Dragon Quest外伝 ~虹の彼方へ~
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Lv31 魔の世界よりの使者
[Ⅰ]
外に出た俺とラティは、仄かに辺りを照らす月光を頼りに、今回のミッションを行なう決戦の地へと向かった。
ちなみに今日のミッション内容は、『神殿の敷地内にあるという、神秘の泉を調査せよ!』である。
ラティの話によると、この巡礼地には女性神官が沐浴をする泉があるらしいのだ。つまり俺達は、その沐浴の様子を見学しようというわけなのである。
まぁそんなわけで、一歩間違えれば、イシュラナ教団を敵に回す可能性がある非常に危険な調査なのだが、俺はこれも勉強だと自分自身に言い聞かせ、作戦を実行する事にしたのであった。
そう……これは、その土地の風習を知る為の社会勉強なのである。決して煩悩に身を任せただけの行為ではないのだ。9:1の割合でだが……。
まぁそれはさておき、以上の事から、俺達は女体の神秘に迫るわけだが、そうなると1つ問題が出てくるのである。
それは勿論、昨日のような事があるのかどうかという事である。
断っておくが、建物の強度的な事ではない。男湯と女湯が入れ替わっているのかどうかという事だ。
これは非常に重要な事である。もし仮に、今の勢いで男性神官の沐浴してる姿を見たならば、俺はその場でイオラを唱えて、見なかった事にしてしまう可能性も否定できないのだ。
そんな悲劇は絶対に避けねばならない!
というわけで、俺はついさっき、それについて念入りに確認をしたのであった。
一応、その時のやり取りはこんな感じだ――
「おい、今回は本当に大丈夫なんだろうな。言っとくけど、俺は男の入浴なんて見たかないぞ」
「へへへ、コータロー、今回は安心してええで。ワイが言ってる沐浴の泉は男子禁制やさかい、女の神官しかおらん。しかも、この神殿の神官は若くて別嬪揃いで有名なんや。どや? 見たいやろ? 行くしかないで、ホンマ」
「ほう、沐浴とな……しかも男子禁制な上に、神に仕える乙女と申すか」
「そうや。で、どないする? 行ってみるか?」
今の言い方に引っ掛かりを覚えた俺は、偉大なジェダイマスターの言葉を引用してラティに告げたのであった。
「待て、ラティ……行くか、行かぬかだ。試しなどはいらぬ」
「おお、さすがコータローや。なんや知らんけど、深い言い回しに聞こえるわ。でも、なんとなく、今使うような言い回しやない気もするけどな。まぁそれはともかくや。で、どないする? 行くか?」
俺は首を縦に振る。
というわけで……。
「ゆこう」
「ゆこう」
そういう事になったのである――
これが経緯だ。穢れなき美しき乙女の裸体……これはもう行くしかないだろう。
つーわけで、コータロー行きます!
まぁそれはさておき、行くと決めた俺達は、すぐに行動を開始し、ミッションのスタート地点へとやって来た。
ラティに案内されて辿り着いた先は、滝のけたたましい音が鳴り響く湖の畔であった。滝と湖の影響か、周囲は少し肌寒い。日中ならともかく、夜である今は長居したくない所である。
俺はそこで今来た方向を振り返り、ピュレナ神殿までの距離を確認する事にした。
見た感じだと、神殿はここから直線にして約100mといったところだろうか。薄暗いのでハッキリとはわからないが、大体そのくらいであった。
以上の事から、ここはピュレナ神殿から少し離れた位置なのだが、俺はそれよりも少し気掛かりな事があったのである。
それは何かと言うと、ここには神殿の敷地内に入る為の道といったものが、どこにも見当たらないという事であった。それだけではない。緩やかなカーブを描く断崖が邪魔をしている為、敷地内へはそう簡単に入れそうにないのだ。
つまり、普通に今来た道を戻るか、断崖をロッククライミングをしながら横に伝って行く以外、神殿への道は無いのである。
(うへぇ……どうやって神殿の敷地内に忍び込むんだ……)
謎は尽きないが、今はここの状況確認が先決だ。
「ラティ、とりあえず、周囲に誰もいないか確認をしよう。行動に移すのはそれからだ」
「せやな」
というわけで、まずは周囲の確認から始める事にしたのである。
――それから約10分後――
一通り確認したところで、俺とラティはミーティングを始める事にした。
「今のところ、誰もいないみたいだな。多分、暗い上に滝の音が五月蠅いから、ここでは誰も休まないんだろう」
「せやろな。これだけ五月蠅いと、馬も流石に寝られへんと思うわ」
ある意味、好都合である。
「さて、それじゃあラティ、ここからの説明を頼む」
ラティは頷くと、滝が流れ落ちる断崖に視線を向けた。
「ここからは、断崖の岩壁を飛び移っていくか、空を飛んでいくかの二択になんねんけど、コータローはどっちがええ?」
