魔法少女リリカルなのはStrikerS 前衛の守護者
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第三十五話 アルトの秘密
訓練に参加できないアスカは、朝から書類整理を行っていた。
順調にライトニングの書類を片付ける。だがスターズの書類に手を出した時、アスカは暴走する。
魔法少女リリカルなのはStrikerS 前衛の守護者、始まります。
Outside
カタカタとデスクに向かってキーを叩くアスカ。
朝からオフィスで書類仕事をしている。が、何か様子がおかしい。
ピタッとキーを叩く指を止め、
「フ……フフ、フッフフフフ………」
いきなり低い声で不気味に笑い出すアスカ。
「ど、どうしたの、アスカ?」
通りかかったアルトが、突然笑い出したアスカに声を掛けた。
一緒にいたルキノは、あからさまに怯えてアルトの後ろに隠れる。
「アルトさん……なんか、おかしいんですよ」
「おかしいって、何が?」
モニターから目を離さないアスカに、アルトが首を傾げる。
「今日オレは怪我の為、訓練に参加しないで書類仕事をしてます」
「うん。知ってる」
「それで、朝っぱらから書類整理をしてて、ライトニングの分は終わったんです。んで、スターズの分を始めたら……終わらないんですよ」
「それって、スバルが書類をため込んでいたからでしょ?」
「あはははははははははあははははははははは!」
バン!
机を叩いて立ち上がったアスカは、笑い声を上げながらオフィスから飛び出して行った。
「ど、どうしちゃったの?アスカは?」
怯えきったルキノがアルトに尋ねる。
「うーん。多分、いま廊下を凄い勢いで走っていて、隊舎の出入口辺りでシグナムさんに”廊下を走るな!”って怒られて、そのまま訓練場に行って小休止しているスバルの頭を引っ叩いて”お前、書類溜め過ぎ!”って文句言って、再び隊舎へ走って帰ってきて、またシグナムさんに”廊下を走るな!”って怒られて、今度はゲンコツ食らって、頭を押さえながら……」
そうアルトが言った時、息を切らしたアスカが頭のタンコブをさすりながらオフィスへと戻ってきた。
「おかえりー。どうしたの?」
アルトが軽く尋ねる。
「書類をため込んだスバルを引っ叩いてきました。途中、シグナム副隊長に2回怒られ、1回ド突かれました」
「ね?」
ドヤァ
見事なドヤ顔でルキノに胸を張るアルト。
「……お見事」
引きつった笑いをするしかないルキノだった。
「あいつ、訓練校では確か主席って言ってたのに、何で書類整理ができないんだよ!」
アスカは誰となく、文句を言ってしまう。
「まあまあ、落ち着いてね、アスカ」
アルトはそう言うと、普段はキャロが使っているデスクにつく。
「手伝ってあげるよ。いま、ちょうど時間があるし、少し送って」
「あ、じゃあ私も手伝うね。アスカにはよく力仕事をやってもらってるからさ」
ルキノも、エリオのデスクの座って手伝おうとする。
「え?いや、そんなつもりで言ったんじゃないですよ。流石に悪いですし……」
アスカが断ろうとするが、スッと別方向から延びてきた手が、アスカのデスクのキーボードを叩いた。
「んじゃ、アルト、ルキノ。そっちにデータ送ったから、チャチャッとやっちゃおう」
「シャーリー!」
第三者の乱入にアスカが驚く。
「「はーい」」
データを受け取ったアルトとルキノは返事をするが早いか、ササッと書類を片づけ始める。
「さーて、私達も負けてられないよ」
書類を送ったシャーリーも、残りを処理してしまおうとデスクに向かう。
「おいおい」
いきなりの展開に置いてきぼりのアスカだったが、3人に仕事をさせる訳にはいかないとデスクに向き直る。
だが……
「……みんな早いよ!」
アスカも書類仕事はそれなりにできる方だが、ロングアーチのスピードは別次元だった。
「へっへー!ロングアーチスタッフの情報処理能力をなめんなよ!」
素早く書類を片づけるアルトが笑う。
「そうそう。戦闘中なんかもっと早いんだから」
ルキノもノリノリだ。
「アスカも早くしないと、私達だけで終わっちゃうわよ?」
最も速く書類を処理しているシャーリーがアスカに言う。
「なんの、負けるかぁ!………参りました」
あっさりと敗北宣言するアスカ。
かくして、アスカの書類仕事はロングアーチ3人娘によって処理されたのであった。
アスカside
そんでもって昼飯の時間。オレはシャーリー達に昼を奢る事にした。
シャーリーはもちろんだけど、アルトさんには散々世話になったし、ルキノさんも快く手伝ってくれたから、奢るくらいしないと罰が当たる。
で、食堂にきたら、スバル達もちょうどそこにいた訳で。
オレを見るなりスバルは文句を言ってきやがった。
「ひどいよー!アスカー!いきなり引っ叩くなんて!」
開口一番それかよ。
「やかましいわ。あんなに書類ため込みやがって。シャーリー達が手伝ってくれなかったら、終わってなかったんだぞ」
まったく、少しは反省しろってーの。
……なんか、今のオレ、ティアナみたいだな?
