ゼロの使い魔王さま!
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第二話 使い魔として
「知らない天井だ」
目を覚ましたサタンが一番初めに眼にしたのは、真っ白な天井だった。
いつも自分が眠ったあとに眼にする黒く質素な天井とは違い、模様の描かれた白のクロスの天井からは炎を灯した小さなランプが吊るされている。
外からは淡い光が差し込んでいるため、おそらくは夜なのだろう。
「クソ、何で俺はこんなところに……」
上半身を起こし左腕で額を抑える。
少し頭痛もするし、気だるい感覚とでも言えば良いのだろうか。身体が酷く重苦しい感覚にサタンは顔を歪めながら周囲を見渡した。
目にはいるのは魔王城にも似たようなものがいくつか置かれていたインテリアの数々だ。
木製の物が主で、テーブルやチェスト。ベッドなんかも存在する。
見たところ誰かの部屋だろうか。広さ十二畳ほどのソレの床に自分は寝そべらされていたようだ。しかも、下には何も敷かれずただ薄い毛布をかけられた程度の状態。
とてもじゃないが、歓迎されているとは言えないだろう。
「まぁ、それもそうか。俺は魔王。敵を迎える人間が何処にいるっての」
一人呟き納得したところで、サタンは身体を起こし気だるい状態のまま窓際へと移動した。
窓から差し込む淡い光。その正体は天から降り注ぐ月の光である。
部屋の主の許可などとらず窓を開けると、爽やかな夜風が頬を撫でた。
心地が良い。
素直にそう思えたサタンだが、その視線を天へと向けたとき表情は強張り額から汗が流れ落ちる。
「月が二つ……だと……?」
サタンの視界に映ったのは、見慣れた丸い月とその隣に浮かぶ同じく輝く球体。しかも、その二つともがサタンの知っているソレよりも格段にデカいのだ。
二倍以上はあるだろうか。月が近づいているのかどうかは分からないが、サタンからすれば惑星が降ってきているかのような錯覚に襲われ軽く恐怖する物である。
「異世界ってのは本当なんだな……」
自分の知らない未知の世界にやって来ている。それは意識を失う前に知り得た事実だったが、心の片隅では何かの冗談だと思っていた。
魔族である自分の身体に起きた異変。魔王だとか魔族だとかそういう単語を耳にしても、ルイズや他の少年少女たちの態度に変化は現れなかった。
そう考えれば、魔族の侵攻を受けていない辺境の地に飛ばされたか、そもそも魔族という概念が存在しない世界に飛ばされたかの二つに絞られる。
そして、結果は後者だった。それを誰に教わらずとも自身で理解したサタンだが、やはり理解しても認められないものはあったのだ。
「もしかして、信じて無かったの?」
「――ッ!?」
突然聞こえた声に振り返ってみると、そこに立っていたのはルイズだった。
今朝と同じ白いブラウスにグレーのプリーツスカートを身につけた、所謂魔法学園チックな服装。
そんな彼女は、扉の前に仁王立ちしてサタンを見据えている。
「お前、今まで何処にいたんだ?」
「ちょっと野暮用でね」
疲れたようにため息を吐きつつテーブル前に用意された椅子に座るルイズ。
その整った顔立ちには疲労が見て取れる。しかも、その視線は的確にサタンを見据え、少しだけ非難の感情すら垣間見えた。
どうやら彼女が部屋を留守にしていた理由は、少なからず自分にもあるようだ。
それを理解したサタンは彼女とテーブルを挟んで向かい合うように椅子に座ると
「何があった?」
「今朝の騒ぎのことよ。アンタを召喚してからの後の事。そのことでコルベール先生——今朝あの場に居た先生に呼びだしを受けちゃってね」
「なるほどな。それで? こうして解放されたということは、大して問題はなかったということなんだろう?」
「そうね」
ルイズはそれだけ口にすると、向かい側に座るサタンを目を細めて見据えた。
そこには疑惑の感情が隠すことなく表れていて、サタンは思わず苦笑する。