「どっちがええって……。言っとくけどな、俺は空を飛べんぞ。一時的に浮くことくらいはできるけど」
妙な事を訊いてくる奴だ。
「え? そうなんか? 昨日、温泉の屋根が崩れた時に飛んでたさかい、てっきり飛べるもんやと思ってたわ」
どうやら、魔導の手を使って飛んだのを見て、そう思ったようだ。
誤解されるのもアレなので、一応言っておこう。
「ああ、あれはな、魔力を使って強引に飛んだんだよ。だから、ラティみたいには飛べんぞ、俺は」
「なんや、そうやったんか。ほんなら、あとはもう、断崖の岩壁を飛び移って行くしか方法はないな」
「岩壁を飛び移る、か……。で、具体的にどうするんだ?」
ラティは断崖に目を向けると言った。
「壁の至る所に岩が飛び出てるのが見えるやろ。あれを飛び移っていくんや。飛べん奴には厳しいけど、コータローなら魔力で飛ぶという選択もある見たいやし、行けると思うで」
俺はラティの視線の先を追う。
すると、ラティの言う通りであった。
断崖の壁は月明かりが当たらないのでわかりにくかったが、よく見ると、ひょっこりと飛び出た岩が幾つも見えるのである。
どうやら、あれを飛び移って移動をするという事のようだ。
ちなみにだが、それらの岩と岩の距離を言うと、短いので3mほど、長いので10mほどといったところだろうか。とりあえずそんな感じなので、俺のように魔導の手を使える奴なら、何とかなりそうであった。
おまけに、月明かりが断崖の壁に当たらないという事も、よくよく考えると結構な好条件といえた。なぜなら、闇に紛れて移動ができるからである。
つまり、これらを総合すると、行くのなら今でしょって事になるのだ。
「なるほどな、あのくらいなら俺でも行けるかもしれん」
「多分、大丈夫やろ。で、話を戻すけど、岩壁をある程度進むとやな、当然、神殿の敷地内に辿り着くわけやけど、入ってすぐの所に1つだけポツンと神殿が建っとるところがあんねん。その中が泉になっとるんや。目的地はそこやで」
大まかな流れはわかったが、少し気になる点があった為、俺はそれを訊ねる事にした。
「ラティ、泉までの道順はわかったが、その前に訊いておきたい事がある」
「何やろ?」
「ここはイシュマリアでも、特別な巡礼地といわれる場所だ。となると、当然、神殿の警備というものも視野に入れなければならない。そこでだ。ラティに訊いておきたいのは、神殿の警備体制はどうなっているのかという事なんだよ。特に、その泉付近の情報を知りたい。どんな感じかわかるか?」
ラティは空を見上げ、暫し考える仕草をする。
「う~ん……ワイがいつも見ている時は、警備はしてへんかった気がするな」
「王族が来ている時はどうなんだ?」
「実はワイ、王族が来てるの見たん初めてなんや。せやから、ちょっとわからんなぁ……」
予想外にも、ラティは王族が来ているこの状況は初めてのようだ。
これは気を引き締めた方が良さそうである。
「そうか。なら、今日はかなり慎重にいったほうがいいぞ。何があるかわからんからな」
「確かに、コータローの言う通りやな……。今日は慎重にいっとこか」
「ああ、そのほうがいい。さて、それじゃあ、そろそろ行くか。あまり遅いとアーシャさん達に、何をしてたのか突っ込まれるからな」
「せやな」――
[Ⅱ]
月明かりが満足に届かない薄暗い中、俺は魔導の手を頼りに、断崖の壁からひょっこりと出た岩を飛び移って移動する。
で、ラティはと言うと、普通に空を飛んで移動しているところであった。羨ましい限りである。
まぁそれはさておき、俺達がそうやって進んで行くと、程なくして、白い光が漏れる建造物が眼下に見えてきた。もしかするとアレが、泉があるという建物なのかもしれない。
建物が見えたところで、ラティの声が聞こえてきた。
「コータロー、アレや。あの中が泉になっとるんや」
「明かりがついてるという事は……今、誰かが水浴びしてる可能性がありそうだな」
「かもな」
乙女の水浴び……燃える展開である。
今なら山吹色の波○疾走が出せそうな感じだ。
「で、どないする? このまま進むか?」
「いや、待て……ここからは慎重に行こう。とりあえず、近くで様子を探りたいから、どこかいい場所はないか?」
「ほんなら、あそこの岩陰なんてどうや」
ラティはそこで、建物からやや離れた所に位置するミニバンサイズの大きな岩へと視線を向けた。
建物と岩の距離は約50m。他に適当な場所がない事と、場所的にもまぁ悪くない位置だったので、俺はそこにする事にした。
「そうだな。あの岩の裏で様子を見よう」
「よっしゃ、ほな、行くで」
そして、俺達はその岩へ向かい、そそくさと移動を開始したのである。
岩の裏に回ったところで、俺達は息を潜めながら建物の様子をジッと窺った。
