Dragon Quest外伝 ~虹の彼方へ~
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Lv12 精霊王
[Ⅰ]
イデア遺跡群を後にした俺達は、日も傾き始めた頃、ようやくマルディラント城へと帰って来ることができた。
そして、城内に入った俺とヴァロムさんは、疲れていた事もあり、そのまま客間へと移動し、中で寛ぐ事にしたのである。
俺は客間に置かれたソファーに腰かけると、強張った肩の力を抜いて大きく息を吐いた。
そこで目を閉じ、イデア遺跡群からの長い道のりを思い返した。
今考えてみると、結構スリリングな帰り道だった気がする。
なぜならば、行きと違って、避けられない魔物との戦闘が何回かあったからだ。
だがとはいうものの、素早い飛行が出来るガルーダのような魔物との戦闘が少しあっただけで、魔物が大集団で攻めてくるということは無かった。
その為、それほど危機的な状況にはならなかったのが、不幸中の幸いだったのだ。
やはり、ヴァロムさんが第1陣の魔物達をすぐに始末したので、それが良かったのだろう。
あそこで手間取っていたら、俺達は魔物の大集団を相手にせねばならなかったのかも知れない。
そんなわけで、俺は今、奴等を纏めて葬ったヴァロムさんに、凄く感謝しているところなのである。
俺がそんな事を考えながら寛いでいると、ヴァロムさんが向かいのソファーに腰かけた。
「今日はご苦労さんじゃったな、コータロー。遺跡では色々とあったそうじゃし、さぞや疲れたであろう?」
「全くですよ。まさか、俺自身が試練を受ける羽目になるとは思いませんでしたからね。あれは想定外でした」
「じゃろうの。まぁそれはともかくじゃ……」
ヴァロムさんはそこで身を前に乗り出し、小声で話を続けた。
「コータローよ……それはそうと、一体、あそこで何があったのじゃ? お主は太陽神の試練を乗り越えたとか言っておったが……」
「ああ、それならば、本人に直接訊いてもらえばいいと思いますよ」
俺は胸元から、ラーの鏡を取り出した。
「なぁ、ラーのオッサン。あの時の事をヴァロムさんに説明してよ」
「なんで我が……自分で説明すればよかろう」
「な、なんじゃ、その鏡は? 喋れるのか?」
流石のヴァロムさんも、この鏡には驚いたようである。
「そうなんスよ。しかも、結構心の狭い鏡でね。まぁそれはともかく、オッサン、説明してよ。俺はもう、心身ともに疲れちゃって、上手く説明できないからさ。だから頼むわ。つーか、そもそも、何であんな試練せなアカンかったのかが、未だに分からんし」
俺は面倒くさかったのと疲れてたのとで、ラーのオッサンに丸投げした。
「クッ、礼儀知らずな馬鹿野郎め。仕方ない――」
とまぁそんなわけで、ヴァロムさんへの説明は、オッサンからしてもらう事にしたのである。
ラーのオッサンは簡単にではあるが、とりあえず、イデア神殿での事や自分の事をヴァロムさんに話し始めた。
自分が真実を映し、まやかしを打ち破る鏡であるという事や、ラーの鏡を手にするに相応しいかどうかを見極める精霊王の試練の事、その昔、自分が人々から太陽神と崇められていた事等を……。
また、これは俺も初耳であったが、5000年もの間、あの神殿の中にいたという事や、ラーのオッサン自体が光の精霊であるという事等を説明してくれた。
そしてヴァロムさんは、目を閉じて静かにしながら、それらの話に耳を傾けていたのである。
「――まぁ簡単に説明すると、こんなところである。理解してもらえたかな、ヴァロム殿」
ヴァロムさんは顎に手を当てて頷いた。
「そうであったか……。大体、わかったわい。ところで今、精霊王という言葉が出てきたが、精霊に王がおるのか? 儂も精霊というモノの存在は知っておるが、それは初めて聞く」
「ヴァロム殿の言う通りだ。精霊王は、精霊界の頂点に立つ存在である。まぁ我等の様な精霊と違って、人々の前に現れたりする事は殆どないので、お主達が知らぬのも無理はないがな」
どうやら、精霊界というものがあるみたいだ。
俺はそれを聞き、ドラクエⅤでその類の話があったのを思い出した。が、良く考えてみると、あれは妖精界というカテゴリだったか……。
