Dragon Quest外伝 ~虹の彼方へ~
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Lv25 無垢なる力の結晶
[Ⅰ]
ヴァイロン達兄妹はリレミトを唱えて脱出してしまった。
これはハッキリ言って想定外の出来事だったので、俺は悔やんだ。が、今更そんな事をいったところで、もうどうしようもない。その為、俺は今しなければならない事へと、無理やり、意識を切り替えた。
奥の空洞へと続く通路入口に視線を向けると、リレミトでヴァイロン達兄妹が脱出したにもかかわらず、大量の魔物が、今も尚、この空洞内へと入って来ようとしていた。
そして、俺とリジャールさんを除いた他の者達は、それらの魔物を倒すべく、今まさに、戦闘をしている真っ最中なのである。
武器を振るう度に発せられる掛け声や、呪文の詠唱が空洞内に響き渡る。
「でやッ」
「ヤァッ」
「ベギラマ」
「ハッ」
「ヒャダルコ」
「バギ」
「ラリホー」
「セイッ」
「ベホイミ」
また、それが聞こえる度に、振るわれた剣や槍に斧が魔物達の身体を引き裂き、そして魔法が襲いかかるのである。
だがしかし、今の戦況はあまり良いとは言えない状況であった。
なぜなら、魔物達を幾ら倒しても、新たな魔物が次々と奥から現れ、休む間もなく、襲い掛かってくるからだ。
流石のカディスさん達も疲れてきたのか、武器を振るう鋭さが鈍くなってきていた。
その所為か、次第に討ち漏らす魔物も少しづつ出始めており、その討ち漏らした魔物は包囲網を抜けて、空洞内へと入ってきているのである。
それらの魔物は全て骸骨であったが、次第に数も増え、既に6体となっていた。
しかも不味い事に、後方支援しているアーシャさんやサナちゃんの所に、そいつ等が迫っていたのである。
(チッ、嫌な所に出てきやがった……流石に数が多いから、リジャールさんにも少し手伝ってもらうか……)
「リジャールさん、レミーラ以外の魔法って何が使えますか?」
「儂が使えるのはメラとギラとイオと、それからマヌーサとマホトーンに、ピオリムとホイミとスカラじゃな。まぁこんだけじゃ。ヴァルのように強力な魔法は使えぬから、期待はするなよ」
「それだけ使えれば十分です。ではまず、ピオリムをお願いします」
「わかった。ピオリム」
その直後、俺達の周囲に緑色の霧が纏わりついてくる。
俺はそこで、魔力を両手に分散させ、スカラを自分とリジャールさんに掛けた。
「スカラ」
俺達の周りに今度は青い霧が纏わりつく。
「ほう……お主、魔力分散が出来るという事は、相当、ヴァルに仕込まれておるの」
「そうっスか。まぁそれはともかく、今から俺は彼女達に加勢をしますんで、援護をお願いします」
「うむ、わかった」
と、その時であった。
骸骨達がアーシャさんやサナちゃんに視線を向け、移動を開始したのである。
それに気付いたアーシャさんとサナちゃんは、険しい表情で後退った。
(どうやら、2人にロックオンしたみたいだ……早くなんとかしないと……)
俺は咄嗟にベギラマを使おうと魔道士の杖を前に向けた。が、ここで頭の痛い事が出てきたのである。
それは、魔物達の位置であった。都合の悪い事に骸骨達は、俺と彼女達との間を妙にバラけながら移動しているので、ベギラマを放っても精々2体くらいにしか効果が見込めないのだ。つまり、ゲームでいう3グループに分かれているのである。
それもあり、俺は一瞬イオラを使おうかとも思ったが、落盤の危険があるので流石に思いとどまった。
(何かいい方法はないか……ア!?)
と、そこで、俺はある事を思い出した。
それは、俺がベルナ峡谷で魔物と実戦訓練していた時に使っていた、雑魚掃討用の剣技の事であった。
しかしその技には1つ難点があって、周囲に味方がいると同士討ちになる危険性があるのである。
俺は悩んだ。が、今はお誂え向きにも骸骨の周囲に味方はいない状況である。
その為、俺はその剣技を使う事に決め、「ではリジャールさん、援護をお願いしますッ」と、一言告げた後、魔道士の杖を放り、急いで駆け出したのであった。
ピオリムでスピードの増した俺は、全力疾走で前方にいる骸骨達を追い抜くと、素早く奴等の進行方向に回り込む。
そして、骸骨達に間合いを詰めながら、腰に備えた魔光の剣を手に取った。
俺はこいつ等を一撃で葬る為に、やや強めに魔力を籠めて光の刃を出現させると、まず先頭の骸骨からそれを見舞った。
右手の魔光の剣を骸骨の脳天に真っ直ぐ振り降ろして両断すると、その勢いを利用して、身体をコマのようにクルリと回転させながら、前方へと移動する。そこで後ろ手に魔光の剣を持ち替え、且つ、剣自体も回転させながら、迫り来る骸骨共を切り刻んだのだ。
不規則な弧を描きながら容赦なく襲いかかる光の刃は、骸骨の頭や胴や手足を次々と切断してゆく。
そして6体目の骸骨を斬って捨てたところで、俺は光の刃を仕舞い、彼女達の元へと急いで駆け寄ったのであった。
そんなわけで今の剣技だが、実はこれ、映画・スターウ○ーズ・エピソード3のラストバトルで、ア○キン・スカイウォーカーが使ってた剣舞を参考にした技だ。
