| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

俺の涼風 ぼくと涼風

作者:おかぴ1129
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

15. 二人だけの夜(2)

「ぼくの飲みかけでごめんね」

 キャスターの上の水差しからコップ一杯の水を汲んで、ソファに座る私にゆきおがそれを渡してくれた。水はいつかの時のように、冷えてはいないが温かくもない、普通の水の冷たさだった。季節は冬で風も強く、今日は室温もそう高くないはずだが、それでも水が冷たくないのは、ゆきおの部屋にあるからだろうと私は思った。

 ゆきおがくれた水をゆっくりと飲み干す。今まで気付いてなかったが、私は相当にのどが渇いていたようだった。普通の水がこんなにおいしいものだとは知らなかった。飲み干した後ふぅっとため息をついた。心と身体の疲労が、そのため息と一緒に、少しだけ身体から出て行った。

 そんな私の様子を見守っていたゆきおもまたホッと一息つき、自分のベッドに腰掛ける。ゆきおは今、カーディガンを私に貸してくれているから、上には何も羽織ってない。肌寒いはずだが、ゆきおは平気な顔で微笑んでいた。

「落ち着いた?」
「うん」

 『よかった』とこぼすゆきおの身体を見た。やっぱり肌寒いのか、身体が少しだけカタカタと震えている。

「ゆきお」
「ん?」
「寒いのか?」
「大丈夫。僕は……ケフッ……ベッドに入るから」
「……」
「それより涼風だよ。身体も冷えきって……」

 腰掛けているベッドの中に身体を入れながら、ゆきおはそう答えてくれた。下半身はベッドに入れてるから大丈夫だろうけど、上半身は相変わらずカタカタと震えて寒そうだ。

「……涼風、寒そう」
「そお?」
「うん。寒くないの?」

 でも、自分だって寒いはずなのに、ゆきおは自分よりも私の心配をしてくれる。ゆきおはとても優しい。だから、ノムラの冷たさに凍えていた私の身体を温められるほど、暖かいんだろう。

 そんなことを考えていたら、少しだけ、身体が寒くなった。私もベッドの中で、ゆきおと一緒に温まりたい。

「ゆきお」
「ん?」
「あたいも、ちょっと寒い」
「そっか……」
「だからあたいもベッドに入れて」
「そっちにケトルあるから……って、ぇえ!?」

 大げさにうろたえるゆきおには構わず、私はソファから立ち上がってベッドに腰掛け、そしてそのまま掛け布団の中に足を滑りこませた。

「ちょ、ちょっと!? すずかぜ!?」

 両目をぐるぐると回し、両手をパタパタ振ってゆきおは慌てているが、私は気にせず、そのままベッドに潜り込んだ。顔の下半分まで潜り込み、私はゆきおの顔をジッと見つめる。

「ふぅ……」

 布団の中は思った以上に温かい。私の冷えきった身体には熱いと感じるほどの温かさだ。そして。

「す、すずかぜ……っ」

 私の肌に、ゆきおの足に触れた感触があった。ゆきおの身体は、布団よりも温かい。

「なぁゆきおー……」
「ん、ん? なに!? ……ケフッ……」
「ゆきおも寝転ぼうぜ」

 そんなゆきおの優しさに、凍えた身体を温めて欲しい……私は、ゆきおにワガママを言った。

「え……あ、あの……」
「なんだよーあたいとは寝転びたくないってのかよー……」
「そ、そうじゃないけど……」

 ゆきおが目をぐるぐるさせて、私のワガママに振り回されてる様子は、なんだかとても新鮮だ。でも、早く一緒に寝転んで欲しい……私はそんな気持ちを込めて、掛け布団から頭の上半分だけを出して、ゆきおをジトッと見つめ続けた。

 やがて観念したらしいゆきおは、真っ赤な顔で『わかったよぅ』とだけつぶやくと、もぞもぞと布団の中に潜り込む。二人で、ゆきおの枕に頭を乗せる。ゆきおの顔が、温かな体温を感じるほどに近い。