まぁそれはともかく、そういった世界があるという事なのだろう。
「ふむ、精霊王か……どうやら、人の身では会う事すらままならぬ、神の如き高位の存在のようじゃな。そして儂等人間は、それすら知ることなく一生を終えるのじゃろう……」
「まぁ確かにそうだが……とはいえ、まったく人々と関わりが無いというわけではないぞ」
「は? どういう意味だ」
俺は首を傾げた。
「精霊王リュビストは、太古の昔、全ての知的種族に文字と魔法を教えた存在でもあるのだ。だから、お主等は知らぬだろうが、この地上界における文明の発展と繁栄に大きく関与しているのだよ」
その言葉を聞き、ヴァロムさんは目を大きくした。
「リュビストじゃと……。では、古代リュビスト文字とは、精霊王が作り伝えた文字だというのか?」
「古代リュビスト文字? 古代の部分はともかく、リュビスト文字はその名が示す通り、精霊王リュビストが作った文字の名だ。そしてイデア神殿に刻まれている文字が、そのリュビスト文字である。古代リュビスト文字とやらが、その事を言ってるのであれば、それは精霊王が作った文字で間違いないだろう」
「なんと……むぅ」
今の内容に驚いたのか、ヴァロムさんは低い唸り声を上げた。
どうやらヴァロムさんも、初めて聞く事なのかもしれない。
オッサンは続ける。
「それと言い忘れたが、この文字は我等精霊と意思疎通を図れる唯一の文字でもある。だから、精霊の力を借りたいならば、覚えておいた方が良いぞ」
ヴァロムさんは微笑んだ。
「それに関しては心配しなさんな。儂は一応、古代リュビスト文字を読み書きできるからの」
「ならいい。コータローやアーシャさんは読めぬようだったから言ったまでの事だ」
精霊と意思疎通を図れる文字……。
実を言うと俺は、新たに入ってきた情報に少し混乱していた。
だが、こればかりは仕方がないのである。
なぜなら、古代リュビスト文字はおろか、この世界で今現在使われている文字すら、俺は知らないからだ。
その為、今の話を聞き、俺は改めて思ったのであった。
精霊はともかく、せめて人と意思疎通を図れるように、俺もこの世界の文字を学ばなければいけないと……。
[Ⅱ]
俺達が客間で話を始めてから15分ほど経過した頃、入口の扉をノックする音が聞えてきた。
その為、俺は慌ててオッサンを胸元に仕舞い込み、ヴァロムさんにOKの合図を送ったのである。
ヴァロムさんはそこで訪問者に呼びかけた。
「何であろうか?」
「オルドラン様、アーシャにございます。中へ入らせて頂いてもよろしいでしょうか?」
「構いませぬぞ。どうぞ入りなされ」
「では、失礼いたします」
そしてガチャリと扉が開き、アーシャさんがこの部屋の中へと入ってきたのである。
中に入ったアーシャさんは、俺の隣に腰かけると、A4くらいの白い紙をテーブルの上に置いた。
「オルドラン様、これがミュトラの書の記述であります」
「どれどれ。では早速、拝見させて頂こう」
ヴァロムさんは紙を手に取り、マジマジと見た。
暫し無言でそれを見た後、ヴァロムさんはアーシャさんに言った。
「アーシャ様、何か書き記す物は無いかの。この記述は結構長い。解読した言葉を控えておきたいのじゃ」
「そう仰ると思いまして、用意してきましたわ」
アーシャさんはそう言って、若干赤茶けた感じの紙とペンのような物をテーブルの上に置いた。
「流石アーシャ様じゃわい。気が利くの」
そしてヴァロムさんは、ミュトラの書の解読作業に取り掛かったのである。
ヴァロムさんがミュトラの書の解読作業を始めてから、既に20分が経過していた。
今も尚、ヴァロムさんは紙と睨めっこしている最中である。
俺とアーシャさんは解読作業の邪魔にならないよう、静かにしているところであった。
というわけで、今は俺にとって少々退屈な時間となっていたのである。
何か世間話でもしたいところではあったが、如何せん、そんな空気ではないので、今暫くは我慢するしかないのだ。
(まだまだ時間が掛かるんかな……イデア神殿の石板よりは文字数が少ないから、そこまでは掛からないと思うけど……ン?)
