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魔弾の王と戦姫~獅子と黒竜の輪廻曲~

作者:gomachan
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第20話『混迷の時代の願い星~勇者の新たなる旅立ち』【Aパート 】

【真夜中・ルヴーシュ・バーバ=ヤガーの神殿】










「考えていることは、いくつかあります」

獅子王凱の提案に、誰もが耳を傾けた。
『銀閃』と『黒炎』の死闘によって穿たれた穴から月光が差し込めて、その場にいる全員を照らしている。
ジスタートの現支配者たるヴィクトール王。
その王に膝を折る戦姫ヴァレンティナ。
戦姫として同僚であるエレオノーラと執縁のある傭兵フィグネリア。

――対して『東』の連中といえば。

かつて世界を滅亡の危機へ陥れた元帝国戦士団団長シーグフリード。
その愛剣であり、彼の義姉である黒炎の神剣エヴァドニ。
同様にシーグフリードの共犯である元帝国騎士団団長オーガスタス。

いずれも尋常ならざる顔ぶれだ。その6人の注目を集める凱の言葉は、黄金の粒より貴重にも思えたのだ。

「ひとつは――――要人たちの救出です」

考えているというより、凱にとって必須事項だった。
このブリューヌ内乱、どうしても彼らの手で決着をつけねばならない。
当初、ヴィクトールやヴァレンティナは凱の神格的な戦闘力に任せてテナルディエ暗殺を実行に移すつもりだった。
しかし、凱はそれらを抑えた。
もしテナルディエを『国家の敵』という形で対処すれば、内乱をアスヴァールやザクスタンに勃発を認めている――だけでは済まされない。
あの男を「ブリューヌ・ジスタートの敵対者」とすれば、倒せても倒せなくても、ムオジネルをはじめとした反国家、ジスタート内部の反勢力の英雄として神聖視される。
そうなれば、第二第三のテナルディエを生み出しかねない。
万民に示すべき大義を持たぬ――以前に異端認定を受け死亡扱いとなっている凱では、一時的に鎮静化できてもその後の動乱が余波として続くだろう。死んだはずの『亡霊』が黄泉返ったとなれば、再び訪れるのは――――力無き民が生み出す、堪え切れぬ涙と悲しみの叫びだけだ。
大義を持つ者――ブリューヌの国王の許しを得た者のことだ。リムアリーシャ――リムから聞いた話では、既にファーロンの息女レギン殿下を擁護しているとの事だが、大義そのものであるレギンの導き手である銀の流星軍の総指揮官がいないため、大義なす行為――すなわち『正義』の執行が成り立たない。

銀閃の風姫、エレオノーラ=ヴィルターリア。

凍漣の雪姫、リュドミラ=ルリエ。

ジスタートの戦姫二人。レギンが王族の身を証を立てる瞬間は、総指揮官のティグルを支援する彼女の未来に大きく影響する。

そして……凱の(まぶた)に浮かぶはくすんだ赤い髪の少年の姿。

――ティグル――

何より、大切な主様の帰りを待つティッタの為に、これは絶対に果たさねばならないことだった。

「ティグルヴルムド=ヴォルン伯爵と、我が戦姫エレオノーラ=ヴィルターリア、リュドミラ=ルリエを救出するのが先だと?」

ヴィクトールが瞳を開いてつぶやいた。それに構わず凱は言葉を続ける。

「はい。彼らは『銀の流星軍』の総指揮官――今のブリューヌはいわば海上の嵐の前兆です。余裕のあるものは嵐に備え、ないものは嵐に怯えるように……近隣諸国、アスヴァールやザクスタン、そしてムオジネルも今後のブリューヌがどう『転覆』するか注目しているはずです。ですから、『丘』という小舟を操舵する『先導者』の彼らがどうしても必要なのです」