「こ、これで文句ないでしょっ」
「……うんっ」

 ゆきおは、ちょっとへそを曲げたように口をとんがらせ、私からはそっぽを向いて、天井を見上げていた。ほっぺたが赤い。それが照れているからなのか、それとも布団の中が暖かいからなのかは、私にはよく分からなかった。

 布団の中で、ゆきおの手に触れた。さっきさすってくれた時よりも、とても温かい。

「ゆきお」
「ん?」
「手、握ってていい?」
「う、うん……」

 不意に、ドアの向こうから『ギシッ』という音が鳴った。誰かの足音のようだ。その途端、私の身体がビクッと波打ち、そのドアの向こうの誰かに対し過剰反応してしまう。布団の中のはずなのに、途端に身体が寒くなった。カタカタと震えだして、怖くて怖くて、再び目に涙が溜まってくる。

 でも。

「……だ、大丈夫っ」

 今は、ゆきおがそばにいてくれる。私の様子を見ていたゆきおが、布団の中で私の手を力強く握って、私の手を温めてくれる。

「この時間は、時々ああやって看護師さんが見まわってるんだ」
「……」
「だから、大丈夫っ」

 私を励ましてくれる、ゆきおの顔を見た。ゆきおは今、さらにほっぺたを赤くして、私から目をそらしているけれど、その眼差しはとても優しい。今、ノムラの恐怖に凍えている私を、ゆきおは必死に守ろうとしているようだった。

 こんなに身体が小さく細っこいゆきおが、私のことを必死に守ろうとしている。震える私を必死に勇気付け、凍える私を必死に温めようとしてくれている。

「……なぁ、ゆきお」
「ん?」

 ゆきおなら、話してもいいのかも知れない。この、とても華奢で弱々しいけれど、とても温かく、そして優しいゆきおなら、あの日のことを知ったとしても、私のことを嫌いになったり、私のことを遠ざけたりしないかもしれない。

 私の心に、少しずつ変化が起きていた。私はゆきおに、あの日のこと知ってほしいと思い始めていた。

「摩耶姉ちゃんと榛名姉ちゃんから、なにか聞いてるか?」

 自分でも、間抜けな質問だなぁと思った。普通なら、こんな質問されても、『何が?』としか聞き返せないことだろう。だけどゆきおは違った。

「……聞いてみたけど、『本人に聞け』って。『ぼくになら、きっと話してくれるから』って」
「そっか」
「うん」

 この答えで、ゆきおが私のことをずっと心配してたのが分かった。やはりゆきおは優しい。私は、つないだゆきおの手を、改めて強く握った。

「……あたいさ、ずっとこの鎮守府にいたわけじゃないんだ」
「……」
「あたいは、西の方にある鎮守府から来たんだ。摩耶姉ちゃんと榛名姉ちゃんもそう」
「そっか。だから二人で海に出た時、ちょっと様子がおかしかったのか」
「うん」

 再び、ドアの向こうから『ギシッ』という音が鳴った。また誰かがドアの前を歩いているようだ。私の身体が否応無しに反応し、途端に、いるはずのないノムラへの恐怖に身体が縮こまり、震えだした。

「涼風?」
「んっ……くっ……」

 ギュッと目を閉じて、ドアの向こうにいる誰かが去るのを待っていると……バサッという音とともに、私の身体がうっすらとした暗闇に包まれた。

「……へ?」

 何があったのかよく分からず、私は閉じていた目を恐る恐る開いた。私とゆきおは、布団の中にいた。二人で、布団の中で手を握り合い、互いに吐息が感じられるほど顔を近づけ、見つめ合っていた。

「……ゆきお?」
「こ、これで……こにいるのは、ぼ、僕達だけだっ」
「……」
「だ、だからもう、怖がらなくて、い、いいからっ」

 緊張してるのか何なのか、真っ赤になったゆきおのほっぺたが、布団の中でもよく分かる。私のほっぺたまで届くゆきおの吐息が温かい。

 二人で布団の中にいるせいか、身体がとても温かい。目を閉じると、まるで全身がゆきおに包まれているように感じる。それはきっと、布団の中に消毒薬の匂いが……ゆきおの香りが漂っているから。間違いない。私は今、ゆきおに包まれている。

