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明日へ吹く風に寄せて

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Ⅱ.行方颯太


 翌朝、いつものように身支度を整えて寝室を出た。この日も快晴で、青空には白い雲が浮かび、その下では小鳥が囀ずる長閑かな朝だった。
「お早うございます。」
 食堂へ入ると、使用人達が挨拶をしてきた。相変わらずの朝の風景だが、この日は少し違っていた。
「颯太…どこから入ってきたんだ?」
 食卓には、既に見知った顔があったのだ。
 それは…友人の行方颯太だった。
「ん?玄関から入ったに決まってんだろ?」
 ちゃっかり朝食を食べてる図太さは、こちらも見習うべきなのだろう。
「君、全く連絡が取れなかったと聞いていたが…?」
「気にすんなって!こっちにだって野暮用ってのがあってな。櫪からの着信を見て、こうして来たんじゃないか。」
「で、飯を食っていると?」
 全く…何を考えてるのか…。まぁ、昔からこうなのだから、今更ながら言う言葉もないか。
「ケチケチすんなよ。」
「君のが余程ケチだろうが!」
「俺のケチは美徳だ。夏輝のケチとは質が違う!」
 ここまでくると、もはや意味不明だな。こいつは一体、どんな思考回路をしてるのやら…。
 頭を抱えて諦め半分で席に着くと、彌生さんがサラダとスープを運んできた。
「本日はスコーンを焼いてございます。」
「そうか。では、カシスのジャムがまだあったな。それで二つ頂くとしようか。」
「畏まりました。」
 彌生さんはそう言うと、直ぐ様その場を離れた。
 基本的に、朝食は和食と洋食が交互に出る。夕食はその逆パターンとなり、きちんとした栄養バランスを考えて出されるため、健康にも良い上に飽きがこないように工夫されている。彌生さんには頭の下がる思いだ。
「彌生さん!スープのおかわりある?」
 あぁ…こんなのが友人とはなぁ…。ま、こんなんでもやるときはやる男だ。この櫪家の中でも、颯太ほどの情報収集が出来る人材はいないからな。
「そうだ。夏輝、俺を呼び出したってのは、千年桜のことでだろ?」
「ご明察だ。君のことだ、もう何かを掴んでいるんだろ?」
「まぁな。っても、週刊誌や新聞よりはってくらいだ。」
 颯太がこう言う時は、かなり話がややこしいということ。要は収集した資料が穴だらけと言うことだ。
「千年桜に続く小道で、二十歳前後の男たちが幽霊に襲われたと言う話は知ってるよな?」
「ああ。昨日、久居君が興味深々に語っていたからな。」
「そいつらなんだが、どうも呪詛をかけられてるみたいなんだ。」
「呪詛…だと?」
 幽霊に襲われた上に呪詛とは…。これは一筋縄ではいかないようだ。連続して姿を現す幽霊と、僕の夢に現れる女性は同一と見て間違いはないだろう。
 ただ…一体何を言いたいのかが不明だ。かなりの恨みを残しているのは確かだし、殺されたことは想像に難くない。
「旦那様、スープは温かいうちに召し上がってほしいと申しておりますのに。」
 僕が考え事をしていると、スコーンを持って彌生さんがやってきた。
「済まないね。僕は少し冷めてからではないと飲めないのだよ。」
「珈琲はお飲みになれますのに?」
「………。」
 沈黙が続いた。それから暫くして、颯太のやつが笑い出したのだった。
「いやぁ傑作だよ!」
 そう言いながら笑い転げる颯太を見て、僕と彌生さんは大きな溜め息を吐くのだった。
 朝食を食べ終えて、僕は颯太を連れて私室へと入った。颯太が持ってきた情報を細かく聞くためだ。
「そのことなんだが、六人は病気や怪我で此花町総合病院へ入院してるんだよ。取り敢えず話を聞いてきたんだが…。」
「で、共通点はあったのか?」
「あるにはあった。先祖に天皇家に関わる人物がいるってのがそれだ。」
 それを聞いて、僕は顔をしかめた。分かったとして、天皇家に関することを調べることなど容易ではない。それも、ある程度まで絞り込めればどうにかなるが、あまりにも幅が広すぎるのだ。
「それで千年桜を併用して考えたんだが、あの蓬莱寺跡は昔の貴族の別邸だったんだろ?だったら、そこらへんから分からないかなぁとか思うわけだ。」
「気楽に言ってくれる。確かに、あれは貴族の別邸だったが…天皇家からはかなり離れた家柄だったはすだ。調べても何もないと思うがなぁ…。」
 僕がそこまで言うと、颯太はあっと言う顔をして言った。
「これと関係ある依頼があったんだ!」
「こんなときに依頼か…。で、どこから持ってきたんだ?」
 先にも話してあるが、僕は“解呪師”なのだ。依頼が無くては仕事にならないし、言ってみれば颯太はマネージャー的なこともしている。それでこうして依頼を持ってくることもあるのだ。
「依頼主は、東方満天大社だよ。」
 僕は少し戸惑った。あそこの宮司は、かなりの力を持っているはずだ。櫪家の力を借りなくとも解決出来ると思ったのだ。
 しかし、そうも言ってられない理由があるらしかった。
「夏輝の考えも分かるぜ?だがな、あの満天大社にある桜なんだが、あれって千年桜から枝分けしたもんなんだってよ。なんでも、今から百三十年ほど前に植えられたとか言ってたなぁ。それでな、その桜が五月も終ろうかって今に、意味もなく狂い咲いてるんだ。」
「そういうことか…。」
 こちらの千年桜の件が解決出来れば、恐らく満天大社の桜も収まるだろう。
 しかし…あの夢の女性の正体が分からなくては、こちらから手の出しようがない。聖域たる天満大社の桜さえ狂い咲かせるだけの力…。それほどの狂気…。

