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遊戯王GX~鉄砲水の四方山話~

作者:久本誠一
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ターン78 鉄砲水とシャル・ウィ・デュエル?

 
前書き
ごめんなさい(土下座)。
前話を投稿した時には、まーさかこんな遅れるとは思わなかったんです……次回からしばらくは隔週更新に戻してやっていきます、はい。

もはや忘れられているであろう前回のあらすじ:ちょっと本気出したミスターTを退けた。 

 
「あのー、すいません」
「……」
「しょ、少々お時間の方頂いてもよろしいでしょうか……?」
「……」
「え、ええと……」

 胃が痛くなる緊張感に包まれ、爽やかさのかけらもないただただ不快なだけの嫌な汗が全身から流れるのを感じる。ともすれば零れ落ちそうになる決意と勇気をどうにか寄せ集め、カラカラになった口を必死に動かして言葉を紡ぐ。

「む、夢想さん……」
「私忙しいから。じゃあね、ってさ」
「あ、えっと……はい」

 駄目。もう限界。その場にへたり込みそうなほどの疲労感と敗北感がずっしりとのしかかってくるのを尻目に、その当の本人である彼女……河風夢想は僕のことを一瞥すらせずに背を向けて女子寮の中へ回れ右していった。いかにも高級そうな扉が重々しく閉ざされ、それがまた彼女の拒絶の意思を嫌というほど強調する。

天下井(あまがい)さん、これで何回目でしたっけ」
「日数なら今朝で4日目。あの方がおへタレになった回数なら3日前からざっと63回目ですわ」

 随分と失礼な会話と共に手元のメモ帳に今回の結果を書きこみながら校舎の影からこちらを見ていた2人の女子生徒は、代行使いのお嬢こと天下井ちゃんにいつもの葵ちゃん。天下井ちゃんはまだ覗き見に罪悪感があるからか目を合わせるとさっと視線を逸らすぐらいの可愛げがあるのだが、問題はもう1人の方だ。彼女が今更変に遠慮するようなタマじゃないことは、僕が一番よく知っている。

「……おはよ、2人とも」
「おおおおはようございますですわ、ワタクシたまたま、そう、たーまーたーま!たった今!ここを通りかかったのですが、本日もいい天気ですわね!」
「いやめっちゃ曇ってますし、そもそも先輩最初っから気づいてましたよ。おはようございます、今日も元気にへタレてますね」
「今日ばっかりは何も言い返せない……」
「当たり前です。そこで先輩が下手に言い訳を重ねる程度の男だったら、私もとっくに見限ってます」
「で、ですわね!」

 相変わらずド直球な物言いではあるが、そのストレートさが今の僕にはむしろありがたい。下手な同情や気遣いは、余計に気まずくなるだけだ。

「今回ばかりは先輩が悪いですからね。ミスターTでしたっけ?隠すなら最後まで隠し通す、打ち明けるなら報告連絡相談(ホウレンソウ)は即座に。半端に隠して結局ばれるだなんて、それは河風先輩も怒りますよ」
「うぐっ」
「そもそも、ついこの間まで河風先輩がどれだけ先輩のことで心を痛めてたかはわかっていたんでしょう?私達が砂漠の世界から帰還してからは先輩がいないって知っただけでどんどん衰弱していって、見ていられなかった……のは、私がいちいち口にしなくてもよく知ってますよね?ならなんで、まだそういうことするんですか。少しは懲りたらどうです?」

 グサグサと容赦のない言葉が胸に突き刺さる。廃寮でミスターTを退けたあの日、僕は夢想に奴との戦いについて包み隠さず打ち明けさせられた。隠し通せるとは最初から思っていなかったけれど、せめてこの戦いに終止符を打つまで夢想には蚊帳の外にいて欲しかったのだ。これ以上彼女をおかしなことに巻き込むまいと思ってのことだったが、その結果がこのざまである。
 最悪のタイミングで彼女もこの戦いに首を突っ込むこととなり、立場が逆なら僕もそうしたであろうように、それを隠そうとした僕に対して激怒した。全てを聞き終えた彼女が僕の元から去っていく直前に言われた言葉は、今もはっきりと耳に残っている。

『ねえ、清明。貴方は私のことを、私が思っていた半分も信じてくれてなかったんだね、ってさ』

 あれを聞いた時の絶望感を完璧に表すことのできる日本語を、僕はちょっと思いつけそうにない。そしてこの数日間は、向こうが攻めてこないのをいいことになんとか彼女と仲直りしようと暇さえあれば女子寮まで通いつめてはいるのだが……結果はいつもああだ。初日こそ不審者を見る目が向けられていたが、昨日あたりからはそれを通り越したのか周りからの視線が見てられない、という同情めいた含みをもって刺さるようになった。マシになったと言えばそうなのだが、それはそれでまた別の意味で辛い。

「葵ちゃん、天下井ちゃん。お願い、助けてなんて言わないから、せめて何か手を貸して!」
「……ぼちぼち泣きついてくるんじゃないかと思ってましたよ。これ以上先輩に腑抜けられても迷惑なので、1つ貸しでよろしければ」
「仕方ありませんわね。ワタクシのとっておきを見せて差し上げましょう、少々お待ちなさい」

 自信満々な顔で踵を返し、私服のドレスを揺らしながら女子寮へ消えていく天下井ちゃん。なんのこと?という視線を送るも葵ちゃんもわからないらしく、軽く肩をすくめるだけの返事しか返ってこなかった。
 しかし、僕が正面から何度通い詰めても何も進展がなかったことも事実、ここは彼女のとっておきに賭けてみるしかない。祈るような気持ちでしばらく待っていると、何かポスターのようなものを片手にとてとてと帰ってきた。

「いいこと?貴方が何をなさったのかは知りませんが、本当に反省しているとおっしゃるのならば!その答えは、これしかありえませんわ!」

 ばばん!と効果音が付きそうなほどの勢いで、僕の目の前にそのポスターが広げられる。

「何これ。パーティー?ペアデュエル大会?」
「ええ。今から1週間後にワタクシたち卒業アルバム製作委員会が主催となって開く貴方達への卒業祝いのようなものなのですが、その一環として男女ペアを作ってのペアデュエル大会というものを予定していますの。貴方にもパティシエとして腕を振るって頂こうかと2、3日中には打診する予定でしたから、考えてみればちょうどいいタイミングですわ」
「……ここの男女比でペアデュエル?正気?」
「もちろん、殿方の比率の多さはワタクシも重々存じておりますわ。ですのでパートナーをご所望ならば、少しでも早いうちにアプローチを掛けたほうがよろしくてよ?」

