lives foreve》 完
 
 

 
後書き
はい、いかがでしたでしょうか?

と言う訳で二編目が終了。

漸く、アスナとリョウのぶつかりにひとまずの決着が付きました。
色々な部分で対極にある二人なのでやがてぶつかるのは必定だったのですが、だからこそ描けるものもありました。

原作でも、アスナは少しロマンチストで理想に傾倒しすぎるきらいがあり、それが弱点でしたが……同時にその理想を追い求めるとても強い心を持った少女でもあります。彼女のそんな所が私も大好きですし、それが彼女の最大の魅力であると言っても、全く過言ではないでしょう。

今回はリアリストであるリョウの意見を聞いて色々な事を考えつつも、その強さを持ってして自らの意志を貫く、しかし、最終的に一度多くを考えたことで、より彼女の「強さ」を強調できる結論となっていればいいかなと思っております。

一先ずの結論となったこの結末が、どうか皆さまの心にも残ったままで、最終章まで向かって行けますよう……

次回からの章は、ちょっと打って変わってひたすらに楽しい事をしたいなとおもっておりますw

ではっ!!


 
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