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Dragon Quest外伝 ~虹の彼方へ~

作者:読名斉
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Lv55 怒涛の羊たちの沈黙

   [Ⅰ]


 投獄されて4日が経った。
 昨日はアズライル教皇がゾロゾロと取り巻きを連れて来たので、少し騒がしかったが、今日は恐らく、静かな1日になるのだろう。
 俺は藁の上で胡坐をかきながら、ヴァロムさんに目を向けた。
 ヴァロムさんは目を閉じて、静かに瞑想している最中であった。
 俺が牢に入ってからずっとこんな感じだ。
(あと3日で処刑か……ヴァロムさんはどうするつもりなんだろう。まさか、このままという事はないよな……今、一体何を考えているんだろうか……ン?)
 ふとそんな事を考えていると、階段の方から足音が聞こえてきた。
(……飯はさっき来たから、食事の配給ではないな。今度は一体誰だ……また教皇か?)
 程なくして、入口でのぼそぼそとしたやり取りが聞こえてくる。
 声の感じ的に、どうやら女性のようだ。が、声が小さいので内容は聞き取れなかった。
 そして暫くすると、こちらへと向かう足音が聞こえてきたのである。
(俺は、イシュマリア城にいる女性の知り合いはいない。誰か知らないが、多分、ヴァロムさんに用があるんだろう。無関係の俺は不貞寝でもしとくか……)
 というわけで、俺は鉄格子を背にして、藁の上で横になった。
 その直後、足音はこの牢の前で止まったのである。
 男の声が聞こえてくる。
「こちらでございます」
 続いて、か細い女性の声が聞こえてきた。
「ヴァロム様……どうしても教えてほしい事がございます。貴方様はなぜ……あの場で、父と猊下にあのような事を仰ったのですか? それが……知りたいのです」
 ヴァロムさんは目を閉じたままで、返事もしなかった。
 もしかすると、瞑想という名の睡眠状態なのかもしれない。
 女性はもう一度呼びかける。
「お願い致します、ヴァロム様! 私の恩人でもある貴方が、なぜ、このような事をしたのか、理由が知りたいのです!」
 ヴァロムさんの瞼は開かない。
「ヴァロム様!」
 しかし、ヴァロムさんは尚も無反応であった。
(何か知らんが、悲痛な訴えだ。どこの誰だか知らないが、仕方ない……俺も少し付き合ってやるか……)
 俺は後ろを振り返らず、ヴァロムさんに声をかけた。
「ヴァロムさん……お客さんだよ。返事くらいしてあげたらどう?」
「……」
 無視である。
 俺は続けた。
「ヴァロムさん、俺にも無視を決め込むつもりかよ。返事くらいしてよ」
 しかし、ヴァロムさんは無反応であった。
「おい、ヴァロムさん」
「……」
 多分、寝てはいない筈だ。
 このまま無視し続けるつもりなのだろう。
「おい、ヴァロムのオッサン。呼んでるよ!」
「……少しうるさいぞ、コータロー……静かにしておれ」
 ようやく反応してくれた。
 と、ここで、タイミングよく女性も呼び掛けた。
「ヴァロム様、お願いします。なぜあのような事を言われたのか、教えてほしいのです……」
「……答える必要はないの。すまんが、お引き取り願おうか」
「ヴァロム様……どうして……」
 女性は今にも泣き出しそうな声であった。
(なんか色々と事情がありそうだけど、ヴァロムさんはこれ以上何も言わないだろう……。残念だけど、諦めてもらうしかないか……。でも……どこかで聞いた事がある声なんだよな……どこだったっけ? まぁいいや、確認してみるか……)
 つーわけで、俺は上半身を起こし、女性へと振り返った。
 だがその直後、俺と女性は互いを指さして、驚きあったのである。

