蒼き夢の果てに
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第7章 聖戦
第173話 古き友
前書き
第173話を更新します。
「今からここに最凶の荒御霊を呼び寄せる」
口調は酷く淡々とした……ある意味、熟練の召喚師らしい口調と言えるかも知れない口調でそう告げる俺。
しかし――
「何を馬鹿な事を言って居る?」
召喚作業と言う物はひとつ手順を間違えると成功しないもの。こんな戦場のど真ん中で。その上、最初から準備をしていた訳でもない即興の召喚術が簡単に為せる訳はない。
「当然、俺もそんな事を許す訳はないがな」
相変わらず、見た目はギャグキャラ。口調は三下。しかし、此奴が発して居る雰囲気からは危険な敵という気配などではなく、どちらかと言うと無害。能力の大小などではなく、人間自体が持っている気配が基本的にお人よしの部類に分類される気配を発している人物。
そう言う意味では、今までにこのハルケギニアに召喚されてから出逢って来た、神に選ばれた英雄を自称していた連中とはまったく異質な存在と言うべき匿名希望のチンチクリン。
もっとも、そうかと言って、何モノかに強力な暗示を掛けられている気配も感じる訳でもないので、この場に現われた理由は自らが考えて、それが正しい道だと判断した結果なのでしょうが。
何にしても非常にやり難い相手であるのは間違いない。更に言うと、相変わらず能力アップ系の術は行使され続けているのも事実であり、その結果、単純な筋力だけで言うのなら、もう奴が腕を振るうだけで自らの腕をぶっ壊せるだけのパワーが蓄えられている可能性も大。
そして、俺の見鬼が伝えて来ているのは、それほどの能力強化が行われているのにも関わらず、奴の身体を構成する物質に変化を感じさせる気配はなく、身体自体は相変わらず有機生命体としての域を一歩たりとも出てはいない、……と言う事実。
何故、其処まで強く俺を悪だと決めつけられるのか、その根拠が非常に曖昧なのだが、それでも目の前に立ちはだかり続ける以上、自らの力で排除するしか方法がない。
……出来るだけ穏便な方法。奴自身の能力に因って、チンチクリン自身が壊れて仕舞う事も同時に防ぎながら。
「確かに一般的な召喚なら、オマエさんの言うように複雑な手続きが必要となる」
成るほど、伊達に二度目の人生を過ごしている訳ではないみたいやな。一度、そうやって目の前の道化を持ち上げて置く俺。
「但し、何事にも例外と言う物がある」
再び、俺の前に一歩踏み出したタバサの更に前に踏み出しながらそう言う俺。その俺との距離を取ろうとするかのように二歩、三歩と後ずさりする匿名希望のチンチクリン。
タバサの方は、召喚中に無防備となる俺の身を護る心算なのでしょう。そして、チンチクリンの方は別に俺に気圧されたと言う訳ではなく、おそらく未だ俺やタバサ、それに有希のステータスが分からないので、少し距離を取った上で、更に時間稼ぎをする心算だと思われるのだが……。
「第一に真名を使った召喚ならば、その召喚はどんな状況であろうと絶対に失敗する事はない」
それぐらいに真名とは重要な物。故に、魔法の世界に生きる存在は簡単に他者に対して本名を名乗ってはならない……と言う事となる。
もし、うかつにも敵に自らの真名を知られたとすると、それはその相手に生殺与奪の権を完全に与えて仕舞う事となるのだから。
「第二に、その召喚しようとする存在と魂の深い部分で繋がっている」
これから呼び出そうとする荒御霊はこの例に当て嵌まる相手。俺に取って、それこそ奴は古い、古い友人。何回前の人生で関わったのか分からないぐらいに古い前世の記憶に登場する友人。
奴との盟約が未だ続いているのなら、俺が呼べば奴は間違いなくやって来る。
そして――
【タバサ、湖の乙女】
これから呼び出す相手は非常に危険な相手。おそらく、オマエさんたち二人でもその存在が顕われた瞬間を瞳に映して仕舞えば精神に強力な侵食が行われる。
