北欧の鍛治術師 〜竜人の血〜
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プロローグ 始まりの咆哮
始まりの咆哮Ⅲ
暗い、暗い世界にいた。もう二度と光を見る事はできないだろうと思っていた。会話する声が聞こえる。そちらを向こうとした。首は動く。でも目は見えないし、向いたところでどうなる?そんな益体もない事を考えていると急に誰かの手が顔の横、両耳のあたりに触れた。驚いて一瞬体が強張ったがすぐに訪れた衝撃でそんな事はかき消された。光が見えたのだ。失明したはずの自分がだ。
「まあ!こんなに早いとは思いませんでした。それにとても綺麗に癒合していますね。これも竜の力の副作用でしょうか?」
「確かに竜は傷の治りが早いと聞きます」
「あなたは自分が認識できますか?私たちが見えていますか?発声はできますか?」
「こ・・・こは」
そんなに一気に質問されても病み上がりというか目覚めたばかりの身からするとすぐに全て認識しろというのは多少無理がある。まずは自分の中の疑問から解消していくことにした。
「声がかすれていますね。長時間水を飲まなかったからでしょう。水を飲ませてから少し休んでもらうのがよろしいかと」
「それもそうですね。ユスティナ、彼が落ち着いたら呼んでください」
「かしこまりました。では、水を。飲むのに難儀するかもしれませんが」
そう言ってユスティナと呼ばれた人が自分の口元に水差しを持ってきた。状況がよく掴めないがありがたくもらっておく。それからその人は自分の隣でずっと本を読みながら時折自分の様子を確認していた。三十分ほど経ったころだろうか、部屋を出ていった人が戻ってきた。
「先程は急にすみませんでした。ここはアルディギア飛空艇の船室です。あなたはドイツで瀕死の状態になり、紆余曲折あってアルディギアが身柄を預かることになったのです。それよりも・・・まずは自身の状態の認識が先決ですね」
その人はそう言って手鏡を取り出して自分の方に向けた。そこに写っていたのはもちろん自分。しかしまるで別人かのような風貌の自分だ。黒かった髪は雪原を思わせる銀髪に。茶色っぽかった瞳は氷河の輝きにも似た淡い碧眼に。顔立ちに関してはまだ面影を残している方ではあるがどちらかと言えば日本人と西洋人のハーフと言ったほうがしっくりくる。
「これが・・・俺・・・⁉︎」
「先程私が言った通り、あなたは瀕死の状態になり、生死の境を彷徨いました。あなたはそのままでは確実に死んでいました。現地の医師たちが他人の臓器や体を移植することであなたは生き延びたのです」
「アリアは・・・どこに」
「・・・辛い現実を知る事になりますよ」
「・・・構いません」
「結果から言えばアリア・フィリーリアスさんは亡くなりました。そしてその後、彼女の体はあなたに移植されました」
「・・・」
「うすうす感づいてはいたのでしょう?その風貌や近くにアリアさんがいないことから」
「・・・はい」
「急にいろんなことがあって心の整理も追いついていないでしょうが、これから話すことはあなたの中の常識を壊す事になります。心して聞いてください。・・・まず、第一にアリアさんは人間ではありません」
「じゃあアリアは魔族なのですか⁉︎」
「はい。フィリーリアス家は竜人の家系なのです。これについては後でカタヤ要撃騎士に訊いてください。フィリーリアス家は鍛治の技術を伝える一族でもありました。恐らくですがアリアさんも技術継承していたはずです。なんせフィリーリアスの最後の1人がアリアさんでしたから。アリアさんはここ最近のフィリーリアス家には珍しく竜の血がその体に濃く流れていました。割合的には3/4ほどでしょうか。その血に積み重ねられた固有蓄積時間あなたにその技術を本能的に理解させていないのかと思い、あなたの身柄をこうして移送しているのですが・・・なにか思い当たる事は?」
「すみません。今は、アリアのことで頭が一杯です」
「・・・そうですね。心の整理をする時間も必要でしょう。もうすぐアルディギアに着くみたいですから、ゆっくり考えてから後日また話してください。それとお名前を聞いていませんでした。教えてくださいますか?」
「織斑、一夏です」
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