ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──
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コラボ
~Cross over~
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夜。
巨大な青白い円盤が、黒い空を切り裂くように冴え冴えとした光を放っていた。
地面も、建物も、全て色抜きされたように白い。だが無色という訳ではなく、乾いた骨の色だ。もはやガラスどころか窓枠さえない、壁に空いた穴から見える道路は広く、四角い家々がくっきりとした影を落としている。彼方には、螺旋を描く白亜の塔に変じた新宿副都心が夜空を貫かんばかりにそびえ立っていた。
「《月光》ステージか……」
今まで腰かけていたワークデスクの天板を黒雪姫はツーッと指先――――切っ先でなぞる。四肢が剣というブラック・ロータスの属性は《絶対切断》。たいして力もいれていないのに、まるでどこかの宮殿から盗んできたかのような、悪趣味なまでの精緻な装飾がされた机に変じた天板は、派手な音を立てて両断された。
膨大な戦闘経験値を持つ古参故か、すぐさまステージの属性から、その特徴や特性、戦い方を脳裏に展開する黒雪姫だったが、今だけはそれは後回しにして視線を右上に動かし、対戦相手のレベルを確認する。
自分の《子》であるシルバー・クロウ、並びにもう一人のメンバーであるシアン・パイルならば、対戦相手のレベルを表すそこには4と表記されているはずだ。その他には、現状梅郷中に現存するバーストリンカーの人数から考えてありえない。
そのはずだった。
否、それ以前の問題だったかもしれない。
「……な、に?」
もし仮に、仮にだ。そこに刻まれている数字が9だった場合、サドンデスルールの適用内ということになり、形振り構わず生き残るための醜悪な《心意》の応酬ということになっていたかもしれない。
だが違った。
そこにあったのは、そもそもそんなメーターを振り切っていた。
なぜなら視界右上。対戦相手の現レベルを記すそこは――――空白だったのだから。
「……ぁ……え…………?」
思わず呆けた声が漏れるが、致し方ないだろう。もはや前代未聞とかそういう次元ではない。明らかな異常が、そこにはあった。
そして黒雪姫の視線は自然と、吸い寄せられるように横滑りし、対戦相手の体力ゲージの下に表記されたアバターネームに向かう。
何のことはない。異常の中に少しでも普通を感じたかったからなのかもしれない。
しかし今度も、黒雪姫の願いは悪い方向に砕かれた。
「L……e……なんだ、これは。レン、……ほ、う?でいいのか?」
デュエルアバターは通常、リアルでいうところの苗字と名前のように、《色・名》という定形文で固定されている。しかし、燦々と緑に輝く敵体力バーの下部に刻まれているのは、どう見てもその簡素な六個のアルファベットのみだ。
一瞬、黒雪姫はそれが、例えば《レン・ホウ》とか《レンホ・ウ》みたいなアバターネームが、訳あって合間に挟まれるはずのスペースが抜けているのかとも思ったが、そんなカラーネームなど聞いたことがない。
「……何者なんだ?」
漆黒のアバターの頭部を軽く傾ける黒雪姫は、しかし逡巡していようと始まらない、と思い立ち、手始めに手近なオブジェクトを壊しにかかる。この手の、会敵前の必殺技ゲージ溜めをレベルが突き放した――――それこそ王クラスがやるなどコスいことこの上ないが、今回は相手が得体が知れなすぎる。このくらいの用心はするに越したことはないだろう。
―――しかし、月光ステージのオブジェクトはゲージが溜まるのが遅いな。まぁ、《焦土》ステージとか、そもそもオブジェクトの数そのものがゼロに近い《大海》よりはマシか。
普通のバーストリンカーはそこに、オブジェクト自体の硬さも悩みの種として追加されたりするのだが、アビリティの力で常時に絶対切断属性を与えられたブラック・ロータスにはその手の悩みはない。手の延長線上に伸びる片刃のエッジは何の抵抗感もなく、白亜のオブジェクトを両断した。
一通りゲージを溜めた黒雪姫は、窓枠がはまった壁ごと細切れにしながら、見通しのいいグラウンドに出る。
梅郷中の広いグラウンドは、細かなタイルを敷き詰めた庭園へと変わっていた。オブジェクトは一切存在せず、南の端に立つ槍のような塔――――もとは防球フェンスの支柱が、長細い影を伸ばしているだけだ。
振り返って仰ぎ見れば、校舎は中世ヨーロッパの宮殿のような姿へと変じている。ゴシック様式とでも言うのか。巨大な円柱が正面に並び、壁面には天使や悪魔の彫像が幾つも突き出しているが、幸い月光ステージは熱帯雨林ステージでの原生生物のような敵性エネミーは存在しない。したがって、あの彫像が突如動き出して襲い掛かってくる、というようなことはない。
だが、何もないということは翻って音が響きやすいということでもある。
月明りと星明りでしか照らされない白い世界の中、ホバー移動の黒雪姫は静かに何の物音もしないグラウンドを見回した。
―――まだ現れてはいないか。あちらは校外がスタート地点になったのか……?