舞うように斬りつけるので結構優雅な技だが、俺の中では雑魚掃討用という位置づけになっている。なので、強大な敵が出てきた場合は、あまり使う事はなさそうな剣技の1つであった。
しかも今の未熟な俺では、敵味方関係なく斬りつける可能性がある為、使用場所が非常に難しい技でもあるのだ。
俺がベルナ峡谷で戦闘訓練をしていた時は1人だったので、周囲を気にする必要はなかったが、流石に仲間がいる状況では使用を控えざるを得ないという、禁断の剣技なのである。
おまけに雑魚掃討用とはいえ、魔物によっては魔力消費も凄い。
今のでもベギラマ3発分くらいの魔力を籠めたと思うので、魔力消費を考えると、そうそう乱用できる技でもないのだ。
ちなみにこの剣技、一応、仮の名を『ジェダイ風・さみだれ剣』と俺は勝手に名付けている。
勿論、ダサいネーミングなのは重々承知してるが、如何せん、この名前しか思いつかなかったのだ。
もう少し腕が上達したら、ちゃんとした正式名称を付けようとは思っているが、いつになるかは今のところ未定である。
というわけで話を戻そう。
俺が駆けよると、2人は安堵の息を吐いた。
「流石ですわ、コータローさん。助かりました」
「ありがとうございます、コータローさん」
アーシャさんはそこで、魔光の剣に視線を向ける。
「それにしても……この間もそうでしたが、その光の剣て凄い切れ味ですわね。どういう魔導器なのか興味がありますわ」
アーシャさんは、興味津々といった感じであった。
「まぁ確かに強力なんですが、その分、燃費は悪いんですよ……って!?」
と、その時である。
なんと、サナちゃんの横に、首の無い骸骨が突然現れ、剣を振り上げたのだ。
勿論、サナちゃんは骸骨に気付いていなかった。
(先程の攻撃で仕留めきれなかった奴に違いない……)
俺は慌てて、サナちゃんを左手で抱き寄せた。
「キャッ!」
サナちゃんはビックリしてたが、今はそんな事を言ってる場合じゃない。
俺はそこで魔光の剣をもう一度発動させ、止めの逆袈裟斬りを骸骨に放った。
その刹那、光の刃が斜めに一閃し、骸骨の胴体は崩れ落ちる。
そして、骸骨が動かないのを確認したところで、俺はホッと一息吐いたのである。
「ふぅ……危なかった。まだ動けたとはね……俺も油断してたよ。怪我はないかい、サナちゃん?」
俺はそう言って、サナちゃんに視線を向けた。
するとサナちゃんは、頬を赤く染めながら俺を見上げていた。
「あ、ありがとうございます……コータローさん。また、助けてもらいました……」
「いいよ。気にしない、気にしない」
俺はサナちゃんの頭を優しく撫でた。
と、そこで、リジャールさんがこちらにやって来た。
「コータロー……お主、中々やるのぅ。儂が援護するまでもなかったわい。しかし、コータローのその武器、もしや……って、今はこんな事言っとる場合じゃない! まずは魔物じゃ!」
リジャールさんは慌てて、通路入口で戦闘をしているカディスさん達に視線を向けた。
「ええ、話は後ですッ。今は魔法で皆を援護しないと。じゃあ行くよ、アーシャさんにサナちゃん」
「は、はい」
「ですわね」
というわけで俺達は急ぎ、カディスさん達に加勢したのである――
それから約30分後……俺達はようやく、魔物との戦闘を終わらせる事ができた。
大きな怪我を負う者はいなかったが、通路の奥から怒涛の如く押し寄せる魔物に、皆もうヘトヘトといった感じであり、余裕のある表情を浮かべる者などは皆無であった。
特に最前線で魔物達と激闘を繰り広げていたカディスさんやネストールさんにドーンさん、そしてレイスさんにシェーラさんは相当草臥れたようで、5人は今、周囲に転がる瓦礫の上に腰かけながらゼーゼーと肩で息をしているところであった。
まぁこうなるのも無理はないだろう。なぜなら、俺が思っていたとおり、奥から現れた魔物は凄い数だったからである。
腐った死体が20体はいたので、十字路に待機させる残りの魔物は、その3倍の戦力が必要だと俺は見積もっていた。が、実際はそれ以上の数だったのだ。
魔物自体は骸骨やデスジャッカルのような比較的弱いアンデッドモンスターであったが、数にして70体~80体はいたのである。
幾ら雑魚とはいえ、流石にこれだけの数を連続でとなると、非常に厳しいものがあった。
おまけに1つの方向からでもこれなのだから、もし何も知らないまま奥の空洞まで進んでいたならば……と考えると、背筋に寒いモノが走るのであった。
そして俺はつくづく思ったのである。奴等の思惑を早めに気付けて良かった、と……。
戦闘を終えた俺達は、疲労を回復する為、暫し休憩をする事になった。
俺もクタクタだったので、付近にある大きな瓦礫の1つに腰かけ、暫し休むことにした。
(ふぅ……疲れた……雑魚とはいえ、連チャンはキツイわ……)
などと考えていると、リジャールさんがそこで、俺に話しかけてきた。
「コータローよ。それにしてもお主、よくあの兄妹の事を見破ったの。儂は完全に信じてしまってたわい」
「本当よ。私も全然気づかなかったわ。おまけに、あの死体に前もって油をかけてたなんて……コータローさんやるじゃない」とゾフィさん。
「ああ、全くだ。コータローさんが気付かなかったら、俺達ヤバかったよな。それに、あのまま奥の空洞に進んでいたら、多分、無事じゃすまなかったぜ」
