[Ⅰ]
翌日の朝。
ヴァロムさんと俺は、昨晩の夕食時と同様、ソレス殿下達の朝食の席に招かれていた。
今、この食卓では、ソレス殿下とサブリナ夫人と3人の子供さん、そして俺達の計7名が食事をしている最中である。
3人の子供さんは、上から長男のティレスさんと長女のアーシャさん、次女のエルザちゃんと、1男2女という構成になっている。
年齢については分からないが、見た感じはティレスさんが俺と同じくらいか少し上で、アーシャさんは少し下、エルザちゃんが10歳くらいといったところだろうか。とにかく、そんな年頃の子供さん達である。
話は変わるが、長男のティレスさんは、昨日の夕食にはいなかったので、今朝、俺は初めて見たのだが、その容姿はハッキリ言って凄いイケメンであった。やや短めの赤い頭髪で、はっきりとした輪郭の顎と、意志の強そうな目が印象的であった。背丈は俺とそれほど変わらないのだが、その身のこなしは流石に貴族というものであり、優雅な感じに見える。
そして、そんなティレスさんを見た俺は、育ちの違いというものを強く感じたのである。
それと昨晩、ティレスさんがいなかった理由だが、ソレス殿下の話だと、ティレスさんは軍部の司令官的な立場らしく、近年増えてきた魔物対策の為の会議をしていたようである。
父親が太守だから、色々とそういう方面の役割を若いうちから背負っているのだろう。
つーわけで話を戻す。
俺は食事をしながら周囲に目を向ける。
昨晩も来た食堂であるが、やはり、大貴族の城にある食堂とあって、一味違う世界であった。
美しい意匠を凝らした大きなテーブルや、シャンデリア風の煌びやかな照明、そして、室内を彩る美術品や赤いカーペットや、美しい女神が描かれた壁面といった物は、流石に目を見張るものがあった。
こんな場所で食事する事なんて、俺の今までの人生からは考えられない事である。
だが今の俺の境遇と照らし合わせると、これは必ずしも、素直に喜べない事でもあるのだ。
これが日本で体験してる事なら、どんなに素晴らしかっただろうか……よそう。飯が不味くなる。
話を変えよう。
次に今朝の朝食だが、昨晩のような肉類を中心とした脂っこい豪勢な夕食とは違い、少しアッサリ気味な料理であった。
献立は、柔らかめのパンのような物を主食に、卵や肉類を使った、若干アッサリ気味の上品な味付けの料理や、スープやサラダといった感じの物なので、現代の日本でも食べようと思えば食べれそうな品々である。
とはいえ、料理が盛り付けられた食器等は、美しい模様や細工が施された物ばかりなので、中々、こんな器で食べる機会などはないが。
ちなみに食べ方は、西洋風のナイフやスプーンを使ったタイプの食事作法であった。
箸を使い慣れている俺からすると、非常に食べにくい作法である。
その所為か、食べている内に日本食が恋しくなってきたのであった。
はぁ~……ご飯と味噌汁を久しぶりに食べたい。
と、そんな風の思う今日この頃なのである。
つーわけで、また話は変わるが、ヴァロムさんの住処では、乾パンやビスケットに似た硬い保存食のような物を主食に、スープや干し肉、ドライフルーツのような物を食べていた。
スープの具材なども乾燥食材を使ったものが殆どな為、全体的に日持ちする食べ物ばかりであった。
あのベルナ峡谷では、新鮮な野菜とか果物を得るにはかなり厳しいので、どうしてもこういう保存食中心のメニューになってしまうのだろう。
だが、住処の付近には地下水の湧き出る泉がある事から、水に関しては豊富なので、スープやお茶系の汁物は作れるそうである。話を戻そう。
食事を食べ始めてから暫くすると、アーシャさんがソレス殿下に話しかけた。
「お父様、お話があるのですが」
「ン、何だ?」
「昨日、オルドラン様は、マルディラントの北西にあるイデア遺跡群に行かれると言っておりました」
「それがどうかしたのか?」
と言うと、ソレス殿下はグラスを手に取り、口に運ぶ。
「実はそれに、私も同行したいと思っているのですが、どうでしょうか?」
「ブブッー!」
そして、予想通り、ソレス殿下は噴いたのだ。
ま、こうなるだろうとは思っていた。
さて、どうなることやら……。
「な、何を言いだすかと思えばッ。駄目に決まっておるだろう。何を考えている!」