 そう言っていたずらっぽく笑い、小さくウインクして見せる天下井ちゃん。
 ……なるほど、そういうことか。確かにデュエルが絡む話ならあるいは今の夢想も耳を傾けてくれるかもしれないし、これならいかにもデュエルアカデミアらしい口実だ。期限がまだ1週間あるというのも素晴らしい。

「本日の授業後に改めて全校に向けて発表を行う予定でしたが……少しぐらいフライングしても問題はないでしょう。とはいえ、一応は他言無用でお願いいたしますわ」
「任せといて。あ、なるべく早いうちに予算だけ教えてね。ある程度はYOU KNOU(うち)の売り上げとレッド寮運営費から持ってこれるけど、こっちもそれだけじゃ動けないからさ」
「かしこまりましたわ。では、ご武運を」
「では河風先輩は私が……」
「ストップストップストップ葵ちゃん!今はいいから!まだ呼んでこなくていいから!」
「へタレですねえ。私は構いませんが。では、授業がありますのでこれで」
「失礼しますわ」

 軽く会釈し、2人が背を向けて去っていく。手の中にある押し付けられたペアデュエル大会のチラシを眺めながら、彼女を何と誘おうかと思考をフル回転させた。
 ……で、それから3日後。

「助けて葵ちゃん!」

 YOU KNOWにて。臨時休業の紙を扉に張り付けたため、店内はいたって静かだった。そこにいたのはせっせと昨晩作ったクッキー生地の型抜きとデコレーションに精を出す葵ちゃん……と、その目の前で頭を床につけて土下座する僕の2人だけだ。

「えぇ……わかりましたからとりあえず後輩に土下座はやめましょうよ、プライドないんですか?」
「逆に聞くけどさ、あると思う?」
「……軽率な質問でした。でも先輩、気づいてなかったんですか?正直、そこまで深刻に考えることもないと思いますけど」
「えっこらしょっと。というと?」

 若干本気で驚いた風の葵ちゃんの言葉に、姿勢を正して起き上がる。僕は基本的に女子寮には入れないから、その中での話は同じ女子か、あるいは何でも知ってる吹雪さんに頼るしかない。そして、その吹雪さんは残念ながら目下それどころじゃない。

「最近の河風先輩、後ろめたそうな顔で無意味に玄関前をうろうろしては外に出ようとして思いとどまったり、寝不足なのか朝は元気がなくていつも以上に不思議っぷりが増してたりと散々なんですよ。先輩との痴話喧嘩をどこで折れるかのタイミングを計りかねてるんだろうって、今女子寮ではもっぱらの噂です」
「……本当?」
「そこで嘘ついてどうするんですか。それに河風先輩、ここ数日受けた他の男子からのアプローチは全部断ってるんですよ?下手な事は言えませんが、それでもまだ脈自体はあると思いますよ」

 それについては、何度か居合わせたことがあるので僕も知っている。いっそすがすがしいぐらいの勢いで特攻しては玉砕していく男子の姿を、安心と不安の入り混じった複雑な気持ちで物陰から見ていたものだ。
 ……ちなみに、これはストーカー行為では断じてない。ないったらない。多分。最近の夢想、今回ばかりは本気で僕に愛想を尽かしてしまったらしくて話しかけようとしてもそもそも目すら合わせてくれず、近づこうとすれば露骨に席を立たれる始末。呆然と立ち尽くしたところにとどめとばかりに本気で嫌がっているような冷たい視線が向けられて、最終的には僕が近寄ろうとするだけでどっか行っちゃうぐらいになっちゃったから、ね?

「傍から見るとただのこじらせたストーカーでしかないですが?やりすぎて内地から警察呼ばれないようにしてくださいね、私としても犯罪者の後輩なんて御免ですから。それで話を戻しますが、あの人も割と頑固なところありますからね……ここ数日間先輩が押しても押しても効果がないのでしたら、少しアプローチを変えてみましょうか」
「推して駄目なら引いてみな、ってやつ?」
「いえ、もっとガンガン押しましょう。先輩がそれやると多分このままうやむやになって終わります。それはもう明確にそうなる未来が見えますね」

 いくらなんでもそんなことは……と言いたいところだけど、ここまできっぱりと言い切られると、なんだかそうなる気がしてくるから強く出れない。
 いや、違うか。そもそも僕1人でこのチャンスを生かすことができなかったから、今こうして葵ちゃんに泣きついているわけで。間違っても、彼女に強く出られるような立場ではない。

「……それで、どうすれば……」
「あ、言い返す気力もないですか。相当重症ですね……とりあえず先輩はここで待っててください。河風先輩は私がうまいこと連れてきますから、もう手っ取り早くそれで決着(ケリ)つけたらいかがです?」

 そう言って彼女が指差したのは、僕の左腕にはまった青い腕輪。僕の大事な、デュエルディスク。

「あ、結局こうなるのね」
「それはまあ、場所も場所ですし。だってここ、デュエルアカデミアなんですよ?困った時こそカードに頼りましょうよ」

 真っ当なのかずれてるのか、そもそも本気なのか渾身の冗談なのかすら判断に困るようなことを平然と真顔で口にするあたり、葵ちゃんもしっかりデュエル脳が染みついた人種なんだということをひしひしと痛感する。
 もっとも、僕もそのお仲間であることに変わりはない。

「いや、それはもちろん僕も考えたんだけどさあ……」
「はて、何か問題でも?」

 煮え切らない態度の僕に、ちょっと不満げに小首を傾げる葵ちゃん。そう、この作戦にはひとつだけ、致命的な欠陥がある。いつになく渋い顔の僕から何かあると察したのか、じっとこちらを見つめてくる彼女の視線からすっと目を逸らす。

「実は……」
「実は?」

 表面上はいつも通りクールぶっているけれど、付き合いの長い僕にはわかる。このキラッキラした目、内心では好奇心に満ち溢れているはずだ。
 というか、少し考えればこんなこと、彼女ならすぐわかりそうなものなのだが。