「あ、貴方は、あの時のッ!?」
「ああッ!?」

 なんと女性は、巡礼地ピュレナの沐浴の泉で出会った、あのフィオナ王女だったからだ。
 フィオナ王女は純白のドレスに赤いショールのようなモノを肩にかけるという姿をしていた。
 赤く長い髪を後ろに流し、その上に金のカチューシャが載っている。首や手には、光り輝く金のブレスレットやネックレスを身に着けており、高貴な佇まいをしていた。
 一糸まとわぬ姿しか見た事ないので、ある意味新鮮な姿である。
 ちなみにだが、王女の両脇には女性の騎士と中年の神官が佇んでいた。
 鉄格子の前にいるのはこの3人だけだ。
 また、神官の服は緑色であった。恐らく、高位の神官だろう。
「貴方は……ピュレナで私を救ってくれた方ですね。まさか、このような場所で、貴方とお会いする事になるとは……。その節は、本当に、ありがとうございました。あの後、無事、オヴェリウスに帰ってくることができました。これも貴方のお陰でございます」
 すると、傍に控える女性の近衛騎士が口を開いた。
「フィオナ様、この御仁が、あの魔物を倒したのでございますか?」
「ええ、ルッシラ。この方です」
「なんと……」
 近衛騎士はマジマジと俺を見た。
 なんとなく、品定めをしているかのような目であったのは言うまでもない。
 と、ここで、神官が話に入ってきた。
「ピュレナで魔物? ……どういう事ですかな」
 ルッシラという近衛騎士が答えた。
「実はこの間、フィオナ様はピュレナで神託を受けたのですが、その後、魔物に襲われたのです」
「ほう……魔物ですか。そして……この者がそれを倒したと」
 神官はそこで俺を見た。
 フィオナ王女は頷く。
「ええ。それは恐ろしい姿をした魔物でした。この方が来なければどうなっていた事か……」
「なるほど。それは命拾いをされましたな。しかし……この男は異端者。それを、ゆめゆめお忘れなきよう……」
「ですが、救ってくださったのは事実です。感謝する事もいけないのですか?」
「私はフィオナ様の為に申しておるのです。いくら沐浴の泉で助けられたとはいえ、その事実に変わりはないのですからな。あまりこの者に肩入れなさると、いらぬ誤解を招くと私は申しておるのです」
「わ、私は別に、肩入れなど……」
 フィオナ王女はそう言って、力なく俯いた。
 この場に気まずい空気が漂う。
 というわけで、俺がそれを打破することにした。
「あの~、そこの神官さん、ちょっと良いですか?」
 神官は俺に振り向く。
「なんだ、異端者よ。私に懺悔でもするつもりかな?」
「いや、今の話で、1つだけ気になったところがあったんで、質問させてください」
「申してみよ」
 俺は言ってやった。
「貴方さっき、フィオナ王女が、どこで襲われたと言いましたっけ?」
「どこで? 沐浴の泉であろう。それがどうかしたのかな」
「あれ……おかしいな。フィオナ王女もそこの近衛騎士も、襲われた場所までは言わなかった気がしたんですけどね。なんで貴方が、襲われた場所を知ってるんですか?」
 神官の表情が強張る。
「な、何を言うかと思えば、おかしな事を……い、今、フィオナ様がそう言われたではないか。言いましたよね、フィオナ様?」
「え? あ、えっと……そういえば言ったような……」
 突然話を振られたので、フィオナ王女はしどろもどろになっていた。
 まぁこれは仕方ないだろう。人の記憶なんてあやふやなモノだし。
 対して、神官は明らかに狼狽していた。
 この様子だけで怪しさ満載である。
 まぁそれはさておき、神官はそれを聞き、勝ち誇ったように告げた。
「ほ、ほれみろ! 言った通りではないか。おかしな事を言う異端者だ、まったく……」
「ふ~ん、まぁいいや。そういう事にしておきましょうか」

