相良絵梨の聖杯戦争報告書
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説教タイム 衛宮士郎の場合
「で、どうでしたか?
咲村警部」
翌日。
三人を送っていった後の報告である。
車中でもうるさく説教していらしく、後で同乗していた間桐慎二からクレームが来たのは内緒にしておこう。
「坊主の方はなんとかなるだろうが、嬢ちゃんのほうが危ないなあれは」
咲村警部から見ると、衛宮士郎よりも遠坂凛の方が危険人物に見えるらしい。
理由を尋ねると、なかなか説得力の有る答えが返ってきた。
「坊主の方は『正義の味方』になりたいらしいが、じゃあ何をすれば正義の味方になれるのか分かっていない。
目的は分かるが、手段が無いのでこっちが誘導できるんだよ」
つまりこういう事だ。
彼の説教を録画していたカメラの映像より抜粋してみよう。
「人助けしたい。
その目的はすばらしいものだ。
だが、その為に坊主自身が危険になったら意味が無いだろう」
「しかし……」
若宮分析官の部屋を借りた説教タイム。
衛宮士郎の正義に対する情熱はカメラ越しにも分かる。
後で見たアンジェラ書記官は映像に映る彼の顔を見て、あっさりと言いきった。
「自爆テロを起こしたテロリストと同じ目よね。彼」
と。
そんな事を知らない咲村警部はとてもいい笑顔で説得に入る。
第二次世界大戦から平和を謳歌していたこの国だが、安保闘争等で警察組織にその手の正義の味方を説得するノウハウが蓄積されているのを目の前の高校生が知るわけもなく。
「いいから聞け。
お前の正義は自分の命で一人の命を助ける事で終わるのか?」
「……」
ついでに言うと、この手の正義の味方をテロリストに仕立て上げて共産革命を目指した連中とは戦前からガチでやりやっているのがこの国である。
そのノウハウの中枢を握っていた特高は解体後でも警察組織にそのDNAを刻み続けている。
「さらに言うとだな、自分ひとりで世界全てを助けられると思っているのか?」
「……」
上げて落とす。
幾多の犯罪者を落としてきた現場刑事のドンにとって、彼の芯は硬いが曖昧な正義はかんたんに転がせる事ができる。
「要するに、解釈の問題さ。
『聖杯戦争に参加しないと、お前の正義は成す事ができないのか?』」
「っ!?」
遠坂凛よりは魔術知識を知らないが、衛宮士郎よりは魔術知識を知っているがゆえの攻めポイント。
魔術師が参加条件ではあるが、参加は聖杯に選ばれるという点を今は徹底的に利用する。
「俺もこの話は素人だから分からん。
だが、神奈の嬢ちゃんが言うには、まずは聖杯から選ばれて令呪なるものが手に浮かばないといけないのだう?
坊主。
手を見せてみろ」
衛宮士郎は手を差し出すが、そこに令呪はまだ刻まれていない。
後で間桐慎二から聞いたが、この令呪は椅子取りゲームみたいなもので、聖杯が選ぶシード枠と参加地について召喚呪文を唱えて参加を宣言する枠が適度に入り乱れているらしい。
「冬木市で魔術師が召喚呪文を唱えたら令呪が出るんじゃないか」
とは間桐慎二のコメントである。
もちろん、私達も間桐慎二もそれを衛宮士郎に言うつもりはない。
「無いだろう。
それで参加なんて言っても門前払いだし、下手すりゃ人助けする前に坊主が死体になっちまう」
何も出来ない事を指摘されて衛宮士郎がうつむく。
で、今度は落としたから上げるのだ。
「とはいえ、坊主の助けたいって気持ちも分からんではない。
だから、取引をしようじゃないか」
「取引?」
衛宮士郎が咲村警部の声に顔を上げる。
説教は一方的に叱っても反発されるだけ。
この手の転向のコツはまず相手を肯定する所から始めるべし。
そこから妥協点を探り、相手に納得してもらうのだ。
「まぁ、俺達にはできない仕事だからな。
嬢ちゃんを説得してくれないか?」
「説得?」
首をひねる衛宮士郎。
それが彼の自身の為であると衛宮士郎は知ることは無い。
「少なくとも聖杯戦争に参加する可能性があるのは坊主を入れて、遠坂と間桐の嬢ちゃんが二人。
参加すると坊主と嬢ちゃん姉妹で殺し合いが起こる可能性がある」
「俺はそんな事はしない!」
即座に否定する衛宮士郎。
だからこそ、咲村警部の罠にハマる。
「ああ。
それは信じてやるさ。
だが、嬢ちゃんたちが人殺しをするという可能性を否定できるのかい?