などと考えていたその時であった。
ヴァロムさんが手を止め、顔を上げたのである。
「……よし、できたぞい」
どうやら解読完了のようだ。
「お疲れさまでした、ヴァロムさん。で、なんて書いてあったんですか?」
「これを訳すと、こうなるの――」
―― ミュトラの書・第二編 ――
天と地を創造した全能なるエアルスは、続いて雨を降らすと大地を潤して草木を生やした。
エアルスは大地を豊かにすると、次に万象を生む力を用いて数多の生命を創り出した。
そして豊かな大地に生命を解き放ったのだ。
エアルスは創った世界の様子を暫く見る事にした。
しかし、日が経つにつれ、数多の生命は醜い争いを繰り広げるようになった。
世界は次第に、無秩序な混沌の世界へと傾き始めていった。
だがある時、エアルスすら予期せぬ変化が現れた。
憎悪に蝕まれた生命から、邪悪なる魔の獣が産み出されたのだ。
全能なるエアルスは、魔の獣をどこかに隔離せねばならないと考えた。
だが魔の獣を隔離するだけでは、混沌の中から、また更なる魔の獣を生み出すことになってしまう。
そこでエアルスは、まず世界を5つに分けて争いを減らす事にした。
しかし、そこで更なる問題が出てきた。
5つに分けた事により、エアルスだけでは世界を管理しきれなくなったのだ。
エアルスは、自分以外の世界を管理する存在が必要であると考え、高位なる存在を創る事にした。
エアルスは早速、自らの化身を創り出した。
全てを統制する至高の神・ミュトラ。
審判を司る天界の王・アレスヴェイン。
死と再生を司る冥界の王・ゾーラ。
繁栄を司る精霊界の王・リュビスト。
魔の世界の監視者・ティアスカータ。
地上界を見守る時空の門番・ファラミア。
それ以後、この6つの化身が世界の管理をする事になった――
「――とまぁこんな感じじゃな。読んだ感じだと、何かの神話のようじゃわい」
ヴァロムさんはそう言って、顎鬚を撫でた。
「本当ですね。なんか、そんな感じです」
確かにヴァロムさんの言うとおりである。
まるで旧約聖書の冒頭部分である創世記を聞いているみたいであった。
とはいうものの、内容は全然違うものだが……。
アーシャさんは首を傾げる。
「でも、ミュトラやリュビストはともかく、他の名前は初めて聞きますわね。一体何なのかしら……気になりますわ」
と、そこで、胸元に仕舞ったラーのオッサンが、突然、話に乱入してきたのである。
「我も今の話は初めて聞くな……。だが、その6つの名は知っているぞ」
「突然話すなよ。びっくりするじゃないか」
「あら、そういえばラー様がいたのを忘れてましたわ。ラー様も会話に参加したらどうですの? この面々なら構わないんでしょ」
「流石、アーシャさんは話がわかるな。おい、コータロー、我が話しても大丈夫な面子なのだ。我を表に出せ」
「仕方ないな……」
俺は胸元から鏡を取り出した。
「ところで、ラーさんといったか。貴方は今、6つの名を知っていると言ったが、それは本当か?」
「ああ、本当だ。だが名前を知っているだけで、精霊王リュビスト以外は会った事も話した事もない。つまり、殆ど知らんという事だ」
「……知らんのを偉そうに自慢するなよ、オッサン。それと、精霊なのに意外と知らない事が多いんだな」
オッサンはムキになって言い返してきた。
「う、うるさい。だから言っておろう。名前しか知らんと。それとな、我等は精霊界以外の事にそれほど関心が無いのだ。精霊ならば何でも知っているなどとは思わないでくれ。不愉快だ」
「なら、もう少し控えめに言えよ」
「うるさい、この薄ら馬鹿!」
するとアーシャさんが呆れたように言った。
「また始まりましたわ……。貴方達はもう少し仲良くできないのですか」
「このオッサンが悪いんスよ」
「いいや、この馬鹿野郎が悪い」
俺とオッサンは互いに譲らない。
アーシャさんは溜息を吐く。
そんな中、ヴァロムさんは俺達のやり取りをスルーして話を進めたのであった。
「ふむ。それでは訊くが、今言った6つの存在とは何なのじゃ?」
オッサンは気を取り直して話し始めた。
「我が知っているのは、最高神ミュトラとそれに仕えし五界の王の名が、今言った6つの名前という事だけだ。精霊王リュビスト以外の事はよくわからぬ。おまけに、その前に出てきたエアルスという名も我は初めて聞いたのだ。だから、今の内容についても、我は何もわからぬのだよ」