「先生に呼ばれて私が何て言われたか分かる? 『ミス・ヴァリエール。君の召喚した使い魔だが、ただの平民かもしれないが、呼びだされた以上彼を使い魔にすることは絶対だ。君がどのように反論しようとも、春の使い魔召喚の儀のルールはどんなルールよりも優先されるのだよ』ですって。まるで、今朝の事が無かったかのような口ぶりだったわ」
「そうか。なら、記憶操作は成功したということだな」
サタンの言葉にルイズは”やっぱり”と目に見えて分かる態度を見せた。
そして、彼を見据える視線をさらに細めると
「どうして記憶を消したりなんてしたのよ?」
「愚問だな。俺の力を目にしたそのコルベールの態度に、お前を馬鹿にしていた連中の絶望しきっていた表情。あれをそのままにしていたら後々面倒なことになりそうなのは当然だ。騒ぎにならないように下までさ」
サタンにとって人が自分に対してどのような感情を持とうがどうでも良いことだ。そんなもの、自分自身が気にしようとしなければ問題など無いのだから。
しかし、自分は良くても他の人物は迷惑がるかもしれない。
例えば、今回の場合でいうとルイズだ。
彼女はおそらくサタンを召喚した立場の人間。どういう理由で自分を召喚したのかは知らないが、サタンがルイズ以外の連中に恐怖を与えたままあの場を去っていれば、確実にルイズは居場所を失うことになっただろう。
化け物じみた存在を召喚するほどの少女だ。
尊敬されて戦争に駆り出されるか、化け物として蔑んだ目で見られるかのどちらかの道を歩むことになるのがオチである。
「お前は一応俺の命の恩人だ。お前の立場が危うくなる状況を黙ってみていられるほど落ちぶれちゃいない」
「そ、そうね。ご、ご主人様の立場を守るのは使い魔の仕事だもの。と、当然の義務だわ」
「さも当然のように口にしてるが、頬が緩んでるぞ? もう少し素直に感情を表したらどうなんだよ」
「う、うっさいわね! 別に良いでしょ私のことは!」
身を乗り出し顔を赤く染めて反論するルイズだが、その照れ隠しにも似た怒り方ではサタンはおろか子供だって泣かすことは出来ないだろう。
そんなルイズに肩をすくめてみせたサタンだが
「俺からも聞きたいこと。いや、確かめたいことがある」
「な、何よ?」
「ここは本当にフレイティアじゃないのか?」
「――その国が実在するかどうかは別として、今私達が住んでいるこの大陸はハルゲニア。アンタの言ってる大陸じゃないのは確かね」
腕を組み、視線を逸らしてルイズは答えた。
「信じられない」
「私だって信じられないわよ。『サモン・サーヴァント』で召喚した存在が人で、しかも異世界から来た魔王だなんて。何かのおとぎ話に影響されてるんじゃないかって思えてしまうわ」
「正確には人じゃ無く魔族だ。どういう理由なのかは知らないが、身体が変化してるけどな」
そう言うなり再び自分の身体を確認してみる。
纏っていた軍服はそのままに、皮膚や見た目が明らかに変化した身体には今も違和感を感じてしまう。
元々、魔族だった自分の身体は黒い体毛に覆われ、身長は三メートル以上はあったはずだ。
それが今では目の前のルイズより頭一つ分大きなくらいで、体毛も生えていなければ皮膚も少しの損傷で大怪我を招いてしまいそうなほど弱々しく成り果ててしまっている。
「ルイズ。一応聞いておくが、俺を元の世界に返すことは可能か?」
「――無理ね。アンタは私の使い魔として契約しちゃったし、一度使い魔として契約したからにはもう動かせないのよ」
「俺をこの世界に呼んだ魔法をもう一度使用したとしてもか?」
「……えぇ。『サモン・サーヴァント』は一方通行だもの」
少しだけ申し訳なさを感じるトーンで答えるルイズにサタンは苦笑してつぶやく。
薄々感じていたことだ。
世界と世界を渡って移動することなど、言葉にすれば簡単だろうが実際に起こすとなると非常に難しいことに決まっている。