 俺はこれ以上、追及はしなかった。
 こんなアホな神官を弄ったところで、何も事態は変わらないからだ。
 と、ここで、フィオナ王女が話しかけてきた。
「あの……お名前は確か、コータロー様でしたでしょうか?」
「はい、コータローです。でも、よく覚えていてくれましたね。ちょっと嬉しいです」
「命の恩人ですから、忘れよう筈がありません。ところで、コータロー様はなぜ、ヴァロム様と同じ牢に入れられているのですか?」
 答えにくい質問をしてきたな。
 詳細を話すと、この子に危険が及ぶ気がする。
 とりあえず、おおざっぱに話しとこう。 
「牢に入れられた理由ですか……そうですねぇ……まぁ簡単に言うと……俺はヴァロムさんの弟子なんですよ。このオヴェリウスでヴァロムさんのお使いを色々としてたんですが、そこを捕らえられて、異端者になってしまったというのが経緯ですかね。ま、そんなところです」
「そうだったのですか……ヴァロム様の……。あの時、ただの魔法使いではないと思いましたが、ヴァロム様の弟子と聞いて納得しました」
 すると神官が横槍を入れてきた。
「フィオナ様、このような異端者の言う事など、あまり信用しない方が良いですぞ。猊下を侮辱するような発言をした者ですからな」
 俺は神官を無視して、フィオナ王女に質問をした。
「あの、フィオナ王女。俺からも1つ訊いていいですか?」
「私でお答えできるものでしたら」
「先程、そちらの近衛騎士の方が、ピュレナで神託を受けたと仰いましたが、あの巡礼地ではそんな事ができるのですか?」
「はい。巡礼地は王位継承の資格を持つ者ならば、神託を受けられるのです。いや……神託を受けなければならないと言った方が正しいでしょうか……」
 フィオナ王女はそう言って複雑な表情を見せた。
「神託を受けねばならない? どういうことですか?」
「王位継承の資格を持つ者は定められた巡礼地に行き、半年に1度は神託を受けなければならないのです。建国以来ずっと続いている王家のしきたりです」
「へぇ……なるほどね。という事は、アヴェル王子やアルシェス王子も神託を受けられているのですね?」
「はい。ですが、兄達は別の場所になります」
「別の場所?」
 どうやら別々の場所で神託を受けているようだ。
 なんか釈然としないが、とりあえず、話を聞こう。
「はい、別の場所です。アヴェルお兄様はヴァルハイムの光の聖堂にて、アルシェスお兄様はラルゴの谷で神託を受けております」
「へぇ……。ちなみに、神託を受ける時というのは、どういう状況でなされるのですか? 密室に入って1人でされるのですかね?」
「密室といえば密室ですが、神託を受ける時は、神授の間という王位継承候補者しか入れない聖域にて行われます」
「王位継承候補者しか入れない聖域ですか……なるほど。では、もう少し訊かせてください。その神授の間でしたか……そこはどんな所でしたか? 神殿のように、イシュラナの女神像とかが置いてあるんですかね?」
 フィオナ王女は頭を振る。
「いえ、ありません。そこにはイシュラナの紋章が描かれた石板が置かれているだけです」
「……という事は、その石板の前で祈りを捧げると、神の声が聞こえてくるのですか?」
「いえ、違います。祈りの後、石板に手を触れると、女神の言葉が聞こえてくるのです」
「石板に手を触れると、女神の言葉が聞こえるですって……それは本当ですか?」
 と、ここで、横槍が入った。
「オホン……フィオナ様、そろそろお時間でございますぞ」
「もう、時間なのですか……」
「時間?」
 俺は首を傾げた。
 すると、神官が嫌らしい笑みを浮かべて答えてくれた。
「今まで異端者との面会は禁じていたが、刑の執行日が先日決まったのもあり、ごく限られた者のみ、僅かな時間の面会が許される事になったのだ。これも慈悲深い猊下の計らいによるものよ。感謝するがいい、異端者よ」
 俺は丁寧にお礼を言ってやった。
「はい、感謝してますよ。ありがたい、お心遣い、痛み入ります。すぐに癇癪を起こす、気の短いアズライル猊下にも、そうお伝えください」
「この異端者め……なんと無礼な……」
 フィオナ王女は名残惜しそうに言葉を発した。
「あの……また来ます。ヴァロム様……その時は、先程の問いにお答えください」
「さ、行きますぞ、フィオナ様」
 神官に促され、フィオナ王女と近衛騎士は出口へと足を向けた。
 俺はそこで、近衛騎士に向かい、1つだけ忠告をした。
「あ、ちょっと待った。そこのルッシラという近衛騎士の方、くれぐれも、フィオナ王女の警護は厳重にね」
 近衛騎士は俺に振り向く。
「そんな事、貴殿に言われるまでもない」
「俺が言ってるのは、いつも以上にって事ですよ」
「どういう意味だ……」
「そのままの意味ですよ。お願いしますね」
「……考えておこう」
 神官は忌々しそうに、俺を睨んだ。
「さ、行きますぞ。ここは穢れた場所ですからな」
 そして3人は去って行ったのである。