「ふむ……わからぬか。まぁよい。じゃが、最高神ミュトラとそれに仕えし五界の王か……中々に興味深い話じゃわい。そうじゃ、ついでじゃから、これも訊いておこう。ラーさんは先程、我が話しても大丈夫な面子と言ったが、あれはどういう意味じゃ?」
「ああ、それの事か。それはそのままの意味だ」
「そのままの意味……という事は、儂等は選ばれたという事なのかの?」
「まぁそれに近いな。実は少し前にだが、精霊王の思念体がイデア神殿に現れてな、そこで告げられたのだ」
「精霊王の思念体じゃと?」
ヴァロムさんは眉根を寄せた。
オッサンは続ける。
「うむ。その時、精霊王リュビストは、我にこんな事を告げたのだ。『種を撒いた。近い将来、イデア神殿の封印を破れる者を、精霊の腕輪をした老賢者が連れてくるかもしれない。その者を試すのだ』とな。それからこうも言っていた。『その者が試練を乗り越えしとき、その者達と共にミュトラが施した九つの封印を解き、ダーマの地へいざなうのだ』とな……」
「ダーマの地じゃと……」
ヴァロムさんはそこで、自分の右手に装着してある銀色の腕輪に目を向けた。
それから声を震わせ、ボソリと呟いたのだ。
「まさか……あの時の男は……これを見越して……」
ヴァロムさんは腕輪を見詰めたまま無言になっていた。
この様子を見る限りだと、恐らく、何か重大な出来事を思い出したに違いない。
ヴァロムさんの様子が変だったので、俺とアーシャさんは互いに顔を見合わせると首を傾げた。
と、そこで、アーシャさんは何かを思い出したのか、ポンと手を打ったのである。
「あッ、そう言えば、遺跡で手に入れた道具の事を忘れてましたわ」
「そういや、そうだった」
俺もこの空気の所為か、それをすっかり忘れていた。
というわけで、俺はヴァロムさんにそれを報告した。
「あの、ヴァロムさん。今、ちょっといいですか?」
「ン、何じゃ?」
「試練を乗り越えた褒美かどうかはわからないのですが、ラーのオッサン曰く、精霊王からの贈り物というのを貰ったんですよ。どうしますかね?」
「ふむ。精霊王の贈り物か……。で、どんな物を貰ったのじゃ?」
「ちょっと待ってくださいね。今出しますから。フォカール!」
俺は早速、フォカールの呪文を唱えた。
そして腕を振りおろし、空間に切れ目を入れたのである。
するとその瞬間、ヴァロムさんは驚きの表情を浮かべたのであった。
「な、何じゃ、その魔法は……」
「これ、フォカールといって、空間に物を保管する魔法らしいです。贈り物の中にこれの魔法書があったので、それを使ったら修得できたんですよ」
続いてアーシャさんが、頬を膨らませてムスッと言った。
「しかも、1つしかなかったので、コータローさんだけしか修得できなかったんですの。悔しいったらありませんわ」
俺はそんなアーシャさんに苦笑いを浮かべつつも、切れ目から道具を幾つか取り出す。
そして、それらを幾つか、テーブルの上に置いていった。
「これが手に入れた道具なんですが、こういったキメラの翼とか炎の剣とか、まだ他にもあるんですけど、とにかく、凄い品々ばかりなんですよ」
ヴァロムさんはガバッと前に身を乗り出すと、目を大きく見開いた。
「こ、これはまた豪勢な贈り物じゃな……。オヴェリウスの王城にある宝物庫でも、こんな物は滅多にお目にかかれんぞい……」
「本当ですわ。ですから、これは私達だけの秘密にしておいた方が良いと思いますの。だって、歴史的な遺産ばかりなんですもの」
2人は少し興奮気味であった。
また、ヴァロムさんのこの様子を見る限りだと、キメラの翼が物凄い貴重品というのは間違いないようである。
俺は再度訊ねた。
「で、どうしますかね? 3人で分けますか?」
するとそこで、またラーのオッサンが話に入ってきたのだ。
「お話し中のところ悪いが、精霊王がその品々を贈ったのには理由があるのだぞ」
「え、何ですの、理由って?」
「実はな、我がイデア神殿に封印される前、精霊王は確かこんな事を言っていたのだよ。『ミュトラが施した九つの封印を解く前に、邪悪で強大な敵が必ず立ち塞がるだろう。この武具や道具は、その助けになればと思い、そなたと共にここに封印しておく。そして試練を乗り越えし者が現れた時、その者にこれを渡してもらいたいのだ』というような事をな」