ドーンさんはそう言って、奥の空洞へとつながる通路に視線を向けた。
「まぁ運よく気付けただけですよ。でも、ドーンさんの言うとおり、このまま進んでいたらかなりヤバかったでしょうね。奴等は恐らく、俺達を十字路になった奥の空洞へ誘い込んだ後、四方の通路に待機させてある魔物を使って始末する計画だったんだと思います。そしてしくじった場合は、通路入口の扉を閉じる事によって左側の通路から吹く外気を遮断し、俺達を中毒死させるつもりだったんでしょう。毒の沼から発せられるガスを利用してね」
リジャールさんは、唸りながら腕を組む。
「むぅ……そういう事か。確かにそれじゃったならば、お主が言っていたように、奥の空洞でなければならぬの。そうか、二重の罠を張っておったのか……」
「でも、今のはあくまでも俺の想像ですので、本当のところはどうかわかりません。ですが、魔物を操れる距離に限界があると考えると、ヴァイロン達の回りくどい行動も全て納得ができるんですよ。彼等も出来る範囲の事で、これらの計画を立てたと思いますからね」
「ふむ、確かにの。となると、あの毒を吐く死体の魔物は、儂等を坑道に近づけぬようにする為のものじゃったのじゃな。毒を撒き散らす魔物は脅威じゃからのぅ」
「恐らく、そうでしょう。毒消し草は少々高価な上に、キアリーの使い手も少ないですからな。毒を持つ魔物というだけで、我々冒険者ですらも嫌な気分になりますよ」と、カディスさん。
「全くだぜ。体が丈夫な俺も、毒だけはどうにもなんねぇからな」
と、そこで、アーシャさんが俺に訊いてくる。
「コータローさん。そういえば、あの兄妹達はどこに行きましたの?」
「それなんですけど、あの兄妹はリレミトとかいう呪文を唱えて、この坑道内から消えたんです。多分、古の転移魔法の一種だと思うんですが……つまり逃げられたという事でして……すいません、俺も油断してました」
リレミトについては、知らないふりをしておいた。
なぜなら、ヴァロムさんから魔法の種類について教えてもらっていた時、リレミトなんて魔法は出てこなかったからである。
「そういえばエンドゥラスは、古の魔法を2つ3つ使えると聞いた事があります。という事は、リレミトもその類の魔法かも知れませんね」と、サナちゃん。
リジャールさんは頷く。
「うむ、多分そうじゃろう。それとリレミトじゃが……恐らく、建物や洞窟内に立ち入った際、一気に外の入口へと脱出する魔法かもしれぬな」
「え? 知っているんですか?」
意外な言葉が出てきたので、俺は思わず訊き返した。
「いや、知っておるというほどのモノではないわい。儂はその昔、古代の文献で、その記述を見た事があるというだけじゃ。じゃが、これが正しいならば、奴等はもう坑道の外じゃろうな」
リジャールさんの言ってる事はゲームなら正解である。
しかし、この世界でも同じかどうかわからないので、今のところは保留にしておいた方がよさそうだ。
と、そこで、今まで静かにしていたカロリナさんが口を開いた。
「でも変じゃない? ……あの兄妹が魔物を操っていたのは間違いなさそうだけど、いなくなった後も魔物達は動いていたわ。どういう事なのかしら……」
ゾフィさんもそれに同調する。
「確かに、カロリナの言うとおりよね。コータローさんはどう思う? 貴方の意見を聞きたいわ」
「それについては、多分、退却間際にヴァイロンが床に投げつけた黒い水晶球が原因だと思います。事実、アレが割れた瞬間、この空洞内に禍々しい魔の瘴気が漂いだしたのを俺も感じましたからね。そのお蔭もあって、魔物達は水を得た魚のように動けたんだと思います」
リジャールさんは頷く。
「うむ、多分そうじゃろう。儂もその瞬間を見ていたのでな。じゃが今にして思えば、あれは儂等をここに足止めして逃走時間を稼ぐ為のものだったのじゃろう。出来るだけ遠くに逃げる為にの……」
「ええ、俺もそう思います。ですが、もしそうならば、今の内に入口の警備強化をしておいた方がいいかもしれませんね。また魔物を率いて、ここにやってくる可能性がありますから」
「確かにそうじゃな」
リジャールさんはそこで、カディスさんに視線を向けた。
「カディスよ、お主達5名も入口の警備に当たってくれぬだろうか? 外にいる者達では心もとないのでな」
「護衛は、コータローさん達がされるのですね?」
「うむ、もう坑道内に魔物はおらぬか、いても少しじゃろうからの」
「わかりました。ではネストールにドーンにゾフィにカロリナ、我々も入口へ向かうぞ」――
[Ⅱ]
カディスさん達が去ったところで、俺はずっと思っていた疑問を切り出すことにした。
「リジャールさん。少し訊きたい事があるのですが、今、良いでしょうか?」
「なんじゃ、言ってみよ」
「では単刀直入に訊かせてもらいますが、リジャールさんは魔物達がこの坑道の中で何をしているか、もしかすると、薄々気付いていたのではないですか?」
リジャールさんはそれを聞いた途端、目を閉じて無言になった。
それから暫しの沈黙の後、静かに口を開いたのである。