 3人が去った後、シンとした地下牢の静寂が訪れる。
 俺はそこでヴァロムさんに話しかけた。
「ヴァロムさん……今の石板の話だけど、どう思う?」
「……手で触れると聞こえる石板か。そういえば……コータローも経験しておるんじゃないのか」
「ああ、例の試練の時にね……」
「もしかすると、同じようなモノかもしれぬの」
「かもね」
「そんな事より……アレを開く瞑想をしたらどうじゃ?」
 アレとは魔生門を開く修行の事だろう。
 処刑待ちのこの状況で、それを指示するヴァロムさんは中々の強者つわものである。
「はいはい、やりますよ」――


   [Ⅱ]


 フィオナ王女が来た翌日、今度はアヴェル王子とウォーレンさんが牢へとやってきた。
 牢の前に来た2人は、こちらを無言で見詰めていた。なんとなく2人は気まずい表情をしていた。
 まぁこんな状況だ。こうなるのも仕方ないだろう。
 ちなみにだが、今日のアヴェル王子は正装であった。
 その姿はまるで、いつか見た映画に出てきた古代ローマ帝国の皇帝のような出で立ちである。
 金の装飾で彩られた赤と白の衣を身に纏っており、まさしく王族といった佇まいだ。
 また、牢の前にいるのはこの2人だけであった。神官の姿はない。向こうも色々と考えての事だろう。
(今日は神官がいないな……だが、どこかで聞いてるに違いない。猊下が許可したというこの面会……恐らく、俺やヴァロムさんから、色々と情報を聞き出すためだろう。都合の悪い芽を早めに摘み取る為に……)
 重苦しい沈黙の後、まずアヴェル王子が口を開いた。
「……コータローさん、ヴァリアス将軍から話は聞きました。貴方が、ヴァロム様の最後の弟子だというのは、本当ですか?」
「ええ、本当です……そして、ヴァロムさんの指示を受けて動いていたのも事実です。すいません、黙っていて……」 
 俺は2人に頭を下げた。
「そうだったのですか。ただの魔法使いではないと思ってましたが……これで謎が解けました」
 続いてウォーレンさんが話しかけてきた。
「コータロー……アーシャ様やイメリア様は、この事を知っていたのか?」
 俺は頭を振る。
「いえ、彼女達は知りませんよ。無関係です。俺が単独で動いていた事ですから……。レイスさんやシェーラさん、それからラティもね。しかし、色々と利用はさせてもらいました。そういう意味では……彼女達には迷惑をかけたかもしれません」
「そうか。しかし……なぜだ、なぜなんだ! お前は俺達に色々と協力してくれた。ゼーレ洞窟では、このイシュマリアを救うほどの活躍をしてくれた。そんなお前が、異端者として捕まるだなんて……。俺にはもう、何が何だかわからなくなってきたよ」