「だってあの夢想だよ?なんべん考えてみても、チャンスがその1回だけなら全然勝てる気がしないんだもん!」
「……じゃ、河風先輩呼んできますね」
「待って!」

 聞いてやって損した、とばかりにひょいっと立ち上がり、静止の声も聞かずにすたすたと出ていく葵ちゃん。と、目の前で閉められた扉が開き再び彼女の顔が見える。

「わざわざ言う必要もないとは思いますが、もし逃げ出したらどうなるかはわかってますね?今ならまだ痴話喧嘩で済んでますが、今度こそ破局待ったなしですよ?」

 それだけ言い捨てて、無情にも再び目の前で扉が閉められた。うう。
 それから、きっかり10分後。もう150回目ぐらいになる人の字を手のひらに書いては飲み込む作業を続けていた僕の耳に、控えめなノックの音が聞こえてきた。こんな大人しいノック音、葵ちゃんが出すはずがない。というかそもそも、葵ちゃんがこの部屋に入るのにノックなんてするわけがない。そろそろ、覚悟を決める時が来たのだろう。一体どうやって夢想をここに来させたのかは知らないけれど、それをやってのけてくれた葵ちゃんに心の中で礼を言う。

「お邪魔するね、って。葵ちゃん、私に話って……」

 聞きなれた声が聞こえてきて、すぐにおずおずと扉が開く。その向こうに立っていたのは、当然のごとく彼女。

「あれ、清明?なんでここに……って、葵ちゃんはどこ?ってさ」

 ああ、そういうことね。ついさっき言ったばかりの礼の言葉を、心の中で即座に取り消す。僕がいることは明かさず、夢想をこの場に呼びつけて……ったく、なんてややこしい丸投げをしてくれたんだ。どうせ今頃葵ちゃん、『良いことをすると気持ちがいいですね』とかドヤ顔で呟きつつその辺でドローパンでも食べてるんだろう。その光景がパッと目に浮かぶ。
 彼女をどうしてくれるかは後で考えるとして、問題は今を僕がどう切り抜けるかだ。あれだけ会いたかった相手なのに、こうして話をすることをずっと待っていたはずなのに、なぜだろう。はっきり言って今、めっちゃ気まずい。

「む、夢想!」
「……何?ってさ」
「あ、あのさ。ペアデュエル大会ってあるじゃない?まだペアが決まってないなら、僕と一緒に出ない?」

 言った。ついにこの話を切り出してしまった。人間不思議なもので、いざここまで来てしまうと逆に精神が落ち着いてくる。単に引き返せないところまで来てやけくそになっているだけだという意見もある。僕はどちらかというと、後者の説を支持する派だ。

「…………で?話は終わったかな?ってさ」
「いや、あの、えーと」

 数日ぶりに夢想の綺麗な瞳に真っ直ぐ見据えられ、付け焼刃のやけっぱちがまたしても心の中で崩れ落ちていく。
 ……いや、駄目だ。ここで心折れるだなんて、そんなこと僕自身が許さない。僕のために知恵を絞ってくれた天下井ちゃんや、とんでもなく強引な手段とは言えそれでもここまで夢想を引き連れてきてくれた葵ちゃんも許さないだろう。咳払いして息を吸い、腹に力を込めて全身に気力を漲らせる。なけなしの決意と勇気をかき集めて体内で活性化させ、ここを勝負どころと畳み掛けた。

「夢想、僕とデュエルしてもらうよ!僕が勝ったら、大会では僕とタッグ組んでもらうからね!」
「私が勝てば、どうなるのかな?だって」
「僕が何か1つ、なんでも言うことを聞く……とか?」
「私に聞いてどうするの、って。でもそうだね、2つ」
「……?」
「お願いの数は2つ。それならいいよ、そのデュエル受けてあげる、だって」

 スッと指を2本立て、それをこちらに向けて彼女は笑う。数日ぶりに見るその笑顔は、眩しいほどに魅力的で。それと同時にどこか、背筋が寒くなるような妖艶さを含んでいるように見えた。あんな顔されたら、何を言われたとしても断れそうにない。その言葉の意味を脳が理解するより先に、気が付けば僕は頷いていた。

「……わかった」
「こーしょうせーりーつ、ってさ。じゃあ、早速始めようか?」

 またしても微笑み、彼女がデュエルディスクを起動する。なんだかいいようにあしらわれている気がしてどこか釈然としないが、話すらまともにできなかった昨日までに比べればこれでも御の字だ。後は僕が結果を出すだけ……だ。うん。大丈夫、きっと行ける。男遊野清明、一世一代の大勝負と洒落込もう。

「「デュエル!」」

「先攻は私みたい。堕ち武者(デス・サムライ)を召喚して、効果発動するよ」

 堕ち武者 攻1700

「このカードは召喚成功時に、デッキからアンデット族1体を墓地に送るよ、だって。私が墓地に送るのは……」
「そう好き放題はさせないね!その効果発動に対して手札から、幽鬼(ゆき)うさぎの効果を発動!このカードを捨てて、今効果を発動した堕ち武者を破壊する!」

 兜を被った首だけの侍らしき亡霊が、異様に長い舌を垂らして宙に浮かぶ。だがその上空から銀光一閃、切れ味鋭い鎌の一撃が頑丈な兜ごとその生首を唐竹割りにする。その真下にチラリと見えた銀髪の少女がこちらを見て軽く頷き、自分の仕事に満足げに消えていった。
 これで、墓地肥やしこそ止められなかったとはいえ召喚権を使って出したモンスターは撃破できた。夢想の場はがら空き、次のターンで一気に攻め込めば……そう思った時、異変が起きた。真っ二つにかち割られて地面に転がる堕ち武者の兜から人魂のようなものがゆらりと浮かび、みるみるうちに大きくなって実体を……朽ちた喪服に身を包む貴婦人の骸骨の姿を取り始めたのだ。