こっちの気持ちも知らずに、スバルはキョトンとした後、ニマーっと笑った。
「え?あの量、終わったの?」
おい!
「喜ぶな!ロングアーチスタッフに迷惑をかけたんだから…」
「アスカ、いいから」
スバルに説教しようとしたら、アルトさんに止められた。
「たまたま手が空いていただけだしね」
シャーリーがパスタをパクつきながら言ってくる。
「それに、アスカはよく力仕事を引き受けてくれてるしね。おあいこだよ」
ルキノさんも、ニコニコしながら言ってくれる。
くぅ~!なんだこの女神達は!泣いちゃうよ、オレ?
と感動していたら、
「じゃあ、またよろしくね!」
スバルが見事に落としやがった。
「お前は反省しろ!」
アルトside
書類整理が終わったからって、アスカは私の仕事を手伝うって言ってきた。
なんで私かって言うと、シャーリーさんはデバイスの調整で素人には手が出せない分野だし、ルキノはグリフィスさんと一緒に外回りだからついて行く事はできない。
だから、私の仕事の手伝いって事なんだけどね。
まあ、今回はヘリの整備だし、流石にアスカに直接機体をさわらせる事はできないけど、助手的な事だったらいいよって言ったら、それでいいって言ってきたんだ。
何か、アスカは私を結構もち上げるんだよね。
ティアナの件で色々お世話になりましたって言ってるけど、六課の仲間を助けたいって思いはみんな一緒だと思うし。
あんまり恩を感じられても困るんだよなぁー。
まあ、とにかくアスカが手伝ってくれるって事で、私が指示したボタンを押したり、工具を用意してもらってたりする。
そんなこんなで、私はヘリの下に潜ってメンテナンスをしています。
まあ、工具を渡してもらうだけでも助かるんだよね。
「ところで、他の整備スタッフはどこに行ったんですか?」
アスカが私にそう聞いてきた。
今日はみんな居ないから、不思議に思ったのかな?
「んー?みんなは講習会に出てるんだよ。私は六課にくる前にその資格を取ってたから、今回はお留守番なんだ」
講習会って言っても、みんなメカニックだし、簡単な説明と実技をやるだけだから、すぐに戻ってくる筈なんだけど……メカニックの人員も結構いるから、少し時間がかかるかな?
