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魔弾の王と戦姫~獅子と黒竜の輪廻曲~

作者:gomachan
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第20話『混迷の時代の願い星~勇者の新たなる旅立ち』【Bパート 】

【深夜2:00・ジスタート・ルヴーシュ・バーバ=ヤガーの神殿入口】











「これで分かっただろう?今の貴様ではテナルディエ・ガヌロンには到底敵わない」

密談を終え、すれ違い様に凱へ忠告するシーグフリード=ハウスマンの姿があった。
言われてみれば……いや、言われなくとも分かっている。それは、凱自身が身を以て痛感した。
かつてテナルディエ軍がアルサス侵攻した時、凱は元『帝国戦士団』ノア=カートライトと一戦交えたことがあった。元々ノアとシーグフリードは同じ団に所属していた。それどころか、シーグフリードとノアは団長と団員の間柄……いや、ノアの『天譜』の才能を書き記したのもシーグフリード本人だ。
アルサス防衛戦でノアには押され気味の引き分けで終わり――
今回のバーバ=ヤガー神殿における遭遇戦で、シーグフリードに『勇者』では歯が立たず、『王』に目覚めてもほぼ互角だった――
すれ違い様に凱の肩をパンと叩くと、シーグフリードは一言吐き捨てていった。

「……代理契約戦争時代(むかし)のお前に――期待しているぜ」

銀髪鬼の言葉はこれで終わらない。

「だからさっさと『勇者』を辞めて『王』に戻っちまえ」

しばし茫然として凱の視線は彼から離れなかった。
不思議だった。一瞬緩んだかに見えたシーグフリードの目元を見ると、凱にはそうなぜか思えて仕方がない。以前のシーグフリードなら決してここまで言葉を投げかけたりしなかった。それは、少なくとも凱のどこかを認めている故の『声援(エール)』かもしれない。それとも、単なる気まぐれなのか――
いずれにせよ、どのような知略を立てたところで、ノアやホレーショーといった『一騎当千』、『百戦錬磨』の力を持つ猛者達の戦いは避けられない。
踵を返す「人ならざる者達」の団長の後姿を見送る凱であった――

―――そして、今度は『国王』が『獅子王』に別れの言葉を送る番となった。

「ではまた―—『月の欠けた夜』にヴァレンティナを向かわせよう」

月の欠けた夜……つまり、三日月が訪れるのは約一か月後。お互いの動向と銀の逆星軍対応を考えれば、それくらいの期間が適切かもしれない。

「――虚空回廊(ヴォルドール)

袈裟斬りにエザンディスを一閃する虚影の幻姫。裂かれた空間からそれぞれを送り届ける『通用口』が開かれる。
長い会合を得て今後の方針が定まった皆は、それぞれの活動場所へ戻っていった。
ただ二人、『王』と『戦姫』が残ったまま――

「シシオウ君……」

かすれた声で王は勇者の手を両手で抱え込んだ。次第に、冷たい涙の滴がぽたぽたと垂れていく。
落ちる滴の冷たさに、秘められた想いの暖かさが感じられたのは、これが本当のジスタート王の心なのだろうか?
それとも、勇者が『この案件』を引き受けたことに対する安堵からだろうか?
だが、王から発せられた次の言葉で、『打算』なきものと理解する。

「どうか……エレオノーラを――」

声を区切り、詰まる喉から彼女の愛称を告げる。

「エレンを……頼む」

一瞬、凱の感情が虚空の彼方へ映ろうとしていた。
彼自身、彼女に愛称を呼ぶことを許してもらっていない。
当たり前だ。ヴィクトールとエレオノーラは『王』と『戦姫』の主従関係。二人には常に『公』が必ず付きまとう。
それでも……それでも……
許されるなら、今一人の『人間』として告げたかった。
義理息子(ヴィッサリオン)の忘れ形見の……エレオノーラという真名ではなく、エレンという愛称で――
王さえも自覚のなかった『弱さ』を知った勇者の返答は簡潔を極めた。

