[Ⅰ]
ヴィゴールは今、ボルズとラッセルさん、そしてアヴェル王子と戦っている最中であった。
ボルズとラッセルさんの攻撃に続き、アヴェル王子の火炎斬りがヴィゴールに見舞われる。
「デヤァ」
「ハッ」
「この野郎!」
【うるさい蛆虫共だ。クククッ、しかし、無駄な事よ。我に貴様等程度の攻撃など、通じんわッ。フンッ!】
ヴィゴールの棍棒が3人に襲い掛かる。が、3人は攻撃を受けた後もすぐに起き上がり、攻撃を再開した。
スカラとピオリムによって強化された彼等は、動きに関してはヴィゴールと互角といえた。
特に驚かされたのが、ボルズであった。動きや太刀筋には迷いといったものが感じられないのである。
これを見る限りだと、兄であるバルジさんと同様、ボルズも戦士としての素質があったに違いない。
(ボルズも良く頑張っている。だが……ヴィゴールがニヤニヤ笑いながら攻撃を受けているところを見ると、全く効いてなさそうだ。あの様子だと、3人の攻撃はハエがたかっている程度にしか思ってないのだろう。恐ろしい化け物だぜ。まぁそれはともかく、今は一刻も早く、3人に話をしなければ……)
俺はヴィゴールの間合いの外で立ち止まり、3人に呼びかけた。
「アヴェル王子にラッセルさんッ、それからボルズッ! こちらに来てもらえますか?」
程なくして、3人は攻撃を止め、俺の所へとやって来た。
3人は傷だらけではあったが、まだまだ戦える状態であった。
(前衛は既に3人が戦線離脱している。この3人が元気なうちに、奴の弱点を突かないと……)
と、そこで、ヴィゴールの笑い声が木霊する。
【クハハハハッ、なんだ、もう攻撃は終わりか。それとも、下らない悪巧みでもはじめるのかな。無駄な事よ。お前達には死以外ない、ククククッ】
(この余裕はもしや……これはチャンスかもしれない。ぶっつけ本番になるが、実行あるのみだ)
俺は3人に小声で話しかけた。
「大事な話があります。奴と対峙しながら、今は驚かずに俺の話を聞いて下さい」
「わかった」と、アヴェル王子。
これを合図に、3人は俺に背を向け、ヴィゴールに剣を構えた。
「言ってくれ、コータローさん」と、アヴェル王子。
俺は奴に気付かれないよう、口元に手を当てて言葉を紡いだ。
「……奴の弱点が分かりました。もしかすると、奴を倒せるかもしれません」
小さな声ではあったが、3人の驚く声が聞こえてくる。
「え!?」
「そ、それは本当ですか?」
「何!?」
「本当です。ですが、問題もあります」
ラッセルさんが訊いてくる。
「問題というのは?」
「そこへの攻撃は、俺以外、出来そうにないという事です。そこで3人にお願いがあります。暫くの間、3人で奴の気を引いていてもらいたいのです」
アヴェル王子はチラッと俺を見る。
「それは分かりましたが、一体何をするつもりなのですか?」
「説明している時間がないので、今は俺の言うとおりにしてください。幾ら弱点が分かったとはいえ、戦いが長引けば長引くほど、こちらが圧倒的に不利になりますから」
「……わかりました。何をするつもりなのか知りませんが、このままではどの道、我々は皆殺しになるだけです。コータローさんの言うとおりにしましょう」
と、ここで、ヴィゴールの声が聞こえてきた。
【クククッ、この期に及んで逃げる相談でもしてるのかな。クククッ】
ヴィゴールはゆっくりと前進する。
間合いを保つ為、俺達は奴に合わせてジリジリと後退した。
そんな感じで、奴の出方を窺いつつ、俺は話を続けた。
「アヴェル王子……デインの魔法剣は、あと何回くらい使えますか?」
「それが実は、俺の魔力も残り少ないので、使えても、あと1、2回といったところです」
「そうですか。では、俺が指示するまで温存しておいて下さい」
「え? それはどういう……」
「言葉のとおりです」
と、ここで、ボルズが話に入ってきた。
「コータローさん……奴を倒せると言ったが、本当なのか? 奴を倒せるのなら、俺は何だってするぞ」
俺はボルズを焚きつけておく事にした。