クトゥルフの邪神が顕われても平然としていた二人に対して、普通では考えられないような事を言い含める俺。もっとも、これを始めに言って置かないと、後々に悔やんでも悔やみ切れない事が起きる可能性が非常に高いので……。
【念話で俺が良いと言うまで目を閉じ、耳を押さえて置いて欲しい】
魔法など消し飛ばし兼ねない危険な相手である以上、魔法や、某かの超科学的な方法で外界との関わりを断つよりも、自ら眼を閉じ、耳を塞ぐ方がより効果が高い……はず。それぐらい常識の埒外の相手を召喚する心算なのだから。
これから呼び出す相手には意志の力が大きく作用するはずだから。
懇願、とまでは行かなくとも、かなり強い気配を滲ませながら【念話】を送り終える俺。
そして――
「な、なんだ、貴様ら?」
更に一歩、後ろに下がりながらそう言う匿名希望のチンチクリン。その言葉にはかなり大きな困惑と言う色と、そして、僅かながらの暗い好意と言う色が見える。
まぁ、突然、俺以外の二人の少女が瞳を硬く閉じ、更に両手で耳を覆えば多少困惑したとしても不思議ではない。もうひとつの暗い好意の方は、彼女らの奇妙な行為によって更に時間が稼げ、何時かは行使し続けているエンハンスト系……アンプ技能の術が効果を発揮して俺やタバサたちの能力を上回れる、と考えているのか、もしくは二人の少女の姿に何らかの善からぬ妄想を抱いたのか。
いや、おそらく、その両方か。
ゆっくりと後退を続けるチンチクリン。その行為により元々あった距離が終に五メートルにまで広がる。この距離は安全圏……とは言えないまでも、それでも咄嗟の場合に対処が可能だと思われるギリギリの距離。
もっとも、俺に取って五メートルの距離などゼロに等しいのだが……。
そう考えながら、大きく息を吸い込み、取り込んだ外気をゆっくりと丹田に落とす。同時に複数の術式を起動。
但し、これは召喚に必要な術式と言う訳ではない。精神汚染を少しでも和らげるための術。更に、奴が顕われた瞬間に起きる事態や、戦闘を行う際に発生する周囲に対する影響を最小限に抑えるための結界系の術の複数起動。
龍気を練り上げ、身体中に気を巡らせる俺。大丈夫、ヤレる!
気合いを入れ直し、堅牢なる石造りの床を踏みしめる。そして、空中の一点を睨み付け、
「おい、どうせ何処かから覗き見ているんやろうが!」
突然、叫び始める俺。当然、
「おい、貴様、一体何を――」
普通に考えると、ここは何らかの召喚円を描き始めるのがセオリー。最低でも何らかの呪文を唱えるべきタイミングで、いきなり訳の分からない事を敵が叫び始めたらそりゃ慌てるでしょう。
但し、奴にそれ以上のアクションは起こせない……はず。そもそも、未だ俺やタバサの能力値が見えていない以上、この慎重な男が玉砕覚悟で突っ込んで来られる訳などない。
その場から動こうとせず……いや、口調とは裏腹にもう一歩分、後ろに体重を掛けつつある匿名希望のチンチクリンを意識の端に起きながら意味不明の日本語を続ける俺。
「さっさと出て来てこのヌケ作をどうにかしろ!」
一瞬、何かが動いた気配。いや、確かに周囲の気配は表面上一切変わってはいない。このシュラスブルグのアルザス侯爵邸には生者の気配すら乏しく、世界は重苦しいまでの夜の静寂と真冬の冷気。それに隠しきれないほどの死の気配に包まれている。
しかし、その中に微かな手ごたえ。大丈夫、間違いなく彼奴は俺を見ている!
「この早――」
禁断のキーワードを叫ぶ、いや、叫んだ心算だった俺。しかし、その刹那、視界が白に染まる!
まるで、一瞬だけ時間が巻き戻されたかのような気分。その刹那を何億分の一に切り刻んだ僅かな隙間。白に染まった世界から叩き付けられる暴風により、強化したはずの結界が軋む。
そして!
「誰が早いんじゃ、誰がぁ!」
爆音に重なる男性の声。それはある意味、非常に懐かしい声であった。確かに今回の人生でも何度か出会ってはいる相手だが、この心が感じている懐かしさは去年まで……タバサに召喚され、有希と再会する以前の俺が感じて居る懐かしさなどではない。
これは以前の俺だった存在。転生前の俺が感じて居る気持ち。
「オマエ、見たんか、計ったんか?