ソレス殿下は少し取り乱していた。
だが、対するアーシャさんはというと、取り乱す事もなく、平然とした様子で口を開いたのであった。
「お父様も御存じの事とは思いますが、私は今、古代の魔法について独自に研究しています。ですので、いつか機会がありましたら、イデア遺跡群へ行ってみたいと思っていたのです。あの地は未だに、開かずの扉や謎が多くあるそうですから」
「な、ならん、ならん、ならんぞッ! あそこは今、魔物が沢山うろついておる、非常に危険な所なのだ。女子供が行っていい場所ではないのだッ! 何を考えているッ!」
「しかし、お父様。ここに居られるオルドラン様は、イシュマリアで名の轟く魔法使いの名家にして、稀代の宮廷魔導師に在らせられるお方であります。そして、その魔法の手腕は、王家に仕える他の宮廷魔導師をも唸らせる程と……。ですから、危険度はグンと下がるのではないでしょうか?」
「な、何を言うとる。お前みたいな足手まといがいると、かえって迷惑に決まっておる。なぁ、そうであろう、オルドラン卿よ?」
ソレス殿下はそこで、ヴァロムさんに同意を求めた。
ヴァロムさんは腕を組んで頷くと、渋い表情でそれに答える。
「う~ん、そうですなぁ……確かに、アーシャ様だけならばそうなりますな。それに危険な場所ですので、儂はあまり賛成は致しませぬ」
「そういう事だ、アーシャよ。だから、お前は、そんな――」
話している最中のソレス殿下を無視して、アーシャさんはヴァロムさんに言った。
「ではオルドラン様。私をお守りする者が他におればよいのですね?」
「まぁのぅ……むぅ」
尚もヴァロムさんは渋い表情をする。
続いてアーシャさんは、ティレスさんへと視線を向けた。
「お兄様、イデア遺跡群へ行くときに、マルディラント守護隊の者を何人か私にお付けする事は可能でございますか?」
「仕方ない……。そういう事なら、俺と部下数名が直接、お前に同行してやろう。俺もイデア遺跡群の現状を、いつか調査せねばと思っていたところだからな」
ソレス殿下は勝手に進んでいく会話を見ながら、口をパクパクさせていた。
そしてアーシャさんは、そんなソレス殿下に視線を向け、自信満々に告げたのであった。
「では、お父様、オルドラン様のご提案通り、私をお守りする護衛の者も手配できました。これならば、問題ありませんわよね?」
「だ、だがしかし……ううぅぅ」
ソレス殿下は苦虫を噛み潰したかのような表情であった。
だが諦めたのか、そこでティレスさんに視線を向け、語気を強めて言ったのである。
「ええい、ティレスよ。くれぐれもアーシャに勝手な振る舞いはさせるなよ。いいな?」
「わかっております。父上」
次にソレス殿下は、ヴァロムさんに視線を向ける。
そして申し訳なさそうに、頭を下げたのだった。
「オルドラン卿よ……こんな事になって誠に申し訳ない。アーシャが馬鹿な事をしようとしたら、厳しく叱ってやって欲しい。そしてアーシャの事を守ってやってくれぬだろうか?」
ヴァロムさんは腕を組み、しんみりと返事した。
「こうなった以上、やむを得ませぬな。分かりました。儂の持つ知識を駆使し、責任を持ってアーシャ様をお守り致しましょう」
と、そこで、ナウ○カに出てきたクシャナ殿下みたいな髪型をしたサブリナ様も、ヴァロムさんに頭を下げた。
「私からもお願い致しますわ、オルドラン卿。アーシャは向う見ずなところがありますので、気を付けてください」
「わかっております、サブリナ様」
続いて、髪型をツインテールにしたエルザちゃんも話に入ってきた。
「え~いいなぁ。お兄様とお姉様だけずるい~」
【お前は絶ッッッ対に、駄目だッ!】
「ひッ!?」
ソレス殿下は物凄い形相でエルザちゃんにダメ出しをした。ある意味メンチ切ってる状態だ。
そしてエルザちゃんは、そんなソレス殿下に少し怯えているのである。
まぁこうなるのも無理はないだろう。
しかし、俺はそんなソレス殿下を見ていたら、少し気の毒になったのである。
なぜならば……今の一連の流れは、あらかじめ用意されていたシナリオだったからだ。
そう、これらはヴァロムさんが発案して、それにアーシャさんとティレスさんが乗っかった、いわば芝居なのである。