 ワイト夫人 守2200

「ワイト夫人……?」
「好き放題させてくれてありがとう、だってさ。まず堕ち武者の効果で私は、デッキからワイトプリンスを墓地に。さらに墓地に送られたワイトプリンスはその効果で、デッキからワイトとワイト夫人を1体ずつ選んで墓地に送ることができるよ、ってさ」
「それは僕だって知ってるさ。でも、それは今ワイト夫人が場にいることの説明には……」
「言ったでしょう、好き放題させてくれてありがとうって?落ち武者はもう1つの効果として、表側の状態で相手の効果で破壊された場合に、デッキからレベル4以下のアンデット族を特殊召喚することができるんだよ、ってさ」
「……!幽鬼うさぎは、むしろ悪手だったってこと」
「私にとってはありがとう、だけどね。これでターンエンドだよ、ってさ」

 ここで幽鬼うさぎを失ったのは、自業自得とはいえかなり痛いか。他の相手ならいざ知らず、よりにもよってあの夢想……いや、ここで退いてはいられない。

「僕のターン!フィッシュボーグ-アーチャーを守備表示で召喚して、そのままリリース!場の水属性モンスター1体をリリースすることで、手札のシャークラーケンを特殊召喚できる!」

 フィッシュボーグ-アーチャー 守300
 シャークラーケン 攻2400

 まだ夢想は、エースモンスターを出していない。壊獣もグレイドルも、今はまだ出すべき時ではない。本来ならあのワイト夫人も放っておきたいぐらいだが、あのカードには自軍のアンデット族の一部に破壊耐性を与える効果を持っていたはずだ。となると、せっかく倒せるのに放置するのもあとあと困る時が来るだろう。

「そのままバトル。シャークラーケン、攻撃!」

 シャークラーケン 攻2400→ワイト夫人 守2200(破壊)

「さらにカードを1枚セットして、ターンエンド」

 今はまだ、これでいい。夢想のターンを確実にいなし、一撃を叩き込む時を狙い定めよう。

 夢想 LP4000 手札:4
モンスター:なし
魔法・罠:なし
 清明 LP4000 手札:2
モンスター:シャークラーケン(攻)
魔法・罠:1(伏せ)

「私のターン。魔法カード、シャッフル・リボーンを発動、って。私のフィールドにモンスターが存在しない時に私の墓地からモンスターを蘇生できるけどその効果は無効になって、さらにフィールドに残しておくとエンドフェイズに除外されるよ。ワイトプリンスを蘇生して、そのままリリース。龍骨鬼をアドバンス召喚、だって。これでワイトプリンスがまた墓地に送られたから、デッキから2枚目のワイトと3枚目のワイト夫人を墓地に送るね」

 それなりの効果とステータスを武器に戦う骨の鬼、夢想の準エース的存在の龍骨鬼。だけど狙いはそこじゃなくて、むしろリリース要因としてワイトプリンスを墓地に送ることだろう。そんな目で見ているとはつゆ知らずに少し首をかしげて手札を見つめた後、何かを決意したらしい夢想がさらに動く。

「永続魔法、補給部隊を発動。そのままバトル、龍骨鬼でシャークラーケンに攻撃、だって」
「うっ!?迎え撃て、シャークラーケン!」

 召喚したまま居座ってくれればこっちのターンで起点にできたのだが……ま、僕が夢想のデッキをよく知ってるのと同じように、夢想だって僕のデッキはよく知っている。みすみす攻めの起点を放置するような真似、するわけないか。

 龍骨鬼 攻2400(破壊)→シャークラーケン(破壊)

「補給部隊の効果発動、私のフィールドで龍骨鬼が破壊されたからカードを1枚引くよ、ってさ。むー……メイン2に墓地からシャッフル・リボーンのもう1つの効果を発動するってさ。このカードを除外して私のフィールドからカード1枚、補給部隊をデッキに戻してもう1枚ドローするって」
「え、ここで……?」

 補給部隊で思うようなカードを引けなかったのか、形の良い眉を小さくひそめてからなんの躊躇いもなく補給部隊をデッキに戻してさらなるドローを狙う夢想。補給部隊は場に維持すれば維持するだけアドバンテージを稼げるカード、いくらこのターンでの仕事は終えたとはいえデッキに戻すというのは少々違和感がある。それとも、そのリスクを冒してまで引きたいカードがあるのだろうか?とにかく夢想はカードを引き、今度は悪くないドロー内容だったらしい。少し満足げな表情になって次のカードを繰り出した。

「魔法カード、生者の書-禁断の呪術-を発動。このカードの効果で墓地のアンデット族モンスター、ワイト夫人を蘇生して清明の墓地からフィッシュボーグ-アーチャーのカードを除外するね、ってさ」

 ワイト夫人 守2200

 再び蘇るワイト夫人とは対照的に、僕の墓地からはじき出されるアーチャーのカード。当然、このカードの自己再生能力も読まれていたか。あまり除外ゾーンを使わないこのデッキでは、除外されることはそのまま出番が終了することに繋がってしまう。えげつない手だ、だからこそ燃えてくる。

「このターンのエンドフェイズに、シャッフル・リボーンのデメリット効果で私は手札を1枚除外するよ、だってさ。これでターンエンド」
「僕のターン!」

 いまだ僕も夢想も、直接ダメージこそ受けていない。だけど認めたくはないが、状況は握実に悪くなってきている。勝負の流れは少しまた少しと、夢想の方へたぐり寄せられている。
 でも、夢想の方もここまでの流れをノーリスクでこなしてきたとはあながち言い切れない。このターンでのダイレクトアタックを封じつつアーチャーを除外するために発動した生者の書なんだろうけど、皮肉にもそれはせっかく自分から消した壊獣の起点を再び場に残してしまうという欠点にもなっている。モンスターを残すことが欠点だなんて、つくづく妙なテーマもあったものだ。攻撃力0のワイト夫人を守備表示で出すあたりグレイドルの寄生攻撃への対策はばっちりできているようだけど、今の僕をそれだけで止めることは不可能だ。

「ワイト夫人をリリースして夢想、そっちのフィールドに怒炎壊獣ドゴランを特殊召喚。さらに相手フィールドに壊獣がいるとき、手札の海亀壊獣ガメシエルは攻撃表示で特殊召喚できる!」

 突如夢想の足元から突然炎が噴き上がり、火炎の軌道に乗って2足歩行する巨大な恐竜型の壊獣がフィールドを揺るがして着地した。そして、その直後それに呼応するかのように僕の足元からも水柱が噴き上がり、中心から巨大な甲羅を背負う青い亀のような壊獣がドゴランに真っ向から向かい合う。