「ああ、本当だ。それからボルズ……お前にも話しておく事がある」
「何だ一体?」
「バルジさんは……ついさっき息を引き取ったよ。俺も何とかして助けようと回復魔法を唱えたが、無理だった。……すまん」
「あ、兄貴……クソッ」
ボルズはワナワナと身体を震わせていた。
後ろ姿なので顔は見えないが、恐らく、怒りに打ち震えた表情をしているに違いない。
「いいか、ボルズ……これはバルジさんの敵を討ちでもあるんだ。奴を倒すぞ」
「ああ、やってやるよ。やってやるとも! 奴をぶっ殺す為なら、何だってしてやるッ!」
どうやら、洗脳は成功したようだ。
狂戦士ボルズの誕生である。
「ではコータローさん、我々はもう行動を開始しますね」と、アヴェル王子。
「はい、ではお願……あ、そうだ。ついでなので、頃合いを見計らって、光の剣での目晦ましもお願いできますか」
「目晦ましですね。わかりました」
「では健闘を祈ります」
そして、俺達は行動を開始したのである。
前衛の3人は奴の気を引く為に攻撃を再開した。
「セイヤッ!」
「ハッ!」
「ウォリャァァァ!」
【グフフフ……蛆虫共の攻撃なんぞ、防御するまでもないわ! フン】
ヴィゴールは意にかえした素振りも無く、平然と棍棒を振り回した。
3人は棍棒に吹っ飛ばされる。が、すぐに後衛の回復魔法が彼等に降り注いだ。
そして彼等は即座に立ち上がり、ヴィゴールに攻撃を再開するのである。
こんな感じの戦闘が暫し繰り返される。
と、そんな中、アヴェル王子は剣を正面に立てて構え、奴に目晦ましをしたのであった。
(今だッ!)
俺は、これを合図に行動を開始した。
魔道の手を使い、俺は一気に奴へと接近する。
そこでヴィゴールの声が聞こえてきた。
【クククッ、その手はもう食わんぞ。同じ手が何度も通用するとは思わん事だ】
ヴィゴールは左腕で目を覆い、視界を遮っていた。
そう、目晦ましは失敗したのである。が、しかし……俺の計画に支障はなかった。
なぜなら、成功しようがしまいが、この目晦ましによって僅かな隙が生れるからだ。
奴の視界を一時でも奪う事が、狙いなのである。
俺はこの僅かな隙を利用して、奴の背後に回り込んだ。
そして、奴を攻略する作戦を開始したのである。
俺が今からやろうとしている事……それは、魔光の剣を使って、まずは奴の背中に切り口を作ることであった。
しかし、ここで問題がでてくる。今の俺には魔力がそんなに残ってない為、最大出力の魔光の剣は使えないという事だ。
そこで俺は考えた。そして……思いついた手段は魔法剣であった。が、しかし……火炎斬りでは心許ない。
地上で魔導騎士達が使っていたが、あまりダメージを与えれてないのは明白だったからだ。
ではどうするか? 実はこれを解決できるヒントを俺はさっき目にしたのである。
そう……アヴェル王子が使ったデインの魔法剣だ。
だが、問題がないわけではない。
それは勿論、使った事がない魔法剣だからである。
しかし、何となくではあるが、出来そうな気がした。なぜなら、デインの魔力変化は、既に俺の中でイメージできているからだ。
ライデインほど複雑な魔力変化は起きないので、俺にも出来そうな気がしたのである。
(ぶっつけ本番になるが、やるしかない。それにここならば、奴の巨体が影になって、俺がデインの魔法剣を使うところは誰にも見えない。アシュレイアとかいう奴には見られてしまうかもしれないが……とにかく、やるなら今だ)
俺は魔光の剣を手に取り、デイン発動前の魔力を体内で生成する。
そして、魔光の剣へと送り込んだ。
と、その直後! なんと、ライトセーバーのような「ピシュー」という発動音と共に、雷を纏った青白い光刃が出現したのである。
光刃に纏わりつく雷は、バチバチというスパーク音を立てていた。
それだけじゃない。俺が少し剣を動かしただけで、ブォンというライトセーバーみたいな音まで聞こえてきたのだ。
(おお、なんか知らんけど、スゲェ~! 本物のライトセーバーみたいだ。電撃付きだからライトニングセーバーって感じだけど……って、感心してる場合じゃないッ!)