見たところ、建物の周囲には誰もいないようであった。話し声といったものも聞こえてこない。その為、シンとした静寂が辺りに漂っていた。
また、近くで見て分かった事だが、この建物には奥の方にだけ両開きの小さな窓が幾つかあり、そこから白い明かりが漏れていた。もしかすると、窓のある部分が泉なのかもしれない。ヒャッハー! 性帝様のお通りだァァ! 窓を開けろ~! ってなもんである。
まぁそれはさておき、俺は少し気になった事があったので、それを訊ねる事にした。
「今のところ、何の気配も感じられないけど、いつもこんな感じなのか?」
「いや……いつもやと、もう少し神官の出入りがあるんやけど……変やな、もう沐浴の時間やと思うのに」
「てことは、王族が来てるから、色々とバタバタしてるのかもしれないな」
「せやな。コータローの言う通りかも……ン? 誰か来たで」
ラティはそこで、ピュレナ神殿の方へ続く石畳の道に視線を向けた。
俺もそこに目を向ける。
すると、レミーラと思わしき明かりを頼りに、こちらへと進む、数名の者達がいたのである。
ここからだと距離があるので、どんな者達かまではわからなかったが、人数はどうやら4名のようだ。もしかすると、沐浴をしにきた乙女達かもしれない。
俺は空条コータローになり、ボソリと呟いた。
「ようやく、来たか。やれやれだぜ……」
「へへ、コータロー、カッコつけてるとこ悪いけど、物ッ凄い顔がニヤけてるで」
「ほっとけ。そんな事より、御一行様はもうすぐ到着だぞ」
俺達がそんなやり取りをしている内に、一行はもう、建物のすぐ近くへとやってきていた。
「全員が中に入ったら、少し時間をおいてワイ等も行こっか」
「ああ」
俺達は息を潜め、全員が中に入るのをジッと待つ。
だがしかし……ここで予想外の事が起きたのである。
なんと一行は、入口の前で立ち止まって言葉を幾つか交わした後、その中の1人だけが中へと入って行ったのだ。
そして、残った者達はというと、門番のように入口の両脇に立ち、警備についたのであった。
この予想外の展開に、俺は思わず舌打ちをした。
「チッ、警備付きかよ」
「そうみたいやな……でも、ワイがいつも見てるときは、こないな事ないんやけどな」
「なら、多分、王族なんじゃないか」
「かもしれんなぁ。王族かぁ……。王族でも、こないな所にある泉に入りに来んねや……。それは考えへんかったわ」
ラティはそう言って、残念そうに項垂れた。
俺も項垂れる。
「でも王族じゃ、覗きはちょっと厳しいな。下手すると、命に関わる。はぁ……諦めるか……」
せっかく苦労してここまで来たのに、これは少し残念な決断だが、俺も命の危険を冒してまで煩悩に身を任せるつもりはないので、諦めるしかないのである。はぁ……無念だ。
「なんやったら、今入った王族が出るまで少し粘ってみるか? その後に神官が来るかもしれへんで」
「粘るっつってもなぁ。アーシャさん達も、あまり遅いと心配するだろうからな」
「せやな……。しゃあない、諦めて戻るか」
「ああ、残念だけどな……ン?」
と、その時である。
一行がやってきた方向から、また新たな人影が1つ現れたのである。
ちなみにそれは、フードを深く被った黒いローブ姿の者であった。
「また誰か来たみたいだな」
「どうせまた、王族の護衛かなんかやろ。帰ろ、コータロー」
「そうだな、帰るか……って、ちょっと待て……なんか様子がおかしい」
そう……様子が変なのである。
なぜなら、その黒いローブ姿の者が建物の前で立ち止まったところで、入口の両脇に立つ3名の者達は、武器を抜いて詰め寄ったからだ。3名の者達は明らかに、不審者への対応をとっているのである。
「ホンマやな……なんかヤバそうな雰囲気やん」
「ああ」
建物の前は慌ただしい様相となっていた。
俺達は固唾を飲んで、その成り行きを見守った。
両者は険悪な雰囲気のまま暫し対峙する。3名の騎士達は今にも斬りかかりそうな感じであった。
そんな中、先に動いたのは、意外にもローブ姿の者であった。ローブ姿の者は、杖のような物を取り出し、3名の者達に向けたのである。
「今来た奴、杖みたいなの取り出したな。ありゃ戦うつもりやで。3人の近衛騎士相手にようやるわ。1人で勝てるつもりかいな」
「ああ、まったくだ……ン」
だが次の瞬間、俺達は異様な光景を目撃する事となったのである。
なんと、ローブ姿の者が杖のような物を上に掲げたと思ったら、詰め寄った3名の者達は事切れたかのように、突然、バタバタと地面に倒れていったからだ。
ラティも驚きを隠せないのか、目を大きく見開いていた。
「な、なんや、何したんや。突然倒れよったで」
そして、黒いローブ姿の者はというと、悠々とした足取りで、建物の中へと入って行ったのである。
この場に暫しの静寂が訪れる。