「……」
「……」
「……ぷっ」
「わ、笑わないでよっ」

 しどろもどろになりながら、それでも私を気遣うゆきおが、なんだかとても可愛くて、とても愛おしい存在に思えた。そんなゆきおの姿を見て吹き出してしまうほど、私の全身はリラックスしていた。今、私を包み込んで安心させてくれている、ゆきおのおかげで。

「……あのさ、ゆきお」
「うん」
「あたいたちが前にいた鎮守府がさ……すごくひどいところだったんだ」
「そっか……」

 私は、ゆきおにすべてを告白した。私を偏執的に愛し、私以外のみんなと私を天秤にかけ、私を取ったノムラ提督……繰り広げられた、あの無謀な作戦……その時に下された残酷な命令……そして、その結果も。

――涼風ちゃんは大丈夫? なら……よかった……

「五月雨は、あたいをかばって、胸に大きな穴が空いて沈んだ。最期は笑ってた」
「……」

――すまん涼風……私は、ここまでだ……

「那智さんは、体中にたくさんの徹甲弾が突き刺さったけど、最後まであたいを守り通してくれて、最期には……沈んだ」
「……」

――ソーリーネ……涼風……

「金剛さんは、あたいの目の前で血を吐いたあと、申し訳無さそうに微笑みながら、沈んでいった」
「……」

――あぶな……

「比叡さんは、あたいを砲撃からかばった途端、身体が粉々に砕けた」
「……」
「みんな……みんな、あたいを守って沈んだ……」
「……」

 ゆきおは、口を挟まず、ただ黙って、私の話を聞いていた。優しく柔らかい眼差しで私を見つめ、視線を私から外さず、私の手をギュッと握って、私の手を暖め続けてくれていた。

「……ごめんゆきお。あたいは……4人の仲間を殺した」
「……」
「自分と同じ白露型の五月雨……重巡の那智さん……榛名姉ちゃんの姉の金剛さんと比叡さん……みんな、あたいのせいで……ッ」

 話していたら、再び目に涙が溜まってきて、息もしゃくりあげて、うまく呼吸が出来なくなった。私の目尻を伝って、ゆきおの枕に涙がポロポロと染みこんでいく。それでも構わず、私はゆきおに、今の私のすべてを伝えた。

「今も思い出すんだ……みんなが、血塗れで、笑顔で沈んでいった、あの時のことを夢に見て……」
「……」
「その度に、ひぐっ……みんなに……申し訳なくて……」
「……」
「そしてその度に、あの男のことを……あの男の冷たさと言葉を思い出して……そしたら、怖くて怖くて……身体が……震えて……動けなくなって、ひぐっ……」
「……」

 そんな自分が情けなくて、沈んだみんなに申し訳なくて……

「今も……ゆきおとデートした日から、いつもいつもあの日のことを思い出して……」
「うん」
「怖くて眠れなくて……寒くて……とても寒くて……」
「うん」
「だからゆきおに……ひぐっ……会いたかった、けど……こんなこと、ゆきおに……大切なゆきおに、知られだぐ……ひぐっ……なぐで……」
「……」
「……ゆきおに……大好きなゆきおに、あたいが、仲間を殺しただなんで、知られたくなぐで……知られたら嫌われそうで……」
「……」
「ゆきおぉ……あったかいゆきおと、一緒にいたいよぉ……ッ!」

 最後の方は、もう言葉にならなかった。私の目からは涙がぽろぽろとこぼれ、ゆきおのまくらをぐしゃぐしゃに濡らしていた。その涙は、私が目をぎゅっととじても、流れ続けた。

 その間、ゆきおは私の話をじっと聞いてくれていた。私の手をギュッと握り、私をまっすぐに見つめ、そして、優しく、暖かな眼差しで、私のことを見つめ続けていた。

 話が終わり、私の身体が少しずつ冷え始めた。本当のことを……私がかつて仲間を殺したという過去を話したことで、大好きなゆきおに嫌われるのではないかという恐怖が私の身体を支配しはじめたようだ。私は身を縮こませ、寒さに耐え、恐怖に抗った。

