魔法少女リリカルなのは『絶対零度の魔導師』
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アージェント 〜時の凍りし世界〜
第二章 《暁に凍る世界》
ドキドキ!?温泉パニック!!②
「ダメです。」
暁人から”作戦“について聞いたミミは、開口一番真っ向から否定した。
「………確実を期すならこれが一番だ。」
「ですが……これでは!」
もう決めた、とばかりに言葉を重ねる暁人にミミも食い下がる。
「……分かってる。これじゃ最良の結果は得られない。だが……最悪だけは確実に避けることが出来る。」
「………それでも、ご主人様が危険過ぎます。」
「承知の上だ。……それに、後の事もちゃんと考えてる。氷雪を遺して死ねるか。」
「……………」
ミミとて暁人の考えは理解出来る。が、なにより使い魔としての誇りが、主人のみを危険な戦場に立たせる事を拒んでいた。
「……少し、時間をください。」
主の意に沿えない自分は使い魔としては失格なのかもしれない。そう思いつつもミミは、そう答えるしかなかった。
暁人がミミと交わした契約は、『生涯氷雪を守り抜く事』。そこに暁人の安否は加味されておらず、暁人が死んだ時は自動的に氷雪に契約が切り替わる様になっている。
しかし、ミミは暁人の無事こそが何より氷雪を守る事だろうと信じていた。そこに私情が無いとは言えない。だが、彼女にとって暁人は主人であり、彼もまた守るべき対象であった。
「……先に言っておく。お前の同意無しにこの作戦を採るつもりは無い。どうしてもって言うなら、代案を考える。」
「……申し訳ありません。」
主の意向と、自分の心情。二つの命題の狭間で葛藤しつつも、ミミはひとまず一人で考える事にし、部屋を出た。
ミミの原型由来の優れた聴覚が“それ”を知覚したのは、その直後の事だった。
(な、なな、な……何であの連中がー!?)
物陰に隠れたミミは、その自慢の鋭い聴覚のみで相手の動向を探る。ウサギ特有の長い耳が拾うのはこんな会話だ。
「三人でお風呂も久しぶりだね?」
「せやなぁ……最後に行ったのはいつやったろか?」
「えっと……六年生の冬休みだったと思うから……三年ぶり?」
言わずと知れた時空管理局のトップエース三人組。高町なのは、フェイト・T・ハラオウン、八神はやての三人だ。会話と移動方向からして、これから湯殿に向かうのだろう。
(まずい……彼女達にはお嬢様の顔もミハイロフ医師の顔も知られてます……)
とにもかくにも主人である暁人に連絡しなければ……と、そこまで考えた時点でミミの思考が止まる。
「……この事を報告すればご主人様はどうするでしょうか………?」
ミミは想像を働かせる。妹の為ならあらゆるリスクを排する暁人だ。管理局の、しかも例の三人がいるとなれば即座に逃走を決意するだろう。しかし、それでは氷雪はどうなるのだろうか。
「……お嬢様はこの旅行を心底楽しみにしてらっしゃいました。聞き分けのいいお嬢様ですから、中止となっても駄々は捏ねないでしょう。ですがーーー」
氷雪はきっと悲しむに違いなかった。そして、氷雪のそんな顔を見れば暁人だって悲しむだろう。そんな様を、ミミは見てはいられなかった。
「……この件、私がどうこうするしか無い様ですね。………やって見せましょう。その程度出来ずして、ご主人様の使い魔は名乗れません。」
妹の為なら世界すら躊躇いも無く滅ぼす主人に仕えているのだ。ミミの思考もまた、主人に似るのはある種当然の帰結だった。
「……そうですね。取り敢えず、目前の危機を回避しましょう。」
ミミは一人嘯くと、自身を本来の姿、緋い目の白兎に変える。
「……参ります。」
覚悟を決め、ミミは湯殿に向かう彼女達へと、背後からの突撃を敢行した。
〜ミミの突撃一分前〜
「そう言えば……他にも泊まってる人いてんのやろか?」
はやてが疑問の声を上げる“知る人ぞ知る”といった風情が滲み出ているこの松風屋。仲居さんに聞くのもなんとなく憚られたのだ。