ここで凱は、バートランから教わったディナントの戦いが行われた経緯を一度振り返る。
それぞれが互いに独立した、無関係の事象であったにせよ、空間と時間の軸が例え微細に『ズレ』た場合、それらは『安定』を求めようとして一つの『事象』が誕生する。
『国境線の川の氾濫』という要素が拠り所の安定を求めて、そこに住在するヒトを伝って領主から高官へ、そして陳情として国王の元へ辿り着いた。神より授かりし王の僅かな采配が、ブリューヌとジスタートという海辺に、戦争という巨大な荒波を引き起こし、国の基盤たる民を波間にただよう船のように揺さぶっている。
無論、アルサスという辺境の丘に存在する小舟もまた、例外ではない。
既にムオジネルをはじめとした各国はこれらの動きに覚醒し、ブリューヌ内部に関心を深め、警戒というべきほどに間者を忍ばせたりと行動を示し始めている。

――――ただ、国の風下に生きる民草は、そのことを知らずにいたままだ。

「……先導者――――アンリミテッド」

ヴァレンティナが儚くつぶやいた。かつてオステローデに滞在していた時に聞いた言葉を受けて、凱はコクリとうなずいた。

「だが、そんな悠長なことも言っていられんのも事実だろうが」

今度はシーグフリードが突き詰めた。阿鼻叫喚の代理契約戦争を戦い抜いたものが知りえる助言をもたらす。
フェリックス=アーロン=テナルディエ。
マクシミリアン=ベンヌッサ=ガヌロン。
この両者には、人の世の(ことわり)など一切通用しない。
まさしく、『人』も『魔』も『力』で『世界』を『つくりかえる』眷族……覇獣に等しい。
二人を滅ぼさねば、ブリューヌ、ジスタートは滅びる。
いや、たった二国だけでは済まされない。
5大国家の基礎と成す大陸全て……それどころか、独立交易都市……いや、全世界にまで及びかねない。
特にこの結末を誰よりも敏感に察知し、確信を抱いていたのは、他ならないヴィクトールだった。

「時代の風が『民』へと流れるようなら、それも仕方がないと思っていた」

ジスタートの支配者たる存在に、全員が視線を注ぎこんだ。
自国が滅びるのは最悪の結末――『王』以外には計り知れない苦渋のはずだ。だが、この年老いた王は既に、革命という試練の日が来るのを見越していたのかもしれない。
各国への干渉を極力回避し、戦姫の地力を削ぎ落す政策を行う国風にも拘わらず、今回の『二国転覆計画』という非常事態への対応は驚くほど速い。

「――――が、例え革命を賭して国をつくりかえようとも、決してつくりかえてはならぬものがある」

ヴィクトールは穏やかな目を浮かべ、ヴァレンティナが継いで『ある単語』を開く。

「……『(メチタ)』」

大鎌を担ぐ戦姫の瞳に、微かな陰りが生じる。乗じて凱がヴァレンティナをいたわるような視線を向ける。先ほど戦姫と言い争っていたフィグネリアは複雑な表情だ。
再び王は憤りを口調に映して言う。

「銀の逆星軍の背後には、『国民国家革命軍』の思想家――初代ハウスマンの影がある」

その言葉にシーグフリードとオーガスタスが表情を変える。告げられた事実に凱もあ然とすると同時に、やはりと思った。
先日における『ディナントの戦い』で銀の逆星軍を相手にするうちに感じていた違和感――ブリューヌ現王政への偏見と嫌悪がにじみ出ていた管理統制は、軍全体が既に『国民国家』の思想に染まっていたためのものだった。狂気の域に達していた銃の運用技術は、貴族への反旗と王を排斥する危険思想から生まれ出でたものだから。
ヴィクトールは思い出す。ヴィッサリオンとの出会いとその戦いのすべてを。
陸のブリューヌと海のジスタート。二つの海戦を通じて、初代ハウスマンは『機械文明』の恩恵と猛威を同時にもたらした。テナルディエには猛威という実演を――戦姫には戦利という恩恵を。