俺はすぐに意識を戻し、雷を纏う光刃を奴の背中に振るった。
その刹那!
【ウグァァァ!】
奴の苦悶の声と共に、背中に50cm程の切り口がパックリと開いたのである。
(よし、成功だ)
だがこれで終わりじゃない。
ここからが本番なのである。
俺はその切り口に向かい、左腕を突き入れ、奴の体内へと潜り込ませる。
そして、奴に致命の打撃を与える呪文を唱えたのであった。
だがその直後……。
【おのれェェ、そこで何をしているゥゥゥ】
ヴィゴールの左肘が俺に襲い掛かったのである。
俺はその肘に吹っ飛ばされ、洞窟の壁に激突した。
「グハッ!」
それはかなりの衝撃であった。が、死ぬほどではなかった。
俺の正確な位置まではわからなかったので、完全にヒットしなかったのだろう。
不幸中の幸いというやつだ。
ヴィゴールの怒声が洞窟内に響き渡る。
【おのれぇ、貴様だったかッ! コソコソと小癪な!】
だが次の瞬間――
―― ドゴォォォン ――
【ウギャァァァァァァァァ!】
こもったような破裂音と共に、ヴィゴールの身体は派手に弾けたのである。
奴の肉片と黒い血が辺りに飛び散る。それは凄惨な光景であった。
程なくして、ズタズタに引き裂かれたヴィゴールの身体は、ゆっくりと崩れ落ちる。
そして、ヴィゴールは吐血しながら、怒りに満ちた赤い目を俺に向けたのであった。
【ガハァッ! き、貴様……わ、我の身体に……い、一体、何をしたァァァァ!】
俺はネタをバラす事にした。
「ヴィゴール……お前は凄いよ。物理攻撃にしろ、魔法攻撃にしろ、外部からの攻撃は殆ど効果がない。正攻法で戦ったら、今の俺達では絶対に勝てない魔物だ。だが、そんなお前にも弱点はあった」
【じゃ、弱点だとォ……グハッ】
「お前の弱点……それは、その強靭な皮膚の下にある。だから……俺はそこを破壊する事にしたのさ、イオラでな」
【皮膚の下だと……ま、まさか……その前に使った3つの攻撃魔法は……カハッ】
「ああ、それを確かめる為だ。案の定、お前は、深い傷がない右半身で魔法を受けたからな。お蔭で、俺も自信をもてたよ」
【グッ……しかし、イオラ程度の魔法に、ここまでの威力がある筈は……】
「そう、確かに……空中で爆発させたならここまでの威力はない。だが、お前の体内で爆発させたという事は、イオラの持つ破壊力を、お前自身が全て受け止めたという事。その威力は空中爆発の比ではない。それに加え、無数の傷がついた外皮が、内部からの圧力に耐え切れずに引き裂かれ事も、そうなった理由の1つだ。つまり、今までの積もり積もった小さな傷によって、お前は致命的な傷を負う事になったのさ。どんなに強度のあるモノでも、僅かな傷によって、一気に瓦解する場合があるって事だ」
【グッ、お、おのれェ】
俺はそこで、残った全魔力を両手に向かわせ、話を続けた。
「そして……もう1つ重要な事がある。今のお前は弱点がむき出し状態って事だ。だから、この魔法も、今のお前なら効果がある……というわけで、喰らえ、メラミ!」
両手から2つの火球が放たれ、奴の引き裂かれた傷口に襲い掛かる。
その直後、火球は爆ぜ、ヴィゴールの全身に火の手があがった。
【グギャァァァ】
メラミの炎に焼かれ、ヴィゴールは狂ったような悲鳴を上げながら、もがき苦しむ。
その光景を見ながら、俺は片膝を突いた。
(ハァハァ……これで魔力は尽きた……俺に出来る事はもうない。……後はアヴェル王子に任せよう)
俺はアヴェル王子に向かい叫んだ。
「アヴェル王子! デインの魔法剣で奴の脳天を貫いて下さいッ。今の奴ならば、それで止めを刺せる筈ですッ」
「わかりましたッ」
王子は光の剣を構え、刀身に雷を纏わせる。
そして、炎に焼かれる奴に飛び掛かり、脳天にデインの魔法剣を突き立てたのである。
「デヤァァ!」
【アギャァァ……モウシ……ワケ…アリ…ン…アシュ…レイア…サマァ……】