「へー。やっぱ凄いんですね、アルトさん」
ホラ、やっぱりアスカは何か勘違いしている。私はそんなに凄くないよ。
「そんな事はないよ……あ、6ミリの六角レンチとモンキー取ってくれる?」
そんな何気ない会話をしながら、私達は整備をしていた。
なんか、アスカって話し易いな。気兼ねなく話せる感じで、喋っていて楽しいし。敬語を使ってるあたりは、こっちに気を使ってるんだろうけど、シャーリーさんに話すみたいにしてくれてもいいのに。
まあ、こういう感じでノンビリ整備するの何かいいね。
outside
整備も一区切りつき、アスカとアルトは雑談をしていた。
「っていう訳なんだよ~。ヒドイと思わない?」
「そりゃヴァイス陸曹が悪いですよー」
と何やらヴァイスの噂話。
「そう思うでしょ!だからボク言ってやったんだ!」
「ん?」
アルトから出た言葉に、アスカは少し引っかかった。
とりあえずそれは無視し、そこからまた雑談が進む。
「……なんだよねぇ。アスカはどう?」
「オレ、甘い物は苦手なんですよ。でも、エリオとキャロにはそういうの食べさせたくて。どこかに良い店、知りませんか?」
「じゃあさ、今度エリオとキャロを連れてみんなで出かけようよ!ボクオススメのケーキ屋さんがあるから」
「んん?」
また引っかかる。
さらに雑談は進む。
「……で、ボク思うんだけど…」
「あ、あの、アルトさん?」
流石にたまらなくなったのか、アスカがアルトを止める。
「なに?どうしたの?」
キョトンとした顔になるアルト。自覚は無いようだった。
「さっきから、アルトさんの一人称が、チョイチョイ”ボク”になってるんですけど……」
………………………………
しばしの沈黙。
「な、なな、何言ってるのかな?私、そんな事言ってないよ?」
明らかに動揺しているアルト。目が思いっきり泳いでいる。
「えぇ……でも……」
「言ってないよ!そんな事、ボクが言う訳……あっ!」
「………」
ポロリと口を滑らすアルト。それを、どうしたものかと困り顔で見ているアスカ。
微妙な空気が流れる。
「い、いや、こ、これは……」
慌てふためくアルト。アワアワと、どうしていいのか分からなくなっているようだ。
「ま、まあ、アルトさんがボクッ娘でも可愛いですよ!大丈夫です!」
訳の分からないフォローを入れるしかないアスカ。
「ち、ちがうんだよ、アスカ!」
ブンブンと激しく首を振ってアルトは否定する。が、次のアスカの一言で大きく爆裂する事になる。
「でもそれって、アルトさんが7歳くらいの時まで、自分が男の子だったと思いこんでいた影響ですか?」
「きゃあぁぁぁぁあぁぁ!なんで知ってるの!」
いきなり飛び出した自分の秘密に驚いたアルトは、アスカの肩を掴んでガクガク揺さぶった。
「ヴァ、ヴァイス陸曹からの情報です!」
アルトのガクガク攻撃に、アスカは慌てながら答える。
「うー……ヴァイス先輩め……」
恨めしげに唸るアルト。そんな彼女に、アスカは更なる追撃をかける。無自覚に。
「他にも、7歳の時に学校のトイレで……」
「ぎゃあぁっぁぁぁぁぁあぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁ!!!!」
バシィッ!!!
勢いよくアスカの口を塞ぐアルト。ビンタに近い勢いだ。
「な、ななな!そ、そんな事まで言ってたの!?」
口を押さえられてしゃべれないアスカは、激しくコクコクと頷いた。
「…………そう」
アルトが夢遊病者のようにユラリとアスカから離れた。
「ア、アルトさん?」
ヒリヒリと痛む口を押さえながら、アスカはアルトの動向を見ていた。
すると……
ガゴッ!
どこに隠してあったのか、アルトは自分の背丈程もある巨大なスパナを肩に担ぎ上げた。
「げっ!」
それを見たアスカが後ずさる。
ガチャッ!
さらに工具箱に手を突っ込んだアルトは、電動ドリルを手にした。
ギュイィィィィン!!!
呻る音を発てて回転する電動ドリル!