 怒炎壊獣ドゴラン 攻3000
 海亀壊獣ガメシエル 攻2200

「来たね、壊獣。でも清明、貴方のモンスターの方が攻撃力が低いんじゃない?ってさ」
「これでいいのさ。リバース発動、壊獣捕獲大作戦!このカードの効果でドゴランを裏守備に変更して、さらに壊獣カウンターを1つ乗せる!」

 壊獣捕獲大作戦(0)→(1)
 怒炎怪獣ドゴラン 攻3000→???(セット)

 表になったカードから光の網が発射され、ドゴランの頭上で大きく広がったそれがその全身を包むように覆いかぶさる。ドゴランは攻撃力こそ高いものの守備力はわずか1200、壊獣限定の使い減りしない月の書ともいえるこの壊獣捕獲大作戦は、色々な意味で相性抜群だ。

「……」

 ここで、手札をちらりと見る。僕の手札には一応グレイドル・イーグルのカードもあるにはある。ここでこいつも召喚すれば、一応の追撃のダイレクトアタックはできるけれど……すでに夢想の墓地に存在するワイト、ワイト夫人、ワイトプリンスの合計枚数は6体。追撃のダメージは魅力的だが、返しのターンでワイトキングが出てきたら、3ターン目にしてその攻撃力は6000。ワンショットキルを決められて終わりだ。この子は攻めに回すより、地雷としてセットしておこう。

「バトル、ガメシエルでドゴランに攻撃!」

 安全策に逃げた、ということもできるだろう。だけど、ここで次のターンに夢想がワイトキングを出してこないことに賭けるというのはいくらなんでも分が悪い。勇気と無謀を一緒にするな、とはよくいったものだ。

 海亀壊獣ガメシエル 攻2200→???(怒炎怪獣ドゴラン) 守1200(破壊)

「さらにモンスターを1体セットして、これでターンエンド」

 夢想 LP4000 手札:2
モンスター:なし
魔法・罠:なし
 清明 LP4000 手札:0
モンスター:海亀壊獣ガメシエル(攻)
      ???(セット)
魔法・罠:壊獣捕獲大作戦(1)

「私のターン、ってさ。手札からワイトメアの効果を発動。このカードを捨てて、除外されたワイトキング1体を特殊召喚することができるってさ」
「ワイトキング……」

 その瞬間になって、ようやく理解した。なぜ夢想は先ほどのターン、まだ使いみちのある補給部隊を捨ててまでシャッフル・リボーンの効果を使ったのか。最初から、彼女の目当てはドロー効果なんかじゃなかった。彼女の目的はむしろその後半のデメリット効果、そのターンのエンドフェイズに手札を1枚除外すること。恐らくワイトメア、シャッフル・リボーン、ワイトキングの3枚は、かなり初期からその手札に来ていたのだろう。ワイトプリンスの効果を使い高速で墓地を肥やし、ある程度の枚数が溜まったところでデッキを回転させながらワイトキングの特殊召喚を決めるコンボを決める。このデュエルの始めからずっと、僕は彼女の手の上で踊っていたにすぎなかったんだ。
 そして今、その必殺のコンボが決まろうとしている。ガメシエルの攻撃力は最上級モンスターにしてはやや低めではあるがそれでも2200、だけど今特殊召喚されたワイトキングは墓地の仲間の数だけ攻撃力を上げ、その総数はこれまでに6体。そしてワイトメアが捨てられたことで、その数は7体。
 ギリギリ僕のライフを1撃で0にする、うんざりするほどに美しい計算されつくした流れ。

「ワンショット、キル……!」

 ワイトキング 攻7000

「さあ、どうするのかな?ってさ」
「決まってる!もう1度トラップ発動、壊獣捕獲大作戦!このカードの効果でガメシエルを裏守備に変更して、さらに2つ目の壊獣カウンターを乗せる!」

 再び光の網が発射され、今度はガメシエルの頭上で大きく広がる。これで、このターンは凌げる……!

「甘いよ清明、ってさ。速攻魔法、ツインツイスター……手札1枚をコストに場の魔法、罠カードを2枚まで破壊できる。1枚しか破壊するカードがないから勿体ないけど、壊獣捕獲大作戦の発動にチェーンして破壊させてもらうからね、だってさ」

 光の網が、突風に吹き流されて砕け散る。これでガメシエルは攻撃表示のまま棒立ち、次の攻撃には耐えられない……けど!

「壊獣捕獲大作戦の、さらなる効果を発動!相手によって破壊された時、カードを2枚ドローする!」

 やっぱり夢想は強い。こっちの取る戦略1つ1つの、さらに上から攻められているような感覚になる。こんな早い段階なのに、もうこれが生き残るための最後のチャンスだ。だが僕がそうやって2枚のカードを引く一方、目の前に立ちふさがるワイトキングの威圧感がさらに高まる。そうか夢想、あのツインツイスターの手札コストでさらに別のワイトを捨てたのか。だけど見方を変えれば、これで夢想の手札は0。このワイトキングの攻撃を耐えきりさえできれば、あるいはまだ勝機もある。

 ワイトキング 攻7000→8000

「くっ……!」
「バトル。ワイトキングでガメシエルに攻撃するね、ってさ」

 ワイトキングが1歩、また1歩と死神さながらに歩み寄る。いや、あながち比喩でもないかもしれない。その細身の体に秘められた力は、初期ライフの2倍……その攻撃はすでに、かすっただけで即死しかねないレベルにまで達している。
 でもまだ、僕には戦う術が残されている。この土壇場で、生き残る力がある。

「手札から水精鱗(マーメイル)-ネレイアビスの効果を発動!僕のフィールドに存在する水属性モンスター、ガメシエルを対象にこのカードを捨てて、さらに手札から青氷の白夜龍を破壊!これによりフィールドのガメシエルの攻守は、破壊したもう1体の分だけアップする!」

 ガメシエルの全身に青いオーラが走り、通常の2倍の以上の力を手に入れた大亀がワイトキングの無造作に振るわれた拳をその甲羅で受け止めようと手足をひっこめる。
 だが、その抵抗も今の化け物じみた力の骸骨の王には敵わない。防御などお構いなしに放たれる一撃は衝撃波が発生するほどの勢いをもって爆発音と共に叩き付けられ、数秒の間の後ひび割れた甲羅と共に壊獣は地に倒れた。