ヴィゴールは弱々しい悲鳴を上げながら、動きをゆっくりと制止する。
程なくしてメラミの炎も消え去り、黒い肉塊と化したヴィゴールの哀れな姿だけが、そこに残ったのであった。
[Ⅱ]
奴が事切れたのを確認したところで、アヴェル王子はヴィゴールの頭部から剣を抜いた。
するとその直後、ヴィゴールの亡骸はドロドロと溶け始め、骨だけを残して蒸発していったのである。
それから更にその骨も、パラパラと音を立てて崩れてゆき、砂とも灰ともいえない白い粉状の物へと変貌を遂げたのであった。
(ヴィゴールの身体が消滅した……どういう事だ一体……。他の魔物達はこういう事にならないし、以前倒したザルマも遺体は残っていた。わけがわからん……)
と、ここで、アヴェル王子が訊いてくる。
「コータローさん……魔物が消えてしまいました。これは一体……」
「う~ん、その辺はなんとも……。ですが、何れにせよ、ヴィゴールはこれで死んだと思います。肉体自体が崩壊してましたから」
「では、俺達の勝利というわけですね?」と、ラッセルさん。
「ええ……恐らくは」
少し釈然としない部分はあるが、俺はとりあえず頷いておいた。
すると安心したのか、他の皆は安堵の表情を浮かべると共に、ヘナヘナと力が抜けたかのように、地べたに座り込んだのである。
今まで相当気を張っていたのだろう。緊張の糸が一気に緩んだに違いない。
と、そこで、ウォーレンさんの声が聞こえてきた。
「よし、では疲れているところ悪いが、俺達後衛の最後の仕事だ。負傷した者達の治療を始めるぞ。魔力が残っている者は、すぐに治療を始めてくれ」
(そういや、それがまだ残ってたな。皆、魔力がかなり消耗してるから、俺だけがサボるわけにはいかないか……。仕方ない……あまり使いたくはないが、祈りの指輪を使おう……)
というわけで、指輪が壊れないよう祈りながら魔力を少し回復した後、俺も負傷した者達の治療に取り掛かったのである。
―― それから約20分後 ――
負傷者の治療は割とすぐに終わった。
なぜなら、そこまでの怪我人はいなかったからだ。
あんな恐ろしい魔物と戦ったにも拘らず、俺達の中から戦死者は出てこなかったのが幸いであった。
この中では一番重傷と思われるリタさんとコッズさんであったが、酷い打撲程度だったので、魔法で十分回復させれたのである。めでたしめでたしだ。
と、その時である。
「ヒィ、ヒィン、ヒィ……兄貴……ごめんよ、兄貴……お、俺が……アホな所為で」
幽霊のように啜り泣く声が聞こえてきたのである。
俺は発生源に目を向けた。
声の主は勿論ボルズであった。
ボルズは仰向けになったバルジさんの前で、四つん這いになり、泣きじゃくっていた。
そして他の皆はというと、それを見て、気まずそうな表情を浮かべているのである。
(あ……そういや忘れてたわ、バルジさんの事……う~ん、なんかこの空気の中だと切り出しづらいなぁ……)
と、そこでクレアさんと目が合った。
クレアさんは微妙な表情をしていた。
多分、どうしていいのか、わからないのだろう。
(仕方ない。俺がやった事だし、自分で始末つけるか)
俺はボルズに近づくと声を掛けた。
「あのさ、ボルズ……ちょっといいか」
ボルズは振り向く。
その表情は、鼻水と涙で凄い事になっていた。
「なんだ……グズ……コータローさん」
「その……なんだ……言いにくいんだが……ちょっとバルジさんに用があるんだ」
「は? 兄貴に用?」
「ああ」
俺はポリポリと後頭部をかきながら、バルジさんに告げた。
「あの、バルジさん……もう死んだフリは良いですよ。とりあえず、一難は去りましたので」
バルジさんはゆっくりと瞼を開け、口を開いた。
「そ、そうですか」
「へ?」
ボルズはポカンと口を開けながら、鳩が豆鉄砲を喰らったような表情をしていた。
他の皆も驚いたのか、ボルズと同じような表情をしている。
