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ソードアート・オンライン -旋律の奏者- コラボとか短編とかそんな感じのノリで

作者:迷い猫
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憂いの雨と陽への祈り
  桜色の彼女

 行き場をなくした噴煙が我先にと狭い通路から吹き出ていく。 破壊不能オブジェクトを示す紫色のパネルが大量に展開され、そして消えた。 その中心、爆心地とでも言うべきそこにいるのは桜色の髪を振り乱す鬼が1人。
 さらにその奥。 時折晴れる視界のさらにその先に、2人の人影が見える。

 シィとフォラス。
 こちら側にいる2人にとってあちら側が本来の相棒であり、あちら側にいる2人にとってこちら側が本来の相棒だ。

 人を振り回すことに定評のあるシィがフォラスに迷惑をかけていないだろうかと、そんなどうでもいい感想を抱くことでユーリは現実から逃避している。
 自身もユニークスキル保持者で、しかもそれがSAOと言うゲームに於いて常軌を逸して強力無比なものであることは自覚している。 そのユーリでさえ現実逃避気味の感想しか出てこない。

 それほどまでに異常な光景だった。

 アマリが右手を大きく振りかぶる。 直後、どうやら彼女の目の前にあるらしい透明な壁にその拳が炸裂する。 瞬間、世界が爆音と衝撃に支配され、紫色のパネルが壁や天井や地、彼女の立つ通路内の至る所で展開され、狭い通路からユーリのいる広間まで爆風が吹き向ける。

 拳撃。 しかもソードスキルを用いないただの拳撃で彼女の立つ通路内のほぼ全域を攻撃範囲にしているのだ。 止めようと足を踏み入れればユーリもその余波を喰らうだろう。 どれだけのダメージを負うのか未知数な以上、そんなことができるはずもなかった。

 こうなったのは数分前に遡る。

 階段を降りた2人が出てきたのは階段を背にして右側と正面に通路が伸びる狭い空間だった。 アマリが『乙女の勘ですよー』と宣いながら右側の通路に入っていくのを小走りで追いかけ、2、3文句を言っていると正面から見知った人影が歩いてきた。
 それがシィとフォラスだ。
 2人の表情が驚きと困惑とに染まった直後、アマリが砲弾さながらの速度で2人に——より正確にはフォラスに、だろう——向かって飛び出していた。 その勢いでの突貫であればもしかしたらダメージを負うかもしれないと心配したが、結論から言うとそれは無駄な心配だった。
 そう、シィもフォラスもダメージを負わず、アマリがダメージを負った。 何も2人が敵と間違えて攻撃したわけではない。 こちら側とあちら側を隔てるように不可視の壁が鎮座していたのだ。

 そこから起こったことは至極単純だ。 単純が故に不可解ではあるが。
 破壊不可能な壁に突進してそれなりのダメージを受けたアマリ。 ユーリが心配して駆け寄ろうとしたその時、壁の向こうにいたフォラスが叫んだのだ。
 実際に声は聞こえなかった。 だが、口の動きだけで何を言ったのかは簡単に察せられた。

 『逃げて』と、フォラスは言ったのだろう。
 なんのことかわからず、けれど確実な嫌な予感を感じて大きく後ろに飛び退いた直後、ふらりと立ち上がったアマリが握った右拳を壁に突き立てた。

 《爆裂》
 ユーリやシィはもちろん知らないが、攻撃による衝撃を拡張するそのスキルによって、通路の全てを爆裂が喰らい尽くす。 だが、不可視の壁は小揺るぎもしなかった。

 「なんだってあんな取り乱してるんだ?」

 口をついた疑問に答える声はない。
 なんだかんだと言いながら今の今まで至極冷静で、あそこまで我を忘れての破壊活動はなかった。 テンションがおかしかったり危ない発言をしたりはあったものの、その行動は一貫して一線を超えたりはしなかったと言うのに、だ。

 フォラスに会えたと言うのがそこまで重要なことなのだろうか? あるいは目の前にいるのに触れられないと言うのがそこまで辛いことなのか?
 いや、実際に辛いことなのだろう。
 ユーリが冷静でいられるのはアマリがあそこまで冷静さを欠いているからであって、これが1人であったのならもしかしたらユーリも取り乱したかもしれない。