何の偶然か今まさに死にそうになっていた自分はそれをルイズの言う『サモン・サーヴァント』なる魔法で可能にさせたみたいだが、それを再び起こしたとして成功するかも疑わしい。
「やっぱり、元の世界に戻りたいの?」
「――戻りたくないと言えば、それは嘘になるだろうな。あっちでやり残したことは山ほどあるし、もう一度戻れるなら戻りたい。だが、今のところは戻れる方法も無いわけだし、今すぐ戻ってもまた殺されるだけだ。だから、しばらくは大人しくしてるさ」
「そう」
吹っ切れたかのようなサタンの物言いにルイズは安心したかのように微笑みながらつぶやく。
彼女も少なからずサタンをこの世界に呼んでしまったことに罪悪感を覚えてはいたのだろう。
相手の意志を無視して使い魔として現世にその姿を召喚するのが『サモン・サーヴァント』なる魔法だというのがサタンの見解だ。
自分はどうであれ、ルイズを除いた子供達は召喚した使い魔と仲睦まじい様子を見せていた。
おそらくは召喚される側も召喚する側と息の合うパートナーが選ばれるのだろうが、やはり使い魔たちに召喚士を選ぶ権利は無いように思える。
だからこそ、自分のように言葉を話せるイレギュラー的存在に罪悪感を覚えてしまったのだろう。
「何にせよ、魔王だった俺は死んだんだ。こっちではルイズ・フランソワーズ・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールの使い魔であるサタンに他ないしな。これからよろしく頼むわ、ご主人様」
「え、えぇ。アンタの働きに期待してるわ!」
サタンの従僕する姿勢に気を良くしたのか立ち上がりルイズは笑う。
そんな彼女を目にし、やっぱり女の子は笑顔が一番だと心の中でサタンは思う。しかし、それと同時にふとした疑問が頭に浮かぶ。
「ところで、使い魔ってのは具体的に何をするんだ?」
「えっと、そうね。まず、使い魔は主人の目となり耳となる能力を得られるわ。つまり、使い魔が目にしたものを主人も目にすることが出来るの」
「なるほど。二人の視界を共用するようなものか。それなら俺の世界にも存在したな」
そう口にするなりサタンはルイズの背後に移動すると、彼女の大きな鳶色の瞳を自らの手を添えて隠す。突如として視界を奪われたルイズは驚愕したように短い悲鳴を上げたが
「視界同調」
サタンの口にした言葉と共にルイズの悲鳴が感嘆の声に変わった。
『視界同調』は対象の目にしている光景を自分で見たり、他人に見させたりできる魔法である。
持続時間は使用者の魔力量にも左右されるが、基本的に無制限に使用可能。潜入任務だとかに特化された魔法だが、魔王城では浮気をする夫を監視するために使用する女性魔族も少なくはなかった。
かく言うサタンもこの魔法には苦しめられた経験もある為、あまり多用したいものでもないのである。
「凄い。アンタの目にしている物が見えるわ!」
「何だ? ついさっきまでも俺の視界から見た光景が見えていたんじゃないのか?」
「どういう理由なのかは知らないけど、さっきまでは全然見えなかったわ。だから、ちょっと新鮮な感じがするのよ」
嬉しそうに口にするルイズに苦笑。
サタンは彼女の瞳に添えていた手を離すと再び彼女と向かい合う形で立つと
「それで? これの他には何かあるのか?」
「えっ? あっ、えっと……秘薬を見つけたりだとかいろいろあるけど、一番は主人の護衛ね。ご主人様の矛となり盾となるってところかしら? その能力で、主人を敵から守るのが一番の役目。アンタならそこのところは問題なさそうだけど」
「まぁ、戦うことに苦戦することは無いだろうしな」
「そうね。なんたって、私を除いた生徒達に恐怖を植え付けて黒焦げにした上に、治療までしてもピンピンしてる化け物だもの。そう簡単には負けないでしょうね」
「おい。事実だが人を簡単に化け物扱いするなよな」
ルイズに冗談交じりにそう告げるサタン。