「……ちょっとヴァイス先輩と話してくる」
目のハイライトを消したアルトがアスカに背を向ける。
「……って、ダメですよ!アルトさん、落ち着いて!」
唖然としていたアスカが慌ててアルトを羽交い締めにする。
それだけアルトの本気が伝わってきたからだ。
「離して、アスカ!ヴァイス先輩とOHANASIしなくちゃいけないんだよ!」
「高町式はやめてください!って言うか、道具はいけません!」
「必要な物なんだよ!」
「スパナやドリルなんて、何に使うつもりですか!」
「……………聞きたいの?」
「怖い怖い怖い怖い!!」
などとやっていると、不意にアルトが振り返った。
「アスカに分かる?!ただの子供の頃の恥ずかしい話じゃないんだよ?トラウマなんだよ!」
「え?あ、あの、アルトさん?」
急に怒りの矛先を向けられるアスカ。
(何か、最近こういうの多いなぁ)
そう思ったが、今にも泣き出しそうなアルトを見ると反論できなくなる。
アスカは大人しく話を聞く事にした。
「確かに私は7歳まで自分の事を男の子だと思っていたよ。でも、それが急に女の子だってなった時の気持ちってアスカに分かるの?」
「……スンマセン、経験無いんで分からないです」
「それまでの自分が無くなっちゃうような感じなんだよ!今まで生きてきた事がスッポリ無くなっちゃうんだよ!心の傷なんだよ!それを笑い話に……」
「い、いや、オレは笑ってませんよ!その、性転換的な事じゃないですけど、環境で人生が変わったってのは分かりますから!」
「………」
その言葉を聞いたアルトが、ジッとアスカを見る。
そのプレッシャーにアスカは冷や汗をかいた。
「じゃあ、話して」
「え?」
「アスカの、今までで一番最悪だった事を話してよ!」
「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
アルトのとんでもない言いぐさに、アスカは声を上げてしまった。
「な、なんでオレが……」
と言い掛けたら、
「……グスッ……」
涙目になるアルト。
「わ、分かりました!話します!話しますから!」
女の涙には勝てないアスカだった。
「でも、オレの話はつまらないですよ?」
「いいよ。話して」
まだ涙目のアルトが言う。
アスカはため息をついて、話し始めた。
「オレ、次元漂流者なんです」
「え?」
アスカside
本当なら言いたくはない事だ。
でも、不可抗力とは言えアルトさんの秘密を知ってしまったから、オレも話さないとフェアじゃない。
これからも、ちゃんとアルトさんと向き合っていけるようにと、オレは自分の過去の傷を話した。
次元漂流した事。
1年間、家に戻れず、帰った時には両親は亡くなっていた事。
099部隊に入り、無茶な訓練や喧嘩をしていた事。
山岳事故に遭い、オレ自身が死にたがっている事に気づいた事。
病院でオヤジに殴られ、親身になってくれている人達がいる事に気づいた事。
全てを話した。
オレは一呼吸おいた。
隊長達に話した後だからだろうか?苦しいとか、動揺した感覚は無い。
「まあ、こんな所です。オレにとって最悪な思い出は。でも、ちゃんと立ち直る事ができたから、良かったんですけど」
「……」
あれ?反応が無いぞ?
見ると、アルトさんは下を向いて小刻みに震えているように見える?
あれ?え?
「えーと、どうしたんですか?」
つまんない話だから怒ったとか?
すると、アルトさんは小さい声で何か言う。
「……………い」
何か言ったのは確かだが、声が小さすぎて聞き取れない。
「え?」
「…………さい…」
「???」
「………なさい…」
少しずつ聞き取れるようになってきてるけど、イヤな予感しかしねえぞ。
で、つぎの瞬間、
「ごめんなさぁい!」
いきなり泣き出した!号泣?え?何で!?
「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
え?なに?ヤバイ?いや、オレのせい?
ちょっ、何をパニクッているオレ!落ち着け!
「え、ア、アルトさん、泣かないで!何で泣くの?」
おいオレ。もっと言いようがあるだろ!と思うが、全然言葉が出てこない!ちょ~~!!まじパニックになってんですけど、オレ!
と狼狽えている間にも、
「ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!」
謝りながら号泣するアルトさん。情けないが、オレはオロオロするばかりだ。
「ちょっ、アルトさん!泣きやんで!」
どうすりゃいいんだよ!こういう時って!あ、そうだ!飴をあげれば泣きやむ……訳ねぇだろ!
ヤバイ!オレ、子供にしか通用しない手しかねぇ!
ほ、他に行動オプションは…………何もねぇ!
と慌てていたら、第三者の声がオレの耳に届いてきた。
「……何やってんの?」
いつの間にか、講習会とやらに行っていた整備スタッフ(全員女性)がオレとアルトさんをグルリと取り囲んでいた。
「あぁ、ちょうど良いところに……」
ああ!同じ女性なら上手く宥めてくれる!と思ったんだけど様子がおかしい。
なんか、オレに向けられる視線が異常に冷たいと言うか。
あれ?どういう事だ?