ヴァロムさんは腕を組み、顎鬚を撫でた。
「邪悪で強大な敵か……。確かに、その可能性はあるじゃろうの。そういう事ならば、使いどころを間違えんようにせねばならぬかものぅ……」
「うむ。我もヴァロム殿と同意見だ。これらの品々は、この先に待ち受ける戦いに備えておいた方がよいと思うぞ」
確かに、2人の言うとおりなのかもしれない。
よくよく考えてみると、精霊王の贈り物は、戦いに役立つ物ばかりであった。
その為、先に待ち受ける厄介事用にストックしておくのも、1つの手段なのである。
「オルドラン様、その中にある武具に関しては、私はそれほど関心は無いので別に要りません。ですが、祈りの指輪を1つとキメラの翼を幾つか頂きたいのです。よろしいでしょうか?」
ヴァロムさんは目を閉じると言った。
「これは、試練を乗り越えたコータローとアーシャ様が本来貰うべき物じゃ。儂には関係ない物じゃから、2人で決めたらどうじゃ?」
ヴァロムさんの言う事も一理ある。
というわけで、俺はアーシャさんに言ったのである。
「俺は別に構いませんよ。なんなら、キメラの翼は全部持って行ったらどうですか」
するとアーシャさんは意外に思ったのか、凄く驚いた表情をしていた。
「え、全部貰っていいんですの?」
「はい、構いませんよ。風の帽子もありますし」
だが今の言葉を聞くなり、アーシャさんは眉根を寄せて、怪訝な表情を浮かべたのであった。
「はい? ……今のはどういう意味ですの?」
(あ、しまった……俺はつい余計な事を言ったみたいだ。どうやって誤魔化そう……)
などと考えた、その時であった。
ラーのオッサンが、更に余計な事を言ったのである。
「ああ、それはな。風の帽子にはキメラの翼と同じ能力が秘められておるのだ。しかも、一度しか使えないキメラの翼と違って、何回でも使える。まぁ要するに、非常に便利な魔道具という事だな」
それを聞くなり、アーシャさんはキラキラと目を輝かせた。
「という事はですよ、ラー様……風の帽子を使用しても、キメラの翼と同様、色んな所へ一瞬で行くことが可能なんですのね? 何回も使えるんですのね?」
「まぁ確かにそうだが、使用者が一度行ったところでないと駄目だがな」
「ラー様、それは文献で見たので存じております。ですが、風の帽子という物にそんな力があったとは知りませんでしたわ。ウフフッ……そうですか、そうですか。それは良い事を聞きました」
と言うとアーシャさんは、満面の笑顔を浮かべたのである。
アーシャさんはそこで、俺に視線を向けた。
「コータローさん。祈りの指輪を1つと風の帽子は、私が頂いてもよろしいかしら? 他の道具は全て貴方に差し上げますわ」
「か、風の帽子をですか……」
正直言うと、俺もこの中では狙っていたアイテムであった。
なので、少し返答に困ってしまったのである。
寧ろ、武器関係をアーシャさんに全部上げようとまで思っていたくらいなのだ。
だがそれが顔に出ていたのか、アーシャさんは妙な迫力を発しながら俺に告げたのである。
「……【良い】ですわよね、コータローさん。だって貴方、フォカールの魔法も得られた上に、贈り物の大部分を得られるのですもの。【嫌】とは言わせませんわよ」
アーシャさんは笑みを浮かべながら、凄い睨みをきかせてきた。
そして俺はというと、アーシャさんの凄い迫力に、あっさりと屈してしまったのである。
「は、はひ……分かりました。風の帽子はアーシャさんに差し上げます」
「ウフフ、ありがとうございますね、コータローさん。では早速、頂きますわ」
アーシャさんはそう言うや否や、行動が早かった。
流れるような動作で立ち上がると、空間の切れ目に手を伸ばし、目的の品をサッと取り出したのだ。
それから両手で風の帽子を大事に抱えると、ソファーにゆっくりと腰を下ろしたのであった。
ちなみに、風の帽子はベレー帽のような形をしており、両脇は青い水晶球と白い羽飾りで装飾されていた。色は、澄んだ青空のような清々しい青である。
まぁそれはさておき、アーシャさんはホクホク顔であった。
