Dragon Quest外伝 ~虹の彼方へ~
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第二章 御子の国イシュマリア
Lv13 新たな潮流
[Ⅰ]
太陽が徐々に姿を現し始める早朝。
俺はベルナ峡谷のとある場所へとやって来ていた。
そこは周囲を高い岩の壁に囲まれた所で、やや窮屈な感じがする場所であった。が、その所為か、風が吹いたりするような事もなく、静かで落ち着いた雰囲気がする場所でもあった。
広さを何かに例えるならば、サッカー場のペナルティエリアくらいのスペースだろうか。
とりあえず、そんな感じの広さの所である。
で……俺はここで何をしているのかと言うと……。
実は今から、魔物と戦闘を始めようとしているところなのである。
俺の目の前には、カシャカシャと金属の触れ合う音を発している3つの物体がいる。
いや、訂正……3体の魔物がいる。
薄汚れた青い鎧の魔物……そう、ドラクエでは定番のモンスターである『彷徨う鎧』がいるのだ。
こいつ等は、この広大なベルナ峡谷を宛てもなく、ただただ彷徨い続けており、少し哀れな感じのする魔物であった。
ちなみにだが、こいつ等と出遭うのはこれが最初ではない。
もうかれこれ数十回は遭遇している。そして、その度に、俺は奴等と戦闘を繰り返しているのであった。
最初の頃は俺も委縮してしまったが、今ではもう慣れたものである。
だがとはいうものの、人間を見つけると問答無用で襲い掛かってくるので、油断ならない魔物には変わりがないのだ。
俺は注意を払いながら、3体の彷徨う鎧に目を凝らす。
薄汚れた青い鎧の隙間からは暗闇以外何も見えない。勿論、声を発する事もない。
聞えてくるのは、鎧が動く度に鳴るガシャガシャという無機質な金属音だけであった。
どういう原理で動作しているのか分からないが、ヴァロムさんの話によると、死にきれない彷徨う魂がこれらの鎧に宿り、そして動かしているというのが、ここでの一般的な見解だそうだ。
真偽のほどはともかく、その説が一番しっくりときたので、俺もとりあえず、そう考える事にしたのである。
と、まぁそんな事はさておき、今はこいつ等との戦闘だ。
幾ら慣れたとはいえ、油断は禁物なのは言うまでもない。
俺は奴等を注視しながら、ライトセーバーもとい、魔光の剣に魔力を籠め、青白い光の刃を出現させる。それから素早くピオリムとスカラを唱えた。その直後、緑色と青色に輝く薄い霧状になったモノが2つ、俺の身体に纏わりついてきた。これらの現象は、素早さと守備力の強化が施されたという証である。
これでとりあえず、戦闘の準備は整った。
俺は魔光の剣を中段に構えると、3体の彷徨う鎧の出方を窺った。
向こうも俺が戦闘態勢に入ったのを感じ取ったのか、少し様子を見ているようであった。
俺はそこで、一番近くて斬りやすい位置にいる、左側の彷徨う鎧に目を向けた。
(さて……まずは、こいつから行くか……)
左側の彷徨う鎧をロックオンした俺は、早速、行動を開始した。
選択したのは勿論、物理攻撃の『たたかう』だ。
俺は魔法で強化した身体能力を利用して、間合いを一気に詰め、彷徨う鎧に向かい、袈裟に斬り下ろした。
その刹那、青白い光の刃が、彷徨う鎧を肩口から切り裂く。
それから続けざまに、俺は右足の裏で、斬りつけた彷徨う鎧を思いっきり蹴とばしたのである。
彷徨う鎧は後方に勢いよく吹っ飛んでゆく。
と、そこで、残りの2体が、俺に襲いかかってきたのであった。
しかし、俺は慌てない。
なぜならば、これは想定の範囲内の事だからだ。
俺は次に、後ろにある岩壁へと向かって駆け出した。
その時、背後をチラリと見る。奴等は一心不乱に、俺を追いかけていた。
俺はそれを確認したところで、前方にある岩壁へと向かい突進する。
そして、その岩壁を蹴って三角飛びのように跳躍し、追いかけていた奴等の背後に着地したのである。
(よし、背後を取った……隙あり!)