「気付いておったか……いや、妙に鋭いお主の事じゃから、この坑道に入った時点でわかっていたのじゃろう。あの時、魔物と一番最初に遭遇したのは儂じゃないかと、訊いてきたくらいじゃしな」
「ええ……実は昨日、依頼を聞いた時に、少し引っ掛かっていたんです。リジャールさんはあの時、魔物退治ではなく、坑道調査の護衛をお願いしたいと言ってましたのでね。それに加え、俺達が案内されたあの部屋には沢山の鉱石などが置かれていた事と、この坑道に来るまでの森の道は人が頻繁に行き来きするような道ではない事、そして通路床の足跡について訊ねた時、リジャールさん自身が村人の出入りはないと言っていたので、この坑道に用がある人となると、消去法でリジャールさんくらいしか思い浮かばなかったんですよ。おまけに魔物達は村の中ではなく、坑道内に棲みついたとリジャールさんも言ってましたしね。だからそういう結論に達したんです」
「なんじゃ、その時からか」
今の話を聞くなり、リジャールさんはキョトンとした表情になった。
すると、次の瞬間、豪快に笑いだしたのである。
「カッカッカッ、まったく、お主はという男は目ざとい奴じゃのぅ。いや、冷静に物事を良く見ていると言うべきか。まぁええわい。それはともかく、先程の質問じゃが、お主の推察通りじゃ」
「やはりそうでしたか」
リジャールさんは頷くと続ける。
「実は今から10日ほど前、一度だけ、儂とカディス達は坑道内に足を踏み入れたのじゃが、その時、坑道の奥から岩を削るような音が聞こえてきたのでな、もしやと思ってたんじゃよ。まぁでもその時は、魔物が吐く毒の息に当てられて酷い目に遭ったもんじゃから、すぐに退却したがの」
事情は大体分かったが、まだ1つ引っ掛かっている事がある為、俺はそれを訊ねる事にした。
「ではもう1つ訊きますが、リジャールさんはヴァイロン達兄妹の目的が何なのかを知っているのですね?」
だがリジャールさんは頭を振る。
「さぁの……そればかりはわからぬ。じゃが、儂と同じモノを探していた可能性は十分にあるじゃろうな……」
と言うと、リジャールさんは少し目尻を下げ、悲しげな表情を浮かべたのであった。
どうやら、この表情を見る限り、何か色々と複雑な事情があるようだ。
「あの……差支えなければ、聞かせてもらえないでしょうか?」
俺の言葉を聞き、リジャールさんは探るような眼で俺達を見てゆく。
程なくして、リジャールさんはゆっくりと首を縦に振った。
「わかった……話そう。じゃが、他言は無用じゃぞ」
俺達はそこで顔を見合わせると、互いに頷く。
皆を代表し、俺が返事をした。
「他言はしません。皆、口は堅いので安心してください」
「うむ。では話そう……」
そしてリジャールさんは目を閉じ、静かに話し始めたのであった。
「モルドの谷を抜け、バルドア大平原を王都方面に向かって進んで行くと、ルーヴェラという大きな街があるのじゃが、そこに儂の嘗ての弟子であるフレイという名の男が住んでおった。フレイとは30ばかり歳が離れておったが、非常に優秀な弟子でな、錬成の腕前は師である儂に勝るとも劣らずといったところじゃ。まぁそれもあってか、儂等は師弟というよりも友人といった方がしっくりくる関係でもあった。で、そのフレイにじゃな、儂はヘネスの月の中頃、ルーヴェラとガルテナ間を行き来するドラキー便で書簡を送ったのじゃよ。内容は、儂等が長年探し求めている『無垢なる力の結晶』についての事じゃ。じゃがの……それから10日ばかり経った頃じゃった。フレイは何者かに殺されてしまったのじゃよ。しかも、自分の家での」
「殺された……」
なにやらキナ臭い殺人事件だが、今はとりあえず、リジャールさんの話を聞こう。
リジャールさんは頷くと続ける。
「ああ、殺されたのじゃ。で、話を戻すが、当時、儂はそれを人づてに聞いたもんじゃから、急いでルーヴェラへと向かった。勿論、事の真偽を確かめる為にの。……じゃが、結果は噂の通りであった。儂がルーヴェラを訪れた時には、もう既に葬儀も終わっており、フレイは墓の中だったのじゃよ。……儂は墓前で友人の死を悲しんだ。こんな老いぼれよりも先に逝ってしまいよって……とな。じゃがの、そこで少し引っ掛かるところがあったのじゃ」
「引っ掛かる事?」
「うむ。それはの、フレイが殺される理由が分からなかったのじゃよ。フレイは恨みを買うような男ではなく、人の良い男じゃったからの。じゃから、儂はその理由が知りたかった為、近所の者達に色々と事情を訊いて回り、それから殺害現場であるフレイの家の中を少し調べる事にしたのじゃ。儂はフレイの部屋を念入りに調べた。じゃが、手がかりになるような物などは何も出てこなかった。そして、もうそろそろ引き上げようかと思った、丁度その時じゃった。机の上に無造作に置かれた封筒が儂の目に飛び込んできたのじゃ。ちなみにそれは、以前、儂がフレイに宛てて送った書簡の封筒であった。儂はそれを手に取って確かめたが、中は空っぽであった。じゃが、アレはあまり人目に触れさせるのは不味いので、儂は慌てて書簡を探したのじゃ。しかし……幾ら探せども、儂がしたためた書簡は見つからなかった。その為、儂は諦め、とりあえず、ルーヴェラを後にしたのじゃよ。そして……それから10日くらい経ったある日の事……儂が村の者1人を連れて坑道にやって来た時じゃった。そこで儂は、あの死体の魔物と初めて遭遇したのじゃ。そこから後はもう、お主も知っている通りの展開じゃ……」