聖杯戦争は、七騎の英霊を用いて七人の魔術師が争う殺し合いだ。
少なくとも、遠坂の嬢ちゃんは参加して勝利するとお前も聞いたよな?」
「……」
「ここでお前が参加すると、確実に遠坂の嬢ちゃんと殺し合いに発展する。
向こうが勝つ事を狙う以上、マスターだっけ?
英霊を操る方を狙った方が楽だからな」
実際に第四次聖杯戦争でマスター狙いが発生している。
そういう意味でも衛宮士郎・遠坂凛・間桐桜の三人が参加した場合、途中まで同盟を組むが最後で遠坂凛と間桐桜が殺し合うとCIAの心理分析官が警告していた。
「で、説得だ。
坊主が参加していない場合、少なくとも嬢ちゃん姉妹は坊主を狙う必要はなくなる。
そして、坊主のコネはうまく使えば説得の材料になる」
こういう時の日本警察の調査力は馬鹿にならない。
衛宮士郎の家に間桐桜が度々やってきていた事を掴んでいたからだ。
咲村警部は衛宮士郎に分かるように、紙に人間関係図を書く。
遠坂凛-(姉妹)-間桐桜-(先輩)-衛宮士郎-(友人)-間桐慎二
間桐桜-(兄弟)-間桐慎二
「見てみろ。
坊主は間桐兄弟と関係が深いから、おそらく遠坂の嬢ちゃんは坊主を間桐陣営と認識するだろう。
そうなると、二対一になるから聖杯戦争終盤で遠坂の嬢ちゃんは確実に不利になる。
だが、ここで坊主が参加しなかった場合、遠坂姉妹で一騎ずつだから最終盤までこの同盟が続く。
互いに知っている者同士の殺し合いなんて坊主も見たくないだろう?」
なお、サーヴァントには相性があってそれも考慮しないといけないのだが、ここでは聖杯戦争の知識が一番無い衛宮士郎相手だからこそわかりやすさを重視する。
否定できる材料がないからこそ、衛宮士郎はこちらの想定する質問を言ってしまう。
「ここで俺がサーヴァントを持つとどうなるんだ?」
「坊主は間桐陣営と見ているから、中盤から終盤で遠坂の嬢ちゃんが坊主を狙う。
さっきも言ったが、サーヴァントを潰すよりマスターを殺した方が早いのが聖杯戦争だ。
嬢ちゃんにその気がなくても、召喚したサーヴァントがお前を殺すかもしれん。
そうなったら、間桐の嬢ちゃんがブチ切れるのは目に見えている。
色恋沙汰においての女の恨みはおっかないぞ。
平気で身内を裏切り殺すからな」
現実の事件で散々それを見てきたがゆえに、咲村警部の言葉には説得力しか無かった。
既に衛宮士郎の顔色は真っ青だ。
正義の味方にはキツ過ぎる身内同士の殺し合い。
現実には名探偵は存在しないのである。
「繰り返すが、説得だ。
参加を止めろとは言うが、言っても聞かんだろう。
それならば、セカンドプランとして嬢ちゃん同士手を握らせて最終盤まで安全を確保してやれ」
七という数字は勢力を作る場合かなり難しい数である。
衛宮士郎が参加した場合遠坂凛と間桐桜の同盟で三騎になるが、残り四騎が同盟を組むと潰されかねない。
で、四騎の方も2+2で同盟が組めるから、内部不和の種は常に発生し続ける。
遠坂凛と間桐桜の同盟で二騎だと、この四騎同盟の方に話を持ってゆきやすくなる。
「……考えておく」
衛宮士郎はしばらくの沈黙の後、それだけを口にした。
咲村警部は笑って、取引の報酬をテーブルに置いた。
「……これは?」
「取引の報酬。
警察学校への推薦状さ。
正義の味方になりたいんだろう?
警察官はこの国の正義の味方の一つの形さ」
きょとんとする衛宮士郎に説教は終わりとばかりに咲村警部は衛宮士郎の肩を叩く。
「ドラマだったかな?
『正しいことをしたければ偉くなれ』。
あれは正しいぞ。
俺はそれができなかったからこそ、神奈や若宮の嬢ちゃんの世話になっている。
いずれ分かるさ。
正義の味方ってものの夢と現実がな。
だからこんな馬鹿なことに参加する前にしっかり勉強しろよ!坊主!!」
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