対戦相手のスタート地点は基本、リアルでの座標位置上に置換される。フィールド属性によって建造物内部が再現されていない場合は、ほど近い外の座標にランダム配置されるが。
―――もしくは、私とこの《レンホウ》なる者がごく近い座標上にいたということか?
「フム……」
黒雪姫が小さく吐息を吐き出したその時、はるか頭上――――屋上のほうから小さな物音がしたのを確かに聞いた。
「――――ッ!!」
雷速のスピードでアバターの隅々まで意識を張り詰めされる。
だが、それに対しての返答は少々……いやかなり意外なものだった。
「お、おい!ちょっと待てって!」
風切り音さえ置き去りに空を斬ろうとしていた切っ先がピタリと止まる。降ってきたその声が、あまりにも予想外すぎた。
呆気にとられ、再び固まる黒雪姫に、屋上からは「よっ」と軽い掛け声とともに小さな影が月光の下に矮躯を躍らせる。
音もない見事な着地でタイル張りのグラウンドの上に降り立ったのは、せいぜい身長は130あるかないかの小さなデュエルアバターだった。
大粒のエメラルドを思い起こすような大き目の両眼しかないマスクに、アンドロイドのような頭部から突き出したツインテール状のアンテナ。そしてそれら全てを覆いつくす、ダークグレーとルビーの二色を基調とした半透過アーマー。
「なぜだ……」
あまりの出来事の連続に、割れた声を黒雪姫は発する。
「どうして貴様がここにいるんだ!レイン!!」
その動転した叫びに、加速世界にわずか七人しか現存しないレベル9erにして、巨大レギオンを率いる最強の支配者《純色の六王》の一人、《不動要塞》スカーレット・レインは――――
「ンなモンこっちが知りてぇよ!!」
逆ギレした。
「つまり、私との通信の最中、原因不明のノイズが発生したと同時に、《対戦観戦》モードが起動した、と?」
「あぁ、……しょーじき意味不明だ。あたしゃ練馬にいたんだぞ。なんで杉並のアンタの対戦に引きずり込まれなきゃなんねぇんだ?」
真っ赤な少女型アバターは、少し離れたところで二本のアンテナ状パーツをぴこぴこ振りながら唸り声をあげる。《親子》や《同レギオン》以外のギャラリーは、対戦者の周囲十メートル以内には近寄れない。そのため、いくらか声を大きくしないと伝わらないが、コミュニケーション自体は問題ない。
黒雪姫とニコの二人は、校舎に背を預け、ひと時の情報交換に投じていた。
こんなのんびりしていていいのだろうかと思いはするが、対戦相手の現在位置を示す視界中央の水色三角、すなわち《ガイド・カーソル》に大した変化はない。おそらくはスタート位置付近をウロウロしているのだろうが、その真意は図りがたい。
とはいえ、ニコの話は決して悠長なものではない。
あらかじめ登録しておいたバーストリンカーの対戦を観戦するため、不干渉の状態で対戦フィールドに召喚される。それが対戦観戦モードだ。その際、乱入された際に現れる【HERE COME……】の文字ではなく、【A REGISTERED DUEL IS BEGINNING!!】というはっきりとした掲示をもって予約観戦が開始され、アバター姿で対象の戦場へと出現する。
だがその観戦モードも、同じ戦域内でしか適用されない。要するに、登録したリンカーが他区域を根城にしているなら、その対戦を見てみたいと思うとわざわざその本拠地まで出向く必要があるのだ。
黒雪姫がいたのは杉並、ニコの言う事が正しければ、彼女がいたのは練馬。いくらなんでも何かの間違いが起こるような距離ではないはずだ。
「直前にリアルで通話していたから、回線が混線したのか?」