「涼風?」
「……ゆきお」
「寒いの? 怖いの?」
「……うん」

 ゆきおが私に、寒いのか問いただす。声の調子はいつものように優しいが、それが私には怖くて仕方ない。次の瞬間、『仲間を殺したくせに?』と、私を拒絶したらどうしよう。受け止めてくれると信じているけど、そう言われるのが……距離が離れるのが辛い。

 そうして私が震えていたら、ゆきおの両手が、私の首に回され、冷えきった私の身体を包み込んだ。私は最初びっくりしたけれど、やがてゆきおの身体の温かさと優しさが心地良さに気付いた。

「……」
「……すずかぜ、つめたい」

 ポツリとゆきおがつぶやいた。震えるゆきおの両手に力が入り、身体がぴったりと私に寄り添ってくれる。

 私もまた、私を包み込んでくれるゆきおに、身体を委ねた。気がついた時、私たちは互いに抱きしめあっていた。

「ゆきおは、あったかい」
「ん……ちょっと、照れる……」
「ぷっ……」
「笑わないでよっ」
「ごめんごめん」

 ゆきおの胸から顔を上げ、ゆきおの顔を見上げた。相変わらずほっぺたがちょっと赤いけど、その顔は、微笑んでいる。

「すずかぜ?」
「ん?」
「怖かったね」
「うん」
「……辛かったね」
「うん……」

 私は再び、ゆきおの胸に頬を寄せた。トクントクンと、ちょっと弱いけれどとても優しい、ゆきおの音が聞こえてきた。

「涼風?」
「ん?」

 ゆきおが私の名前を呼ぶ声が、ゆきおの胸から私の心に響いてきた。

「僕はさ、頭良くないから、気が効いたことは言えない」
「……」
「だけど……沈んだ人たちはみんな、涼風のせいだなんて、思ってないと思うよ?」
「なんで? あたいのせいで沈んだんだぞ?」

 ゆきおの声は、一言一言、慎重に言葉を選んで紡ぎだされていた。少しでも私に届くように……少しでも、私を温められるように、ゆきおは、一言一言を選びぬき、私に優しく、言い聞かせるように口を開く。

「だってさ……みんな、涼風をかばってくれたんでしょ?」
「うん」
「みんな、笑顔だったんでしょ?」
「うん」
「たとえ命令でも、嫌いな人を命がけで助けたりなんかしない。憎んでる人に向ける顔が、笑顔だなんて信じられない」
「……」
「……みんなさ。涼風のことが大好きで、涼風を助けたくて、かばったんだよ」

 ここまで言った時、ゆきおの口は『僕といっしょだよ』と動いた気がしたが、その時のゆきおの声はとても小さかった。だから、本当にそう言ったのかは、私はよく分からない。

 だけど、ゆきおが自分の言葉で精一杯、私を癒そうとしていることは分かった。

「……ホントかなぁ。みんな、あたいのこと、恨んでないかなぁ」
「恨んでなんかないよ。みんな、元気で明るい涼風のこと、大好きなんだって」
「そうかなぁ」
「……榛名さんは?」

 ? なぜここで榛名姉ちゃんの名前が出てくるんだろう?

「榛名さんは、自分のお姉さんが沈んだのに、涼風のこと恨んでないでしょ?」

――涼風ちゃん

「……うん」
「ずっと涼風のこと、心配してたでしょ?」
「うん……」

――また昔みたいに……仲良く、してくれますか?

「それといっしょだよ。みんな、涼風のことが大好きだから、命がけでかばったんだ」
「……」
「だからさ。『自分のせいだ』って思うのは、もうやめよう?」
「……」
「涼風をかばって沈んでいった人たちが、今の涼風にそう思われてるって知ったら……自分を殺したと思ってるって分かったら……とても……つらい」
「……」

――涼風ちゃんは大丈夫? なら……よかった……

 不意に、私の耳に、五月雨の最期の言葉が聞こえた気がした。

 胸に大穴が空いて、痛くて苦しくて仕方なかったはずの五月雨は、最期に私に笑顔を向けて、『よかった』と言いながら沈んでいった。私を無事守り通せる事が出来て、うれしかったのだろうか。