 ワイトキング 攻8000→海亀壊獣ガメシエル 攻2200→5200(破壊)
 清明 LP4000→1200

「ぐ……!」
「へぇ、耐えきったんだ。偉いね、だって」

 夢想の口調や表情からは、その言葉が賞賛なのか皮肉なのかを判別することはできなった。どちらでも構わない、手札も墓地リソースも使い切った彼女が何と言おうとも、デュエルを終えることができなかった以上このままターンを終えることしかできやしないのだから。

「僕のターン……ドローっ!」

 ここでこのカードか……悪くはない、だけどさほど良くもない。とはいえ攻め手が枯渇している僕にとって、このカードを使う以外に方法はない。

「メインフェイズ1の開始時に魔法カード、貪欲で無欲な壺を発動。僕の墓地から種族の異なるモンスター3体をデッキに戻して、カードを2枚ドローする。水族のガメシエル、恐竜族のドゴラン、魚族のシャークラーケンを戻して……」

 貪欲で無欲な壺。ドローソースとして考えればそこそこ有用だが、反面その使用には発動ターンのバトルフェイズ封印という致命的なデメリットがある。このテンポの遅れが後々どこまで響いてくるか、そしてこの2枚のドローでどこまで体勢を立て直せるかだ。

「魔法カード、テラ・フォーミングを発動。デッキからフィールド魔法、KYOUTOUウォーターフロントをサーチしてそのまま発動、さらにツーヘッド・シャークを守備表示で召喚。これでターンエンド」

 強力なフィールドリセットカード、妨げられた壊獣の眠りぐらいは引きたかったが……それはただの無い物ねだりでしかない。このツーヘッド・シャークと伏せモンスター、地雷として出しておいたはいいがさすがに読みやすかったのか全然殴られないグレイドル・イーグルの力だけで、次のターンを乗り切るしかない。

 ツーヘッド・シャーク 守1600

 夢想 LP4000 手札:0
モンスター:ワイトキング(攻)
魔法・罠:なし
 清明 LP1200 手札:0
モンスター:ツーヘッド・シャーク(守)
      ???(セット)
魔法・罠:なし
場:KYOUTOUウォーターフロント(0)

「私のターン。魔法カード、龍の鏡(ドラゴンズ・ミラー)を発動、だって」

 なけなしのカードをつぎ込んでの防御に手いっぱいな僕を嘲笑うかのように。まるで図ったかのようなタイミングで夢想がドローしたのは、ドラゴン族専用の融合カード。となると、次に出てくるモンスターはもう決まっている。

「私の墓地からアンデット族の龍骨鬼と堕ち武者の2体を除外することで素材にして、融合召喚。冥府の扉を破りし者よ、其には死すらも生温い……冥界龍 ドラゴネクロ!」
「フィールドから墓地にカードが送られたことで、KYOUTOUウォーターフロントにその枚数ぶん壊獣カウンターが乗せられる……!」

 燦然と輝く灯台の光に誘われたかのように、数多の霊魂を引き連れた冥界の龍が現世へと召喚される。夢想にとってはワイトキングに並ぶもうひとつのエースモンスター、ドラゴネクロだ。

 KYOUTOUウォーターフロント(0)→(1)
 冥界龍 ドラゴネクロ 攻3000

「あのモンスターは……うん、まずドラゴネクロでセットモンスターに攻撃、だってさ」

 ドラゴネクロがその首を伸ばし、伏せられたイーグルに攻撃する。これで戦闘破壊されたイーグルの効果を発動して、とそこまで考えてようやく気付いた。ドラゴネクロの特殊能力は……まずい!
 だが今頃気づいても遅いとばかり、黄色の鳥は無残にもすでにその牙に囚われていた。翼や嘴を使っての抵抗が無駄と知るや体を溶かしてスライム状にすることでの脱出を図ろうとするも、それよりも早く冥界の牙がその体の奥へと食い込んでいく。やがて2、3度その体が痙攣し、動かなくなったところで地面に吐き出された。そしてドラゴネクロの周りを浮遊する霊魂の1つが軌道を変え巨大化し、漆黒の鳥の姿となってその場にホバリングする。

 冥界龍ドラゴネクロ 攻3000→???(グレイドル・イーグル) 守500
 ダークソウルトークン 攻1500 ☆3

「ドラゴネクロは自らに相対する相手モンスターを戦闘破壊せず、その魂だけを闇へと送るモンスター。戦闘相手の攻撃力は0になり、そのレベルと攻撃力をコピーしたダークソウル・トークンが私のフィールドに特殊召喚される……って、今更説明しなくても知ってるよね?なんだって」
「……最初から、このモンスターがグレイドルだって知ってて放置してたわけね。自爆特攻ができないぐらい僕のライフが削られるのを待って、そのうえでドラゴネクロを呼び出すなんて、丁寧過ぎて涙が出るよ」
「貴方は私のことを信用してないのかもしれないけど、私は清明の強さを知ってるからね、って。最後まで手は抜かないよ、ってさ」
「……!」

 違う、信用してないだなんて、そんなことあるはずがない。反射的に声を上げようとしたものの、口を開くより前に夢想が首を横に振って止める。

「言葉じゃないよ。貴方もデュエリストなら、私に伝えたいことは100万の言葉より1枚のカードで語って、だって。続けるよ、清明。ダークソウル・トークンでグレイドル・イーグルに攻撃!」

 ダークソウル・トークン 攻1500→グレイドル・イーグル 守500(破壊)
 KYOUTOUウォーターフロント(1)→(2)

 抜け殻と化したイーグルの体に、闇に落ちたその魂が上空から襲い掛かる。当然なすすべもなく破壊されるが、グレイドルの仕事は破壊されること。ドラゴネクロにより魂を奪われても、その寄生効果を使うことは自由なままだ。
 ……とはいうものの、僕に寄生効果の選択肢はないに等しい。なにせ夢想の場には、まだ攻撃宣言をしていないワイトキングが残っている。もしドラゴネクロかダークソウル・トークンをここで選んだ場合、あの攻撃力の前に攻撃表示でモンスターを立たせるという手の込んだ自殺行為にしかならない。言い換えるとこのターンを僕が生き抜くためには、イーグルの効果対象をワイトキングを選ぶか初めから発動しないでツーヘッドを壁にするかの2択しかない。