(一体何をしたんだ……魔法か……いや、魔力の放出が無いから、多分、魔法じゃない気がする。となると、あの杖の力か……わけがわからん)
とりあえず、俺は確認の為、ラティに訊いてみる事にした。
「ラティ……今のは何だ? あれも、ここでは日常的にある事なのか?」
「んなわけあるかい。ありゃ、なんかヤバい感じやで……。どうする、コータロー。ちょっと見てくるか?」
正直言うと関わり合いになりたくはないが、見てしまった以上、無視するのも後味が悪い。
(はぁ……何でこんな事態に遭遇するんだろ、俺……。ただ、誰も傷つくことなく、平和に覗きをしたいだけなのに……。仕方ない。とりあえず、中の様子を見てくるか……。だが、場合によっては戦闘もあるかもしれない。すぐに行動できるよう準備だけはしておこう……。はぁ……こんな事なら、魔道士の杖も持ってくれば良かった。とほほ……)
置いてきた魔道士の杖に少しだけ後悔しつつ、俺は重い腰を上げる事にした。
「あまり気が進まんが、仕方ない……行くか」
「ほな、行くで」
そして俺とラティは、周囲を警戒しながら建物へと近づいたのである。
[Ⅲ]
俺とラティが建物の入り口へやって来ると、そこには銀の鎧に白や赤のマントを装備した3名の女性騎士が、うつ伏せで倒れていた。
3人共、年は若く、20代から30代といったところである。結構、美人揃いであった。それから、彼女達の背中を覆うマントの中央には、神殿の外にいた騎士達と同様、光と剣をあしらった紋章が描かれていた。これを見る限り、彼女達は恐らく、王族の近衛騎士なのだろう。
それと彼女達の容体だが、呼吸をしているところを見ると、ただ単に眠らされているだけのようである。外傷もないので、今すぐ命の危険がどうこうという事はなさそうであった。
とりあえず、倒れている騎士に関して分かったのは、こんなところだ。
一応、彼女達を起こそうかとも思ったが、俺達の事は知られたくなかった為、今はこのままにしておき、次に行くことにした。
俺は手振りで中へ入る合図をラティに送ると、物音を立てないよう注意しながら、建物の中へと入っていった。ラティも俺に続く。
建物の中に入った俺達は、20m程の通路を慎重に進む。
そして、その先にある白く明るい部屋の前に来たところで、俺は通路の壁を背にしながら室内をそっと見回したのであった。
すると次の瞬間、うつ伏せになって倒れている2人の女性神官が、俺達の視界に入ってきたのである。
(あの神官達も、さっきの奴に眠らされたみたいだな……。まだここに奴がいるかもしれない。とりあえず、室内を確認しよう)
俺は周囲を警戒しながら、室内の隅々に目を向けた。
一通り見回したところで、俺とラティはホッと安堵の息を吐いた。
なぜなら、目に付く物と言えば、周囲の壁に描かれた神秘的な女神の壁画と、奥の壁に設けられた扉だけであり、あの怪しいローブ姿の者はどこにも見当たらなかったからだ。
俺は一息ついたところで、倒れている女性神官に目を向けた。
ここから見る限り、2人の女性神官に怪我は無いようだ。
また、身体が僅かに動いているところを見ると、呼吸はしているみたいである。多分、外の女性騎士達と同じで、眠らされているのだろう。
と、そこで、ラティの小さな声が聞こえてきた。
「し、死んどるんかな?」
俺も小声で答える。
「いや、呼吸はしているから、外の騎士達と同じで、眠らされているんだろう。ところでラティ、この奥はどうなってるんだ?」
「この奥は泉や。多分、さっきの奴はそこやと思うで」
「泉か……よし、行ってみよう」
俺は物音を立てないよう注意しながら、忍び足で扉の前へと向かう。
すると扉に近づくにつれ、話し声が聞こえてくるようになったのである。
扉の前に来た俺は、その話し声に耳を傾ける事にした。
【なにを……】
【……きまって……あなた……ことだ……】
話し声は男と女の声であった。
だが、ハッキリと聞き取れないので、何を話しているのかが全く分からない。
その為、俺は扉を少し開き、隙間から向こうの様子を窺う事にしたのである。
俺は扉を3cm程開き、そこから中を覗き込む。
狭いながらも向こうの様相が見えてきた。
するとそこは、白く美しい石で造られた部屋の中心に、丸い泉があるという構図の四角い大きな部屋であった。
泉の周囲には光る八本の柱が規則正しく立っており、それらの光が反射して泉は美しく輝いていた。その様子は、まるで泉自体が光を満たしているかのようである。
またその他にも、ラベンダーのような芳しい香りも漂っており、非常に清潔感の漂う空間となっていた。
隙間から見える部屋は、そんな、穢れの無い美しい所であった。が、しかし……それは普段ならば、と付け加えなければならないのだろう。
なぜなら今は、そんなモノなど微塵も感じさせない事態が起きているからである。