 ウォーレンさんはそう言って項垂れた。
「俺もです……何が何だか……」
 アヴェル王子も同様であった。
 この場に重苦しい空気が流れる。
 俺は話題を変える事にした。
「なんだか湿っぽくなっちゃいましたね……。あ、そうだ。前からウォーレンさんに聞きたかったことがあったんですよ」
「聞きたい事? なんだ一体?」
「ミロン君の事です。ミロン君のお父さんとウォーレンさんは、どういう関係だったのですか?」
「ああ、その事か……。ミロンの父親は俺の師だった人さ。だが、今から2年前……魔物との戦闘で命を落としてしまってな。まぁそんなわけで俺が、当時10歳でまだ幼かったミロンを、弟子として預かることにしたんだよ」
 ウォーレンさんはそう言って、大きく息を吐いた。
 昔を思い出したのだろう。
「そうだったんですか……。10歳という事は、その報告を聞いてミロン君はさぞや悲しんだでしょうね」
「まぁな。でも、ミロンもその場にいたんだぞ」
「え? ……その場にいたんですか?」
「そりゃそうだ。ミロンは父親に師事してたんだから」
「……なら、相当辛かったでしょうね」
「まぁそれはな……。だが、幸か不幸か、ミロンも意識不明の重体だったから、それを知ったのは少し後だったがな……」
「そうだったのですか。ミロン君も大変だったんですね……」
 そして、また暗い雰囲気が漂い始めるのであった。
(……話題変えた意味が全くないな……余計に暗い雰囲気になってしまった。もう一回、話題変えよう……)
「ところで、魚の方はどうでした? 誰か知っている人はいましたか?」
「え? あ、ああ、その事か……。お前の言う通り、知ってる者はいたよ。責任者が知っていた。金で懐柔されていたから、簡単には口を割らなかったがな」
「そうですか。では納入業者の正体はどうでした?」
「……それも、お前の言う通りだった」
 思った通りのようだ。
「そうでしたか。なんとなくですが、奴等の思惑がわかりましたよ」
「何!? どういう事だ一体……」
「今は言えません。俺が死んだら、そこの藁の下でも調べておいてください。一応、俺の考えを書き記しておきますから」
 俺はそう言って寝床の藁を指さした。
 2人は怪訝な表情をする。
「貴方は今、書く物を持っていないのでは?」
「石の床なんで、傷くらいはつけれますから大丈夫です。ですが、早めに見てくださいね。誰かが消しに来るかもしれませんから」
 アヴェル王子とウォーレンさんは顔を見合わせる。
 と、そこで、何者かの声が聞こえてきた。
「アヴェル王子、面会の終了時間です」
「もうか?」
「仕方ない。行きましょう、王子」
「コータローさん、また来ます」――