――すまん涼風……私は、ここまでだ……

 那智さんは、そう言って沈んでいった。那智さんは、沈むのは本意ではなかったのかもしれないけれど、私に憎悪を向けることはせず、むしろ謝罪して沈んでいった。今にして思うと、厳しいけれどとても優しい那智さんは、自分が沈むことで、私が苦しむことを、一番心配していたのかもしれない。だから、那智さんは、最期に『すまない』と言っていたのかも知れない。

――ソーリーネ……涼風……

 金剛さんも、那智さんと同じだったのかもしれない。あの鎮守府で、榛名姉ちゃんと同じく、ずっと私と仲良くしてくれていた金剛さん。彼女は、みんなの中で一番重症を負っていたけれど、ずっと笑顔を絶やさなかった。最期はとても辛そうな苦笑いたったけれど……それは、仲良くしていた私に心配をかけまいとした、金剛さんなりの、気遣いだったのかな……

――あぶな……

 比叡さんは何も言うヒマもなく砕け散った。だけどその瞬間、確かに比叡さんは、私を三式弾から守ろうと、反射的に身体を動かしていた。金剛さんと同じく、ずっと私と仲良くしてくれていたからなのかもしれない……私が比叡さんの事を大好きだったように、比叡さんも、私のことを自分の妹のように思ってくれていたのかも知れない。

 ……私は、みんなはあの男の命令で、私をかばっていたのだと思っていた。そう勘違いしていた。だけど、本当は違うのかも知れない。私は、みんなの優しさに守られていたのかもしれない。

――もうっ 気付くの遅いよっ

 ……私の耳に再び聞こえた、あの五月雨の声。もう随分と思い出すことのなかった、最期の声ではない声だ。五月雨のぷんすか声で分かった。私は、みんなを殺したと思っていたけれど……違った。私は、みんなに守られたんだ。みんなが、私を守ってくれたんだ。

 結果的にそれは悲しい結末を迎えたけれど、私は、みんなを殺したんじゃない。みんなが私を守ってくれたんだという事実は、ゆきおの声と同じく、私の心に、じんわりと、優しく温かく、染みこんでいった。

 ゆきお。ありがとう。やっぱりゆきおはすごいよ。ずっと私を苦しめてきた、沈んだ4人への罪悪感をかき消す手伝いをしてくれたんだから……。

「ゆきおぉ……ひぐっ……」
「ん?」
「ありがと……ゆきおのおかげで今、五月雨の言葉を思い出した」
「そっか。よかった」

 私は再び、ゆきおの顔を見上げた。この空間に慣れたのか、笑顔のゆきおのほっぺたは、少し赤みが引いていた。そして私のことを、優しく、柔らかい眼差しで、ジッと見つめていた。

「それに僕は、涼風のこと、嫌いになったりしない」
「なんで? 仲間を殺したのに?」

 本当はそんなこと、もう思ってないのに……私は、ゆきおに『違うよ』と言って欲しくて、ネガティブなことを言った。

 ゆきおは、珍しく険しい目をして、私をキッと睨みつけて、

「……怒るよ?」

 と言ってくれた。私の愚かな問いかけに、ゆきおは本気で怒ってくれた。その事実が、温まった私の身体を包み込む。私の身体はいつの間にか、ゆきおの温かさで、寒さを感じないほどに暖まっていた。

「ゴメン……へへ……」
「……ま、いっか。僕はね。僕と涼風は名コンビだと思ってるんだ」
「?」

 一体何のことだろう? ゆきおと私が名コンビだと言ってくれるのは、とてもうれしいけれど……

「あたいとゆきおは名コンビ?」
「うん。言ってみれば、豆大福の豆とあんこみたいな……」
「?」
「桜餅と桜の葉っぱみたいな……」
「??」

 『どうして?』と理由を問いただそうと思ったのだが、その前にゆきおは、私とゆきおの関係性を、自分が大好きなお菓子に例え始めた。確かにどれも名コンビだし、組み合わせを知ってしまうと、ただの大福や桜餅そのものでは物足りない、いわば名コンビだ。