リジャールさんはそう言って、大きな溜め息を吐いた。
「そうだったのですか。つまりリジャールさんは、以前、坑道に踏み込んだ時に聞こえてきた掘削の音を聞いて、したためた書簡の内容が漏れたのでは……と考えたわけですね?」
「ああ、その通りじゃ。でなければ、この採りつくしたラウム鉱採掘跡に、わざわざ採掘しに来るなんて事はないからの」
「確かにそうですね……。ちなみにですが、送った書簡には具体的にどんな事を書かれたのですか?」
「掘削の資金が出来た事や、掘って行くルート、それと大まかな計画じゃ」
これで事情は飲み込めたが、俺は気になった事が幾つかあった為、それを訊ねる事にした。
「リジャールさん、先程、無垢なる力の結晶という言葉が出てきましたが、それは一体何なのですか?」
「無垢なる力の結晶……これはな、儂等、錬成技師の間では幻の錬成素材と呼ばれているモノじゃ。イシュマリア誕生以降、未だ嘗て誰もそれを見た者はいないと云われておる」
「幻の錬成素材という事は、恐ろしく貴重な上に、採取が極めて難しい素材なんでしょうね」
「うむ、その通りじゃ」
初めて聞く名前であった。が、ここで、ラーのオッサンが言っていたヴァナドリアムという単語が俺の脳裏に過ぎる。
しかし、今はリジャールさんの話を聞くのが先決なので、とりあえず置いておく事にした。
リジャールさんは続ける。
「儂は若い頃、ラミナスのコムンスールにて魔法錬成の技法を学びに行っていた事があるのじゃが、そこで儂は『賢者の石』を作り上げたという、古の賢者エリュシアンが書き記した古代文献を目にする事があったのじゃ。それにはこう書かれておった――無垢なる力の結晶を見つけし者は、大いなる力を得ることが出来よう。しかし、手にしようとする者は心得るがよい。初めて手を触れる者の魂が邪悪なる存在だったならば、邪悪なる力の結晶へと変わり、初めて手を触れる者の魂が善良なる存在だったならば、善良なる力の結晶へと変わるであろう。無垢なる力は初めて手にする者が、その運命を決める――とな。まぁ儂も実際に見たわけではないので、どういうものなのかは流石にわからぬが、要は、初めて手に触れた者次第でどうにでも変わる力の結晶という事なのじゃろう」
と、そこで、サナちゃんの驚く声が聞こえてきた。
「リ、リジャールさんはコムンスールで学んでおられたのですか?」
「サナちゃん、コムンスールって、何?」
「コムンスールは、ラミナス最高の魔法技術研究機関の事です。相当優秀な者でないと、その門を潜れないとも言われておりますから、リジャールさんは凄い方なんだと思います」
「まぁ儂の場合はラミナスの者達とは少し事情が違うわい。イシュマリア王の命令で、学びに行っていた身分じゃからな」
リジャールさんはこう言っているが、エリートばかりの研究機関に派遣されるという事は、相当優秀な筈だ。ボンクラをそんな所に行かせるわけないだろうし……。
まぁそれはさておき、俺は質問を続けた。
「話を戻しますが、リジャールさんは、その無垢なる力の結晶とやらを見つけたのですか?」
リジャールさんは頭を振る。
「いや、見つけたわけではない。じゃがの、そうではないかと、儂は見ておるんじゃよ」
「という事は、何か根拠があるんですね」
「うむ。儂とフレイは今から20年前、魔鉱石についてイシュマリア城で調べていた時に、ある事実に気が付いたのじゃよ。それは賢者エリュシアンが無垢なる力の結晶を探し当てた時の状況と、このガルテナの状況が酷似しておるという事じゃ。それからというもの、儂等は、このガルテナのラウム鉱採掘跡について色々と細かく調べ始めた。じゃが、年月が経つにつれ、古い文献や僅かな期間の現地調査で得られる情報では、もう限界が来ておったのじゃ。その為、儂は今から15年前、年齢を理由にイシュマリア城直属の魔法銀錬成技師の職を辞すると、こちらに移り住み、フレイはその3年後にルーヴェラへと移り住むことによって、儂等は本格的な現地調査を開始したのじゃよ」
今の話で少し引っ掛かった部分があったので、俺は訊ねた。
「フレイさんは何故、ここには住まなかったのですか?」
「それは決まっておろう。儂等は秘密裏に事を進めていたからじゃよ。王家に仕えていた錬成技師である儂等が、こんなガルテナの山奥に揃って住んでおるのは流石に怪しまれるからの。特にガルテナは、儂が移住してきた時ですらも、驚く者がおったくらいじゃ。だから、その辺の配慮はせねばならんかったのじゃよ」
「ああ、そういう事ですか、なるほど」
確かにそういった事情ならば仕方ないだろう。
リジャールさんは続ける。
「まぁそういうわけで、儂等はこうして調査を開始したわけじゃが、地道に進めてきた事もあり、調査には年月が掛かった。しかし……今から遡る事約1年前、儂等はようやくその決め手となる、ある事実を発見したのじゃ。じゃが、ここで大きな問題が出てきた」
「大きな問題?」
するとリジャールさんはコメカミをポリポリかきながら、恥ずかしそうに話し始めたのである。