俺はすぐさま、奴等の背中を縦に水平にと、魔光の剣で斬りつけた。
斬撃を受けた2体の彷徨う鎧は、ヨロけながら、俺に振り返る。
この動作を見た感じだと、かなりダメージを与えられたようだ。
俺は間髪入れずに右手を突き出すと、そこでトドメの呪文を唱えた。
【ベギラマ!】
次の瞬間、俺の右手から、火炎放射器の如き炎が勢いよく放たれる。
そして、2体の彷徨う鎧達は、燃え盛る紅蓮の炎に包まれたのであった。
ベギラマを放った俺は、炎に焼かれる彷徨う鎧をジッと見詰めていた。
時間が経過するに従い、もがいていた彷徨う鎧も次第に身動きをしなくなり、暫くすると、完全にその動きを停止した。鎧を操っていた何かが消滅したのだろう。
するとその直後、ベギラマの炎は役目を終えたかのように消え去り、そこには焦げた鎧だけが静かに横たわっていたのである。
ちなみにだが、この世界の魔物はゴールドには変わらない。
つまり、魔物を倒して、手軽にお金を稼ぐなんてことは無理なのである。
お金を稼ぐには、現実世界と同様、働いて稼ぐしかないのだ。
まぁそれはさておき、魔物が動かなくなったのを見届けたところで、俺は魔光の剣を仕舞った。
「……さて、帰るかな」
誰にともなく、そう呟きながら、俺は後ろに振り返る。
と、その時である。
【朝早くから精が出ますわね。コータローさん】
斜め前方に見える岩陰から、突如、女性の声が聞こえてきたのだ。
俺はそこへと視線を向けた。
するとその岩陰から、魔法の法衣に身を包むアーシャさんが、姿を現したのである。
今日のアーシャさんは髪をツインテールにしており、少し活発な雰囲気であった。
まぁ実際に活発な子なので、ある意味、アーシャさんによく似合う髪型である。
だがそんな事よりもだ……ここにアーシャさんがいる事の方が驚きであった。
「え、アーシャさん? お、おはようございます……というか、何でこんな所にいるんですか? まだ修行の時間には早いように思うのですが……」
そう……アーシャさんが修行に来るのは、俺達が朝食を食べて暫くした後なのだ。
こんなに朝早くに来るなんてことは、今までなかったのである。
勿論、これには理由がある。
実はアーシャさんがヴァロムさんに弟子入りを認めてもらう際、ソレス殿下との約束で、こちらへの滞在時間は朝食後から夕食前までという決まりがあったからだ。
だから俺は驚いているのである。
するとそんな俺を見たアーシャさんは、ニコリと微笑み、不敵に口を開いたのであった。
「昨日、オルドラン様から耳寄りな情報を得ましたので、今日は早めに来る事にしましたの」
「は? 耳寄りな情報?」
俺は意味が分からんので首を傾げた。
「ウフフ、聞きましたわよ。ここ最近、コータローさんが朝早くに出かけて何かをしているみたいだと。そういうわけで、今朝はコータローさんの後をこっそり尾行する事にしたのですよ」
「さ、さいですか」
俺は後頭部をポリポリとかいた。
(ヴァロムさんも余計な事を……)
などと俺が考える中、アーシャさんは続ける。
「それにしても、コータローさん……貴方、随分と腕を上げましたわね。初めてお会いしたジュノンの月の頃とは雲泥の差ですわ」
「まぁ、あの時からかなり月日も経ちましたからね。今はもうアムートの月ですから、俺も少しは成長しましたよ。それに物騒な場所ですから、ある程度腕を上げとかないと何があるかわからないですからね」
話は変わるが、この世界では1年を6つの月に区切っており、ぞれぞれがアレス・ジュノン・ゴーザ・ヘネス・アムート・ラトナと呼ばれている。因みに、月の並びもこの順番である。
また、1つの月が60日くらいはあるので、現代日本でいう2か月相当と考えても問題がないようだ。
というわけで、俺がこの世界に来てから、もう既に8か月は経過しているわけなのだが、未だに、日本へ帰る為の糸口すら見つからない状況であった。なんとも悲しい話である。
というか、正直、帰ることについては、少し諦めてもいる今日この頃であった。
なぜならば……帰宅方法が、未だにサッパリ分からんのである。もうお手上げ状態なのだ。
8カ月経過しても、トホホという状況は相変わらずなのである。
気が滅入るので話を戻そう。
アーシャさんは俺をマジマジと見ていた。
「どうかしました? 俺の顔に何かついてますか?」