俺の目に飛び込んできた光景……それはなんと、漆黒のローブを身に纏う者が、泉の中にいる美しい女性を威圧している姿であった。そして、泉の中の女性はというと、青褪めた表情を浮かべながら、ジリジリと後退りしているところなのである。
俺はそこでローブ姿の者に目を向ける。が、後ろ姿しか見えないので、その表情は窺い知れない。
また、女性は逃げ道を探しているのか、険しい表情で周囲を見回しているところであった。
その緊迫した空気に、俺は生唾をごくりと飲み込む。
と、その時である。
ローブ姿の者が、不敵な笑い声を上げたのだ。
【ククククッ、幾ら見回したところで、周りは石の壁だ。逃げ道などはございませんよ、フィオナ様。さて、御覚悟はよろしいですかな。なあに、貴方には眠っていてもらうだけですよ。ただし、決して目覚める事のない、呪いの眠りですがね。クククッ】
声を聞いた感じだと、ローブ姿の者はどうやら男のようだ。
人間かどうかわからないが、とりあえずは男という事にしておこう。
ローブ姿の男は、深紫色の水晶が先端に付いた捻じ曲がった杖のような物を上に掲げると、女性に告げた。
【フィオナ様、何も心配しなくてもいいのですよ。痛くはありませんのでね。クククッ】
と、その直後、フィオナと呼ばれた女性は、ローブ姿の男に向かい、呪文を唱えたのである。
「ベギラマ!」
女性の手から炎が放たれ、ローブ姿の男はモロにそれを浴びる。が、しかし……ベギラマの炎を浴びているにもかかわらず、男は愉快そうな笑い声を発したのであった。
【クククッ、このダークローブは攻撃魔法に対して耐性があるので、その程度の魔法など恐れるに足りませんよ。さて、もう眠ってもらうとしましょうか】
女性が青褪めた表情を浮かべる中、男の持つ杖の水晶が、不気味に怪しく輝き始めた。
またそれと共に、嫌な魔の瘴気も漂いだしたのである。
直感的に、今の内に何とかしないと不味いと思った俺は、ここでラティに1つお願いをする事にした。
「ラティ、奴と戦う事になるから、外で入り口を見張っていてくれ。誰か来たらすぐに知らせるんだ。良いな?」
「お、おう、わかった。コータローも、気ぃ付けなアカンで」
「ああ」
ラティはそう言って、この部屋を後にした。
するとその直後、ラーのオッサンが小声で俺に話しかけてきたのである。
「コータローよ……我は、奴と戦うのをあまり薦めん。が、戦うのならば1つ忠告しておこう。奴の持つ杖に注意しろ。あれは恐らく、夢見の邪精を封じた呪われた武具だ。夢見の邪精に憑かれると身体を乗っ取られるぞ」
「マジかよ……このタイミングでそれを言うか……」
お蔭で決心が鈍ってきた。
だが、そんなやり取りをしている最中にも、扉の向こうに見える黒いローブ姿の男は、既に次の動作へと移ろうとしているところであった。
(チッ、不味い。あの子に杖を向けてやがる。もう悩んでる時間がない)
俺はそこで、奴に効果がありそうな魔法を行使する事にした。
扉の隙間から右手を伸ばし、男に狙いを定める。
そして、俺は呪文を唱えたのである。
「メラミ!」
直径1m大の火球が男の背中に直撃する。
火球は爆ぜ、男を包み込んだ。
男の苦悶の声が聞こえてくる。
【グァァァ! こ、これは、メラミの炎! ウガァァァ】
この様子を見る限り、多分、それなりにダメージはあったという事なのだろう。
メラミを選択して正解だったようだ。が、しかし……これで止めを刺せるほど、甘くは無いようである。なぜなら、奴自体がピンピンしている上に、炎も既に沈静化しつつあるからだ。
炎が消え去ったところで、ローブ姿の男はこちらに振り向き、怒りのこもった言葉を投げかけてきた。
【おのれェェ、何者だッ!】
(手を出した以上はやるしかない。すぐに魔法を行使できるよう、今の内に魔力分散作業をしておこう……)
俺は魔力制御しながら扉を開き、奴の前に姿を現した。
「ただの通りすがりの者だよ。その女性を眠らせようとしてたみたいだが、眠らせて何するつもりだったんだ? 悪戯でもするつもりだったのか、この変態野郎」
余裕のある言い回しで啖呵を切ったが、内心ビクビクであった。
当然である。相手は得体のしれない奴だからだ。
しかし、だからといって弱気を見せると相手を調子づかせてしまうので、この対応は止むを得んのである。どんな相手かわからん以上、必要な措置なのだ。いきなり、わけのわからん特技を繰り出されて酷い目に遭わない為にも……。
俺がそんな事を考える中、ローブ姿の男はフードで覆い隠した顔を向け、こちらをジッと窺っていた。
少しは警戒してくれているみたいである。とりあえず、余裕のある演技が功を奏したのだろう。
【……見たところ、魔法使い1人だけか……。フン、まぁいい。まずは貴様に呪いを施してやろう】
そう言うなり、ローブ姿の男は俺に杖を向けてきた。
だがしかし!