「そしてブリューヌは今や『修羅』こそが新たな時代の暁光――とする、フェリックス=アーロン=テナルディエの手中に」

そうか――――と、凱は納得する。
ここで銀の流星軍が時代と共に滅びることになれば、世界はこのまま『愉悦の強者』と『盲信の狂者』に分かれて喰らい合い続けるだけだ。『弱者』という犠牲をひたすら求めて――。
それさえわかれば、『この人達』の為に力を振るう理由には十分だ。

「……『もう一つの未来』を知る勇者よ」

凱にはなぜか勇者という言葉が、しんと胸にひびいた。思わず見つめ返した『勇者』の視線に、『王』の瞳がふわりと優しげなものになる。
目に映るすべてを救うという、勇者の祈りをくみ取りたい――せめてもの、王からの餞別として言葉を送呈する。

「胸に抱いた『流星(ユメ)』を秘めて丘へ向かうなら、我々は君と共に歩むつもりだ。王としてではなく、『盟友』として」

かつて凱がリム達に話したことを、ヴィクトール自身が言い放つ。『盟友』という言葉を聞いた途端、凱は身の内に流れこんでくる力を感じた。
そうだ。勇者は決して一人ではない。ここにいるのは独立した、意志のある『人間』だ。もう一つの未来を知る者たちが、同じほうへ歩む戦友たちもいる。たとえ凱一人が支えきれなくても、共に支えてくれる『勇気ある仲間』がいるではないか。
勇者はしっかりと王の目を見返し、答える。

「…………今は小さくとも、銀の流星は輝きを失わないと……強く信じています」

逆星によって、流星は輝き砕かれた。だが、砕かれてもなお、流星は輝き続けるだろう。

(メチタ)』を、その両腕からこぼさない限り――









◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇










「二つ目は――やはり味方が欲しいです」

精強とうたわれるジスタート軍もいるが、現状の武力情勢を振り返ると、彼女たちに申し訳ないが『無力』と思わざるを得ない。
戦場を人の力が支配し、剣と馬の戦いが中心である時代に対し、各国は『個』の力を排除し、『軍』の力で近代防衛を整えた。
しかし、それはテナルディエやガヌロンのように、『時代の影』という闇にひそみ、間隙を突いて事を成す勢力には、あまりにも『無力』だった。
なにせ、エレオノーラやリュドミラといった戦姫や、ロランという生きた伝説の黒騎士――
一騎当千の武勇を誇る者達ですら、戦場のただ中で捕縛、敗北を叩きつけられたほどだ。
『軍』をかいくぐり、『殲滅』を目的とした近代戦術がいかに対処し難いか、原種大戦や超越戦争、代理契約戦争を潜り抜けてきた獅子王凱には痛いほどわかる。
対抗できるのは、同じく『時代の影』に潜り銀閃を振るう者、最凶の暗殺者にして『勇者』と呼ばれた男しかいない。ヴァレンティナを介して凱を導いたのも、『虚影の幻姫』という特殊性もあったのだろうが――凱と同じく『影』と『闇』に潜むことができるためだろう。
目に見えない敵ほど驚異的なものはない。それは強大な力をもつ戦姫や王ならすぐにわかるだろう。
凱の言う『味方』とは、そういった情勢の水面下で立ち回れる能力を持った人たちのことを指している。
真剣な表情をヴィクトールに向け、凱は問いかける。

「ヴィクトール陛下。教えてください。今のジスタートはどういう状況なんですか?」
「うむ……そうだな」

そこでヴィクトールはヴァレンティナに視線を送る。そして彼女は大陸地図の用紙を石机に広げる。
話を再開するように、枯れ木のような王は細い指をトントンと叩く。

「シシオウ君。先ほど君が言ったように、現在の我が国はブリューヌの『転覆』に静観するだけの状況だ。近隣諸国……ムオジネルやザクスタン、アスヴァールも我が国と同じようなものであろう」
「……切り取ろうとする勢力は存在しないのですか?つまり、内乱に付け込んで攻めてくるような?」