儂はあれほど早くないと言うとるやろうが!」
濛々と立ち込めるのは一瞬にして石が粉々に砕かれた破片。無理矢理、異世界から実体化した事に因る空間自体の爆発。更に続く、全力で振り抜かれた右手のハリセンが巻き起こす扇状に広がる音速……どころか、光速に匹敵するかの如き破壊の旋風が周囲に破滅をもたらせる!
……と言うか、この場所は少なくとも俺の知っている限り、もっとも強力な結界により補強されているはずなのだが、それをあっさり打ち破り、石壁を斬り裂きやがるとは。
「しかし……。相変わらず無茶苦茶な奴やな、オマエは」
そもそも何故、俺が周囲に結界を施しているのか考えて欲しいのだが。
ここは巨大な貴族の邸宅の最奥部。周りは基本的に石に因って作り出された人工物。こんなトコロで神話時代の破壊力を誇示したら、物の三分で周囲には瓦礫しか残っていない状態となる。流石に俺やタバサたちはその程度の事。例え生き埋めになるレベルの破壊が一瞬で起きたとしても生命の危機に陥るとも思えないが、前後不覚の状態のはずのシャルロットや、この城の何処かに居るはずのキュルケ。それにアルザス侯シャルルが無事に済む訳はない。
「大体、そのハリセンで思い切りぶん殴られたら、幾ら頑丈な彼奴でも死んで仕舞う可能性もあると思うぞ」
濛々と立ち込めるその埃のカーテンの向こう側にそう話し掛ける俺。ただ……其処に微かな違和感。そもそも俺は何故、匿名希望のチンチクリンが頑丈だと言う事に気付いた?
……と言うか、音速よりも早く振り抜かれるハリセンの威力ってどの程度なのか想像も付かない。その攻撃を受けて無事に終わる生身の人間が居るなどとは、普通は思わないはずなのだが。
「何を訳の分からん事を言うとるんや、オマエは?」
そもそもあのスダコがこの程度の事で死んで仕舞う訳はないやろうが。
ヘックション! 妙にオッサン臭い大きなクシャミの後に、そう答える謎の男声。その声の中には何ちゅう埃っぽいトコロに呼び出すんや、ボケが。……などと言う感情が見え隠れ。
……って、おいおい。そもそも、この埃はアンタが全力でハリセンを振り回したから左側の壁が切り裂かれ、ついでに正面に居たチンチクリンを吹っ飛ばして、右側の壁を完全にぶっ壊した所為で発生した埃なので、俺に責任はないと思うのだが。
そう俺が考えている最中、発生する突風が再び俺の張り巡らせた結界を叩く。おそらく、周囲に立ち込める埃を鬱陶しく感じた声だけの男性が、自らの手にしたハリセンを軽く振るったのでしょう。
但し、この旋風は最早暴風レベル。暴力的なまでの旋風が周囲に与えた被害を更に拡大させて行くような気もするのだが……。
そして――
「よぉ、久しぶりやな」
儂を呼び出せたと言う事は、オマエは武神忍やなしに、あの頃のオマエに戻ったと言う事なんやな。
シュタっという感じで、右手を立てて挨拶を送って来る男性。
成るほど、此奴は武神忍を知っている世界の存在か。……短いやり取りの中、その事実に気付く俺。そうだとすると有希の暮らしていた世界の此奴でない事は確かだな。
そう考えながら、自らが呼び出した存在を見つめ直す俺。
……身長は俺とタメと思われるので百八十センチ以上。日本人としてはやや大柄と言う感じか。身体の筋肉の付き方も悪くはない。見せる為だけに鍛えた筋肉と言う訳ではなく、ちゃんと動かす為に鍛えた、強靭な中にもしなやかさを感じさせる理想的な筋肉。これなら、少々無理をしたとしても簡単に壊れて仕舞う事もないでしょう。
肌は東洋人……と言うか、此奴は間違いなく日本人。髪の毛も当然、黒。本来の俺の髪の毛。日本人の中にも少なからず存在している濃いブラウン系の髪の毛などではなく本当の漆黒。そして、地味な黒縁のメガネの向こう側に意外とつぶらな瞳が僅かに笑う。