   [Ⅲ]


 投獄されて6日後、またフィオナ王女がこの牢へとやってきた。
 ここ最近、自分がハン○バル・レクターのポジションになってきている気がする、今日この頃である。
 まぁそれはさておき、今日は前回と面子が違っていた。ルッシラという近衛騎士は同じだが、もう1人、金髪の若いイケメンを連れてきたのである。
 ワンレンの女性かと思うくらいサラッとした長い髪の男で、かなり整った顔のパーツを備えていた。体型は長身の痩せ型で、あまり力はなさそうな感じだ。女のように見える男である。しかし、結構高い魔力の波動を感じるので、なかなかの使い手なのだろう。
 また、その男は、イシュマリア王家の紋章が描かれた魔法の法衣を纏っており、手には祝福の杖を装備していた。
 というわけで、早い話が、魔法使い系のイケメンがやってきたのである。

 フィオナ王女は俺達に、軽く会釈をしてきた。
「あの、コータロー様……ヴァロム様はどんな様子でしょうか?」
 俺はヴァロムさんに視線を向けた。
 ヴァロムさんはいつも通り、瞑想中であった。
「ずっと、あんな感じですかね。ここ最近は、俺が話しかけても、返事すらしてくれないです」
「そうですか……」
「ところで、こちらの方は?」
「あ、紹介が遅れました。こちらは第1級宮廷魔導師のレヴァンです。私の側近の1人なのですが、コータローさんの事をお話ししましたら、ぜひ一度お会いしたいとの事でしたので……」
 するとレヴァンという男は、一歩前に出て、恭しく自己紹介を始めた。
「お初お目にかかります、コータローさん。私はレヴァンと申しまして、フィオナ様の元にお仕えする宮廷魔導師でございます。色々と貴方のお話を聞きまして、ぜひ一度会っておかねばと思いましてね、今日はご一緒させていただいた次第であります」
 死刑囚に対して、この丁寧な挨拶……ハッキリ言って嫌味以外の何物でもない。
 俺的には嫌いなタイプの人間といえた。というか、嫌いだ。
 イケメンで礼儀正しく、地位も名誉もあり、どことなく俺を見下すその仕草が、癇に障る奴であった。
「確かに、見るなら今の内ですかね。私は2日後には、贖罪の丘にて、この世からいなくなりますから」
「ハハハ、これは失敬。言い方が悪かったですね。申し訳ない。ただ……貴方を一目見たかったという事に嘘偽りはないですよ」
「俺なんか見ても、時間の無駄だと思いますけどね」
「私はね……貴方が、魔炎公ヴァロム様の最後の弟子だという事を聞いて、興味が湧いたのですよ。ヴァロム様は実子であるディオン様とアルバレス家の天才・シャール様以外、手解きした事はないのですから。ですよね? 魔炎公ヴァロム様」
 レヴァンはそう言ってヴァロムさんを見た。
 多分、わざとヴァロムさんが嫌う魔炎公という言葉を使ったのだろう。が、ヴァロムさんは微動だにしなかった。
「あのレヴァンさんでしたっけ……そんな言葉じゃ、ヴァロムさんは反応しませんよ。俺が何言ってもあの状態ですから。まぁそれはさておき、俺を見た感想はどうでしたかね? 面白かったですか?」
「俄然興味が湧きましたよ。貴方はこの状況においても、自分を見失っていないですからね。只者ではないとお見受けしました」
「そんな大層なモンじゃないですよ。只者じゃないのなら、こんな場所におりません。と、私は思いますがね……。つまらん、男ですよ、私は」
「私はそうは思いませんね。フフフッ」
 レヴァンはそう言って爽やかな笑顔を浮かべた。
 と、ここで、フィオナ王女が訊いてきた。
「あの、コータロー様……ヴァロム様はあの後、何か言っておりませんでしたか?」
「特に何も言ってないですね。ずっとあの調子です」
「そうですか……。ところで、コータロー様……この間来た時も気になっていたのですが、その額の傷は一体どうされたのですか?」
 フィオナ王女はそこで、俺の額をマジマジと見た。
「額の傷? ああ、これですか。これはアズライル猊下をからかったら、癇癪を起されてね。それで出来た傷です」
「ア、アズライル猊下をからかっただと……何という事を……」
 ルッシラさんはドン引きしていた。
 フィオナ王女も少し引き気味であった。
「げ、猊下に、一体何をされたんですか?」
「妙な杖で壁に叩きつけられたんですよ。ピカッと光る青い杖でね」
 するとレヴァンが話に入ってきた。
「それは恐らく、光の王笏だと思いますよ。アズライル猊下にしか扱えない特別な杖です」
「光の王笏?」
「魔導器製作の名家であるクレムナン家の当主、レオニス・ヴィドア・クレムナンの手によって、アズライル猊下の為に作られた杖です。貴重な魔鉱石をふんだんに使った杖で、魔導の手とよく似た機能を持っているみたいですね。とはいえ、その力は魔導の手を軽く上回るそうですが」
「ふぅん……なるほどね。猊下専用の武具って事か……」
「らしいですよ。レオニス殿の話だと、猊下の魔力以外反応しない特別製の杖だそうです」
「へぇ……」
 その後、俺達は色々と話をしたが、ヴァロムさんが無視を決め込んでることもあり、他愛ない会話をするだけであった。
 そして面会時間も終わり、フィオナ様はこの場を後にしたのである。


   [Ⅳ]