「……今のコータローさんならば、私専属の護衛として働いてもらってもいい気がしますわね。それに、オルドラン様の愛弟子であるコータローさんならば、お父様もお認めになると思いますし」
「えぇ……アーシャさんの護衛ッスか。それはちょっと……」
正直、勘弁である。
アーシャさんのようなキツイ性格の人間に使われるのは、確実に心身が疲れるからだ。
だが今の言葉を聞いたアーシャさんは、ムスッとしながら口を開いたのであった。
「なんですの、その反応は……。私の元で働けるのですから光栄に思いなさい」
「へ? あの……もう確定なんですか?」
アーシャさんはコクリと頷くと、遠慮なく言った。
「ええ、確定ですわ。実を言いますと、護衛とかを抜きにして、前からそうしようと思っていたんですの。だって貴方……フォカールの魔法を使えますから、私の道具箱として最適なんですもの。ですから、私以外の人間には仕えさせませんわよ」
「ちょっ、マジすか!? はぁ……」
俺は少しゲンナリとしながら溜め息を吐いた。
そして、フォカールの魔法なんて覚えるんじゃなかったと、少し後悔もしたのであった。
だがとはいうものの、このフォカールは俺自身にとっても便利な魔法である。
それもあってか、溜め息を吐くと同時に、諦めにも似た気持ちも湧いてきたのだ。
アーシャさんはそれを見透かしたかのように微笑む。
「ウフフ、諦めて貰いますわよ。まぁそれはそうと、コータローさん、貴方……朝早くから魔物との戦闘を何回かしてましたけど、これから一体何をするつもりなんですの?」
「へ? 何って……もう帰るところですが……」
すると今の返答が意外だったのか、アーシャさんは首を傾げた。
「え? という事は……毎朝、魔物と戦闘をしてらしただけなんですの? なんでまた?」
「俺も新しい魔法を得たので、使いこなせるようになろうと思いましてね。だから、魔物と戦闘をして訓練をしていたんですよ。実戦に勝る訓練は無いですからね」
まぁとはいっても、俺の戦闘相手は彷徨う鎧が殆どであった。
何故、彷徨う鎧ばかりと戦闘するのかというと、無機質な鎧の魔物なので、倒してもあまり罪悪感が湧かないというのが大きな理由である。
とはいえ、勿論、他の魔物とも遭遇する事はあるので、その時は命を奪う覚悟を決めるが……。
「へぇ~、コータローさんて努力家なんですのね……」
アーシャさんは意外そうに俺を見ていた。
どうやらアーシャさんの中で、俺は怠け者になっているのかもしれない。
ちょっとショックである。こう見えても、俺は努力はする方なのだ。……少しは横着もするけど。
「でも、多少の心得が無いと生きてくのが辛いですからね、この世界は……。それに俺の故郷には、こんな言葉があるんですよ……備えあれば憂いなしってね。日頃から準備しておけば、いざという時には何事も心配はいらないって事です」
「確かに、コータローさんの言う事も一理ありますわね。それに、お父様やお兄様も言ってましたわ。ここ最近、マール地方にも凶暴な魔物が増えてきていると。ですから、コータローさんの考え方は正しいと思いますわよ」
魔物が増えているというのは、俺もつい最近、ヴァロムさんから聞いたので知っている。
というか、実を言うと、戦闘訓練をしている理由の1つには、これもあるのだ。
なんとなく、嫌な予感がするのである。
ここがドラクエの世界なら、今の兆候は、確実に何かの前触れのような気がするからだ。
鍛えておかないと不味い気がしたのである。
「らしいですね。まぁそういうのもあるんで鍛えているんですよ」
「あら、そうでしたの。ごめんなさいね、そうとは知らずに邪魔をして……」
「いいですよ。気にしないでください。それに、もう訓練は終わりましたから。さて、それじゃあ戻りましょうか」
「ですわね。謎も解けた事ですし」
アーシャさんはそう言ってニコリと微笑んだ。
俺も微笑み返す。
そして俺達は、ヴァロムさんの住む洞穴へと移動を始めたのであった。
話は変わるが、今、アーシャさんに言った戦闘訓練の理由は本当の事だ。が、しかし、それの他にも幾つか別の理由もあるのだった。
その理由だが、実は魔光の剣を手に入れてから、常日頃、考えていた事があったのだ。
それは、スターウ○ーズに出てきたジェダイやシスのように、人間離れした動きで戦闘が出来ないだろうかという事である。