「メラミ!」
既に魔力分散作業を終えている俺は、そこで両手を奴に突きだし、メラミを2発お見舞いしてやったのである。
ちなみに、2発の内の1発は杖を持つ手に向かって放っておいた。
やはり、あんな話を聞いてしまったからには、無視することは出来ないからだ。
放たれた2つの火球は、容赦なくローブ姿の男に襲いかかる。
【なッ、メラミを2発だと! グウォォォ!】
メラミの直撃を受けたローブ姿の男は、勢いよく吹っ飛んでゆき、反対側の天井付近の壁に激突すると、床にドサッと落ちてきた。
また、男が持っていた妙な杖も、今の衝撃で吹っ飛び、部屋の片隅をコロコロと転がっているところであった。
(よし、計画通り!)
俺は内心ホッとしながら、そこで泉にいる女性に目を向ける。
すると女性は、この突然の事態に、ただただ震え、呆然と眺めているだけであった。
無理もない。俺も逆の立場なら、こうなっていただろう。
色々と説明をしないといけないのかもしれないが、まだ戦いは終わっていない。
その為、俺はローブ姿の男を注視しながら、追加のメラミを放つ為の魔力制御をすぐに始めたのである。
俺は魔力制御を行ないつつ、部屋の片隅に転がる紫色の水晶が付いた杖に目を向けた。
(奴が動き出す前に、アレを何とかした方が良さそうだ。このままにしておくと、絶対に面倒な事になる……)
そう考えた俺は、急いで杖の所へ移動する。
そして杖を手に取り、周囲の壁にある小窓の外に杖を放り投げたのであった。
すると、それと入れ替わるかのように、床に蹲るローブ姿の男がユラリと立ち上がったのである。
(ホッ……いいタイミングで危険物を処理できたようだ。グッジョブ、俺)
立ち上がったローブ姿の男は、フードで覆い隠した顔を俺に向け、静かに話し始めた。
【貴様、ただの魔法使いではないな……一体、何者だ。どうして此処に、貴様のような輩がいる】
「俺か? 俺は、ただのコック……じゃなかった。ただの通りすがりの魔法使いさ」
【通りすがりの魔法使いだと……フン、まぁいい。貴様が誰であろうと、その辺の魔法使いではない事に変わりはない。それならば、こちらにも考えがある】
男はそう言って、懐から煙のようなモノが渦巻く、黒い水晶球を取り出した。
だが俺はその水晶球を見た瞬間、思わず目を見開いたのである。
(あ、あの黒い水晶球……以前どこかで……あ! ま、まさか……)
俺は驚愕した。
なぜならその水晶球は、以前遭遇したザルマというラミリアンの男が持っていた物とそっくりだったからだ。
俺の脳裏に、あの時の最悪な記憶が蘇ってくる。
【油断したよ……。まさかこれを使う事になるとはな。できれば使わずに事を済ませたかったが、貴様のような奴には、こちらも本来の力を出さねばなるまい……ムン!】
と、その直後、ザルマの時と同様、男の周りを黒い霧が覆い始めたのである。
恐らく、魔物に変身するのだろう。
とはいえ、ザルマの時は変身するのに結構時間が掛かっていた。それを考えると、今の内にメラミをお見舞いしたほうがいいのかもしれない。
(やるなら今か……って、え?)