「……うう、女の人ならいいんだけど……」
フェイトが不安そうな声を上げる。一応水着は持ってきてあるものの、男性と同じ湯船に浸かることにはやはり抵抗感があるようだ。
「大丈夫だよ、フェイトちゃん。プールとか海とそんなに変わらないよ。」
なのはがフォローするものの、そもそもフェイトはその二つも苦手としている為に、大した効果は上げていなかった。
「うう〜、やっぱり恥ずかしいよぉ。」
「………ダメやで、フェイトちゃん。」
頬を紅く染めて恥じらうフェイトに、はやてが何か悟りでも拓いたかの様に語り掛ける。
「フェイトちゃんそないなイイ身体しといて何を恥ずかしがってるんや。それは他の大多数の女の子に対して失礼やで?」
どうやらはやては他の二人に比べてあまり育ってないのを気にしている様だ。どこが、とは言わないが。
「ふぇっ!?」
「は、はやてちゃん?」
「ええか?世の中晒したくとも晒せない女の子も多いんや!だからフェイトちゃんみたいな出てるトコ出てる女の子が恥ずかしがるんはナシや!!」
「そ、そんな事言われても………」
困る。そう言いかけたフェイトのすぐ脇を、白い影が後ろから追い抜いた。
「「「?」」」
三人が注意を向けると、前方数メートルの所に白いウサギが佇んでいる。三人の方をジッと見詰めて、何か言いたげな雰囲気を醸し出している。
「……ウサギ?どこの子やろ?」
「外から入って来たのかな?」
このウサギは当然ミミなのだが、三人が分かる筈も無い。まして、彼女の目的など知るよしも無い。
ただジッと見詰めてくる白兎=ミミに、三人もおそるおそる、といった風に近付く。
「可愛いね、触ってもいいかな?」
フェイトが興味津々といった様子で近付くと、ミミは怪しまれない程度の跳躍力を発揮して、フェイトの胸に飛び込んだ。
「わっ!?」
反射的にミミを受け止め、抱き抱える状態になったフェイト。この時点で、ミミの作戦は90%まで成功していた。
「え……えっと……どうしたらいいのかな?」
「う〜ん……取り敢えず旅館の人に聞いてみようよ。ひょっとしたらここで飼ってるのかもしれないし。」
ひとまずなのはの提案通り、フロントに向かう事にした三人。まずは直近の脅威の排除に成功し、ミミは心の中でガッツポーズを決めつつ、次なる作戦を練るのであった。
「ふぅ………」
肩まで湯に浸かり、体の中の澱みを追い出す様に大きく息を吐く暁人。この黒駒谷に湧き出る温泉には、確かに多量の魔力が含まれており、ことに、この松風屋の源泉はそれが顕著であった。
「成程……これなら傷の治りも早くなる、か。」
当初は効果に懐疑的であった暁人だが、実際に入ってみる事で評価を改めた。この分なら治った時には、以前より丈夫になっているだろう。
「おまけに……」
暁人の視界の端には氷雪(当然水着着用)がやはり湯船に浸かり、そのまま溶け出しそうなくらいに幸せそうな顔をしている様が映っている。
「……いつ以来だろうな、氷雪があんな顔をするのは。」
この四年間というもの、氷雪は極力笑顔を絶やさない様にしていたが、心の奥底の寂寥や苦悩を隠すには、彼女は未だ幼すぎた。言動の節々に顕れるそれらに触れる度、暁人は己の無力を責めた。
しかし、今、この時ばかりは、氷雪は心の底からこの幸福を受け止めている。それだけでも此所に来た価値はあったと暁人は思う。同時にこれを提案した、恩人でもある親友の慧眼に恐れ入る暁人だった。
「……全部終わらせれば、こんな日も増えるんだろうな。」
氷雪の治療を終えても、既に亡き両親が戻ってこない以上、氷雪の悲しみを全て埋める事はできないのだろう。しかし、病が無くなれば、悲しみを忘れて楽しめる様な日々が、今よりずっと増える筈であった。
「……まぁ、今は忘れるか。折角氷雪が笑ってるんだからな。」
(今のところ順調……順調ですが……)
フェイトの腕に抱かれたままで、ミミは次なる策を巡らす。この松風屋の間取りからすると今は三人の部屋に向かっている様であった。