「はい」

たった一言……たった一言だけ勇者は答えたのだった。王の止めかけていた涙が、再び溢れかえる。
それだけでも、王にとって全てが救われたような気がした。
そして――

ヴィクトールが虚空回廊へ去り、やがて一人になったヴァレンティナを凱は呼び止めた。

「ティナ……」

だが、ヴァレンティナは凱に振り向くことはなかった。
脳裏によみがえる幻想の記憶。

――『獅子王凱(シシオウガイ)』だ。今日は美女の電撃来客だな。望んでもいねえのに――

どうして、彼女が独立交易都市へやってきたか。

――私はオステローデから参りました「ヴァレンティナ」と申します――

なぜ、凱と接触を図ったのか。

――私の事はティナと呼びなさい。今度から他人行儀みたいな呼び方したら口を聞いてあげません――

それらは全て遂行すべき『任務』故に行ったこと。

――これ欲しいです!――

でも……キミと過ごしたあの時だけは、本当に……かけがえのない大切なものだったんだ。

「君にとっては『任務』だったかもしれないけど……俺にとっては大切な『幻想(おもいで)』だと思っている!俺はそう信じている!」

切に――まっすぐにほとばしる凱の想い。
もし、彼女の本心が望まなくても、凱は自分の気持ちを偽ることが出来なかった。
誰かの為にウソをつく。以前、ティグルにそう話をしていたことがあったのを思い出す。
彼女だって、掛け替えのないものを守る為に、自分を偽り続けてきたはずだ。
幻想は現実へ解けていくけれど、『記憶』だけは残るもの。

「例え……ひとときの『(メチタ)』だったとしても」

最後に絞り出した――凱の言葉。
だから――余計に分かってしまうのだ。影の裏側にある『光』のような一面を。
果たして……凱の言葉はヴァレンティナに届いたのだろうか?

「ガイ」

静かな声。勇者の名を呼ぶ戦姫のつぶやきは、どこか枯れているように聞こえた。
振り向こうとせず、これから戦いへ赴く勇者を労る雰囲気さえも見せない。

(……あなたは本当に……善人すぎます……)

彼女にとって、凱からかけられる言葉の一つ一つが、拷問のように心へのしかかる。そのような錯覚が拭えない。

――私はあなたを騙しました。

――全ては、オステローデを豊かにするために。

――ジスタートの国益を第一。その中にオステローデがある。ただそれだけに。

――ガイとの幻想(おもいで)の品……多目的通信玉鋼を手放さない……浅ましい女。

――赤子のような産声を上げて泣いたガイを抱きしめて……心の中で描いた空想ではなく、頭の中で記した計算の上で。

記憶を揺り起こすたびに唇がぎゅっと閉まる。
ヴァレンティナの律儀が、涙をこぼすことを許さなかった。泣いて見せたところで、結局楽になるのは自分自身だけだ。これからブリューヌの動乱へ挑む凱の負担が楽になるわけではない。ならば、自分は異名に相応しい|虚影の幻姫≪ツェルヴィーデ≫の役回りを演じるべきだと思い、気持ちを落ち着かせた。

「現実を壊すことよりも、幻想を叶えることのほうが難しい――そういうことです」

喉を詰まらせた言葉がこれか。
もう少し、まともな言葉もあったのだろうか?
本当にかけたかった言葉は、こんなものではなかったのに――
「私もあなたと同じです」――ただそれだけを、まっすぐ伝えたかった。なのに――
数秒置いて、ティナは歩みを再開する。対して、「ティナ」と凱はもう一度呼び止めた。

「これだけは言わせてほしい……『幻想(おもいで)』を……ありがとう」

突き放したはずの一言に対する返答――ありがとう……が?