ちょっと状況整理。
目の前で泣いているアルトさん。その前にいるオレ。
………いじめる?いじめないよぉ!っておい!
「いや、違いますよ!?オレが泣かした訳じゃ……あるけど、みなさん、何か勘違いしてますから!」
その冷たい通り越して痛い視線から考えるに、オレがアルトさんをイジメて泣かしたと思われているんだろう。
泣かしたのは間違いない…と思うけど、そういうのじゃないからね!
そうだ!こうなったらアルトさんに証明してもらおう!
「ア、アルトさんも何か言ってください!」
そう言って近づこうとしたが、アルトさんがスッと遠のいた。
「アルトに近づかないで」
整備スタッフの一人が泣いているアルトさんをその場から連れ去った。
よく考えたら、まだ泣いているアルトさんに証明させるなんて、ちょっと図々しかったな。
ってそうじゃない。
「だから、違いますって!」
依然取り囲まれたままのオレ。あっれー、もうちょっと言い訳うまかった筈だったんだけど…
まだ全然落ち着いていないオレの耳に、周りのヒソヒソ声が聞こえる。
「女の子泣かすなんてサイテー」「ひどい奴」「なのはさんに言いつけた方がよくない?」
なんだ、この小学校の学級会状態は!
「だから誤解ですって!アルトさんが落ち着けば説明してくれますから!何なら隊長に言ったっていいですよ?」
そう、オレに落ち度は無い……よね?少なくとも非難される事はしてない!……筈!
そうしたら今度は…
「開き直ったわよ…」「男らしくないわね…」「ホント、サイテー」
どうしろってんだ!
ヤベ…結構マジで涙出そう…と凹んでいるオレに……
バキィッ!
「どわっ!」
いきなり顔面を分殴られた!痛ってー!
完全に不意をつかれたオレの胸ぐらを掴んでくる奴がいる。
「てめぇ!アルトに何しやがった!」
掴んできた奴は、ヴァイス陸曹だった。見るからに怒り心頭って感じだ。
「り、陸曹?いや、オレは…」
「言い訳してんじゃねぇ!」
バキッ!
またブン殴られてのけぞる。
「いって~!だから誤解…」
「まだ言うか!」
バキッ!
3回殴られて、オレは後ろに倒れた。
なんでこうなった?
オレはズキズキと痛む顔面を押さえる。
こんなにいいパンチを喰らったのは久しぶりだぜ…
なんて考えてたら、
「ヴァイスさん、やるわね!」「見直したわ!」「やだ…カッコイイ!」
……なんで陸曹に賛辞の声がかけられてるんだ?
そこにダメ押しで、
「フッ、後輩を、ましてや女の子を泣かすヤツは俺が許さねぇぜ!」
キラン!
と歯でも光らせそうなセリフを臆面もなく言ってやがる陸曹。
そんなわざとらしい言葉に、キャーッと黄色い声援を送る整備スタッフ。
プチン
あー、そうね、そうだった。何やってんだか、オレは…
「そうだよなぁ…こういうの久々だったから、対応間違えちまったよ」
そーだ、そーだった。まったく、099部隊出てからこういうの無かったからな。らしくねぇぜ。
ユックリと立ち上がったオレは、キメ顔の陸曹と対峙した。
「いやね、らしくねぇって言うかさ。そもそも最初の一発で目ぇ覚まさせるべきだったよなぁ」
オレはノンビリとした口調で言った。
「あ?何言って…」
「元はと言えば、お前が原因だろうが!」
なーんも考え無しに、オレは陸曹をブン殴った!
outside
バキィッ!!
アスカの右拳がヴァイスの顔をとらえる!
「ぐわっ!」「ぐっ!?」
苦悶の声が二つあがる。
一つは殴られたヴァイスの物。ヴァイスは大きく仰け反った。
もう一つはアスカの物だった。右手を押さえて前屈みになる。
「くそっ!まだ右は使えねぇか」
ヴァイスを殴った瞬間、脳天に突き抜けるような鋭い痛みが駆け抜けたのだ。
「この、逆ギレかよ!」
バキッ!
ヴァイスが殴りかかる。それを避けずに顔面で受け止めるアスカ。
「正ギレだよ!」
バキッ!