……と、ここまではこの漢のごく普通人的な描写。
そしてここから先が異常な点。
黒く硬い質の髪の毛に隠された額に、何故かマジックか何かで殴り書きされたかのような『キング』の三文字。たらこか明太子を咥えているんじゃないかと思わせるほどのデカい唇。挨拶の為に立てられた右手に握られているのは分厚い紙を丁寧に折り畳んで作られたハリセン。
そしてもっとも異様なのは彼の身に纏う衣装。首から下げられたおしゃれな髑髏のネックレス。更に、日本男児の潔さを表現するかのような白の越中ふんどしが、自らが巻き起こした風の余韻に揺れる。衣装と呼べるのはその二点のみ。
当然……と言うかどうか分からないが、その足も素足。まぁ、ふんどし一丁で顕われたのだから、靴など履いて居たら無粋だし、雪駄も少し違うような気もするので、これはコレで間違いではない……とも思う。
但し、良く見ないと分からない事なのだが、この眼前の人物は常に空中に浮遊した状態なので、そもそも靴の類は最初から必要としていないのだが。
俺の中の武神忍の部分の驚き……普段の彼とのギャップに対する驚きと、それ以外の部分。この眼前の人物にあの頃のオマエと呼ばれた前世の俺が感じて居る懐かしさが同居している……何と言うか、非常に不思議な気分。
「武神忍として答えるのなら一年ぶりぐらいか」
右手で略式の敬礼のような仕草を行いながらそう答える俺。
そう、それ以外で言うのは意味がない。少なくとも、以前の俺が死亡した時点でその時の俺の時間は止まっているのだから。
何にしてももう大丈夫。……若干、不安な点が無きにしも非ずだが、それでももう精神汚染の類に関しては大丈夫。そう考え、有希とタバサに対して【念話】にてそう伝えようとした刹那、右側に存在する元堅牢なる壁。現在は単なる瓦礫の山の向こう側で何かが動く気配。
そして、
「ヤバかったな。流石に今回は一瞬、ダメかと考え掛けたぜ」
瓦礫の山をかき分けながら現われるデカい顔。流石にヤシの木の形に纏められた妙な丁髷は崩れてザンバラ髪と成っては居たが、奇跡的にほぼ無傷の身体……少々無様ではあるが、それでも無傷の身体が暗闇から現われる。
……と言うか、
「あのハリセンの攻撃でも無傷って、オマエ、本当に人間か?」
ハルケギニアに召喚されてから、敵からは何度か言われた記憶はあるのだが、自身が口にした事のない問い掛けを行う俺。
そもそも光速に匹敵するかのような。最低でも音速の壁は易々と破ったハリセンの一撃を受けても無傷で終わる人間などいない。おそらく俺でも、何の術式も行使していなければ、奴が振るったハリセンの一撃を受けたその瞬間に人生が終了していた事は間違いないでしょう。
俺の問い掛けに対してニヒルな笑みを口元に浮かべながら、
「大抵の物語の主人公って奴は絶対に死なない事に成っているモンだ――」
さっきから原作だの、物語の主人公だの、などと言う、頭のネジが緩んだ挙句に二、三本何処か遠くに跳んで無くなって終ったんじゃないかと言う台詞を口に仕掛けるチンチクリン。
それとも何か、此奴は転生した事自体が夢か何か。死んだ後に現われたと言う神も、目の前の現れた俺、それどころか二度目の人生に当たる今の生命もすべて、自分の頭の中でのみ展開している夢のような物だと認識しているとでも言うのか。
確かに夢ならば自分の思い通りに展開させる事も不可能ではない……とも思うのだが。
非常にくだらない疑問。一瞬、その疑問を頭の中でのみ検証し掛けたその刹那、妙に乾いた音……厚手の紙によって発せられるある意味、小気味よい音が響いた。
「オマエ、普段とキャラが違い過ぎるぞ」
流石に今回は全力全壊の一撃などではない通常のハリセンの一撃。百八十を超える長身が大上段に振りかぶった状態から繰り出された一撃とは言え、派手な音の割に破壊力はあまりない。……多分。