それについての情報を、凱は何よりも欲しかった。
しかし、凱の僅かな期待を裏切る形でヴァレンティナは事実を申す。「いません」と――。

「それどころか、各国の王は我が身可愛さに、ブリューヌ侵攻を渋るばかりです」
「どういうことだ?ティナ」
「ブリューヌ最強にして国王直属の軍隊……ナヴァール騎士団壊滅の報を受けたためでしょう。『ブリューヌの領土を切り取ろうものなら、貴様らもこうなる』という伝言の意味も込めて」

つまり、内乱罪という名目で国王騎士団を逆賊討伐に向かわせたのが、テナルディエにとって都合のいい宣伝効果になったという。
特にザクスタン、アスヴァールは何度もナヴァール騎士団に苦汁をなめさせられたことだろう。戦神の障壁と比喩される騎士団が崩壊したとなれば、西のネズミどもは歓喜の声を上げて喜び、すぐさま大地をかじりに行くだろう。
ヴァレンティナに代わりヴィクトールが続ける。

「銀の流星軍敗走に続き、ナヴァール騎士団の敗北の報から、再び世界は大きく動いている」

テナルディエ公爵と長きにわたる交流がある他国の貴族は、彼の野心的なまなざしに感づいていた。事実上、反逆決起(クーデター)が成功した今こそ、他国へ乗り込んでいくのではないか――と警戒するものさえいる。
いや、乗り込むなどと、上品な言い方は似合わない。
踏み荒らすつもりだ。荒廃した時代をただ突き進む一匹の『魔獣』として。

「シシオウ君なら既に分かっておるだろう。『軍』という意味での味方はなし……そして意味さえもないことを」
「はい。わかっています。今の我々は喉笛に牙を突きつけられているに等しいことくらいは」

眉間にしわを寄せながらつぶやいた凱の一言は、各国大陸の現状を正確に把握していた。
そのたった一言にヴァレンティナは厳しい表情を浮かべ、凱に震える声で伺う。

「……選ぶ必要があると……ガイはそうおっしゃるのですか?」

光と影。表と裏。過去と現在。
選択肢は二つのみ。
時代を構成する要素の選び方では、大きく未来を変えていくだろう。
彼女たちは今でも迷っているはずだ。
ならば、自分が未来の一つを拾い出さなくてはならない。

「俺たちは『選ぶ』ためにここへ集ったはずだ。『未来』という言葉はその為にあると、俺は思っている」
「では、ガイは何を望むのですか?」

ここで凱は二つに限られない『もう一つ』の選択を見出す。

「勝利でも敗北でもない――戦争の早期終結ただ一つ。その為に戦姫の協力が必要不可欠です」

その言葉に、全員が視線を凱に投げかけた。
少なくとも、凱個人の意思は戦争へ介入する気はない。あくまで『目に映るものを全て救う勇者』という姿勢を貫くだけだという。
戦姫に協力を持ち掛けた理由は、凱に一つの懸念があったからだ。
おそらく、ブリューヌ掌握に目途をつけた瞬間、獅子の眼光はジスタートへ向けられる。
そうなれば、真っ先に標的となるのはライトメリッツやオルミュッツ、レグニーツァを始めとした7公国だ。
王都の結界の役割を果たす公国が戦略されれば、ジスタート首都は壊滅的な打撃を受ける。
だからテナルディエは銀の流星軍に加わる戦姫を捕縛したのだろう。特に銀閃と凍漣の両国は公主不在だ。ヴォージュ山脈を挟んでアルサスと国境を接している点において、凱としては見逃せなかった。いつか、銀の逆星軍がライトメリッツとオルミュッツを奪いに来るかもしれないと――――
奇しくも、それは内乱初頭、テナルディエがアルサスを焼き払う要因と同じだと分かるものなどいなかった。