などと考えていた、その時である。
なんと、予想よりも早く黒い霧が消え去り、男が纏っていた黒いローブが宙を舞ったのであった。
男は真の姿を晒けだした。
「なッ!?」
「そ、その姿は魔物ッ!? なぜ、魔物がこんな所にッ!」
女性も目を見開き、困惑の表情を浮かべていた。
だがしかし……俺は魔物に変身した事も然る事ながら、その姿に驚いたのである。
俺が以前プレイしたドラクエで、見た事がある魔物だったからだ。
黄土色の肌をした人のような姿に、背中には蝙蝠を思わせる翼。髪の無い頭部には、裂けた口と尖った長い耳に加え、こちらを睨みつける蛇のように鋭い目。右手には鋭利なナイフと、左手にはしなる鞭。一言で言うなら悪魔の姿をした魔物である。
そう……ドラクエⅢのラストで出てきたあの魔物が、そこにいたのだ。
俺は思わず、その名を口にしていた。
「その姿……もしかして、バルログかッ!?」
魔物は俺の言葉に反応する。
【何ッ!? 貴様……魔の世界の奥底に住まう、我が種族の名をなぜ知っている。貴様、一体何者だッ!】
少し余計な事を言ったみたいだ。が、俺は今それどころではなかった。
なぜなら、この魔物が持つ非常に嫌な能力を思い出したからである。
(そ、そういえば、こいつ……確か、ザラキを頻繁に使ってきた気がする。ヤ、ヤバい、あんな魔法使われたら、死ぬ可能性が大アリだ! ドラクエⅢだと、マホトーンが効きやすかった筈。は、早く封じないと! というか、同じ設定であってくれぇ)
俺はそう結論するや否や、祈るような気持ちで魔力分散の終わった両手を前に突き出し、問答無用でマホトーン2発を奴に放ったのである。
「マホトーン!」
その刹那、黄色い霧がバルログの周りに纏わりついてゆく。
そして俺は、その様子を見届けたところで、ホッと安堵の息を吐いたのであった。
この黄色い霧は、マホトーンが成功した証だからだ。
バルログが忌々しそうに口を開く。
【チッ……まさか、先手を打ってくるとはな。死の呪文で手っ取り早く始末しようと思ったが、仕方ない。ならば、俺もこれを使うまで……ガァ】
バルログはここで予想外の行動に出る。
なんと、口の中から黄色い玉を吐きだしたのである。
(こ、この黄色い玉も見覚えがあるぞ。まさか……)
【クククッ、魔法使いなんぞ、これを使えば遅るるに足らぬわ】
バルログはそう言って黄色い玉に魔力を籠めた。
するとその直後、玉から黄色い霧が噴き出し、辺りに漂い始めたのである。
(恐らくこの霧は……とりあえず、試してみよう……)
俺はそこで、試しにピオリムを小さく唱えた。
しかし、変化はまるでなかった。
そして俺は理解したのである。
これはザルマが使った呪文を無効化させる、あの霧だと……。
薄く黄色い霧が辺りに満ちたところで、バルログは口を開いた。
【クククッ、さて、お前を始末する準備は整ったようだ。これで、お前をなぶり殺してやれる。覚悟するんだな。クククッ】
「呪文無効化の霧ってやつか。……用意周到だな」
【その通りよ。念の為に持ってきたが、まさか使う事になるとは思わなかった。それだけお前が予想外だったという事だ。だが、それも一時的なもの。魔法の使えぬ魔法使いなんぞ、取るに足らぬ存在。もうお前は死ぬしかないのだからな。クククッ、そういうわけだ。とりあえず、死ねェ!】
バルログはそう言うや否や、物凄いスピードで飛び掛ってきた。
「チッ」
俺は咄嗟に横へと飛び退いた。
だが、バルログの攻撃が予想外の速さだった為、俺は避けきれず、鞭を左肩に受けてしまったのである。
その瞬間、バチンッという音と共に、刺すような激痛が俺の身体を走り抜けた。
「グアッ!」
俺は左肩に右手を当て、バルログに目を向ける。が、しかし、バルログはもう次の行動に移っていた。
なんと、バルログは既に間合いを詰め、右手に持ったナイフを俺に突き刺そうとしていたのである。
(ま、不味いッ! 生身の身体能力は俺よりもかなり上だッ)
この事実を前に、俺は無我夢中で魔導の手に魔力を籠めた。
そして、反対の壁にある小窓に見えない手を掛け、自分を引っ張る形で素早く移動したのである。
その刹那、奴の振るうナイフが空を切る。
俺はそこで、ホッと息を吐いた。が、ホッとしたのも束の間であった。
バルログは俺の動きに合わせて宙を飛び、上空から鞭を振るってきていたからだ。
(なんつう速さだッ、クソッ)
俺はまた魔導の手に魔力を籠め、同じような要領で素早く移動した。
すると即座にバルログも俺の後を追ってくる。
俺はそうやって、奴の攻撃を避け続けた。