またその他に、魔光の剣を使ってゆくうちに気付いた事があったのも、そう考えるに至った理由の1つであった。
で、気付いた事だが、それは何かというと、この魔光の剣は籠める魔力の強さによって威力が変わる武器だったという事である。
そう……実はこの魔光の剣、籠める魔力の強さによって、その切断力が変化するのだ。
その為、固い岩や金属といったモノも、籠める魔力量や強さによっては、切断が可能なのである。
とはいえ、そんな固い物を切断しようと思うと、魔力消費がとんでもない量になるので、使う事はあまりないかもしれないが……。
まぁそれはともかく、以上の理由から、俺は武具の実験も兼ね、戦闘訓練をしているというわけなのであった。
だがここで1つ問題がでてくる。
それは、どうやってフォースの力を借りた、あの動きを可能にするかという事である。
俺はフォースなんて使えないから、当然、他の魔法でそれらの代用をする事になるわけだが、当時の俺はメラとホイミとデインしか使えなかったので、中々それらを実現する事が出来なかった。が、しかし……3か月程前に行った2回目の洗礼と、20日程前に行った3回目の洗礼のお蔭で、俺の扱える魔法もかなり増えたのである。
また3回目の洗礼の後には、呪われた防具類ともようやくオサラバすることが出来たので、こんな訓練も可能になったというわけだ。
そんなわけで、今の俺が使える魔法だが……。
メラ・メラミ
ギラ・ベギラマ
デイン・ライデイン
ホイミ・ベホイミ
イオ・イオラ
キアリー
ピオリム
スカラ
ルカニ
マホトーン
ラリホー
フォカール
と、まぁ、こんな感じだ。
それなりの回復力をもつベホイミと、ピオリムやスカラといった補助系の呪文もさることながら、ライデインやベギラマにイオラといった中級魔法を覚えることが出来たのが大きいところではある。
しかも、これらの呪文を唱えれば、このベルナ峡谷にいる大抵の魔物は、一瞬で倒すことが出来るのだ。
贔屓目に見ても、今の俺はゲーム中盤に入りかけた頃の魔法使いといったところだろう。
なので、それなりの戦闘力は持っているのである。
考えてみれば、結構な数の魔法を修得したものだ。
だが、それもこれも、ヴァロムさんの指導方法が良かったから、ここまで覚えることが出来たのだろう。
この間、一緒に洗礼を受けたアーシャさんも、そんな事を言っていた。
というわけで、今の俺をゲーム風にいうなら、魔法系職業のレベル20代前半くらいといったところだろうか。
要するに、俺も結構成長したというわけである。
だが、ここで注意しなければいけない事が1つある。
それは、勿論、フォカールとライデインとデインの扱いついてだ。
これらの魔法を何も考えずに適当に使うと、災いを呼ぶ可能性が非常に高い。
その為、これらの魔法については、ある意味、危険物を取り扱うような慎重さが求められるのである。
強力な魔法なのですぐにでも使いたいところではあるが、そこは我慢しなければならないのだ。
ちなみにだが、ライデインの事はヴァロムさんにしか話していない。
これを得られた3回目の洗礼の時にはアーシャさんもいたが、デイン繋がりという事で、ヴァロムさんだけに後で知らせたのである。
しかし、ヴァロムさんはライデインという呪文は初耳だったようで、少し首を傾げていた。
だがその時、一緒にいたラーのオッサンがライデインの事を知っていたので、ヴァロムさんに説明をしてくれたのである。
一応、その時のやり取りはこんな感じだ――
「――ライデインはデインを更に強化した雷の呪文だが、これらの呪文は誰でも修得できる魔法ではなかった筈だ」
「ふむ……ラーさんや、お主、何か知っておるのか?」
「知っているというほどの事ではないが、これらの雷の呪文は、太古の昔……最高神ミュトラと地上に住まう知的種族達との間で交わされた『盟約の証』と呼ばれていた気がするのだよ」
「盟約の証じゃと? ラーさん、何じゃそれは?」
勿論、これを聞いた時のヴァロムさんは、凄く怪訝な表情をしていた。
また俺自身もそれを聞いて、思わず首を傾げたのであった。
なぜなら、俺が知っているドラクエの雷呪文は、勇者の専用呪文という認識だったからである。
だがラーのオッサンの話を聞く限りだと、どうやらその手の話とは少しニュアンスが違う感じなのだ。
盟約の証と言ったが、一体どういう意味なのだろうか?
