終末なにしてますか?忙しいですか?救ってもらっていいですか?赤き英雄
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太陽の傾いたこの世界で
走る黒猫と灰色の少女
は、俗『徴無し(シルシナシ)』と呼ばれている。
どうして、こんなところに。
ちっ縁起の悪ぃモン見ちまった。
「あ……」
徴無しは、一般的に、疎まれている。
なんでもかつてあの広大なる大地を滅ぼし、生けるすべてのものを天空へと追いやった伝説の種族『人間族』も同様の姿をしていたらしい。姿の似る者は性質も似ると考えるのは呪術的思考の基本中の基本であり、ゆえに徴無しは不吉で不浄なものとされている。
表立って迫害を受けることこそ少ないが、まあ、肩身の狭い思いをすること自体はどうしようもない。
さらに、少女には何の関係もない不幸な事実が、この状況に拍車をかける。
この街の前市長が、悪徳政治家を絵に書いたような奴だったのだ。収賄癒着に始まり圧力や犯罪揉消し(もみけ)を経由し政敵暗殺に至る、そんな汚職の見本市みたいな経歴を駆け抜けて、街のあらゆるものをさんざん食い物にした。最終的には中央議会の監査が入って島外追放になってめでたしめでたし……だったのだが、よりにもよってこいつ堕鬼種だった。
堕鬼種は大昔に人間族たちの間に潜んで堕落に誘っていたという鬼種の一種で、だからその外見は人間によく似ていて、つまりところ角も牙も鱗もない徴無しだった。ゆえにこの街の住人の多くは徴無しを見ると前市長への怒りと憎悪をどうしても思い出してしまうのである。
ひどいとばっちりである。
さすがに、表立って避難の声をあげるような者はいない。それでも、ねっとりと薄く絡みつく棘のある視線は、とても居心地の良いものとは言えない。
「わ、わかってるわよ……すぐに消えるから……」
視線に追い立てられるように少女は立ち上がり、その場を走り去ろうとした。
できなかった。
カイトは少女の手首をつかんでいる。
「え……」
「忘れモンだ」
手首をつかんでいるのとは逆の手を差し出す。おずおずと少女が手のひらを出してきたので、その上に、小さなブローチを放り落とした。
「あっ」
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