「分かった。戦姫については余から伝えよう」

軽快な口調でヴィクトールがいい、ヴァレンティナは表に出さないものの、流石に驚いた。それは凱も同様だった。
リムから聞いた、戦姫に対する王の態度は『たよりない』という印象だった。だが、あくまでそれはエレンの印象。好きか嫌いかと言われれば、好きではない。とりあえず王だから接しているという認識だった。
超常の力を持つ戦姫を恐れるあまり、戦姫同士を争わせる始末だとも聞いている。しかし、その印象はあくまで印象に過ぎなかった。
その戦姫でさえ打開できない状況にあり、時代を動かす可能性を持つ超勇者を前にしたならば、凱の力を恐れるはずだ。『人を超越した力』を――。

「なに、これでも余は連栄なる黒竜の代理だ。例え『陰険』や『度胸がない』と揶揄されても――王であることに変わりはない。それに複数の戦姫と接点を持っていれば、シシオウ君も今後何かと動きやすくなるであろう?」

その発言に凱は虚を突かれた。
例え高齢に差し掛かろう老体でも、王として賄われたその眼力と観察力はいささか衰えていない。

「ご慧眼恐れいります」
「この程度はな。『有能』な戦姫が余の膝にいると思うと、いろいろと考えさせられるものだ」

そう視線をティナに送ったヴィクトールは、どこか迷いさえ晴れたように凱は感じた。
同様に、ヴィクトールもわずかな会話で感じ取ったようだ。この青年ならあるいはと――。

「智勇を兼備し、政戦両略に長け、優しさと厳しさを兼ね備え、状に目を曇らせず、かといって理に傾くでもなく、正義漢にあふれた王……そなたなら成れるだろうな。『勇者王』に――」

かつて、機界文明が猛威を振るった時代に、人々が求めた英雄最大の称号を、ヴィクトールは『勇者王』を『魔弾の王』と比してこう述べた。

(勇者王……そうだ。俺は『勇者』でなければならない)

ヴィクトールの言葉を受けて、ゆっくりと心に染みこませる凱だが、一つだけ怖さを抱くものがあった。

(だけど……俺は決して『王』には成らない)

王とは、勇者が挑むべき存在だ。対立する称号が肩を並べていいはずがない。
それでも、ヴィクトールが込めた想いは本物だということを、凱は信じることにした。











【副題―時代の転覆現象。黒船】








◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇











「ところでシシオウ君は『黒船』なるものを知っているか?」
「黒船?」

とっさに出たヴィクトールの言葉に、凱は声が出なかった。
知らなかったから、言葉を返せなかったのではない。単語の意味

黒船――――大気舞う蒸気は『闇』を散らし、神なる汽笛の『死』奏に『夜』も眠れず。
もはやこのような『狂歌』は、レグニーツァやルヴーシュでは子供でも知っているものだ。
ブリューヌとジスタートは同一の神々を信仰している。
これは、夜と闇と死の女神ティル=ナ=ファの『眠り』の摂理を妨げるとして、皮肉や揶揄を込めている。
黒船から持ち込まれた産業遺産によって、『人』は夜遅くまで活動するようになった。
ランプを灯す『潤滑油』や汽笛を鳴らす『燃える水』――それらを確保することは、『夜』の時間を確保することに等しく、人はより『光』を求めて他の土地を貪るきっかけとなったもの。

王の口から語られた『黒船』とは――

勇者の認識ではかつて、幕末三大兵器と歌われた黒き国家兵器。たった一隻で幕末の日本は全土を揺るがす混乱に陥る。
地球暦1853年。『幕末』の動乱を生み、『戊辰戦争』の火種を生み出したきっかけとなった存在――その名は黒船。

「幾度となく大陸に『黒船』が襲撃してきた。彼らは我が国に『文明の孤児』という事実を、まざまざと見せつけてきたのだ」

いつの時代でも、黒船のやることは何一つ変わらない。勇者王の歴史でも。魔弾の王の時代でも。

「我が国の滅亡に際し、戦姫を救った救国の英雄――義息ヴィッサリオンがいなければ、たった一隻の船に我が国は大混乱に陥っただろう」
「ヴィッサリオンさんが?」

レグニーツァ、ルヴーシュ、オステローデから成る『三国同盟』の盟主であり、ジスタート王から絶賛を浴びた時の人。
凱やハンニバルの知らないヴィッサリオンの姿が、ジスタートにある。
独立交易都市から去った時の別れ言葉は、自衛騎士団の中で語り草となっている。「私の国があるとしたら、それは私自身で探してみたい」と。