ソレス殿下は、それにまんまと一杯喰わされたのだ。
願いが叶ったアーシャさんは、ニコニコと笑みを浮かべて食事を再開する。
片やソレス殿下は、少しどんよりとした表情であった。
(娘が危険な所に行こうというのだから、そりゃこうなるわな……)
などと考えていると、サブリナ様が俺に話しかけてきた。
「コータローさんと仰いましたわね。貴方にもお願いしますわ。アーシャを守ってやってください」
「はい、サブリナ様。ヴァロム様と協力して、私もアーシャ様を精一杯お守り致します」
まぁ俺の場合は、逆に守ってもらわないといけない方かもしれないが……。
と、そこで、アーシャさんと目が合った。
アーシャさんは興味深そうに俺を見ている。
「そういえばコータローさんは、アマツの民の方ですわよね?」
またこの単語が出てきた。
アマツの民って、一体、どういう意味なんだろう。
「あの、アマツの民って――」
俺がそう言いかけた時であった。
ヴァロムさんが話に入ってきたのである。
「いや、コータローはアマツの民ではありませぬ。この弟子は何処から来たのか知りませぬが、つい最近、ベルナ峡谷に迷い込みましてな。そこを儂が保護したのでございます」
「そうだったのですか。てっきり、アマツの民の方かと思っておりましたわ。もしそうなら、あの伝承について訊いてみようかと思いましたが、それならば無理ですわね」
あの伝承?
要領を得ないので、何を言ってるのかが分からない。
アーシャさんは続ける。
「でも、オルドラン様が弟子として迎えたという事は、相当、魔法の才がおありになるのですね」
「まぁ確かに、才はありますが、どうなるかはこれからですかな」
ヴァロムさんはそう言って、俺を見た。
要するに、精進しろという事なのだろう。
「……そうなのですか。ならば、私も負けてられませんわね。では、才能あるというコータローさんにお聞きします。現在、魔法は幾つあるか、ご存知かしら?」
「え、魔法の数ですか?」
ドラクエはシリーズによっても違うから悩むところである。
(幾つなんだろうか……これは難しい質問だな……でも、ドラクエⅢ以降は60以上はあった気がするから、その辺の数字にしとくか……)
俺は答えた。
「60くらいですか?」
「プッ、アハハハ」
だがこの数字を言った途端、アーシャさんは噴き出す様に笑い出したのだ。
なんとなく小馬鹿にしたような笑い方である。
「コータローさん、そんなにありませんわ。今、このイシュマリアで確認されているのは20種類程度ですから。もう少し、お勉強をなさった方がいいですわね」
なんかちょっとムカつく言い方である。
とはいうものの、立場は相手の方が上だ。
だから、ここは適当に流しとこう。
「そうだったのですか。ありがとうございます、アーシャ様。大変、勉強になりました」
「ですが、コータローさんの言った事も満更でもありませんわね。確証はありませんが、古の時代には、今よりも沢山の魔法があったと古い文献には記されておりますから。そして、それらの中には、嘘か真か、自由に街を行き来できる魔法や、竜に変身する魔法なんてモノもあったそうですしね」
自由に街を行き来できる魔法と竜に変身する魔法……ああ、あれの事か。
「それって、ルーラという呪文とドラゴラムという呪文の事ですよね?」
だが今の言葉を発した瞬間、この場にいる全員が食事の手を止め、俺の顔を不思議そうな目で見ていたのである。
(な、何だ、一体……俺なんか変こと言ったか……)
アーシャさんは、首を傾げて訊いてきた。
「ルーラ……ドラゴラム……なんですの、その呪文は?」
「へ? 何って……」
と、そこで、ヴァロムさんが咳払いし、話に入ってきた。
「オホンッ。まぁそれはそうと、明日の朝にはイデア遺跡群に向かいたいので、我々も今日はこの朝食が済み次第、装備や道具類を整えようと思っております。そういう事ですから、ティレス様とアーシャ様も、十分に準備を整えておいてくだされ」
「ええ、勿論ですとも。わかっておりますわ。オルドラン様」
今のヴァロムさんの態度を見る限り、俺は少し余計な事を言ってしまったのかもしれない。
このドラクエ世界における魔法について、俺はもっと深く知る必要がありそうだ。