そして返す刀で再び小気味良い音色が響く。
「オマエのキャラなら、でも大丈夫。死なないと思えば死なないんですよボォ~。……と言うのが正しいオマエの台詞じゃボケ!」
いちいちハリセンでツッコミを入れながら、ただ表面上だけを聞いたのなら絶対に意味の分からない台詞を続ける謎のふんどし漢。
但し、今の俺にはその台詞が正しい事が何故か分かった。……本心から言うと理解したくはなかったのだが。もっとも、怪しげな中国人風の台詞。所謂、ワタシ、チンチクリン。中○は○島の産まれアルね。的な台詞でも限定的に可のような気もするのだが。
脳天からのハリセンの一撃の後、顔面への正統派の一撃。この二段攻撃に後ろに向けて吹っ飛ぶチンチクリン。そのまま妙に無様な格好……車にはね跳ばされたカエルが仰向けに吹っ飛ばされるような格好で五メートルほど後ろに滑って行き……。
口の中を切ったのか、ペッと赤い唾液を吐き出しながら立ち上がるチンチクリン。但し、奴の身体に、その他に目立った傷を見つける事は出来ない。
そして、
「流石にヤルじゃねぇか」
確かに、大抵の物語に於いて主人公って奴は、一度は絶体絶命のピンチに陥るモンだ。
だがな――
「だがな、俺の身体に赤い血が流れ続けている限り、絶対に諦める訳には行かないんだよ!」
何やら一人で熱血漫画の主人公になったかのような台詞を口にしているのだが……。ただそれも、今現在の奴の姿形があまりにもアレ過ぎて、第三者の立場から見ると単なるギャグのようにしか感じないのだが。
非常に醒めきった思考で、目の前に展開しているギャグキャラ対ギャグキャラの無制限一本勝負を見つめ続ける俺。
ただ、このままでは埒が明かないのも事実。
ならば――
「あ~、えっと……盛り上がって居るトコロ、悪いんやけどな」
既にロープ際にまで追い詰められながらも、未だファイティングポーズを取り続けている……いや、現状はむしろ徳俵に足が掛かった状態で必死に堪えている力士状態と言った方が相応しいか。その土俵際のチンチクリンに対して話し掛ける俺。
そう、実際のトコロ、俺としてはこんなマヌケな空間を共有したくないのだが。ただ、目の前に二人のギャグキャラが居て、俺たちはその先に向けて進まなければならない。ならば、妙に盛り上がっている馬鹿に対して現実を教えてやるのが一番だと判断した訳なのだが。
「今のオマエでは例え百年間、ずっと所謂アンプ技能を使い続けたとしても、その謎のふんどし漢を倒す事は不可能やと俺は思うぞ」
そもそも勝てない理由は能力値云々以前の問題だからな。一応、ある程度の親切心込みで話してやる俺。
しかし、と言うか、それとも――
「何を訳の分からない事を言って居る? 今夜の俺は絶好調で誰にも負ける気がしないんだぜ」
――当然と言うべきか。半分ぐらいは予想出来ていたけんもほろろの対応。まぁ、妙に盛り上がっている。何故か物語の主人公気分が盛り上がっている奴に、暗に自分を見つめ直してみろ、と言っても通用しないのは道理か。
ただ……。
ただ、流石にここまで鈍感だと素直に凄いとしか言い様がないのだが。
軽く肩を竦めるようにして、全身でやれやれ……と言う気分を表現する俺。
「タバサたちが何故、未だに瞳を閉じ、耳を塞いでいるのか理由を知りたくはないか?」
まぁ、オマエさんは元々の姿がアレだった上に、ハリセンの一撃で吹っ飛ばされて壁を破壊。その後に瓦礫の山に埋まった可能性が高いので、それまで着ていた服がどうなっているのかについて無頓着な可能性はあると思うが……。
俺の言葉に、何か思う所があったのか自らの身体を上から確認して行くチンチクリン。