 だけど……

「今川焼きの中身と皮のような……」
「???」
「目玉焼きと、とんかつソースみたいな……」
「ぷっ」
「ん?」

 最後にゆきおは、目玉焼きととんかつソースのようなと言おうとしていたけれど、そのコンビは私は反対したい。だって、目玉焼きには塩コショウだと思ってるから。

「ゆきお……ぷぷっ……目玉焼きにとんかつソースだなんて……」
「えー……普通、目玉焼きにはとんかつソースかけるでしょ?」
「かけないよー。目玉焼きには塩コショウだって相場が決まってて……」
「えー……で、とんかつソースをかけた目玉焼きをご飯の上に乗せて……」
「ぇえー!? とんかつソースの目玉焼きをご飯の上に乗せるのか!?」
「そんなに……けふっ……びっくりすることかなぁ……」
「目玉焼きって言ったら、最初に黄身を突き崩して、そこにベーコン突っ込んだりハムつっこんだりするだろー?」
「しないよっ! とんかつソースをたっぷりまぶした目玉焼きを、ご飯に乗せて、ぐちゃぐちゃに混ぜて食べるのが普通なのっ!」
「ちがうー! そんな風に食べたら、ただの卵ご飯じゃんかよー!!」
「ちーがーわーなーいー!! だいたい卵ご飯って、生卵と醤油で作るじゃないかっ!!」

 お互いに譲れない……けれど楽しくて、ずっと続けていたい争いが勃発した。ゆきおがとんかつソース派だとは思ってなかった。それも、それをご飯の上に乗せてかき混ぜて食べるという豪の者だとは思ってなかった……ゆきおは、もっとあっさりさっぱりした物が好みだと思っていた……勝手に。

「塩コショウっ!!」
「とんかつソースっ!!」
「……」
「……」
「「……ぷっ」」

 ひとしきり『塩コショウっ!!』『とんかつソースっ!!』と笑顔で互いに言い合った後、私達は吹き出した。さっきまであんなに真剣な話をしていたのに、今は目玉焼きに何をかけて食べるのか口ゲンカをしている……こんなに楽しい時間は、デートの時以来、久しぶりだ。やっぱりゆきおといると楽しい。

「……で、だから僕は、涼風のこと、嫌いになったりしない」
「うん」
「僕達は、名コンビだから」

 ゆきおの言いたいことは、よく伝わった。『私のことを拒絶しない・嫌いにならない』という、このままの私をそのまま受け入れるという、とても優しい決意も伝わった。

 ……充分だ。ゆきおは、私を受け入れてくれた。

 そして。

「……でもさ」
「ん?」
「確か……豆大福のこと『二人で一人』て言ってなかったっけ?」
「……ぁあそう言えば」
「じゃあ……」
「僕と涼風は、『二人で一人』ってことかな?」

 ゆきおは、自分と私のことを『名コンビ』だけでなく、『二人で一人』と言ってくれた。

 その言葉に、私の胸からフッと力が抜け、身体に心地よい安堵が広がっていった。途端に今までの疲労が、私の身体に心地よい気だるさとなって私の身体を包み込む。

「そっか……あたいとゆきおは、二人で一人かぁ……」
「うん」
「んじゃ……あたいら、ずっと一緒にいなきゃ……な……」
「うん」

 気のせいか……久々に心から安心して、瞼が重くなってきたような……

「ゆきお……」
「うん?」
「ありがと……あたいと、いっしょに……いてくれて」
「んーん。僕と涼風は、ケフッ……二人で一人だから」

 心地いい……ゆきおの声で聞く『二人で一人』が、こんなに心地よい言葉だとは思わなかった。その言葉は、私の耳と心に心地良い感触を与え、そして私の眠気をさらに加速させた。

「そっかぁ……ゆきおとあたいは……」
「涼風?」
「二人で……へへ……一人かぁ……」
「眠い?」

 『うん』と言う最後の気力が沸かなくて、私はほんの少しだけうなずき、あたたかいゆきおの手を握った。ゆきおの胸に頬を寄せ、ゆきおの優しい胸の音を聞きながら、私は重い瞼に抗わず、少しずつ少しずつ、外の世界を遮断していった。

「……おやすみ。すずかぜ」

 まるで子守唄のように優しく、そして聞くだけで胸がいっぱいになる、ゆきおの『おやすみ』。私は、その優しい声を聞き、優しい温かさに全身を包まれ、安心して眠りについた。
 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