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首に噛まれ

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第一章

                         首に噛まれ
 激しい戦いだった。しかしその結果だ。
 戦の場に残っているのは彼等だけになった。敵は全て倒れるか逃げ去ってしまっている。
 その人馬が横たわる無残な戦の場を見てだ。足軽の与平は同じ村から足軽になった太平に言った。
「なあ。おら達も首を取ったけどな」
「ああ、一個ずつな」
「それ殿様の前に持って行けば褒美を貰えるよな」
「貰えない筈がないだろ」
 太平はこう与平に返した。見れば彼等の顔も具足も血にまみれている。
 ついでに泥や埃にもだ。戦の場で汚くなった顔での話だ。
 その顔でだ。太平は言うのである。
「それなら本陣に行こう」
「そだな。それにしてもな」
「それにしても。何だ?」
「おら達はいつも真面目に敵の首を取ってるけどな」
 本陣に行こうと言う太平にだ。与平はこんなことを言ってきたのだ。二人の手にはそれぞれ首がある。その首を見ながら言うのである。
「ほれ、あの雪吉」
「ああ、あいつか」
「あいつは戦の場で倒れてる奴の首取ってな」
「自分が倒したのでもない奴の首切ってるな」
「そんで褒美を貰いに行ってるな」
「ありゃとんでもない奴だな」
 太平もだ。与平のその話に顔を顰めさせて頷く。
「自分が倒した奴だけにしとけってんだ」
「そんでも戦の時は逃げ回ってな」
「前に中々出ようとせん」
「全くとんでもない奴だ」
「確かにわし等は弱いぞ」
 見れば彼等は青い具足を着ている。織田家の具足は青い、つまり彼等は織田家の足軽達なのだ。そしてその織田家の兵の評判はというと。
「数だけで一人一人はすこぶる弱いわ」
「その通りじゃ。しかしじゃな」
「そうじゃ。幾ら何でも倒した奴から首を取るべきじゃ」
 こう言うのである。
「全く。あんなことをしては何時か偉いことになるぞ」
「全くじゃ」
 二人はこうした話をしたうえでその本陣に向かった。そのうえで彼等の褒美を貰うのだった。
 そしてその雪吉もだ。何処からか持って来た首を本陣に持って来ていた。その首を見て本陣にいる将の一人原田直政が難しい顔をして雪吉に問うた。
「その首、御主が取ってきたものじゃな」
「その通りですが」
「ならよいがな。しかしじゃ」
 原田はその難しい顔で言うのだった。
「近頃妙な噂を聞く」
「噂といいますと」
「何でも己で倒した訳でもない敵の首を持って来て手柄とする者がいるらしい」
「そんな者がおるのですか」
 しれっとしてだ。雪吉は原田に返した。
「それはまた悪い奴ですな」
「御主もそう思うな。若しそういう奴がおれば」
 どうするかとだ。原田は厳しい顔になって言った。
「殿も許されぬ」
「殿がですか」
「殿はそうしたことにはことの他厳しい方じゃ」
 織田信長はとかくそうした姑息な悪事を忌み嫌う。実際に小悪党が信長のその手で成敗されたという話は尾張や美濃で枚挙に暇がない。
 その信長が己が倒したわけでもない者の首を持って来て手柄と称することを許す筈がないとだ。原田は雪吉に厳しい顔で言うのである。
「わかっておるな」
「はい、よく」
 やはりしれっとしてだ。雪吉は言葉を返す。
「そうした奴はおらぬでしょう」
「ならいいがな。若しおればわしも許さぬし殿も許されぬ」
 特に信長はだった。
「即刻打ち首となろう」
「それはまたおっかないですな」
 雪吉は己のことを隠したままその褒美を貰った。彼のその話を聞いてだ。 
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