割と様に成っていたファイティングポーズを取っていた腕は……当然のように問題なし。そもそも、この部分は最初から真冬のアルザス地方には考えられない半袖のアロハシャツだった部分。むき出しの赤銅色、しかし、二の腕には無駄な肉の付いた腕が二本、最初にこの場所に現われた時と同じほぼ無傷の状態で存在していた。
其処から身体に視線を移すチンチクリン。上半身は良く日に焼けた赤銅色。但し、矢張りまったく鍛えられた気配のない無様な身体。
そして……。
「なんじゃこりゃー!」
突如発生する絶望に彩られた悲鳴。まぁ、一般人ならばそう言う反応が出ても不思議ではないと思う。……思うのだが、しかし、俺の立場から言わせて貰うのなら、最初に此奴が現われた時に着ていた真冬のアロハよりも、今の奴の姿の方が有りだと思うのだが。
少なくともある種の寒稽古の最中なら、今のチンチクリンと同じような姿となる男性はかなりの数存在しているのだから。
その場に座り込み、自らの下半身を覆う白い布製の下着を呆然と見つめるチンチクリン。その視線は信じられない物を見た人間の瞳。
う~む、もしかすると此奴は自分の服装に妙な自信を持っていたのではないのか。
俺自身が服装に対しての拘りがないので、その辺りはあまり共感出来ないのだが、それでも何故、こんな事が起きたのか。その説明ぐらいは為すべきか。
そう考え――
「その謎のふんどし漢は……あまり認めたくはないが、それでも一種の神。オマエさんはその神が顕現する瞬間を間違いなく見て仕舞ったんや」
僅かな溜め息が口元を白くけぶらせた後、一応の説明を始める俺。
そう。幾ら本人。チンチクリン自身が異常なまでに鈍感で、その辺りの事に対して無頓着であったとしても、それでも生命体として持っている神に対する畏怖と言う物はある。
「その神……裸神が顕現した瞬間を瞳に映したオマエさんは無意識の内に神に対する畏れと、そして敬う心を同時に持って仕舞った」
その心の現れが、その白いふんどし。奴に帰依する者すべてに与えられる聖なる衣装。
もうアホらしくて説明するのも嫌なのだが、この手のお笑いキャラを相手にさせるのに、これほど相応しい神はいない。まして、その能力は一級品。搦め手を使わず、正面から相対せば、俺でも絶対に負ける。そう言う奴でもある。
この裸神と言う神は。
しかし――
「いいや、未だだ!」
俺は完全に折れてはいない!
そう叫び、立ち上がるチンチクリン。そして!
「例え勝てる可能性が一パーセントしかなくても、その一パーセントを今、この時に引き当てる可能性だってある!」
汝の正体見たり!
そう叫ぶチンチクリン。しかし、此奴、懲りない奴だな。
「おう、今度は見えるぞ!」
ここまで相手の能力の数値化に拘る割に、言って居る事は根性論。数値に拘ると言う事は、此奴自身は厳格に、冷徹に数字に支配されていると思うのだが……。
普通に考えると其処に心が作用する部分はないとも思うのだが。例えば能力値十と能力値九なら確実に能力値十が勝つ。ここに運や偶然が加わる要素などない。
そう言う物だと思うのだが……。
運や偶然が作用するのなら、そもそも、その数値化自体があまり意味をなさなくなる。
非常にくだらない疑問を思い浮かべながらも、そのまま黙って経過を見守る俺たち。
……と言うか、この俺たちの態度で結末を想像出来ないから此奴は万年ヤラレから脱せないのだが。
「見えたぞ、見えたぞ」
勝ち誇った様子で、そう言うチンチクリン。しかし、どうも此奴の中では相手の能力を見る事がすべてで、見えさえすれば勝てる……と思い込んでいるみたいなのだが。
ただ、世の中、それほど甘くは――
「何々。体力……絶倫?」
知能、満点。器用、指先だけでイカせられる。
素早さ……。
「誰が早いんじゃ、誰が! オマエ、見たんか、計ったんかっ!」
「は――」
しかし、その瞬間またも発生する時間の逆転現象!