ヴァロムさんはニコニコと微笑みながら、アーシャさんに言った。
「カッカッかッ、良かったの、アーシャ様。欲しい物が手に入ったようで、何よりじゃな」
だがしかし……。
意外にも、アーシャさんは頭を振ったのである。
「いいえ、まだ目的を達していません。必要な物が手に入りましたので、ここからが本題ですわ」
「ここからが本題?」
ヴァロムさんは首を傾げた。
するとそこで、アーシャさんは畏まったように居住いを正す。
そして恭しく丁寧に頭を下げ、ヴァロムさんに言ったのである。
「オルドラン様、お願いがございますの。私を弟子にして頂けませんでしょうか? どうかこの通りです。お願い致します」
「はぁ? で、弟子にじゃと……」
ヴァロムさんは狼狽えた。
まぁ予想外の展開だから仕方ないだろう。
一度咳払いすると、ヴァロムさんは言った。
「しかしのぅ、アーシャ様。ソレス殿下は、絶対に許さぬぞ。儂の弟子になるという事は、この城を出るという事じゃ。この意味を分かっておるのか?」
「ええ、確かに普通ならばそうですが、素晴らしい移動手段を手に入れましたので、この城からオルドラン様の住むベルナの地へ通おうと思っておりますの。それならば、私でも可能ですので」
ヴァロムさんは溜息を吐いた。
「じゃから、風の帽子に拘っておったのか。そこまでは予想できんかったわい」
アーシャさんは更に頭を下げる。
「オルドラン様、お願いします。試練の時、私はコータローさんの魔法を扱う力量を見て、オルドラン様の指導力に驚き、感服したのです。コータローさんは王位継承候補者たる証の魔法も修得しておりますので、勿論、魔法を扱う才能は高いのですが、それを抜きにしても素晴らしいと私は思いました。ですので、私も是非、その指導を受けたいと思った次第なのであります」
今の話を聞いたヴァロムさんは、そこで俺に視線を向けた。
「コータロー……お主、試練であの魔法を使ったのか?」
「……はい、使ってしまいました。抜き差しならない事態になったので、あの魔法しか選択肢がなかったのです」
俺は面目ないと頭をかいた。
ヴァロムさんも困った表情を浮かべる。
「ふむ……そうであったか。弱ったの」
「あの魔法については、私も口外するつもりはございませんので安心してください。それよりも弟子の件を、何卒、宜しくお願いいたします」
そしてアーシャさんは頭を下げ続けたのである。
沈黙の時が過ぎてゆく。
俺が見たところ、アーシャさんの様子は軽い感じではなく、真剣なモノであった。
なので、ヴァロムさんも少し判断に迷っているのだろう。
ヴァロムさんは、一体どういう判断を下すのだろうか……。
暫しの沈黙の後、ヴァロムさんは口を開いた。
「ところでアーシャ様。その風の帽子じゃが、一度、確認した方が良いと思うがの。古代の伝承ではキメラの翼の事を、色んな街へと移動できる魔法の翼と伝えておるが、今の世では誰もそれを確認した者はおらぬのじゃ。まずは、言い伝えが本当かどうかを調べてからにしたらどうじゃ。儂に弟子入りするかどうかは、それからでも遅くはあるまい」
アーシャさんはそれを聞き、ハッと顔を上げる。
「確かに……そうですわね。ラー様の事を疑うわけじゃありませんが、一度、確認をしてみた方が良いかもしれません」
するとオッサンは、そこでお約束の忠告をしたのだった。
「あ、1つ言っておくが、建物の中や屋根のある場所では使うなよ。痛い目に遭うぞ。確認するなら空の下でやれ」
確かに、これも重要なことである。
俺もゲームでは、何回も天井に頭をぶつけたのを思い出す。
また、それを思い出すと同時に、当時の懐かしさも蘇ってくるのである。
「あら、そうなんですの? じゃあ、人気のない城の屋上で試そうかしら」
「ところでアーシャさん、その帽子の使い方って分かるんですか?」
アーシャさんは、途端に焦った表情になった。
「……そ、そういえば……分かりませんわ」
「ですよね。オッサンは知ってるのか?」
「ああ、知っておるぞ」
アーシャさんは両手を胸の前で組み、オッサンに懇願した。
「ラー様、使い方を教えてくださいませんか。お願いします。このとおりです」
「うむ。いいとも」
というわけで俺達は、風の帽子の使用法を聞いた後、マルディラント城の屋上へと移動を始めたのである。
