Re:童話姫たちの殺し合いゲーム
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(現代語訳)竹取物語(口語訳) 3
<仏の御石の鉢>
結婚したい。結婚できなかったら、これから先とても生きてはいけない。でも結婚するためには、インドまで行かなければならない
と石作の皇子は思いました。"仏の御石の鉢”を持ってくるように頼まれた人である。
彼はずるい性格をしていたそうな。
この世に二つとない鉢なのだ。遠くまで苦労して探しに行ったところで、手に入る保証はない
と考えた。
かぐや姫には『今日からインドで探しに参ります』とだけ伝えておいて、三年ほど姿を隠したそうな。
そして適当なお寺から古くなった鉢をもらってきて、それを黒くぬり、立派な錦の袋に入れて、花で飾りつけをして、かぐや姫に献上したそうな。
本当かしら
とびっくりしながら彼女は鉢を見ました。鉢の中に手紙が入っていたそうな。こんな和歌が書かれていたそうな。
<海を渡り山を越え心を尽くして血の涙を流し、そうして手に入れたのがこの鉢です>
かぐや姫は
お釈迦さまの鉢なのだから、少しくらい光っていてもよいのではないかしら
と思ったが、蛍ほどの光すらなかった。そこでこういう和歌を作ってお返事したそうな。
<せめて木の葉に乗った露くらいの光でもあったらよかったのに。小倉山あたりで拾ってきたのでしょうか(「小倉」と「暗い」をかけているらしい)>
石作の皇子は鉢を持って帰って捨ててしまったそうな。そして和歌でかぐや姫に返答しました。
<光り輝くあなたの前に置かれたので、光が消えてしまったのでしょう。鉢(恥)は捨てました。どうかわたしのことは見捨てないでください>
かぐや姫は返事を書きませんでした。
それれからいくら和歌を送っても、受取ってさえくれなくなったので、彼は諦めて、普段の生活に戻っていったそうな。
<蓬莱の玉の枝>
"蓬莱の玉の枝”を持ってくるよう言われた車持の皇子は頭のよい人であった。
職場には『筑紫の国の温泉に行ってきます』と休みをもらい、かぐや姫の家には『玉の枝を取りに行ってきますね』と手紙を送った。
家来たちは、なにわの港まで見送りのためについてきました。彼は『お忍びの旅行なので、こっそり出発するから』と言って、数人だけを連れて船に乗ったそうな。そうして出発したと見せかけて、三日後、港へ戻ってきた。
計画実行である。
あらかじめ手配しておいた凄腕の鍛冶職人六人と合流し、人目につかないアジトへと向かった。
アジトには何重にも囲いのある作業場があありました。彼らそこへ持ち寄った。玉の枝をつくるための材料(金や銀)は、治めていた領地から集めてきた物だ。
そして、かぐや姫が言ったとおりの品物ができた。こっそりなんばの港に運び込みました。
車持の皇子は『船旅から帰ったぞ』と自宅へ知らせた。多くの迎えがなんばの港に集まったそうな。
玉の枝は細長い立派な箱に入れられて、隠されるようにして京都へ運
『車持の皇子はうどんげの花を持って帰ってきたのだ』と人々はうわさしたそうな。うどんげの花とは三千年に一度咲くとされている伝説上の花で、開花したときによいことが起きるという言い伝えがある。
そのうわさはもちろんかぐや姫にも届き
あぁ。そんなに珍しい花を持ってこられたら、私は車持の皇子と結婚しなければならないわ
と胸がつぶれる思いであった。
そうこうしていると『こんばんは』と車持の皇子が門を叩く音がする。
『旅行帰りの服装で失礼ですが』と彼は一言つけて『命がけで玉の枝をとってまいりました。どうかかぐや姫にお見せください』と爺さまに箱を手渡しました。和歌がそえられていたそうな。
<玉の枝を手に入れないうちには帰らないぞ という決心をして、ついに持ち帰ってきました。あなたのことも手に入れないうちには今日は帰りません>
ぼうぜんとして枝と手紙を見ているかぐや姫に、爺さまはこう言いいました。
『課題として出した蓬莱の玉の枝を持ってきたのだから、文句は言えないだろう。
旅の格好のまま来られたということはそれだけあなたのことを想っているということだし。結婚するべきではないか』
かぐや姫は頬杖をつき、不満げな様子である。
車持の皇子は『今さらつべこべ言われても困りますぞ』と縁側のあたりまで来た。
爺さまも『この国では見たこともない玉の枝だ。どうして断れるだろうか。たいへんな苦労をしたのだろうと思うぞ。いい人じゃないか』と乗り気だ。
かぐや姫は
親の言うことを最初から断るのはよくないと思ってああ言ったのに。どうしてわかってくれないのかしら。わざと難しいものを取ってくるように言ったのに
と思っていましたが、それをまったく察せず、爺さまは部屋を整理し、対面の準備を始めました。
『ところで、どのような所にこの樹は生えていたのでしょうか。さぞかし幻想的で美しい場所なんでしょうな』と翁は車持の皇子に訊ねた。
彼は次のように語った。
なにわの港から船に乗って海に出ましたが、どこを目指せばよいのか、さっぱり見当がつきません。しかし 一度決めたことを成しとげずに何が人生だ と思い、ただ風に任せてさまよいました。
死んでしまったらもはやそこまで。でも生きているうちは、わずかでも蓬莱山に行ける可能性はある。
あるときは荒れた波で海の底へ沈みかけ、またあるときは風に流されて鬼のような化け物に殺されそうになりました。