(このままでは時間稼ぎにしかなりませんね……少し大胆に行きましょう。)
思うが否や、ミミはフェイトの腕の中で、器用に体の向きを変えると、服の襟元から顔を中に突っ込んだ。
「ひゃっ!?え、な、何!?」
突然の事に戸惑うフェイトを余所に、目的のある物を口で挟むと、勢いよく顔を引っこ抜き、そのままフェイトの腕から抜け出す。
その口にくわえていたのは……フェイトの下着、つまりブラである。
「……え、な、あ……」
「え、えっと……?」
「な、何や……?」
呆気に取られた三人。その隙を逃さず、ミミは正しく脱兎と成りて走り去った。
「え、ええ〜!!?」
胸元を押さえて立ち竦むフェイト。他の二人も、予想外にも程がある事態に、直ぐには動けない。
「と、取り敢えず追い掛けよう!」
「せ、せやね。フェイトちゃんは部屋で待ってて。」
「あ、二人共!」
フェイトが声を上げた時には、二人はもうミミを追って駆け出していた。一人残されたフェイト。部屋で待っててと言われても、羞恥が邪魔をして、思うように動けない。
「ど、どうしよう……」
フェイトが途方に暮れたその時だった。
「……どうかされたんですか?」
背後からフェイトに声を掛ける女性がいた。
使い魔であるミミは、当然魔法生物だ。故に、原型である兎の姿は変えられなくとも、人間形態の容姿は、ある程度イメージ次第で変えられる。
今、フェイトに話し掛ける女性もまた、ミミであった。但し、腰まで届いていた長髪は肩の辺りで揃えられ、背も二回りほど高くしている為、受ける印象はかなり違う。普段が『清楚系メイド』だとすれば、今は『スポーティーなお姉さん』といった感じだ。
「ふぇ!?え、えっと……その……」
まさか兎に下着を盗られた、などとは言えず、言葉に詰まるフェイト。その様に、自分の策がうまく回っている事を確認したミミは、さらに一歩踏み込んだ。
「フフ……言わなくてもいいですよ。大方イタズラ兎にでも出くわしたのでしょう?」
「………え?」
「あの子、昔からこの辺に住み着いてて、時折、旅行客に近付いては持ち物を盗ってくんです。」
勿論、自作自演、嘘八百である。しかし、目の前の彼女が下着ドロボーその人であるとは知りもしない、現地の人でもないフェイトには、その話に疑う余地を見出だせなかった。
「まあ、あの子の住みかは分かってますし、少ししてから探せば見つかるでしょう。そうですね……それまで少し、お話でもしませんか?」
かくして、ミミは二つ目の策をわりとあっさり成功させるのだった。
「あの……あなたの、お名前は?」
「私ですか?ラビと言います。貴女は?」
「ふぇ、フェイト・T・ハラオウンです。えっと……その、ラビさん。変な事聞いてもいいですか?」
「構いませんよ。」
ミミ改めラビの擬態は完璧で、フェイトは相手の事を疑いもしない。が、それ故にフェイトは、ミミの想定を超える質問をぶつけてきた。
「その……自分が信じる何かが、他人を傷付けるかも知れないって分かったら、どうしますか?」
「………は、はい?」
いきなりのヘビー級な質問に、さしものミミですら返答に詰まる。フェイトも、見ず知らずの他人に、こんなことを突然話す自分自身に困惑している。
「そ、そういうお話は……気心の知れた方とするべきではないですか?少なくとも、出会って間もない私が触れていいとは思えないのですが……」
「そう、ですよね……私もそう思います。」
「だったら……」
「でも、」
話題を変えようとするミミを遮り、フェイトが言葉を続ける。
「友達には……その、ちょっと相談し難い内容で……見ず知らずの人の方が、頼りになるというか……何というか……」
「……ふむ。」
別にミミには、ここで馬鹿正直にフェイトの悩みに付き合う必要は無い。ましてやフェイトは敵方。わざわざ相談に乗ってやる義理も無かった。
が、ミミもミミの方で似たような悩みがあった。それが、ミミに無視という選択肢を遠ざけさせた。
「なら、私でよければ。」
「あ、ありがとうございます!」