「数年後、ヴィッサリオンから書簡が王都へ届いた。『海の黒船なりし『魔王』の再来は近い。丘の黒船なりし『勇者』が必要だ』――と」

まだあの暴力の軍船がジスタートに舞い戻るのか?不運な知らせは一文と共につづられる。
しかし、何も大きい不運な知らせだけではない。小さな吉報さえも届けられた。

「ある文章が添えられたときは、僅かとはいえ歓喜したものだ。『追伸~~俺に義娘が出来たんだ』とな―――――――――娘の名はエレオノーラ」

凱とフィーネとティナの目が見開いた。
無理もない。直接的な血のつながりなど無いとはいえ、『祖』と『父』と『娘』の連綿なる魂の絆が、今目の前にあるとは思わなかった。
そして、フィーネの心境に後ろめたさも生まれていた。そのヴィッサリオンを斬った張本人が自分だと知ったら、おそらく目の前の王は私を一生恨むのだろうと。

(……もしかして、ヴィクトール陛下が謁見の際に叱咤したのは、エレオノーラ姫の身を案じた為か?)

以前、ライトメリッツによる突然のブリューヌ介入に際し、エレオノーラは事の顛末を報告するために王都シレジアへ出向いていたことがあった。
王の許しを得ることなくアルサスへ軍を進めることは、ライトメリッツの防衛線を逸脱するだけでなく、ジスタートによるブリューヌ侵略戦争と捉えかねない。

――傭兵(ヴィッサリオン)のような真似事をして!そなたは我が国を危険な目に合わせるつもりか!?――

それは、王の元へ身を固めてくれなかったヴィッサリオンへの憤りなのだろうか。あの時、過去から今へ至る積み重ねから、つい『傭兵』などと発してしまった。
戦姫は王に膝をついて竜具を授かった。
だが、勇者は王に膝をつくことはなかった。役目を終えた勇者の末路――竜具を王に返して王都を去った。
銀髪の『孫』に対して『祖父』の王の言葉がどう伝わったか、結局のところあずかり知らない。
王という『公』の面で警告し、祖という『私』で情が動いた故に口走った言葉であったとしても、その想いだけは決して嘘ではない。

「……ヴィクトール陛下?」

しばし無言となった王に気遣い、勇者はどうしたのかと問いかける。

「どうもいかんな……『謁見(むかし)』を思い返すばかりで」

その時のヴィクトールの表情は、とても厳格な『王』とは程遠い……一人の『祖父』の笑みを浮かべていた。
それは、とっさにこぼれた『肉親』へのいたわりのようでもあった。凱の腰に備わっている、銀閃の紅玉に瞳をのせたまま、ヴィクトールは視線を外すことをしなかった。
竜具を介して人の心は紡がれていく。時代の先さえも。あまねく幾つもの未来さえも。

――ここまで人の未来をつなぎ合わせてしまうとは……ヴィッサリオンさん、俺は一人の『勇者』として、万民の『英雄』の貴方に、ぜひともお会いしたかった。











◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆










「最後は……『黒船』についての対応です」

先ほどヴィクトール王から発せられた単語を、凱は再び唱えた。
ヴァレンティナによって広げられた地図を見渡し、勇者はジスタートの『とある』海原の入り口を指す。

「……ヴァルタ大河?」

凱は無言で頷いた。
整った唇の戦姫から、透き通った疑問符が響く。謀略家を自負する彼女にしては珍しい仕草だった。
だが、凱の指さした地点はそれだけではなかった。

「フィーネ。この石とこの小石をレグニーツァ、ルヴーシュに――それぞれの公国へ」

言われた通り、フィーネは次々とポリーシャ――レグニーツァ――ルヴーシュ――オステローデ――今度はそれぞれに拳ほどの大きさの石片を置いていく。
一見、要領を得ない石並べ遊びなのだが、次の石を並べた時に一同は何かに気づいたようにハッとする。

