我が剣は愛する者の為に
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頼る事
先に仕掛けたのは丁奉だった。
巨大な斧を両手で掴みながら縦に振り下ろしてくる。
その一撃を縁は横にステップしてかわす。
そのまま接近して抜刀してお返しとばかりに一撃を繰り出す。
抜刀された刀が丁奉の脇腹に一撃を与える。
もちろん刃ではなく峰だ。
峰とはいえ抜刀の勢いが付加したままの一撃を受けても、丁奉は顔色一つ変えない。
斧を持っている手を離して、拳を作る。
抜刀術は鞘から一気に抜刀する事で剣速を高めて、強力な一撃を放つ技。
しかし、外れれば大きな隙ができるなどの欠点がある。
それは縁と言えど例外ではない。
丁奉はその隙を逃さず、拳で縁の腹を殴る。
防御するにも間に合わず直撃を受け、後ろに吹き飛ぶ。
殴られた衝撃で吐きそうになるが寸での所で止める。
「いってぇな。」
「直撃を受けても吐かないとは。」
「あんたこそ、俺の一撃を喰らって平然と立っているのが凄いよ。」
「刃ではなかったのでな。
しかし、峰で来るなどお主は儂を侮っておるのか?」
真剣勝負を侮辱されたと思っているのだろう。
厳しい視線を縁に向ける。
それを真正面から受け止めながら縁は言う。
「あんたの娘が人質に取られているんだ。
親が死んだらその子が悲しむだろう。」
縁の言葉にピクリ、と反応する。
人質である子供達を救出する際、一人少なかった。
その欠けている子供の正体はこの丁奉の娘だ。
丁奉は強い。
敵に回したら厄介だし、男の娘を他の人質と一緒にしていたら、この男が裏切りにあった時に対処するのが遅れる可能性がある。
だから、賊の統領は娘だけを手元に置いた。
すぐ傍にいればよほどの事がない限り、丁奉は手を出す事はできない。
「娘の事を考えてくれたことを、親として礼を言おう。
だが、今は真剣勝負。
余計な感情を出していたら死ぬぞ。」
「別に戦場にどんな感情を持ち込もうと俺の勝手だろう。」
「そうだな。
お主にはお主の事情があり、儂には儂の事情がある。
敵であるお主を気に掛けるなど、言語道断であったな。」
そう言って両手で斧を持ち直して構える。
縁も構えをとるが依然と峰のままだ。
(外見からしてパワータイプ。
スピードで翻弄して隙をつく。)
生半可な攻撃は丁奉には通じない。
狙うなら人体急所を狙うのが一番だ。
チラリ、と後ろで高みの見物をしている賊に視線を向ける。
どうやら丁奉が勝つ事を確信しているのか、逃げ出した人質を追う素振りをしない。
縁を殺した後、丁奉を主体とした戦力でまた人質を取ればいいと考えているのだろう。
それはそれで縁とって好都合だった。
ともかく、目の前の丁奉に集中する。
「行くぞッッ!!」
その声を共に丁奉は地面を蹴る。
その速度は縁が予想していたよりも遥かに上回っていた。
それが合わさってか、初動が遅れてしまう。
丁奉は斧を横一閃に振り抜く。
咄嗟に縁はうつ伏せに倒れて、その一閃をやり過ごす。
斧が通った後は空気を荒々しく切り裂く音と風が巻き起こる。
(まともに受けたらやばいな。)
ゆっくりと考えている場合ではない。
すぐさま横に転がる。
縁の顔があった場所に、丁奉の大きな足が地面を踏みつける。
転がりながら立ち上がり、体勢を立て直す。
「その身体にしては結構速いな。」
「外見だけで判断しておると、痛い目を見るぞ。」
丁奉は忠告しながらも縁に接近する。
既にあっているよ、と呟きながら丁奉の怒涛の乱舞を避ける。
後ろに下がりながら避けていると、廃村した家の壁に背中が当たる。
気がつけば後ろの家まで追い詰められていた。
それを待ってましたかと言わんばかりの、今までとは比較にならない一撃が繰り出される。
「くっ!?」
縁は大きく跳んでその一撃を避ける。
そのまま屋根を掴んで、着地の際に出来る隙を無くす。
丁奉の一撃は壁を容易く切り裂く。
支えとなる柱が一本が切断されたのか、若干家が傾く。
(さて、どうする?)