ここから察するに、全員、死んだと思っていたのだろう。
つーわけで俺は、誤魔化す意味も込めて、爽やかに事の顛末を説明したのである。
「ははは、いやぁ~、実はですね、バルジさんは俺の治療が間一髪間に合ったので、死んではいなかったんですよ。ははは、すまないな、ボルズ、驚かせちまったか。なははは」
「あ、兄貴が生きていた……」
ボルズはこの事実を知り、力が抜けたのか、後ろにゆっくりと倒れ、仰向けになった。
それから大きく息を吐き、安堵の表情を浮かべたのである。
「すまんな、ボルズ……。コータローさんに頼まれて死んだフリをしていたんだ」
「もう脅かさないでくれよ……ズズズ」
ボルズは笑みを浮かべ、鼻を啜った。
「良かったじゃないか、ボルズ。ちゃんとコータローさんに礼を言っとけよ」と、ラッセルさん。
「ああ、勿論だ」
そして、ボルズはサッと起き上がり、俺に深く頭を下げたのである。
「ありがとう、コータローさん。アンタのお蔭だ。もう何言っていいのかワカンネェくらいに感謝してるよ。命の恩人だ。いつか、何らかの形で、礼はさせてもらうよ」
「いいよ、別に。こんな事態での話だしな。その辺は気にしなくていい」
「そうはいかねぇよ。ところでコータローさん、なんで兄貴に死んだフリをさせたんだ?」
「なんでって、そりゃ決まってるだろ。アンタが、ようやくやる気を出してくれたからだよ」
「へ、やる気? って……あッ!?」
ボルズも気付いたみたいだ。
ラッセルさんはポンと手を打った。
「ああ、そういう事だったんですか。確かに、あの魔物と戦ってるときのボルズは、別人のようでしたからね。俺も驚きましたよ」
バルジさんも同調する。
「俺も驚いたよ。ようやくお前も一皮むけたな。見直したぞ、ボルズ」
ボルズはポリポリとコメカミをかいた。
「いや、あれはな……兄貴が死んだと思っちまったから、怒りで何もかもが吹っ飛んじまってたんだよ。もう、奴に斬りつける事ばかりで頭が一杯だったんだ」
「そうなのか……ま、何れにしろ、さっきのお前を見て俺も安心した。もう少し、自分の力を信じろ、ボルズ。そうすれば、さっきのような力を出せるんだからな」
「兄貴……」
バルジさんの励ましを聞いて少しウルッと来たのか、ボルズは手の甲で瞼を擦った。
今まで色々とあったようだが、これでこの2人も仲良くなるに違いない。雨降って地固まるというやつだ。
と、ここで、アヴェル王子が話に入ってきた。
「お話し中のところすまないが、私からも一言言わせてもらいたい。皆、よく頑張ってくれた。君達のお蔭で、このイシュマリアは救われたようなものだ。イシュマリア王家を代表して、私からも礼を言わせてもらうよ。貴殿らの働きに感謝いたします」
アヴェル王子は皆に深く頭を下げた。
と、その直後、バルジさんと俺を除いた冒険者達は皆、王子の前で跪き、恭しく頭を垂れたのである。
まずラッセルさんが口を開いた。
「これまでの非礼、お許し下さい、アヴェル王子。まさか王族の方がおられるとは思いもしませんでしたので」
「皆、顔を上げてくれ。今回はお忍びで来たのだから、そこまでの儀礼は必要はない。今まで通りで構わないから」
「え、ですが……」
「構わない。それに俺も、堅苦しいのはあまり好きではないのでね」
「しかし……」
ラッセルさんは尚も、微妙な表情をしていた。
やはり、王族となると中々割り切れないものもあるのだろう。
つーわけで、割り切れる俺が話に入る事にした。
「ラッセルさん、アヴェル王子はこう言ってくれてるんです。今まで通りで行きましょう。それに、そんな小さい事をイチイチ気にする方ではないですよ。器の大きい方ですから。ねぇ、アヴェル王子?」
「コータローさん、褒めたところで何も出てきませんよ。ところで、これからどうしましょうか? 洞窟を塞いだ瓦礫は1日や2日では撤去するのは難しい量です。おまけに、この先は行き止まりだと先程の魔物は言ってました。となると、我々は閉じ込められたという事になりますが……」