[Ⅲ]
マルディラント城の屋上にやってきた俺達は、人気のない一画へと移動する。
そして周囲に人がいないのを確認したところで、アーシャさんは俺に言ったのである。
「ではコータローさん。先程、ラー様から言われた通りの手順でやってみましょう。オルドラン様の住んでおられるところを想像して、私とオルドラン様をそこまで連れて行ってください」
「わ、分かりました」
俺は少し緊張気味に返事をした。
何でこんな事になったかと言うと、要するに俺は実験台になったのである。
使い方自体は、魔道士の杖を使うのとそれほど変わらないので難しくはないのだが、なにぶん初めての事なので、少し緊張もするのであった。
まぁそれはさておき、俺達は風の帽子の使い方を実践する事にした。
俺はまず風の帽子を被ると、隣に来るよう2人を手招きした。
これには勿論理由がある。
実は転移させられる効果の範囲が、使用者を中心に半径3m程度しか無い為である。オッサン曰く、それ以上の範囲は転移できないらしいのだ。
というわけで、2人が所定の位置についたところで、俺は最後の手順に移行したのであった。
俺は帽子に取り付けられた青い水晶に触れ、僅かに魔力を籠める。
それからヴァロムさんの住処を想像し、そこへ行きたい! と、強く願った。
するとその時である!
俺達の周りに旋風が巻き起こり、俺達の身体がフワリと浮き上がったのだ。
それはまるで無重力の状態であった。
そして、次の瞬間、信じられない事が起きたのである。
なんと俺達は光に包まれ、まるで光の矢になったかの如く、一気に上空へ飛び上がったのだ。
俺は何が起きたのか分からなかったが、そんな事を考えている時間もなかった。
なぜならば、もう既に俺達は、目的地であるヴァロムさんの住処へと到着していたからだ。
そう、あっという間の出来事だったのである。
俺達はベルナ峡谷にあるヴァロムさんの洞穴の前へと、フワッと舞い降りるかのように着地した。
そして周囲を見回しながら、俺はボソリと呟いたのであった。
「こ、ここは……間違いない。ヴァロムさん住処だ」
「こりゃ……たまげたわい。まさか本当に、このような物があったとは……」
ヴァロムさんも驚きを隠せないのか、目を見開きながら周囲の光景を見回していた。
また、風の帽子の持ち主であるアーシャさんも、キラキラと目を輝かせて、しきりに感動していたのであった。
「す、素晴らしいですわ。これが古代魔法文明の力……。私はついに手に入れましたわ! 素晴らしい古代の遺産を!」
この時のアーシャさんは、某奇妙な冒険の冒頭部にでてきたアステカ部族の族長みたいなノリであった。族長、族長、族長ってな、感じである。
それはさておき、俺達3人は素で、風の帽子の転移する力に驚いていた。
またこれを体験したことで、俺は風の帽子を手に入れられなかった事を少し悔やんだのである。
その後、マルディラント城に戻った俺達は、また客間へと移動した。
そして部屋に戻ったところで、アーシャさんは改めて頭を下げ、ヴァロムさんへの弟子入りを懇願したのである。
「お願いします、オルドラン様。私を弟子にしてください」
その行為は10分くらい続いた。
ヴァロムさんもそんなアーシャさんを見て、かなり悩んでいるみたいであった。
しかし根負けしたのか、暫くすると、ヴァロムさんは諦めたように言葉を発したのである。
「ふぅ……仕方がないのぅ」
アーシャさんはそこで、そっと顔を上げた。
「では、よろしいのですね?」
だがヴァロムさんは首を縦に振らなかった。
その代わりに、人差し指を前に立てたのである。
「1つ条件がございますな。アーシャ様自身がソレス殿下をちゃんと説得しなされ。それが出来たら、儂はアーシャ様を弟子として迎え入れよう。殿下に内緒で、というわけには流石にいかぬのでな。御理解いただきたい」
「お父様を……ですか」
アーシャさんは少し難しい表情になった。
だがすぐに元の表情へと戻ると、笑顔で言ったのである。
「わかりました。お父様を必ず納得させてみせますわ」
「うむ。まずはそこからじゃ」
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