アスカは左拳で殴り返す。
なるべくして、殴り合いは始まった。
反撃してきたアスカに、整備スタッフ女子の容赦ないブーイングが飛ぶ。
「ひどいわね!」「本当に開き直ったわよ!」「ヴァイスさんにやられちゃえ!」
と、さっきまでのアスカなら結構凹んだだろうが、今はブチキレた覚醒アスカだ。遠慮は無い。
ギラリと鋭い視線で整備スタッフを睨み回す。
その眼光に萎縮する整備スタッフ。
「事情を知らねぇ外野は黙ってろ!」
さらに一喝、怒鳴りつけると整備スタッフはシーンとしてしまった。
アスカは、どちらかと言えば温厚なイメージがそれまであった。
だが、これで完全に見方が変わっただろう。怒らすと怖いにレベルアップしてしまった。
「始めたからには、ソコソコ付き合ってもらうぞ、陸曹!」
挑発するようにアスカが怒鳴る。
「上等!キッチリ躾てやるぜ!」
ばきっ!
顔面を殴りつけるヴァイス。
「っ!なめるな!」
ばきっ!
アスカも負けじと応戦する。
どちらもノーガードでの殴り合い。
しかもボディには目もくれず、お互いの顔面のみを狙ったタフマンバトルだ。
手数はヴァイスの方が多い。アスカは右手を使えないから、どうしても手数で劣る。
だが現役フォワードの威力は、陸曹よりも上回っていた。
何度目かの殴り合いでヴァイスが片膝をつく。
「おや?もうダウンですかい?陸曹は元武装隊出って聞いたけど、さすがにロートルにはキツかったですかねぇ?」
顔面を腫らしたアスカがヴァイスを見下ろす。が、
「笑わせんな!」
下から頭突きをかますヴァイス。
「ぐあっ?!」
まともに顔面に受け、鼻血を出すアスカ。
「ちょっと休んでたら調子に乗りやがって」
肩で呼吸をしているヴァイスが態勢を立て直す。
「へっ、ずいぶんと元気なロートルじゃねぇか。足下がフラついてなかったら決まってたぜ!」
アスカは鼻血を拭い、ニヤリと笑う。
こんな喧嘩をしたのは久しぶりだった。099部隊にいた頃は毎日のようにやっていたが、六課に来てからは、昨日のティアナの件を除いては、今回が初めてだった。
「何を笑ってやがる」
ヴァイスが拳を固めて、顔の前に構える。
「別に…コッチの方がオレらしいって思っただけさ」
アスカも左拳を握る。
そして、同時に殴りかかろうとした時…
「やめて!」
ガゴン!
二人の間に、人間大のスパナが叩き降ろされた!
思わず後ずさるアスカとヴァイス。もし直撃していたら、とお互いに冷や汗をかく。
「アスカも、ヴァイス先輩もやめてください!」
スパナを投入したのはアルトだった。
「アルトさん?」
アルトの登場に、アスカは一歩下がる。だが、ヴァイスは下がらない。
「なんで止める!アイツがお前を泣かしたんだろ!」
アルトに食ってかかるヴァイス。
「だから違うんですって!」
アルトが二人の間に入って喧嘩を止める。
「……みんなも知ってるんでしょ?私が7歳の時まで、男の子だと思い込んでいたって」
アルトがそれを言い始めると、周りはウッと息を呑んだ。
面白おかしく噂話をしている事がバレているとは思ってなかったのだろう。
「整備を手伝ってもらってた時にアスカとそんな話になって、私ビックリしちゃて。秘密の筈なのにアスカが知ってるのが、なんか悔しくて、悲しくて。
私、アスカに八つ当たりしちゃったの!私の最悪な思い出を知ってるんだから、アスカの最悪の思い出を話してって言っちゃったの!
そんなの無視していいのに、アスカはちゃんと話てくれたんだよ!
その話が…私のなんかより全然…悲しくて…切なくて…私の話なんかより重くて…
自分が情けなくなっちゃって泣いたの!