それが気になったので、俺は早速訊いてみる事にした。
「でも、盟約ってことはさ、何か重要な事を約束したという事だよな。その辺の事って知ってるのか?」
「さぁな……それについては我も分からぬ。ミュトラと地上界との間で交わされた盟約らしいのでな。だが1つ言えるのは、この雷の呪文を使える者はそんなにいないという事だ。恐らく、ごく限られた者達にしか扱えないのだろう」
ヴァロムさんもそこで深く頷く。
「確かに、それはラーさんの言う通りじゃな。儂の知る限りでも、この雷の呪文を使える者は片手で足りるからのぅ。まぁそれはともかくじゃ……」
そこで言葉を切ると、ヴァロムさんは俺に視線を向けた。
「コータローよ……修得したばかりですまないが、デインとライデイン、そしてフォカールは、人前で使う事はおろか、誰にも話してはならぬぞ。今は余計な波風を立てたくないのでな。肝に銘じるのじゃ。よいな?」
「はい、わかっております。俺も面倒事は御免なので」――
[Ⅱ]
アーシャさんに朝の戦闘訓練が見つかってから数日経った、とある日の夕食後の事である。
俺はその時間帯、洞穴の中央に置かれたテーブルにて、イシュマリアで現在使われている文字の読み書きを勉強している最中であった。
実は半年くらい前から、俺は夕食の後に、語学の勉強をするのが日課となっているのだ。
そんなわけで、俺の1日の流れは基本的に、日中は魔法や座学を学び、夜は語学というカリキュラムとなっているのである。
で、その成果のほどだが……流石に、勉強を始めてから半年以上は経つので、日常的に使われる文字についてはだいぶ理解できるようになってきた。が、しかし、まだまだ知らない単語や文字はあるので、引き続き、俺は勉強を続けているのである。
この文字の問題というやつは、避けて通れない事の1つなので、俺も腰を据えて勉強をする事にしているのだ。
まぁそんなわけで、以上の事から、その時間帯は語学の勉強をしていたわけだが、その時、いつにない真剣な表情をしたヴァロムさんが、俺の前にやって来たのである。
これは、その時の話だ。
ヴァロムさんは俺の対面にある椅子に腰かけ、暫しの沈黙の後、話を切り出した。
「コータローよ……勉学に励んでいるところすまぬが、大事な話があるので聞いてほしいのじゃ」
いつもと様子が違うのが気になったが、とりあえず、俺はそこで文字を書く手を止めた。
「重要な話? ……何ですか、一体?」
「突然で悪いのじゃが、儂は明日の早朝、王都オヴェリウスへと向かわねばならなくなった」
「王都に、ですか? それは確かに突然ですね」
ヴァロムさんは頷くと続ける。
「昨日……ここに舞い降りた赤いドラキーの事を覚えておるな、コータロー……」
俺はそれを聞き、昨日の昼頃、この洞穴にやってきた赤いドラキーを思い出した。
多分だが、色からするとメイジドラキーとかいうやつだろう。
最初は敵かと思ったので俺は思わず身構えてしまったのだが、ヴァロムさん曰く、敵ではないそうだ。
しかも、そのドラキーは言葉も喋れるので、普通に会話も出来るのである。
まぁそれはさておき、俺はヴァロムさんに頷いた。
「ええ、覚えてますよ。それが何か?」
「あれは儂の家で、代々付き合いをしている魔物でな。遠方への連絡手段として用いておるのじゃよ」
話を聞く限りだと、どうやら、あのメイジドラキーは伝書鳩みたいなモノのようだ。
「遠方への連絡手段ですか。……という事は、ご家族から連絡があったのですね」
「うむ。息子からの」
「へぇ、息子さんからなのですか……。で、どんな連絡があったんですか?」
ヴァロムさんはそこで思案顔になると、少し間を空けてから話し始めた。
「……まぁ簡単に言えば、『王都へ急ぎ帰還せよ』というものじゃ」
ヴァロムさんは端的に言っているが、この雰囲気を察するに、俺には話せないような事もあったに違いない。
気にはなるが、あまり余計な詮索はしないでおこう。
今はそれよりも、肝心な部分を訊いておかねばなるまい。
「そうだったのですか。それじゃあ、俺も一緒に王都へ行くのですね?」
だが俺の予想に反して、ヴァロムさんは頭を振ったのである。
「いや、行くのは儂だけじゃ」
「え? という事は、俺は暫く、ここでお留守番て事ですか?」
「まぁ表向きはそうなるのじゃが……実はの……お主に頼みがあるのじゃよ」
「頼み?」
(珍しいな……俺に頼みごとなんて……。何なんだろう、一体?)