――これ以上、私の心を苦しめないでほしい。

――どうせなら、目の敵の言葉を私にかけてほしかった。

――恨めしく侮辱してほしかった。

だから、彼女は心の中で凱に恨み言を一方的にぶつけ、虚空回廊へ帰していった。

――本当に……卑怯……です……シシオウ……ガイ。










◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆









その場に残った『獅子』と『隼』――獅子王凱とフィグネリアは今後の行動を取り決めていた。

「王都を通過してライトメリッツ方面へ向かって銀の流星軍駐屯地へ合流……随分と手間をかけるものだな。ガイ」

銀閃アリファール。凱の腰に据えられた剣の秘めたる力を知っていての、フィグネリア――フィーネの発言だ。だが、過去を振り返り、やがてそれは失言だと悟る。
以前、エレンの消息について凱に問い詰めようとしたとき、ルヴーシュの虎街道で彼を追い回していた時があった。無理に凱の背中を追いかけて――崖に転落したのを、対象者である凱に助けられた。本来なら飛翔竜技である『風影(ヴェルニー)』を用いれば、この程度の崖など難なく脱出できたはずだ。
なのに、凱はそれをしなかった。その理由は凱本人から語られる。

「仕方ないさ。銀閃の力を使えば俺達を警戒する戦姫や銀の逆星軍が感化して行動に出てしまう。ヴィクトール陛下は戦姫様に打診してくれるといったが、当面日数を有するはず。そういう事で『竜技(ヴェーダ)』はしばらく控える」

まだ戦姫の正邪が掴めない故の結論だった。フィグネリアとて、知己の戦姫が一人いるのだから、凱の判断はある意味では当然と言えた。
無論、銀の逆星軍の間者とて例外ではない。

「……フィーネ」

唐突に呼ばれたフィーネは、ゆっくりと凱に振り返る。

「もう俺達は――止まることを許されない」

このとき、フィグネリアは『大いなる時の流れ』を直に感じ取っていた。
それは、この場にいるもの……いや、大陸国家全ての運命を決定づける日だということを――
時代は――今この時を以て、再び流れようとしている。










【二日後・ジスタート領内・ライトメリッツ付近郊外・銀の流星軍陣営地】









ジスタート王から『書簡』という通行許可証をもらった凱は、最大走力で銀の流星軍へ帰還した。天然自然の障害物がある公国周辺を経由するより、街道整備の整っている王都経由のほうが移動経路として申し分ない。多少遠回りだったとしても、夜通し馬車という交通機関を利用すれば、時間損失を補うどころかお釣りがくる。
実の所、ジスタート7公国において直接戦姫同士の国は隣接していない。直接的による公国間戦争を防ぐ為に、公国と公国の間に王家直轄領が敷かれている。そこからなら王家発行の『書簡』が大いに働いてくれる。そう判断した凱の行動は実に早かった。それが僅か2日間で帰還できた要因と言えよう。
ただ凱に付き添っていたフィグネリアの心情は、複雑なものだった。

(会わずに済むなら、そうしたいんだが)

一応、凱の話によれば、この幕営の中にリムがいるようだ。
だが、顔を合わせないことは避けられない。凱も彼女と共に戦う以上、立場上彼女を紹介しないわけにもいかなかった。
決して気が重いわけではない。別種の気の迷いが足を重くしているだけなのだろうか?
彼女らにとって『敵』同然である自分が、なぜここに来て、何をしようとしているのか――
ただ、『決着』を付けたいだけなのか?何に対して、何のために、誰を追い求めて?
行きかう疑問が、渦巻く疑念が現れては頭の中で振りほどく。しかし、やはり迷いまでは振り切れない。

(フィーネの様子がおかしい……俺の思い違いか?)