屋根に登って戦略を考えようかと思った時だった。
グラリ、と家が大きく傾き、すぐ側から破壊する音が聞こえたのは。
丁奉は屋根に登らず、そのまま斧を使って家を破壊し始めたのだ。
予想もしなかった行動に驚きながら、縁は崩れていく家から跳び下りる。
縁が屋根から下りた所を確認した丁奉は、崩壊した家から組み立てていた部品の一つである、丸太の様な木を斧の刃で引っ掛けて持ち上げる。
そのまま縁に向かって勢いよく放り投げる。
竹トンボのように回転しながら縁に向かってくる。
腕を氣で強化して木を刀で斬り裂く。
その影に隠れるように丁奉は縁に至近距離まで接近していた。
「しまっ!?」
丁奉は容赦なく横に斧を振るう。
刀で何とか防御するも、縁の身体ごと横に吹き飛ばす。
その延長線上にあった家にぶつかる。
「済まぬ。」
それだけを言って飛んで行った縁から視線を外す。
その時だった。
丁奉の身体に氣弾が飛んできたのは。
「ぬうぅ!?」
不意打ちともいえる攻撃に丁奉はわずかに怯む。
氣弾が飛んできた方を見ると、それは縁がぶつかった家からだった。
自分が開けた穴から縁が出てくる。
大きな怪我は見られず、擦り傷などの小さい傷しか確認できない。
「氣で身体を強化しなかったらやばかったな。」
吹き飛ぶ直前に縁は氣を使って全身を強化したのだ。
そのおかげで怪我が小さくて済んだ。
「お前も人の事を言えないな。」
身体の調子を確かめるように、刀を軽く振りながら縁は言う。
その言葉に丁奉は眉をひそめる。
「どういう事だ。」
「簡単だ。
さっきの一撃、手加減しただろ?
でなきゃ、こんな細い刀で防げるわけがない。」
縁の説明を聞いて丁奉は何も答えない。
高みの見物をしていた賊達は縁の言葉を聞いて、丁奉に言う。
「おい、てめぇ!!
手加減してるったぁどういうことだ!!」
「人質の命がどうなってもいいのかぁ!!」
賊達はそんな言葉を投げかける。
それを聞いた丁奉は何かに耐えるように、歯を強く食いしばる。
「テメェらは黙ってろ!!」
縁の殺気の籠った声に驚き、びびった賊達は一斉に口を閉ざす。
「全て見通されていたのか。
確かに人の事は言えんな。」
観念したような口調で丁奉は言葉を続ける。
「妻は病気で亡くなり、最後に娘を頼むと言って逝ってしまった。
漢王朝も腐敗していく中、儂は命を懸けるのも馬鹿馬鹿しくなった。
こんなのに命を懸けるのなら、娘の為に生きよう、そう思ってこの村に辿り着いた。
娘を幸せにしようと生きていたのに、今はこの有様だ。」
自分が持っている斧を強く握りしめる。
「村の者には迷惑をかけ、賊のような事している自分が許せなかった。
娘を人質に取られていても許せなかった。
そして、お主のように次の世代の芽を儂が潰すのも許せなかった。」
「それで手加減したのか。」
縁の言葉に丁奉はゆっくりと頷く。
彼は迷っている。
娘の命一つの為に、賊まがいのような事をしていいのか?
自分がこうしているだけで村の人はどれだけ迷惑がかかり、下手をすれば死人が出るかもしれない。
娘を見放し、他の子供達だけでも救う。
そうしようとどれだけ考えたが、いざ自分の娘が死んだ所を想像すると、手足が震えた。
「だが、お主が来た。
お主のような男はそうは出てこない。
次の世代の芽を潰す事は儂にはできない。
だから」
「だから、娘を犠牲にするつもりか?」
自分が言おうとしていた事を先に言われた丁奉は眼を見開く。
驚いた丁奉だが頷いた。
「ふざけんな!!」
それを見た縁は激怒した。
丁奉は分からなかった。
縁が激怒する理由が。
「俺が来たから大事な娘を犠牲にするだと!?
寝言は寝てから言え!!
その子はあんたの大事な娘じゃないのかよ!!」
「大事に決まっているだろう!!
儂の命にかけても守りたいと思っているに決まっているだろ!!」
「だったら守れよ!!」
「なら、お主は賊まがいの事を儂にし続けろというのか!?」
「この・・・大馬鹿野郎が!!」
縁は足を氣で強化して一気に近づく。
そのまま丁奉に刀を振るうが、斧で受け止める。
その一撃がとても重く、さっきからで受けた一撃とは全く違った。
受けて気がついた。
この男は手加減していたのだと。
「何で一人で背負いこむんだよ!
誰かに頼ればよかったじゃないか!!」
「村の者にこれ以上迷惑をかけられない!
何より、儂の我が儘で村の者が命を落せばどうする!」
「なら、俺に助けを求めればいい!