アスカは全然悪くないんだよ!」
叫ぶようにアルトは説明した。
「え…」「それじゃ…」「悪いのって…」
ザワザワと周囲が騒がしくなる。
「きまってるでしょ、噂話をバラまいたヴァイス先輩…っていないし!」
いつの間にか、ヴァイスはその場から姿を眩ましていた。
「……見事な引き際だね、おい」
話の雲行きが怪しいと察したヴァイスは、周りに悟られる事無く撤退していたのだ。
(さすがは元武装隊、って所か)
ヤレヤレとアスカが肩をすくめる。
そのアスカに、整備スタッフ達の何やら気まずそうな視線が向けられてくる。
「まあ、そう言う事です。じゃあ、解散!」
さあ散った散ったとアスカは整備スタッフを追い払う。
誤解は解けたし、これ以上は言ってもしょうがないからだ。
すぐにバラけて、その場に残ったのはアスカとアルトの2人。
「あー、散らかっちゃいましたね」
アスカは、、ヴァイスとのケンカで散乱した工具を拾い始める。
「そんなのいいよ、後でやるから!それよりも早く医務室に行かなきゃ!」
アルトは顔を腫らしたアスカを気遣う。
「いいですよ。こんなのすぐに治りますから」
黙々と工具を拾うアスカ。
「ダメだよ!早くシャマル先生に診てもらわないと!」
アルトが促すが、アスカは渋い顔をする。
「正直に言うと、医務室に行きたくないんです」
言いづらそうに、アスカは仏頂面になる。
「え?なんで?」
訳が分からず、アルトが聞き返す。
「怪我して訓練サボッてるのに、ケンカで怪我したって言ったら怒られるじゃないですか……怖いんですよ」
渋々アスカが理由を言う。
「……」
一瞬、あきれ顔になったアルトだったが、すぐにアスカの手をとった。
「え?アルトさん?」
「私が行って事情を説明するよ。さぁ、行こう!」
強引にアスカを引っ張って医務室に向かうアルト。
「え?ちょ、ちょっと、アルトさん!?」
結局、アスカはアルトに引っ張られるまま医務室に放り込まれる事となった。
その後、治療を受けながらシャマルの説教を喰らうアスカと、事情説明をするアルトで医務室は大層騒がしかったようだ。
「その、本当にごめんね、アスカ」
休憩室の長イスに座ってグッタリしているアスカに、アルトが缶コーヒーを手渡す。
「……いえ、どのみち医務室には行かなきゃいけなかったから、いいですよ。事情を説明してくれたし」
シャマルの説教の後遺症か、疲労困憊のアスカ。
「そっちじゃないよ。私が泣いちゃったせいで、アスカとヴァイス先輩がケンカになっちゃったでしょ。それに……アスカに八つ当たりした事」
アスカの過去の話を思い出したのか、アルトが言葉を詰まらせる。
「………隊長達とシャーリーにも話してたし、気にしないでください。まぁ、あんまり言いふらされちゃ、イヤですけど」
「うん、約束するよ。絶対に人には言わないって。私も、噂話でイヤな思いしたからさ」
「はい」
アスカが笑うと、アルトも笑った。
実に良い雰囲気の休憩室を、コッソリのぞき込むチビタヌキ。
「なんや。昨日はティアナで、今日はアルトといい感じかいな……こりゃ、アスカ君の評価を少し考え直さないといかんかなぁ」
不可抗力の上に全く知らない所で、評価がガタ落ちになっているアスカであった。
後書き
またもや一万字オーバーです。この長文癖をなんとかしたいです。
最近は読んでくれている人も増えてきて、大変励みになってます。ありがとうございます。
さて今回はアルトさんのターン!と思ったけど、結局アスカが痛い目にあってました。
アルトさんの子供の頃男の子と思ってた設定はSS02で出てきましたね。
実際にはヴィヴィオを保護してからの話でしたが、ここにぶち込んでみました。
結構おいしい設定だと思うのですが、あんまり二次創作ではでてきませんね。
ついでに、ヒロインゲージを溜め込んでますね、アルトさん。
おかげでスバルが空気ですよ!なんとかしないと!
でも、今回の事でアスカとアルトの距離はグッと縮まった感じがあります。
そろそろ休日の話に行きたいのですが、二話程オリジナルをブッコみます。
いいかげん、アスカの攻撃力を上げとかないといけないので…
まあ、ネガティブキャンペーンが終わったので気楽です。
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