凱は知らなかった。エレンはともかく――今、銀の流星軍の中核を担うリムアリーシャ――リムとフィーネの再会は、少なくとも凱の想像していたのとは、別なものだという事を。
『銀の流星軍』の中枢が集う幕舎の入り口を通る。一声かけて「どうぞ」との返事を確認し、頭を下げて入場する。
ライトメリッツのルーリック、ブリューヌ貴族、マスハス=ローダントに加えてオージェ子爵とせがれであるジェラール、カルヴァドス騎士団オーギュスト。そして、エレオノーラ姫の傍らに立ち続けてきたリムアリーシャの姿があった。

「ただいま戻りました」
「おお、戻られたか!ガイ殿!」

マスハスの声を聞いて、凱は幾らか頬を緩めた。直後、何やら困惑したような表情を見せ、全員に視線を配る。
気まずそうに凱がルーリックへ声をかける。

「一体どうしたんだ、ルーリック?」
「は、はあ……それが……それよりもガイ殿、そちらの女性は一体?」
「ああ、先に紹介するよ。彼女は」「―――――フィーネ」

凱の紹介を遮る形で『隼』の愛称を告げたのはリムだった。

「どうしてあなたが……ここに……」

普段から見せる冷静さの欠片もなく、かすれた声を発するのがやっとだった。その表情は愕然とし、眼を見開いてこちらを見ている。動揺が、艶のない金髪が繊細になびく。まるで波間に揺れるさざ波のように。

「久しいな――リム」

どうしてフィーネがリムを知っているのか、ふとした疑問は僅かな思案で払拭される。
以前リムが話してくれた、彼女自身の過去を思い出す。まだエレンが戦姫に選ばれる以前、二人は『白銀の疾風』というジスタートの傭兵団に所属していた。ヴィッサリオンという団長を務める男は、エレンとリム――二人の義父として育て、ある戦場で討ち取られたと聞いた。その時、まだリムは凱に『乱刃のフィーネ』の事を告げていなかった。そして、フィーネもまた凱にエレンとリム――ヴィッサリオンの確執も。

「初めまして。銀の流星軍副官を務める、ルーリックと申します」

そして順繰りに挨拶をするマスハスやジェラールの対応をみて、流石にリムも幾何かの冷静さを取り戻す。改めてリムも自分がエレオノーラ様の副官を務める立場の自己紹介をする。
終えて、再びリムは感情に身を委ねて『隼』に問う。

「なぜ……あなたが」

場の空気が凍り付く。リムの問いはまるで、精神と時を凍てつかせる吐息のようだ。

「エレン―――ヴィッサリオン―――そう言えばわかってくれるんじゃないか?」
「あなたが……二人の名前を口にするなど!?」
「リムアリーシャさん!」

口で語るより、意思と態度で示された会話の流れ。
凱には、二人の隠された事情など分からない。
だが、リムの今の剣幕と、静かに語る『隼』の囀りが、凱に確信と核心を抱かせた。
間違いない。この人たちもヴィッサリオンさんと深い連糸が絡んでいる。

「フィーネ……どうして俺に話してくれなかった?」

別に聞かれなかったから、と言えなかった。半分、必要以上に話す必要もなかったのだが、本当は自分から話をしたくなかったというのもある。
知っていれば、凱もリムとフィーネを会わせようと思わなかった。

――本音を言えば、誰にも心のうちを覗かれたくなかった。

場の空気を敏感に察知したジェラールが、無理に話題を変えようと『別件』を持ち出した。

「そういえば禿頭のブリューヌ人、あなたはガイ殿に何か話があったのでは?」「ああ、そうだった」

ほんのわずかだが、その場の雰囲気がかすかに緩む。それはあまりにむ不器用な持ち出し方だったが、突然の再会に『熱』を帯びた両者――フィーネやリムにとってありがたかった。

「ガイ殿に会わせてくれといって、先日ここへやってきた人物がいるのです」
「俺に?」

凱は自分の顔に人差し指を差した。

「誰なんだ?一体――」

皆は困惑したかのような……そして――一同に息を呑んだ。

「――――ザイアン=テナルディエです」

そして今度は凱が息を呑んだのだった。










【別幕舎にて――ザイアン=テナルディエとの再会】










リムにとって、フィグネリア以上に因縁浅からぬ再会はなかった。
だが、それは金色の髪の彼女だけにかぎったことではない。
ザイアン=テナルディエ。彼の存在は、ティッタにとって恐怖の対象でしかなかった。
兵に囲まれたままのザイアンが、やがて姿をあらわしていく。