アヴェル王子はそう言って、奥へと続く空洞に目を向けた。
「ええ、それなんですが……実はですね、この戦闘が始まる前、ラティにこの奥の調査をお願いしたんですよ。その内、ラティも戻ってくると思いますので、暫しの間、休憩をしておきましょう。あれだけの魔物と戦ったんですから、休む事も必要ですよ。それに、今はバルジさんをあまり動かさない方が良さそうですしね」
「わかりました。では、ここはコータローさんの言うとおりにしましょう」
アヴェル王子は皆に告げた。
「それじゃあ、皆、ラティが戻るまでの間、暫く休憩としよう。各々は今の内に身体を休めておいてくれ」
つーわけで休憩タイムである。
[Ⅲ]
アヴェル王子の休憩宣言の後、俺はその辺にある凸凹とした鍾乳石の1つに腰かけ、大きく息を吐いた。
(はぁ……今回はマジで疲れた……魔力が底つくまで戦ったのは初めてやわ……。砕けても構わんから、もう一度、祈りの指輪を使っとこ……)
俺は祈るように手を組み、指輪に付いている青い宝石に触れ、魔力を僅かに籠めた。
と、その直後、俺の身体の中に優しい魔力が入り込んできた。
どういう原理でこうなるのか分からないが、一応、これが指輪の効果である。
(この感じだと……回復したのは4分の1ってところか。指輪も砕けてないから、今はこのくらいにしておこう。この指輪は貴重だしな……)
ふとそんな事を考えていると、ラッセルさん達が俺の傍にやって来た。
「コータローさん……貴方は凄い方です。あんな魔物を前にしても、冷静なのですね。正直驚きました」と、ラッセルさん。
「まぁ俺も死にたくないですからね。その為にも、物事はよく見ておかないと。判断を誤るとエライことになりますから」
続いてマチルダさんも。
「でもコータローさん、よくあんな事を思いついたわね。感心するわ」
「そんなに凄かったの? 私、気を失っていたから、あの後の事、全然覚えてない……」と、リタさん。
シーマさんが答える。
「だって、普通思いつかないわよ。あの化け物の体内でイオラを発動させるなんて。本当によく見ているわ、コータローさんは」
なんか知らんが、エライ褒められようだ。しかし、悪い気はしない。
と、ここで、アヴェル王子が話に入ってきた。
「皆さんの言うとおりですよ」
すると俺達の話を聞いていたのか、他の皆もコチラへとやってきたのである。
多分、さっきの戦いについて色々と訊きたいのだろう。
まぁそれはさておき、アヴェル王子は俺の隣に腰を降ろし、ニコヤカに話を続けた。
「コータローさんがいなければ、俺達は全滅でした。しかし、よく奴の弱点を見抜きましたね」
「まったくだぜ。お前って、本当に物事をよく見てるな。あんな化け物を前にして、普通は出来ないぞ」と、ウォーレンさん。
続いてミロン君も。
「本当ですよ。まさか、あの魔物の弱点まで見抜くなんて思いもしませんでした。凄いですよ、コータローさん」
俺は金田一耕助の如く、後頭部をボリボリとかいた。
「そんな風に言われると、いやぁ~なんか照れるなぁ~。でもまぁそれに関しては、実はボルズのお蔭なんですよね」
するとボルズは自分を指さした。
「へ? 俺のお蔭?」
わけが分からんといった表情だ。
「ああ、お前のお蔭だよ。ボルズが逆上して、奴の左手首を攻撃してくれたおかげで、それに気づいたんだからな」
「そういや、そうだったっけか……で、なんでそれが弱点に繋がるんだ?」
「あの時、奴がお前の攻撃で顔を顰めたからだよ。奴の左手首は俺の攻撃によって、中身がむき出しの状態だったからな。今まで平然と俺達の攻撃を受け続けていたやつが、あそこを攻撃された時は痛がったから、そう考えたんだよ」
「あ、そうか!」
ボルズは気付いたようだ。って遅ッ。
ウォーレンさんが訊いてくる。