チンチクリンが何か言い掛けた。いや、間違いなく奴は何かのワードを口にしたはず。しかし、何故かその瞬間に時間が逆転。何か言い掛ける前の段階まで時間が巻き戻され、ハリセンで吹っ飛ばされるチンチクリン。
そのまま正面の壁にぶつかり、右側の壁と同じようにあっさり粉砕。先ほどと同じように瓦礫の下に埋まって仕舞う。
まぁ、死なないと思い込めば死なない奴だから、この程度で死んで仕舞う訳はないか。
果たして無敵のステータスを持つ裸神と、思い込めば絶対に死ぬ事のないチンチクリン。マジで戦えばどちらが勝ち残る事になるのか。その辺りに興味がない訳でもないが、その辺りに関しては、今はどうでも良いか。
そう、流石に俺の魂は永い、永い旅を続けて来た魂。その中でチンチクリンのように数値化したステータスがすべてだ、などと思い込む馬鹿に出会った事がない……などと言う訳はない。
その度に此奴。この裸神に御足労願っていた。そう言う事。
そもそも、此奴のステータスは……そのステータスが見える人間の言葉を信じるのなら、それは全て言語に因る表記。つまり、例え素早さが三の奴が見ても、三億の奴が見ても、此奴は早く見える。そう言う存在らしい。
こんな奴に正面からステータス勝負で喧嘩を売れば、其れこそ、そのステータスの差に因って百パーセント負ける。この事実は絶対に揺るがない。
その事が分かっている……出会った瞬間に感じる事が出来るから、無力な人間は奴に帰依して、聖なる衣装を受け取る。そう言う仕組み。
「彼奴……ヴィンセントの奴も根は悪い奴じゃない」
せやから、あまり無体な真似はしてやるなよ。
瓦礫の山に向かって歩み始めようとするハリセン、ふんどし漢の背中に向かってそう話し掛ける俺。
自称チンチクリン。おそらく漢字を当てるのなら珍蓄林。但し、こんなふざけた名前が本名のはずはない。……と言うか、コレは奴が香港の街で暮らして居た時に名乗っていた偽名。あの人生の時の奴の名前はヴィンセント。
同じようにアンプ技能を使いこなす術者で、偽名が同じチンチクリン。それに、この裸神も先ほどまで居た自称チンチクリンの事を知っているようなので、おそらく魂の段階でなら香港で共に戦って居た仲間のヴィンセントと同一の存在だと思って間違いない。
本当に悪趣味な真似だとは思うが、かつての友が敵として現れる……と言うのも良くある話だと思うし、這い寄る混沌としてはそう言うお約束も外さない奴だった、と言う事が分かっただけでも良とするべきでしょう。
まぁ、陰惨な戦いと成らなかったのは不幸中の幸いと言うトコロか。
「アホ、オマエに言われんでも、その程度の事は知っとるわい」
ただ此奴、今回の人生では間違った方向に修行したから、明後日の方向に進んだだけや。もっと真面なトコロで修業しとったら、こないな無様な結果にはなっとらへんと言うのに。
何やらぶつくさ言いながらも、基本的には善人の裸神。……と言うか、神なのに善人はおかしいか。善神の此奴。
瓦礫の山に手を突っ込み、無理矢理に其処に埋まっていた何か大きな物を引っ張り出す裸神。
そして次の刹那には、完全に意識を手放して仕舞ったチンチクリンをその肩に担いでいた。
……と言うか、このまま地球世界にチンチクリンを連れて行かせても良いのだろうか?
この裸神が先の事をしっかりと考えて行動しているのか、それとも行き当たりばったりで何も考えていないか実はよく分からないので、ここで奴の行動を止めるべきなのかどうかが判断出来ないのだが……。
実際、この裸神の元で修業を行えば少々ねじ曲がった人間でもある程度、真人間となって出て来る事が出来る……と言うか、それ以外の部分があまりにも奇抜すぎて他の部分が気にならなくなるだけなのかも知れないが。
俺では判断の出来ない問題。おそらくかなり優秀な星読みや、それに類する技能を持った術者でなければ、この結果。本来、地球世界に存在していないはずの自称チンチクリンを連れて行く、と言う行為の結果、訪れる可能性のある未来がどう言う物になるのか分からない以上、今、ここで考えても意味のない事に思い悩む俺。
その俺の目の前を横切り、顕われた時と同じ唐突さで次元テレポートを行おうとした裸神……なのだが、しかし、その瞬間、急に何かを思い出したかのように立ち止まり、
「おっと、忘れる所やった」
ひとつ伝言があったんやったな。
そう独り言のように呟く。
しかし……伝言?