自分が化け物じみた実力を持っているのは承知の上だが、それを面と向かって口にされるのは少しだけ抵抗があるのだ。
サタンが世界征服を目指した理由の一つは世界から差別をなくすためでもある。
見た目が人間と違うからだとか、恐ろしい力を備えているからだとかで人から蔑まれている存在をかき集め、人々の考え方を変えるために動き出した結果が魔族の誕生だ。
故にちょっとした違いで人から蔑まれるようなものを見ていると、放っておけないし我慢できない。
今朝ルイズを助けた理由もその性格からなのだ。
「分かってるわよ。アンタは今日から私の使い魔。僕なんだし、変に蔑むつもりは無いわよ」
「それを聞いて安心した」
「さてと、しゃべってたら眠くなってきちゃったわ」
ルイズは眠たげに欠伸をすると、そのか細い指を自らのブラウスのボタンに伸ばし、ゆったりとしたペースで外し始めた。
それを目の当たりにして勿論サタンは慌ててしまう。
何せ、目の前で女の子が着替えをしているのだ。
羞恥心の欠片も感じられないその所業に、サタンは自身の顔を背けると
「おい、ルイズ。確かに俺はお前の僕——パートナーになるとは言ったが、そういう意味でもパートナーになるとは言って無いぞ!?」
「な、何を馬鹿言ってんのよ!? わ、私だって今日あったばかりの奴と、い、一緒に寝るなんて口にはしないわッ! ただ寝るために着替えてるだけよッ!」
そう口にして脱いだブラウスをサタンの顔に投げつけると、ルイズは一言「見るんじゃないわよっ!」とだけ口にしてサタンに眼を瞑ることを強要させる。
いくら魔王であるサタンと言えども、少女の裸体を拝みたいという下心が無いとは言えない。
しかし、ここで彼女の裸体をマジマジと見る行為は、信頼を無碍にするような行為に他ならない。だからこそ、サタンは黙って彼女の言う通り目を瞑った。
耳に入るのは衣服がこすれるような音と、着替えと言う作業をこなすルイズの小さな息遣いと声だ。
ただでさえ美少女な上に綺麗な声をしているのだ。それだけでも理性が飛びかけるに等しい条件がそろっていたが、サタンは耐える。
「良いわよ」
「――ったく。見られたくないなら最初から着替えて来るなりしろよな」
「私の部屋にアンタがいるんだから仕方ないじゃない。それより、それらを明日の朝のうちに洗っておいて」
そう言ってルイズが再び投げてきたのは、今まで彼女が身に纏っていたのであろうレースの付いたキャミソールとパンツだった。
ほのかな温かさを帯びたそれに一瞬思考が飛ぶ経験を覚えるサタンだが
「おい、どういう意味だよ?」
「雑用も使い魔の仕事と言うことよ」
「ちなみに、俺が寝る場所は?」
「勿論使い魔だから床の上——って言いたいところなんだけど、風邪なんて引かれたらたまったもんじゃないもの」
そう口にしてルイズはベッドの上にあった掛布団をサタンに投げ飛ばす。
おそらくコレを床に敷いて寝ろとでも言いたいのだろう。確かに何もない硬い床の上で寝るよりはマシにはなるだろうが、異世界の魔王に対してこんなことを強要させるルイズの神経はどうなっているのだろう。
そんなことを割と本気で考えながらサタンは苦笑すると、手にしたルイズの衣服やら何やらを脇に置き掛布団を床に敷き
「んじゃ、お言葉に甘えてコレを使わせてもらうことにするよ」
「えぇ。あと、アンタに限って起きないとは思うけど、変な気を起こそうとは思わないでよね?」
「分かり切ったことを言うなよな?」
「ふっ、そうね」
サタンの言葉にルイズは微笑むと、指を弾いた。
瞬間、天井に吊るされたランプから光が消えると同時に部屋の中から音が消えて二人の息遣いだけが耳に入るようになる。
思えば女性と共に同じ部屋で眠るのは初めてかもしれない。
変な恥ずかしさを胸の内に秘めながら、サタンは長い夜を過ごしていくのだった。
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