「俺とミロンに魔法を放ってほしいと言ったのは、それを確認する為なのか?」
「ええ、まぁそれもそうなのですが……実はあそこで魔法をお願いしたのは、別の理由があるんです」
「別の理由?」
「はい。あれは、攻撃魔法も効果があるのかどうかを調べる為だったんです。そしたら奴は、わざわざ右半身で魔法を受けましたからね。それで俺は確信を持てたというわけです」
ウォーレンさんは顎に手をやり、感心したように頷いた。
「なるほどな……そういうことか」
「凄いですね……あの戦いの最中に、そこまで考えていたなんて」と、ミロン君も。
「俺も必死だったんだよ」
「でも、運も味方しましたよね。あの魔物が、ベギラゴンとかいう魔法を連続して使ってこなかったので助かりました。あんな魔法を続けざまにやられたら、流石にやばかったですもん」
ミロン君の言葉に、アヴェル王子とボルズが同調する。
「確かに、アレは運が良かった。君の言うとおり、奴が使ってこなかったから、勝てたようなものだからな」
「おお、アレは確かにヤバかったぜ。あんな魔法立て続けに使われたら、たまんねぇよ」
どうやら皆、『使ってこなかった』と思っているようだ。
水を差すようで悪いが、俺の見解を話すとしよう。
「皆さんはやはり、使ってこなかったと思っているのですか?」
するとミロン君は首を傾げた。
「え、違うんですか?」
「これは俺の推察だけど……あれは、使ってこなかったのではなく、使いたくなかったんだと思うよ。少なくとも……アヴェル王子が生きている間はね」
アヴェル王子は眉根を寄せた。
「ど、どういう意味ですか、コータローさん」
「アヴェル王子……奴があの魔法を使った後の事、覚えておりますか?」
「勿論、覚えているよ。デインの魔法剣で攻撃した時の事だろう?」
「ソレです。奴はあの時、アヴェル王子の攻撃によって傷を負ったんですよ。アレは多分、奴にとって予想外だったんじゃないでしょうか。その証拠に、魔法発動前の動作に入っていたにも拘らず、魔法を使うのを止め、アヴェル王子への攻撃へと切り替えましたからね」
「あ、確かに……」
「それに加えて、その後の行動はあまりにも矛盾してました」
「矛盾?」
「ええ。奴はあの時、アヴェル王子の攻撃を中々の威力と認めつつも、何百回と攻撃されても問題ないような事を言っておりました。ですが、それからというもの、奴はまた棍棒による攻撃に徹し、あの魔法は二度と使わなかったんです。そこがまずおかしいんですよ。王子の攻撃が何ともないなら、魔法を連続で使って、俺達を倒せばいいんですから。しかし……奴はそうしなかった。つまり……使いたくても使えなかったのではないかと俺は思っているのです」
ウォーレンさんが訊いてくる。
「という事は……アヴェル王子の魔法剣は奴にとって脅威だったって事か?」
「ええ。俺はそう思っています。そこでアヴェル王子にお訊きしますが、あの時、もう少し踏み込めたらイケそうだと思いませんでしたか?」
アヴェル王子は頷いた。
「今思い出したよ。あの時、踏み込みが浅かったから、次はもう少し深くと思っていたんだ。しかし……奴の言葉を聞いてガックリときたのを覚えてるよ。何百回と受けても問題ないなんて言われたからね……」
「それが奴の狙いだったと思いますよ。大体、奴の身体を切り裂けたのは、俺の持つ魔光の剣とアヴェル王子のデインの魔法剣だけです。アレは恐らく、奴なりの駆け引きだったんじゃないでしょうか。あの魔法を使うとき、奴はかなり無防備になりますからね。ま、今となってはその本人もいないですから、確認のしようがないですが……」
「なるほど……あの魔物は見た目に似合わず、結構慎重な魔物だったという事ですね」と、ミロン君。
「まぁそうなるのかな。でも……さっきミロン君も言ったけど、俺達は運が良かったと思うよ」
「弱点を知る事ができたからですか?」