……と言う事は、今回、俺が此奴を呼び出そうとする事も、ある程度の連中。此奴と繋がっている可能性のある妖怪食っちゃ寝や、西王母などには御見通しだったと言う事なのだろうか。
お釈迦様の手の平の上から抜け出す事が出来なかった孫悟空状態の自身に少し溜め息。もっとも、時間の流れが仙界と、このハルケギニア世界では違う可能性もある上に、此奴の能力から考えると時間の逆転現象。つまり、光速を上回る速度で移動する事が可能なので、俺が呼んだ後に、伝言を頼む事も出来る可能性もあるにはあるのだが。
「彼奴からの伝言や」
さっさと俺の娘を取り返せ、この無能が。
そう言葉を続ける裸神。
「もし今回の人生で取り返す事が出来なんだら、俺が手下を連れてそっちの世界に殴り込みを掛けるぞ」
九天玄女娘々も連れてな。
俺の娘。手下。それに何より九天玄女だと?
「もしもそないな事になったのなら、この世界の騒動も収拾が付かんようになるのは間違いないな」
他人事だと思ってテキトーな事を言う裸神。例えば、ラグドリアン湖の畔に要塞が築かれる事は間違いないか、とか、真っ先に滅ぼされるのは悪政を敷いているオマエの国になるんやろうな、とか。
……と言うか、
「んなアホな事があるかい」
そもそも黒三郎なら、トチ狂った挙句に俺に対して牙を剥いて来る可能性も若干存在するとも思うが、托塔天王が忠義双全などと寝惚けた事を言い出す訳がなかろうが。
替天行道の方なら分からへんけどな。
確かに忠義双全などと言われれば、その忠義の向かう先に因っては俺など世界を混乱させている筆頭として攻撃される可能性はある。例えば、今回の自称チンチクリンのように。……が、しかし、そもそも論として言うのなら、その世が乱れた原因が、王に王たる資格なしと天が判断した可能性の方が高いから、だとも思うのだが。
故に易姓革命が行われようとしているのだから。このハルケギニア世界では。
「大体、その正義と言うヤツの定義自体が非常に曖昧で、その人物の立ち位置によっては全く違う正義が幾つも存在している可能性すらあるモンやからな」
俺の答えに、あぁ、確かに。そう答えてから笑う裸神。何処からどう見てもギャグキャラ、更に言うと出落ち感が半端ない姿形なのだが、その笑顔はヤケに爽やかで、非常に好感の持てる物であった。
そして、
「今度こそ終わりに導け」
終わったら、また皆で呑もうやないか。あの頃のようにな。
……と、最後にそう告げて来たのでした。
後書き
いやぁ、死なないと思えば死なないんですよ、ぼぉ~。
寒いと思うから寒い。寒くないと思えばほら、ちっとも寒くないんですよ、ぼぉ~。
これが正しいチンチクリン……と言うか、奴の親の人の口調。これは俺たちの間では御神祖Dと呼ばれているキャラに由来している口調である。
ただ、流石にこれではふざけ過ぎているので口調だけは真面にしたのだが……。
まぁ、俺からみると人間の能力の数値化などを行う敵はこのレベルだ、と言う事だと理解して頂けると幸いです。
相手をしたのは主人公じゃなくて絶○キングだし。此奴は数値に拘る奴(TRPGの際のPLにも居るんだ、その手の馬○が)の前に出して、その動いていない脳みそをハリセンの一撃で目覚めさせる為に存在しているキャラ。
どんなサイコロの出目を出しても素早さ「早い」には敵わない。そもそも、此奴が顕現した際のサンチェックは感性「高い」でロール。こんなのクリティカル以外に回避しようがない。
TRPGに於けるキャラの能力値は絶対じゃない。それは指標。PCの行動が面白ければ能力値などマスターの権限で無視して構わない物。俺はそう考えている。
もっとも、マスター自体にもこの手の○鹿がいるから問題があるのだが。
ならば小説に関してはどう考えているのでしょうかね、俺は(ニヤリ)。……って、流石にこれはヤバ過ぎるか。
それでは次回タイトルは『アルザス侯シャルル』です。
追記……と言うか蛇足。
○倫キングは以前にもちょろっと登場しています。何処かの大家さんなんですよね、彼。
ならば御神祖Dは?
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