[Ⅱ]
朝食を終えた俺とヴァロムさんは、早速、一等区域にある武器屋へと向かった。
この一等区域は、城塞の外にある二等区域とは違い、物凄く綺麗な景観の街並みであった。
俺達の進む石畳の道路にはゴミも少ない上に、路肩には綺麗な花が育つ花壇が幾つもあった。
これを見る限りだと、貴族や金持ちの住む区域とあって、街の美化はかなり意識しているのだろう。
また建造物の全てが石造りで、それらは白や灰色といったシックな色合いのモノばかりであった。
見たところ、塗料などによる着色はないようである。
現代の日本のように、色の統一感がない街並みとは異なり、このマルディラントは、統一感のある整った美しさが特徴の街であった。
(こういう街並みもいいねぇ……古代ローマの遺跡は本とかで見た事あるけど、当時はこんな街並みだったのかもな……)
俺とヴァロムさんは、そんな街並みを眺めながら進んでゆく。
だがその道中、人気のない場所に差し掛かったところで、周囲を警戒しながらヴァロムさんが小声で話しかけてきたのであった。
「コータローよ……朝食の時に言っておった呪文じゃが、あれも御伽噺で出てきたものなのか?」
「へ? ああ、ルーラとドラゴラムの事ですか?」
するとヴァロムさんは、口の前に人差し指を持っていき、シーというジェスチャーをした。
多分、呪文名を口にするなという事なのだろう。
どうやら、色々と都合の悪い事があるのかもしれない。
「ええ、そうですよ……それがどうかしましたか?」
「実はな、儂も古代の魔法については幾つか知っておってな。今言ったモノの内、前者の魔法については、ある文献で見た事があるのじゃ」
「そうなんですか……」
今、ヴァロムさんは、ルーラの事を古代の魔法と言った。
という事は、アーシャさんの言っていた魔法の数を考えると、この世界ではドラクエシリーズに出ていた魔法の多くが、今は失われている状況なのかもしれない。
何より、ルーラとドラゴラムという呪文を言った時のアーシャさんの反応が、それを如実に物語っていた。
恐らく、魔法の名前すら、あまり知られてないのだろう。
それが事実ならば、これからは迂闊に名前を出さない方がよさそうである。
「まぁそれはともかくじゃ。古代の魔法については……いや、御伽噺については、儂とお主だけの秘密じゃ。それ以外の者がおる時は、口を噤んでおいた方が良いの。それが、お主自身の為でもある……」
「俺自身の為?」
「昨日も言うたと思うが、この国は今、魔物の襲来に怯えておる。この国の魔法研究者達は、強力な古代魔法を得る為の方法を、日夜、血眼になって探しておるのじゃ。じゃから、お主がその辺で御伽噺を吹聴すれば、聞きつけた研究者達が、どっとお主の元に押し寄せる可能性があるのじゃよ」
確かに、それは面倒だ。ウザい事この上ない。
「わ、わかりました。以後、気を付けます」
「うむ。その方が良い」――
そんなやり取りをしつつ、俺達は一等区域内を進み続ける。
暫く進むと、高級感のある商店街へと俺達は辿り着いた。
そこはどれもこれも、貴族御用達といった感じの佇まいを見せる店ばかりであり、二等区域にあるような庶民臭い店は一つもなかった。まさに高級ショッピング街といったところである。
現代日本だと、こういう高級な店にも庶民は入る事ができるが、ここは異世界。流石に、ここを利用する人々は、特権階級ぽい人達ばかりであった。
だが、今はまだ朝という事もあってか、それほどの賑わいは無い。チラホラ見える程度の疎らな感じであった。朝という事もあって、まだそれほど利用客もいないのだろう。
俺達は、そんな閑散とした商店街の通りを真っ直ぐに進んでゆく。
商店街を見回すと、通りの両脇には、宝石を売る店や服を売る店、家具や美術品に食品を売る店等、様々な店が建ち並んでいた。が、しかし……俺はそこで少し疑問に思ったのである。なぜなら、それらの中には、武器を売っているような店は、一つもなかったからだ。あるのは贅沢品や生活雑貨を売るような店ばかりなのである。
(こんな所に武器屋なんてあるんだろうか? まぁこんなアットホームな商店街に、殺伐とした武器が売ってる方が、そもそもおかしいともいえるが……ン?)