「それもあるけど、奴が有り得ないくらい、余裕でいてくれたからさ。それで勝てたようなモノだからね。奴がもし、死に物狂いで俺達に襲い掛かってきたら、多分、全滅してたと思うよ」
アヴェル王子は顎に手をやり、ゆっくりと首を縦に振る。
「言われてみると、確かにそうだ……奴は終始、余裕綽々といった感じだったからな。俺達にかなり油断していたに違いない」
「いえ、そういう意味で言ったのではありません。奴は油断はしていたのではなく、無理をして、余裕な態度を取っていたんじゃないですかね……」
俺はそう言って、空洞の奥へと視線を向けた。
アヴェル王子とウォーレンさんは首を傾げる。
「は? どういう意味だ一体……」
「あの、意味が分からないのですが……」
この感じだと、皆は気付いてないようだ。
大事な事なので話しておこう。
「この洞窟に落とされてすぐのこと覚えてますか? 謎の声とヴィゴールのやり取りです……」
「ええ、覚えてます。それがどうかしましたか?」と、アヴェル王子。
「ヴィゴールはアシュレイア様と言ってましたが、あの時のやり取り……少し妙だと思いませんでしたか?」
「妙?」
「ええ。ヴィゴールのあの話し方と仕草、あれはまるで、どこかで見ている者に話しかけているようでした。それを裏付けるかのように、アヴェル王子を如何するかと、わけのわかんない事も訊いてましたからね」
するとここで、皆はハッとした表情になり、周囲を見回したのである。
ボルズは恐る恐る口を開いた。
「ちょ、ちょっと待てよ。って事は……今も俺達は見られているのか?」
「ああ、多分な。でも、未だに何もしてこないって事は、多分、声の主は俺達に何もできないのだろう。恐らく、手出しできない状況なのかもしれない。だがまぁ何れにしろ、見られているとは思うよ」
俺の言葉を聞き、皆はソワソワとし始めた。
気にするなというのが無理な話である。
まぁそれはさておき、俺は話を続けた。
「で、奴が余裕ぶっこいてた理由ですが……このアシュレイアの存在が大きく起因してるんじゃないかと、俺は思っているんです」
「あの、コータローさん……ますます、わからなくなってきました」と、ラッセルさん。
「簡単な事ですよ。早い話が、見られていたからです」
「も、もう少し、分かりやすく」
「ではラッセルさんにお訊きします。仮にですが、貴方は、敬愛する偉大な王様に仕えていたとしましょう。その王様の前で魔物と戦う時、貴方ならどういう風に考えますかね?」
「どういう風に考えるかですか……う~ん、そうですね……倒すのは当然ですが、少なくとも、みっともない戦いは見せたくないですね……やはり、王様に安心してもらえるように……って、あ!?」
ようやく気付いたようだ。
「そうです。自分が敬愛する主の前では、普通、そう考えてしまうんですよ。どんな奴だって、まずはそう考えてしまうんです。ヴィゴールも恐らく、声の主に対して、無様な戦いは見せられないと考えたんじゃないでしょうか。でないと、あそこまで意味不明に余裕な態度はとらないですからね」
ウォーレンさんが唸る。
「ムゥ……そうか……だから奴は余裕たっぷりに行動してたのか。いや、実を言うとだな、俺も不思議だったんだよ。あれだけ強い奴なら、もっとガンガン来てもよさそうな気がしてたからな」
「だと思いますよ。ま、これは俺の推察ではありますがね。でも当たらずとも遠からずじゃないでしょうか。アヴェル王子の魔法剣に対する駆け引きも、そこから来てる気がしますしね。まぁとにかく、俺達はアシュレイア様に感謝しないといけないですね。何者か知りませんが、その御方が見ていてくれたお蔭で勝てたようなもんですから。俺達は運が良かったんですよ」
俺はそう告げた後、空洞の奥へと視線を向けた。
(どうだ、アシュレイアとやら。見えているなら、こう言われると悔しいだろう……)
そして俺は静かにほくそ笑んだのである。