「グレイドル・イーグルが戦闘で破壊されたことで、ワイトキングの装備カードとなってそのコントロールを得る、けど……」
「ワイトキングの攻撃力はプレイヤーの墓地依存、きちんと特化したわけでもないデッキが持って行っても怖くもなんともないよ、ってさ。ターンエンドするよ」

 そう、それだ。ワイトキングの攻撃力は、その時のプレイヤーの墓地の状況により常に変動する。ワイトを墓地に送りこむことに特化された夢想のデッキとは違い、このデッキにそんなギミックはない、というよりそもそも僕のデッキにワイトは1枚たりとも入ってない。さっきまであれだけ猛威を振るったワイトキングも、こうなるとただの骨でしかなくなってしまう。使い手としてそれがわかっているからこそ、夢想もワイトキングが最後までフリーでいられるように攻撃順を調整していたのだろう。
 ああ全く、本当につくづく大したものだ。僕がどれだけ力を振り絞っても、まるで勝負になる気がしない。辛うじて食らいつくので精一杯だ。でもだからって、ここで負けるわけにはいかない。食らいついていけるということは、言い換えればまだ負けてないということだ。

 ワイトキング 攻8000→0

「僕のターン、ドロー!」

 そして負けてないということは、まだ反撃の機会を掴むチャンスがあるということに等しい。そしてそういった一発逆転のドロー勝負は、僕とこのデッキの得意とするところだ。

「ワイトキングとツーヘッド・シャークをリリースして、アドバンス召喚!いくよ、雷撃壊獣サンダー・ザ・キング!さらに装備状態のグレイドル・イーグル含むカード3枚が墓地に送られたから、ウォーターフロントのカウンターも一気に最大値まで乗っけさせてもらうよ」

ワイトキングは攻撃力0になってしまったが、モンスターの頭数が必要なアドバンス召喚にはそんなこと関係ない。2体のモンスターが僕のフィールドから消え、代わりに全身から電気を放つ3つ首の巨大竜が現れた。

 雷撃壊獣サンダー・ザ・キング 攻3300
 KYOUTOUウォーターフロント(2)→(5)

「壊獣をアドバンス召喚することで自分フィールドにだけ最上級モンスターを召喚して、なおかつ壊獣カウンターも限界まで溜める……そんな戦法もそういえばあったね。だけど、私に1度見た戦法が通用するかな?ってさ」
「……」

 夢想の言葉は正しい。この戦法はまさについ先日行われたノース校の将、鎧田戦で僕が一発逆転の奇策として行ったものと同じだ。だが奇策が奇策として通用するのは最初の1度のみ、2度目以降はただの戦術の1つでしかない。ましてや夢想は、あの試合を全て見ている。
 でも、不利な賭けなのは承知の上だ。この程度のリスクでぐちぐち言ってたら、それこそ何もできなくなる。

「ウォーターフロントは1ターンに1度、壊獣カウンターが3つ以上乗っているときにデッキの壊獣1体をサーチすることができる。2体目のガメシエルを手札に加えて、さらにサンダー・ザ・キングの固有効果発動、帯電!」

 巨大竜の全身にプラズマが走り、激しい火花がその全身を光に染める。体から漏れ出す電撃はフィールド全体を覆い尽くし、その影響は夢想の場のカードにも及び始めた。

 KYOUTOUウォーターフロント(5)→(2)

「サンダー・ザ・キングが壊獣カウンターを3つ消費するとき、その真の力が解き放たれる。相手プレイヤーは今からエンドフェイズまであらゆるカード効果を発動することができず、さらにサンダー・ザ・キングの攻撃は3体の敵モンスターを1度に葬り去る!さらにおまけだ、これも持って行ってもらおうか。ドラゴネクロをリリースして、ガメシエルをそっちに特殊召喚!」

 海亀壊獣ガメシエル 攻2200
 KYOUTOUウォーターフロント(2)→(3)

「へえ……!」
「バトル!2回連続攻撃だ、サンダー・ザ・キング!」

 雷撃壊獣サンダー・ザ・キング 攻3300→海亀壊獣ガメシエル 攻2200(破壊)
 夢想 LP4000→2900
 雷撃壊獣サンダー・ザ・キング 攻3300→ダークソウル・トークン 攻1500(破壊)
 夢想 LP2900→1100
 KYOUTOUウォーターフロント(3)→(4)

「ど、どうだ……!ターンエンド!」

 ギリギリとはいえこのターンだけでライフを逆転し、フィールドの状況も一気にひっくり返すことができた。だがなぜだろう、まるで優位に立ったという気がしない。いつも捌いてる、まな板の上の名前もよくわかんないその辺で釣ってきた魚の光景がちらちらと脳裏に浮かぶ。あと1撃、1撃だけこちらの攻撃を当てれば僕の勝ちなんだ。今の連続攻撃で壊獣カウンターもまた余裕ができたんだ、次のターンさえ乗り切ることができれば……!

 夢想 LP1100 手札:0
モンスター:なし
魔法・罠:なし
 清明 LP1200 手札:0
モンスター:雷撃壊獣サンダー・ザ・キング(攻)
魔法・罠:なし
場:KYOUTOUウォーターフロント(4)

「私のターン。清明、楽しいデュエルだね、ってさ。正直、もっと早く終わるデュエルかと思ってたけど、だって」
「ふふん。負けるわけにはいかないもんね」
「でも、楽しい時間はそろそろおしまい。惜しかったね清明、ワイトキングを召喚、ってさ」

 言葉も出ない僕の前で床が割れ、ぱっくり開いた裂け目からゆっくりと骨の腕が突き出される。緩慢な動きで這い上がってきたのは、ついさっき墓地に送ってやったはずの骨の王。

 ワイトキング 攻9000

「くっ……そう……!」
「バトル。ワイトキングで攻撃、なんだって」

 ワイトキング 攻9000→雷撃壊獣サンダー・ザ・キング 攻3300(破壊)
 清明 LP1200→0

「また、負けた……!」

 その場に座り込み、床に拳を叩きつける。八つ当たりなんてしても何も変わらないのはわかっているけれど、この悔しさと虚しさをどこかにぶつけずにはいられなかった。またしても、僕の実力は夢想に届かなかった。