村の人が死ぬのが恐いなら、俺を頼ればいい!」
「なっ・・・・」
丁奉は言葉を失った。
敵として向かい合ったのに、敵である自分を頼れと言い出したのだ。
「あんたの娘はたった一人の家族だろ!!」
刀を捨て拳を握る。
氣で強化した拳で丁奉の顔を思い切り殴りつけた。
二メートル三十センチの巨体が吹き飛ぶ。
「ちょっとは目が覚めたか?」
地面に倒れている丁奉に縁は捨てた刀を拾いながら言う。
対する丁奉は大の字に倒れて空を見上げていた。
「たった一人の家族なんだ。
何が何でも救わないと駄目だろ。」
縁は目の前で両親を失った。
不幸にもそれを自覚するだけの意識があったから、尚の事罪悪感に蝕まれた。
丁奉は娘を犠牲にすれば必ず自分を責める。
目の前で家族を失うあの気持ちを誰にも感じて欲しくなかった。
「儂の負けだな。」
そう呟く丁奉だがその表情はどこか清々しい顔をしていた。
これらを見ていた賊達は狼狽えはじめる。
あの丁奉が負けたのだ。
しかも、あの男と手を組むような流れになっている。
どうすればいい、と思った時だった。
「そんなんじゃあ駄目だな、丁奉。」
声は狼狽えている賊達の後ろから聞こえた。
丁奉はゆっくりと立ち上がってその声のする方に視線を向ける。
縁も賊達もその方に視線を向けた。
一見、賊と何も変わらないのだが賊のすぐ傍には一人の少女が居た。
縁はあれが丁奉の娘なのだと推測する。
集まった賊達は統領と呼んだ所を考えるに、賊達のボスなのだと縁は判断する。
「お父さん!」
「美奈!!」
「あれがあんたの。」
統領は手に持っている剣を美奈の首に当てながら、こちらにやってくる。
集まっている賊達は左右に分かれ道を開ける。
縁との距離はおよそ二十メートルといったところだろう。
幾ら氣で強化した足で接近しても、統領の剣が美奈の首を刎ねる方が早い。
「あんたの娘が死んでもいいって言うなら、勝手にすればいい。」
「くっ・・・」
殺気の籠った視線を送る。
統領は一瞬脅えたが、人質が傍にいるので余裕の態度を崩さない。
「お前も動くなよ。
動けばこいつの命はないぜ。」
他の賊達もこの人質が居れば問題ない、と安心したのか余裕の表情を浮かべる。
「関忠。」
丁奉は心配そうな声で縁の名前を呼ぶ。
「大丈夫だ。
むしろ、俺の目の前に出てきてくれて好都合だ。」
縁の言葉に丁奉は首を傾げる。
縁は言葉を続ける。
「丁奉、一瞬だけ注意を引き付ける事はできるか?」
小声でそう話しかける。
「何をする気だ?」
「俺を信用してくれ。」
真っ直ぐな縁の眼を見た丁奉はわかった、と言う。
賭けてみよう、と。
「うおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」
獣のような雄叫びをあげて丁奉は、手に持っている斧を勢いよく賊達に投げる。
渾身の力を込めた斧は回転して賊達の一歩手前に落ちる。
丁奉の雄叫びと斧が飛んできたのに注意がそちらに移る。
その一瞬を縁は見逃さなかった。
刀を捨て、袖の内から何かを取り出す。
それは中指ほどの長さと幅で両端が鋭く尖ったクナイのような武器だった。
両手に一本ずつ持ち、さらに両腕を強化して統領の剣を持っている手と、右肩を狙って放つ。
注意を逸らされていた統領は、その飛び道具に反応する事ができずに縁が狙った箇所に深々と刺さる。
「ぎゃあっ!?」
咄嗟の痛みに統領は思わず剣を手放し、美奈を掴んでいる手も離してしまう。
「美奈、走れ!!」
丁奉の言葉を聞いた美奈は丁奉に向かって走り出す。
それと同時に縁は刀を取り、美奈の方に向かう。
「捕まえろ!!」
統領がそう指示すると、賊達も美奈を追い駆ける。
距離的に言えば、賊達の方が有利だ。
足の速さを考えると縁だが、美奈は子供だ。
子供が走る速度など、たかが知れている。
氣弾で賊達を牽制しようかと思った時だった。
縁の後ろから何かが通り過ぎた。
それは木刀だった。
回転しながら木刀は飛んでいき、先頭の賊の顔面にクリーンヒットする。
縁が氣弾を撃ち、追ってくる賊達を倒していく。
それらのおかげか賊達よりも早く、縁が美奈を保護する。
「縁殿!」
と、後ろから星達の声が聞こえた。
太史慈と星は縁の隣まで来て、武器を構える。
その後に何も持っていない一刀も来る。
「よく木刀なんて投げる気になったな。」
「上手い具合に行って良かった。」
満足そうな顔をして一刀は言う。
縁は美奈を一刀に渡して、賊達に視線を向ける。
人質もいないこの状況で賊達はジリジリ、と後退しつつあった。
「ち、ちくしょうがああ!!」
統領は手と肩に刺さっているクナイを抜いて地面に叩きつけ、脇目も振らずに逃げ出す。
それがきっかけになったのか、他の賊達も一目散に逃げ出した。
「ふう・・・とりあえず、一件落着だな。」
縁は刀を鞘に納刀しつつ言う。
星と太史慈も構えと解いて、ふぅ~と安堵の息を吐く。
「美奈。」
後ろを振り返ると、丁奉がゆっくりと近づいてくる美奈の名前を呼んだ。
美奈は相当怖かったのを我慢していたからか、眼に涙を一杯溜めながら走って父親に駆け寄った。
「お父さぁぁぁぁんん!!!」
大きな胸に飛び込む美奈を丁奉はゆっくりと抱きしめる。
こうして賊に支配された村は解放された。
後書き
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