ふとそんな考えが脳裏に過ぎる中、ヴァロムさんはえらく狭い路地へと入っていった。
俺もそれに続き、路地へと入ってゆく。
そこは表の華やかさと比べると、些か、暗い感じのする通りであった。
なんとなく、裏社会に通じてそうな日の当たらない道である。
(やっぱ武器屋はこういう雰囲気の所が似合ってるよな……もうそろそろかな)
などと考えつつ、俺はヴァロムさんの後に続き、その陰気な路地を進んでゆく。
すると程なくして、剣と槍の絵が描かれた看板が見えてきたのであった。
看板を見る限り、モロに武器屋といった感じの佇まいで、しかも、コンビニ4店舗分くらいはありそうな平屋の大きな建物であった。
どうやらアレが目的の店のようだ。
そして俺達は、その店の中へと足を踏み入れたのである。
武器屋に入った俺は、そこで店内を見回した。
店の中は、武器や防具に加え、道具類が並ぶ棚で埋め尽くされていた。
しかもそれらは、各ブースに分けられて綺麗に整理整頓されており、訪れた客が探しやすいようになっているのである。
こういう中世的な世界の武器屋というと、俺的には、乱雑に並べられているイメージがあったが、ここはやはり購入許可証を持っている人が来る店だからか、整理整頓はしっかり行われているみたいだ。
また、品揃えもかなりのモノであった。高そうな武器や防具が、マネキン人形の如く、幾つも置かれている。
(ほぇ……こりゃ凄いな。服売ってるような感じで武具が置いてあるよ。……でも、客がいないんだよな。ひょっとして、俺達だけか?)
店内を見回してみたが、客は誰もいないようであった。
もしかすると、俺達が開店第一号の客なのかもしれない。
「さて、ではコータローよ、まずは順に見ていこうかの」
ヴァロムさんはそう言って剣や鎧があるブースを指さした。
「はい」――
それから30分くらいかけて、俺達は店内を見て回った。
店内にある物で目に付いたのは、鋼の剣や鋼の鎧といった定番の武具や、魔導士の杖や理力の杖に絹のローブとか、みかわしの服といったところだろうか。
まぁ早い話が、ここで売られている物は、ゲームの中盤に入りかけた頃に手に入れるような武具ばかりであった。なので、一応、それなりの物が揃っているようである。
この店でこの品揃えという事は、二等区域にある武器屋だと、銅の剣や皮の鎧クラスの武具しかないのかもしれない。
まぁそれはさておき、一通り見たところで、ヴァロムさんは鋼の剣の前へと、俺を連れた来た。
「コータローよ、お主、剣は使った事があるのか?」
「いえ、ありません」
「ぜんぜんか?」
「まったくありません。というか、ここに来る前に住んでたところでは、そんな物を持ってると、銃刀法違反でしょっ引かれますので、使うなんてもってのほかです」
「ジュウトウホウ? ……まぁいい。ともかく、一度手に持ってそこで振ってみよ。言っておくが、これは盾を装備して使う事が前提の剣じゃから、片手でだぞ」
ヴァロムさんはそう言うと、武器コーナーの試し振りをするスペースを指さした。
というわけで、俺は鋼の剣を手に持ち、試しに振ってみる事にした。
で、その結果はというと……。
(こんなの片手でなんて無理。重すぎて、俺の貧弱な筋肉では無理です……残念)
持った時に、3kg以上はありそうな感じがしたから、嫌な予感はしていたのだ。
まぁそういうわけで、ある意味予想通りの結果なのであった。
「この分じゃと、鋼の鎧も無理じゃな。お主は儂と同じで、魔法使い用の武具にするしかないの」
「ええ、そのようですね。正直、甘く見てました」
やはり、ゲームと現実は違うようだ。
ゲームだと、戦士系の職業だったらレベルに関係なく、誰でも装備できる事を考えると、俺は戦士系ではないのかもしれない。少しがっかりである。
そんな事を考えていると、店員が1人こちらにやってきた。
その店員は、頭の天辺が禿ている小太りな中年のオッサンであった。
揉み手をしながら、ニコニコとした営業スマイルを携えているのが、いかにも商売人といった感じである。
オッサンは俺達の前に来ると、丁寧に挨拶をした。
「いらっしゃませ。私、店主のボルタックと申します。何かお探しのようですが、どういった物を探しておられるのでしょうか?」
(ボ、ボルタック? ……某3Dダンジョンゲームの商店みたいな名前だな)
色々と突っ込みどころ満載の名前である。
「うむ。この男に合う武具は無いかと思って、今、色々と見ておるのじゃよ」
「おお、左様でございますか」