「じゃあ清明、約束ね、ってさ」
「約束ねでしょ?ああうん、わかってるよ。この話はこれでおしまい、きっぱり諦めます。これでいい……よね?」
「……馬鹿。そっちじゃないよ、だって。言うこと、聞いてくれるんでしょ?」
「ああ……」

 素で忘れてたけど、そういえばそんな約束もした気がする。それも2つも。完全に忘れていたことがお気に召さなかったのか、ちょっとむくれながらも夢想が指を1本立てる。まあ約束したうえで負けたのはこっちなんだ、何を言われても潔く受け止めよう。あ、でもこれ以上私に関わらないで、とか言われたらどうしよう。登校拒否にでもなろうかな。

「じゃあ、まず1つ目。これからは私に隠し事はなしでね、ってさ」
「はい……」

 当然の要求だろう。大人しく頷く僕に、2本目の指を伸ばす。

「それと、2つ目は……」





「それでは本日お集まりいただいた3年生のみなさん、これより本日のメインプログラム!3年生と下級生対抗による、ペアデュエル対決を行うザウルス!」

 時は流れ、ペアデュエル大会当日。司会の剣山が絶好調でマイクを握るのを遠くに聞きながら、僕はといえば厨房で、本業に精を出していた。

「葵ちゃん、これ10人前サイズの酢豚とグラタン持ってって!それが終わったらこのおでんも仕込み終わるからそっちもよろしく」
「かしこまりました。お任せください、先輩。しかしひっどいメニューですね、せめて地方ぐらい統一したらいかがです?」
「んなこと言ったって、どうせバイキングだしねえ。嫌なら食べなくていいんだよ?」
「めっそうもない。では、配膳行ってきます」

 ……そう、パーティーの真っ最中にもかかわらずなぜか厨房に立っているのだ。当初のパティシエという話はどこへやら、いつの間にか総料理長にまで格上げされていた。幸いトメさんたちがその半分を担当してくれているが、それでも残りに関しては僕がリーダーだ。おかげで仕事量は飛躍的に増えてしまい、その結果として一応僕も卒業生であるにもかかわらずなぜか祝われる側でなく祝う側に回るという珍事態が起きてしまっている。本当に、どうしてこうなった。せめてもの抵抗かつ先日の償いとして、助っ人という名の生贄に葵ちゃんを引きこめたのが唯一の救いだろうか。
 ま、そうは言っても別に本気で嫌だというわけではない。デュエルできないのはちょっと残念だけど、こうして厨房に立って予算のことを気にせず思いっきり作りたいものを作れるというのはなかなか得難い経験だ。それに、この仕事にはもう1つ役得なことがある。両手に大皿を載せているにもかかわらずまったくバランスを崩さず出て行った葵ちゃんの背中を見送って、隣で卵焼きを器用に丸めるエプロン姿の彼女にも声をかけた。

「そっちはどう、夢想?」
「上手くできたかな、だってさ。清明、ちょっと味見してくれる?」

 そう、夢想だ。彼女の持ち出した条件の2つ目は、自分にもこのパーティーを手伝わせること。意図は読めなかったけれど、厨房に立っている間ずっと彼女のそばにいられて、しかも怒っていたのも全部チャラにしてくれるというならば安いものだ。大人数の料理は普段やり慣れていないと料理慣れした人でも調子が狂うことが多いため、なるべく調理が簡単なものを割り振っておく必要があるのがちょっとばかし頭を使うところではあるが。ちなみに葵ちゃんは今回、そのくの一ならではの体力とバランス感覚を生かしての下準備と給仕に集中してもらっているため厨房はお休みだ。

「どれどれ、じゃあ……」
「ううん、ほら。あーん、だって」
「え!?」

 菜箸で卵焼きをつまみ、僕の口元までそっと持ち上げて笑う夢想。え、ちょっとまって、今なんて言ったの、え!?
 混乱している間に卵焼きはずんずん進み、もはや僕の唇にぶつかりそうなほど近くまで寄ってきていた。混乱してわけのわからないまま、言われるがままに口を開く。

「ほらほらどうぞ、ってさ。あーん」
「い、いただきます……」

 今この場に鏡があれば、さぞかし耳まで真っ赤になった姿が見えたことだろう。当然、そんな状況で味なんてわかるわけもない。夢想は夢想で最初から自分が何をやったのかは無自覚なのか、そんなこととはつゆ知らずに感想を求めて期待たっぷりの目で見つめてくる。
 そんな膠着状態を打ち壊したのは、折よく帰ってきた葵ちゃんの冷めた一言だった。

「あの、先輩方には大変申し訳ありませんが、いちゃつくのはこれ終わってからにしていただけます?」
「え、あ、そうだよね、うん!じゃあ葵ちゃん、そろそろ終盤だろうし冷蔵庫の中からホールケーキ持ってきて!ほら夢想も、それだけ出しちゃったら葵ちゃんのこと手伝ったげて!」
「むー。せっかくいい雰囲気だったのに……って」
「いや否定してくださいよ。砂糖吐きますよ?では、私もしばらくペアデュエル観戦してきますので」
「そこで置いてかないで!?」

 ああもう、とてもじゃないけど今は夢想と目が合わせられない。しかも観戦してきますってなんだ、んな余裕があるならわざわざ声かけるんじゃない。
 外の騒ぎに耳を傾けると、どうやら十代と明日香のペアが注目を集めているらしい。よっぽどのヘマでもしない限り、優勝はあの2人だろう。どうせ振られたんだろうし、後で万丈目慰めに行ってやろうかな。若干の現実逃避も兼ねてそんなことをぼんやりと考えながら、胸の奥である1つの思いを感じていた。
 ……こんな日が、ずっと続けばいいのにな。 
 

 
後書き
書きだす前:よっしゃペアデュエル回だ!最近どうにも影が薄いメインヒロインの底力見せてやる!
書いた後:あ、あれ?『ペア』デュエルとは一体……?

あれだけタッグやるって言っておいて、蓋を開ければまさかのペアデュエル回前日談。どうしてこうなった。 
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