「どうしてここが……いや、何故ここへ来たんだ?俺に会いたいとはどういうことだ?」

顔を合わすなり、凱は前口上を言わず、単刀直入にザイアンへ問いを放った。
それは、かつてテナルディエ軍によるアルサス焦土作戦の被害者であるティッタや、介入者達のリム、ルーリック、事前策を整えたマスハス達を考慮しての事だった。
さしもの凱も、ザイアンがティッタにしたことを思い返せば、到底許すことなどできない。あの時は、ザイアンを無傷で解放するのがティッタの願いだったから、あの場にいた全員はザイアンを見逃したのだ。誰しもが、ザイアンに報いをくれたかったはずだ。

(このザイアン=テナルディエ……自分の置かれている立場を分かっていて、ここへ来たはずだ)

そう凱の推測通り、身なりは甲冑を外され、武器も当然装着していない。「させられない」というのもあるが、少なくとも『敵意』は彼から感じられないのも確かだった。
一歩一歩、頼りない足取りだが、力強い意思さえも感じる。その歩みを保ったまま、凱に近づいていく。
――とはいえ、ザイアンを囲む一同は、腰に据えている剣の柄を緩むつもりはないようだ。
すちゃりと、誰かが刃の弦の音を鳴らす。
何故なら、一つの可能性さえも捨てきれないからだ。このザイアンが『弱者』と偽って『勇者』の凱を殺すのではないかと。
実際のところ、ザイアンの狙いは誰にもわからない。だが、凱自身とその竜具『アリファール』も欠かすことのできない、現在の『銀の流星軍』には必要な力だ。油断して失われる愚だけは、犯すわけにはいかない。
返事のないザイアンに対し、凱はもう一度言葉を投げかけた。

「……まずは、君の『真意』を確認したい」

しかし、抜刀するのも躊躇われている。それに反響して沈黙も訪れる。

「オレは……」

ためらいがちな声が、幕舎に伝わる。凱と対面して初めて発した彼の言葉だ。

「父上、フェリックス=アーロン=テナルディエの命令によって、ここ対『銀の流星軍』斥候の任を受けている」

まるで自殺行為に等しい発言だ。もし、これがウソだとしても、敵側の陣内でこのような事を申していいはずがない。
緊張――とは違う種の大気が張り詰める。やはり、彼はテナルディエ家の者。誰もが敵対の意思を抱こうとした時――

「待ってくれ!『今』の彼は『敵』じゃない!」

凱の言葉を聞き、皆はハッとする。そんな凱の態度に、ザイアンはまぶたが苦しくなるような感覚を抱く。

「――だが、オレ個人の意思は、あなた達『流星』との敵対を望んでいない」

顔を見上げ、凱の瞳を捕えて、ザイアンは自分の意志を述べる。
そしてザイアンは見た。かつて、自分が陥れようとした『侍女』の姿を。
震えるように、凱の後ろへ控えるティッタは、とっさにザイアンと目線が合わさった。
どちらかが、胸がいっぱいになったのだろう?

――自分が侍女に仕出かしたことに対する後悔か?

――若しくは、侍女の自分にされたことへの恐怖なのか?