と、そこで、ヴァロムさんはラーの鏡をテーブルの上に置いた。
「儂が10日経っても帰って来なかったならば、ラーさんの指示に従って、お主に動いてもらいたいのじゃ」
「あのぉ……一体、どういう事なのですか。……王都で何かあるんですかね?」
「コータローよ……儂らは今、大きな流れの中におるのかもしれぬ。世の中を大きく変えるほどの大きな流れの中にの……」
「大きな流れですか……」
言ってる事が抽象的すぎてよく分からないが、ヴァロムさんは何かを始めるつもりなのかもしれない。
「そうじゃ、大きな流れじゃ。じゃが、今はそれ以上の事は言えぬ。とりあえず、必要な事はラーさんにすべて伝えてある。じゃから、儂が10日経っても帰らぬ場合は、ラーさんの指示に従ってほしいのじゃ。よいな?」
何か奇妙な引っ掛かりがある言い回しだが、これ以上は聞き出せそうにないようだ。
まぁいい。無理に聞き出す必要もない。
「わかりました……そうしますよ。ところで、俺とアーシャさんの修行はどうするんですか?」
ヴァロムさんはそこで壁際の机を指差した。
「一応、アーシャ様に関しては、修行内容を書いた物を儂の机の上に置いておく。じゃから、明日の朝、アーシャ様が来たら、それに従ってやってほしいと伝えておいてくれ」
「アーシャさんのは分かりましたけど……俺は?」
「お主は魔力を扱う基礎訓練と、この間教えた『魔生門』を開く為の修行を続けるのじゃ」
魔生門……。
ヴァロムさん曰く、この世に生を受けた全ての生物に存在する門らしい。
しかもこの魔生門は、魔力を生み出す霊体と肉体との間にあるそうで、通常は魔法を使える者も使えない者も、この魔生門というのが閉じている状態で生活をしているそうなのだ。
要するに、普通に生きていれば、開くことなど決してない門というわけなのである。
だが、魔生の法と呼ばれるチート技能を得るには、これを開かない事には話にならないようで、俺はその門を開く為の修行をこの間から始めているのであった。
「という事は、俺はいつも通りの修行という事ですね」
「うむ。お主はそれを続けるのじゃ。魔生門を開くには根気がいる。じゃから、儂がいようがいまいが、毎日続けるのじゃぞ。よいな」
「はい、わかりました――」
そして翌日の夜明け前に、ヴァロムさんは王都へと向かい馬車を走らせたのであった。
[Ⅲ]
ヴァロムさんが王都に向かってから9日目の事である。
その日の朝、それは起きたのだ。日課になっている実戦訓練から帰ってきたところで……。
俺が洞穴の中に入ろうとした時、丁度そのタイミングで、アーシャさんが空から一筋の白い光と共に現れたのである。
いつ見ても思う事だが、この風の帽子は有り得ない移動手段である。
またそう考える度に、この風の帽子がうらやましく思うのであった。ああ、無念だ……。
まぁそれはさておき、アーシャさんは俺に目を止めると、慌てて駆け寄ってきた。が、少し様子が変であった。
なぜか知らないが、青褪めた表情をしていたのである。
「コ、コータローさん!」
俺はとりあえず、普通に挨拶をしておいた。
「おはようございます、アーシャさん。どうかしたんですか? 修行の時間には、少し早い気がしますけど……」
するとアーシャさんは、今にも泣きそうな表情で話し始めたのである。
「コータローさん……オルドラン様が……オルドラン様が……王都オヴェリウスで王を欺いたとして、城の地下牢に投獄されたそうなのですッ!」
「は? とうごく?」
一瞬何を言ってるのか分からなかったが、今の内容を脳内で反復する事により、その意味はすぐに理解した。
「ちょっ、ちょっと……投獄ってどういう事ですか? 何でヴァロムさんが……」
「私にも何が何だか分かりませんわ! 先程、お父様からそう聞いたのですッ。何が起きてるのか、さっぱりなんですのッ!」
アーシャさんは捲し立てるようにそう言うと、大きくため息を吐いて顔を俯かせた。
どうやら、アーシャさん自身も少し混乱してるようである。
まぁこれは仕方ないのかもしれない。