 ——いや、さすがにあそこまで取り乱したりはしないけどな

 内心で付け足して苦笑う。
 アマリはなんとなく人間味の欠けているような印象があったが、今は明確に人間だ。 行動は常軌を逸している感はあるけれど、それでも親近感の湧く行動だった。

 苦笑を微笑に切り替えたユーリの眼前で一際大きな噴煙が通路から吹き抜けてきた。 そこで今まで連続していた拳撃がようやく止まったらしい。 それから少しして噴煙が晴れ、その先がようやく見通せるようになる。
 シィは驚きながら面白がっているようで、フォラスは楽しげに微笑していた。 隣り合いながらも一定の距離を保っているのは2人の微妙な関係性を示しているようで面白い。
 そんな風に少し遠くから眺めているような感想を抱けるのはユーリの余裕を表しているのだろう。

 「さて……」

 そう言って壁に預けていた背を離し、アマリのいる通路に入った。

 「もう気が済んだか?」

 不可視の壁に拳を突き立てたまま固まるアマリの背に声を投げる。 と、ゆらりと直立した。

 「……ユーリちゃん」

 無機質な、感情の抑揚が完全に廃された声音。

 「先に進むですよ」
 「お、おう……」

 緩さが消失しているが怜悧な口調にまではなっていない。 アマリと素の中間といったところか。 しかし、その中途半端さが逆に不気味だった。 少なくともユーリが、あの普段は頑なに冷静ぶっているユーリが僅かに気圧される程度には不気味だったのだろう。

 くるりとその場で反転したアマリがユーリの横をすり抜けていく。
 とりあえず先に進むとジェスチャーでシィに伝えると苦笑いと共に手を振られた。 それからフォラスに一応挨拶しておこうと思って視線を投げたら既にフォラスも背を向けている。 どうやら先に進むことにしたらしい。

 「さて……」

 俺も行くか、と踵を返してアマリの後を追った。






 「——と、これで《爆裂》の説明は終了です。 言うまでもない注意点ですが、爆裂は細かい威力の調整や範囲の設定ができません。 最悪の場合、ユーリさんを巻き添えにするので気を付けてくださいね」
 「頼むから巻き添えにしないでくれよ」
 「保証はできかねます」
 「できないのか……」

 やれやれと肩を竦めたユーリは通路の天井を見上げ、小さくため息を吐いた。

 追いかけて合流した時点でアマリの演技は消えていた。 フォラスに会えたにも関わらず不可視の壁に邪魔されたことが余程耐えられなかったのだろう。 今は本気でクエストクリアに臨んでいるのだ。

 その本気の証明として、アマリは爆裂の情報を開示した。 メリットとデメリット。 かなり細かい範囲まで包み隠さず話したのだ。
 SAOで情報がどれだけ重要な意味合いを持っているのか、そのことはもう説明の必要もないだろう。 奥の手の詳細、その欠点まで全て教えるなどそうはできない。 少なくともユーリはできなかった。

 「お前は……」
 「はい?」
 「お前は聞かないのか? 俺のあれのこと」

 立ち止まって気まずげに問うユーリ。
 ユーリにも公開していない奥の手がある。 その存在を知っているのは相棒のシィだけの、徹底して秘匿にしてきた奥の手。 しかし、その奥の手は、頭に血が上って咄嗟に使ってしまいアマリに見られている。 だと言うのに何も聞かないのは気遣いなのだろう。
 聞かず、問わず、けれど自分の手札を開示する。 それをフェアではないと感じてしまうのはユーリの勝手だ。 少なくともアマリに責めることはできない。

 「言いたくないことは聞きません。 無理に聞き出す必要もありませんから」
 「必要がない?」
 「私の爆裂は他人を巻き込む可能性があります。 けれど、ユーリさんのそれは違うでしょう?」
 「いや、その気になれば広範囲殲滅も可能なんだけどな」
 「そこで張り合ってどうするのですか」
 「……俺のあれは《抜刀術》。 単発、連撃、広範囲攻撃全てで構成されている。 汎用性が高く、遠距離以外全てのレンジに対応可能だ」
 「おや、開示してしまっていいのですか?」
 「……弱点は開示しないからな」
 「お人好しですね」
 「お前にだけは言われたくない!」