「いや、それはないだろう…………たぶん。一般回線網とBBプログラムの回線は対応していないはずだ。それに、直結もしていないのにニューロリンカーの位置情報が上書きされるなど聞いたこともない」
「だがな黒いの。聞いたことがねぇっつーのは、イコールで起こらねぇってワケじゃない。現にこうして、古参であるアンタでも経験したことがない対戦が成立しちまってンだからさ」
確かに彼女の言も正しい。
目の前にある現実を理屈でねじ伏せるのは正しいことだとは思えない。いや決してロマン的な意味合いではなく。
「ということは、やはり貴様も知らんか」
「この対戦相手か?知らねぇな。第一、バーストリンカーなのか?コイツ」
「……………」
あまり認めたくはないが、黒雪姫率いる《ネガ・ネビュラス》より、赤の王たるニコのレギオン《プロミネンス》のほうが規模も大員の数も桁違いだ。それらを統率する彼女が知らないのであれば、黒雪姫にも知りようがない。
悶々と考え込む黒雪姫を見かねたのか、ニコは頭の後ろで組んでいた腕を離し、軽い調子で口を開く。
「まっ、考えてても仕方ねーや。要は勝ちゃいーんだよ。余裕あったらどうにかこうにか拘束して色々とっちめたいトコだが、一般対戦フィールドじゃなぁ……」
先日の《災禍の鎧》討伐作戦時に潜った《無制限中立フィールド》では無かったが、普通の《バースト・リンク》コマンドでダイブする対戦フィールドは、内部時間で30分という制限がある。こうして二人で話しているうちにも、視界上部――――自分の体力バーと敵の体力バーのちょうど真ん中に設置されたカウントは、確実に1800秒からゼロへ近づいている。
だが、勝てばいいという単純解明な理論には黒雪姫も賛成だ。
それもそうだな、と軽く肩をすくめ、視線を視界中央のガイドカーソルに戻す。相手の《レンホウ》も、いよいよ痺れを切らしたのか、水色の三角形がぐいっと動き出している。
ニコもそれを見たのか、二本のアンテナパーツを動かしながら、
「んじゃ、あたしは高みの見物とさせてもらうぜ。せいぜい頑張りな」
「フン。まぁ、負けるつもりはないが、せいぜい頑張るさ」
「かっわい気のねーオンナだなぁホントに」
「オイ、それはどういう意味――――」
眉を吊り上げ、詰問しようとした黒雪姫の目の前で、唐突に小さな矮躯が掻き消えるように宙空に溶ける。
対戦者同士がバトルに入ったのをシステムが感知し、観戦者を強制的に排したのだ。今頃、最低でも三十メートルは離れたどこかの地点に転送されているに違いない。
―――だが、どういうことだ?
すぐさま口を閉じ、意識を張り詰める黒雪姫の頭に浮かぶのは、やはり疑問だ。
戦闘状態を感知する、と言うが、正確には対戦者同士の距離がある程度近くなるか、またはどちらかの体力バーが減った時、である。
ガイドカーソルに従えば、まだ対戦相手は校門目指して、梅郷中の外縁を囲む塀を沿ってのんきに歩いているだけ。校舎に背を預ける黒雪姫とは、低く見積もっても七、八十メートルは開いている。そんな状況で、何をもってシステムは戦闘状態へ移行した、と判断したのか。
「……面白い」
無意識のうちに零れ落ちた言葉が空気に溶け消えるのとほぼ同時。
視界中央に浮かぶ三角形が静かに校門を指し示し、青白い月光に照らされる中、新たな影がゆっくりと躍り出る。
果たして、白亜の塀の影から現れたのは――――
小さな、子供の姿だった。
後書き
……うん、このスペースではAWの世界観とか専門用語を解説しようかな、と最初は思ってたんだけど、視点が基本的に先輩だからか用語のオンパレードだぜ☆
諦めたぜ☆
書くことなかったぜ☆←
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