 面会時間が終わり、1階に上がってきたフィオナは、2人の従者と共に、イシュマリア城内の通路を無言で進んでゆく。
 通路を歩くフィオナの表情は冴えなかった。肝心な事が何も聞けずじまいだったからだ。
 そしてフィオナは歩きながら、尚も考えていたのである。地下牢の2人の事を。
(ヴァロム様とコータロー様はこのままだと……明後日の朝、処刑されてしまう。私の命を救ってくれた2人の恩人が殺されてしまう……。本当に、このままでいいの? ……なぜかわからないけど、私達は間違った事をしているような気がしてならない……。確かに、ヴァロム様は、お父様と猊下の前で不敬な発言をされたわ。イシュマリアとイシュラナを侮辱するような発言を……。私も目の前で見ていたから、それは知っている。でも、ヴァロム様は何の理由も無しに、そんな事をするお方ではないわ。何か理由があるのよ……私達が知らない理由が……)
 フィオナは苦悩していた。
 先頭を歩くレヴァンは、そんなフィオナの表情を見て、立ち止まった。
 レヴァンは言う。
「フィオナ様……お考え中のところ申し訳ございませんが、お話があります」
 2人は立ち止まる。
 フィオナは訊ねた。
「お話? 何でしょうか、レヴァン」
 レヴァンは周囲を気にしながら、フィオナに耳打ちをした。
「……あまり大きな声では言えないのですが、あの者達を牢から救い出す方法がありますよ。上手くいけば、誰も捕まることなく、彼らを逃がす事ができるでしょう」
 レヴァンの言葉を聞き、フィオナは大きく目を見開いた。
「馬鹿な、そんな事できる筈……」
「できます。フィオナ様とルッシラ殿……そして私だけで。とはいえ、明日でなければ無理ですが……」
 フィオナはそこでルッシラを見た。
 ルッシラはそんなフィオナを見て、首を傾げる。
「どうされました、フィオナ様」
「ルッシラ……」
 フィオナはどうしようか悩んだが、とりあえず、話を聞いてみようと考えた。
「レヴァン、聞かせてください」
「では、場所を変えましょう」――


   [Ⅴ]


 投獄されて7日経った。明日はとうとう、処刑の日である。
 ヴァロムさんは相変わらず、牢内で瞑想中であった。投獄されてからというもの、俺達にはほとんど会話がない状況だ。
 一体何を考えているんだろうか。
(さて……今日で牢獄生活ともおさらばか……というか、このままいくと、この世とおさらばって感じだが……ン?)
 ふとそんな事を考えていると、鉄格子の扉が開く音が聞こえてきた。
 どうやら、また誰か来たようだ。
(投獄されてから面会が続くな……まぁといっても、来るのはフィオナ王女かアヴェル王子くらいだが……)
 だが、今日は少し様子が違っていた。
 なぜなら、いつもなら聞こえてくる兵士とのやりとりが、全く聞こえてこないからだ。
(変だな……話し声が聞こえない。小声で話すなんてしないだろうし……なんか妙だ)
 暫くすると、こちらに向かって歩いてくる足音が聞こえてきた。
(誰だ、一体……)
 俺は少し身構えた。
 すると程なくして、フィオナ王女とルッシラさんが牢の前に現れたのである。
 どうやらここに来たのは2人だけであった。
 ルッシラさんは何かを監視してるのか、しきりに出入り口の方向を気にしている。
 そんな中、フィオナ王女は真剣な表情で、話を切り出したのである。
「ヴァロム様、そしてコータロー様……今日は御2人の為に私は来ました」
「俺達の為? どういう意味ですか?」
 するとフィオナ王女は、俺達に鍵を見せたのである。
「ヴァロム様にコータロー様、ここから逃げてください。後は私達が上手くやっておきます」
「ちょっと、待ってくださいッ。そんな事をしたら、貴方の身に危険が降りかかますよ!」
「大丈夫です。待っていてください。今、牢の鍵を開けますから」
 フィオナ王女はそこで鍵を向かわせた。
「やめてください。貴方の身に危険が及びますッ」
「だ、大丈夫です」
 フィオナ王女は鍵を穴に差し込む。
 ここで瞑想中のヴァロムさんが口を開いた。
「コータロー! フィオナ王女を今すぐに止めるんじゃッ!」
「わかってるよッ」
 俺は格子の隙間から腕を出し、鍵を持つフィオナ王女の手首を掴んだ。
「なッ、コータローさん……どうして!?」
「いいんです……俺達の事は気にしないでください。他人を犠牲にしてまで助かろうなんて、俺とヴァロムさんは思っていない……だから、やめてください」
「で、ですがッ、このままでは……。私は、命の恩人である御2人に、生き延びてもらいたいのですッ!」
 フィオナ王女の瞳から大粒の涙が、頬を伝う。
 だが、鍵を持つ手の力は緩めなかった。
 俺はルッシラさんに助けを求めた。
「ルッシラさん……王女を止めてください。お願いです」
「し、しかし……」
 ルッシラさんは、俺とフィオナ王女を交互に見て、複雑な表情を浮かべていた。
 どうやら、本来の職務を忘れているようだ。
(チッ、仕方ない……)
 俺は大きく息を吸い、ルッシラさんに強い命令口調で告げた。