師として尊敬していた人物が、投獄されたなんて聞いたのだから、取り乱しもするだろう。
まぁそれはさておき、まずは冷静になった方がよさそうだ。
「とりあえず、落ち着こう、アーシャさん。それと、俺ももう少し詳細を知りたいから、順を追って話してくれますか?」
アーシャさんはそこで顔を上げる。
「……コータローさんて、こんな話を聞いても意外と冷静ですわね……もう少し驚くかと思ったのに」
「いや、十分驚いてますよ。でも、物事は整理して考えないとね。大事な事を見過ごしてしまうかもしれませんし」
偉そうな事を言ってるが、ただ単に用心深くなっているだけである。
これは現代日本での話だが、俺も色々と痛い目にも遭ってるのだ。
人間関係や金……そして家族の問題等色々とあった。
しかも酷い嘘で騙されたりした事もあったので、俺自身、物事を疑ってみる癖がついたのである。
おまけにそれらの所為で、大学を止めなければならない事態にもなったし……やめよう、昔を考えると気が滅入る。
今はそんな事よりも、ヴァロムさんの事だ。
「まぁそれはそうと、外で話すのもなんですから、中に入りませんか? ゆっくりと落ち着いた所で聞きたいですし」
「そうですわね。こんな所で話す内容じゃありませんわね」――
洞穴へと移動した俺達は、中央のテーブルで話をすることにした。
で、投獄されたヴァロムさんだが……話を聞く限りだと、どうやら、イシュマリア王家を侮辱したという事がその理由だそうである。
侮辱したという内容が気になるところだが、これ以上の事はアーシャさんにも分からないそうだ。
また、それに関係しているのかはわからないが、ソレス殿下も王家からお呼びがかかったそうである。
(ソレス殿下も呼ばれたのか……王都で何が起きているんだろう、一体……。この間のヴァロムさんの口振りを察するに、こうなる事を予想していた気がするんだよな。ヴァロムさんは何を始めるつもりなんだ……)
疑問は尽きないが、今の話で気になった事があるので、まずはそれを訊ねることにした。
「ところでアーシャさん。さっきソレス殿下が王家からお呼びがかかったといってたけど、それはヴァロムさんの事に関係してるのかい?」
アーシャさんは顔を俯かせると、元気なく言った。
「お父様の話では、八つの地方にいる八名の大神官と、八支族である太守全員に召集があったようなのです。そこから考えられるのは、恐らく……イシュマリアの血族とイシュラナに仕えし高位の神官が執り行う異端審問ですわ」
異端審問……中世ヨーロッパの歴史の記述で、よく見かける単語の1つである。
当時行われていた魔女狩りなんかも、これに含まれた気がする。
これらを踏まえたうえで、アーシャさんの今の様子を照らし合わせると、恐らく、意味合いはそれらとあまり変わりがないに違いない。
要するに、一方的な判決を下す宗教裁判ということだ。
「王家の侮辱と言ってたけど……もし異端審問ていうことならば、そんな簡単なものではなく、少し複雑な事情がありそうだね」
「ええ、恐らくは……」
さて、どうするべきか……。
ヴァロムさんは10日経っても帰って来なかったら、ラーのオッサンの指示に従えとは言っていた。
一応、明日が10日後だが、今の話が本当ならば、帰って来ないのは明白である。
(仕方ない……ラーのオッサンに訊いてみるか)
俺はラーの鏡を首から外し、テーブルの上に置いた。
「おい、ラーのオッサン……今の話を聞いていただろ。オッサンは何か知ってるのか?」
「我はヴァロム殿が何をしたのかは知らぬぞ」
「本当かよ? イデア神殿から帰ってきてから、ヴァロムさんとオッサンはいつも一緒だったじゃないか」
そう、オッサンとヴァロムさんは、いつも一緒にいたのだ。
なので、ヴァロムさんとよく話をしている筈なのだが、オッサンは尚も、否定を繰り返したのであった。
「そんな事言われても、知らぬものは知らぬわ」
どうやらこの口ぶりだと、本当に何も知らないようである。
仕方ない、とりあえず、話を進めよう。
「ところでアーシャさん、ソレス殿下はもう出かけたのですか?」