「それが実はのぅ……掘削する為の資金が足りなかったんじゃよ。いや、ある程度は蓄えもあったんじゃが、調査の時間が予想以上に掛かったので、そこまでの資金はもう無かったんじゃ。資金援助を有力貴族に願い出ようかとも思ったが、胡散臭い話には誰も飛びつかん上に、あまりこの事を口外したくないという裏事情もあった。その為、儂等は途方に暮れていたのじゃ。……だが、そんな時じゃった。古い親友が儂の元に現れたのはの……。そして、その男は、ある魔道具を製作するのと引き換えに、その資金を作ってくれたのじゃ」
リジャールさんはそう言って、僅かに微笑みながら俺の顔を見た。
この表情を見る限り、その男とは多分、ヴァロムさんの事だろう。
つまり、遠巻きながら、この一連の騒動にヴァロムさんも関係しているのだ。
というか、更に突き詰めると、俺も関係しているのかもしれないが……。
ま、まぁそれはともかく、話を進めよう。
「では、掘削する為の資金の目途が立ったのですね」
「うむ。じゃから儂は、それを一刻も早く知らせる為に書簡をフレイに送ったのじゃよ」
「そうですか」
色々と複雑な事情があるのは分かったが、まだ知りたい事があるので、俺は質問を続けることにした。
「リジャールさん、殺害現場がフレイさんの家と先程仰いましたが、フレイさんは家のどこで、どのように殺されたのですか? それと遺体を一番最初に発見したのは誰かわかりますかね?」
「近所の者の話じゃと、フレイは錬成作業をする部屋の床で、大の字になって死んでおったらしい。儂も部屋を確認したが、床に血の跡が残っておったから、まず間違いないじゃろう。しかも、ナイフで心臓を一突きだったそうじゃ。恐らく、即死だったに違いない。その上、傷もそれ以外無かったそうじゃから、相当な手練れの者に一撃で殺されたのではないかと言われておる。それと最初に発見したのは、確か、イシュラナ神殿の神官じゃと聞いた気がするの」
発見は作業部屋で、心臓を一突きに、発見者はイシュラナの神官か……。
いや、考えるのは後にしよう。今は質問が先だ。
「そうですか、なるほど。では続けますが、その部屋は1階ですか? それと部屋に窓や入り口は幾つありましたか?」
「部屋は1階じゃ。というか、フレイの家は平屋じゃから2階は無い。それと入口は1つだけで窓は無いの。日の光は錬成作業の邪魔じゃからな」
「では、その部屋の大きさはどのくらいでしょうか? それと部屋の様相はどんな感じでしたか?」
「部屋の大きさは、昨日、お主と話したあの部屋くらいのもんじゃ。それと部屋の様相は、中央に錬成用の壺と錬成陣があり、周囲の壁に棚や机が幾つかある程度じゃから、それほどゴチャゴチャしてはおらぬの。至ってすっきりした作業部屋じゃな」
「そうですか。ちなみに殺された部屋は1階のどの辺りですか? 奥の方ですか、それとも玄関のすぐ近くですか?」
「奥の方じゃな」
「では話を戻しますが、殺されたという部屋……いや、家の中も含めてですが、争った形跡や何かを物色した形跡とかはありましたか?」
「ふむ……争った跡などは無かったような気がするの。フレイは几帳面じゃったから、家の中も綺麗じゃったわい。それに、近隣の住民も、そんな様子はなかったと言っておったしの。で、それがどうかしたのかの?」
「そうですか。ちょっと待ってくださいね。少し頭の中を整理します」
この質問をしたのには勿論、理由があるが、これは犯人を捕まえようなどと思ってした質問ではない。
ルーヴェラは王都に向かう際に通る場所なので、極力面倒は避けたいから訊いたのである。
俺は整理がついたところで、現時点での見解を述べておいた。
「リジャールさん、これはあくまでも俺の想像ですが、フレイさんを殺したのは、フレイさんとかなり親しい人物の可能性があります。そこでお聞きしたいのですが、ルーヴェラでフレイさんと懇意にしていたのは誰かわかりますかね?」
するとリジャールさんは慌てて俺に訊き返してきた。
「ちょっ、ちょっと待て……なぜそう思うんじゃ?」
「簡単に言うと、ナイフで心臓を一突きという死に方ですかね。普通、武器を持った者を見た場合、被害を受けるかもしれない者は、程度の差はあれ、多少身を守ろうとします。なので、射程の長い剣や槍や弓といった得物ならいざ知らず、ナイフのような間合いの短い得物で心臓を一突きというのは至難の技だと思うんです。ですが、気心を許せるほどの友人や知人ならば話は別です。かなり接近できると思いますから、意表をついてナイフ一突きで殺害するのは、それほどナイフを扱う腕がなくても難しくはないと思うんですよ。しかも、殺されたのは家の奥にある錬成作業をする部屋ですから、赤の他人をそんな大事な部屋に招くとも思えませんし、もしそんな者が無断で入ってきたならば、多少の小競り合いが起きて部屋の中に何らかの痕跡が残ったと思いますしね。おまけに窓もないですから、外からナイフを投げたなんて事も無さそうです。それだけじゃありません。リジャールさんの送った封筒の中身が無くなっていたというのも引っ掛かるんです。もしかするとフレイさんは、ガルテナで行なっているリジャールさんとの調査や、その書簡について、気心のしれる親しい人物にそれとなく話したのかもしれません。そうなると、フレイさんを殺害した何者かは、書簡を手に入れるのが目的だったという事になります。いや、寧ろそう考えた方が、これら一連の出来事の辻褄が合うような気がするんですよ。そしてここが重要なんですが、これが真相ならば必然的に……フレイさんを殺した者は、魔物達と密接な関係があるという事にもなるんです。まぁとはいっても、古代の魔法を使い、透明になって襲いかかったという可能性や先程のヴァイロン達のように変装してフレイさんに近づいた可能性も勿論あるので、今言ったのはあくまでも1つの可能性として考え……え?」