 はいはい、とアマリは苦笑いを浮かべた。 垂れ目が一層垂れ、普段の緩さからは想像もできないほど大人びている。 まるで素直になれない弟を見守る姉のようだ。

 「ったく、馬鹿なこと言ってないでさっさといくぞ」
 「ですね。 私もフォラスに早く会いたいですから」
 「喧嘩してたんじゃないのか?」
 「それはそれ、これはこれです。 そもそも喧嘩して家を出たのに別の女性と仲良くしているとはいい度胸ですよね。 お仕置きも兼ねて諸々してあげないといけません」
 「浮気ってこともないだろうけどな。 そう言えばあの2人って知り合いだったのか?」
 「さあどうでしょう。 私もフォラスの交友関係の全てを把握しているわけではないですのでなんとも。 けれど、リーナがシィさんに随分と興味を示していたのでもしかしたらその繋がりで知り合っていたのかも知れませんね」
 「なるほどな。 ん、ボス部屋、か?」
 「そのようですね」

 緊張感のない会話にシフトしていた2人の前に大きな扉が現れた。 フロアボス戦の際に見た荘厳さはないものの、それでもその巨大さは中々のものだ。
 扉に彫られたレリーフは歯車と石像。 判然としない図柄だが、だからと言って躊躇う理由もなかった。

 「先程も言いましたが、爆裂は攻撃範囲が広く、また威力も絶大です。 ユーリさんは巻き込まれないように注意してくださいね」
 「使わなくても倒せるだろ?」
 「一刻も早く会いたいので早々に倒してしまいます。 抜刀術とやらを惜しげもなく使って迅速に処理してくれるのなら爆裂の出番はなくて済むのですけど」
 「……今更だけどそんなにおおっぴらに使っていいのか?」
 「他言無用でお願いします」
 「わかったよ」

 さすがユーリさん、と。 そんな風に微笑してアマリは扉に手を掛けた。 膨大な筋力値を持つアマリだからこそ苦もなく扉を開ける。
 表情は未だに微笑。 余裕が崩れてはいない。

 「では、いきましょうか」

 その一言を残し、アマリは微笑のままボス部屋へと足を踏み入れた。

 「バックアップはお願いしますね」
 「巻き添えにならない範囲でならな」

 軽い調子で言いながらも周辺警戒を怠らないユーリにアマリは苦笑いを零しつつ、けれどその表情もすぐさま収斂する。 柔らかい微苦笑から怜悧で冷たい微笑に。
 顔のパーツの殆どが丸型で形成されているアマリがそんな表情をしようとも似合わないのだが、しかし瞳に宿る剣呑な光は見る者の背筋を凍らせかねないほどに鋭利だ。

 対するユーリも警戒のレベルを2段階ほど引き上げた。
 刀の柄に手を添える抜刀術の構えではないものの、そもそもの話し、抜刀術を使わずとも相当に強い。 フロアボス戦に参加しなくなったとは言え、鍛え上げた隠蔽スキルを駆使して人知れず最前線に挑み続けている彼は現役の攻略組と比べてもトップレベルと言っていい剣士だ。

 2人にとってここは低層域と言って過言ではなく、そのボスだろうと圧倒的に格下であることは変わらない。 本来であればユーリが抜刀術を使わないように、あるいはユーリが言ったように、爆裂など使う必要もないほどのレベル差がそこにはある。 これが2、3しか違わないのなら覆しようもあるが、現在のアマリのレベルは90オーバー。 ユーリのレベルもそれに近いだろうとアマリは推測している。 実際は人狼スキルの《各種ステーテス上昇》の効果によって底上げしているだけでレベル自体がそこまで高いわけではないものの、しかし、その結果のステータスはアマリと同レベル帯のそれと遜色はない。
 レベルの差が絶対と言われているSAOに於ける例外的存在と言っていいだろう。 もっともアマリはそんなこと知りもしないのだが。