そこからフェイトは、自身の悩みについて話していく。話題が逸れたり、途中途中で詰まったりしていたが、要約するとつまりーーーー
「……成程、つまり今の貴女は、自分が正しいのかどうかの自信が持てなくなっている、と?」
「多分……そう、です。」
確証は無さげに答えるフェイト。当のミミは、話を聞いている内に何が原因だったのか悟ってしまい、何とも複雑な心境だった。
(うーん……曲がりなりにも使い魔ですし、まさか主の言葉を否定もできません……)
幾ばくかの黙考の末、ミミは固まり切らない考えを、話しながら纏めるようにして語る。
「……多分、正しいとか……間違ってるとか……そういう事じゃ無いんでしょう。」
「………え?」
「貴女にとっても、お話にあった方にとっても、多分それは“やらなきゃいけない事”で、そこで正解や間違いを判断する事自体に意味がありません。正しいとか間違ってるとかいうのは、それが全て終わった後の結果に過ぎないんですから、判ってもいない結果の為に自分の選択肢を狭める必要も無いでしょう?」
「うーん……そうなの、かな?」
「ええ。………行動に足る理由があれば、事の是非はオマケなんですよ。だから、下手にグチグチ迷わないのを私はお薦めします。……って、ついさっきまでグチグチ悩んでた私が言えた事ではないですが。」
「……ラビさんも?」
「ええ。………私はある御方に仕えてるんですが、先程少々一悶着ありまして……でも、もう大丈夫です。貴女のお話を聞いて、少し吹っ切れましたから。」
「そ、そうですか………私も、何となくそんな気がします。」
フェイトがそう言った所で、二人の元に近付く足音が響く。おそらく先の二人が探し物を見つけてきたのだろう。ミミとしても特に手を掛けて隠した訳では無いので、見つかる頃合いの予想も経っていた。
「……では、私は失礼しますね?」
「え?ああ……ありがとうございました。お陰で、何とかなりそうです。」
「……それは、お互い様です。」
ペコリと頭を下げ、踵を返すミミ。フェイトは廊下の角に消えるまで、その姿を見送っていた。それから間もなく、フェイトの元になのはとはやての二人が戻ってくる。
「フェイトちゃん見つかったよ!……フェイトちゃん?」
「どないしたんや?誰かと話しとったみたいやけど。」
「………ううん、何でも無い。ありがと、なのは、はやて。」
フェイトはそう言うと笑って振り返り、そこで自分が下着を盗られていた事実を思い出し、再び赤面するのであった。
十分に時間を稼げたと判断したミミは、元の姿に戻り、一直線に部屋へと戻った。そこには既に湯から上がった暁人がおり、愛機のメンテナンスをしていた。
ミミが戻った事に気付き、暁人が口を開く。
「……何だか知らんが嬉しそうだな。」
「そうですか?……そう言うご主人様こそ。」
「当たり前だ。氷雪が笑ってるんだからな。」
当然の如く言い放つ暁人に、ミミはブレないものだと苦笑する。
「……ミミ、あの作戦、やっぱり考えなおーー」
「やりましょう、あの作戦で。」
暁人が言い切るのを遮り、ミミが宣言する。
「……いいのか?」
「いいも何も、私はご主人様の使い魔です。ならば、貴方の意向に従うのみです。」
きっぱりと言い切るミミ。その後、少し考えてから再び口を開いた。
「……それにーーー」
「それに?」
「ーーー判らない結果を、やる前から心配はできませんから。」
後書き
お風呂シーンに色気があるといつから誤認していた?
ってな訳でお久しぶりです、伊10です。
最近リアルに忙しくて少々キツいですが、合間を縫ってどうにかこれだけ。年内にもう一、二話更新したいトコです。
次回予告
様々な思いを胸に、温泉街での夜は更けていく
ミミの奮戦も虚しく、とうとう彼らが邂逅!
湯煙煙る雪の夜、今、運命が動き出す!?
次回《ドキドキ!?温泉パニック!!③》
こ、今度はお色気シーンあるよ!?
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