俺はそこで言葉を切った。
なぜなら、皆ポカーンと口を開け、呆けた表情で俺を見ていたからだ。
アーシャさんは口元をヒクつかせながら、言葉を発した。
「コ、コータローさん。よくそこまで色んな事を考えられますわね。感心しますわ」
他の4人も同様であった。
「凄いわね……あの話で、ここまで物事を深読みする人、初めて見たわ……」
「ああ、俺もだ。いや、ある意味、ここまで考えられるから、ヴァイロン達を見破ったともいえるが」
「コータローさん、凄いです……」
「お主、たったあれだけの情報で、よくそこまで考えられるの」
皆の目は、まるで珍獣でも見るかのような感じだったので、俺は少し居心地が悪くなった。
ちょっと喋りすぎたか……。
しかし、頭が冴えるので、色々と考えてしまうのである。
多分これは、賢者のローブを着ている恩恵なのかもしれない。賢さが上がるというやつなのだろう。
考えてみれば、賢者のローブを装備してからというもの、頭が冴えた調子いい時の状態が持続してるような感じなのだ。
もしかすると俺は、このローブを着る事によって、凄い恩恵を知らず知らずの内に受けているかも知れない。
まぁそれはさておき、俺はオホンと咳をいれて仕切り直すと、質問を再開した。
「ええっと、では話を戻しますが、ルーヴェラでフレイさんと懇意にしていた方ですけど、誰か心当たりありませんかね?」
「フレイが特に親しくしていたとなると、ルーヴェラの有力貴族であるゴルティア卿と直近の配下の者達、そしてルーヴェラにあるイシュラナ神殿のゼマ神官長と直近の神官達、それとあとは近隣の住民じゃろうか……多分、そのくらいじゃろう」
「そうですか……」
ゴルティア卿にゼマ神官長か……。
とりあえず、厄介事に関わらない様にする為にも、それら有力者の名前は覚えておいた方が良さそうだ。が、今やるべきことはそれではない。
「さて、リジャールさん。これからどうしますかね? この奥に進みますか?」
「うむ、そのつもりじゃが、お主等はいいのかの? 毒の上を歩くことになるが」
というわけで、他の3人に訊いてみる事にした。
「アーシャさんとサナちゃん達はどうしますか? 俺はリジャールさんと共に行きますが」
「私は行きますわよ。毒の沼は回復さえすれば大丈夫だと聞きますからね」と、アーシャさん。
「サナちゃん達は?」
「私達も行きます」
一応、みんな来てくれるみたいだ。が、そうなると1つ問題が出てくる。
「でも、誰かここに残っていないと、不味いんですよね。またあいつ等がやって来て、この通路の扉を閉める可能性があるので。そうなったら最後、ガス中毒で俺達はあの世行きですからね」
と、そこで、レイスさんが口を開いた。
「では、私とシェーラがここに残ろう」
「え? でも、それじゃ、サナちゃんは?」
「それについてはコータローさんにお任せする。貴方なら信頼できるからな」
「確かに、コータローさんがいれば滅多な事にはならない気がするわ」
(おいおい……信頼されているのかどうかわからないが、いいのかそれで……。アンタら、姫様の護衛だろ)
などと考えていると、サナちゃんが俺にニコリと微笑んだ。
「コータローさん。サナの事、宜しくお願いしますね」
「まぁ……サナちゃんがそれでいいなら。でも、そうなると明かりが無くなるんですよね。レイスさんは松明とか持ってますか?」
「いや、持っていない」
「私も持ってないわ」
多分、そうだろうと思ったので、俺は腰にぶら下げたグローを手に取ると、メラを種火に明かりを灯し、レイスさんに差し出したのである。
「ではレイスさん、このグローという照明器具を使ってください。それと、腐った死体を火葬するのに使ったのであと少ししかありませんが、灯り油もここに置いておきますね」
「すまない、コータローさん」
レイスさんがグローと灯り油を受け取ったところで、俺はリジャールさんに言った。
「では、そろそろ行きましょうか」
「うむ。行くとするかの」
そして俺達は、レイスさんとシェーラさんをここに残し、奥へと進み始めたのである。
[Ⅲ]
俺達は奥へと続く狭い通路を慎重に進んでゆく。するとその先は、毒々しい紫色の液体で埋め尽くされる空洞となっていた。
得体の知れない場所な為、俺達はそこで一旦立ち止まり、周囲の確認をすることにした。
10秒、20秒、と俺達はジッと耳を澄ましながら辺りを窺う。
しかし、空洞内は不気味なほど静かであり、何かが動くような物音などは聞こえてこない。
この様子を見る限り、どうやらここには、魔物の類はいないようである。が、喜ぶわけにはいかない。