 一瞬の静寂。 直後、宙空にポリゴンの欠片が生まれ、それらが意思を持つかのように集う。
 初めは身体。 次に腕。 脚。 頭。
 ゴツゴツとした荒削りなシルエットが浮かび、僅かに瞬いたかと思えばそれは完成した。

 《cluster ants》
 見慣れないclusterと言う単語にユーリは首を傾げたが、モンスターの外見はもうひとつの単語が全てを表している。。
 細長く伸びた3対の脚。 円筒形で細長い漆黒の体皮。 頭部には鋭利に発達した大顎。 くの字型に折れた長い触覚。 ギョロリと蠢く複眼。 腹部の先には鋭く尖った針。
 今更これ以上の説明は不要だろう。 何しろ日本人にしてみれば最も馴染みの深い昆虫と言っても過言ではないのだ。

 それは蟻。
 体長1mほどもある蟻が金属を擦らせたかのような奇声を迸らせ、2人の前に出現した。

 「うげぇ……」

 げんなりとした調子でユーリが呻くのも無理はないだろう。 SAOの技術力でリアルな蟻が再現されているのだ。 日本人が一般的に蟻に対して忌避感を抱かないのは、そのサイズが極めて小さいからであり、1mもの巨体になれば話しは違ってくる。 極小であるが故に失念しがちだが、蟻は雀蜂の近縁種だ。 造形の凶悪さは最早議論の余地もないだろう。

 「蟻、ですか……」
 「虫は苦手か?」
 「まさか。 得意とは言いませんけれど、殊更苦手意識はありません。 だって、叩けば殺せるのですから」
 「物騒な理由だなおい……っと」

 2人の会話を邪魔しようと意図したわけでもないだろうが、蟻は一際強く奇声を上て前衛にいたアマリに飛び掛かり——

 「来る、ぞ……?」

 ——ユーリの忠告がアマリに届く頃には既に蟻は壁際まで吹き飛ばされていた。

 「は?」

 呆気に取られて目を丸くするユーリを誰が責められようか。 何が起こったのかは単純明快だからと言って、それを理解できるかは別問題だ。
 1m程度はSAOに出るモンスターの基準に照らせば確かに大型とは言い難い。 レベルの差も大きく、何よりアマリの筋力値の高さはユーリも嫌と言う程知っている。
 だが、だがしかし、だ。
 襲い掛かってきた蟻を、ソードスキルの伴わない素の回し蹴りだけで迎撃できるなど誰に予想ができよう。 まして爆裂も使ってさえいずに壁際まで、距離にして10m近くも蹴り飛ばしてしまうなど、そんなことが予想できるのは彼女の伴侶であるフォラスくらいのものだろう。

 今のアマリを指して落ち着いているなどととんでもない勘違いだとユーリは悟った。
 違う。 違うのだ。
 アマリは既に感情がオーバーフローしている。 アマリのキャラクターを演じ続ける余裕がなくなるほど、彼女は怒っていたのだ。

 穏やかな微笑が酷薄な冷笑に変わる。
 普段の緩さも、戦闘時の凶暴さもない。 ただただ静かで冷ややかな瞳。 紡がれる声も、やはり冷たかった。

 「さあ、逝ってしまいましょうか」

 それは冷酷な死刑宣告だった。 
 

 
後書き
 浮気現場を目撃したアマリちゃんは大層お怒りのようですね(他人事

 と言うわけで、どうも、迷い猫です。
 とってもお久しぶりです、ええ。 ひだまりスケッチ全4期とか、ゆるゆりとか、幸腹グラフィティとか、森田さんは無口とか、だんちがいとか、そう言う日常系アニメに癒されて執筆をサボっていました←おい やがて君になるアニメ化しねえかなぁ、が最近の口癖です。

 さてさて、露骨に話しを逸らしていましたが、コラボは未だに両者合流致しません。 このまま彼女たちにはモンスターと遊んでもらいましょう。 モンスターは蟻さんだし、そもそも名前からしてこの先の展開はお察しでしょうが、まあそんな感じになると思います。
 次話はフォラスくんとシィちゃんの腹黒ハイテンションカップルです。

 ではでは、迷い猫でしたー 
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