「いいえ、今日の昼に王都へ向かうと言ってましたわ」
「そうですか……で、アーシャさんはこれからどうするの?」
「……私も真相が知りたいので、お父様に付いて行こうかと思ってますわ。ところで、コータローさんはどうするつもりですの?」
「俺? 俺はヴァロムさんから頼まれている事があるので、それをしようかと思ってるよ」
するとアーシャさんは、怪訝な表情で訊いてきたのだ。
「頼まれている……。何ですの、それは?」
俺はそこで昨晩のやり取りを思い返した。
あの時ヴァロムさんは、『アーシャさんに言うな』とは言っていなかったのだ。
まぁ『言え』とも言ってなかったが……。
そんなわけで、俺は言っていいものかどうか、少し悩んだ。が、しかし……俺が判断するより先にラーのオッサンが話し始めたのである。
「アーシャさん、コイツはヴァロム殿から、ある役目を与えられておるのだよ」
「役目? 何ですの、それは?」
「ふむ……まぁまだ10日経ったわけではないが、もう言っても良いだろう。実はヴァロム殿から、『自分が10日経っても帰って来ない場合は、マール地方にあるガルテナという村を経由して、コータローを王都オヴェリウスへと向かわせてほしい』という指示を我は受けたのだよ」
それを聞き、アーシャさんは驚きの表情を浮かべた。
「ガルテナですって……何でまたあのような所に」
「知ってるのかい?」
アーシャさんは頷く。
「行った事はありませんが、知ってはいますわ。一応、マール地方の最北に位置するところですから。でも、かなり山の中を進まないといけないので、あまり人が寄り付かない辺鄙な所だと聞いたことがありますわ」
どうやら、かなりの田舎みたいである。
「山の中を行かなきゃならんのか……。話を聞く限りだと、なんか面倒くさい場所に聞こえるな。でも、行くしかないか。ヴァロムさんの指示だし……」
俺が少しゲンナリする中、アーシャさんはオッサンに訊ねた。
「ラー様……ガルテナへは、コータローさんが1人で行かなければならないのですか?」
「いや、そんな指示は受けてないが」
「そうですか……それなら私もお供しようかしら」
何を考えてるんだろう、この子は……。無茶にも程がある。
俺は思わず言った。
「はぁ? お供って……そんな事したら、ソレス殿下も流石にキレますよ。それに長旅になりそうですから、アーシャさんのような女性には危険が一杯です。だから絶対ダメっすよ」
だがアーシャさんは折れてくれなかった。
「なら貴方が私を守ってくれればいいじゃないですか。というわけで、今日から貴方は、私専属の護衛者に任命しますわ」
「専属の護衛者に任命って……話の流れ的に、その受け答えおかしくないですか?」
「おかしくありませんわ。それに他にも方法があります。マルディラントにあるルイーダの酒場で、旅の仲間を募ればいいんですよ」
なんか懐かしい名前が出てきたが、そんな事よりも今はこの子の説得だ。
そう思った俺は、ラーのオッサンに助けを求めた。
「おい、ラーのオッサンもなんか言ってくれよ。ヴァロムさんだって、こんなの絶対にうんと言わない筈だ」
「ふむ……だがそんな指示は、我も受けてはおらぬからの。別にいいんじゃないか、アーシャさんが一緒に向かっても」
「いや、受けるとか受けないとかじゃなくてさ」
と、俺が言いかけた時だった。
アーシャさんが、有無を言わさぬ速さで捲し立てたのである。
「流石、ラー様ですわ。話が分かります。じゃあ決まりですわね。それじゃあ、コータローさん。明日の朝、こちらにお迎えに上がりますので、それまでにちゃんと準備をしておいて下さいね」
「ちょっ、だから危険だって何度も……」
と言った直後……アーシャさんは睨みを利かせながら、物凄い迫力でこう告げたのである。
【で・す・か・ら! 準備をしておいて下さいね!】
「はい……」
というわけで、なし崩し的にではあるが、俺はアーシャさんと共に、ガルテナへと向かう事になったのである。
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