そして、そんないたちごっこを何回か続けたところで、ようやくバルログは動きを止めたのである。
バルログは面白くなさそうに口を開いた。
「チッ……なるほどな、魔導の手とかいうやつか……面倒臭い奴め。だがこれ以上、俺も貴様とのお遊びに付き合うつもりはない。そろそろ終わりにさせて貰おう。クククッ】
バルログはそう言うと、バサバサと羽根を広げて飛び上がり、泉につかる女性の方へと向かった。
(人質戦法かッ)
奴の思惑を瞬時に理解した俺は、急いで魔導の手に魔力を籠め、女性へと見えない手を伸ばした。
「キャア!」
俺は魔導の手に籠める魔力を強め、泉から女性を持ち上げた後、こちらへと一気に引き寄せた。
女性は白く美しい素肌をしており、豊かな胸元と、張りのある引き締まったお尻が印象的であった。
だが女性はこんな時にも関わらず、胸と股間に手を伸ばして肝心な部分を隠していたのである。これは少し残念であった。とはいうものの、俺も流石に今の状態で、エロモードにはなれんが……。
ま、まぁそんな事はさておき、俺は女性を足元に降ろすと、とりあえず、後ろに行くよう指示した。
「すいません、無礼な真似をして。でも今は緊急事態です。すぐに俺の後ろへ回ってください!」
「は、はい」
全裸の女性は、慌てて俺の後ろに移動する。
そして、俺は奴の出方を窺いながら、腰に装備する魔光の剣に手を掛けたのである。
バルログは怒りで、プルプルと身体を震わせているところであった。
【お、おのれェェェ、小賢しい奴めェ! 必ず殺してやる。殺してはらわたを食らいつくしてやる!】
相当頭に来ているようだ。が、これでいい。
戦いというのは基本的に、冷静さを失った時点で負けだからである。つまり、今が攻め時という事だ。
それに、俺の魔力量を考えると、これ以上逃げ回るのは得策ではない。なので、ここはどうでも打って出る必要があるのである。
そう……魔導の手によって奴の身体能力と渡り合えるようになった俺は、あくまでも一時的なものだからだ。魔力が尽きた時点でゲームオーバーなのである。
だがとはいうものの、普通に攻めたのでは上手くいかないのは明白であった。
なぜなら、奴の身体能力と魔導の手を使った俺は、ほぼ互角だからである。
闇雲に魔光の剣で攻撃しても避けられる可能性が高いのだ。
おまけに魔光の剣は、そう何回も使える代物ではない。使うならば、一撃必殺の要領でないと駄目なのである。使用者の魔力はあっという間に枯渇してしまうからだ。
では、それらの問題点をどう改善するのか? という事だが、実はついさっき、俺は魔導の手の新しい使い方を閃いたのである。
そして、それを実行に移すべく、俺は奴に向かい、魔導の手を装備した左手を突きだしたのであった。
魔導の手の新しい使い方とは何か……。
それは魔力圧を上げて、魔導の手で奴を引き寄せるという事である。更に言えば、俺自身も強い力で奴に引き寄せられるという事……。
つまり、魔導の手を磁石のように使う事であった。
俺は魔導の手に思いっきり魔力を籠め、奴に見えない手を伸ばすと、一気に引き寄せるようイメージした。
するとその直後、奴だけでなく、俺自身もその力によって引き寄せられる。
俺達は物凄い速さで間合いが縮まっていた。
奴の慌てる声が聞こえてくる。
【な、何ィッ! なんだこの力はッ!?】
奴はこの突然の出来事に慌てていた。
しかも奴は、俺との間合いが詰まっているのにも関わらず、武器を振るう事すら忘れている状態だ。
(今が勝機!)
そう考えた俺は、魔光の剣に魔力を籠め、光の刃を出現させる。
そして、奴と泉の真上で交差した次の瞬間、俺は魔光の剣で、バルログの胸元を横に薙いだのであった。
【ギギャァァァ!】
その刹那、奴の身体は胸から2つに切断され、ドボドボと泉に落下する。
そして俺は、魔導の手を使って床に降り立ち、水面に浮かぶバルログの哀れな姿に目を向けたのである。
水面に浮かぶ奴の切断面からは、どす黒い血液が溢れており、泉は黒く濁り始めていた。
先程までの神々しく光る泉は、もはや、見る影もない状態である。
俺は泉の縁に行き、バルログの最後を見届ける事にした。
仰向けになって泉に浮かぶバルログは、忌々しい目で俺を睨みつけると、吐血しながら息も絶え絶えに言葉を発した。
【グボッ……ば、馬鹿な……なんでお前なんかに……ガハッ…も、申し訳ありません…………ア……イア……サマ……】
それを最後にバルログは息を引き取った。
そしてシンとした静寂の時が、この場に訪れたのである。
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