あるときは方向がまったくわからなくなり、またあるときは食料がなくなって草の根っこを食べました。
よくわからない怪物が出てきて食べられかけたこともありましたし、貝をとって飢えをしのいだこともありました。
どこへ行けばいいのかわからない。助けてくれる人もいない。いろいろな病気にもかかりました。そんな状況で私は、ただひたすら、船に乗ってただよっていました。
出発してから五百日くらいが経ったとき、ある山が遠くに見えました。とても高く美しい山でした。
あれこそ私の探していた山だ! と喜びながらも、すぐ上陸するのは危険かもしれない と思って数日間は山の周りをこぎまわっていました。
そうしているところへ"天人”のような女の人が山から現われました。銀色のお椀で水をくんでいました。
私は船から降りて訊ねました。
『すみません。この山は何という山でしょうか』
『蓬莱山です』
私は飛び上がって喜びました。その女性に名前を訊ねると『ウカンルリです』とだけ答えてさっさといなくなってしまいました。不思議な人でした。
さてその山は、登ることはほとんど不可能に思えました。そこで周りを歩いてみると、この世のものとは思えないような花や樹
金色、銀色、瑠璃色、さまざまな色で光る水が山から川となって流れていました。その川には玉で飾り付けられた橋がかかっていて、光り輝く樹が立っています。
この、私が取ってまいりました枝は、その中でも最高のものではありませんでしたが、姫がおっしゃった通りのものを選んできたつもりです。
蓬莱山はとても面白い場所で、この世のものではないような気がしていましたが、枝を折ったとたん、これを届けねばならぬ人が私にはいるのだと思い出し、船に戻りました。
帰りは風にも恵まれ、四百日ほどの旅でした。毎日祈り続けたからでしょうか。
そんなわけでなにわの港までたどり着き、昨日京都に帰ってきたのです。自宅にも寄らずここまで来たので、着ている物がちょっと潮くさいかもしれませんね
車持の皇子の話は以上である。爺さまはすっかり感激して和歌を詠んだ。
<ずっと野山で竹取の仕事をしてきたが、あなたのようにつらいことはなかったなぁ>
これを聴いた車持の皇子は『これまでいろいろ悩んで落ち着かなかったのですが、今日やっとすっきりしました』と言って返事の和歌を詠んだ。
<私の服はこれまで波や涙にぬれ、乾くことはありませんでしたが、今日からはきれいに乾いて、つらい思い出は忘れることができるでしょう>
すると、ある男たちが六人ほど庭に現れた。ただならぬ様子である。彼らは礼儀正しく手紙をさし出して、こう語った。
『私は漢部と申します。金属を加工したり、アクセサリーを作ったりしています。今回依頼された玉の枝ですが、私たちは食事の時間も削り、たいへん一生懸命に働きました。
おそらく千日は働いたと思います。ですがいまだに報酬をいただいておりません。工員にも給料を払っていません。どうかよろしくお願いします」
『職人さんたちが言っていることは、どういうことだろうか?』と爺さまは首をかしげたが、車持の皇子は顔を青ざめ、冷汗をかきはじめました。
これを聞いていたかぐや姫は「手紙を読んでみましょう」と言いいました。
<車持の皇子は、千日間、身分の低い私たちと一緒に工場にいらっしゃいました。『みごとな玉の枝を作り上げたなら、すばらしい地位や肩書きを与えてやる』と言われたので、私たちはとてもがんばりました。
しかしいつまでたっても何のご連絡もないので、車持の皇子の奥さまになられるはずの、かぐや姫のお家で代わりにいただけるのではないか、と思い参上しました。>
『報酬をいただきたく存じます』と職人が言う。日が暮れ結婚の夜が近づき、暗い気分になっていたかぐや姫はこの言葉を聞いて心が軽くなった。
爺さまを呼んで「本物の蓬莱の玉の枝かと思ったけれど、くだらない嘘だったわ。はやく返してあげましょう」と言うと、爺さまは頷いた。『作り物だと聞いたからには、返すのが当然です』
かぐや姫はさっぱりした心持ちで和歌を詠みました。
<本物だと聞いて見てみたら、言葉で飾られた枝でしたわ。がっかり>
爺さまは先ほどまで楽しく倉持の皇子と語っていたのがちょっと気まずくて、枝を返すとさっさと寝てしまったそうな。
皇子のほうは立っていても、座っていてもみっともない。その場を去った。
さてかぐや姫は、訴えに来た職人たちを呼んで「どうもありがとう。とてもうれしいわ」とたいへん多くのお礼を与えました。彼らは『こんなにもらえるなんて!』と喜びながら帰ったそうな。
帰り道では車持の皇子が職人たちを待ち構えていた。
血が流れるほどの暴力をふるい、彼らがかぐや姫からいただいた品々をすべて捨ててしまった。職人たちは次々に逃げた。
車持の皇子は『一生の恥だ。これ以上恥ずかしいことはない。問題なのは結婚できなかったことだけではない。嘘をつくような人間だと思われてしまったこともだ。これからはみっともなく生きていかなければならない』と言ってひとりで山の中へ入っていってしまったそうな。
彼の屋敷の人間が手分けをしてずいぶん探したけれども、生きているのか死んでいるのか、それさえついにわからなかった。
この頃"たまさかる”という言葉が流行った。魂が離れる(さかる)、つまりぼんやりしている様子をあらわした言葉である。魂と玉をかけているのだそうだ。まさに車持の皇子の心境だろう。
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