「この『黒鉄』をルテティアのディエップ港へ――」

一回り大きい物体を指示された場所へ置くと、ブリューヌ内部の相関図が浮き彫りになる。各勢力と国境能力を可視化した『地図』が出来上がった。

「なるほど……その鉄屑が『黒船』というわけか」

オーガスタス=アーサーが意味深げにつぶやく。
再び凱は皆に地図へ注目を集めるよう声をかける。

「みんな見てくれ。均衡が非常に繊細性の富んだ配置となっている」

ほぼ『銀の逆星軍』の領地と化したブリューヌが、ちょうどジスタートに隣接している。そのジスタートはライトメリッツ、オルミュッツの主不在の為に、ちょうどいい『穴』ができている。
そして、各国はブリューヌ領土の切り取りを断念している状態だ。当面は『赤い馬』と『黒い竜』のにらみ合いと踏んでいるだろう。
頭の中でチェス盤を想定したヴァレンティナは、口元に手をつむんだ。

――――詰み。

既に王手をかけられた盤上の采配。それどころか、『星』に『王』を奪われたといった方が正しい。
敗北状態のノーゲームにして、絶体絶命のノーライフ。
この四面楚歌にして孤立無援の状況。こんな状態で先ほど語られた『黒船』がヴァルタ大河に来航した瞬間――ジスタートは壊滅的被害を被る。
陸からの侵攻戦略は、戦姫を捕虜にしたときにほぼ完遂状態となった。テナルディエ達の残す問題は海からの侵攻だ。
レグニーツァ、ルヴーシュ、オステローデ。陸戦公国と連携のとれない相手なら、例え一騎当千の戦姫といえど手の打ちようがあると踏んだのだろう。
これでは数十年前に開かれた『ヴァルタ大河攻防戦』の二の舞だ。
なお、凱の語る結末は皆の常軌を逸脱していた。

「海と陸に分散侵攻させた『別働部隊』が、王都目前で合流して完全包囲して一気に占拠。おそらく、これが彼ら『銀の逆星軍』の描くシナリオでしょう」

そう推測した凱には一つの根拠があった。
過去の機界眷族(ゾンダー)……地球外知生体認定ナンバーEI-16との戦闘記録が凱の頭によぎったからだ。
通称、列車砲ゾンダー。
敵の潜伏先を断定したはいいが、あまりの超長距離射程な為に接近することができない。そこで凱はある作戦を立案した。
ガオガイガーを構成するガオーマシンと、コアとなるギャレオンを分離状態で現地へ移動させるものだった。
故に、敵の目前で最終合体(ファイナルフュージョン)するリスクを伴うこととなる。
しかし、これによって敵の攻撃目標を一つに限定することなく、さらに敵に感知されることなく任務をこなすことができたのだ。
肉を切らせて骨を断つ。そう勇者王からの名誉を残した、恐るべきゾンダーであったのだ。
もし、テナルディエとガヌロンが凱の正体を知っていて、皮肉をきかせているものならば、おのずと心理状態を読めてくる。
二人の『獅子』――『猛獣のテナルディエ』と『魔獣のガヌロン』、何より、皮肉を嗜む奴らのことだ。そういった遊び心が隠されていても不思議ではない。

(いや、俺以外にも、他にも誰かに対する皮肉を込めているはずだ)

ヴィクトールは不安な声色で凱に尋ねる。

「本当に……黒船がジスタートへ侵攻すると?」
「いえ、例え話ですよ。本当に黒船ではないにせよ、『黒船に匹敵する何か』があると思います」

海からの運河は、テナルディエにとって格好の進軍航路だ。もし、自分がテナルディエ公爵なら、皮肉を込めてティグルとエレン、そしてミラを同行させる。

(リムアリーシャさんの話なら、彼女たちはレグニーツァの戦姫と親密な『仲』……いや、『友』だったな)

――――まさか!?

 
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