ザイアン様を……放してください。
あの時、斬首を覚悟したザイアンにとって、侍女の言葉はどれほどの救済を秘めていたのだろう?
弱者、民、雨後の茸と自分がなじった連中、その連中に罵声を浴びせられ、死を覚悟した自分。アルサスの怒り、ヴォルン伯爵の怒りを受けて、死出に旅だとうとした。
しかし、ザイアンの処断を託された侍女は、彼女だけは違った。
特別ザイアンの生を願ったわけではない。ティグルと同じで、アルサスも襲われて、悔しくて悔しくてたまらなかったはずだ。
ティッタは、あの時抱いた『恐怖』という気持ちを、『勇気』の心で別の所へ向けようとしていたのだ。
当然、ザイアンを釈放してしまえば、避難の嵐をティッタが受けるはずだ。それさえも勇気で受け止めて――

(……どうもかつてのザイアン卿とは印象が違うのう)

一人、マスハス=ローダントが心の内でぼやく。
以前、20年ぶりにブリューヌとジスタートが事を構える『ディナントの戦い』の野営地で、ザイアンとティグルの間にはいり手ほどく仲裁したマスハスらしい感想だ。
ぐんずりとした体格の初老貴族が推測する通りだった。
これまでザイアンは他人を思いやる行為をした事がなかったし、気に掛けることもなかった。しかし、あのアルサス襲撃戦の敗北から続く、長い放浪旅が彼を変えた。ザイアンはこれまで考えたためしのないことを、繰り返し考えた。
それこそ、ブリューヌの端から端まで渡り歩くほどの、腐るほどの時間が生まれたからだ。

それなら、私は……エレンはどうでしょうか?

リムアリーシャ――今だ自分は『フィグネリアにヴィッサリオンを討ち取られた』という現実に絡めとられている。
ティッタとザイアンはまるで……先ほどの自分とフィグネリアに重なっているのではないか?もしくはその逆なのか?
再び訪れた沈黙に対し、リムは懸命に言葉を探す。軍議の理屈理論は山ほど熟知しているのだが、こんな時に何を言ったらいいのかまったくわからない。

「……貴方が……『銀閃の勇者・シルヴレイヴ』の……シシオウ……ガイ殿……ですね」

ザイアンの丁寧な物言いに、凱は目を見開いた。かつて「殺せって言ってんだよ!!」という獣のような遠吠えの面影は感じられない。

「あなたに……会いたかった」

震えるような声から絞り出された言葉。
ザイアンにとって、それは『喪失』から生まれた、ささやかな『流星』にして『希望』だったのだ。










◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇










「―――――あなた方は本気なのですか!?父上……いや、『魔王』と戦うと」

ザイアンは言いさして絶句した。今回のブリューヌ内乱について、凱はザイアンに説明したのだ。
ほぼフェリックス政権の置かれたブリューヌを開放する為に、ティグル達を救出して王都ニースを取り戻す。そのことが銀の流星軍が解体せずに、ブリューヌ勢力圏侵入を伺っている理由だ。
もちろん、銀の逆星軍からすれば、銀の流星軍のような『解放軍』がいつまでも存在されては困ることになる。だが、ムオジネルやザクスタンのような傍観国からすれば、彼ら銀の流星軍の選択は蒸気を逸したものに見えるだろう。

――民草に非道を働く魔王を穿たん『流星』が、ブリューヌに真の平和を取り戻す。

理由はいいが、それですべての流星が砕かれては意味がないではないか?
だが、そんなことはもちろん凱にも、ここにいる全員にも自明のことだった。凱は静かに頷く。

「ああ。一番過酷な『道』だということは……わかっている」

二人きりになった凱とザイアンは互いにそんな話を交わしていた。このザイアンという青年、ティグルと年が近いからなのか、年相応な面が僅かながら見える。そんな二人の様子を遠巻きながら、リムやルーリック達は静かに見ていた。

「それでも、それでも俺は『仕方がない』と思っている。想いを描き、形作る為には避けて通れないから」

腰に据えられたアリファールの紅玉を見やり、凱はつぶやく。

「戦争もまた……避けて通れない道なのだろうか?」

そのような問いに、誰が答えることが出来るのだろうか?
アルサスを守る為に、ジスタートの力を借りたティグル。ブリューヌを護る為に、アルサスを焼き払おうとしたフェリックス。
あの時、あの人がああしなければ、こうはならなかった。結局、人は刷り込まれた本能のように『自分』を取り巻く環境こそが大事だと信じ、他者の介入を妨げることを止めようとしない。
『ディナントの戦い』――あの戦いがティグルの運命を、テナルディエ公爵の人生を大きく変えてしまった。
戦争という大波に呑まれ、『敵』を倒すことがティグルにとってアルサスを、テナルディエ公爵にとってブリューヌを護る行為だと信じて戦い、ザイアンーーこれまでそんな疑問を抱いたことがなかった。