【近衛騎士ルッシラよッ! 貴殿の仕事は王女を守る事であって、言う事を聴く事ではない筈だッ! 目を覚ませッ! こんな事をして、どうやって王女を守るつもりだッ! 職務を放棄するつもりかッ!】

 辺りにシンとした静寂が漂う。
 ルッシラさんは力なくボソリと呟いた。
「わ、私は……」
「コータロー様……」
 フィオナ王女は泣き崩れた。
 と、そこで、聞き覚えのある声がこのフロアに響き渡ったのである。

【フィオナ……コータローさんの言う通りだ。そこまでにしておけ!】
 
 2人は出入り口に目を向ける。
 その直後、2人は大きく目を見開き、驚きの声を上げた。
「お兄様!?」
「ア、アヴェル殿下」
 程なくしてアヴェル王子は、この牢の前にやってきた。
 見たところ、ここに来たのは、どうやらアヴェル王子だけのようだ。
「フィオナ……今は俺の言う事を聞くんだ。ルッシラよ、フィオナを頼む。それと、お前達が眠らせた兵士も起こしておいてくれ」
「ハッ、アヴェル殿下」
 ルッシラさんは泣き崩れるフィオナ王女を抱き起こす。
 そして、2人は重い足取りで、この場から去って行ったのである。

 暫し気まずい空気が漂う。
 俺とアヴェル王子はずっと無言であった。
 1分、2分と、静かな時間が経過してゆく。
 そんな中、まず最初に口を開いたのは、アヴェル王子であった。
「……貴方は、いや、貴方がたは、これからどうするつもりなんだ? このままでは間違いなく処刑されてしまうが……」
「そうですね……処刑されてしまいますね」
 アヴェル王子は俺の目を見ながら続ける。
「コータローさん……言っては何だが……貴方を見ていると、とてもではないが、これから死に行く者の顔には見えない。それが気になってね……」
「死に行く者の顔には見えないですか……でも、明日の事を考えると、俺だって怖いですよ。今まで幸運が重なって、何度か危機を乗り越えてきましたが、明日は流石に……天変地異でも起きない限り、死ぬ可能性の方が高いですからね……」
「では、どうするおつもりですか?」
「どうなるんでしょうね……」
「答えになってませんよ」
 王子は憮然とした表情であった。
「ですね……。ところで話は変わりますが、有力貴族が処刑される時って、沢山の偉い人が来るんですね」
「話を逸らしましたね。まぁいいでしょう。……確かに、権力者が沢山来ますね。光誕祭以上に権力者が集まります。それというのも、有力貴族の断罪は、国の威信に関わりますからね。見せしめという部分と、権力者の結束を強める意味合いも込めて、そうなっているのだと思いますよ」
「俺もそう思います」
「話を戻しましょう。……貴方がたは、どうするつもりなのですか? このままでは殺されてしまうのですよ」
 俺はそこで少し微笑んだ。
「別に何もしませんよ。ただ……テンメイを待つだけです」
 アヴェル王子は眉を寄せ、怪訝な表情になる。
「テンメイを待つ? 一体、何の……ハッ!?」
 アヴェル王子は鋭い眼差しを俺に向けた。
 するとその直後、アヴェル王子は出口へと身体を向けたのである。
 そして最後に、これだけを告げて、この場から立ち去ったのだ。
「そうですか。まぁ何れにしろ、俺は貴方がたの最後を見届けるつもりです。明日、またお会いしましょう」と―― 
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