というと、このオッサンは品定めするかのように、俺をジロジロと見た。
そしてニコッと微笑むと、杖が置かれたコーナーを指さしたのである。
「私が見たところ、お客様はあちらの装備品が適しているように思いますが」
「うむ。儂もそう思っておったところじゃ。それではコータローよ。今度はあっちのを装備してみよ」
「杖かぁ……。まぁ仕方ないか」
というわけで俺達は、杖のコーナーに移動するのである。
沢山並んだ杖の前に来たところで、ヴァロムさんは、先端に赤い水晶が嵌め込まれた木製の杖を指さした
「コータローよ。そこにある魔導士の杖を持ってみよ」
「これですね」
俺は言われた通り、その杖を手に取った。
重さ的には、大体、1kgから1.5kgくらいだろうか。
このくらいの重さなら、何とかなりそうであった。
「これなら、俺でも使えそうですね」
そこでボルタックさんは、揉み手をしながら説明をし始めた。
「この魔導士の杖はですね。先端の水晶にメラの力が封じられているのです。力を開放するには、ごく僅かの魔力を先端の水晶に籠めるだけですので、戦いの際には重宝すること間違いなしですよ」
(そういえば、この杖って、確か道具で使うとそんな効果があったな。値段はⅢだと1500Gだった気がする……)
ゲームではよくお目にかかる、中盤に入りかけた頃の定番アイテムである。
「店主よ、これは幾らだ?」
「こちらは1000ゴールドとなりますね」
(ウホッ、Ⅲよりも500ゴールド安いやん。というか、やっぱお金の単位はゴールドなようだ。少し安心した)
ギルとかゼニーとか言われたら、どうしようかと思ったところだ。
まぁそれはさておき、ヴァロムさんはそこで俺に視線を向けた。
「どうする、コータローよ。これにするか?」
「そうですねぇ……」
俺的にはやはり、主人公っぽく剣とかをガンガン使いたかったが、この貧弱な身体では仕方ないのかもしれない。
「どうしたのだ? 何か気になる事でもあったのかの」
「いや、そういうんじゃないんですけど……。ただ、俺的には剣が使えると良かったなぁと思ったんですよね。でも、いいです。これにします」
するとそこでボルタックさんがニコリと微笑んだのだ。
「おお、左様でございましたか。できれば剣を使いたかったと。なるほど、なるほど」
「ふむ。店主よ、何かあるのか?」
「実はですね。今、とある魔導具の製作家がですね、理力の杖を改良した試作品をウチの店に持ってきているのですよ」
「ほう。それは気になるの」
俺もだ。確かに気になる。
理力の杖は確か、魔力を使って攻撃する武器だったか。それと結構、攻撃力のある武器だった気がする。でも、攻撃する度に魔力が減るから、あまり使わなかった記憶があるが……。
「少々お待ち頂けますか。奥の倉庫に置いてあるものですから、こちらにお持ち致します」
そう告げるや否や、ボルタックさんは、店の奥へと足早に消えていったのである。
暫くすると、ボルタックさんは剣の柄のような品物を持ってきた。
「こちらがその品になります。使い方は理力の杖と同じで、柄を握り、魔力を強く籠めてくださるだけで、これは武器になるそうですよ。どうぞ、試してみて下さい」
俺はそれを手に取った。
重さ的には300g程度だろうか。ハッキリ言って凄く軽い。
だが見たところ、鍔も何もない青い柄の先端に、水色に輝く水晶が取り付けられただけの物なので、このままだと凄く貧相な武器であった。
まぁそれはともかく、まずは言われた通りにやってみる事にしよう。
というわけで俺は、右手にそれを握り、魔力を籠めてみたのである。
すると次の瞬間。
なんと、ジェダイのライトセーバーみたいな青白い光の刃が、先端の水晶から出現したのであった。
というか、光の剣だから、もうライトセーバーでいい。
あの独特な効果音は無かったが、俺は目を見開き、思わず感動した。
そしてこれを見るや否や、俺は思わず即答したのであった。
「お、俺、これにしますッ。絶対これっスよ。俺、今日からジェダイマ○ター目指します! 今日から俺はパダワンっス。フォースの流れに身を任せるッス! ヒャッホゥー!」
だがハイテンションな俺とは裏腹に、ヴァロムさんとボルタックさんは凄くドン引きしていたのである。
「あ、あの……こ、この方は……と、突然、ど、ど、どうなされたのですか?」
「こ奴は時々、アホの子になる時があるんじゃよ」
「だ、だれがアホの子やねん!」
とまぁそんなわけで、俺は心ときめく武器と、運命的な出会いを果たしたのであった。イェイ!