「だから貴方は……父上とヴォルンが……いや、ティグルヴルムド卿が戦ってしまったことは……『仕方がない』と?」

凱から、そして今度はザイアンが『仕方がない』という。その至極簡単な言葉に、フィグネリアには重くのしかかる。あの時の刃がヴィッサリオンに刺さってしまったことが『仕方がない』であってほしいと――

「自分だけの世界で暮らし、外界やそこで起こることに無関心でいるのは……結果的に自分の世界を滅ぼすことに繋がる……」

ブリューヌの果ての丘台――アルサス。ブリューヌ全土を見渡す眼からすれば、見ようによってはとてつもない軍用価値が垣間見える。
しかし、外界で無関心でいる狭い視野では、そのような危機感など抱くはずもない。
ディナント平原を見るがいい。数多の因果と輪廻を繰り返したところで、結局人は神意を学ぼうとしない。かつて貴様等が『治水』を巡り、『銃火』に回帰したその末路を――。
ペルクナスを筆頭にする、天上を見守る12柱の神々に恥じる事なく、人は同じ存在を喰らいあっていく。ゆえに神々は理解できない。同じ信徒の戦士たちが、なぜ同胞を消し合っていくのかと。
同じではないと考える為に、敵と侵略者を同等と考えてしまうからだ。だからいくら殺しても構わないと。

――逆星が真の自由と平和を与えよう!流星に願おうと決してかなわぬ『理想世界』を!!真の諸悪『弱者』を殲滅せよ!!―

父の公約宣言が耳によみがえり、不意にザイアンは身震いする。

「だから俺は『逆星』と戦う。砕かれてもなお輝きを失わない『流星』の為に」
「……」

ザイアンはつい、自分の喉元に刃を突き付けられた気分になる。すがるようなザイアンの視線を振り切って、凱は遥か彼方を見やる。

「それが……『人を超越した力』を持った俺の使命だと思うから」

凱の言っていることが、ザイアンには分かる。ふいに立ち上がった凱を見やるザイアンの瞳がかすかに揺れた。

「俺達はまた……戦うのだろうか?」

まるで独り言のようにつぶやいた凱に衝撃を受けて、ザイアンは勇者の横顔をまじまじと見つめる。どこか儚げな表情の凱だったが、まるで悲しむかのようにどこかを見つめる。
俺達はまた戦うのだろうか?その言葉が――重い。とてつもなく。
二つに分かれる?『流星』と『逆星』に?
流星なら弓を手に取り、その弓弦を引いて?
逆星なら銃を手に取り、その引き金を引いて?

ああ、この人にはこれ以上聞くまでもないのだろうなと、ザイアンは感じ取った。始めから、凱は勝つことを望んでいるわけではないのだ。かといって、敵を滅ぼすことを望んでいるわけでもない。
オレ達は人間だ。戦争という設備(システム)の一部でもなければ、歯車を廻す消耗品(パーツ)でもない。
そして、何か意を決したように、ザイアンはある事実を凱に語るのだった。
凱はザイアンを信じて話してくれた。ならば、自分も凱を信じて話すべきではないか?

「オレは……父上の居場所を知っています」

凱の視線がザイアンに向く。

「――――――――アルサスです」

今度は、銀の流星軍に一筋の光明が訪れたのだった。

「どうか……父上を……いや、フェリックス=アーロン=テナルディエを……止めてほしい!」
 
 

 
後書き
次回は本当に『奪われた流星の丘アルサス~再戦のドナルベイン』です 
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