毒のガスが辺りに漂っている為、あまり長居はしたくない場所だからである。
ちなみにだが、どうやらこの毒の液体というのは、そこから発生するガスを吸い込むことによって体力を奪っていく仕様のようだ。
ゲームでは深そうな毒の沼地を進んでいるようなイメージだったが、これは予想外であった。
だが考えてみれば、こんな岩だらけの坑道内に、そんな深い沼があるわけもないので、これが当然なのかもしれない。
まぁそれはさておき、暫し様子を窺ったところで、リジャールさんは安堵の息を吐いた。
「フゥ……この様子じゃと、やはり魔物はおらぬようじゃな。多分、あれで打ち止めだったのじゃろう」
リジャールさんはそう言って、左側の通路に目を向けた。
「さて、それではコータローよ。毒の液体がない左の通路へ行こう。この先に、儂等が掘削する予定じゃった場所があるからの……」
「わかりました」
俺は左側の通路へと足を踏み出した。
と、そこで、サナちゃんが俺の右袖をクイクイと引っ張ってきたのである。
「どうしたのサナちゃん?」
「コ、コータローさん……そ、そ、傍にいてもいいですか?」
少し様子が変であった。
何かに怯えているような感じだったので、とりあえず、訊いてみる事にした。
「それは構わないけど、何かあったの?」
するとその直後、サナちゃんは俺の右脇腹にしがみ付き、体を密着させてきたのである。
「ちょっ、サナちゃん、どうしたの?」
サナちゃんは身体を震わせ、口を開いた。
「す、すいません……わ、私……本当は洞窟とかが苦手なんです。今まで、我慢してたんです。ごめんなさい」
なんとまぁ……。
ザルマの件が重く圧し掛かっていたので、無理して来てくれたのだろう。
健気な良い子だ。頭をナデナデしてやりたくなってくる。
多分、リジャールさんの魔物はいないという言葉を聞いて、緊張の糸が切れたに違いない。
などと考えていた、その時である。
(エッ!?)
今度はアーシャさんが俺の左隣に来て、同じようにくっついてきたのだ。
「コ、コータローさん。ちゃんと私の護衛もしてもらわないと困りますわよ。貴方だけが頼りなんですから」
「アーシャさんもですか……」
そういえば、この坑道に入った直後のアーシャさんも、今のサナちゃんと同様に怯えまくっていたのだ。
この様子を見る限り、2人共、洞窟は苦手なのだろう。
だが、よくよく考えてみれば、2人はお姫様である。こんな所に来ることは、今までの人生で殆どなかったに違いない。
(はぁ……怖いなら、無理してこなきゃ良かったのに……)
そこで、リジャールさんの笑い声が聞こえてきた。
「カッカッカッ、両手に花じゃな、コータロー。お前さん、中々、モテるではないか」
「あのですね……この状況下でそれを言いますか?」
「まぁそれだけ、頼りがいのある男じゃと思われとるんじゃよ。素直に喜べ。さ、では行くぞ、コータロー」
「はぁ」
というわけで俺は、アーシャさんとサナちゃんにしがみ付かれながら移動を再開したのであった。
左の通路を真っ直ぐに進んで行くと、行き止まりに差し掛かった。
俺達はそこで立ち止まり、周囲を見回した。
するとそこには、ツルハシや大きなハンマーといった掘削道具がそこかしこに転がっており、通路の真ん中には、岩を運ぶであろう台車のようなものが置かれていたのだ。
俺はこれを見て、ようやく確信した。
ヴァイロン達は、先程襲いかかってきた魔物達を操って、ここを掘っていたという事を……。
敵ながら、実に効率的な方法である。なぜなら、作業員が死体という事は、体力なんぞまったく気にしなくていいからだ。
まぁそれはさておき、リジャールさんは周囲の道具を一瞥すると、行き止まりの岩盤へと近づいた。
そして、そこを眺めながら、悔しそうにボソリと呟いたのであった。
「間違いない……これは儂が考えた掘削ルートじゃ。やはり、あの書簡は、魔物どもの手に渡っていたという事か……悔やんでも悔やみきれぬ。書簡などではなく、儂が直接出向いてフレイに話すべきじゃった……そうすれば、フレイも死なずに済んだものを……全て儂の所為じゃ……」
項垂れるリジャールさんを見て、俺は少し悲しくなってきた。
だが今はそんな事をしている場合では無い為、俺はあえてそれを告げたのである。
「フレイさんを亡くしたリジャールさんの気持ちは、痛いほどよくわかります。ですが、起きてしまった以上、次の事を考えるべきです。そして、今一番の懸念は、敵がこの事を知っている事です。早急に手を打たないと、このガルテナに更なる災難が降りかかるかもしれません。それを避ける為には一刻も早くマルディラントに行き、ソレス殿下の代理を務めるティレス様に事実を包み隠さず話す事だと思います。この先、奴等がどう出てくるかわかりませんが、冒険者だけでは対処できない状況になる可能性も十分にあるのですから」
リジャールさんはそこで俺に振り返る。
「……確かに、お主の言うとおりじゃ。今は、無垢なる力の結晶を魔物達に発見されるのだけは、絶対に阻止せねばならぬ。悲しむのは後じゃな……」
「ええ、悲しむのは後です」――
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