…チリン…

「鈴の音が…。」
「はぁ?なんも聞こえないぞ?」
 これもあの女性の仕業なのか?僕に一体、何を望んでいるのかは分からない。だが、何かがあるのだろうことは確かだ。
「颯太。君、これから六宝装を借り集めてこい。」
「はぁ!?ありゃ国宝級の代物だぜ?依頼主の満天大社の“青龍の衣”だって、ぜってぇ無理に決まってるって!」
 僕が言った「六宝装」とは、平安末期に作られた舞のための装束だ。その一つ一つには強力な霊力が宿り、それを身につけたものは全ての魔に打ち勝つと伝えられている。
 誰がどのような目的で製作したかは知られていないが、そのどれもに美しい装飾が施されているため、文化・芸術的な価値も非常に高い。そのため、六宝装を所持している五つの寺社は一般公開すらしていないのだ。
 「五つ」と書いたが、六宝装の一つ“麒麟の下駄”は、現在僕が所持しているのだ。
「ま、颯太がそう言うのも分かる。それじゃ、一度千年桜のところへ行くとしようか。必要か否か、力を確かめれば分かるだろうしな。」
「俺も行くのかよっ!?」
「文句は言わせないよ?天満大社の依頼は君が持ってきたんだしね。それに…」
「分かった!それ以上言うなっ!」
 颯太はそう言うなり、一人ドカスカと部屋を出て行った。
「さてと…。出ますかな…。」
 颯太が出て行った後、僕は静かにそう呟いて身支度を始めた。解呪師としての仕事は、全て舞装束で行うのだ。
「旦那様、足袋と扇をお持ち致しました。」
 僕が着替えを終えたのを見計らったように、彌生さんが必要なものを持ってきてくれた。仕事に出ることを、颯太から聞いたのだろう。
「ありがとう、彌生さん。颯太はどうしている?」
「玄関にてお待ちです。」
「そうか。では、直ぐに出る。」
 足袋を履き終えて扇を手にすると、僕は部屋を後にした。玄関へ行くと、颯太は鼓と鈴を用意して待ち構えていたのだった。
「さっさと行くぞ。」
「ああ。」
 そうして僕達は玄関を出た。外には車が回してあり、直ぐに出発出来るようになっていた。
「旦那様、お気をつけて。」
「留守は頼んだよ。」
 外は快晴だというのに、何故か風は湿り気を帯びて重く感じる…。向かうは町の東にある千年桜。

- さぁ、行ってやるよ。 -

 僕は心の中でそう呟くと、颯太と共に車へと乗り込んだ。
 しかし、この胸騒ぎは何だろう?そしてふと、夢の女性の言葉が頭に過った。

- 千年の時を経ようとも、私は貴方を許せぬでしょう…。 -

 “貴方"とは誰のことなのだろうか?それを知る術はあるのだろうか…?
 車中でそう考えていたものの、僕達は未だ事態の最悪さに気付いてはいなかった。

 そう…何も…。



 
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